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北陸・山陰編(10):高岡(06.9)

 本日も快晴。高岡駅前から散策を開始しました。駅前には、大伴家持の銅像があります。彼は越前国司としてこのあたりに赴任し多くの秀歌をのこしているそうです。よって万葉集の故郷として宣伝をしており、ここから越之潟まで走る路面電車も万葉線となづけられています。この電車は渋くて味わい深いですねえ、これこそチンチン電車。駅前地区は再開発されておらず、昔の雰囲気をとどめています。駅ビルも駅前にあるビルも、雑然と小売店がひしめきあっているような雑居ビルで「もののあはれ」を感じました。
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 さて地図をたよりに配水塔をさがしますが、意外なことになかなか見つからない。責任転嫁をしますが、これは観光地図が悪い。あまりにも不正確すぎます。歩道橋にのぼって周囲を見渡すと、甍の波越しに配水塔の頂が見えます。そこに向かって歩くにつれ、じょじょに全貌があらわれてくる、この高揚感は大好きです。そして到着。1931(昭和6)年6月完成ですから、満州事変の三ヶ月前ですね。鉄筋コンクリート製ながらも、交互に配置された半円アーチ型窓などなかなか粋な意匠です。「恵澤萬年」と刻まれた御影石製のプレートが正面に飾られていますが、揮毫は犬養毅。この一年後に彼は海軍青年士官に射殺されることになります。(五・一五事件) 高岡出身の人は、車窓からこの塔が見えると故郷に帰ってきたと実感するそうですが、見事なランドマークですね。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-11-30 06:07 | 中部 | Comments(0)

北陸・山陰編(9):氷見~高岡(06.9)

 駅に戻り、発車時刻まで少し時間があるので海岸を散歩しました。右手、雨晴海岸の方を見やると、海越しに立山連峰がかすかに浮かび上がっています。冬、白雪を抱いた立山連峰を海越しに撮影した観光ポスターは、このあたりで撮影したのでしょうか。ぜひこの目で見てみたい眺めです。
 列車が到着すると、タクシーの運転手さんが言ったとおり、高校生諸君がわらわらわらわらと降車してきました。高岡に向かっていると、途中の駅でもたくさんの高校生がわやわやわやわやと乗り込み、あっという間に車内は満員。高岡駅に到着し、食事場所をさがしながら、附近を徘徊しました。と、「海の神山の神」という郷土料理屋を発見、ここにしましょう。秋刀魚の塩焼き、氷見うどん、里芋コロッケ(高岡ではコロッケが名物だそうな)をいただきながら、明日の旅程プランをねりました。伏木は再訪を期してカット、午前中は高岡を散策し、北陸本線で移動。途中にある松任の中川一政美術館と白山の鳥越一向一揆歴史館は省略し、福井へ。越前岬にある梨子ヶ平の棚田に行けるかどうか観光案内所で確認し、無理だったら三国と東尋坊へ、ざっとこんなところかな。そして明日徘徊する予定の高岡の地図を見ていると、ん、水道資料館? …………そうだっ! 高岡には素晴らしい配水塔があったのを思い出しました。よかった、さっそく朝一番で寄ってみることにしましょう。
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 本日の二枚。冬の晴れた日には下のような眺めになるようです。うーん、見てみたい。
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by sabasaba13 | 2006-11-29 06:08 | 中部 | Comments(2)

「レイシズム」

 「レイシズム」(小森陽一 岩波書店)読了。「はじめに」を読んで、先日六本木ヒルズをはじめて訪れた時に感じた強烈な違和感をある程度理解できました。もやもやしていたことを言葉にして、考察・批判の対称にするという行為は知識人の大切な役割ですね、小森氏に感謝します。
 …グローバリゼーションの成功者たちを、「六本木ヒルズ」の定住組であるとすれば、その下に「六本木ヒルズ」を職場とする通勤者たちが階層的に位置づけられ、夜や休日に、「六本木ヒルズ」に憧れ、羨望しながら食事をしたり映画を見に来る人たちが、さらにその下に位置づけられていく。その構造を見れば、「六本木ヒルズ」は、階層と階層の格差を、毎日ひとつのスペクタクルとして上演する、「新しい人種主義」のパビリオンだと言えるだろう。
 そうか! あの不快感はみんなの“差別への憧れ”を壮大な規模で見せられた結果だったんだ。本書は、グローバリゼーションが進む今の世界で静かに広まりつつある「新しい差別主義」を視野に入れて、人種差別(レイシズム)の本質を考察しようという試みです。
 アルベール・メンミは、広義の人種差別をこう定義しています。「差異(生物学的差異を含む)に準拠し、それを利用して他者を苦しめ、そこから利益を得ようとすること。自分の価値を高め、他者の価値を下げることで、言葉による攻撃が、実際の攻撃に向かうことになる。」 なるほど、こう考えると、日本社会に蔓延している様々な現象を理解する視座を得られます。いじめ、ナショナリズム、職場における女性への差別の横行なども、レイシズムの一種なのですね。著者は、人間が言語を習得する段階で、ある者を同化して「われわれ」という関係を作り出しことで特定の者を「他者化」する、つまり排除の構造の根深さを指摘しておられます。また「書く」という行為が差別を排除を生み出すというサイードの考察にふれながら、それを徹底的に突き詰めることによって、アジアを差別する/欧米人に差別される日本人のグロテスクな姿を描いた永井荷風の『悪感』を紹介しています。このテキスト分析は見事ですね、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。
 そしてこの「われわれ/かれら」「優/劣」「美/醜」という紋切型の二項対立を克服するために、「なぜ?!」という問いかけをしつづけることを提言されています。言い換えれば、歴史的になぜそのような二項対立がうまれたのかを検証すること、そしてその検証によってこうした差別の構造が明らかとなった時に、それを転覆する勇気と技倆をもつことをためらわない。著者の言です。
 「なぜ?!」という問いかけを発するということは、疑う、という行為の実践である。ある一つの言語システムの中において、「正常」だと見なされていることを、もしかしたら、そのこと自体が異常なのかもしれない、と疑うことこそが、「知識人」の果たすべき役割なのである。
 教育基本法改悪に対して先頭に立って「なぜ?!」という問いかけを発し、それを廃止させる勇気と技倆を見せてくれる筆者だからこそ言える言葉です。幇間やタレントのような学者は増えたのに、「知識人」と呼ぶにふさわしい学者は減りつつあるような気がします。でも「なぜ?!」と問いかけることは、われわれだってできるはずです。まずここからはじめましょう。
 女性、中国人・朝鮮人、真っ当な裁判官、姜尚中氏に対して、差別的な言辞を放言するレイシスト石原慎太郎強制収容所所長に、何故選挙で数百万人が投票するのでしょう。なぜ?!
by sabasaba13 | 2006-11-28 06:12 | | Comments(2)

ボイコット

 11月16日、日本原燃は、最終試運転中の使用済み核燃料再処理工場(青森県六ヶ所村)で、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)の粉末が精製されたと発表しました。来年の8月からいよいよ本格的な商業生産を始めるようです。
 拙ブログで何度も述べておりますが、私は原子力発電には反対です。原子力発電所や再処理工場から排出され内部被曝を引き起こす多量の放射性物質、目処がたたない放射性廃棄物の処理、地震や航空機事故や人為的ミスによる事故の可能性、ウラン採掘現場における被曝、発電所の運用や老朽化した原子炉や関連施設を解体するための莫大なコスト、そしていわゆる"テロリスト"による盗難の恐れ、それを防ぐためのコストと治安体制の強化、などなど理由は山のようにあります。(その詳細については「核大国化する日本」(鈴木真奈美 平凡社新書336)参照) 利点はCO2を出さないことだけではないでしょうか。本気で取り組めば、風力発電などで十分代替できるはずです。
 さてそれではどうやって原子力発電を廃絶に追い込むか? 推進を目論む政府や政党への不信任を突きつけるのは当然として、同時に原発関連企業に「割が合わん、こりゃあかんわ」と判断させて手を引かせることも一つの戦略だと思います。となるとやはり有効な手段は、古典的ですがボイコット(不買運動)でしょう。私たちは、労働者としては厳しい状況に追い込まれていますが、消費者としてなら企業に対して優位な立場にあります。それではどの企業の製品をボイコットすればよいのか? 実は11月14日の朝日新聞朝刊に次のような記事がありました。
「成長市場にらみ決断 日立・GE原発統合」
 原子力発電メーカーの業界が、相次ぐ再編劇によって3大陣営に集約されることになった。東芝によるウェスチングハウス(WH)の巨額買収、三菱重工業と仏アレバの提携に続き、日立製作所と米ゼネラル・エレクトリック(GE)が事実上の事業統合に踏み切る。世界的な原発市場の成長をにらみ、陣営の思惑が今後もうごめきそうだ。
 ほほお、こりゃええこと教えてもろた。世界有数の原子力産業6社のうち、3社が日本企業だったのですね。東芝が原発に関わっていることは、反原発を歌った曲を収録した「カバーズ」(RCサクセション)を発売停止にしたことで知っておりましたが、他の二社は知りませんでした。はい、決まり。ターゲットは、東芝と日立製作所と三菱重工業です。ボイコットの趣旨をメールで送った上で、力の限りこの三社の製品(もちろん関連企業のものを含めて)を買わないようにする所存です。
 「ルガノ秘密報告」(スーザン・ジョージ 朝日新聞社)に記されていた中国古代の言葉を胸に刻みましょう。
 自分が一番したいことはするな。敵がもっとも嫌がることをせよ。

 追記その一。出典は「孫子」かと思って捜したのですが、違うようです。ご教示を乞う。

 追記その二。フリー百科事典「ウィキペディア」によると、ボイコットの語源は次のような事だそうです。へえーへえー
 19世紀後半のイギリスでは、折からの農業不況によって小作人との争議が頻発していた。1880年、アイルランドの土地差配人(土地管理者)チャールズ・カニンガム・ボイコット大尉も小作人らと争議になったが、その際に周囲の村人が総出で大尉との関わりを断ってしまった。それによって大尉は飢餓状態に追い込まれ、最終的に小作人らの要求を受け入れた。

by sabasaba13 | 2006-11-27 06:13 | 鶏肋 | Comments(0)

「「ニート」って言うな!」

 「「ニート」って言うな!」(本田由紀+内藤朝雄+後藤和智 光文社新書237)読了。働かず、就学もせず、求職行動もとっていない若者=「ニート」が、日本の将来を危機に陥れるという言説が巷にまかりとおっています。正直に言って、私も多少の危機感をもっていました。その取り上げ方に正面から立ち向かい、そうした言説自体がおかしいと真っ向から反論するのが本書です。本田氏は「ニート」という言葉自体が不適切であると論じ、内藤氏は人々の憎悪と不安を「ニート」に向けさせるメカニズムを論じ、後藤氏はジャーナリズムにおけるこの言葉の扱われ方をていねいに検証するという、三部構成です。
 若者が求職活動をしなくなった最大の原因は企業側の新規学卒者採用の抑制であるのにもかかわらず、それを個々の心の問題にすりかえようとするのが、この問題の本質です。さらに独立行政法人化した労働政策研究・研修機構が、社会の注目を浴びる格好の素材として「ニート」問題を取り上げたこと、また「ニート」支援をうたい行政の補助金やビジネス・チャンスをねらう団体の存在など、この言葉の流布によって利益を得ようとする動きなどが紹介されています。さらに最近の若者は情けない/凶悪だ、というイメージを広めることによって、青少年に対する管理や統制のシステムをつくろうと手ぐすねしている政治家や官僚の存在。自民党の武部前幹事長はかつて講演で、青少年を取り巻く諸問題について「少し暴論になるかもしれないが、自衛隊にでも入って、サマワみたいなところに行ってみてはどうか。緊張感を持って活動してみると、(若者らの姿勢が)三カ月ぐらいで瞬く間に変わるのではないか」と述べたそうですね。徴兵制への地均しという側面も見逃せません。
 やはり一世を風靡するような流行語には、とりあえず簡単にのっからず眉に唾をつける必要がありますね。自戒自戒。
by sabasaba13 | 2006-11-26 22:50 | | Comments(0)

「この後の者にも」

 「この後の者にも」(ジョン・ラスキン 岩波文庫)読了。申し訳ありませんが、絶版の本です。しかし中央公論社の「世界の名著」にも収録されているので、双方とも古本屋でわりと容易に手に入るのではないかと思います。John Ruskin (1819―1900) ターナーやラファエル前派運動を理解し擁護したイギリスの美術批評家です。同時に彼はヨーロッパ建築の基礎を支える労働者の生活に関心を示し、実践的立場から社会・経済・政治問題にも健筆を振るいました。1862年に刊行された本書はこの方面での代表作です。
 新自由主義、グローバリゼーション、構造改革、市場原理主義、規制緩和、呼び方はいろいろありますが、要するにあらゆるものを商品にして大企業が世界中で荒稼ぎするのを政府が陰に陽にバックアップするという動きが猖獗をきわめています。まるでチャールズ・ディケンズ(1812―1870)が「オリバー・トゥイスト」で描き、ウィリアム・ブレイク(1757―1827)が「ミルトン」の中で"悪魔の碾き臼"と喩えた、産業革命後のイギリス社会が全世界規模でよみがえったような錯覚を覚えます。市場メカニズムがフル稼働しはじめ、本来市場によって決定されるにはそぐわない人間(労働)や自然(土地)が商品化され、人々の暮らしやコミュニティを残忍なまでに破壊した時代ですね。なぜ第二次大戦後に欧米諸国ではじまった福祉国家を確立しようとする動きが廃棄されたのか、また当時と今とどこが似ていてどこが違うのか、もちろんきちんと考えるべき問題です。しかしこうした状況に当時の人々がどう立ち向かっていったのかを知ることも必要でしょう。というわけで、人間を破壊する市場メカニズムに対して真っ向から挑戦したのが本書です。下手な論評を加えるよりも、彼の叡智にあふれた言葉をできるだけ引用した方がよいと思います。ご一読あれ。
 この奇妙な機関(※人間)は、報酬の為めや、圧迫の下や、その他種類の如何を問わず、枡で計って与えられる様な燃料の力では、最大量の仕事を為すものではない。それは唯だ動機の力、云い換えれば人間の意志若しくば精神と云われるものが、それ独特の燃料、即ち愛情に依って、その最大の力を発揮させられた時に、初めて最大量の仕事を為すものなのである。

 虚偽で、不自然で、かつ破壊的な労働制度は、下手な職人がその仕事を半値で提供して、上手な職人の職を奪うとか、或は競走に依って、上手な職人をして余儀なく不当な賃金で仕事をなさしむるとか、こうした事の許されている時に行われるものである。

 商人はその商う物品の品質と、それを獲得乃至生産する手段とを徹底的に理解し、そしてあらん限りの智慧と力とを盡して申し分のない物質を生産乃至獲得し、それを最も必要とする地方に最低価格を以って分配する事を努めなければならない。

 「金持」となる術…、それは「自分自身だけを有利にして最大限度の不平等を確立する術」なのである。

 恐らく人間そのものが富とさえも考えられるかも知れない。

 凡ての富の究極の成果と完成とは、恐らく元気に満ちた、眼の輝いた、快活な人間を出来るだけ多数作るのに在る…

 諸種の国家的製造業の中で、良質の人間を製造することが、結局一番有利な事業だと云う事になりはしないか。

 「弱き者を弱きが為めに掠むる事」は、特に商業と云う形を取った窃盗なので、即ち人の労働なり、財産なりを、安い値段で買い取る為めに、その人の困窮に乗ずる事なのである。

 (富の)流れの勝手放題に流れ行くに委せて置けば、恐らくそれは、…あらゆる害悪の根源を培う所の水ともなるであろう。

 「価値ある」と云う事は、「生命に対して有益なる」と云う事である。真に価値ある、即ち有益なる物とは、その全力を挙げて生命の方に向う所の物なのである。物はその生命の方に向わざる程度、若しくはその生命の方に向う力を損ぜられたる程度に準じて、その価値を減ずる。そして物が生命と反対に向う程度に準じて、それは無価値ともなり、又は有害ともなるのである。

 富とは吾々が使用し得る所の有用なる物品の所有だ。

 個人にとっても、国民にとっても、死活の重要問題は、決して「どれ程の金を儲けるか」と云う事ではなくて、「その金を如何なる目的に費すか」と云う事である。

 生命を除いて富ある事なし… ここに謂う生命の中には、愛と、歓喜と、歎美とのあらゆる力を包含している。最も富める国とは、高貴にして幸福なる人々を最も多数養っている国の謂であり、最も富める人とは、自己の生命の機能を極限にまで完成した上に、更にその人格と財産とによって、他人の生命の上に、有益なる影響を最も広く及ぼしている人の謂である。

 常に明白にして避くべからざる大事実-あらゆる経済の根本法である所の事実-即ち一人の所有せる物を他人は所有し得ざる事、種類の何たるを問わず、使用され、消費された物は、一厘一亳の微に至るまでも、それと同量の人間の生命が消費されている事、そして斯く人の生命を費した結果が、現在の生命を保存し、若しくは現在以上に多量の生命を得る事になれば、それは活かして使われた事になり、若しそうでなければ、それはそれだけの生命を妨げたか、或は殺した事になる事-を牢記しなければならぬ。総じて物を買う際には、諸君は先ず、買う品物の生産者に如何なる生存状態を生ずるかを考慮しなければならぬ。第二には、諸君の支払う金額は生産者に対して正当であるかどうか、及びそれが正当な割合で生産者の手に収まるかどうかを考慮しなければならぬ。第三には、諸君の買う品物が、食物なり、智識なり、歓喜なりに対して、果たして如何程明白に役立つものであるかを考慮しなければならぬ。第四には、その品物はそもそも何人に、及び如何なる方法で、最も迅速かつ有効に分配され得るかを考慮しなければならぬ。そして凡て如何なる取引に於ても、徹底的な公明さと、約束の厳格な履行とを要求し、凡ての仕事に於て仕上げの完全と美しさとを要求すべきである。殊に凡ての市場商品の精巧さと純良さとを要求すべきである。それと同時に単純なる快楽を味い得る能力を体得し、又は教える方法、及び銭葵と赤熊百合との咲く途にも如何程清新味の存するかを示す方法、-即ち享楽の総量は味われる物の分量によるのではなく、味う力の溌剌性と耐久性とによる事を示すあらゆる方法を講ずべきである。

 統制と協力とは凡ての物に於て生命の法であり、無統制と競争とは死の法である。
 いかがでしょう。現在活発になりつつある「フェア・トレード運動」を想起させるような一文もあり、その先見性には驚愕します。私が特に好きなのは最後の言葉です。無統制と競争とは死の法である… 宮沢賢治が、農民の生活向上のためにつくった「羅須地人協会」の"らす"はやはり"ラスキン"からつけたのかもしれませんね。なおタイトルは新約聖書マタイ伝第二十章の下記の挿話からきています。
 「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」
 本日の一枚は、数年前に訪れた、コニストン湖のほとりにあるラスキン邸です。
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by sabasaba13 | 2006-11-24 06:04 | | Comments(0)

北陸・山陰編(8):長坂の棚田(06.9)

 そして長坂の棚田へはタクシーで行くしかないので、さっそく駅前で客待ちをしていた運転手と交渉開始。納得できる値段で一時間貸切にすることにし、出発です。これが旅の楽しみの一つなのですが、さっそく運転手さんと四方山話をはじめました。街の景気は、と訊ねると「過疎、過疎、もう過疎っ!」というお答え。漁業で暮らしていける人はほんの一握りで、ほとんどの人は高岡か富山に働きに行くか、街を出て行ってしまったそうです。よって日中はほとんど無人の街で、ときおりお年寄りを見かけるだけ。そのため氷見線の運行本数も減り、通学する高校生のために動いているようなもんだ、とのお話。魚が美味しくていい所なのに、と言いますと、本当に美味しい魚は全部築地へいっちゃうよ、とのお答え。(魚よりも氷見うどんがおいしいよと教えてくれました) うーん、地方が追い込まれている様子をひしひしと感じます。さて海沿いの道をしばらく走り、山道に入って20分強で長坂の棚田に到着しました。9月下旬ということで、黄金色に輝く稲穂が見られるかなと期待していたのですが、残念ながら半分以上が刈り取られていました。陽も山陰に落ちて薄暗く、これも残念。しかしどんな状況においても、棚田は棚田、見とれてしまいます。ここはオーナー制度を取り入れているようで、ほとんど休耕田もないようですね。
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 そして駅に戻る途中に、巨木があるとの話をうかがい、そこに寄ってもらいました。まずは長坂の大いぬぐす。推定樹齢500年、産土神として地域の人々に崇敬され続けているそうです。空を埋め尽くさんと四方に伸びる枝と葉、力瘤のように盛り上がる幹を見ていると、神性を感じるのは自然な感覚だと得心しました。万葉の歌人たちが「神さび」と表現したのも、こうした姿なのではないかな。次は長坂不動の大つばき。こちらは推定樹齢400年、つばきだけにそれほど大きくはないのですが、志村喬演じる古武士のような風格です。満開の頃はさぞきれいでしょう。
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 本日の二枚は、長坂の棚田と長坂の大いぬぐすです。
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by sabasaba13 | 2006-11-23 08:36 | 中部 | Comments(0)

北陸・山陰編(7):氷見(06.9)

 さて列車に乗って高岡で下車、ここで氷見線に乗り換えます。十数年前に敢行した金沢旅行の際に、一日かけて五箇山合掌造りと砺波平野の散村と伏木の北前船資料館を見物したのですが、高岡と氷見を訪れることができませんでした。よってその両地と、最近その存在を知った長坂の棚田を徘徊しようと思います。時間があれば、臼杵のように昭和を雰囲気を色濃く残した伏木の街並みをもう一度歩きたいのですが、おそらく時間が足りないでしょう。雨晴海岸は、氷見線の運行本数があまりにも少ないので、はなから諦め、車窓から眺めてよしとします。高岡駅から氷見駅まで約30分、雨晴海岸駅のあたりで数分間海岸線ぎりぎりのところを列車は疾走します。さて氷見駅に到着し、まずは街をふらつきましょう。
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 駅構内にある観光案内所で地図をもらい、レンタサイクルの看板を目にして少し逡巡しましたが、小さそうな街だし歩いて彷徨することにしました。氷見といえば寒ブリですね、時期的にずれていますが美味しい刺身は食べられるでしょう。というわけで氷見漁港に向かいました。歩くこと十数分で到着、午後なので人影はもちろんありませんが、その佇まいや漁船・漁具の様子からけっこう漁業はさかんな様子がうかがわれます。途中でも、魚をデザインしたマンホールの蓋や、魚型のガードレールらしきものを見かけたし、食事をしに入った「道の駅 海鮮館」ではトイレの男女表示まで魚でした。美味しい刺身と氷見牛をたいらげ、しばし街中を散策。
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 これといって心を惹かれる街並みではありませんが、商店街が割合と元気そうなのが救いです。「ハサミ包丁とぎます」なぞという店や、「ローソク店」や、立派な飾り物が飾ってある「のし店」も見かけました。でもどういう状況でこんなど派手な“のし”を使うのだろふ????? 山ノ神に献上するため、某家の玄関先の陽だまりで長閑にうたた寝をしている四匹の猫(クワトロ・ガッツ!)を写真におさめ、氷見駅に戻ると「忍者ハットリくん」が描かれた電車型のはめこみがありました。そういえば氷見は藤子不二雄A氏の出身地で、ハットリくん列車が運行されているとガイドブックに書いてありました。幸いでっくわさずにすみましたが。でもなぜ「ドラえもん」でも「エスパー魔美」でも「二十一エモン」ではなく、「ハットリくん」なのでしょう?????
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 本日の一枚は、氷見漁港です。
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by sabasaba13 | 2006-11-22 06:10 | 中部 | Comments(0)

北陸・山陰編(6):岩瀬(06.9)

 そして東岩瀬駅で下車、平日乗車料金が100円というのは破格です。さあ、かつて北前船で栄えた岩瀬の街を散策することにしましょう。巨大な忠霊塔、火の見櫓を拝見しながらしばらく歩くと、古い民家と新しい建築が渾然と建ち並ぶ大町通りに到着です。でもそれほど高い建築が見当たらず、幅広で歩道・車道の別がない道なので、快適な気持ちで歩くことができました。釣り用生えさの自動販売機は生れてはじめてお目にかかりましたね。そしてこの通りにある北前船回船問屋森家を見学すれば、かつて殷賑を極めた街の雰囲気を味わうことができます。母屋の吹き抜け部分に組まれた豪壮な梁を見ただけでも、その財力が偲ばれます。保存状態が良くないのが残念ですが、蔵の扉にはみごとな鏝絵もありました。入館料を訊ねたら、係りの中年男性が「200万円!」とぶちかましてくれたのも忘れられません。登録無形文化財として申請したいような、貴重なギャグです。
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 すぐ隣には森家のにしん蔵も残されています。裏手は富山港で、無料で上れる富山港展望台もあるのですが、時間の関係で省略。なお道案内の表示にロシア語があったので、かなりの数のロシア人が当地を訪れるのでしょう。「月当番」という札がかかっていたのは、何かしらの形でコミュニティが存続しているのですね、きっと。そして静かに水を湛える岩瀬運河ぞいに歩いて、岩瀬浜駅まで行き、ふたたびポートラムに乗り込み富山駅へと向かいます。車窓から我が物顔に街中を走り回る自動車を眺めながら、そろそろ街を人間のものに取り戻してもいいのではないかなと痛感しました。そのためには、路面電車の導入はきわめて有効な戦略の一つだと考えます。自動車業界は猛反対し陰に陽に妨害するでしょうが、企業の利益よりも公共性を優先させる決定ができなければ民主主義は看板倒れですね。
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 本日の二枚、岩瀬の街並みと北前船回船問屋森家です。
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 追記。さきほど「夢と魅惑の全体主義」(井上章一 文藝新書526)を読んでいたら、忠霊塔に関する記述がありました。日本のファシズムは戦時体制であると喝破したうえで、ドイツ・イタリア・ソ連とは違い戦時施設以外の建築や都市計画には無関心・冷淡であったと述べられています。戦時施設として重要視された忠霊塔の建設にも紆余曲折があり、軍事動員の障害になると考え、かつ靖国神社以外の英霊顕彰祭式が育つのを怖れて建設を抑制しようとするる内務省と、建設を求める民衆のエネルギーを吸いあげようとする陸軍の対立があったそうです。結局、日中戦争の激化にともない内務省は忠霊塔建設を認め、陸軍をバックに持つ大日本英霊顕彰会が忠霊塔のデザインを一般公募にかけました(1939.8.25)。その結果3タイプが選ばれ、以後これらを手本にして各地に忠霊塔がつくられていきます。あらためて岩瀬にあった忠霊塔の写真を確認すると、上から三つ目のものに似ています。揮毫は畑俊六陸軍大臣。彼が陸軍大臣であったのは、1939.8.30~1940.7.16、時期的にも符合しますね。公募された意匠を参考にしたことは間違いないと思います。
 それにしても何気なく見過ごす忠霊塔にも、これだけの歴史があるのですね。あらためて学び知ることの快楽を感じました。
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by sabasaba13 | 2006-11-21 06:09 | 中部 | Comments(0)

北陸・山陰編(5):富山(06.9)

 ふたたび列車に乗り富山駅に到着。駅前のポストの上に愛らしい薬売りの像がちょこんと乗っかっていました。さて今回の旅行では、富山・高岡・福井で私の大好きな路面電車に出会えるのが大きな楽しみの一つです。いそいそと駅前を走る路面電車に駆け寄り抱きしめると轢かれてしまうので、それはせず写真を撮りました。かつて東京を走っていた都電を思わせるシンプルなデザインに、懐旧の念を覚えます。女性の運転手がいたのも嬉しいですね、アムステルダムでは頻繁に見かけたのですが日本では珍しいと思います。
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 そして地下道を歩いて駅の反対側に抜け、日本初のLRT(ライト・レール・トランジット)「ポートラム」に乗りましょう。LRTとは、渋滞緩和と環境問題の解消を図るために導入が進められている新しい軌道系交通システムのことだそうです。正確な定義はないようですね。まあより進化した路面電車の利用法だと思いますが、せっかくの試みなのだからもっと詳細にPRしてほしいな。でも新しいLRV(Light Rail Vehicle/超低床車両)を導入してくれただけでも感激です。そして富山駅北と岩瀬浜を結ぶ、白地にオレンジ色を配したなかなかモダンな意匠のポートラムが軽やかにホームに到着しました。お年寄りの集団が大挙して乗り込み、遠足のように興奮していたのが印象的でした。二両連結で、連結部の空間が広くとられ、昇降用ドアが一枚ガラスなので、開放的な印象を受けます。はじめは車とともに道路を走り、途中から専用軌道に入って民家の間をすりぬけていきました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-11-20 06:07 | 中部 | Comments(0)