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ヴェネツィア編(32):サン・ステファーノ広場(07.3)

 すぐ近くにあるサン・ステファーノ広場は、地元民が集う庶民的なところでした。語らい寛ぐ人びと、遊びまわる子どもたち、そしてカフェ・バール・屋台。ベンチに座り、途中にあった店で買ったドルチェ(お菓子)を食べながら、こうした光景を見ているだけで幸せな気分です。お母さんたちが楽しげに立ち話をしている脇を通り過ぎると、乳母車が何台もとめてありましたが、その車輪のごついこと。やはり橋の階段を上り下りするには、やわな車輪ではもたないのでしょう。
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 この広場に面したサン・ステファーノ教会は船底型の天井で有名です。なるほど優れた造船技術が建築にも応用されたのですね。ヴォールトが埋めつくす普通のゴシック教会とは一味違って軽やかな印象です。
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 教会の前にあるカッレ(小路)が同業者組合の通り。なるほど、途中の家に靴をかたどったレリーフがかかげられていましたが、靴職人のスクオーラがあったようです。
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 そして現在美術館として利用されているグラッシ宮へと向かいましょう。ここは展覧会もさることながら、パリのオルセー美術館もてがけたイタリアの女性建築家ガエ・アウレンティ設計による内部空間が見事だと聞いていたのですが、残念ながら次回展示準備のために休館中でした。なおこの付近はかなり治安が悪いのでしょうか、頬に刃物が突き刺さり苦悶の表情をうかべる顔型呼び鈴にでくわしました。Pazienza !
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 さてその近くの船着場からヴァポレットに乗りホテルに戻りましょう。念のため、掲示してある時刻表を確認すると、本日の便は終了。船着場によっては、船の便数が少なかったり、夕刻前になくなってしまったりするケースもあるので要注意です。アカデミアの船着場まで歩いて行こうとしたら、船着場待合室の中で船を待っている人がいるのに気づきました。どうやら観光客のようです。情けは人のためならず、山ノ神にお願いして「本日の船はもう来ない」と英語で言ってもらいました。他者に対して親切でありたいという気持ちにさせてくれる、不思議な街です。

 本編の足跡と本日の一枚、サン・ステファーノ広場です。
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by sabasaba13 | 2007-07-31 18:41 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(31):フェニーチェ劇場(07.3)

 ヴェルディの「リゴレット」「椿姫」が初演された世界屈指のオペラの殿堂がフェニーチェ劇場です。1996年に火災のためほぼ全壊しましたが、2004年に再建、その名の如く不死鳥のようによみがえりました。陣内氏によると、防火工事を請け負った業者が、契約の工期内に完成できず罰金を科せられるのを怖れて放火したのが真相だということです。思ったよりも小ぶりなのには驚きました。入り組んだ街並みにすっぽりとおさまった宝石箱のようです。残念ながら館内見学のツァーは終了、劇場ショップのところから館内の一部を垣間見るしかありませんでしたが、それだけでも豪華な室内装飾を味わうことができました。
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 このフェニーチェ劇場の裏手がとくに蠱惑的な場所です。微妙に折れ曲がりながら分岐する運河と、その運河に面した路(フォンダメンタ fondamenta)と片側に柱廊のあるソットポルテゴ、そして運河に斜めにかかる橋が絡み合い、まるでオペラの舞台装置のようです。マリアの小祠や、運河の向こうに見えるどこかの教会の鐘楼など、小道具もそろっています。なお劇場の裏にある路の名は“FONDAMENTA MARIA CALLAS”。往年の名歌手に対するオマージュなのでしょう。声楽を習っている山ノ神は、ご利益にあやかろうとプレートと一緒に記念撮影。
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 本編の足跡と本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-07-27 05:41 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(30):サン・マルコ地区(07.3)

 さていよいよサン・マルコ地区の内奥へと分け入りましょう。まずはサン・マルコ寺院左手にある「ムーア人の時計」を拝見。二人のブロンズ製ムーア人が鐘を打つ大きな仕掛け時計で、一階のアーチ部分をくぐるメルチェリア(小間物屋通り)へとつながります。
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 経済・金融の中心リアルト地区と政治・信仰の中心サン・マルコ地区を結ぶ軸であるメルチェリア(小間物屋通り)からサン・マルコ広場に出る時の凱旋門のような存在になっています。メルチェリアは狭くて折れ曲がった路なのですが、多くの観光客・旅行客でにぎわっています。かつてこの路は、新しい行政官や司教が荘厳な行列をしつらえて広場へのパレードや、規則を破った娼婦への鞭打ち・引き回しなどにも使われたそうです。
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 そして小路を左に曲がって、地図を片手にようやくたどりついたのが、コンタリーニ・デル・ボーヴォロ宮。ボーヴォロとはカタツムリのことで、その名の通り幾重にも螺旋階段のついた塔が付属しています。残念ながら修復中で館の全貌を見ることはできませんでしたが、塔と階段部分が見られたのでよしとしましょう。それにしても見事な造形美、「天国への階段」と呼びたいですね。レッド・ツェッペリンの名曲の一節が脳裡をかすめました。
 そして向かうはフェニーチェ劇場です。この間はとりたてて観光名所はないのですが、街を歩いているだけで幸せです。時には直線の時には緩やかに曲がる薄暗い小路(カッレ)やトンネル(ソットポルテゴ)を抜けると、突然光にあふれる広場(カンポ)に出て視界が開け、また暗い息のつまるような小路へ。時々、穏やかな光に満ちる小さな中庭(コルテ)を見かけます。運河にかかる橋に出ると、水面に反射する光と建物の影や行き交う舟が視界に入り、吹き抜ける風を感じることができます。少し高くなっている橋の上からは、街の表情も少し変化して見えます。そしてまた薄暗い小路へ… 閉じた空間と開いた空間、光と影の交錯が、五感に心地よいリズムと刺戟を与えてくれます。歩くことの快感! 街全体が、こうした迷宮のような構造になっているのがヴェネツィアの奥深い魅力だと思います。
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 そうそう、フェニーチェ劇場の近くに「RIO TERA DEL ASSASSINI (暗殺者の小路)」がありました。(RIO TERAは運河を埋めてつくった路) なるほど、途中で路が曲がり、暗殺者が潜んでいても見えません。あるいは実際に殺人が行われた場所なのかもしれません。こうした歴史を滲ませる地名が多いのも、魅力の一つです。
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 サン・マルコ地区で見かけたマリアの小祠と顔型呼び鈴です。このあたりは逸品が多いですね。寝ている奴、ムンクの「叫び」風、西原理恵子風…
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 本編の足跡と本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2007-07-26 06:07 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(29):マッジョーレ教会(07.3)

 さて、ザッカリア(Zaccaria)の船着場からヴァポレットに乗ってサン・マルコ運河を渡り、対岸のサン・ジョルジオ・マッジョーレ島へと行きましょう。お目当てはマッジョーレ教会の鐘楼からの眺望です。島の船着場あたりから眺めるドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院の鐘楼も素晴らしいですね。
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 さて、教会に入り料金を支払ってエレベーターに乗り込みます。そして鐘楼の天辺に到着……………………もう、言葉を失うくらいの絶景。ヴェネツィアの全貌を見渡せるとともに、イタリア本土、リド島、ジューデッカ島、そしてアドリア海を見晴らせる文字通り360度の大パノラマです。凄い、凄すぎる。
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 しばし呆けたように見惚れてしまいましたが、気を取り直してパノラマ・モードで撮影してみることにしました。ソフトを使えば簡単に合成できるということなので、帰国後さっそく試してみたのがこの写真です。うーん、やはり実景にはかなわない。
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 なおエレベーター脇には有料のトイレがあります。誰もいなかったので無料で拝借しましたけれど。さて再びヴァポレットに乗ってサン・マルコ広場へ。さきほど上ったマッジョーレ教会の鐘楼を眺めながら、感銘を反芻。もぐもぐもぐ サン・マルコ寺院鐘楼からの眺めも絶品らしいのですが、気の滅入るような長蛇の順番待ちを見て断念。ここは朝一番で来たほうがいいようですね、後日を期しましょう。広場の近くには、ヘミングウェイが常連だったというハリーズ・バーがあります。
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 せっかく天気も良いし、広角レンズのデジタル・カメラを持ってきたので、写真を撮りまくりました。

 本編の足跡と本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2007-07-25 06:08 | 海外 | Comments(0)

ヴェネツィア編(28):アルセナーレ(07.3)

 サン・マルコ小広場の手前でヴァポレットから降り、アルセナーレ附近を散策することにしました。海洋史博物館の前を通って運河沿いに歩くと、天気が良いので、ヴェネツィア名物の洗濯物がそこかしこで干されています。並べ方や配色に心をくだいた、まるでモンドリアン・パターンのような見事な干し方は見飽きることがありません。中には、道をはさんだ二軒の間にロープが張られて洗濯物が干されています。滑車を利用して、互いに協力して干したり取り込んだりしているとのことです。残念ながら、山ノ神が購入した版画のような、運河の上に干したものは見当たりませんでしたが。
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 ほどなくしてアルセナーレの正門に到着です。14~16世紀に隆盛をきわめた海運国ヴェネツィア共和国を支えた造船所です。当時としては革命的な流れ作業を取り入れることで生産効率が驚異的に向上し、16世紀、モチェニーゴ一世総督はアンリ三世がヴェネツィアを訪れた際、晩餐会をしているわずかの間にガレー船をつくるというパフォーマンスをしたそうです。その海軍力を誇示するかのような、要塞の如き豪壮な正門が印象的でした。なお現在はイタリア海軍の軍事施設になっているので見学はできません。洗濯物をウォッチングしながら曲がりくねった小路を散策し、ヴィヴァルディが使った洗礼盤があるというサン・ジョバンニ・イン・フラゴーラ教会に寄りましたが扉は固く閉ざされ入ることができませんでした。
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 アルセナーレ付近で見かけたマリアの小祠と顔型呼び鈴です。彼は野球選手なのかな。
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 このあたりはスキアヴォーニ河岸と言い、サン・マルコ運河に面した気持ちのよい広い通りとなっています。近くにサン・マルコ広場があるので、多くの観光客や土産物屋の屋台、大道芸人でにぎわっています。なおスキアヴォーニとはスラブ人のことで、かつて燻製の魚と肉を輸入するクロアチアのダルマーツィア商人が舟の荷揚げに使っていた場所とのこと。

 本編の足跡と本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2007-07-24 06:12 | 海外 | Comments(0)

「世界を見る目が変わる50の事実」

 「世界を見る目が変わる50の事実」(ジェシカ・ウィリアムズ 草思社)読了。筆者はイギリスBBCのジャーナリストで、本書は今現在世界が抱える深刻な50の諸問題を紹介し、その原因や実情そして対策をコンパクトな形で解説したものです。項目の見出しを列挙するだけで、著者の視点が見えてきます。「世界にはいまも2700万人の奴隷がいる」「今日の米国に生まれる黒人新生児の三人に一人は刑務所に送られる」「世界で三人に一人は戦時下に暮らしている」 本書を貫くバック・ボーンは、富める先進国と貧しい途上国との間の醜い不平等が諸問題の根本的な原因だという考えです。同感。それを一項目につき6ページほどで概説する力量には脱帽します。さらに、より効果的に状況を印象付けるジャーナリスティックな手法もお見事。たとえば「タイガー・ウッズが帽子をかぶって得るスポンサー料は、一日当たり5万5000ドル。その帽子を作る工場労働者の年収38年分」という見出しなどそうですが、気が遠くなるような絶望的な格差ですね。棒切れで小さな玉を飛ばして穴に入れるのが上手いだけで、これだけの莫大な収入を得られるのが今の世界です。また「世界の死刑執行の81%はわずか三カ国に集中している。中国、イラン、米国である」「ブラジルには軍人よりも化粧品の訪問販売員のほうがたくさんいる」といったような、ちょっと考えさせられる未知の事実も多々紹介されています。さて何故でしょう。
 地球の破滅という最悪の事態へ至る最後の一線を踏み越えつつある(踏み越えた?)今、何よりも喫緊なことは世界の現実を知ることでしょう。問題解決のための模索も試行も努力も、すべてはそこからはじまります。そのための大いなる一助となってくれる好著、お勧めです。「はじめに」で著者が紹介している言葉には勇気づけられます。
 思いやりがあり、行動力のある人々は、たとえ少人数でも世界を変えられる―それを決して疑ってはなりません。実際、それだけがこれまで世界を変えてきたのですから。(マーガレット・ミード)

by sabasaba13 | 2007-07-23 06:02 | | Comments(0)

「ここが家だ」

 「ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸」(絵ベン・シャーン 構成・文アーサー・ビナード 集英社)読了。ベン・シャーンという名を聞いただけで、胸がときめきます。たしかはじめて彼の絵に出会ったのは高校生の時でした。何という絵だったのか今では忘れてしまいましたが、印象は強く心に残っています。なんという力強い線! その後、サッコとヴァンゼッティ事件など社会的な事件・問題をテーマとする画家であること、第五福竜丸事件に衝撃を受け「ラッキー・ドラゴン・シリーズ」という連作を描いたことなどを知りました。しかし彼の画集は絶版、一度展覧会に行ったきりで、しばらくご無沙汰をしていた次第です。先日、たまたまNHKの番組が彼をとりあげてくれ、旧知の師に再会したような懐かしい気持ちになりました。画集は再販されているかなと、インターネットで調べたところ相変わらず絶版。しかしそのかわりにこの絵本のことを知り、さっそく注文しました。
 人の怒りや悲しみや喜びを、時には繊細な時には時には逞しい線で描ききるベン・シャーン。ビナードの文章もいいですね。タイトルの「家」とはおそらく地球をさしているのでしょう。放射能が地球という一つの家を汚染することに対する警告を、まるで言葉で世界を変えることはできると信じているかのように、静かに語りかけています。
「久保山さんのことを わすれない」と
ひとびとは いった。
けれど わすれるのを じっと
まっている ひとたちがいる。…

わすれたことに
またドドドーン!
みんなの 家に
放射能の 雨がふる。

どうしてわすれられようか。
畑は おぼえている。

波も
うちよせて
おぼえている。

ひとびとも
わすれやしない。
 そう、この二人が絵と言葉で訴えているのは放射能の恐ろしさなのです。そして放射能によって愛する家族を奪われた人々の悲しみ。この悲しみには、文化や人種や宗教による違いなどないでしょう。あらためて核兵器の実験と使用および生産、そして原子力…もとい核発電の放棄を、私たちは目指すべきだと思います。二酸化炭素を排出しないということで、ふたたび核発電が脚光をあびていますが、とんでもない。以前書いたように、安全性とコストにおいてあまりにも問題が多すぎる物騒な代物です。
 それと関連して、私たちは放射能に対する認識を改めるべきではないのでしょうか。久間元防衛大臣の発言を批判する際に、「唯一の被爆国…」という修辞をなさる方がけっこうおられました。少々うがった見方をすると、侵略戦争をした加害者であったという心理的負債を軽くするために、核兵器を投下された唯一の国=究極の被害者であったという立場を意識的/無意識的に主張するための物言いではないのか。しかし被爆という言葉よりも、人為的につくられた放射能を浴びるという大きな文脈の中で現実を捉えるべきなので、被曝という言葉を使うべきだと思います。さすれば、日本は唯一の被曝国ではありえません。核実験で死の灰をあびた太平洋の島民やアメリカ兵、チェルノブイリに住むロシア人、再処理工場の付近に住むイギリス人やフランス人、ウラン鉱山で働く労働者、劣化ウラン弾の残骸とともに暮らすイラク人。そして微量の放射線を出す放射性物質が体内にとりこまれ体内の組織に沈着し、アルファ線、ベータ線などを長時間放射しつづけた結果、体細胞が傷つけられて慢性の疾病をゆっくりと進行させ、また生殖細胞が傷つけられて子孫に遺伝障害を残す、いわゆる内部被曝のことに思いを馳せましょう。こうした放射性物質は風や水とともに世界中に拡散しています。つまりすべての国が被曝国です。
 そしてこうした放射性物質をつくりだす国はすべて加害者、もちろん日本もその一員です。核発電への依存、まもなく稼動する再処理工場、米軍による核兵器の持ち込み、そして核兵器の使用を視野に入れつつある米軍に深く深くとりこまれ利用されていく米軍再編、いや日米軍事再編。放射能の恐怖をもっとも激烈な様態で経験した国のするべきことではありません。

 ベン・シャーンとアーサー・ビナードの叫びと囁きに耳を傾けましょう。どうやら私たちは忘れてしまったようですが、畑も波も放射能の恐ろしさをおぼえています。そしていつの日か"沈黙の春"がやってくるのかもしれません。それを食い止めるための時間はまだあるのでしょうか。

 追記。今回の柏崎刈羽原発の事故でも、わすれるのを、じっと、まっているひとたちがたくさんいるでしょう。そうは問屋が卸しません。RCサクセションの「サマータイム・ブルース」を聴きながら、絶対に忘れまいという思いを新たにしています。
by sabasaba13 | 2007-07-22 08:14 | | Comments(0)

「沖縄密約」

 「沖縄密約 -「情報犯罪」と日米同盟」(西山太吉 岩波新書1073)読了。著者は元毎日新聞の記者で、沖縄返還時に日米でかわされた核兵器の持込や日本側の巨額負担などの密約を精力的に取材されている方です。これについてはアメリカで公開された公文書や交渉当事者の証言などにより明らかになりましたが、日本政府はあいかわらず否定しているどころか、西山氏の仕事を「機密漏洩」だとして告訴しました。最高裁で有罪が確定となりましたが、それ以後も事実が次々と明らかになっており氏は現在、国を相手に名誉毀損損害賠償請求の裁判を起こしている最中です。(2007年2月、東京地裁は請求を棄却)
 政治家としての花道を飾るために、なりふりかまわず沖縄返還に固執した佐藤栄作首相、そこにつけこみ基地の自由使用と日本側の巨額負担を求めるアメリカ政府。結局、アメリカ側の要求を丸呑みにして、それを選挙への悪影響を懸念して国民に隠したというのが真相のようです。アメリカ政府の狙いははっきりしています。沖縄だけではなく、日本全国にある米軍基地を自由かつ随意に使用できること。つまり東アジアで戦争・紛争が起きた場合に在日米軍基地を使用できることです。もう一つは、基地に関連する費用をできうるかぎり日本側に負担させること。沖縄返還の隠された意義は、この二つの要求を日本政府がのんだこと、つまり「日本の沖縄化」だという著者の主張は炯眼ですね。関係者の証言や取材を多く含む緻密な叙述には頭が下がります。
 こうしてアメリカ政府は、朝鮮戦争・ヴェトナム戦争・イラク戦争などで、思う存分在日米軍基地を利用できたわけです。そして第二の変化が今起きつつあるというのが、著者の意見です。「米軍再編」などと報道されておりますが、この言葉は事態を糊塗するものでしかありません。日本のメディアの知的怠慢、あるいは意図的な政府幇助です。正確には「日米軍事再編」、つまり自衛隊のあり方、そして日米軍事同盟を大きく変化させるという動きです。以下、引用します。
 かくして、<沖縄返還―安保共同宣言とガイドラインの見直し―日米軍事再編>の流れの中で、第一軍団の司令部が2008年度までに座間に進駐することが本決まりとなり、これにより、日米安保は日本および極東の安全という領域から離れて、世界全域を対象とした米国の軍事戦略体系の中に正式に位置づけられることになった。
 なお著者によると、第一軍団の主力は、第二歩兵師団第三旅団と第二五歩兵師団第一旅団(約二万人)で、その特徴は、重装備よりはスピード展開を重視する対テロ新戦略の旗手ともいうべき存在で、命令が出れば、四日以内に世界全域に出動することができるそうです。この方々が来年、首都圏にいらっしゃるのですね、やれやれ。安倍伍長が憲法九条を変えたがっている理由の一端もここにありそう。
 しかし、米軍に対テロ戦争に全面的に関わり協力すべきかどうか、国会で誠実に議論を尽した形跡はないし、選挙の公約や争点になったこともありません。日本の将来を左右する決定なのにね、いったいこの国はどうなっているのでしょう?????? 西山氏が裁判を続けるのは、この問題に多くの人が関心をもってほしいからだそうです。ほんとです、みんなで考えませんか。日米軍事同盟を存続させるのか、廃棄するのか。存続させるのであれば、どのようなものにすべきなのか。その一助となる、良書です。お薦め。
by sabasaba13 | 2007-07-21 07:31 | | Comments(6)

「ダブリンの市民」

 「ダブリンの市民」(ジョイス作 結城秀雄訳 岩波文庫)読了。夏休みにスコットランド・アイルランド旅行を計画しています。基本的に見知らぬ土地に行く時は前もって下調べをするのですが、今回はどういうわけか何をとちくるったのか、それとともにアイルランド出身の作家の作品を読んでみようと思い立ちました。そう、ジェームズ・ジョイスです。告白すると、以前に丸谷才一訳「ユリシーズ」第一巻の三分の二ほど読んだところで挫折した苦い記憶があります。覆轍をくりかえさぬよう、今回はその前章とも言うべき「ダブリンの市民」と「若い芸術家の肖像」から読んでみることにしました。そうすればストーリーへの理解も深まるのでは、という素人考えです。ただし手に負えなかったら、大日本帝国陸軍・海軍のようにずるずると泥沼にはまるのではなく、潔く撤退しようと心に決めたら少し気が楽になった次第です。
 地雷原を進むようにおそるおそる読み始めたのですが、予想外にこれが面白い。中編集なので読みやすいということもあったのですが、何よりも興味深いストーリーと鋭い描写・表現に惹かれました。イギリスによる政治的支配とそれに抗しえぬことに対する鬱屈、カトリックによる精神的支配とそれに対する疑問、そしてそうした状況を包み込むダブリンという閉塞的なしかし魅力的な空間。中でも「対応」という掌編が面白かったですね。上司に怒鳴られる無能な書記ファリントン、しかし酒場に行き仲間と飲み騒ぐと元気になるのですがたまたま腕相撲に負けてしまう。そして家に戻り子供にあたりちらし虐待を加える彼。ジョイスは、酒場の場面でのみファリントンという実名を使い、他の場面では単に「男」という匿名化した表現をしています。職場でも家庭でも交換可能な存在、個人として立ち現れるのは酒場においてだけです。しかしそこでの敗北がふたたび彼を匿名化し、子供への殴打としてそのフラストレーションを爆発させる。アイルランドという国の描写でもありますね。そして被害者が加害者となるという、たぶん現在の世界でもっとも真剣に考え解決しなければならない事態を、すでに予見していたかのようです。いやこれは過去からの人類普遍の現象なのかもしれません。それを突き放すように冷たく鋭く描くジョイスの筆致。アメリカ帝国の植民地状態となっている日本の人々が、アジア諸国に対して攻撃的になる心理に思いを馳せてしまいました。
 さて次は「若い芸術家の肖像」に挑戦です。はたして私は「ユリシーズ」にたどりつけ、そして読了できるのでしょうか。乞うご期待。

 追記。諸般の事情でアイルランド旅行は中止となりましたが、しばらくジョイスの作品を読み続けていこうと思っています。
by sabasaba13 | 2007-07-20 06:05 | | Comments(0)

ヴェネツィア編(27):カナル・グランデ(07.3)

 仮面とオレンジ(ロートレアモンの詩のようだ…)、荷物がかさばってきたので、ヴァポレットに乗っていったんホテルに戻ることにしました。ホテルの近くまで来ると、突然子供たちの集団がわれわれを取り囲みます。すわっ、とうとうでたか集団掏摸、と身構えると英語ではなしかけてきます。英語に堪能な彼女が訊ねると、どうやら課外授業のようです。観光客をつかまえて英語で「傘をもっていますか」「手袋をもっていますか」といった質問をし、該当した項目の多さを競うという遊び感覚の英語の授業なのでしょう。それにしてももろに見た目モンゴロイド系のわれわれを選んだあたりに、外国人への偏見や先入観のなさを感じます。こうやって見知らぬ外国人に話しかける経験をつめば、そうなれるのでしょうか。「他者を見たらテロリスト・変質者・痴漢・誘拐犯と思え」という教育が徹底しているどこかの国の行く末が危ぶまれます。
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 さてサンタ・ルチア駅前の船着場Ferroviaからふたたびヴァポレットに乗ってサン・マルコ方面に向かいましょう。ラッキー、船の最前方にある眺めの良い席に座ることができました。この後の一時間弱のクルーズはもう最高。光をあびて美しく怪しげに輝く迷宮都市ヴェネツィアを、心ゆくまで堪能できました。華麗な装飾をほどこした、さまざまな種類の連続アーチ型の窓、風情ある色合いの白や黄土色の壁面、それらが水面に映り幻想のように揺らぐ景色、時々船が通り過ぎてその影を儚く崩していきます。溜息が出そうなくらいの美しさ。調子に乗って立ち上がりながら写真をばしゃばしゃ撮っていたら、後ろの方でどんどんと何かを叩く音が聞こえてきます。振り返ると、前が見えないよと船長さんが運転席の窓ガラスを内側から叩く音でした、御免なさい。さてさて、あまりにも美しい景色なので、このまま終点のリド島まで乗ってしまうことにしました。そしてタッチ・アンド・ゴー、すぐにサン・マルコ方面へと戻る船に乗り込み、ヴェネツィアが近づいてくる高揚感を満喫。
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 本編の足跡と本日の四枚です。三枚目はマッジョーレ教会、四枚目は左からマッジョーレ教会の鐘楼、サルーテ教会のドーム、サン・マルコ寺院の鐘楼です。
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by sabasaba13 | 2007-07-19 07:04 | 海外 | Comments(0)