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ヴェネツィア編(12):リアルト橋(07.3)

 そしてリアルト橋へと向かいます。途中で山ノ神が興味深いドア・ノブを発見。(ちょうど彼女の目の高さに位置しているので気付いたそうな) アラブ系やネグロイド系の顔が彫刻してあります。これもかつて交易が盛んであった時代の名残なのでしょうか。
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 橋が近づくと、観光客を乗せたゴンドラや、客待ちをするゴンドリエーリ(船頭)の姿をよく見かけるようになります。もちろん天気の良い日をねらって乗るつもりです。
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 そして観光名所、リアルト橋に到着。16世紀につくられた大理石製の橋で、その上に商店が二列に建ち並ぶというユニークなものです。さすがに観光客で大変な混雑。そして橋のてっぺんからの眺望は「これぞヴェネツィア!」と叫びたいぐらいの絶景でした。緩やかに流れるカナル・グランデ(大運河)、両側に水の中からそそり立つ華麗なヴェネツィアン・ゴシック様式の建物群、水上を行き交う無数の船。これで太陽の光があたれば、より見事なものでしょう。眼福眼福。
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 そして凄まじい人混みをかきわけて橋の向こうの商店街を歩きました。二階が少し道路に張り出しているのは、住居部分を少しでも広くとるための苦肉の策なのでしょう。日本だと、一階部分を道路に張り出して公道を狭くしてしまうのですけれどね。(出桁造) みんなで共有する所を大事にするという意気込みを感じます。
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 歩いていると「VAPORETTO→」というプレートを見つけました。よしっ、水上バス(ヴァポレット)に乗ってアカデミア美術館に行きましょう。矢印の方向に歩くと、カナル・グランデに面したSan Tomaという船着場がありました。料金は一時間乗り放題で6ユーロ。12時間で13ユーロ、24時間で15ユーロです。たたたたたたかい。小さな船着場には切符売場がないようなので、船に乗って係員から購入しました。しかし、他の乗船客を見ると切符を買う様子がありません。すでに購入済みなのか、あるいはただ乗り? 乗る時も乗船中も下りる時も検札がないので、ただ乗りはじゅうぶん可能です。しかしガイド・ブックによるとごくまれに検札があり、無賃乗船に対しては高額の罰金が請求されるそうなので、やはり購入した方が無難でしょう。「ばれなければ何してもいいけど、ばれたらそれなりの落とし前はつけてもらうぜ」ということなのでしょう。人間的でいいなあ。願わくば、どこかの街みたいに「バポレ」とかいう電子チケットが導入されないように。
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 本編の足跡と本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2007-06-30 08:04 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(11):カンナレージョ地区(07.3)

 サンティ・アポストリ教会の鐘楼を見上げながら小広場に出るとベネツィアン・グラスの店がありました。山ノ神はここでトランス状態に入り、しばしお買い物。やれやれ、外に出て煙草を吸いながら待っていると、どうやら同じような立場の若い男性が紫煙をくゆらせていました。こちらを見て「男はつらいよ」とばかりに肩をすくめて苦笑い。その先にあるバールのショー・ウィンドウのところでまたトランス状態。「食べたい…」 なるほど、大皿に小さくもられた魚のマリネやチーズなど酒のつまみが美味しそう。所在地を脳裏にしかと刻み込んで、再来を期すことにしました。サンタ・マリア・デイ・ミラコリ教会は白い大理石と装飾が美しい宝石箱のような教会です。が、やはり拝観料は5ユーロで写真撮影は禁止。どうやらこれがヴェネツィアン・スタンダードのようですね。
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 このあたりでも、橋を渡ってちょうと目がとまる位置(アイ・ストップ)にあるマリアの小祠を見かけました。
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 ここから曲がりくねった道を歩いて、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に到着。ヴェネツィアで最も大きなゴシック教会で、多くの名士が眠っているそうです。この教会に隣接して建っているのがスクオーラ・デイ・サン・マルコ。ヴェネツィアではしばしば「スクオーラ」という名のついた大きな建物にでくわします。同信会と訳すそうですが、これは教会ではなく、特定の目的のための年会費を支払った会員からなる奉仕団体、慈善団体です。靴職人やソーセージ職人のスクオーラもありますが、大規模なものはローマ・カトリック教会とは無関係の、国家の承認を受けた市民団体で、会員は多額の寄付を行い貧しい人々を助けたようです。貧者から金持ちまですべての会員は平等で、さまざまな社会階級が接触しあう類まれな機会を提供したのがスクオーラです。騙し絵のようなファサードの浮き彫りが面白いですね。中に入ると、どうやら現在は市民病院となっているようです。せっかくなのでトイレを拝借。中庭を見ると、煙草の吸殻が散乱しています。イタリアの喫煙家の断固たる決意をひしひしと感じる光景ですが、ちょっとやりすぎ。
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 本編の足跡と本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2007-06-29 06:07 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(10):カンナレージョ地区(07.3)

 そうこうしているうちに、マドンナ・デッロルト教会に到着です。後期ゴシック様式の優雅で堂々とした建築ですが、内部を見学するために5ユーロかかります。言い遅れましたがイタリアの通貨はユーロで、1ユーロは約160円。内部の写真撮影は禁止です。普通、ヨーロッパで教会を見学する時は無料だし、フラッシュを使用しなければ撮影もできるので、かなり違和感を覚えました。また5ユーロ(約800円)という高額の拝観料(?)にも驚き。ヴェネツィアは物価が高いと聞いておりましたが、いきなり思い知らされた次第です。ティントレットの絵を拝見しながらしばし休息。付近で運河の浚渫をしている現場を見かけました。なるほどこうしたメンテナンスは欠かしていないのですね。
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 教会のそばにはマステッリという商人一族の邸宅があります。荷を背負った駱駝とそれを引く商人のレリーフがあるので、イスラム圏との香辛料交易で財をなしたということがよくわかります。途中の橋で、乳母車を持ち上げながら階段を下りる夫婦を見かけました。大変だなあ、一人の時や車椅子の人はどうするのでしょう。
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 さて次はジェズイーティ教会へと行きましょう。マリアの小祠はこのあたりでもよく見かけました。その一つに積荷を満載した船をかたどったレリーフがあり、海運国家ヴェネツィアのかつての姿を物語っています。
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 ジェズイーティとはイエズス会のことなのですね、残念ながら中に入ることはできませんでした。近くのカフェに入り、カプチーノとサンドイッチを食して一休み。近くの橋は犬の足跡だらけでした。どうやらコンクリートが固まらないうちに、歩き回ったようですね。「ま、いいや」とばかりに放置しておく良い加減さ、好きです。
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 サンタ・マリア・デイ・ミラコリ教会へ向かう途中に、COOPがあったのでさっそく入店し、ミネラル・ウォーターを購入。ヨーロッパの都市でCOOPを見かけたら、とりあえず入ってみることにしています。価格が安いし、市民の日常生活の様子もわかるので一石二鳥。なおこちらの買い物籠は、キャスターと長い取っ手がついていて、ごろごろとひきずれるようになっている優れもの。
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 このへんで見かけた顔型呼び鈴二件。「あんたまた煙草吸ってるの!」「お前だってお菓子を食べてばかりじゃないか」「人さまに迷惑はかけてないわよ」というどこかの夫婦のような会話が聞こえてきそうですね。
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 本編の足跡です。そして本日の一枚は、駱駝と商人のレリーフがあるマステッリ館です。
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by sabasaba13 | 2007-06-28 06:10 | 海外 | Comments(0)

「異国を楽しむ」

 「異国を楽しむ」(池内紀 中公新書1885)読了。拙ブログで以前に紹介しました、一人旅の達人、ドイツ文学者池内氏の旅行記海外版です。とはいえ名所旧跡をならべたてるという内容ではなく、異国での旅を楽しむための全体的な手法を教授してくれるのが本書です。肩の張らない平明な文体で、著者のさまざまな経験をおりまぜながら旅の楽しみを語ってくれます。もちろん美しい光景や名所・旧跡を訪れるのも楽しいのですが、やはり海外旅行の醍醐味は異文化および他者との出会い・ふれあいですね。私を育んだ文化とこんなに違うんだ、あるいは似ているところもあるんだ、と気付くことは無常の喜びです。そうした経験は何回かしたのですが、そのたびにいかに世界や人間は豊かなものであると思い知ります。著者はそうした経験をするためのちょっとした手法をもっておられます。やはり変人とは違いますね。たとえば、
 …食べたい料理の絵を(白い紙片に)つけ、料理名を綴りで書いておく。リトアニア料理に「チェペーリナイ」というのがあって、わが国の団子にあたる。マッシュポテトでやわらかくつつんだ中に、挽肉と、チーズが詰まっていて絶妙にうまい。稚拙な絵を見たとたん、ボーイの顔がこぼれるような笑顔になった。
 うん、これはさっそく使わせてもらおう。外国の方が、「さばのしおやき」と綴ってある稚拙な絵を見せて、「これがたべたい」と言ってくれたら、わたしゃ天にも上るように喜びますね。割り勘で佐賀関半島まで連れてってあげちゃいます(たぶん)。ポイントはやはり手書きの絵だということでしょう。人類学者の山口昌男氏がフィールド・ワークに行くと、まず現地の人々の似顔絵を描くそうです。これでたいがいの場合、和やかな雰囲気が生まれてくるとのこと。デジタル・カメラのディスプレイを見せても、心の交流は生れませんよね。人間の温もりが介在していないのですから。
by sabasaba13 | 2007-06-27 06:06 | | Comments(0)

「市場には心がない」

 「市場には心がない 成長なくて改革をこそ」(都留重人 岩波書店)読了。2006年2月に逝去された碩学、都留重人氏の最後の評論集、白鳥の歌です。お恥ずかしい話、氏の著作を読んだことはありませんでした。本書は市場と成長を重視する小泉元軍曹の政策批判、高度情報化社会・少子高齢化社会の問題点、そしてこれからの日米関係に対する提言、など多岐にわたる論点をまとめたものです。該博な知識と論理的な思考、そして日本と世界のあり方をより真っ当なものにしたいという熱い想いにあふれた好著、お薦めです。
 タイトルにもあるように著者の基本的な立場は、市場原理には人間を大事にするという原則やルールはなく、その行き過ぎを統御しなければ大変な災厄をもたらすというもの。そして小泉元軍曹がお経のように唱えていた「改革なくして成長なし」ではなくて、「成長なくて改革をこそ」を日本の目標とすべきだという主張をされています。つまりわれわれは本気でゼロ成長を実現しなければ、人類に未来はないということです。環境破壊・地球温暖化・広がり続ける貧富の差、いずれの問題もその根本には大量生産・大量消費・大量廃棄があると思います。富を際限なく増加させ、それを一部の人たちだけが享受するというシステムを見直す第一歩がゼロ成長でしょう。本書ではじめて知ったのですが、すでにジョン・スチュアート・ミル(1806-73)がこう主張しています。
 富と人口の際限のない増加は、この地球上の生活を快適にしている多くのものを根絶してしまう。…資本と人口のゼロ成長(stationary)は、人間的進歩の停滞を意味するものではないことは言をまたない。そこには、従来と同様、あらゆる種類の知的文化と道徳的ならびに社会的進歩の可能性が開けていよう。また、人びとの心が、ともかく先に進むことばかりにとらわれることがないようになれば、生活の内実をゆたかにする余地も十分にあり、それが更に改良される見込みは、いっそう強まる。(『経済学原理』より)
 さすがに炯眼ですね、肝に銘じたいと思います。
 そして日米関係については、アメリカとの平和友好条約の締結とそれにともなう安保条約の廃棄と在日米軍基地の撤去を主張されています。小泉元軍曹・安倍伍長の進める「自衛隊=米軍の使いっぱしり」案とは真っ向からぶつかる提案ですね。私は都留氏の案に組したいと思います。その奥底には、米軍基地の存在に苦しめられている沖縄の人びとへの深甚なる共感があるようです。かつて靖国参拝問題で小泉元軍曹が「心ならずも戦場に赴き命を失った方々の尊い犠牲、戦没者への感謝の気持ち」と述べました。これに対して都留氏は、「心ならずも戦場に赴いた」のではなく住みなれた古里で抵抗の可能性もなく生命を失った十五万人の沖縄住民への思いはその十分の一すらもない、と彼を痛烈に批判しています。自分たちにとって都合の良い犠牲しか顕彰しないご都合主義ですね。都留氏は辛辣ですが紳士的な表現で言われていますが、私だったら「普天間か嘉手納に一年でもいいから住んでみろ! この○○○○○!」と罵倒したいところです。

 あくなき成長かゼロ成長か、安保条約や在日米軍の存続か廃棄・撤去か、こうしたきわめて重要な論点をめぐる議論がほとんど行われていない今、いろいろな考えるヒントを提供してくれた本です。御用学者・知識人が氾濫する昨今、ほんとうに惜しい方を失いました。合掌。
 余談。“御用~”という言葉は外国語に訳せないような気がします。これも「日本独自の美しい文化」の一つなのかな。
by sabasaba13 | 2007-06-26 06:03 | | Comments(0)

「戦争民営化」

 「戦争民営化 -10兆円ビジネスの全貌」(松本利秋 祥伝社新書018)読了。世界から武力紛争やテロがなくならない大きな理由の一つは、兵器産業と戦争請負ビジネスの存在だと思います。詳しく知りたいなと思っていたら、たまたま本書を見つけました。現在、戦争代行業=民間軍事会社の数は全世界に300社、総年商は10兆円を超すそうです。何故、各国はこれほどこうした代行業を利用するようになったのか。以下引用します。
 政府にとって都合の良いことは、彼らがあくまでも民間人であることだ。民間人なら基本的に軍規に触れることがなく、自由に戦闘行為が出来るし、政治的に正規軍が動くと大問題になる場合など、カネで手っ取り早く解決できるなどのメリットが大きい。…そして経済的にも安上がりだ。そして何よりも政府にとって好都合なのは、戦死の問題がないからである。傭兵部隊は人目につかないところで活動するので、正規軍の兵士が死体袋で帰国したならば大きく撮り(ママ)上げるマスコミの注目を集める恐れもない。万一、マスコミに気付かれても、軍服を着ていないので否定することは簡単だ。
 なるほど、国際世論や国民からの批判をかわすためなのですね。これに加えて「非対称戦争」という状況が、アメリカを中心に進行しています。ハイテク兵器の普及で、相手側に一方的にダメージを与えられる戦闘のことです。ということは、以前よりますます気軽に手軽に武力行使ができるということを意味します。グローバル資本に敵対する政権を倒すため、あるいは協力する政権への反政府運動を鎮圧するため、これからも様々な局面で武力行使が行われるでしょう。それがテロリズムの温床の一つになるのにね。またビジネス・チャンスを得るために、民間軍事会社・兵器産業が政府と癒着して各地の緊張を煽るケースもあるでしょう。
 そうした癒着関係についてもっと鋭い切り込みがほしいと思いましたが、調査が難しいのかな。また前半部分の傭兵の歴史についての記述が冗長なのも惜しい。物足りない点もありますが、戦争ビジネスについて知るための入門書としては評価できます。
by sabasaba13 | 2007-06-25 06:06 | | Comments(0)

「カジムヌガタイ 風が語る沖縄戦」

 「カジムヌガタイ 風が語る沖縄戦」(比嘉慂 講談社)読了。マンガで沖縄戦を描いた短編集です。「カジムヌガタイ」とは“風が語る”という意味で、お名前からしておそらく著者は沖縄出身の方だと思います。質朴さと稚拙さが危ういバランスをとっているような画風が気になる方もいるでしょうが(実は私もそうなのですが)、それを補って余りあるのが沖縄戦における多様な状況の描写と重厚なテーマです。沖縄戦終結直後に娘たちを強姦する米兵と戦う村人と元日本兵、収容所で家族を殺した重傷の日本兵と再会した看護婦、神経障害をよそおい中国戦線から送り返された沖縄出身の兵、友軍の犯罪行為を糾弾しながら逃走し続ける日本兵、食糧を強奪するため波照間島の人々をマラリアが蔓延する西表島へ強制疎開させる日本兵… 最後の話に登場した日本兵は島人に捉えられるとこう言い放ちます。「戦争だ! これが戦争なんだ なぜわかってくれぬ 俺は悪くない」 日本やアメリカの「国益」という凄惨な嵐に翻弄され、甚大な被害を受けた/受け続けている沖縄人にとって、あまりにも酷薄な言葉です。しかし著者はこのマンガをとおして静かにこう語りかけているような気がします。どんな状況になっても、人間にはしてはならないことがなければならない… 日本兵や米兵を直截に断罪するのではなく、「そんなことをしてはいけない」と怒りや悲しみを噛み締めながら諭す登場人物の姿は心に残ります。
 それにしても、琉球処分に際の、神山庸栄の恐るべき予言が脳裏をよぎります。
 按ズルニ日本ハ小国ナリ。己ノ力ヲ測ラズシテ、シキリニ兵威ヲ以テ四隣ヲ脅シ、猥リニ武断ヲ以テ八荒ニ対センカ、日本カナラズ敗ルルノ日来ラン。彼敗レテ自カラ危キニ至レバ、我ヲ棄ツルコト弊履ノ如クナルベシ。我アニ手ヲ拱キテ政府ノ命ニコレ遵イ、イタズラニ好戦ノ犠牲ト化シテ日本ノ為メニ売ラルル有ルノ愚ヲナサンヤ。
 いまだに沖縄を弊履(やぶれぞうり)のように扱う私たち…

 追記。沖縄における「集団自決」や従軍慰安婦に旧日本軍は関与していないと、政府や政治家が臆面もなくまくしたてる状況になっています。盲目的ナショナリズムが猖獗をきわめている状況が背景にあると思いますが、なぜ彼らは旧日本軍の悪行を認めず美化しようとするのか。米軍の走狗として中国と戦争をするための布石のような気がしてなりません。そうした地獄のような事態が現出するのが先か、東海地震により浜岡原発が崩壊して放射能が東アジアいや全世界を汚染がするのが先か、予断を許しませんが、いずれにせよ自民党に政権を委ねている以上この劫火を私たちは甘んじて受け入れるべきでしょう。
by sabasaba13 | 2007-06-24 06:46 | | Comments(0)

ヴェネツィア編(9):カンナレージョ地区(07.3)

 ここで迷宮都市ヴェネツィアを読み解くコツの一つを陣内氏に伝授していただきましょう。まず運河は古いものほど湾曲し、13~14世紀に登場するちょっと新しい運河は直線的な形をとるそうです。昔は技術力が低かったので、水の自然な流れに逆らわなかったのですね。また水の中から直接立ち上がる建物は古く、一方運河に面してつくられた路(フォンダメンタ)は中世の後半、運河の両サイドにフォンダメンタがつく手法は16世紀以降に登場したもので、周辺部にのみ見られるそうです。してみると、このあたりは運河が湾曲し建物が水の中から立ち上がるのでかなり古い街並みなのでしょう。その後にフォンダメンタを一部つけたのかな。
 アルターナという屋上にとりつけられたテラスもヴェネツィアではよく見かけます。ちょうど日本の物干し台に似ていますが、夕涼みや友人を招いてのパーティーなどに利用されるようです。15世紀後半のカルパッチョの絵にも描かれているそうですので、連綿として続く伝統です。それにしても涎が出るくらい羨ましい。あそこでスカンピ(手長海老)をつまみに白ワインを飲みながら夕陽に輝くヴェネツィアの暮色を眺められたら、もう女房を(ピー)てもかまわないなあ。少なくとも、冷房のきんきんにきいた部屋の中でポテトチップを食べながらプラズマ・テレビでDVD映画を見るよりは、十億光年くらい人間らしさに近い営みだと思います。
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 教会の近くで郵便配達の方を見かけました。もちろん徒歩で、キャスター付きの郵便袋を引っ張りながら、「ポスタ、ポスタ」とかいがいしく郵便を配達されています。この迷路のような街で家のありかをつきとめるのは至難の業だろうなあ、思わず一礼。なおイタリアでは、手紙がなかなか届かなくても、電車が5時間遅れても、バスがストライキで動かなくなっても、アリタリア航空が真っ先に欠航しても、電話の回線が跡絶えても、しょっちゅう内閣が解散して次の首相がなかなか決まらなくても、市役所の簡単な手続きが済むのに3カ月かかっても、開いてるはずの美術館が臨時休業でも、Pazienza(パツィエンツァ=我慢)と言うそうです。
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 このあたりで見かけた顔型呼び鈴です。
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 本編の足跡と本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-06-23 08:21 | 海外 | Comments(2)

ヴェネツィア編(8):カンナレージョ地区(07.3)

 ふと向こうに目をやると、見事な手際でポスターを貼っておられる方がいますが、どこにどう貼るかにも美的な感覚が息づいているような気がします。そしてさらにカンナレージョ地区の奥へと分け入っていきます。橋のたもとにある小屋の屋根に、大量のプラスチック製髭剃りが散乱しているのは何故? 民間信仰のひとつとは思えないし、上の階から投げ捨てたのでしょうか。
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 地元の人たちがたむろしているバールやカフェを眺めながら、観光客の見当たらない運河ぞいの道をそぞろ歩きしていると、山ノ神が呟きました。「顔…」「顔?」 彼女の視線の先を見ると… ドアの脇に顔があります。名前のプレートが眉毛、呼び鈴が目、スピーカーが口に見えます。こりゃ面白いわいと撮影しましたが、歩いているうちに次々に同じような物件を見つけました。手紙を入れる切れ込みが口に見える新種も発見、これは確信犯的にそう作っているのかもしれません。というわけで、ヴェネツィア・フェイス・ハンティングが今回の旅のテーマに加わりました。
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 またマリアの小祠も発見。橋のたもとの目が自然ととまる位置(アイ・ストップ)に置かれるという陣内氏の指摘を思い出して納得。橋は異界との境目なので魔物が侵入するというメンタリティがあったのでしょうか。でもあまり手入れもされていない祠が多いので、こうした信仰もじょじょに薄れてきているのかもしれません。
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 さて次にめざすはマドンナ・デッロルト教会です。食料品などを載せた舟が運河を行き交うのをよく見かけますが、水運が流通を担っていることがわかります。クレーンのついた家は、舟を内部に格納するためのものなのでしょう。
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 上を向いて歩いていると、横顔のレリーフと字を刻んだプレートがある家にかかっていました。イタリア語のようなので正確な意味はわかりませんが、どうやら画家のティントレットが住んでいた家のようです。ナショナル・ジオグラフィックのガイドで確認すると、まさしくその通り。銘文はラテン語で「道行く人よ、見過ごすなかれ。ここはヤコボ・ロブスティ、またの名をティントレットがかつて住みし家なり。達人の絵筆のさばきで、あまたの絵画を世界に送り出し、公人としても私人としても讃えられしもの。現在の家主の格別の熱意により記するものなり。1842年」と書かれているそうです。ティントレット(1518~94)、16世紀のヴェネツィアを代表する画家で、強烈な明暗の対比や、遠近法および短縮表現の効果的使用によってドラマチックな表現を生み出したそうです。
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 本編の足跡と本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-06-22 06:14 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(7):ゲットー・ヌォーヴォ広場(07.3)

 そしてカンナレージョ運河に出て、橋の上に立ちました。下を行き交う無数の船、船、船。水上バス、水上タクシー、トラックがわりの船、そして警察の船も発見。市民の暮らしにとって、水上輸送が欠かせないことがよくわかります。そのため、橋はすべて船が通りやすいように太鼓橋のようになっており、階段で上り下りします。だから自動車はおろか自転車だって利用しづらいのですね。滞在中に自転車を見かけたのは二回だけでした。よって安心して歩けるのがヴェネツィアの素晴らしいところです。
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 もちろん、犬のウンチを踏むことと運河に落ちることには充分注意が必要です。運河に面した道(フォンダメンタ)に手すりはほとんどありません。「危険だと思ったら近づくな、それくらい自分で判断しろ」というイタリア式発想なのだと思います。よって無骨な手すりによって雰囲気をぶちこわされず、美しい景観を楽しむことができます。ここのフォンダメンタには野菜や魚を売る露店があって、買い物客で賑わっていました。そして地図をたよりにゲットー・ヌォーヴォ広場へと向かいます。ここに道があるはずだが、ときょろきょろしていると、建物の一階部分に奥へと抜けられる小さな薄暗いトンネルがあります。上部にsottoportego(ソットポルテゴ)と書かれたプレートがあったので得心。人口が密集し高層建築が建ち並ぶヴェネツィアで、公道を確保するための工夫なのですね。建物の一階部分の一部を、誰でも歩ける路として提供しているわけです。
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 シナゴーグ(ユダヤ教教会)の前を抜けると、やや広めのゲットー・ヌォーヴォ広場に到着。ゲットー(ghetto)とは、このあたりに鋳造(ヴェネツィアの言葉でgeter)工場があったことから名づけられた地名のようです。12世紀ごろからユダヤ人の移住がはじまり、1516年にここに土地が与えられました。当時、夜間は入口が閉ざされ、武装した番人が環状の運河を巡回していたそうです。広場の一角にはホロコースト慰霊追悼のためのモニュメントが二つ設置されています。なおガイドブックによると、密かにユダヤ教を信仰していたユダヤ人への刑罰を記した、ヴェネツィア共和国時代の古い石板があるそうですが、これは見つかりませんでした。印象的だったのは、教員に引率された学生や子供たちの集団がひっきりなしにここを訪れていたことです。歴史を心と眼に刻むという教育がしっかりと行われているようですね。
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 本編の足跡です。そして本日の三枚は、カンナレージョ運河の眺望と、ゲットー広場のモニュメントです。
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by sabasaba13 | 2007-06-21 06:09 | 海外 | Comments(2)