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ダボス編(16):クール(05.12)

 本日は天気予報どおり小雪の舞う曇天です。スキーはやめてクールに行きましょう。ダボス・ドルフ→ランドクアルト→クール→フィリズール→ダボス・ドルフという二等乗車券を購入して出発です。一両だけ窓が側面上部まで設けられている展望車があったので、さっそくそれに乗り込みました。すぐ隣りは自転車を載せるためのスペース、ほんとに羨ましいサービスです。さて出発、雪景色もまたいいものです、雪に埋もれた山々や木々、息をひそめているような家々や村や町の姿は美しかったですね。(住んでいる人はそれどころではないでしょうが)
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 約一時間半でクールに到着。紀元前15年にはローマ人が支配したという記録がある、アルプスを南北に結ぶ交通の要衝としてかつて栄えた街です。そうそうスイス第四の公用語ロマンシュ語はこのあたりでしか話されていないそうです。まずは駅から歩いて十分ほどの所にある州立ビュンドナー美術館へ。こじんまりとした美術館ですが、私の大好きなホドラー、セガンティーニ、カリジェ、キルヒナーの作品が数は少ないのですが展示されています。オットー・ディックスの静謐だがどこか不吉な風景画にも惹かれました。そしてジョバンニ、オーギュスト、アルベルトという名の三人のジャコメッティの作品。彫刻家のアルベルト・ジャコメッティは知っていましたが(スイス人であることは知りませんでした、不覚)、後の二人についてよくわかりませんでした。今調べてみて、ジョバンニが彼の父であることが判明。味わい深い静謐な風景画を描く方でした。しかしオーギュスト・ジャコメッティについては未だわかりません。どのような画家なのか、ご教示くだされば幸甚です。
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 なお地下は現代美術の展示室となっています。私が知っていたのはギーガー(エイリアンをデザインした画家)だけでした。しかしヨーロッパの美術館には、こうした現代美術を展示するコーナーが必ず併設されているようです。これは識見ですね、同時代のアーティストを紹介し、新しい美の形を見出そうとする義務が美術館にはあると思います。評価の定まった過去の作品を展示するのは楽だし、客も集まって業績評価も上がるのは理解できますが。そういう意味では、市場原理に投げ込まれ、業績評価と集客数しか頭になくなっているであろう日本の美術館・博物館は今、危機的状況にあるのでは。そして責任の一端は、芸術・文化と市場原理は相容れないものだという事態を見過ごしてきたわれわれにもあります。
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 本日の一枚。スピーカーからは蝉の声が鳴り響いていました。
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by sabasaba13 | 2006-03-31 07:06 | 海外 | Comments(2)

ダボス編(15):キルヒナー美術館(05.12)

 ホテルに着いたのが午後二時半。暖かい風呂につかり、ビールを飲んで昼寝。起きて読書をしてまた昼寝。またもや小原庄助さん状態です、極楽快感至福… 社会復帰ができなくなるのではと心配なくらい、安逸な時間を貪りました。まあ潰すほどの身上はないから気楽ですけれど。さて今晩は街にくりだしましょう。駅からバスに乗って、まずはキルヒナー美術館に行きました。エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー(1880~1938)、若手画家集団の「ブリュッケ(橋)」を主宰して活躍したドイツ表現派を代表する画家です。第一次大戦に従軍して精神を病み、ダボスで静養、ヒトラーに「退廃芸術」の烙印を捺された衝撃もあり、自ら命を絶ってしまいます。この美術館は、ダボスの自然を描いた良い作品を中心に展示しています。若い頃の大胆かつ不安に満ちたフォルムと色彩からは創造できないほど、穏やかな画風に変化していますが、時々心の闇が反映されたようなタッチが見え隠れします。決して大好きな画家ではないのですが、気になる人です。彼が作った、人体で埋めつくされた木彫のベッドも凄い。美術館自体のデザインも、うちっぱなしコンクリートと木の床、館外の風景を見渡せる大きなガラス窓を組み合わせた、なかなかよいものです。フラッシュをたかなければ写真撮影は問題ないので、お気に入りの作品を写真におさめました。日本の美術館の多くが、一切写真撮影禁止なのは納得できません。著作権云々ではなく、絵葉書を売るためと美術館の権威を高めるためだと邪推します。伊勢神宮も撮影禁止だしね。
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 バスでドルフ駅に戻り、夕食はイタリア料理店にしました。海鮮ピザ(海老が生煮え)とスパゲティ・ボロネーゼ(茹で過ぎ)を食しながら、明日の予定を話し合いました。天気が悪いのは確実です。とはいっても吹雪くのではなく、寒くて曇天という予報です。でも極楽スキーを標榜する以上、お天道様と一緒じゃないと滑りたくないということで意見は一致。実はダボスもけっこうつぶしがききます。候補としては、1.サンモリッツに行ってセガンティーニ美術館を見て、ベルニナ特急に乗りアルプ・グリュムで折り返して戻る。2.スイス最古の街クールに行き、州立美術館と旧市街を見て歩く。3.アロイス・カリジェの故郷、トゥルンを訪問。4.アルプスの少女ハイジの舞台となったマイエンフェルトを歩き回る。5.バート・ラガッツで温泉に入る。結局、2に決定。支払いをする際に、ウェイターに「ツァーレン・ビッテ(おいくら)」「グラッツェ」と言葉をかけた山ノ神は、「あたしは四ヶ国語を操る魔性の女なのよお」とはしゃいでいましたが、そこはそれ(以下略) 帰りに駅のインフォメーションで列車のタイム・テーブルを印刷してもらいました。

 本日の一枚です。
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 一昨日の問題の答え。新人のおばあさん。
by sabasaba13 | 2006-03-30 08:54 | 海外 | Comments(2)

だまたべ:たまねぎ納豆

c0051620_705741.jpg 「だまたべ(騙されたと思って、食べてみて)」の第二弾です。幼い頃から家庭で日常的に食べてきた料理は、その食べ方が心身の一部になっているかのように普遍的なものだと思い込んでいるものです。例えば、山ノ神と所帯をもって、夕食の時に私が鯖を焼いていたら、彼女は「そんな食べ方があったの!」と驚愕しました。彼女の家では、鯖=味噌煮という不文律があったそうです。ある日ある時、私が納豆にきざんだ長ネギを入れたら「信じられない!」と叱咤されました。それでは何を入れるのだ、と訊ねたら「玉ねぎに決まっているじゃない」。今度は私が「神を畏れぬ所業じゃ!」と言い返すと、「騙されたと思って、食べてみて」と切り返されました。プディングの味は食べてみないとわからない、いいでしょう   うまい   以後、私の人生は変わりました。
 作り方は簡単です。納豆にきざんだ玉ねぎと多めの和からしを入れ、「美味しくなあれ美味しくなあれ…」と唱えながら、よくかきまぜる。仕上げに醤油を入れてフィニート。玉ねぎの甘さと歯ごたえと水気が、納豆の臭気・からしの辛味・醤油の味わいと、玄妙なハーモニーを奏でます。まるでブラームスの弦楽六重奏曲第一番変ロ長調作品18のようです。ぜひお試しあれ。
 ただ未決着の問題があります。青海苔の有無については、私が折れて入れるようになったのですが(ほんとは歯にくっつくのが嫌なのですが)、おまけについている味つきタレを入れるのは納得できません。妥協が成立するのには、もう少し時間がかかりそう。たぶん私が折れるでしょう…
by sabasaba13 | 2006-03-29 07:01 | 鶏肋 | Comments(4)

「アダルト・ピアノ おじさん、ジャズにいどむ」

 「アダルト・ピアノ おじさん、ジャズにいどむ」(井上章一 PHP新書306)読了。著者は風俗史の研究家、私も以前に「つくられた桂離宮神話」(講談社学術文庫)を読んだことがあります。法隆寺回廊列柱がエンタシスの影響を受けたという説には何の根拠もなく、そうした説が流布された時代背景を鋭く分析した点などが記憶に残っています。以後、ご縁がなかったのか、私の知的怠慢からか、ご無沙汰していたのですが、まさか密かにジャズ・ピアノを練習していたとは! しかもナイトクラブでピアノを弾いて女性にもてたいという、不純かつ真っ当な目的のためです。まったくの初心者が41歳でピアノをはじめた中年のおじさんが、約8年間で人前でそれなりのジャズ・ピアノを弾けるようになるまでの悪戦苦闘・発汗一斗の記録です。こうしたノウハウ本は、やはり教えられる側が書いた方が参考になりますね。教える側は、ある程度才能がありすでに技術を会得しているので、なぜ生徒ができないのか理解できないと思います。長嶋茂雄氏のように「ビューと来た球をガツンと打てばいいんだ」と言うのが関の山でしょう。その点、氏は自らの貴重な体験から、素人のおじさんがピアノを弾くためのアドバイスを惜しみなく分け与えてくれます。例えば、ハノンやバイエルなどの調教のような練習は必要なし、運指も我流で結構、コード進行が大事、退屈な会議中に指を動かす練習をせよ、などなど。そして何よりも、北極星の如く空の高みで輝く目的(ex.ホステスにもてたい)をもって、練習を怠らないこと。
 おじさん相手にピアノを教えている方にとっても、必読の書です。例えば譜面にかぶりつく人に対しては、「暗譜すると、ピアノを弾きながら女性を口説けますよ」というアドバイスが効果的。なるほど。また、なぜ中年のおじさんがピアノを弾きたがるようになったのかについての分析も、さすがに専門分野だけあって面白かったです。
 私事ですが、実は私も現在チェロを習っています。あっ、ナイトクラブとは関係ないですよ、あくまでもバッハの無伴奏組曲を弾いて、結果として聴き惚れてくれる女性が一人でもいたらいいなあという純粋な目的です。氏のピアノにかける思いと情熱、そして何よりも日々の研鑽と練習に感服し、もっと集中して練習しなければと思いました。井上さん、どこかのクラブで会ったら、ぜひ「アマポーラ」を合奏しましょう。

 追記。氏がピアノをはじめるきっかけとなったもう一つの出来事が、老人を対象とした教養講座で講演をした後に、事務所の方にした質問です。「お年寄りのサークルでは、どんなおじいさんがもてますか?」「ピアノが弾ける方です」 老後を楽しく生きるための戦略でもあったのですね。はい、問題です。「どんなおばあさんがもてますか?」 答えは明後日に…
by sabasaba13 | 2006-03-28 19:38 | | Comments(0)

「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」

 「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」(宮本常一 平凡社ライブラリーOffシリーズ453)読了。みやもとつねいち、この名を聞くと薫風が心を吹くような何ともいえない気持ちになります。民俗学者にして、旅の達人。私がもっとも敬愛し、その後塵を拝したい学者です。下手な解説よりも、彼自身に語ってもらいます。
 一般大衆は声をたてがらない。だからいつも見すごされ、見おとされる。しかし見おとしてはいけないのである。記録をもっていないから、また事件がないからといって、平穏無事だったのではない。孜々営々として働き、その爪跡は文字にのこさなくても、集落に、耕地に、港に、樹木に、道に、そのほかあらゆるものにきざみつけられている。
 人手の加わらない自然は、それがどれほど雄大であってもさびしいものである。しかし人手の加わった自然には、どこかあたたかさがありなつかしさがある。わたしは自然に加えた人間の愛情の中から、庶民の歴史をかぎわけたいと思っている。
 何度でも何度でもかみしめたい、私にとって宝物のような言葉です。こうした彼の姿勢に大きな影響を与えたのが、父善十郎と、彼を支援した渋沢敬三だと思います。この二人の言葉も美しいものなので、抄録します。
 先をいそぐことはない、あとからゆっくりついていけ、それでも人の見のこしたことは 多く、やらねばならぬ仕事が一番多い。
                                        ~宮本善十郎~

 大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況を見ていくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたものの中に大事なものがある。それを見つけてゆくことだ。人の喜びを自分も本当に喜べるようになることだ。人がすぐれた仕事をしているとケチをつけるものが多いが、そういうことはどんな場合にもつつしまなければならぬ。また人の邪魔をしてはいけない。自分がその場で必要をみとめられないときはだまってしかも人の気にならないようにそこにいることだ。
                                         ~渋沢敬三~
 その彼がイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を紹介してくれるのですから、面白くないわけがありません。彼女も大旅行家で、19世紀を生きたイギリス人、旅をした地はアメリカ、オーストラリア、ハワイ、マレー半島、インド、西チベット、朝鮮、中国と生涯を旅に暮らした方です。その彼女が1878(明治11)年の夏に来日し、東国と北海道を旅した時の様子を妹への手紙で伝えたのが「日本奥地紀行」(平凡社ライブラリー 329)です。この時期の日本を異国の女性が一人旅をするということも凄いとおもいますが、その彼女が異文化をもつ日本人に対して愛情深く接している姿も感動的です。よってその描写も偏見にとらわれず客観的なものがほとんどで、そこから著者の民俗学的知識や直観を駆使して、当時の庶民の暮らしを再現しようとしたのが本書です。
 例えば、蚤に悩まされたという記述から、かつての日本にいかに虫が多かったかという話になり、特に夏場には蚤に刺されて寝不足となり仕事に支障をきたすため、その眠気をながすための祭りが「ねぶた・ねぷた」の濫觴であろうと推測します。また按摩の笛に関する記述から、東北にはハタハタ・鰊といった一時的に大量に捕獲できる魚が来るので、そこに漁師や商人が大勢集まり、それにつられて遊女もやってくる、その際の淋菌が失明の原因であろうという話になり、さらに津軽三味線へと話題は広がっていきます。何気ない一文にも真摯に注意深く耳を傾け、知識と想像力を総動員して、民衆の暮らしや文化に迫ろうとするその姿勢にはほんとに頭が下がります。一番心に残ったのが、次の文章です。
 とにかく一人の外国人が日本を見たその目は、日本人が見たよりわれわれに気付かせてくれることが多く、今われわれの持っている欠点や習俗は、その頃に根をおろし、知らないうちにわれわれの生活を支配していることもよくわかるのです。われわれも旅をして「なるほどそのとおりだ、気がつかなかった」と思わせるようなものを書ける目を持ちたいと思うのです。
 彼の目はしっかりと未来にむけられているのですね。われわれの生活を支配する欠点の根っこを見つける旅… そうした目をもち、それを人に伝える文を書けるようになった時、私も散歩の達人になれるのかな。見果てぬ夢でしょうが、宮本常一の教えを胸にこれからもいっしょに歩き続けていきたいと思います。同行二人。

 耳寄り情報。p.103に「この大内という宿場は、今も昔の姿を比較的残していて、草葺きの家がずらりと並んでいて、日本で昔の面影を残している唯一の宿場ではないかと思います。」とあります。会津若松の近くにある大内宿ですね、うしっ、いつの日にか必ずや行ってみましょう。

 そして追記。飛鳥山公園にある渋沢史料館には、渋沢敬三に関する資料と、彼に宛てた宮本常一の書簡が展示されていました。
by sabasaba13 | 2006-03-25 05:18 | | Comments(2)

「アジアと欧米世界」

 「世界の歴史25 アジアと欧米世界」(加藤祐三・川北稔 中央公論社)を再読しました。
 人生が変わった瞬間というほど大袈裟ではないですが、それに近い経験をしたことがあります。2001年9月11日、そう、アメリカで起きた同時多発テロです。今でも鮮明に覚えていますが、その映像をニュースで見た時に呆然とし我を忘れました。何故このような事件が起きたのか? 誰が何のために起こしたのか? 実は理解はおろか想像することすら全くできませんでした。思い知りましたね、私は現代の世界について何も分かっていないのだと。汗顔の至りでした。以後、現代世界を理解するための本を読みまくりました。イスラム、グローバリゼーション、世界システム論、帝国、テロリズムなどなど。その想いは今も変わっていません。今の世界を理解したい。
 というわけでこれからもその手の本を読んでいくつもりです。ただしちまちました断片化されたトリビアな歴史は真っ平ごめんなので、インディ・ジョーンズの一場面のようにざっくり近現代史の心臓を抉り出すような本を追い求めています。
 この本は、中央公論社による世界通史の新シリーズの一冊です。旧シリーズは素人にも大変読みやすく今でもお気に入りなので、今回のシリーズには期待しました。ほぼ全冊を通読したのですが、微に入り細を穿ちすぎな点が多くて閉口しました。しかあし、本書という珠玉の一冊が上梓されたということで、全てを許しましょう。ひさしぶりに読み返してみて、あらためて感心しました。15世紀から20世紀という長いスパンで、アジアと欧米世界の関係を考えようという豪胆かつ骨太な試みです。 しかも著者は、小難しい専門用語をできるだけ使わず、細心の注意を払いながらも分かりやすく歴史の動きを解き明かしてくれます。この本を元に世界史の教科書をつくれば、下記のようなみじめで貧弱な歴史認識も多少変わるのではないかな。ちなみにこれは、21世紀を目前にしてNHKが日本人成人を対象に調査した「20世紀世界十大ニュース」の結果です。(1999.10.17)
第一位 阪神大震災
第二位 地下鉄サリン事件
第三位 アポロ11号月面着陸
第四位 原子爆弾の投下
第五位 神戸小学校殺人事件
第六位 ダイアナ妃の死
第七位 日航ジャンボ機墜落事件
第八位 昭和天皇の死
第九位 真珠湾攻撃
第十位 サッカーW杯初出場
 いやはや呆れて言葉もありません。子供の学力不足も心配ですが、大人の学力不足の方が深刻です。最近日本で起きた衝撃的な事件しか記憶に残らないのですね。これでは未来への展望などもてるわけがありません。まあ携帯電話とファミコンとTVを抱えながら滅亡していけば、人類への良い教訓となるかもしれませんけれど。

 ま、それはさておき、とれたての大間崎のホンマグロのように生きのいい記述が満載です。例えば…
 中世末以来、西ヨーロッパの人びとは華やかなアジアの物質文明にあこがれ、ふたつの方法でこれを入手しようとしてきた。ひとつは、アジアに進出し、現地の広域交易圏に「参入」したり、アフリカやラテンアメリカを制服・占領して、そこに鉱山やプランテーションをひらいたりする方法である。…これに対してもうひとつの方法は、西ヨーロッパの内部手法で「アジア物産」を模倣してこれを生産する方法、つまり輸入代替の手法である。前者は要するに、近代世界システムの成立と展開を意味し、後者は、「工業化」とよばれてきた現象である。
 こうして、いささか大胆にいえば、ほぼ十九世紀第三四半世紀までのヨーロッパとアジアの関係は、後者の消費物資にたいする前者のあこがれを原動力として展開したということができる。
 なるほど、大航海時代にアメリカ大陸から砂糖や銀、アジアから香料・綿などの奢侈品をヨーロッパに持ち込むことが可能となり、やがて綿製品を大量生産するために産業革命がはじまる。同時に、こうした金儲けのビッグ・チャンスの障害となる旧体制を倒すために、市民革命もはじまる。二つの革命の関連性がよくわかります。
 つまりヨーロッパが強くて豊かであったから、植民地を拡大しやがて世界を制覇したのではないということです。逆に、貧しさの中から、アジア物産への憧れをバネにして、アメリカ大陸への到達と植民地化、そしてアジア物産輸入代替のための工業化をなしとげたのですね。植民地を獲得したから、ヨーロッパは豊かになった。一方、アジアは植民地を必要としないほど豊かであり、大航海への誘因・衝動は小さかった。(鄭和の大航海という例外もありますが)
 それではヨーロッパは何故に卓越した軍事力をもつにいたったのか? それは中華王朝やオスマン・トルコのような、広域をある程度の平和な状態に保てる統合の中心がなかったからではないのか。同じ程度の力量の小国が分立し、競い合い断続的に戦闘が行われ続けた結果、ヨーロッパでは武器・戦術が格段の進歩をとげたと考えられます。そしてこの小国の分立という状態が、やがて国民国家、人々が国民としての意識をもち国家の強大化のために尽力するという体制を生み出していった。
 もちろん、キリスト教の与えた影響や近代科学が生まれた理由といった問題もありますが、ラフ・スケッチとしては大きく外れていないと思います。問題は、この近代世界システムでは、「先進国」が存在するためには「後進国」が必要だという冷厳たる事実ですね。頑張れば先頭走者に追いつけるというマラソンではなく、誰かが利益を得れば必ず誰かが損失をこうむるというゼロサム・ゲームなのです。そして「先進国」が存在し続けるためには、地球環境の破壊と資源の蕩尽が不可欠であるという問題。綻びつつも機能しているこのシステムをどう変えていくのかに、人類の未来がかかっていると思います。テロリズム、貧困、人口問題、環境破壊、イスラム主義の台頭、グローバリゼーションなどを含めて、現代の世界を理解するためにも、お勧めしたい好著です。
 ミッテラン元フランス大統領の言葉です。
未来のことを考える人には、未来がある。
 自国のW杯初出場を、20世紀世界十大ニュースに選ぶような寝惚けた国には、もう未来はないかもしれませ… いやいやあきらめてはいけない。「子どもを救え……」(魯迅 『狂人日記』)
 ちなみに私が選んだ十大ニュースです。
第一位 第二次世界大戦
第二位 第一次世界大戦
第三位 ロシア革命
第四位 冷戦終結
第五位 ホロコースト
第六位 イラン革命
第七位 原爆投下
第八位 パレスチナ問題
第九位 EU発足
第十位 チェルノブイリ原発事故

by sabasaba13 | 2006-03-24 06:04 | | Comments(6)

ダボス編(14):parsenn(05.12)

 本日も雲がありますが晴天です。しかし天気予報によると午後から崩れてくるとのこと。いつものようにのんべんだらりと朝食を楽しみながら今日の予定を語らい、またparsennで滑って早めに切り上げようということになりました。ん? 朝食を楽しむ? 何気ないことですが、忘れていました。朝食を楽しめる暮らしが、旅行でしか味わえないというのが、何とも切ないですね。
 クリスマスが終わったので、そろそろ混むぞとフロントの方に言われたのですが、あまり変化はありません。いつものように待ち時間なしで登山電車に乗り込み、ロングコースを数本楽しみました。
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 昼食は奥の方にあるGotschnagratのレストランで取ることにしましょう。ダボスのレストハウスは、セルフサービスの食堂と、レストランが併設されていることが多いのですが、ここは珍しくレストランのみです。これも珍しく満席なのは、やはりスキー場全体が混んでいるのかな。とりあえず階下のトイレに行くと、ドアに革靴(男性用)とハイヒール(女性用)が打ち付けてあります。こうした何気ないユーモアに出会えるのも楽しみの一つ。階上に戻ると幸い席が空いていました。さてメニューを見ると、私の大好物であるレシュティがありました。盲亀の浮木、優曇華の花、ここで会ったが百年目、即注文です。じゃがいもの薄切りとベーコンを炒めた上に、とろとろに溶けたチーズをかけてある料理ですが、うまいんだこれが。山ノ神はこれまた好物のレバー団子(クヌーデル)入りスープを食し、食後の珈琲をうだうだと飲んでいるとあっという間に時が過ぎていきます。
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 さてまた滑るかとリフト乗り場に向かうと、何と数メートルの行列ができています。これは早めに切り上げた方がよさそうだと、二本ほどロングコースを滑って登山電車で下山することにしました。
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 駅で電車を待っていると、眼下にダボスの街並みがよく見下ろせる展望台がありました。ホテル・ブンダを見つけた山ノ神が「きゃー、あたしの家が見える」とはしゃいでいます。「あなたの家ではない」と半畳を入れようとしましたが、そこはそれ機嫌を損ねると後で厄介なので「うんうん、ぼくたちの家が見えるね」と適当に調子を合わせましたけど。
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 本日の一枚は、ダボス眺望です。
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by sabasaba13 | 2006-03-23 06:07 | 海外 | Comments(0)

ダボス編(13):pischa(05.12)

 本日も雲は多いですが晴天。parsennの反対側にあるサブゲレンデのpischa(ピーシャ)に行くことにしました。駅前からバスに乗って移動です。ダボス・カードを提示するまでもなく、乗り放題ですね。約十数分でロープウェー山麓駅に到着、無論待ち時間なしで乗り込めました。
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 このゲレンデもTバーしかありませんが、コース沿いに緩やかな斜面に設置されているので何とかなりそうです。一本滑って無事にTバーで上へ戻り、一気に山麓まで続くロングコースを滑り降りることにしました。標高差は何と650m、ダボスの街並みやparsennを眺めながらゆるゆると滑り降りる快適なコースを堪能。またロープウェーに乗って、同じコースを滑降。ここは樹木が生えていない初級・中級用の広大な斜面が特徴です、よってどこを滑るのも自由自在。でもあまりにも宏漠な自由を目の前にすると腰が引けてしまい、既定のコース内を滑ってしまいます。まるでエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」みたい。またあまり変化がないコースが敬遠されるのか、ガラガラに空いています。無人の野を滑り降りていく山ノ神の、不二家のペコちゃん人形のような孤高の後ろ姿が心に残っています。
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 というわけで、三本滑って疲れてしまいました。山頂駅の静かなレストハウスでBratwurst(でっかいソーセージ)を食し、珈琲を飲みながら山を眺めているとあっという間に1時間が過ぎてしまいます。なおこちらも分煙ではありません。さ、行くかと先ほどのロングコースを二本滑ったところで、ガスがたちこめてきました。景色が見えないのではつまらんと、ホテルに帰ることにしましょう。
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 帰りのバスの中で、この旅行ではじめて携帯電話の着信音を聞きました。そういえば、携帯電話にかじりついている人はあまり見かけません。それよりは知人や家族との会話を楽しんでいます。なお着信メロディは、J.S.バッハの「インベンションとシンフォニア第一番ハ長調」。後日に聞こえた着信メロディはオッフェンバックの「天国と地獄」。このあたり、日本との趣味の違いを感じます。
 ホテルに着いたのが午後二時。暖かい風呂につかり、ビールを飲んで昼寝。起きて読書をしてまた昼寝。小原庄助さん状態ですね、極楽快感至福… 読書や昼寝に飽きると、ホテル前の道や雪原をぼーっと眺めるのも一興です。スキーを背負って楽しそうに行き交う人、子どもを橇に乗せて引っ張る人、犬の散歩をする人、クロスカントリースキーに興じる人、「幸福」を具現化したような光景を見ているだけで頬が緩みます。しかしそこにはコーカソイドしかいない… 多くの人々を排除し犠牲にした上でこうした「幸福」が営まれているのではと暗澹たる気持ちにふとなりました。地球上のすべての所で、こうした幸せそうな光景が見られるようにするにはどうすればよいのか。目標はそう難しいものではありません。他者に殺される心配がなく、ある程度の食料・住居・衣服があり、家族や知人とひと時を過ごせる暮らし。問題は、どうすれば実現できるかですね。人類の叡智をもってすれば、不可能ではないと信じたい。夕食はホテルのレストランでヴィーナー・シュニッツェルをいただきました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-03-22 06:09 | 海外 | Comments(0)

ダボス編(12):夜の徘徊(05.12)

 再び凍てつく街を歩いて戻り、COOP(生協)でジュース・ビール・ワインを購入。驚いたのは開店時間が6:00~23:00! 労働者の暮らしを重視するヨーロッパで、しかも生協がこれほど長時間営業するというのは、何か大変な事態が起きているのではと懸念してしまいます。さて昼食が遅かったので、軽い食事を取りたいなと思っていると、通りの向こう側にマクドナルドがありました。やむをえない、87回目の誓いを破って入店。グローバル企業を儲けさせたくはないのですが… マックの社長もダボス会議に参加しているのかな。写真を撮り忘れたのですが、非常に大人しい、周囲の景観に配慮した佇まいです。利益のために世界各地の文化や慣習を破壊するとともに、購買力のある地域では人々の反発を怖れてそれらを重視する姿勢を見せるというのがグローバル企業のやり方なのですね。グローバリゼーションに立ち向かうもう一つの鍵がここにもありそうです。なお日本のマックがあたりかまわず派手なのも納得できます。日本人は景観を破壊されても、気にせずかまわずマックを食べると見なされているのですね。
 チーズ・バーガー、飲み物等二人分あわせて、代金は25スイスフラン!(EUに加盟していないのでユーロではありません) 1フラン=約90円で換算すると、いかに高いかがわかります。グローバル企業の猖獗を食い止めるために、政府が何らかの措置を取っている可能性もありますね。ハンバーガーを入れてあるプラスチック容器と、ポテトフライの紙容器をチェックすると、小さな三角形の中にそれぞれ「6」と「21」という数字が記入されています。山ノ神から教えてもらったのですが、これはリサイクルをした回数です。事あるごとにチェックしているのですが、21回というのはこれまでの中で最高記録。ほんとうにリサイクルをしているかどうかは判明しませんが、少なくとも資源を大事にするという姿勢を見せなければならないということでしょう。やはりグローバル企業はしたたかです。
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 そうそうもう一つ気づいたのが、店員が(おそらく)すべてスイス人だったことです。経験則では、ヨーロッパでマックに入ると店員の多くは有色人種あるいは外国人労働者だと思われる人々でした。スイス人の(一見ですが)豊かな暮らしは、こうした人々を排除した上で営まれているのかもしれません。ま、日本もそうですけれど。
 部屋に戻ってビールを飲みながらくつろいでいると、午後10時に街中の教会の鐘がガランゴロンガランと鳴り響くのが聴こえてきます。

 本日の一枚は、以前にハーメルンで見かけて大人しいマクドナルドです。ダボスの店も、このような感じでした。
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 追記 先日、88回目の誓いを破って家の近くのマクドナルドで昼食をとりましたが、やはり包み紙等にリサイクルの回数は記されておりませんでした。
by sabasaba13 | 2006-03-21 08:31 | 海外 | Comments(0)

ダボス編(11):会議場(05.12)

 さてゴンドラに乗って山麓まで降り、電車でダボス・ドルフ駅に戻りました。部屋に戻ると、チョコレートとクッキーが積まれたプレートがありました。ホテルからのクリスマス・プレゼントです、これは嬉しい。今晩は街へくりだしてみましょう。クリスマスだけあって人出も少なく、店も早仕舞いしており街は閑散としていました。キルヒナー美術館まで歩いて開館日時と時間をチェックし、ダボス会議が開かれる会議場の外観を見物してきました。ダボス会議は、1971年の「欧州経営フォーラム」から始まりました。当初のメンバーは欧州経済人のみでしたが、市場競争中心の新自由主義を掲げ、世界のトップリーダーが集まる場に発展することになります。87年に名称を「世界経済フォーラム」に変更、96年からはグローバル化を積極的に推進し、その先導役と見なされるようになり、そのために金融取引への課税(トービン税)を求める国際NGOアタック(ATTAC、Association for the Taxation of financial Transactions for the Aid of Citizen)などの標的とされ、軍隊と警察に警備されて開催されるようになります。まあ言わば、グローバリゼーションにおける勝ち組のリーダーたちの会議ですね。よってダボス会議に抗議し反グローバリゼーションを掲げるデモも、しばしばここで行われます。またダボス会議に対抗するために、ATTACの呼びかけで「世界社会フォーラム」という対抗サミットが開かれていることも銘記しておきましょう。その合言葉は「もう一つの世界は可能だ」というものです。なお2004年にインドのムンバイで開催された「第4回世界社会フォーラム」には世界のNGOが2700団体、12万人が集まり、アメリカのイラク攻撃や新自由主義への批判など様々な主張が展開されたましたが、日本のメディアでこの模様を報道したのは共同通信と朝日新聞としんぶん赤旗だけだそうです。sigh… やれやれこれでは世界の現状について日本人が正しく理解するのは不可能ですね。ダボス会議については結構くわしく報道してるのに。
 もう一つ付言すると、現在、人類が直面しているアポリア(難問)は地球規模の不平等と環境破壊だと思います。両者は密接に関連していますが、それを解決する鍵の一つが「トービン税」です。作家のミヒャエル・エンデの言です。
 ある人が西暦元年に1マルク預金したとして、それを年5%の複利で計算すると現在その人は太陽と同じ大きさの金塊を4個分所有することになる。一方、別の人が、西暦元年から毎日8時間働き続けたとする。彼の財産はどれくらいになるか。驚いたことに、1.5gの金の延べ棒一本にすぎないのだ。この大きな差額の勘定書は、いったいだれが払っているのか。
 身の毛もよだつ話ですね。ま、要するに金融取引によって濡れ手に粟、ぼろもうけをした人たちにかける課税です。世界中の資産家たちが最も怖れているのが、この課税でしょう。
 なお以前に書評で紹介しましたが、ATTAC主宰者の一人スーザン・ジョージが著した「ルガノ秘密報告 グローバル市場経済生き残り戦略」(朝日新聞社)はお勧めです。
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by sabasaba13 | 2006-03-20 06:03 | 海外 | Comments(2)