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ばらの騎士

c0051620_6231720.jpg 以前から見たい聴きたいと念願していたリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』を、ようやく鑑賞することができました。東京二期会による公演で、セバスティアン・ヴァイグレが指揮する読売日本交響楽団、そして演出はリチャード・ジョーンズです。
 会場は上野にある東京文化会館。山ノ神と二人で早めに家を出て、上野駅構内にある「たいめいけん」でオムライス+ハンバーグ+ボルシチ+コールスローを食して腹の虫を黙らせ、「シーズカフェ」で珈琲を飲んで睡魔を手懐け、準備万端調いました。
 座席は三階正面の最前列、舞台全体を一望できるし、オーケストラ・ピットも覗けるし、足も悠々と伸ばせるし、なかなか良い席でした。さあはじまりはじまり、どきどきわくわく。
 まずは簡単にあらすじを紹介します。舞台は1740 年、マリア・テレジア治世下のウィーン。オックス男爵の結婚に際し、貴族の結婚の印として贈られる銀のばらを運ぶ使者として、元帥夫人は自分の不倫相手オクタヴィアンを選びます。オックス男爵の花嫁となるゾフィーのもとへ銀のばらを運んだオクタヴィアンでしたが、若い二人は一目ぼれ。粗野なオックス男爵からゾフィーを守るため、オクタヴィアンは女装して仲間とともにオックス男爵に一泡ふかせ、婚約を破談させました。そして伯爵夫人が現れてオクタヴィアンとゾフィーの仲を認め、二人を祝福して自らは身を引きます。おしまい。
 という、何とも他愛のないお話です。しかし華やかな序曲がはじまると、もう夢のような世界に惹き込まれました。リヒャルト・シュトラウスが紡ぎだす音楽の何と素晴らしいことよ。時には勇壮に、時には不安気に、時には面白可笑しく、そして時には底なし沼のように甘美に… 華麗で優美なウィンナ・ワルツの数々にも蠱惑されました。中でも身も心もとろけてしまったのは、第三幕最後の場面、伯爵夫人とオクタヴィアンとゾフィーの三重唱です。裏切りに苛まれるオクタヴィアン、未来に不安を抱くゾフィー、そして二人を気遣い祝福して身を引く伯爵夫人。三者三様の想いを乗せながら三つのメロディが甘美に絡みあう、その素晴らしさ。作曲者シュトラウスが、この曲を自分の葬儀で演奏してほしいと望んだのも頷けます。その後に歌われたオクタヴィアンとゾフィーの二重唱では、愛の喜びに包まれながらも、茶々をいれるような木管のオブリガードがからみ、二人の将来への不安を感じさせるなど、芸の細かさにも脱帽。
 歌手陣も申し分なく、中でも出色がオックス男爵を演じた妻屋秀和氏です。豊かな声量や卓抜した表現力もさることながら、男爵を単なる悪役とせず、男の業を漂わせながらコミカルに演じた演技力にブラーボ! 読売日本交響楽団も熱演でした。演出・振付・舞台装置もお見事でした。スラップスティックのようなドタバタの場面での、集団のコミカルなダンスや動きなども秀逸。第三幕ではあえて三角形の部屋として三重唱での三人の想いを際立たせたり、ライトによって壁紙の色を千変万化させたりするなど、舞台装置や照明にも拍手を贈りたいと思います。ブラービ。

 いま思い返してみると、作品全体の半分くらいしか登場しないのですが、伯爵夫人の存在感が強く印象に残ります。特に、第一幕最後の場面で、自らの老いを嘆く静謐な独唱に心打たれました。オクタヴィアンへの愛を諦め、若い二人の前途を祝するのも、この老いの故なのでしょう。
 おばあさん、老マルシャリン(※伯爵夫人の名前)! どうしてそんなことが起こり得ようか。どうして神様がそんなことをなさるのだろう。私自身はいつも同じ人間なのに。神様がそうなさらなければならないのなら、何故私にそれを見せようとなさるのだろう。
 しかもこんなにはっきりと、何故それを私の目から隠そうとなさらぬのか。すべてのことが不可解だ。そして人間はそれに堪えしのぶために生きているのだ。そしてこの「どうして」の中にすべてのちがいがある。
 このオペラの初演は1911年、時は第一次世界大戦が始まる三年前、シュトラウスと台本作者のホフマンスタールは、ハプスブルク帝国の凋落と崩壊を予感し、その墓碑銘として伯爵夫人に歌わせたのかもしれません。

 これまでに見た中でもっとも素敵なオペラであったと、山ノ神と意気投合。こんな素晴らしい人と気を贈ってくれた二期会と読響に感謝するとともに、日本オペラ界の実力もなかなかのものだと実感。これからもお金と時間の許す限り日本のオペラに足繁く通って、応援していきたいと思います。
by sabasaba13 | 2017-08-01 06:24 | 音楽 | Comments(0)

マーラー交響曲第九番

c0051620_6271537.jpg 気鋭の指揮者・山田和樹氏が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振る「マーラー・ツィクルス」がいよいよ最後の曲となりました。そう、交響曲第9番です。『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)の中で金聖響氏は「マーラーの最高傑作」と評されていましたが、普段CDを聴いているかぎりではそうは感じられません。やはりライブで聴かないと、真価はわかりませんよね。楽しみです。
 なお公演パンフレットの解説によると、作曲に着手したのは1909年の夏、その二年前には最愛の娘マリア・アンナを亡くし、その直後に心臓疾患を告げられます。そしてウィーン宮廷歌劇場を自任してメトロポリタン歌劇場にデビューするなど、ストレスの多い日々の中で第9番はつくられました。そうした中、マーラーの音楽に向き合う姿勢が明らかに変わったことが、ブルーノ・ワルター宛ての手紙(1908.7.18)から読み取れます。
 つまり私はただの一瞬にしてこれまで戦い獲ってきたあらゆる明察と平静とを失ってしまったのです。そして私は無に直面して立ち、人生の終わりになっていまからふたたび初心者として歩行や起立を学ばなければならなくなったのです。
 娘の死に打ちひしがれ、自らの死を予感しつつ、万感の想いを込めて人生を振り返りながら作った曲なのでしょうか。そうした予備知識をどこかの引き出しに入れておいて、虚心坦懐に音楽を楽しみたいと思います。

 会場はいつものように、Bunkamuraオーチャードホール。一曲目は、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」、その清澄な響きで耳朶にこびりついた俗塵を洗い落としてもらいました。
 20分休憩のあと、いよいよ交響曲第9番です。銅鑼とハープの重低音とヴィオラのトレモロが静かに空間を包み、ヴァイオリンが甘美なメロディを愛おしむように奏でます。そして、どれが主旋律でどれが伴奏か、和音なのかメロディなのか、判然としない音の塊がうねりながらホールを濃密に満たします。羊水の中で微睡む胎児のように、その神秘的で美しい音楽にただただ身と心を浸すのみ。これは"死"というよりも"生"の音楽ですね、生きて、この音楽が聴けてほんとうによかった。至福のひと時があっという間に過ぎていきました。
 第2楽章は三拍子の田舎の踊り(レントラー)。マーラーは「いくらか不器用で、かなり粗野に」という書き込みをしています。己の不器用で粗野な生き方を、思いきり哄笑しながら振り返っているようです。そして第3楽章には、ブルレスケ(道化芝居の音楽)という指示と、「きわめて反抗的に」という珍しい支持が書き込まれています。自らの人生を「道化芝居」と突き放しながらも、無理解な周囲と音楽をもって戦い反抗を続けたことを振り返っているのでしょうか。先ほどの手紙に"戦い獲ってきた"と記されていたことと符合します。この楽章での、山田氏の鬼神の如き指揮は凄まじかった。「戦え、抗え」と怒号するかのような迫力でオーケストラを奮い立たせ、この攻撃的な音楽を見事に表現しました。二列目左端に座っていたのですが、第一ヴァイオリンを睨みつける氏の表情には血の気が引いたほどです。そして音の大爆発とともに、第3楽章は終わります。ふう。
 第4楽章、アダージョ。喜び、悲しみ、安らぎ、絶望、さまざまな感情がゆったりとしたテンポとともに唄い上げられます。指揮者とオーケストラが一体となって、全身全霊を込めて唄い上げるメロディの素晴らしいこと。陳腐な表現ですが、心の琴線が震えっぱなしでした。そして音楽は徐々に静謐となっていき、幸福というオーラに包まれながら息絶えていきます。最後の音がpppで終わり、無音の響きが微かに鳴り響くホール。微動だにしない指揮者とオーケストラ。ああずっとこの無音に包まれていたい、ずっと…

 すると。山田和樹氏が振り返りもせず動きもしないのに、誰かが「ぶらぼー」と叫びながら盛大な拍手をはじめました。やれやれ。二人で苦笑いをするしかありませんでした。

 というわけでほんとうに素晴らしい音楽でした。あらためて山田和樹氏と日本フィルに感謝したいと思います。どうもありがとうございました。でもこれで「マーラー・ツィクルス」が終わりかと思うと、残念です。今度は、金聖響氏の「マーラー・ツィクルス」をぜひ聴きたいものです。
by sabasaba13 | 2017-07-06 06:27 | 音楽 | Comments(0)

マーラー交響曲第八番「千人の交響曲」

c0051620_6283485.jpg 気鋭の指揮者・山田和樹氏が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振る「マーラー・ツィクルス」がいよいよ第3期に入りました。前回は交響曲第7番「夜の歌」、そして今回はいよいよ畢生の大作、交響曲第8番「千人の交響曲」です。『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書)によると、この曲についてマーラーは次のような言葉を残しているそうです。(p.221)
 私は、ちょうど第八番の交響曲を完成させたところです。これは、これまでの私の作品のなかで最大の最も優れた作品で、内容的にも形式的にも非常にユニークで、他に例がなく、言葉で表現することができません。大宇宙が響きはじめる様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運航する惑星であり、太陽そのものです。
 以前に、ガリー・ベルティーニの指揮で聴いたことがあるので、生で聴くのは二度目です。大宇宙の響きにまた包まれるのが楽しみです。

 会場はいつものように、Bunkamuraオーチャードホール。今回は三階席なのでホール全体を一望できますが、舞台の後ろ半分は合唱団のための演台が列をなし、前半分にはハープ四台にピアノ、チェレスタ、ハーモニウム、そして様々な打楽器群が置かれています。もうこれだけで、期待で胸ははちきれそう。
 まずは早稲田大学創立100周年を記念して武満徹が作曲した「星・島(スター・アイル) (オーケストラのための)」で身も心も浄められ、15分の休憩です。紫煙をくゆらして座席に戻ると、陸続と合唱団、そしてオーケストラのみなさんが登場し、舞台を埋め尽くしました。山ノ神が肘でつつくので指さす方を見ると、三階席の両側に譜面台が置かれていました。どうやらバンダ(オーケストラと離れた位置で演奏する小規模のアンサンブル)が加わるようですね。そして指揮者の山田和樹氏が登場して万雷の拍手を浴び、すぐに静寂がホールを包みます。一瞬の間を置き、タクトを上げて振り下ろすと、オルガンの重厚な響き、そしてVeni, creator spritus ! (来たれ、創造主である聖霊よ)という大合唱とオーケストラの音が、文字通りホールを揺るがしました。
 第一部は、中世のマインツの大司教ラバヌス・マウルスが創ったといわれる、創造主・キリスト・聖霊を讃えるラテン語の讃歌です。第二部は、ゲーテの『ファウスト』で、ファウストが天上界へ導かれていく最終場面がドイツ語で歌われます。いや、そうした註釈ぬきで、素晴らしい音楽に酔い、包まれ、感動することができました。自分という存在が消え失せて、大宇宙の響きと一体となったという稀有なる体験です。もう言葉もありません。
 とはいえ、興奮と感動が醒めやると、やはりマーラーがこの曲で表現したかったことが気になります。金聖響氏も前掲書の中で言っておられましたが、最後に歌われる「永遠に女性的なるものが私たちを引き上げる! (Das Ewig-Weibliche Zieht uns hinan !)」という謎のような言葉が鍵を握っていそうです。『ファウスト』の中で、ゲーテはこうも書いています。
 女性的な感覚の方が、人間を正しい方向に導く。
 マーラーは、当時(※初演は1910年)のヨーロッパ社会が間違った方向に進んでいて、それを矯正するには"女性的な感覚"が必要だと考え、それをこの巨大な音の伽藍で表現しようとしたのではないか。だとすると、その間違った方向とは何なのでしょう。それを考えるときに、ほぼ同時期に刊行されたマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904~5)が導きの糸になりそうです。私の文責で要約しますと、この時代、合理的産業経営を土台とする資本主義の社会的機構が、鋼鉄のようなメカニズム(鉄の檻)と化していました。その結果、諸個人の行動から倫理的な意味は消え失せ、貨幣の獲得のみが職業における有能さの結果であると信じ、徹底的に合理化された思考・行動によって競争相手を打ち負かし利潤を増やそうとする人間類型が登場することになります。精神のない専門人、心情のない享楽人。ヴェーバー曰く、「末人たち」(letzte Menschen)です。こうした人間類型に対して、彼が本書で掲げているのが「ファウスト的な人間の全面性」という表現です。それが「女性的なるもの」の正体ではないでしょうか。戦い・争い・競争を忌み嫌い、他者を蹴落とそうとせず、人間らしく生きようとすること。
 ちなみに、マーラーが唯一、個人に献呈したのがこの第八だそうです。相手は妻のアルマ・マーラー。この頃、マーラーはアルマが建築家ワルター・グロピウスと不倫関係にあることに気づき、どちらをとるかを彼女に決断させ、アルマはマーラーのもとに戻ってきました。しかし精神的に不安定になったマーラーはフロイトの診療を受けるとともに、第八番初演の準備や第十番の作曲に忙殺されていた時に、アルマにこの曲を献呈する決意をしたようです。彼女のなかに、十全なる"女性的なるもの"を見ていたのでしょう。

 何も考えずに曲に身をまかすだけで至福ですが、こうした思想的な背景を考えるとより深みと厚みが増すような気がします。この時代よりもますますletzte Menschenが跳梁跋扈しもてはやされる現代、マーラーの思いはより輝きをもって鳴り響きます。
by sabasaba13 | 2017-06-14 06:29 | 音楽 | Comments(0)

マーラー交響曲第七番

c0051620_6263381.jpg 気鋭の指揮者・山田和樹氏が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振る「マーラー・ツィクルス」がいよいよ第3期に入りました。これまでに、第2番「復活」第4番、第5番、第6番「悲劇的」を聴いてきましたが、いずれも聴き応え充分でした。今回の交響曲第7番「夜の歌」も楽しみです。
 開演は5月14日の午後三時。しかし好事魔多し、日曜日だというのに無慈悲にも仕事が入ってしまいました。せんかたなし、山ノ神とは現地で落ち合うことにして、急いで仕事を済ませて渋谷へ駈けつけました。傍若無人にスマートフォンの画面に見入る人びとを掻き分け掻き分け、開演五分前にBunkamuraオーチャードホールの座席に辿り着けました。ふう

 パンフレットから引用します。
 マーラーと武満徹。
 一見するとまったく違う作風の二人の音楽作りの根底にあったもの、それは伝統的な音楽への尊敬でした。とりわけ、音楽の父とされるバッハへの想いは特別だったようです。
 伝統的な音楽から、それまでになかった革新的な音楽への飛翔。自然の音に耳を澄ませ、生と死をみつめ、人間の歌にこだわった二人の作曲家。その姿を追いながら、いよいよ第3期『昇華』を迎えることになりました。マーラーの後期交響曲では、"美"が突き詰められていきます。その先にあったものは一体何だったのか。
 「やがて私の時代がやって来る」-その通りになった現代、マーラーの音楽が私たちに問いかけるものは何なのか。
 祈りと絶望、陶酔と狂気、刹那と永遠、喜悦と怒り、それらが同時に交錯する世界の中で、僕は叫びたくなります。その叫びたくなる感覚はどこから来るのか。死というものを近くに感じるからなのか、美しいものに触れるからなのか。そもそも音楽の始まりは、歌だったのか、叫びだったのか。
 第3期『昇華』は、生きる上での哲学とともに、音楽の原初を辿る旅にもなりそうです。
 溢れる想いを胸に、二人の作曲家に感謝しながら。
 そう、このツィクルスでは、山田和樹氏の強い希望によりすべて武満徹氏の曲と組み合わされています。今回の曲は、「夢の時(オーケストラのための)」。アボリジニの間に伝わる天地創造の神話をテーマとした曲です。グリッサンドやトリルが多用された音の波動に身を任せ、しばし夢の世界に遊びました。
 そして休憩の後に、マーラーの交響曲第7番「夜の歌」が演奏されました。…告白しますと、第3楽章までは、仕事の疲れもあって酔生夢死状態。鼾をかかぬように気をつけてうつらうつらと夢心地で音楽に浸っていました。マーラーさん、ごめんなさい。しかし第4楽章の「夜曲 アンダンテ・アモローソ(愛情を込めて)」が始まると、とたんに覚醒。ああ何て愛らしく魅惑的な音楽なのでしょう。逍遥するような穏やかなテンポに乗って、親しみやすくチャーミングなメロディが流れていきます。意外な取り合わせですがギターとマンドリンの音も、曲想によく合っています。睡魔も眠ってしまうような至福のひと時でした。そして第5楽章「ロンド‐フィナーレ」では、音の洪水と爆発に圧倒されました。「夜の歌」の終楽章なのにこの底抜けの明るさは何なんだ。ま、いいや。身悶えするような音の響きと迫力に身も心もゆだねましょう。

 実は『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書)のなかで、指揮者の金聖響氏が、この交響曲はよくわからない、とぼやいておられるのですね。しかしその後で、マーラー研究家のアンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュ氏の言葉を引用されています。
 マーラーは聴かれることを望んでいたが、裸にされることは望んでいなかった。彼は自作についての分析や注釈や解説を嫌悪し、晩年にはそれらを禁じたほどだった。歌曲のひとつにドミナント(属音)の和音で終わるものがあると指摘されたときには、腹を立て、その曲は理性よりもむしろ直観で聴いてほしいと答えたという。(p.218)
 マーラーの楽曲を分析する能力も理性もない小生としては、たいへん心強いお言葉です。これからも虚心坦懐に音に身も心も委ねることにしましょう。

 さあ次回は交響曲第8番「一千人の交響曲」です。いまからワクワクしています。
by sabasaba13 | 2017-05-17 06:27 | 音楽 | Comments(0)

マーラー交響曲第四番

c0051620_6304346.jpg 小笠原伯爵邸を出て、若松河田駅から都営12号線(筆者注:あの極右・レイシストの御仁…以下略)に乗って新宿西口駅で下車し、てくてくと歩いてJR新宿駅へ。山手線に乗り換えて渋谷駅に到着。ああ相も変わらず五月蠅い街だなあ、わき目もふらずに一路Bunkamuraのオーチャードホールに向いました。以前にも書きましたが、山田和樹という若い指揮者が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振るという「マーラー・ツィクルス」第二期の一回目、交響曲第4番の演奏会です。なおこのツィクルスでは、山田和樹氏の強い希望によりすべて武満徹の曲と組み合わされています。今回は、「系図 ~若い人たちのための音楽詩~ (語りとオーケストラのための)」という曲でした。谷川俊太郎の詩集『はだか』から武満徹が選んだ六編の詩を女優・モデルの上白石萌歌が語り、オーケストラが伴奏をつけるという構成です。彼女の上手な語りと、優しい曲調と、満腹感のため…関係者各位申し訳ない、寝てしまいました。言い訳にもなりませんが、ほんとうに気持ち良かった。
 20分の休憩をはさんで、いよいよマーラー作曲の交響曲第4番です。指揮者の山田和樹氏は、交響曲第1~3番を第一期「創生」、第4~6番を第二期「深化」、第7~9番を第三期「昇華」と捉えています。第二期「深化」については、パンフレットの中でこう書かれています。
 20世紀初頭、40歳代のマーラーは、指揮活動に作曲活動に邁進していくことになります。アルマとの結婚、二人の女の子の誕生とプライベートも充実を見せる中で、マーラーの交響曲は「深化」していくことになりました。パロディ的要素の強い第4番、結婚という大きな節目に書かれた第5番、自身のその後の運命を予感させるような第6番。「深化」と題した第2期は、鈴の音から始まり、ハンマーの音で終わることになります。
プログラム前半でお送りしる武満徹作品には、ナレーション、ヴィオラ、ヴァイオリンによる協奏的作品を配置しました。
 二人の作曲家の見ていたであろう風景を追いながら、自分自身も「深化」していけたらと思います。
 なおマーラーの交響曲に関しては、『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書)という優れた概説書がありますが、その中で金聖響氏は次のような区分をされています。
1.オペラや交響詩ではなく「交響曲作家」として出発(一番)
2.ベートーヴェン『第九交響曲』への強い意識と、それからの離脱(声楽付きの二~四番)
3.新しい交響曲に対する模索と実験(五~七番)
4.過去の交響曲の集大成(声楽付きの八番)
   (3と4で「アルマ交響曲群」という呼び方も可能?)
5.新しい交響曲(音楽)の始まり(大地の歌、九番、クック版十番) (p.134)
 お二人の分析の当否は浅学故分かりませんが、第四番がマーラーの過渡期を示す作品であるという点は共通しているようです。そしてパロディ的な曲だという点でも。パロディ? ベートーヴェンの? まさかね。でもこれまでCDで何度も聴いてきましたが、親しみやすいけれどどことなく変な交響曲だなという気はしていました。第1楽章の混乱、第2楽章のおどけたヴァイオリン、そして第1~3番のような壮大な盛り上がりをみせず、愉悦と狂騒を繰り返しながら不気味な響きとともに静かに終わる終楽章。
演奏会の前に前掲書を再読し、ホールでプログラムを読み、そのパロディという意味が、そしてこの曲の変異さがすこしわかったような気がしました。まず曲の冒頭でシャンシャンシャンシャンと鳴り響く鈴の音。金氏はこう言われます。
…この鈴の音を、ポスト・モダンの哲学者でマーラー研究の音楽学者でもあるテオドール・アドルノは、「道化の鈴」と呼びました。「道化の鈴」とは道化師の帽子にいくつかぶら下がっている鈴のことで、これが冒頭に鳴らされるのは、「これから君たちが聴くものは、すべて本当のことではないのだよ」と、物語が始まるときの口上が述べられていることになります。(p.118~9)
 第2楽章のヴァイオリン独奏には、マーラー自身が「死神(Freund Hein)は演奏する」と書き入れたことがあり、また「フィドルのように」と指示しているそうです。後者は、踊りの伴奏というニュアンスですね。さらに独奏ヴァイオリンは通常より二度高く調弦してあります。つまり、調子外れの死神の踊り… 第3楽章は美しく安らかな音楽、ほんっとにマーラーの緩徐楽章はすばらしいですね。そして「完全に死に絶えるように」という指示とともに消えるように終わります。つまり第4楽章は死後の世界、そこでソプラノによって歌われるのが「天上の生活」です。プログラムより、前半部分を転記します。
天の喜びを 味わうわれら 憂き世のことは 忘れるに限る 世の喧騒は 天には 届かぬ 安らかな静けさの中 暮らすのだ その生活は 天使のようだが まったく 愉快きわまりない 踊り 跳びまわり 飛んでは 歌う 天のペテロ様が それを見る

ヨハネ様は 仔羊を放し 肉屋のヘロデは 虎視眈眈 われらは この慈悲深き 穢れなき かわいい仔羊を 死へと追いやるのだ ルカ様は 少しもためらわず 雄牛を屠る 天の酒蔵にある酒は 鐚一文も かからない パンを焼くのは 天使たち
 快楽と安逸に満ちた天上の暮らし。その一方で、イエス・キリストに洗礼を施したヨハネは、仔羊(イエス)を放逐し、嬰児殺しのヘロデ王が虎視眈眈と彼を狙う。キリスト教への冒?とも受け取れます。なお金氏によると、マーラーは1897年にウィーン宮廷歌劇場の常任指揮者になりますが、そのためにユダヤ教を棄て、ローマ・カトリックに改宗しています。そうしないと反ユダヤの空気が強いウィーンでは高い地位は望めなかったのですね。交響曲第4番の作曲時期は1899~1900年ですから、そうしたことへの鬱屈や苛立ちを感じていたのかもしれません。また世紀末ウィーンのブルジョア社会に対する反発を持った可能性もありますね。キリスト教とブルジョア社会のパロディ。しかし突然鳴渡る鈴の音と狂騒の響き、「嘘だよ」「冗談だよ」と嘲笑うかのように。そして暗鬱で不気味な和音とともに曲は静かに終わります。楽譜には、他に例はないのですが「交響曲はおしまい(Ende der Symphonie)」と記されているそうです。
 良いか悪いかはわかりませんが、今回は事前学習をした上で鑑賞にのぞみました。そうしてみると、この一筋縄ではいかない交響曲を、山田和樹氏も日フィルもみごとに演奏してくれました。美しく、安らかに、剽軽に、奇妙に、騒々しく。そして時には微笑み、時には嘲笑し、時には罵倒し、そしてからかってくれました。ブラービ。
 次回の交響曲第5番も楽しみにしています。
by sabasaba13 | 2016-03-02 06:31 | 音楽 | Comments(0)

春の祭典

 とあるコンサートで貰ったチラシに、小林研一郎が日本フィルを指揮して「シェエラザード」と「春の祭典」を演奏するというものがありました。なんてゴージャスなんだ、山ノ神の了承を得て、A席の切符を二枚購入。先日の土曜日にサントリーホールに聴きにいきました。開演は午後二時、ギロッポンのどこかで昼食をとることにしましたが、実はサントリーホール(六本木)とオーチャードホール(渋谷)のあたりにはわれわれご用達のお店がありません。他のホールにはたいていあるのですけれどね。六本木・渋谷のゲニウス・ロキとボンビーなわれわれは相性が悪いのかもしれません。とは言っても背に腹は代えられません。山ノ神が、ホールとなりのビルに「タコリッコ」というメキシコ料理のお店があるのを、インターネットで見つけたので行ってみることにしました。かつて小田原に「ブエナ・カレラ」というメキシコ料理の名店がありましたが、そこには及ばぬもののそれなりに美味しいタコスをいだだきました。ご馳走さま。
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c0051620_6145581.jpg そして眼前にあるサントリーホールへ。まずは「シェエラザード」、「千夜一夜物語」からインスピレーションを得たリムスキー=コルサコフが、四つの物語を四つの楽章にまとめて仕上げた交響的作品です。多彩で豊かな響きと魅力的な旋律、そして「海とシンドバッドの船」の雄渾、「カランダール王子の物語」の哀愁、「王子と王女」の甘美、そして「バグダードの祭り、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲」の爆発と、それぞれの特徴をもつ楽章。私も山ノ神もこの曲は大好き。小林研一郎の指揮と日フィルの力量があいまって、この曲の魅力を十全に引き出した素晴らしい演奏でした。「カランダール王子の物語」と「王子と王女」では、そのあまりの甘美さに思わず睡魔に抱かれそうになることも(ごめんなさい)。でも終曲では、オケの迫力と熱気、そしてトランペットの見事なタンギングでしっかりと目が覚めました。
 ここで十五分の休憩をはさみ、いよいよお待ちかねのストラヴィンスキー作のバレエ音楽「春の祭典」です。チラシによると、日本フィル創立50周年の記念年(2006年)に行われたヨーロッパ・ツァーで取り上げて以来、10年ぶりとなるコバケン先生との「春の祭典」だそうです。マエストロの「そろそろハルサイでも…」という言葉を楽団員のみなさんが聞き逃さなかったというのですから、満を持しての演奏なのでしょう、楽しみです。紫煙をくゆらして席に戻ると、おおっ、ステージを埋め尽くさんばかりに椅子が並んでいます。なにせ五管編成に加えてティンパニが二人、アルト・フルート、イングリッシュ・ホルン、E♭クラリネット、バス・クラリネット、コントラ・ファゴット、テナー・チューバ、ピッコロ・トランペット、バス・トランペットといった普段馴染みの薄い楽器も動員された、超弩級の編成です。そして三々五々ステージにあがるオーケストラのみなさん、心なしか緊張感と興奮のいりまじった不思議なオーラを感じます。そしてコバケン氏の登場、いつものように楽団員に一礼して、静かにタクトがふりおろされました。
 なお自伝によると、ストラヴィンスキーはこう語っているそうです。
 私は空想のうちに、おごそかな異教の祭典を見た。輪になって座った長老たちが、死ぬまで踊る若い娘をみまもっていた。かれらは春の神の心を和らげるために彼女を犠牲に供したのである。
 第一部「大地礼賛」(序奏‐春のきざし・乙女たちの踊り‐誘拐‐春の踊り‐敵の都の人々のたわむれ‐賢人の行列‐大地のくちずけ‐大地の踊り)、第二部「いけにえ」(序奏‐乙女たちの神秘的な集い‐いけにえの賛美‐祖先の呼び出し‐祖先の儀式‐いけにえの踊り)という二部構成です。
 ファゴットによって奏でられる摩訶不思議ですが魅力的な旋律とともに曲は始まります。複雑なリズムと拍子、無調と不協和音、ホールを揺るがすオーケストラの咆哮、聴き惚れるというよりは、巨大な音の塊に包まれ身も心もただ強烈な響きにゆだねるのみ。指揮者の小林研一郎氏は熱い心を保ちながらも、冷静なタクトでこの複雑な曲を見事に組み立てていきます。それによく応えたオーケストラの技量とアンサンブルにも脱帽。気がつけば、「ブラボー」という声とともに曲は終わっていました。ブラービ!

 コバケン+日フィルのハルサイ、次に聴けるのはいつになるか分かりませんが、お聴き逃しなく。なおこの曲の初演は1913年5月、パリのシャンゼリゼ劇場。その時の観客のブーイングと罵倒は伝説になっていますが、時は第一次世界大戦勃発のほぼ一年前です。ヨーロッパ文明崩壊を予感させるこの曲に、人々は畏怖を感じていたのかもしれませんね。
by sabasaba13 | 2016-02-10 06:15 | 音楽 | Comments(0)

本日 小田日和

 先日、山ノ神から「本日 小田日和」という小田和正のコンサートに行かないかと誘われました。おだかずまさ? うーん、たしかオフコースのヴォーカルだった方でしたかな。若い頃、「僕の贈りもの」「眠れぬ夜」「さよなら」「I LOVE YOU」を聴いていいなとは思いましたが、とりたてて入れ込んだ記憶はないし、今でもさほど関心はありません。彼女の職場に小田氏の大ファンがいて、全国ツァーを締めくくる横浜アリーナでのコンサートの切符を抽選で手に入れてくれたとのことでした。何でもなかなか手に入らないプラチナ・チケットだそうです。そういえば、おしょすい(※仙台弁)話、わたくし、ロックやポップスのコンサートに行ったことがありません。RCサクセションだけは聴きにいきたかったのですが、まごまごしているうちに忌野清志郎氏が早逝されてしまいました。合掌。よろしい、後学のためにもつきあいましょう。
 三月某日、山ノ神と新横浜駅ビル「キュービックプラザ」の十階にある中華料理店「點心茶室」の前で午後五時に待ち合わせました。ところが好事魔多し、渋谷駅まで来たところ、東急東横線の人身事故のため菊名駅までたどりつけません。駅員さんにお訊ねしたところ、復旧には時間がかかりそうなので、JR湘南新宿ラインで横浜まで行き横浜線で行った方がよいとのお答えでした。いたしかたない、JR渋谷駅に向かっていると、ひさしぶりに岡本太郎氏の『明日の神話』を見ることができました。下の方に描かれた小さな船が第五福竜丸でしょうか。
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 ご教示の方法で新横浜に辿り着いたのが午後五時十分、十数分後に山ノ神も到着しました。しかし肝心のお店は、コンサートに行く観客で満員、やれやれ、次善の策として同じ階にある「文の助茶屋」でにしん茶そばをいただきました。京都八坂の塔の近くにあるあのお店の支店がここにあるのですね。京の味を楽しみ、ここから徒歩五分ほどの距離にある横浜アリーナに向かうと…おおっわれわれと同年輩の善男善女の方々がぞろぞろぞろぞろぞろと同じ方向に歩いていきます。アリーナ場内は観客一万七千人が座席を埋めつくしています。中年世代の、落ち着いた感じの期待感と高揚感が空気を充たし、何とも心地よくなってきます。ポップスのコンサートははじめてなので、新鮮な体験でした。ステージからは観客席の間を縫うように花道が設けられていますが、小田氏があそこを走り回るのでしょうか。
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 そして小田和正とバック・バンドが登場、新作アルバム「小田日和」に収録された曲(たぶん)の演奏が始まりました。すると驚いたことに観客はほぼ総立ち。ええっ? 奏でられた音楽に感動して立つのではないのかい。ったくもう、見えづらいったらありゃしない。しかし彼の語りが始まると、自然にみなさんは陸続と席に腰をおろします。そして新作アルバムを中心に、オフコース時代の曲「言葉にできない」「YES-YES-YES」を織り交ぜながらステージは進行していきます。小田氏の魅力的なハイ・トーン、安定した技量のバック・バンド、十二分に楽しめた三時間でした。場内をカラフルに彩るレーザー光線やスクリーンに映し出される映像も、なかなかよろしかったです。ただ気になったのは、お歳のせいなのか、PAのせいなのかはわかりませんが、弱音の時に歌詞が聴き取りづらかったこと。四方の壁面に歌詞が電光掲示されていましたが、聴覚にハンディキャップのある方のためであるとともに、聴き取りづらさを補う措置なのでしょうか。もう一つは、同じような曲調と歌詞が多くやや退屈してしまったこと、正直、欠伸を三回ほどしてしまいました。しかし会場を埋め尽くした観客は、ほとんどの方が総立ちし、曲に合わせて同じように腕を振り、時に「小田さーん」と叫んでいます。小田氏の音楽を聴きにきたというより、教祖の説教に恍惚とする信徒のようでした。ま、人世の楽しみ方は十人十色、別にこうしたあり方を否定する気は毛頭ありませんが、私はやはり音楽を聴きたいですね。よってもう彼のコンサートに行くことはないでしょう。S席8640円(税込)は高いしね。
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by sabasaba13 | 2015-03-24 06:37 | 音楽 | Comments(0)

マーラー交響曲第二番「復活」

c0051620_6244418.jpg コンサート会場の入口で配られる演奏会のチラシをまとめて入れたビニールは、コンドームと同じ素材で作られているそうです。なるほど道理でこすれた時に音が出ないはずだ。閑話休題。あるコンサートでもらったチラシの中に、「山田和樹 マーラー・ツィクルス」という一枚がありました。なになに、山田和樹という若い指揮者が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振るとのことです。しかも大作、交響曲第2番「復活」の演奏が間近に迫っています。これまでも第1番第3番第8番を聴きましたが、生で聴くマーラーはかけがえのない体験でした。ようがす、聴きに行きましょう。
 山ノ神の了解を得たうえで、インターネットでチケットを二枚購入。如月の好日、渋谷にあるBunkamuraのオーチャードホールへと向かいました。地下道を歩いて「109」とか言うビルに入ると…いやはや、おじさんは(おばさんも)参った。ファッションや小物を売る店で汗牛充棟、お花畑のような雰囲気の中を、さまざまな服で身を包み、化粧・染色した髪の若い女性たちが蝶のように舞っています。"もしそういう人たちが髪の毛の色にはらう関心のたとえ半分でも頭を働かせるほうにふり向けたならば、今の千倍も生活が向上するだろうに"、マルコムXの言です。(『マルコムX自伝』 中公文庫 上p.115) まあこれは良いとして、耐えきれなかったのが音響です。それぞれのお店が好き勝手に垂れ流すポップスが混然となって空気を鳴動させ、神経がおかしくなりそうでした。しかし店員さんもお客さんも平気の平左、老婆心ながら難聴ではないのかと心配してしまいます。ほうほうのていで脱出し、一路オーチャードホールを目指しました。
 三階の席に座って見下ろすと、ほぼ満員でした。なおこのツィクルスでは、山田和樹氏の強い希望によりすべて武満徹の曲と組み合わされています。本日は『混声合唱のための「うた」より』という無伴奏の合唱曲で、山田茂指揮による東京混声合唱団による演奏です。プログラムを見ると曲目は「小さな部屋で」「○と△の歌」「恋のかくれんぼ」「死んだ男の残したものは」「小さな空」。愛聴している『武満徹SONGS 見えないこども』(保多由子)と『武満徹POP SONGS 翼』(石川セリ)でお馴染の曲ばかりです。これは嬉しい。舞台に登場した合唱団はパート別ではなく男女おりまぜるように並んでいましたが、おそらく歌声を融け合わせるためでしょう。音程に自信がなければできないことです。そして次々と歌い紡がれていく武満徹の世界にすっかり魅せられました。ひとつひとつの言葉の響きを大切にしながら、素晴らしいハーモニーをつくりだす合唱団の力量にも脱帽です。私がとくに感銘を受けたのは「死んだ男の残したものは」と「小さな空」。前者は1965年4月22日に全電通会館ホールで行われた「ベトナムの平和を願う市民の集会」で歌うために急いで作曲されたそうですが、谷川俊太郎の詞が素晴らしい。安倍伍長が舌舐めずりをしながら戦争へと突っ走りつつある昨今、ぜひとも歌い継いでいきたい歌です。
死んだ男の残したものは/ひとりの妻とひとりの子ども/他には何も残さなかった/墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは/しおれた花とひとりの子ども/他には何も残さなかった/着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは/ねじれた脚と乾いた涙/他にも何も残さなかった/思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは/こわれた銃とゆがんだ地球/他には何も残せなかった/平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは/生きてるわたし生きてるあなた/他には誰も残っていない/他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは/輝く今日とまた来る明日/他には何も残っていない/他には何も残っていない
 そして「小さな空」。明るさと切なさ・哀しさが響き合う、私の大好きな曲です。以前に「武満徹 その音楽地図」(小沼純一 PHP新書339)の書評で紹介したのですが、著者である小沼氏が児童自立支援施設で音楽を教えている友人からメールを受け取ったそうです。虐待されて心が傷つき、いつもは言うことをきかない子どもたちが、彼女の歌うこの歌には涙を浮かべながらしんとして聴き入ったそうです。以下、引用します。
 子どもにとって「どんな親」でも、「自分にとって愛情を示してくれた一瞬」があり、後生大事にその一瞬だけを「記憶」としてたずさえている子が多いです。武満さんの「小さな空」には、そういう「一瞬の幸福」(小沼さん、わかりますか? 彼らは、生きてきた人生の95%以上が、地獄だった子が多い。虐待に虐待を重ねる親でも運動会の時、最初で最後、子どもに弁当を作ったとか、そういうこと)を大事にする心がある、ともいえるでしょう。だから涙が溢れるんですね。
 音楽のもつ不思議な力ですね。なお最近、「二分の一成人式」とやらが小学校で流行しているそうですが、こうした子どもたちも親への感謝の言葉を言わせられるのでしょうか。

 あまりに素晴らしい合唱でしたので話が長くなりました。ここで二十分間の休憩が入ります。この時間を利用して、名著『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書2132)を参考にしてこの曲の紹介をしましょう。ベートーヴェンの交響曲第9番を上回る曲をつくろうと強く意識したマーラーは、独唱と合唱を加えたこの大曲を七年かけて完成させました。中でも壮大なフィナーレをどうつくりあげるかには頭を悩ませましたが、そのきっかけが与えられたのがハンス・フォン・ビューローの葬儀でした。18世紀ドイツの詩人フリードリヒ・ゴットリープ・クロプシュトックの『復活の頌歌』がオルガン伴奏による合唱で演奏され、「汝、よみがえらん」という合唱が耳に響いた時に、その全貌が明確な姿をとって彼の魂の前に立ち現れたそうです。1895年12月13日の初演は大成功に終わり、当時19歳だった弟子のブルーノ・ワルターはこう書き残しています。
 実際この演奏会の圧倒的印象は、私の回想の中で、最もすばらしいもののひとつなのである。私は、終楽章の偉大なるラッパで世の終わりを告げた後に、復活の神秘的な鳥の歌を聴いた時の息もつけぬような緊張味、それに続く合唱「よみがえらん汝は」も導入される部分における深い感激を今でもはっきり耳にすることができる。もちろんそこには、反対者があり、誤解があり、軽蔑があり、冷笑があった。しかしその作品の壮大なこと、独創的なこと、かれの個性の強力なことの印象の方が余りにも深く大きかったので、その日から、マーラーは、作曲家として、最高の地位をもって迎えられるようになったのであった。
 さあいよいよ開演です。オーケストラと合唱団が登場し、ステージを埋めつくしていきます。その数の多さを見ているだけでわくわくしてきました。そして指揮者の山田和樹氏が颯爽と登場。決然とふりおろしたタクトと共にヴァイオリンとヴィオラが嵐のようなトレモロを刻んだかと思うとディミヌエンド、すぐさまチェロとコントラバスがfffで咆哮します。もうこれだけで身も心も惹きこまれてしまいました。マーラー自身が、第一楽章を「英雄の葬儀」、第二楽章を「過去の回想」、第三楽章を「夢からの目覚めと人生の現実」、第四楽章を「純粋な信仰」、そして第五楽章を「最後の審判と神の栄光」と解説していますが、あまりそうした意味にはとらわれることはないでしょう。ただひたぶるに耳を傾け、音楽に身を委ねるのみ。
 魅力的なメロディ、さまざまな曲想、圧倒的なダイナミクスの幅、効果的なバンダ、壮大なフィナーレ、この難曲を十全に表現した山田氏の指揮に頭を垂れましょう。そして彼とともに素晴らしい音楽を紡いでくれた日フィル、東京混声合唱団、武蔵野合唱団、林正子氏、清水華澄氏にも。フィナーレで合唱が静かに"Aufersteh'n"と歌い出すと、「ああ嫌だな、もう終わってしまうのか」と思いました。

 一週間後に演奏される第三番も聴こうと思いましたが、遅かりし由良之助、もうチケットは完売でした。よろしい、来年の一月~二月に演奏される「第2期 深化」、交響曲第4・5・6番は女房をし…もとい、万難を排しても聴きに行くつもりです。
by sabasaba13 | 2015-03-03 06:25 | 音楽 | Comments(0)

鼓童(2)

c0051620_7324299.jpg 前置きが長くなりましたが、いよいよ鼓童の演奏の始まりです。休憩十五分をはさんで約二時間の公演、心の底まで堪能致しました。大きな和太鼓を力いっぱい目いっぱい打ち鳴らす、ドライブ感と迫力にあふれた演奏のみ…と勝手に思い込んでいたのですが、さにあらず。銅鑼や仏具などさまざまな打楽器に笛や鉄琴も加わり、コンテンポラリー風のダンスもおりまぜた、モダンな演奏でした。音の強弱やテンポの緩急の使い分け、音のニュアンスへのこだわり、聴衆に音楽で感興を与えようとする姿勢がよく伝わってきます。メンバーの前田剛史氏が"以前の鼓童というのは、歯を食いしばって、汗を飛び散らせながらデカい音を出してなんぼみたいなところが少なからずあった"とプログラムに書いておられましたが、芸術監督に迎えた坂東玉三郎氏の影響で変化したようです。プログラムから彼の言を引用します。
 そして私は、将来に向かって音楽性を重視した太鼓というものが何であろうかと考えていたのです。それは打ち手が、作曲家の意図に忠実に、速度や強弱等が十分に制御されそして抑制されていなければならないということでした。自由な表現というものは、それらの事柄が制覇され、打ち手が客観性を持って初めて成し得ることだと気が付いたのです。そして何よりも、太鼓で奏でる音楽を聴衆が「長い時間聞いていても心地良いと感じてくれること」に最大の目的を持っていかなければならないと考えたのです。
 はい、その意図は十分に達成されていたと思います。変化に富んだ演奏で、まったく飽きずに心地良く音楽を楽しめた二時間でした。やはりパブロ・カザルスが言ったように、音楽の最大の敵は単調さなのですね。とは言っても、やはりffの迫力は凄かった… 心が、体が、ホールが、空気が、地球が、宇宙が、太鼓の鼓動に共鳴し打ち震えました。これがカタルシスなのですね、心身に積りに積もった日々の澱がきれいに洗い落され、生まれ変わったような爽快感を覚えました。これはくせになりそう、ぜひまた聴きにきたいものです。

 帰途、池袋の西武百貨店に寄り、「たいめいけん」のカレーと「華鳥」のとり天中津からあげを購入。家に帰っておいしくいただきました。前者は値が高いのでもう買うつもりはありませんが、後者はほんとうに美味でした。素晴らしい音楽、美味しい食べ物、楽しい散歩、ほんとうに良き一日でした。

 ふと思いついたのですが、エル・システマ日本版をつくってはいかが。心に闇を抱え、貧困や孤独に悩み、暴力やドラッグに走りそうな子どもや若者たち、彼ら/彼女らが集まって仲間とともに太鼓を打ち鳴らせば、とてつもなく豊かな精神世界にふれられ、喜びと希望をもてるようになるのではないでしょうか。
by sabasaba13 | 2014-12-30 07:33 | 音楽 | Comments(0)

鼓童(1)

 和太鼓の演奏集団、「鼓童」のコンサートが文京シビックホールでおこなわれるという情報を入手、常々聴いてみたいものだと思っていたのでさっそくチケットを購入しました。なお私はてっきり「鬼太鼓座(おんでこざ)」が「鼓童」と改名したのかと思っていたのですが、これが勘違いでした。まず鬼太鼓座の成立については、越後編でも書きましたが、わが敬愛する宮本常一がからんでいます。早稲田大学を血のメーデー事件で放校された田耕(でん・たがやす 本名:田尻耕三)が、渋沢敬三邸に居候していた宮本常一を訪ねたのが1956(昭和31)年のこと。彼の書『海に生きる人びと』を読み、日本にも昔から民主主義があるということをやさしい言葉で教えられたためでした。宮本の影響で全国の離島を無銭旅行した田が、佐渡で出会ったのが、古くから伝わる和太鼓芸能・鬼太鼓でした。十年後、宮本のもとに田から、「鬼太鼓座という若者芸能集団をつくり、伝統芸能の復活を通して佐渡の若者たちに自信を回復させたい」という電話がかかってきました。以後、宮本は佐渡に行くたびに彼らを励まして回ったそうです。
しかし1981(昭和56)年、田耕は「鬼太鼓座」メンバーと別れ、一人佐渡を去ってしまいます。その際に田耕は「鬼太鼓座」の商標権と太鼓道具等を引き上げ、新しい鬼太鼓座で活動を始めたため、名称を「鼓童」としました。そして新たに楽器購入にあたり地元佐渡の銀行から融資を得て、佐渡の小木を根拠地として現在に至ります。
 なお分裂の理由についてはよく分かりません。音楽に対する意見の相違なのか、あるいは佐渡に対する思い入れの差なのでしょうか。それはともかく初めての和太鼓演奏、「鼓童ワン・アース・ツアー2014」、楽しみです。

 開演は天長節の午後二時、場所は文京シビックホール。雲一つない快晴、気温もそれほど低くはないということで、山ノ神とちょっとしたデート気分にひたれる計画を立ててみました。まずは「神田まつや」で蕎麦をたぐり、秋葉原でメイド喫…もといっ、電気屋によってイサム・ノグチの「あかり」を物色。中央通りを歩いて北上し、「うさぎや」でどら焼きを購入。春日通りを西行して湯島天神に寄って、知りあいの受験生のために御札を入手。歩いて文京区役所へ行き25階の展望ラウンジで東京を睥睨し、併設されているレストラン「椿山荘」でコーヒー・ブレイク。そして区役所内にあるシビックホールに入場。いやあ、渋いなあ、大人だなあ、侘び寂びだなあ、偕老同穴だなあ。
 さて当日です。「神田まつや」と言えば池波正太郎も足繁くかよった名店、昼時には長蛇の行列が予想されます。よろしい、午前11時の開店と同時に入って、つつっと蕎麦をたぐり、店の前に連なる行列を尻目に旗本退屈男のように(なんだそれは)颯爽と去りゆくというシナリオは如何。というわけで地下鉄丸ノ内線淡路町駅から地上に出たのが午前10時58分…白旗をあげましょう。もう長蛇の行列が出来ていました。堪え性のない私、以前にも食べたことがあるし、ここは撤退して「肉の万世」に行こうかと山ノ神に秋波を送ると、彼女はここで食べる気満々。引くところは引いて押すところは押さないのが、夫婦円満の秘訣。ようがす付き合いましょう。古い建物の佇まいや「受聞新便郵」を眺めながら待っていると、三十分ほどで中へ導かれました。
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 もちろん相席、さっそく天もり(山ノ神)、大天もり(宿六)、そして季節限定「冬至そば ゆずきり」(シェア)を注文。あっという間にたいらげましたが、葛をねりこんだ蕎麦は香りといい舌ざわりといいなかなか美味でした。
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 なおこの神田須田町界隈は、鳥のすきやき一筋の「ぼ多ん」、汁粉屋の「竹むら」、鮟鱇料理の専門店「いせ源」、火事による焼失から再建された「かんだやぶそば」、漱石も食したかきあげの「松榮亭」、昭和初期より続く喫茶店「ショパン」、下町に根づいた「近江屋洋菓子店」、明治35年創業の「神田志乃多寿司」といった古武士のような老舗が犇めいております。
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 またこのあたりは空襲をまぬかれたようで、山本歯科医院や二匹のけったいなライオンを戴く看板建築などレトロな物件が散見されます。
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 それでは万世橋を渡って秋葉原へ参りましょう。中学・高校・大学の頃は、石丸電気でよくレコードを買ったものですが、それ以来とんと御無沙汰しております。その石丸電気もヤマギワ電気も今はなく、すっかり様変わりしてゲームとアニメとメイドの街になってしまったかのようです。記念にメイドの顔はめ看板を撮影。肝心の「あかり」は結局見つかりませんでした。
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 中央通りを北上して「うさぎや」でどら焼きを購入。そして春日通りを西行して湯島天神へ、知人のために「入試突破」鉢巻を買いました。
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 さらに歩いていくと、「サッカー通り」というけったいな名の通りがありましたが、その先に日本サッカーミュージアムがあるからなのかな。バイクに跨ったサンタクロースと、啄木が下州をしていた喜乃床跡を撮影。このあたりは以前に啄木・賢治・一葉の関連物件めぐりをしたことがあります。よろしければ本郷編をどうぞ。
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 そしてゴールの文京区役所に到着、とるものもとりあえず25階の展望ラウンジへのぼってみました。スカイツリーや筑波山がよく見えましたが、残念ながら富士山は雲と靄でかすんでいました。開演時間も迫ってきたので珈琲はカット、区役所に併設されているシビックホールへと向かいましょう。
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by sabasaba13 | 2014-12-29 08:00 | 音楽 | Comments(0)