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三浦半島編(1):(07.3)

 三月の上旬に、横須賀・観音崎あたりを一泊二日でふらついてきました。今回のお目当ては、戦争に関する史跡・遺構です。具体的には、横須賀の沖合にある猿島の要塞と、観音崎の砲台跡。最近戦争に関する物件をよく見て歩くようになりました。何故でしょう。自分なりに考えてみると、戦争に関する歴史的な事実や動きは、本などによりそれなりに知ってはいるつもりです。しかしかつて日本帝国が実際に行った戦争についての、リアルな実感がわきません。戦争とは即物的にどういうものなのか、戦争という巨象の皮膚の一部でもいいから触って五感で感じてみたい。とりわけ安倍伍長ら自民党の政治家諸氏がアメリカ軍の指揮下でお手軽・お気軽に戦争をしたがっている昨今、戦争の実像の一端に触れておくのも必要かと思います。伍長は戦後生まれだし、石原強制収容所所長は小樽にいてリアルな戦争を経験していない、そうした方々がいとも簡単に戦争をしたがるのには納得がいきません。幸い「保存版ガイド 日本の戦争遺跡」(戦争遺跡保存全国ネットワーク編著 平凡社新書240)、「しらべる戦争遺跡の事典」(十菱駿武・菊池実編 柏書房)という良書にも恵まれているので、これからも折にふれ戦争遺跡巡りを続ける所存です。
 これにからめて、岡本太郎美術館、中村正義の美術館、平塚の戦争遺跡、そして久里浜にあるペリー上陸記念碑も訪れてみようと思います。もし時間が許せば未踏の地・城ヶ島にも行ってみたいな。持参した本は「日清・日露戦争」(原田敬一 岩波新書1044)です。
 なお横須賀といえば米軍基地ですが、実は2008年にキティ・ホークの後継艦として原子力空母ジョージ・ワシントンが配備されることになりました。この艦の原子炉が事故を起こしたら、へたをすると首都圏は壊滅です。しかし日本政府はこの配備をいとも簡単に認めてしまいました。われわれの健康や生命よりも、“国益”が大事なのでしょうね。さらに横須賀港を2m深くする浚渫工事が必要なのですが、その許可権限をもつ蒲谷亮一市長はこれを容認する姿勢です。浚渫の賛否を問う住民投票を要求する署名が41,551筆集まったのですが、横須賀市議会は住民投票条例案を否決してしまいます。しかし市民による粘り強い反対運動が行われているそうなので、その状況についても見てくるつもりです。
by sabasaba13 | 2007-04-30 08:25 | 関東 | Comments(0)

「環境考古学への招待」

 「環境考古学への招待 -発掘からわかる食・トイレ・戦争-」(松井章 岩波新書930)読了。十代の頃、考古学に対する漠然とした関心や憧れをもっていました。発掘によって発見した遺物を調べて、昔の人の暮らしを再現する、面白そうだなあと思っていたのでしょう。大学の選択講座でさっそく考古学を受講したところ、こまごまちまちまとした土器の編年に関する無味乾燥な講義で、一発で興味を失ってしまったことを覚えています。本書によると、日本の考古学は土器・石器・副葬品などの「人工遺物」の研究が中心なのですね。これに対して、骨・木片・種子・花粉・土壌などの「自然遺物」を諸分野の研究者が協力して分析し、過去の人間がどのような環境のもとでどのような技術をもって技術をもって生活をしていたのかを解明するのが環境考古学。欧米ではすでに19世紀からはじまっており、さまざまな成果をだして脚光を浴びています。ようやく日本でも注目をされはじめ、昔の人が排便した地点を発掘して、便や寄生虫を分析して当時の食生活や健康状態を調べる研究なども行われるようになりました。著者は日本における環境考古学の第一人者、その取り組みや研究の動向などをやさしく教えてくれます。
 そうした紹介も興味深く面白いのですが、戦跡考古学という研究分野をはじめて知ったのが何よりの収穫です。古戦場を発掘して、死体の位置や向き、弾丸・薬莢などを詳しく分析して、戦闘の様子を再現するという分野だそうです。アメリカの研究者がこの方法を使って、1876年にカスター将軍率いる第七騎兵隊264人が、先住民のスー+シャイアン連合軍に破れ全滅したリトル・ビッグ・ホーンを発掘して、その戦闘の状況を復元したそうです。結果は、カスターは自分たちの力を過信し、先住民の力を過小評価した結果、無謀な戦いを挑んだが、戦術のまずさもあって総崩れとなり、自滅したことが裏付けられました。最近終結したクロアチア内戦における虐殺の現場もこの方法で状況が再現され、戦争裁判の訴追資料として利用されているそうです。第二次大戦中に日本軍がアジア各地で行った虐殺の再現にも応用できますね。歴史的事実を科学的な方法できちっと検証すれば、日本とアジア諸国の和解の礎となるのではないかと思います。ま、蓋をしたままにしておきたいと考える人たちもいるでしょうが。
 海外の研究者との交流や協同、各国における遺跡保存の現状などについても紹介されています。別に自国を無闇に卑下するつもりは毛頭ないのですが、こうした報告を見ると日本との格差に愕然としてしまいます。他分野や海外の研究者との交流などに目をくれずひたすら己の専門分野にとじこもる研究者、文化財や景観を平然と破壊し続ける企業や行政。長文ですが、引用します。
 外国のお客様に奈良を説明しようと平城宮大極殿跡に立つと、朱雀門の左には巨大な廃墟と化したそごう跡、現在のイトーヨーカドーが目に入る。この建物の屋上レストランだったところは、わざわざ古都の景観条例を形骸化しようとしたか風致地区にはみ出させて設計されたもので、十分にその役割を果たしてそびえている。…
 奈良の文化財の魅力のひとつに木簡があるが、平城京のどこにどんな木簡が眠っているか、だれにもわかっていない。高速道路の建設によって平城京の地下水位が一メートルでも下がったら、多くの木簡は時を経ずして消滅するだろう。この先も相も変らぬ開発優先の行政が続くと、二一世紀の初めにこんな知事や市長らを持ったことを恥と思う時代が遠からずやってくる。仕事とはいえ、指定を受けるための会議で、ユネスコ世界遺産の委員たちに、奈良の魅力を説いた自分が恥ずかしく思える。
 物静かな語り口の行間から、憤怒の思いがたぎりでています。アテネのパルテノン神殿でこんなことをしたら、すぐに不買運動が起こってその企業は叩き潰され、市長は即リコールでしょう。それが平然とまかりとおる「美しい国」日本。もしかしたら日本の人たちって、歴史なんてどうでもいい、文化財なんてどうなってもいい、一儲けしてプラズマテレビやコーチのバッグが買えればそれで満足だと考えているのかもしれません。こうした「過去への無関心」がいつごろから蔓延したのか、重要な研究のテーマだと思います。

 追記。さきほど、TVのニュースで桂歌丸氏が叙勲に対して神妙な顔をして「大きな賞をもらったので精進したい」と語っていました。五代目古今亭志ん生は叙勲に際して「届けてもらえ」と言い、息子の志ん朝に「とうちゃん、出前じゃないんだから…」と諌められたそうです。芸人諸氏には、権威がかぶせる網の目をひらりとかわす軽やかさを身につけてほしいですね。五月のゴールデン・ウィークは、永井荷風のように東京のあちこちを墓参してまわろうかな。志ん生、志ん朝、金原亭馬生の墓は文京区小日向の環国寺にあるそうです。
by sabasaba13 | 2007-04-29 07:20 | | Comments(2)

追悼 ロストロポーヴィチ

 チェリスト・指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏が4月27日、モスクワの病院で死去されました。享年80歳、チェリストの末席を汚す者として謹んで冥福をお祈りします。実演を聴いたこともなく、レコード・CDもほとんどもっとおらず、とてもファンとは言えない私ですが、スビャトスラフ・リヒテル(p)と共演したベートーヴェンのチェロ・ソナタ第三番は何回も繰り返し聴きました。今習っている先生から「どういう音を出したいかを、常にイメージしなさい」とよく諭されるのですが、私が出したいのはこの曲の冒頭の音です。みっちり肉がつまった出来立てのソーセージのような、艶やかで張りがあり充実した音… 一歩でもこの音に近づけるように日々精進を続ける何回目かの決意をしました。

 1968年には、反体制作家のソルジェニーツィン氏を別荘にかくまったことが当局の怒りを呼び、長期間の国外旅行禁止の処分を受けましたが、1974年に国外演奏旅行が許可されたのを機に英国で「自由の無いソ連には戻らない」と宣言して、事実上亡命。これに対しソ連側は国外追放の処分にし、その後、市民権も剥奪します。しかしペレストロイカ(改革)政策が進んだ89年に復権が決まります。ちょうどその頃でしょうか、ベルリンの壁の上でバッハの無伴奏チェロ組曲を弾き、その際のインタビューで音楽に対する熱い思いと自由に対する強い渇望を語っていたTV番組を見た記憶があります。その誠実・温和ながらも断固とした意志をにじませる語り口を忘れることはできません。
 理想論なのかもしれませんが、音楽と非人間性は両立しないと固く信じたいと思います。そのために闘い続けた稀有な方を失ったことを悲嘆するとともに、彼に続く人物が現れることを期してやみません。合掌。それにしても、植木等といいカート・ヴォネガットといい、大事な人を立て続けに失い、悲しくなってきます。

 余談ですが、私の好きなエピソードを一つ紹介します。パブロ・カザルスにはじめて会った時のことを思い出して、氏はこう語っていました。
I came and met this affable man, pipe in mouth, with a bald head ―although now I realize that there's nothing wrong with being bald !

by sabasaba13 | 2007-04-28 09:05 | 音楽 | Comments(0)

「旅の話」

 「旅の話」(鶴見俊輔+長田弘 晶文社)読了。哲学者の鶴見俊輔と詩人の長田弘、二人の碩学が旅に関する十二冊の本について縦横無尽・自由闊達におしゃべりをする、たいへん楽しい本です。この十二人の旅行者は、それぞれの育った国を離れ、世界のさまざまな土地で、一人一人がさまざまな顔と歴史をもつ人たちに話しかけ、答えを得る。その営みを読み解いていったのが本書です。シルクロード、シカゴ、アフガニスタン、アレクサンドリア、ニカラグア、旧ソ連の強制収容所、オーストラリア、ドイツ、パレスチナ、メキシコ、そしてアメリカの小さな町を舞台にくりひろげられる人間の暮らしと喜怒哀楽。世界の豊穣さと人間の多様性を、二人の熟達した水先案内人が該博な知識と鋭い分析を駆使して紹介してくれる至福のひと時。旅と本に目がない私にとっては、たまらなく魅力的な本でした。さっそく「強制収容所へようこそ」(I・ラトゥシンスカヤ 晶文社)と「アフガニスタンの風」「なんといったって猫」(ドリス・レッシング 晶文社)を購入。しばらく寝不足の日々が続きそうです。
 心に残ったのは、「かくも激しく甘きニカラグア」を書いたコルタサルの言葉です。
 町のど真ん中で、チンピラ集団が一人の盲人をつかまえて暴力を加えているのを見て見ぬふりをしたならば、家に帰って自分の家族の目をまともに見られるだろうか?
 嗚呼、Mr.コルタサル、私たち日本人は平気で家族の目を見ているどころか、安倍伍長率いるチンピラ集団を手助けしているのです。
by sabasaba13 | 2007-04-27 06:09 | | Comments(0)

「動物農場」

 「動物農場」(ジョージ・オーウェル 高畠文夫訳 角川文庫)読了。拙ブログでしばしばふれているジョージ・オーウェルの代表作の一つです。大学生の頃読んだのですが、現今の如きいかがわしい社会状況の中で読み返すと何か新しい発見があるかもしれないと思い再読しました。
 人間に苦しめられている農場の動物たちが、すべての動物が平等である理想社会をうちたてようと反乱を起こし農場主を追放してしまいます。しかし指導者となった豚たちは権力をほしいままにし、やがて動物たちは以前にもまして過酷な生活に落ち込んでしまうという寓話です。著者はロシア革命とその後のスターリン独裁を風刺するために書いたのですが、権力はどのように腐敗していくか、そして民衆がどのようにして権力に翻弄されるのかを洞察する材料になる傑作です。
 結局、動物たちは反対運動も反乱も起こさず、黙々と屈従しつづけるのですが、この歳になって彼らの気持ちが身にしみて実感できるような気がします。なぜこうした専制と腐敗に対して反発や反対や批判をしないのか? 指導者であるナポレオン(豚)が間違ったことをするはずがない、昔よりはましだ、豚たちが提示する以前より格段に多い小麦の生産量などの数字を信じよう、豚たちがみんなと取り交わした公約をよく覚えていない、自分たちの働きが足りない、などなど農場の動物たちはいろいろな理由をつけて忍従をつづけます。今のわれわれの姿が二重写しになってきますね。雌馬クローバーの「だれも思っていることがいえず、獰猛ですぐ唸り声をあげる犬たちが、ところかまわずうろつきまわっていて、自分の仲間が恐ろしい罪を告白してから、ずたずたに引き裂かれるのをじっと見守っていなければならないような、ひどい時勢になってしまったんだわ」という仮想のモノローグを読むと、いかに今の日本が「動物農場」に近い状態になっているかに気づき愕然としました。
 それではどうすればよいのか? オーウェルはその答えについては黙しています。もちろん「あなた方が自分の頭で考え自分の体で行動しなさい」ということだと思います。でもそのヒントは本書のいたるところに散りばめられています。いたずらに楽観はしないが、かといって悲観もしないオーウェルの考えが次の文にもよく表れています。
 そういわれても動物たちはけっして希望を捨てなかった。…イギリスの緑の野が、人間の足によって踏まれなくなるという、メージャー爺さんの予言した動物共和国は、いまだにその到来が信じられていた。いつの日か必ずやってくるであろう。近い将来ではないかもしれない。今生きている動物たちが、みんな死んでしまった後かもしれない。しかし、それでも、やがては実現するはずなのだ。
 しかし現実から目をそむけるわけにもいきません。臓腑を抉られるようなオーウェルの言葉を「気の向くままに」から再び引用します。ほんとにそうかもしれない…
 一市民を殺すことは悪であるが、千トンもの高性能爆弾を住宅地域に落とすことは善しとされる世界の現状を見ると、ひょっとするとわれわれのこの地球はどれか他の惑星の精神病院として利用されているのではないか、と考えたくなる。

by sabasaba13 | 2007-04-26 06:17 | | Comments(0)

旭山動物園・ニセコ編(17):ニセコ~新千歳空港(06.12)

 バスの発車時刻に間に合うよう午後二時に切り上げ、ホテルまで滑降。更衣室で着替え荷物をまとめて宅急便で自宅まで送り、露天風呂に入って余韻にひたりました。そしてバスに乗り込んで新千歳空港まで直行です。新館で乗り込んできた子供たちが、席に座るやいなやすぐにゲーム・ボーイをとりだし一心不乱に操作しはじめるのも見慣れた光景になってしまいました。前の席に座った若い母親は携帯電話のゲームに熱中。人の趣味にとやかくけちをつけるつもりなのですが、世の中にはもっと面白いことがいっぱいあるよ。
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 二時間強で空港に到着。夕食は空港ターミナル内にある「ラーメン道場」でいただきましょう。札幌・正油か、札幌・味噌か、函館・塩か、苫小牧・醤油か、十勝・味噌か、旭川・醤油か、うーむこれは逡巡してしまう。経験則でいうと、妻の意見と茄子の花にゃ、千に四百二十六ぐらいしか無駄ない、ここは山ノ神の鑑識眼を信じて選んでもらいました。少し考えて彼女が選んだのが札幌「ばり屋」の正油ラーメン。食した後、互いに見合す顔と顔。それほど美味しくない。 「エリマキトカゲのような海苔にまどわされた…」という弁明でした。そして飛行機は一路、羽田へ。
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 後日談。山ノ神がお土産として買った六花亭「マルセイバターサンド」をおすそ分けしていただいたのですが、これが美味いのなんの、あっという間にたいらげてしまいました。香ばしいクッキーにはさまれた、芳醇なホワイトチョコレートと干しブドウ。お薦めです。
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 本日の一枚は、東山温泉の露天風呂です。
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by sabasaba13 | 2007-04-25 06:09 | 北海道 | Comments(8)

旭山動物園・ニセコ編(16):ニセコ(06.12)

 さて今日はアンヌプリを滑ることにしました。スキー・ウェアに着替えてチェック・アウトをし荷物をクロークに預けて、本館近くにあるリフトに乗って新館前まで滑降。ゴンドラに乗り換えて山頂まで行き、そこからシングル・リフトに乗るとアンヌプリ・スキー場です。ここは気に入りました。良好な雪質と練習に適した緩斜面の多いロング・コースがあり、精神衛生上も申し分なし。ここに居座って滑ることにしましょう。ただスノー・ボーダーの多さには多少辟易します。もちろん共存共栄は十分に可能だと思いますが、要望が二つあります。一つ目、ゲレンデのど真ん中で牛のウンコのように座り込まないでください。お互いに危険です。二つ目、背後に近づかないでください。そのざざざざざざという凄まじい音に心胆が寒くなる思いを何度もさせられています。
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 昨日のレッスンを思い出しながら、ポリシーには反するのですが二人で一所懸命に練習をしました。なるほど、スタンスを広くすることで安定性が増し、加重・抜重をしないのでスキー操作が楽になる…ような気がします。しばらくこのやり方で滑りこんでみることにしましょう。
 それにしても、山ノ神の驚異的な安定性には、いつものことながら感心します。なにせ、ここ数年間転んだことがないというのですから、見事なものです。秘密は重心の低さにあるのではと推測していましたが、本人曰く「顔の面積が広いのでスピードが出ない…」 頷きながらも「そんなことはないよ」と否定しましたが、フクロウの顔はパラボラ・アンテナ、山ノ神の顔はウィンド・ブレーキの役目をもっていたんだ。

 本日の三枚、一番上の写真はニセコ・アンヌプリの頂上です。
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by sabasaba13 | 2007-04-24 06:14 | 北海道 | Comments(0)

旭山動物園・ニセコ編(15):ニセコ(06.12)

 本日は時々薄日がさす曇天。朝食の後、ロビーで一服しながら「北海道新聞」(2006/12/30)を読んでいると、下記のような記事がありました。長文ですが、引用します。
アイヌ民族を先住民族と記述せず
国際人権規約政府報告
背景に土地返還や補償問題

 国連人権理事会が六月に「先住民族の権利(先住権)に関する国連宣言」を採択し、先住権を認める世界の潮流が強まる中、日本政府は今月二十日に提出した国際人権(自由権)規約に関する報告でも、アイヌ民族については、なお先住民族との記述を避けた。国際的には「アイヌ民族は先住民族」との見方が定着しているが、政府は、認知すれば、アイヌ民族の土地の扱いなど、先住権の問題が生じるため、姿勢を変えようとしていない。

 「実際に行った施策を書くもので、取り組んでいないことは書かない」外務省人権人道課の担当者は規約に関する報告について、そう話した。
 報告の中身は結局、アイヌ文化振興法(一九九七年制定)に基づく施策と、道の生活向上関連施策を紹介しただけ。前回の九八年の報告と同様、国連の規約人権委員会が、アイヌ民族について、言語、高等教育の差別や、先住地に関する権利が認められていないことへの懸念を明らかにした所見には、全く触れていない。
 「先祖伝来の土地に暮らし、言語、文化、宗教などで他の民族とは違う独自性をもつ一方、近代国家の成立にあたって、国家から従属されたり、侵略されたりした民族集団」。国連宣言によると、先住民族はそう規定される。
 北欧のサーミやオーストラリアのアボリジニなどのほか、道内に先住しながら言語、土地などを奪われ同化を強いられたアイヌ民族も該当する。
 国連宣言は自治権、土地・資源の所有・管理権、民族の言葉を学び教える権利など、先住権を初めて総括的に定めた。先住民族の人権を目に見える形で回復させたいとの意志を示したもので、道ウタリ協会も「世界的な流れは変わらない」とみる。
 同協会は先住権を根拠に、自立化基金の創設やアイヌ民族代表を加えた国レベルの審議機関の設置などを求めてきた。だが、政府はアイヌ民族の先住性と独自性を認めながら、先住権が政治的な分離・独立や土地の返還、補償の要求といった権利も含むため先住民族とみなしていない。誰をアイヌ民族とするかという敏感な問題にも踏み込まざるを得なくなるからだ。
 これに対し、道ウタリ協会の阿部ユポ副理事長(札幌)は「政府は早くアイヌ民族を先住民族と認め、権利を侵害してきた『負の歴史』を清算すべきだ」と話している。
 実は持参した「幕末・維新」(井上勝生 岩波新書)の中にこういう一節がありました。「北海道は、「内国植民地」となったといわれる。しかし、アイヌ民族はこうして大地を奪われたのである。「内国植民地」は和人の評価であって、実際は、侵入した和人の「植民地」そのものであった。異民族を「未開」として抑圧し否定する政策、政府と大資本による外地の資源の略奪的収奪、侵出にあたっての民衆の国家的動員など、北海道「開拓」は、東アジア侵略の第一段階となった。」 なるほど、北海道はアイヌから奪った植民地、そしてその後のアジア侵略の起源と考えると、違った歴史が見えてきます。そしてその事実を弥縫し、アイヌの権利を認めようとしない日本政府と、それを支持するかあるいは無関心な人々。彼らから奪った大地でスキーに興じているということだけは、心に刻みつけておこうと思います。

 本日の一枚は、部屋から見たアイヌ・モシリの景観です。
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by sabasaba13 | 2007-04-23 06:36 | 北海道 | Comments(2)

旭山動物園・ニセコ編(14):ニセコ(06.12)

 翌朝、一縷の望みをもってカーテンを開けると、きれいな朝焼けでしたがすぐに小雪が舞い散る曇天となりました。今日は山ノ神の託宣を受けて、一日スキー・スクールに入ることにしましょう。安全かつ快適に滑れればそれで満足なのでバッジ・テストを受ける気など毛頭さらさらありませんが、カービング・スキーを使いこなす技術には興味があります。もしかするともっと安逸で能天気な極楽スキーを楽しめるかもしれません。新館前の集合場所に午前十時ちょっと前に到着、配られたゼッケンを着用します。前面に描かれた小熊の顔が、山ノ神にくりそつなのには笑ってしまいました。山ノ神の素顔を見たいという問い合わせは全然殺到していないのですが、この熊と海老名美どりと小澤征爾をたして円周率で割ったような感じです。そして緩やかなゲレンデで実際に滑らされてクラス分けです。私と山ノ神は同じレベル(たぶん時価・松・竹・梅で言うと竹)に配属され、もう一人の女性と計三人でレッスンを受けることになりました。これはラッキー、プライベート・レッスン状態です。
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 東北訛りのある壮年の男性コーチは優しく熱心な方でしたが、指導内容の表現方法にもっと工夫がほしいですね。これは彼だけの問題ではなく、日本のスポーツ界全体にあてはまることだと常々考えております。要するに、コーチングの際に的確かつ理解しやすい言葉で教えてほしいということです。昔通ったテニス・スクールでよく言われた「ボールに体重を乗せろ」「腰を入れろ」などという、意味不明にして感覚的で曖昧な物言いがまだまだまかり通っているのが現状ではないのでしょうか。私の(最近怖くて計測していないのですが)七十数kgの体重をどうやってテニス・ボールに乗せればいいの? スポーツを愛好する一市民として、ぜひ善処してほしいと強く要望します。それはさておき、質問をくりかえしながら、カービング・スキーで滑る際のポイントは下記の通りであるという教えを受けました。備忘のために記しておきます。
膝を入れる。むこうずねを靴のベロにおしつける。
スキーにきちんと乗れるポジションを意識。
エッジの切り替えを意識。小指→中指→親指
スキーをずらさない。板にはRがついている。
お尻を少し上げて、もう片方の板に移動させる感じ。
スキーをフォールラインに向ける。
両手を前にかまえる。斜面に合わせる。
グリップを強く握ると体重がかかる。
スピードコントロールするには弧を深く。
スタンスは肩幅。
膝をくっつけない。
両足に体重を乗せて、両足同時にエッジを切り替える。
両手のフォームによって、両方のエッジに体重がかかるように。
親指と小指の感覚が大事。
急斜面では膝を深く曲げ、姿勢を低く。
 私のスキー技術はNHK制作の「ベスト・スキー」で教えられたもので、ギュー(加重)とポン(抜重)によってエッジを切り替えるというものです。というわけで、ギュー・ポンッ・ギュー・ポンッ・ギュー・ポンッと呟きながら滑っておりましたが、どうやら加重・抜重をしなくともエッジを切り替えるだけで自然と曲がってくれるようです。午後の練習ではいい感触を得られたので、明日さっそく試してみましょう。ホテルに戻り露天風呂につかってビールを飲んで本を読んでうたた寝をして旨い夕食を食べてまた露天風呂に入ってまたビールを飲む。嗚呼、What a wonderful world。なお天気予報では明日も雪でした。

 本日の一枚は、朝焼けです。
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by sabasaba13 | 2007-04-22 08:04 | 北海道 | Comments(0)

旭山動物園・ニセコ編(13):ニセコ(06.12)

 翌朝目が覚めて、一面の雪景色でも拝んでやろうと窓のカーテンを開けると… 朝焼け! そして朝日が白樺林を照らし、羊蹄山の麓もはっきりと視認できます。最後に愛は勝つ! ダイニング・ルームで朝食をとる頃になると、見る見る晴れ上がり雲一つない快晴です。
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 いそいそとスキー・ウェアに着替え、連絡バスに乗って、レンタル・スキー・ショップがある新館に向かいました。カービング・スキーを三日間借り受けいざ出発。頂上までのゴンドラが整備のためまだ動いていないので、リフトを使って東山スキー場の下のほうで足慣らし。多少の雲がたなびいていますが、ほぼ完全に羊蹄山が姿を現してくれました。昨日の雨のためかアイス・バーンが多く雪質はよくないのですが、幅の広いゲレンデはガラガラ。素晴らしい眺望を楽しみながら、思う存分に足慣らしができました。国内でスキーをするのはひさしぶりなのですが、ウェアが地味になったようですね。嬉しいことです。私が愛用している偽エレッセのしょぼい上着も、山ノ神から下賜されたキリーの渋いパンツも、違和感がなくなりました。
 午前11時ごろからゴンドラが動き始めたので、それに乗って山頂へ。樹氷ごしに雪をかぶった羊蹄山の端正な全貌を見ることができました。標高1898mの円錐状火山で蝦夷富士ともよばれる見事な山容です。そしてひらふスキー場に移動して、ロング・コースを数本滑降。十数年前に来た時は、ひらふと東山とアンヌプリ、それぞれ違うリフト券が必要でいたく不便な目にあいましたが、現在では全山共通リフト券になっております。昼食をかっこんで、広大なロング・コースを羊蹄山に向かって数回滑降。これで来た甲斐があったというもの。あと二日は雨が降っても槍が降ってもかまいません。
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 夕暮れが近づいてきたので、東山スキー場に戻りホテルまで滑降。そして露天風呂につかってビールを飲んで本を読んでうたた寝をして旨い夕食を食べてまた露天風呂に入ってまたビールを飲む。嗚呼、時間よ止まれ。天気予報では明日は雪でした。

 本日の四枚は、羊蹄山四景です。
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by sabasaba13 | 2007-04-21 07:03 | 北海道 | Comments(0)