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「戦争中毒」

 「戦争中毒 アメリカが軍国主義を抜け出せない本当の理由」(ジョエル・アンドレアス きくちゆみ監約 グローバルピースキャンペーン有志訳 合同出版)読了。本書は印象的な場面からはじまります。「お母さん、学校でチャリティー・バザーするから手伝ってほしいって。トイレット・ペーパーを買うためだって」 PTA会議で校長はこう弁明します。「申し訳ない。地方財政は減り続けているし、連邦政府から補助はほとんどないんです」 そして連邦政府(自由裁量)予算の50.5%を軍事費が占めるという恐るべき事実が提示されます。そう、本書はなぜアメリカが戦争中毒なのかについて、一般市民向けに漫画をおりまぜながらわかりやすく概説してくれる好著です。結論から言ってしまえば、大企業および軍需企業の利権を守るための戦争を、建国以来し続けているのがアメリカ合州国という国です。1948年以来、アメリカが費やしてきた軍事費は15,000,000,000,000ドル、つまり15兆ドル以上。驚くべき数字ですね。フィリピン、ハワイ、キューバ、ニカラグア、ホンジュラス、ドミニカ、パナマ、メキシコ、グアテマラ、ハイチ、コロンビア、ベトナム、レバノン、リビア、アフガニスタン、そしてイラク。中南米を中心に世界のあらゆる地域で民間人を死にいたらしめながらアメリカ企業が血を滴らせて肥ってきたことがよくわかります。そして国民に対してはメディアを総動員して「自由と民主主義と国益を守るため」と訴え、戦争に協力させる。
 けっこう合州国のこうしたリアルな姿を知らない方も多いのではないでしょうか。教科書などでは絶対に語られないアメリカの本当の歴史を知るうえでも大変有益な入門書です。高校世界史の副読本として利用すれば、日本人の世界認識も確実に変化すると思います。以前に紹介しました「アメリカの国家犯罪全書」とともに、一人でも多くの人に読んでほしいな。
 著者からのメッセージを紹介します。
 日本や他の国々の人びとにとって、アメリカ政府はまるで一枚岩の攻撃的なイジメっ子で、その後ろに控えているほとんどの大衆は何も言わずにただ傍観している共犯者のように見えるのではないでしょうか。
 しかし、アメリカには軍国主義に反対するたくましい伝統があり、今日この伝 統は蘇りつつあります。この本を普及する努力は、アメリカ国内で私たちが軍国主義の手から逃れるための活動の一部でもあります。
 ジョエル・アンドレアスさん、もちろんわかっています。そうした思いをもつ世界中の人びとが手を取り合えば必ず事態を動かせますよね。ただ私の住むこの国には、軍国主義に反対するたくましい伝統が根付いていません。さらに攻撃的なイジメっ子のつかいっぱしりになりたがる安倍伍長という不可解な人物を首相としております。私なりに、軍国主義の手から逃れるための日本における活動に加わっていきたいと思います。それでは、お元気で。
by sabasaba13 | 2007-05-31 06:07 | | Comments(0)

「アメリカ俗語辞典」

 米軍再編のニュースを聞いていて、無性に怒りが沸いてきました。米国政府の覇権とグローバル企業の利権のために、世界中に軍隊を派遣して軍事行動を敏速に行おうというのがアメリカの世界戦略ですね。無批判にその戦略に協力していこうという日本政府の見識に欠けた政策にも呆れますが、何よりも地方に米軍基地を受け入れさせるやり方があまりにも没義道です。地方の財政を貧弱な状態にしておいて、協力すれば金をやる/協力しなければ金をやらない。まるでヤクザのよう、と言ったらヤクザの方に失礼かな。文部科学省の定義によれば「いじめ」とは、自分より弱い者に対して一方的に身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じている状態だそうです。そう、これは自民党政権による国家的規模の「いじめ」です。(安倍伍長だったら「経済的な攻撃はいじめではない」と減らず口をたたきそうだな) これじゃ学校で「いじめ」がなくなるわけがありませんよね。品性下劣な行為を行いながら、“美しい国”と鸚鵡のように連呼する安倍伍長ひきいる自民党と官僚諸氏。せめて怒りの言葉を叩き付けたいと思っていたら、ふと「アメリカ俗語辞典」(ユージン・ランディ編 堀内克明訳編 研究社)という辞典を思い出しました。アメリカ英語の俗語の多種多様さもさることながら、それに該当する日本語の語彙の豊富さが凄まじいものです。例えばstupidの名詞形を紹介しますと…
アーハーオー,あははの三太郎,あほ,あほんだら,あほんだれ,甘ちゃん,あんぽんたん,うすのろ,うすばか,うすもの,うすらばか,うっかり者,うつけ者,うましか,ウルトラぱ-,うんてれがん,大ばか,大ばか三太郎,おたんちん,おったんちん,おつむてんてん,おてんてん,お人好し,おろか者,かば,かまぼこばか【<ばかが板についている】,ぐうたら,ぐうたらべえ,ぐうぬき【<ジャンケンからグーを抜くとチヨイとパー(ちょっとばか)】,愚者,愚人,ぐず,くるくるばー,くるばー,ごくらくとんぼ,こけ,三太郎,十頭身【<脳が小さい】,じゃくのう(弱脳),純ばか,しれもの(痴者),すかたん,すこたり【<少したりない】,ずっこけ者,ずっこけ野郎,すっとこどっこい,すてれんきょう,スーパーウルトラ超どばか,すぼけ,精神インポ[<ドイツ語Impotenz],粗脳,ダブリュー【<W=2V<にぷい】,だ-ぼ-,たりないの,単細胞,単純ばか,超どあほう,ちょぼいち,ちょん,低脳,でくのぼう,天才ばかぼん【<赤塚不二夫の漫画,昭和49年】,てんてんオブラート【<天天+オランダ語oblaat<頭がうすい】,天保銭【<一銭に満たない】,どあほう,どじ・どじなやつ,どち,どばか,とろいの,鈍才,鈍太郎,とんちき,とんちき野郎,とんちんかん,どんつく,鈍物,とんま,ぬけさく,脳たりん,ノータリンダメス【<脳たりんでだめ+ノストラダムスの大予言】,脳天ほがらか,脳天ほわいらー,能なし,脳膜炎,脳るす,のろさく,のろま,のんき者,ぱー,はあたろう,はあちゃん,ぱか【<ばか】,ばかたれ,ばかの標本,ばかぽん【<赤塚不二夫の漫画「天才バガボン」】,ばかむすこ,白痴,ぱーくる,八五郎,はちりん,半人前,はんば者,ピーティーエー(PTA)【<ぱ-,とんま,あほ】,ひょうろく,ひょうろくだま,昼あんどん,ピンぼけ野郎,てんば-,ペてんぼ-,ぼー,ぼけ,ぼけなす,ぼや,ぼんくら,ぱん太郎,ぽんちやん,ぽんつく,ぼんやり者,まぬけ,よた,よたろう,らり,らり公,らりすけ,られ公,あったもん,たか,のっぽ,もみ,らりこ,おんとう,らりすけ,螢光灯,とんちき,とんばち,すっとんきょう,ばかせ,ばかぶす,ぶすばか,愚妻,豚児
 男性器・女性器・性交に関する語彙にいたっては、百花繚乱、数ページにわたって網羅されています。その豊穣さには唸ってしまいます。なお訳編者の堀内氏はこう言っておられます。
 この方針は興味本位のものではなく、あくまでも人間と人間の行為をことばの面から記録しようとするものである。それを編者や出版社の品位と結びつけて考えることは、ご容赦願いたい。
 はい、はい、わかってま。この類まれなる努力と営為に、何も言わず頭を下げましょう。さっそく使わせていただきます。せーのっ!
 なお残念なことに絶版です。復刊を心から祈念しますし、もし古本屋で見つけたら即購入して損はないと愚考します。
by sabasaba13 | 2007-05-30 06:07 | | Comments(9)

神戸・南紀編(7):紀伊田辺(02.3)

 田辺に戻り、駅で貸し自転車を借り(和歌山ではJRの駅で自転車を借りられるというナイスなサービスあり)、熊楠の墓がある高山寺へ。田辺湾を見下ろせる高台に、奥さんのお墓と並んでありました。合掌。そして市内にある闘鶏神社へ。彼の奥さんはこの神社の宮司の娘でした。見事な鎮守の森と大きな楠があります。ちなみにこの地方では、子供の名前に、元気がよくなるよう“熊”や“楠”という字を入れる習慣があったそうですが、彼は二字とももらったんですね。
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 そして熊楠の旧居を拝見。現在でも子孫の方が住んでおられるので非公開でした。と、田辺の街中を自転車でフラフラして気がつきました。コンビニエンス・ストアがたった一軒! あとはデパートもスーパーマーケットも皆無! 小さな小売店が身を寄せ合うように、ざっかけない真っ当な商いをしているという実感がヒシヒシと感じられます。「牛乳は高橋さんとこで買うんやで。ローソンで買うたらあかん」なんていう会話が家庭内でかわされているのかも。そういえば「身のしつけ親がしなくて誰がする」という標語を見かけました。そうだよね、そう思う、同感です。街路の幅も、人間にあったスケールで(行き違う知り合いに挨拶できる程度の距離)、おまけに適度にゴチャゴチャしているという私好み。うん、あったかくていい街です田辺は。臼杵(大分)・富田林(大阪)とならび、住んでみたい街ベスト3に挙げましょう。ただ商店街のスピーカーから童謡の「田植え」が流されていたのには、腰が砕けました。好きな曲なんだけど、「植えよ植えましょ御国のために」という歌詞がちょっとね。
 あとここ田辺には、熊楠とも親交のあった毛利柴庵が主宰した「牟婁(むろ)新報」という新聞があったことを銘肝しておきましょう。日露戦争に真っ向から反対し、荒畑寒村や管野スガを記者としていた骨のある新聞でした。

 本日の一枚は、闘鶏神社の大楠です。
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by sabasaba13 | 2007-05-29 06:07 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(6):紀伊田辺(02.3)

 大蒜の匂いをプンプンさせながら、新大阪からオーシャンビューに乗車、めざすは紀伊田辺です。もちろん右側の指定席をとって、太平洋の荒波を堪能いたしました。熊野古道と寄り添うように走る紀勢本線はいいですね。駅前の「マーメイド」で美味しいランチを食しながら、作戦を練りました。まずは何はなくとも南方熊楠記念館でしょう、バスで白浜へ行きました。バス停からテクテクと海沿いを歩いて三十分。岩をも砕く紀州灘の波と、円月島の眺望がすばらしい。
c0051620_80487.jpg 「南方熊楠。1867‐1941(慶応3.4.15‐昭和16.12.29) 植物学者、民俗学者。和歌山市生れ。1886年大学予備門を中退して渡米、中南米を放浪し、動植物の観察収集に努めた。92年イギリスに渡り、学界で認められ、大英博物館東洋調査部に入る。1900年帰国、和歌山県田辺町に定住し、県下一帯の隠花・顕花植物の採集とその分類整理に没頭した。人間と自然との共生の立場から明治政府がすすめた神社合祀に反対し、また民俗学の分野でも独自の方法論による地球的規模での民俗の比較を試みた。」と岩波日本史辞典にあります。まあスケールのでかい人で、興味のある方はぜひ神坂次郎著「縛られた巨人」(新潮文庫)を読んでください。“日本”という枠の中に閉じこもり、性を語らなかった柳田國男に対して、世界に開かれ、性を人間性の本質ととらえ、自然破壊に敢然と立ち向かったのが熊楠です。(と偉そうなこと書きましたが彼の著作を読んだことがありません。汗顔の至り) この記念館には、彼のノートや遺品が数多く展示されており、勉強になりました。そうそう、熊楠はロンドンで孫文と知り合い、以後無二の友人となったんですね。屋上からの眺めもよく、熊楠が守り抜いた自然の宝庫神島(かしま)を遠く田辺湾に見ることができます。

 本日の一枚は円月島です。
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by sabasaba13 | 2007-05-28 08:02 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(5):神戸(02.3)

 さあ北野の異人館めぐりです。いやあ、いるわいるわ。どこから沸いて出たのだか(私もその一人)、観光客の善男善女が溢れていました。私も負けちゃおれんと、うろこの家・風見鶏の家・萌黄の家と、一通り見学。今調べて分かったのですが、あの“うろこ”ってスレートつまり粘板岩つまり硯と同質のものなんですね。だから墨が磨れるそうです。ちなみにこの時期のスレートは(学校で使われていた石盤も)すべて宮城県牡鹿半島産のものとのこと。うろこの家にはエミール・ガレ作の美しいシェードもありました。
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 このあたりは、シナゴーグ・モスク・ジャイナ教寺院など種々の宗教施設が集中しているのも注目。 喫茶「ラ・メール」で珈琲を飲みながら、おかみからいろいろな話をききました。市が所有している異人館の入場料は安いとか、山の手の震災による被害はそれほどひどくなかったとか… その中で、ここから歩いて三十分ほどで、ビーナスブリッジというたいへん見晴らしの良い場所があると教えてくれました。車道を山のほうへテクテクと歩いて三十分。クルクルと輪をかいたような歩道橋らしきものがビーナスブリッジです。なるほどこれはすばらしい眺め。ジモティの勧めと茄子の花にゃ千に一つの無駄もないっていうやつですね。
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 トアロードを抜けて三宮へ。神戸最後の晩餐は、そう、そうです、神戸牛。松阪・伊賀・平戸・近江・但馬・米沢と牛肉行脚を続けてまいりましたが、満を持しての神戸牛です。選んだお店はガイドブックに載っていた「カルネ」。雑居ビルの二階にあるカウンター席のみのこじんまりとした店で、欲気を抜いた中島誠之助のようなご主人と寡黙なおかみさんがもてなしてくれました。味は… 味は… 味は… 嬉しくて嬉しくて言葉にできない… もうこれは至福です。ステーキという概念をくつがえされました。脱帽、感服。つけあわせの生キャベツと生ピーマンとスライスした揚げニンニクにも感涙。大蒜フリークの私のために、二回もおかわりをしてくれました。ええいっ、宣伝しましょう、神戸に行ったら「カルネ」(078-391-2332)に寄ろう! それはそうと、何で「カルネ」という店の名にしたのか、訊き忘れました。きっとご主人がマルセル・カルネの大ファンだとにらんでいますが。ご主人から、牛肉の仕入先を教えてもらい、元町の森谷商店に直行。この至福を分かち合おうと(避雷針も兼ねていますが)、山ノ神にフィレとサーロインを送りました。後日談。届いた包みの中に、狂牛病対策からか、「去勢・牡四歳」というしおりが入っていて、可哀想で食べられないと思ったが、やはり食べておいしかったとのこと。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-05-27 07:30 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(4):神戸(02.3)

 本日は、神戸市内の徘徊。阪神・淡路大震災のこと、そしてその爪痕をぜひ知りたいと思い、前日に三宮にあるフェニックスプラザ(阪神・淡路大震災復興支援館)で「震災モニュメントマップ」を手に入れ、ここで当時の映像を見、資料を読み、多少勉強したつもりです。1999年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を襲ったM7.3の都市直下型大地震。死者6,400人、負傷者40,092人、全壊・全焼の家屋111,123棟。そして人類が初めて経験した高齢化社会を直撃した大災害であるということ。というわけで長田区・兵庫区・中央区を中心に、慰霊碑・折れた鳥居・崩れた橋桁・火災で変形した街路灯・歪んだ歩道などを見て歩きました。神戸の街はハード面ではほぼ復興しており、こうしたモニュメントを見ながら、頭一杯想像力を働かせたつもりです。もちろん、限界は認めますが。例えば、一体何%ぐらいの人が元の町で元のような暮らしができるようになったのか? PTSD(post traumatic stress disorder)の方の治癒は? 致命的な失策を重ねた行政サイド(特に政府)は、反省を生かしているのか、あるいは反省していないのか?
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 特に印象的だったのが、長田区の鷹取です。中央の公園から四方に連なる家並みがほとんど新築であるのが、逆に被害の凄まじさを物語っています。そしてこの地区の掲示板・地図をふと見ると、「神戸定住外国人支援センター」という施設と、英語・ハングル・タガログ語(?)・中国語の四ヶ国語での表記が。関東大震災(1923)時の朝鮮人・中国人虐殺のような事件が発生しなかった背景にはこうした事があったんですね。納得。“国際化”とか“共生”とか簡単に言うけれど、日々異文化をもつ人々と向き合い、支援し、助けられる覚悟を持ち続けることじゃないのかなあ。口で言うのは容易ですけれどね。ただ、こうした覚悟というか雰囲気は、神戸という風土が古くから持っているような気がします。少なくとも東京ではあまり感じません。いずれにせよ、“国家”(注:ここではその国を支配している権力と仕組みという意)によって、人間がバラバラに分割され、レッテルを貼られる状況はなくさなきゃ。「全世界は哲学する者にとって流謫の地である。」というサン=ヴィクトールのフーゴーの言葉を思い出します。
 兵庫区(平清盛が大輪田泊を築港したところ)は、一遍上人の終焉の地だったんですね。廟を発見しました。地下鉄で旧居留地に戻り、神戸市立博物館でザビエルの肖像(複製!)を拝見し、北野の異人館めぐりへ。
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 本日の一枚は震災モニュメントです。
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by sabasaba13 | 2007-05-26 05:59 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(3):姫路城・赤穂(02.3)

 本日はお日柄もよく、姫路城へ。いやあ、実は私、姫路城には行ったことがないのです。「現存する天守閣行脚」をやっている最中で、高知城・犬山城・彦根城・松本城・松江城と経巡ってまいりましたが、いよいよ佳境に入ります。17世紀初頭につくられた名城で、世界文化遺産にも登録されているとのこと。まあ百聞は一見に如かず、実際に見てみないことには何とも言えない、フンッ。と斜に構えていましたが、やはりこりゃ名城だ。見事なプロポーションと白漆喰の壁面。建物本体と周囲の環境の保存状態も良好。内部の展示もくどいものではなく、構造や施設自体を紹介するという謙虚かつ好ましいものでした。
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c0051620_6133044.jpg 次は隣りにある姫路市立美術館を訪問。期待はしていませんでしたが、いきなり大好きなベン・シャーンの「至福」があったのには意表をつかれました。おっ、なかなかやるな。他にもムンクやデルヴォーやホドラーなど、市議会で糾弾されなかったのかい、と邪推したくなるような作品が多々。「ええもんはええんや、文句あるか!」というこの頑なというか一途な姿勢はよろし。特別展示の「民衆の絵画展 1920s-1930s」も充実。大正から昭和初期の商業的な絵画・版画・ポスターやプロレタリア美術を展示したもので、なるほどこうした分野は美術史上の盲点。一本取られた。大月源二作の「山宣葬」(1929)には感無量。治安維持法改悪にただ一人反対して右翼に暗殺された労農党代議士・生物学者、山本宣治葬儀の様子を描いた絵です。山宣ひとり孤塁を守る… そして赤穂へ。

 歴史博物館へ行った後、海洋科学館・塩の国へ。ここには昔ながらの入浜式塩田や揚浜式塩田があるとのことです。受付で「塩をつくられますか?」と訊かれて一瞬耳を疑いましたが、せっかくなので塩づくり体験学習に挑戦してみました。会場に男子更衣室があるのにはギクッ。まさか、つなぎと長靴に着替えさせられて、この炎天下に塩田で海水汲みを… でもだいじょうぶ。濃縮した海水(鹹水)を土鍋で二十分ほど煮詰めるというものでした。簡単そうにみえますが、これがなかなか面白い。おじさんに「力を入れたらあかん、柔らかく空気を混ぜながらかきまぜるんや」と教えられながら、夢中になってしまいました。体を使ってものをつくるって、大事だし面白い。帰り道に、赤穂浪士の墓のある花岳寺をお参りして、塒の三宮に帰着。
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 本日の一枚は姫路城です。
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by sabasaba13 | 2007-05-25 06:15 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(2):移情閣(02.3)

 そして神戸方面へ移動です。まずは舞子へ。淡路島と本州を結ぶ明石大橋(そうそう、無駄な公共事業行脚もしたいな)のたもとにあるのが移情閣です。1917(大正6)年に、神戸在住の華僑呉錦堂が建てた別荘で、中国革命の父孫文が滞在したことにより、「孫中山記念館」となっています。孫文に関する展示も充実し、見応えあり。中でも、「大アジア主義」という講演(1924.11.28於神戸)は興味深いですね。
 ヨーロッパの文化は武力による覇道だが、東洋の文化は仁義道徳に基づく王道である。ヨーロッパの文化は学ばねばならないが、それは他民族を抑圧するためではなく、自衛のためである。大アジア主義の課題とは、アジアの諸民族が団結してどのようにしたら強大な欧州諸民族の圧迫に抵抗できるかということである。
 という要旨です。日本に対する連帯の呼びかけだと思いますが、結局彼の思いは裏切られることになりました。「アジア」という名称はそもそも欧州が名付けたもので、本当に「アジア」という文化的まとまりはあるのかという問題もありますが… あと復元された金唐紙がありました。岡谷の林国蔵の旧居で見て以来です。これは壁紙の一種で、西洋建築の壁を飾る美しい装飾の革の壁紙をまねて、和紙でつくったもの。 (平賀源内の発明という一説もあり) 明治以降さかんにヨーロッパに輸出されたが、いつのまにかすたれた幻の逸品です。
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 神戸本町に戻り、兵庫県庁前で、前述の孫文の講演を記念したプレートを撮影。南京町で買った豚まんをほおばりながら、華僑歴史博物館、海軍操練所跡の碑、旧居留地を散策。
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 夕食後、神戸港をクルージング。ポートタワーから神戸の夜景を堪能。帰り道に「はきだめ」という名の飲み屋をゲット。しかし、誰が飲むんでしょうね。わたしゃ遠慮したい。
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 本日の一枚は移情閣です。
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 追記。金唐紙は呉の旧呉鎮守府長官官舎にもありました。
by sabasaba13 | 2007-05-24 06:23 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(1):大阪人権博物館(02.3)

 5年前、未知の土地、神戸と南紀を徘徊してきました。旬はとっくにすぎてしまったのですが、まだ腐敗はしていないと思いますのでよろしければご賞味ください。まずは大阪で寄り道。リバティ大阪(大阪人権博物館)という存在をインターネットで知りまして、訪問することにしました。USJに行かないのが、変人の変人たる矜持です。(と言いながら後日行ってしまいました) ここには被差別部落・在日コリアン・アイヌ・沖縄人・女性といった、さまざまな差別の諸相を展示してあるとのこと。
 最寄りの駅で降りて、ふと目の前の看板を見て愕然としました。総ルビです。「知」にまでルビがふってありました。そして「たれ込み歓迎!」という大阪府警察のポスター、いやいや直截的ですね。
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 展示は大変充実したもので、一見の価値あり。差別戒名のレプリカや、大阪の沖縄人街(大正区)の話など、興味は尽きません。中でも印象的だったのが、識字作品です。貧困や差別のため学齢期に学校に行けなかった人たちのために、読み書きを教えるのが識字学級。そこで書かれた作品です。憤怒、絶望、そして何よりも、文字によって自分の思いを表現できるという喜び。時間を忘れて読み耽ってしまいました。中でも、ある方の書いた「ほんまにやさしいまごでっせ」という作文にはまいりました。文章によって、孫への愛情を表現できたという喜びに満ち溢れています。表現という行為は、人間にとってほんとにほんとうに根源的なものなんですね。
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 ●大阪人権博物館 http://www.liberty.or.jp/

 本日の一枚は、差別戒名を刻んだ墓石のレプリカです。「畜女」という文字が見えるでしょうか。人間が人間をここまで差別するなんて…
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by sabasaba13 | 2007-05-23 07:31 | 近畿 | Comments(0)

「お伽草紙」

 「お伽草紙」(太宰治 新潮文庫)読了。ここしばらく通勤電車の中で「晩年」と本書をしばらく読んでいました。前者もなかなかよろしいのですが、「お伽草紙」は面白いですねえ。井原西鶴の作品を題材にした「新釈諸国噺」や、昔話を換骨奪胎した「お伽草紙」、他三編がおさめられています。ストーリーの面白さと語り口の洒脱さにつられて、あっという間に読了。人間のしたたかさ、愚かさ、醜さ、凄さ、美しさを堪能できます。彼は人間ってやつに、本当に興味をもっていたのだなあと痛感しました。中でも「貧の意地」「裸川」「カチカチ山」が好きです。貨幣経済が人間関係を破壊していく様をクールに描いた「貧の意地」は怖い小品。真面目で剛直な青砥藤綱としたたかな浅田の対比が面白い「裸川」。そして何といっても白眉は「カチカチ山」でしょう。なぜ狸があんな酷い目に会わなくてはいけないのか、太宰の話に耳を傾けてみてください。背筋が凍りますよ。
皮膚感覚が倫理を覆っている状態、これを低能あるいは悪魔という。
 追記。ここで先日掲載した問題の答えです。大宅壮一の「男の顔は履歴書である」という名文句の続きは「女の顔は請求書である」でした。インターネットで調べたところ、本当に彼がこう言ったのかどうかは不明のようです。藤本義一が言ったという説もありました。なお「政治家の顔は領収書である」という続きもあるとか。
by sabasaba13 | 2007-05-22 06:06 | | Comments(2)