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東北夏祭り編(25):金山(06.8)

 まず目に入るのが、金山造りとよばれる伝統的な建築です。切妻型の大きな屋根と杉の木組みと白壁の調和が美しい、シンプルなつくりの家々をそこかしこに見ることができます。この様式で新築・改築すると、町から補助金が出るような。役場の裏手に行くと、どうやら現役らしくきれいに磨き上げられた火の見櫓がありました。その隣には青いビニール・シートでおおわれた格納庫らしき物件が。もうすぐにピンときましたね、前に行くとやはり祭りの山車(風流)を製作中でした。数人の男性がその前で和気藹々と談笑されているので、祭りの話をうかがいたかったのですが、いかんせん時間がない。新庄発新幹線の発車時刻まであと一時間半、「の、り、お、く、れ、る、な」というキーワードが呪文のように脳裏で点滅します。ま、別に遅れたら遅れたで何とかなると思いますが。それにしてもほんとうに爽やかで気持ちのよい町です。街中を小さな水路が走り、耳を澄ますと微かなせせらぎの音が聞こえてきます。金山造りの家々と、その背後に浮かぶ杉の林でこんもりとした山々。きれいに掃除されている道や家の周辺。全国資本やチェーン店の広告看板やポスター、ネオン、自動販売機も見当たりません。こうしたものが、町の美観をいかにスポイルしているかがよくわかります。ここにあるのは、きれいに手入れされた家々と道、山なみとせせらぎ、そしてこの地域で共に暮らす人々、それだけです。でもそれだけで十分に美しい。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-09-30 06:53 | 東北 | Comments(0)

東北夏祭り編(24):金山(06.8)

 金山は、イギリス人女性旅行家のイザベラ・バードが訪れ褒め称えた町です。彼女は、アメリカ、オーストラリア、ハワイ、マレー半島、インド、西チベット、朝鮮、中国と生涯を旅に暮らした方で、1878(明治11)年の夏に来日し、東国と北海道を旅した時の様子を伝えた妹への手紙が「日本奥地紀行」(平凡社ライブラリー 329)として出版されています。なおこの書に関しては、民俗学者の宮本常一氏のすぐれた解説も出版されています。こちらもお薦め。この時期の日本を異国の女性が一人旅をするということも凄いとおもいますが、その彼女が異文化をもつ日本人に対して愛情深く接している姿も感動的です。金山に関する一節を引用します。
今朝新庄を出てから、険しい尾根を越えて、非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド形の丘陵が半円を描いており、その山頂までピラミッド形の杉の林でおおわれ、北方へ向かう通行をすべて阻止しているように見えるので、ますます奇異の感を与えた。その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は正午にはもう着いたのであるが、一日か二日ここに滞在しようと思う。駅亭にある私の部屋は楽しく心地よいし、駅逓係はとても親切であるし、しかも非常に旅行困難な地域が前途に横たわっているからである。
 ねっ、行ってみたくなるでしょ。駅の観光ポスターでも見かけてその風情が印象に残ったこともあり、今回訪れることにしたわけです。新庄から北上すること約30分で到着。町の手前で突然車を止めた山ノ神が「す、て、き…」と呟きます。いやあ面と向かってそう言われるとてれちゃうなあ。「ちがう! 眺めよっ」 車を降りて見渡すと、なるほど素晴らしい光景です。緑をなして広がる田んぼの彼方には、美しい稜線の山々。遠き山は色淡く、近き山は色濃く、まさしく空気遠近法。イザベラ・バードがここを訪れたのが七月ですから、彼女もこの景色を眺めたのかもしれません。町役場の駐車場に車を置かせてもらい、さあ散策開始。実はこの町を紹介することに、少し逡巡を覚えます。もしや金山に関する噂が噂を呼んで広まり、観光客が怒涛のように押し寄せたらこの清楚で閑寂な町が滅茶苦茶にされてしまう。しかし、亀の背に乗って河を渡る蠍と同様、書かざるをえません。やはり多くの人たちにこの町の素晴らしさを伝えたい…

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-09-29 06:07 | 東北 | Comments(2)

東北夏祭り編(23):四ヶ村の巨木(06.8)

 そして巨木探訪です。まずはすぐ近くにある豊牧のカスミ桜。やや小高い小さな丘におられ、下界を睥睨する王者の風格です。そして豊牧のクリ。こちらは溜池の湖畔に佇んでおられます。それほどの高さはないのですが、蔓がからみついた太い幹は圧倒的な迫力。
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 周りの環境や生き物を支えそして支えられ、何かを与えそして与えられ、数百年も屹立してきた姿には言葉もありません。それに言葉を与えるのが優れた詩人なのでしょうね、私の好きな「きみと話がしたいのだ」という田村隆一の詩の一節を紹介します。
不定型の野原がひろがっていて
たった一本だけ大きな木が立っている
そんな木のことをきみと話したい
孤立してはいるが孤独ではない木
ぼくらの目には見えない深いところに
生の源泉があって
根は無数にわかれ原色にきらめく暗黒の世界から
乳白色の地下水をたえまなく吸いあげ
その大きな手で透明な樹液を養い
空と地を二等分に分割し
太陽と星と鳥と風を支配する大きな木
その木のことで
ぼくはきみと話がしたいのだ
 さて新庄方面に戻りましょう。しばらく行ったところに岩神大権現の杉とクロベという巨木があるということなので、ここにも寄りました。広大な水田を見晴らせる山の端に、まるで長年連れ添った老夫婦のように仲睦まじくならんでおられます。垂直に真っ直ぐに天を衝く杉と、根本から何本もの幹に別れ枝を四方に広げるクロベ、好対照です。私はクロベの姿に憧れますね。
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 そしてふたたび最上川を渡ると本合海のあたりに「芭蕉乗船の地」の碑がありました。1689(元禄2)年、芭蕉と曽良は新庄の清流亭に二泊した後、ここから舟上の人となり、最上川を下っていったとのことです。新庄を通り抜けて北上、いよいよ金山(かねやま)に向かいます。
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 本日の三枚。上から豊牧のカスミ桜、豊牧のクリ、岩神大権現の杉とクロベです。
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by sabasaba13 | 2006-09-28 06:08 | 東北 | Comments(2)

東北夏祭り編(22):四ヶ村の棚田(06.8)

 観光タクシー会社に電話して、5時間貸切にした場合の料金を訊ねると、ぬぅわんと2万9千円! それは高すぎる。幸いさきほどもらった地図がかなり正確なものなので(これはほんとうに助かります)、山ノ神の了承を得、レンタカーを借りて彷徨することにしましょう。初日のことがちらっと脳裏をよぎりましたが、これまた幸いに借りることができました。まずは新庄から南に向かい、めざすは四ヶ村の棚田です。物言わず悠久の流れを湛える最上川を渡り、40分ほどで到着です。まずは郷土料理伝承施設「ふるさと味来館」により、詳細な地図をもらい、板蕎麦+比内地鶏蕎麦定食をいただきました。滋味あふれる鳥と質朴な味の蕎麦に舌鼓をうったのですが、いかんせん量が多すぎる。自慢ではないのですが(自慢かな)、私は以下の食事三原則を固持しております。
1.出された食物は残さず全て食べる。
2.下に落とした食物は3秒以内に拾って食べる。
3.小骨の多い魚は注文しない。
 よって出された食事を残した記憶は、ここうん十年ないのですが、この蕎麦は残してしまいました。今思い返しても汗顔の至り、慙愧の念に苦しみます。ごめんなさい。
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 そして車に乗って五分ほどで棚田に到着。ほわあああ、お見事。快晴の青空、緑なす山なみ、そして緩やかな斜面に連なる緑色の絨毯のような棚田。ほんとうに見飽きない光景です。耕作をしていない荒廃した水田もほとんどなく、稲が気持ちよく水を吸い光合成をしている音が聞こえてくるよう。これだけの開発をした古人、それを整備・維持し続ける方々にあらためて畏敬の念を覚えます。環境を破壊せずに、数十世代後まで豊かな恩恵をもたらす行為のみを、「開発」と呼びたいですね。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-09-27 06:11 | 東北 | Comments(0)

東北夏祭り編(21):新庄(06.8)

 本日はいよいよ最終日です。大曲から奥羽本線に乗って新庄へと向かいます。途中にあった駅が「後三年」。おおっ、このあたりで後三年の役(1083~87)が起きたのか! 源義家が恩賞欲しさに、豪族清原氏一族にむりやりしかけた侵略戦争ですね。その屈辱を忘れないために、地名として残し続けてきたのかもしれません。11時ごろ新庄に到着、駅構内には人形を飾り立てたジオラマのような山車が展示してありました。解説を読むと、ここでは「風流(ふりゅう?)」と呼ぶそうです。かつて都を席巻した御霊会や田楽のように、派手で無遠慮な馬鹿騒ぎによって魔物や邪気を追い払うという伝統が息づいているのでしょう。
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 駅構内にある観光案内所で資料や地図をもらい、いろいろと相談にのってもらいました。四ヶ村の棚田と金山に関する情報を入手し、さらに新庄近辺には多くの巨木があるということも教えられました。それらをめぐるバス・ツァーも企画されているそうです、これは面白そう。行ける範囲で行程に組み込みましょう。なおパンフレットによると環境庁が巨木の定義をし(地上から約130cmの位置での幹周が300cm以上の樹木)、林野庁が「森の巨人たち100選」を選定しているようです。官僚のセクショナリズムは巨木にまでおよんでいるんだ、おそるべし。それにしても木っ端役人が「なんとか100選」を選ぶという企画がやたら増えてきたような気がします。予算目当てか、官僚の権威を浸透させるためか、よくわかりませんが踊らされないようにしましょう。といいながら「棚田百選」に踊ってしまう私、自戒自戒。ついでに、「新幹線」の定義も知りたいところです。秋田新幹線や山形新幹線というネーミングには、かなり違和感を覚えます。単線にして踏み切りのある長閑な路線なのですから、プロイセンの軍隊のような二点間の最短距離は直線的発想を思わせる「新幹線」という呼称はなじまないのではないかな。
by sabasaba13 | 2006-09-26 06:03 | 東北 | Comments(2)

東北夏祭り編(20):秋田竿灯(06.8)

 会場の竿灯大通りは大変な混雑。人波をかきわけやっと有料観覧席にたどりつけました。通りの中央にある幅広の分離帯にパイプを組んで臨時に作った五段ほどの席の最上部、これはラッキー、反対側の竿灯も見ることができそうです。まずは佐竹秋田市長の挨拶です。ん? 佐竹? 秋田藩主の末裔のようです。ここまで年季の入った世襲制だと、恐れ入ってしまいます。最後に英語で挨拶をすると、観衆からどよめきがおこりました。いやはや市長が英語で話すと驚くようでは、「国際化」はまだまだ先のようですね。おまけに言うに事欠いて“Come back!”と結んだのには驚き桃の木山椒の木。温厚な山ノ神も頬をひきつらせて「Pleaseぐらいつけなさいよ」とぶつくさ言っていました。そりゃ失礼ですよね、カーニバルを見に行ってリオ・デ・ジャネイロ市長から「また来い」と日本語で言われたらむっとしますよ。さあ提灯に火がはいり、いよいよはじまりです。数十の竿灯が闇の中で屹立し、ゆらぐ姿は壮観にして幻想的です。アップ・テンポのお囃子と「どっこいしょ、どっこいしょ」という掛け声とともに、竿灯を頭、口、肩、腰へと移し変える妙技がくりひろげられます。まさしく風に揺らぐ黄金の穂波、これは素晴らしい。大企業の名前入りの提灯や半纏も散見されますが、目障りなほどではありません。あくまでも主体は町の方々で、企業はそれに寄付という形で協賛してそこそこの売名をしているのではないかと推測します。少なくとも雰囲気をぶち壊すような派手なディスプレイ等は見かけませんでした。それから女性演者を見かけなかったような気がします。しきたりなのか、体力的に無理なのか、判断はつきかねますが。
 なおわたしゃてっきり、竿灯を掲げながら通りをぐるぐると移動するのかと思っていましたが、同じ場所にずっと留まるのですね。前半と後半で位置替えはありますが。おっ、目の前で竿灯が倒れました。火は提灯に(不思議ですが)燃え広がらず消えてしまったようです。さあどうするのかと、はらはらしながら見守っていると、数人の演者が駆け寄りチャッカマンを使って手際よく火をつけていきます。時間にして数十秒、すぐに元通りに復帰し再び掲げられました。お見事! われわれはこの修復作業を「ピット・イン」と名づけました。これも修練の賜物なのでしょう、昼の部で公式種目に取り入れてほしいですね。なお観客席上空には針金を張ってあるので、倒れてもそれにひっかかり(たぶん)危険はありません。最後に、ふれあいコーナーと称して、竿灯に触ったり記念写真を撮ったりする時間が設けられているのも秀逸です。帰宅の混雑も緩和されるという一石二鳥のアイデア、やるでねが! 内部の蝋燭が意外と小さいことに驚きました。余韻に浸りながら歩いて秋田駅に戻り、21:45発の横手行き普通列車に乗り込みました。そして列車は今夜の塒のある大曲に向けて夜の闇を切り裂きながら疾走したのでした。
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 というわけで釈迦に説法ですが、秋田竿灯の鑑賞ポイントです。
1.大変な混雑なので有料観覧席がお薦めです。もし指定できれば最上部の席がいいですね。
2.立ち見でしたら、二丁目橋前の広場が、二列となった竿灯を一望できるのでベスト。ただしここは大変な混雑です。
3.指定席番号が座る部分に記されているので、人が座っていると見えません。また演技開始数十分前から竿灯の入場が始まるので通りを横切ることが難しくなります。早めに行って席に着いた方がいいでしょう。
 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2006-09-25 06:13 | 東北 | Comments(0)

東北夏祭り編(19):千秋公園(06.8)

 さて次は久保田城址のある千秋公園へ。さきほど案内所でチェックした平野政吉美術館に行ってみましょう。彼は藤田嗣治の絵のコレクターです。今、東京で藤田嗣治の展覧会が開かれているので主要な作品はそちらにあり、そのかわりに竹橋の近代美術館から岸田劉生、長谷川潔、谷中安規の作品を借り受けて順次展示しているそうです。長谷川潔の版画を見たかったのですが、彼の展覧会はすでに終了、しかし谷中安規の展覧会が開かれています。内田百閒に「風船画伯」とニックネームをつけられ、興が乗れば裸踊りをし、木賃宿から知人の家を転々とし、米の飯よりコーヒーが好きで、女性に憧れ恋をするも一生独身で、1946(昭和21)年9月9日、バラックで栄養失調により餓死しているのを発見された谷中安規。幻想的でユーモラスで狂気の影もちらつく彼の版画を心ゆくまで堪能。
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 そして御隅櫓にのぼって下界を睥睨、夕陽に輝く日本海も遠望できました。櫓から下りて大賀ハス、若山牧水の歌碑、東海林太郎の碑を拝見していると、そろそろ宵闇がせまってきました。
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 ほんとうは菅江真澄のお墓参りをしたかったのですが、時間的に無理。近くにあった渋い喫茶店でハンバーグ定食をいただいて、準備万端です。なお店名は失念してしまったのですが、頬杖をつきながら悲しげな表情でフォア・フレッシュメンの「デイ・バイ・デイ」を聴いていた女将の姿が忘れられません。ハンバーグ、美味しうございました。

 本日の一枚は、御隅櫓からの眺望です。
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by sabasaba13 | 2006-09-20 06:00 | 東北 | Comments(0)

「もうひとつの日本は可能だ」

 「もうひとつの日本は可能だ」(内橋克人 光文社)読了。筆者は経済評論家で、現在の世界と日本の経済の問題点を、わかりやすい言葉で解き明かしてくれます。そして特筆すべきは、その評論を支える“志”の高さです。
 筆者は世界の現状をこう分析します。今、世界を呑み込んでいる「グローバリズム」という奔流は、地球上に存在するもののすべてをビジネス・チャンスの対象とみなし、人間存在にとって不可欠な公共財のすべてを貪欲な利潤追求の対象に変えてしまっている。そして熾烈な競争と生き残り戦争に狂奔し、人間を使い捨てあるいは排除していく歪んだ世界。日本においても膨大な財政赤字、処理困難とさえみえる巨額の不良債権、あい次ぐ企業倒産、容赦ないリストラ、絶えることない過労自殺、際限もなく膨張する国民負担などなど、その歪みは頂点に達しています。しかしアメリカに追随する政治家・識者・官僚たちはこうした痛みを「宿命」であるかのごとく平然と見下ろすと同時に、社会に生きる人々の間に分断と対立を煽り、競争一本やりが社会を活性化する道だ、などと唱えつづけている。
 こうしたおぞましい事態に対して、思想家・社会運動家のスーザン・ジョージ(ATTAC副代表)を中心に、人間を主人公とする「もうひとつの世界は可能だ」と主張しその実現に向けて取り組む運動がおきています。これにならい、「もうひとつの日本」を築く取り組みを紹介するとともに、人びとの連帯・参加・共生こそが社会を支える人間精神の基本だと、静かにそして力強く主張しているのが本書です。

 イラク戦争に関する分析は、大変参考になりました。この戦争の本質は、イラクを暴力的・強制的に「グローバリズム」にひきずりこむためのものであり、同様の過程は日本に対しても非軍事的な手段で時間をかけてすでに行われすでに目的を達成したのだという指摘は鋭い。そして「クローバリズム」にとって目障りかつ驚異的な存在がイスラムであるということ。イスラムでは、労働の対価以外の報酬を受け取ってはならず、したがってイスラムの金融機関は利子・利息の概念そのものを禁じているそうです。うーん、これは貪欲な資本主義に真っ向から対立する価値観ですね。だからこの戦争のねらいの一つは、イラクを「グローバリズム」の橋頭堡あるいはショー・ウィンドウとし、イスラム世界を市場原理主義に巻き込むことである。
 対立する価値観をもつ社会主義国が存在していた時代は、それに対抗するために資本主義国は福祉国家という手段をとらざるをえなかった。その過重な負担を悪夢であったと考えているのでしょうね、資産家・多国籍企業は今度はその対立する価値観そのものをさまざまな手段を用いて制圧しようとしてるのかもしれません。さらに戦争は、軍事産業が儲け、その復興によってゼネコンが儲けるという、新しいビジネス・チャンスになったという面も見逃してはいけません。壊して殺して稼ぎ、復興して稼ぐ、凄い! 全ての存在を利潤追求の対象とする「クローバリズム」の面目躍如ですね。

 それではわれわれはどうすればよいのか? まず商品責任・社会的責任・適正利益を全うしようとする真っ当な企業への支援です。例えば、アメリカのアメリカのベン&ジェリー社というアイスクリーム会社は、バーモント州の零細な酪農家を支援するためにそこで作られた無添加の天然素材のみを使用すると宣言し、自立農の減少によるアメリカ民主主義の空洞化を恐れる人々の支持を集めているそうです。さらにこの会社は、公正な労働対価を求める「SWEAT×」というNPOへの100万ドルの基金提供、貧困層が同社のアイスクリーム店を開く時にはフランチャイズ料をとらない、など社会的弱者への積極的な支援を行っています。口先だけで「人間と地球に優しく」などと囀っている企業と、具体的な対策や支援策を断固として実行している企業を見分け、後者へ物心両面でエールをおくることが重要ですね。われわれは労働者・生産者として弱体化されていますが、消費者としては企業を動かすための力をもっているはずです。あとはほんのちょっと努力して、ろくでもない企業を見抜く力量を身につけましょう。日本でもこうした企業が輩出してきたことは嬉しいですね。詳しいことは同著者の「共生の大地」(岩波新書)をご覧ください。

 日本の将来に対する著者の考えは、食糧・エネルギー・人間関係(さまざまなケア)の自給自足をなしとげるべきだというものです。確かに、日本の首相がアメリカ軍の軍曹・伍長、アメリカ政府の課長としてしかふるまえない理由の一つは、食糧とエネルギーという首根っこを押さえられているからです。エネルギーに関しては無理だ、とおっしゃる方もいるかもしれません。しかし、1970年代初頭にエネルギー自給率1.5%だった資源小国デンマークが、風力・太陽・バイオマス発電を積極的に導入し現在120%の自給率をほこるという事実もあります。間違いなくその技術は有しているのですから、後は政治を動かさんとするわれわれの意思の問題でしょう。
 農業に関しては恐るべき事態を警告されています。以下引用します。
 日本が大量の穀物を買うことを通じて、世界の需給関係が逼迫しますから、穀物の国際相場が値上がりし、飢餓にあえぐ貧窮国がそれだけ穀物の調達難に陥いる。結果、それらの国々は、先進国からの援助とか、あるいは支援、ODAを受けざるをえない。あるいは借金をする。それで債務が膨らむという悲惨な循環にはまってしまう。
 情けない話ですが、こうした状況については全く知りませんでした。われわれが穀物メジャーの強化を手助けしていたのですね。同時に、おそらく21世紀にもっとも貴重な資源となる水を、農業に使わず無駄に海に流すことによって、世界の水飢饉に拍車をかける。米1kgの収穫には5100リットルの水が必要だそうです。つまり日本が他国に食糧をつくらせれば、それだけ大量の水が消えてしまう。アメリカ政府+穀物メジャーの意向を受けた低自給率政策なのでしょうが、この冷厳なる事実を銘肝すべきでしょう。

 というわけでお薦めの一冊です。たしかに闘う相手は、資産家・多国籍企業、そしてそれらを支える先進国政府と、強大な力をもつ連中です。つい金子光晴の「子供の徴兵検査の日に」という詩の一節が浮かんできます。
―だめだよ。助かりつこないさ。
あの連中ときたらまつたく
ヘロデの嬰児殺しみたいにもれなく
革命評議会の判決みたいに気まぐれだからね。
 でもこんな言葉もあります。
 われわれの戦いの見込みのないことは戦いの意味や尊厳を少しも傷つけるものではない。
                                     ~V・E・フランクル~

 あきらめたら、そこで試合終了ですよ。
                                     ~安西監督~

by sabasaba13 | 2006-09-19 06:09 | | Comments(4)

「流浪 金子光晴エッセイ・コレクション」

 「流浪 金子光晴エッセイ・コレクション」(大庭萱朗編 ちくま文庫)読了。高校生の時に「富士」という彼の詩に出会って以来、氏のファンです。詩人の故茨木のり子氏が、日本の詩歌のアキレス腱は、喜怒哀楽のなかで“怒”を表現する作品が少ないことだと喝破し、その貴重な例外的存在が金子光晴だと指摘されておりました。同感。そして権威や権力にすがらず、どんなに寂しくとも孤塁を守ろうとする姿勢も稀有なものだと思います。
 本書は、彼のエッセイ集から何篇かを抜粋したもので、主に出生から二次大戦直前までの自伝的な作品を取り上げています。以後「反骨」「異端」と続けて出版されるようです、これは楽しみ。その壮絶な人生については、ぜひ本書を読んでもらうとして、日本文化に対する卓抜な批判には舌を巻きます。
 そもそも日本人というものが一人ずつにするとみんな泣虫で、その泣虫をじっとこらえて意地張り、弱味をみせまいと力みかえって生きている。そしてみせかけだけの強さは、権力とか、偶像とか、義理情誼のしがらみとか、すがりつくものがなければ、手もなくがさりとくずれてしまう。
 さらに彼の眼光は、日本を突き抜けて人間へと届きます。戦前の中国を旅して、日本と中国との確執を実感した彼はこう言っています。
 憤りは、兵にたいしてではなかった。軍閥でもなかったし、為政者でも、組織者でもなかった。むしろ、そんな機構にもたれかかっている人間の怠惰の本性と、そういう人間を造りあげた神にむかってである。
 今、わたしたちが果たすべき喫緊の課題は、権威や権力や国家や組織にもたれかかる弱さと怠惰を、どうやって克服するかということだと思います。そういう意味で、忘れられかけているこの詩人を紹介した筑摩書房には深甚の敬意を表します。
 読まれたことがない方のために「富士」を紹介します。読み返すたびにいつも、心の一番奥深い大事なところに針を刺されたような疼痛をおぼえます。今だからこそ、忘れてはならない詩の一つではないでしょうか。
「富士」 金子光晴

重箱のやうに
狭つくるしいこの日本。

すみからすみまでみみつちく
俺達は数へあげられてゐるのだ。

そして、失礼千万にも
俺達を召集しやがるんだ。

戸籍簿よ。早く燃えてしまへ。
誰も。俺の息子をおぼえてるな。

息子よ。
この手のひらにもみこまれてゐろ。

父と母とは、裾野の宿で
一晩ぢゅう、そのことを話した。

裾野の枯れ林をぬらして
小枝をピシピシ折るやうな音を立てて
夜どほし、雨がふってゐた。

息子よ。ずぶぬれになつたお前が
重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら
自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ?

どこだかわからない。が、そのお前を
父と母とがあてどなくさがしに出る
そんな夢ばかりのいやな一夜が
長い、不安な夜がやつと明ける。

雨はやんでゐる。
息子のゐないうつろな空に
なんだ。糞面白くもない
あらひざらした浴衣のやうな
富士。

by sabasaba13 | 2006-09-18 05:55 | | Comments(2)

「規制緩和という悪夢」

 「規制緩和という悪夢」(内橋克人とグループ2001 文藝春秋)読了。1993年11月、細川護煕首相の私的諮問機関「経済改革研究会」(座長は平岩外四経団連会長)が規制緩和の必要性を唱えると、多くのマス・メディアがそれに呼応して「きせいかんわきせいかんわきせ…」という大合唱をはじめたのは記憶にも新しいところです。しかし規制緩和が本当に日本経済の救世主となるのかどうか、中間報告の直後に内橋氏を中心とするジャーナリストが検証したのが本書です。彼らが恐れた悪夢が現実のものとなっている今こそ、読み返す価値があると思います。(実は絶版なのですが…申し訳ない)
 まずはいち早く規制緩和措置を導入したアメリカの航空業界の状況をレポートし、地方路線が撤廃され、また事故があいつぐなど、公共性と安全性が著しく損なわれたこと、そして凄まじい労働者の切捨てが行われたことを紹介しています。その先導役であったポール・デンプシー氏とジャーナリストであるドナルド・バーレット氏の言葉に耳を傾けてください。
 規制緩和とは、ほんの一握りの非情でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになる素晴らしい機会を与えることなのだ。一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定、こういったもの全てを窓の外に投げ捨てることなのだ。(ポール・デンプシー)

 規制緩和とは、これまで公平なアンパイアのいたゲームからアンパイアをのけてしまうということだったのです。ゲームは混乱し、何でもありの世界になりました。ところが、多くの人々は「規制緩和」という言葉を経済学者が振りまいた時、ルールが変わってしまうということには無自覚でした。皆が、何となく良くなるという錯覚を持ったのです。結局、そうした人々はゲームから弾き出され、得をしたのは、権力の中枢にいてルールブックが変わることをよく自覚していた一握りの人々でした。(ドナルド・バーレット)
 付け加えるべき言葉もない見事な要約ですね。しかしそうした覆轍を故意か無知からか(多分前者)無視して、日本でも規制緩和が強行されました。本書はその経過、規制緩和万能論が燃え盛った背景、そしてすでに起こりつつあった労働者の生活の崩壊について、わかりやすく要領よくまとめてくれています。結局、規制緩和というのは、社会に対して不公正・不利益となる行為を大企業にさせないための歯止めをなくし、傍若無人に金儲けできるようにするための改革だったのですね。本当はそれとセットで独占禁止法の強化も図らねばならないのに、財界は逆にその緩和をも狙っているのがその証左です。そして大企業が肥え太れば、自営業・中小企業は潰されていく。また利潤獲得の手段とならない地方の人々は切り捨てられていく。そして労働者の生活を守ってきた規制も、利潤のためにどんどん穴をあけていく。現今のいかがわしい状況の原因をすべて規制緩和のせいにするつもりはありませんが、そのかなりの部分に責を負うと思います。そしてグローバリゼーションの名の下に、世界的な規模で同様のことが起きているのですね。

 さてそれではわれわれはどうするべきか。筆者も言っているように、「自己責任」という無責任な言葉でわれわれを切り捨てようとする官僚・政治家・財界諸氏から、まず「自己決定権」を取り戻すことでしょう。連中が勝手に決めたことを押し付けられて、責任をとれと言われたのじゃ身がもちません。そのためにも、胡乱なマス・メディアにふりまわされず、自分の頭でしっかりと考え、そしてとりあえず選挙に行くことかな。月並みですが。
 間違いないのは、このままだとこの列島がきわめて暮らしにくくなるということです。非情で貪欲な人間だけが大金持ちになれるってことは、他者を敵か路傍の石ころか金儲けの手段としてしか見ない社会だということです。こんな大人たちの姿を見て育った子供たちはどうなるのか。子供というのは(自分でも思い当たりますが)大人の言うことではなくすることを真似るものですよね。確証はされていないと思いますが、もし子供たちの問題行動が増えていると仮定したら、その原因は教育基本法ではないでしょう。

 あらためて昨日紹介した「国家とはなにか」の中の一文を思い出します。
 国家はみずからの保全と利益にかかわるかぎりでしか、住民の安全に関心をもたない。

by sabasaba13 | 2006-09-17 06:11 | | Comments(0)