<   2007年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

ジャン=マルク・ルイサダ頌

c0051620_66711.jpg 先日、浜離宮朝日ホールで、ジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルを聞いてまいりました。あいにく、季節はずれの台風が接近して強風と雨に見舞われてしまい、楽しみにしていた築地市場での寿司三昧は断念。近くのビル内にある喫茶店でパンケーキとスパゲティをいただきました。
 本日のプログラムはドイツもの、いわゆる三大Bの作品です。しかもその構成が興味深い。前半はJ.S.バッハの平均律クラヴィア組曲集第二巻よりイ長調BWV.888、そして間髪おかずにベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」に突入します。いきなり爆発した冒頭のffで、椅子から4cmほど飛び上がってしまいました。そして小休止の後、J.S.バッハの平均律クラヴィア組曲集第一巻より変ロ長調BWV.866、そしてまた間髪おかずにベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番ホ長調。演奏前に「曲の順番を変えた」と彼自ら強烈なフランス語なまりの英語で説明したのですが、その意図は何なのでしょう? バッハ→ベートーヴェンにおける音楽の変化を示すためかな、などと考えてしまいました。後半はブラームスの3つの間奏曲 作品117、6つのピアノ小品 作品118、4つのピアノ小品 作品119を小休止なく一気呵成に弾ききりました。アンコールはショパンのマズルカ第24番。
 生活の塵を流してくれるような、素敵なピアノでした。自由奔放なフレーズの歌い方、自在に揺らめくテンポ、劇的な強弱の対照、そして美しい弱音。それを支えているのは「この曲の素晴らしさをみんなに感じてほしい、そのために私は(慣習や常識にとらわれず)こんなふうに弾きたい」という真摯にして情熱的な想いだと思います。まず自分ありき。まずミスをしない、次に譜面通りに正確に弾く、そして観客に媚びるといった優等生的、コンクール向けの安全運転とは対極に位置する演奏です。フルスロットルで原野や砂漠を駆け抜けるラリーの如き演奏、よってミスも散見されますが私には全く気になりませんでした。そりゃあ冒険すればミスも起きるよね、Mr.ルイサダ。これからが油ののる時期でしょう、しばらく彼から目を離さないようにします。感謝の意をこめて、ベートーヴェンの言葉を捧げます。(なだいなだ著「娘の学校」からの孫引き)
 新しい美を創造するために、破ってはならない芸術上の規則などない。
 追記その一。譜めくりの青年が、あまりにミスをするので呆然としていまいました。タイミングを外すは、ひどい時には忘れるは。ルイサダも「しょうがないなあ」とあまり気にとめていなかったのも気になります。推測は述べませんが、何か事情がありそうな気がします。
 追記その二。彼は大の映画ファンで、愛犬にボギーという名をつけているそうです。だったらアンコールで"As time goes by"を弾いてほしかったなあ。すぐ「ジャン、その曲は弾くなと言っただろう!」と茶々を入れたのに。
 追記その三。彼のピアノを聴いてつくづく思いました。私も弾けるようになりたい…
by sabasaba13 | 2007-10-31 06:06 | 音楽 | Comments(0)

「現実の向こう」

 「現実の向こう」(大澤真幸 春秋社)読了。こうした優れた研究者に出会えるのが、読書における至高の喜びです。氏は社会学を専門とされていますが、その学識を駆使して今の日本と世界を分析・批判、そして具体的な鋭い解決策を提言されています。これだけでも稀有なことなのですが、それを平明なわかりやすい言葉と比喩で説明されているのが凄い。「僕の考えをわかってほしい」という熱い志をひしひしと感じます。脱帽。例えば…
 いまクラスにひとり、勉強もできるし腕力もあるし運動もできるやつがいる。喧嘩も得意で、スーパースターみたいなやつ。ただ、そいつは言っていることが独善的で、強引で、その点では充分に級友たちに尊敬されていない面もある。それでも遊びと勉強両方にわたって無視できない力を持つクラスの中心人物。名前はアメリカくん。
 さて、そのクラスで二番目に勉強ができるが、それ以外のことはからっきしダメなやつがいる。 大体、勉強だけはできる人というのは、ちょっと軽蔑されるものです。いわゆる「がり勉」ですね。しかも自分の考えをはっきり持たず、人を説得しようという感覚も乏しい。それがニッポンくん。
 ニッポンくんは、アメリカくんの仕切るグループの一員です。
 ニッポンくんは、勉強ができるわりにはみんなに尊敬されていない自分の立場に、うすうす気づいている。そのことを胡麻化したいので、ことあるごとに、みんなにこんなことを言う。
 「おれとアメリカはさあ、親友なんだよ」
 「アメリカはオレのことをずいぶん信頼していて、頼りにしてるみただねえ」
そう言うことで自分の自尊心を保ち、みんなにも何となく尊敬してもらいたい。特にアメリカくんに尊敬してもらいたいと思っている。
 でも客観的に見ると、アメリカくんにとってニッポンくんは、とり巻きのひとりでしかない。いないよいはいたほうがいいかもしれないけれども、いないと凄く困るかといえば、そんなことはない。悪い言葉で言えば「パシリ」です。
 はははっははっははははは、面白くてやがて悲しき、ですね。日本の「やなやつ」性をみごとに活写しています。これだけわかりやすく事態を整理してくれると、チューサン階級(中学三年程度の学力)である私も助かります。調子に乗って最近の動きを私が勝手に加筆するとこうなるでしょうか。
 さてアメリカくんはますます居丈高になり、自分の子分をニッポンくんの家に住まわせています。(もちろん家賃も食費もタダ) おまけにこんなことを言い出しました。
 「俺が喧嘩をするときには、かならずついてきて加勢しろ」
 級友たちはこの二人に眉をひそめています。ニッポンくんはみんなに尊敬してもらいたいなどという思い上がった考えは捨て、最近はずっと家に引きこもっています。
 噂によると、一人で鏡に見入り、うっとりとした目でこう呟いているとか…
 「僕って何て美しいんだろう、僕って何て美しいんだろう…」
 まあおぞましい姿ですが、それはさておき、世界における問題の根源を原理的にとらえるために、著者は「他者」というキーワードを使います。「どんなにわかったとしても、100%はわかりきれない、完全な確信には至りきれない存在」が、その定義です。そして、他者の他者性そのものに耐えられない者たちの集まり、他者がいるということ自体を自らに対する脅威と感じる者たちの集まり、これが現代の国際社会のラフスケッチであると捉え、その帰結が、今、「テロと戦争の時代」と呼ばれている戦争であると述べられます。テロリスト、ムスリム、北朝鮮、いくらでも事例はあげられますね。それでは他者たちと共存し、連帯することが可能なのか。戦争を回避してするための平和的な連帯の方法はあるのか。これが本書のメイン・テーマだと思います。そしてそれを考えるために、著者が取り上げた三つの素材が、「日本の安全保障 (原題:平和憲法の倫理)」「『砂の器』から見た戦後日本(原題:ポスト虚構の時代)」「オウム真理教(原題:ユダとしてのオウム)」です。

 特に「日本の安全保障」に関する考察と提言が斬新なので、くわしく見てみます。なぜ日本はアメリカの世界戦略に対して無批判に関与しているのか? 氏は日本の安全保障を全面的に米軍に委ねていることへの強い負い目にあると考えます。(同時に自尊心を傷つけられている面もあります。ウルトラ・ナショナリズムの跋扈の遠因はここにありそうですね) 中でも北朝鮮が現体制であるかぎり、米軍への依存と負い目は消えない。よって、日本がアメリカの力を借りずに独自の外交努力によって、しかも現在の憲法の精神に乗っ取って北朝鮮問題を解決できれば、きわめて大きなターニング・ポイントとなります。ひいては東アジア全体の安全保障にもつながります。それではどうすればよいのか。なぜ北朝鮮は非民主的体制を維持できるのか、北朝鮮の国民はなぜあんな圧政に耐えつづけているのか、それは外に逃げられないからだ。よって日本が北朝鮮からの難民をいくらでも受け入れるという覚悟を決め呼びかければ、大量の難民が発生し、北朝鮮の現体制は自然崩壊する。これは東ヨーロッパ民主化の際に、実際に西側ヨーロッパ諸国が行ったことですね、これが決定的な引き金となった。憎むべき国家の難民を歓待することでわれわれのアイデンティティは変容し、それにともなって北朝鮮の人々のアイデンティティも変容し、そして共存への道が開かれるというのが著者の意見だと思います。
 森巣博氏が「(北朝鮮を民主化するために) テレビを北朝鮮に送ればいいんです。韓国のテレビ放送は映るのですから、そこから情報を得るだけで変化が生れます。米25万トンなんて言わないで、テレビ25万台を渡す」と言われていたことを思い出します。これと組み合わせれば、北朝鮮の民主化は充分可能に思えてきます。もちろん大変な負担やトラブルが発生することは一目瞭然ですが、もし成功すればアメリカへの負い目を解消し、米軍の撤退も現実味をおび、自尊心を回復し、更には東アジア全体の平和にもつながるのですから、これは一考に価すると思います。

 次に自衛隊にかけるコストを大幅に削減して、「海外援助隊」「平和部隊」に変えてしまう。そして、どんな軍事同盟とも関係なく、世界中の貧困地域や紛争地域で、この部隊を用いた海外援助を継続的に行う。この場合重要なのは直接的な贈与です、つまり現地に行って苦しんでいる人を直接助けるということ。武装をしていないのですから、一番危険な地域でも行ける。(軍備をもっているかた攻撃をされる) そうすれば、日本人を攻撃することは、誰にとっても何の利益にもならなくなる、つまり日本の安全保障に大きく寄与することになります。これは以前に国営国際救助隊「雷鳥」として小生も提案したのですが、大賛成。軍需産業との利権さえ気にしなければ、すぐにでも実現できる妙案だと思います。また直接的贈与は、外からただ与えられるのではなく、相手国に入っていって援助活動をすることです。これを相手国側から見ると、一時的あるいは部分的に、主権を放棄しているような状態です。つまりこれによって他者である相手国のアイデンティティも変容する可能性があるとも、氏は述べられています。

 国連安全保障理事会に対するユニークな改革案も述べられていますが、長くなりそうなので省略します。「『砂の器』から見た戦後日本」「オウム真理教」も、いずれ劣らぬ力作。特に後者において、オウム真理教はわれわれ側社会の映し鏡であるという主張には考えさせられました。
 携帯電話をかける人が不愉快なのは、その人物が、この(注:車両内における)最小限の共同性を拒否しているからである。彼だけが、別のコミュニケーション関係にコミットしているからだ。もっと端的に言えば、彼だけが、―他の乗客たちに物理的には現前していながら―別の(仮想的な)空間に没入しているからである。
 うーん、なるほど。私の感じる不愉快さの根拠がよくわかりました。他者への無関心と無視。そしてこうした事態が嵩じると、他者に対する不安と恐怖、そして攻撃へとつながっていく。こうした問題を極大化し、他者への攻撃をしたのがオウムだというのが著者の考えです。そして氏はこうした陥穽から逃れるために、オウム真理教信者に対して四つの提言をされています。詳細は本書を読んでいただきたいのですが、次のようなものです。圧倒的な開放性を実現すること、誰もが理解できる普遍的な言葉で教義を説明すること、直接被害者に会ってあらゆる工夫をして謝罪をすること、そしてこれまでの教祖や教義を裏切るとおのおのの信者たちが宣言すること。お気づきのように、これは私たちに対する、そして世界中の人々に対する提言でもあります。己と他者のアイデンティティを変容させながら、争いを避け、そしていかにして平和的に共存していくか。

 なお大澤真幸氏は、「ナショナリズムの由来」(講談社)という大著も上梓されています。読書の楽しみがまた一つ増えました。
by sabasaba13 | 2007-10-30 06:08 | | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(9):前山寺(07.7)

 さて、ここから数分歩くと、窪島氏がつくったもう一つの美術館、村山槐多、関根正二、松本竣介といった夭逝した画家たちのデッサンを集めた信濃デッサン館があります。塩田平を一望できる隣接の喫茶店で珈琲をいただき、さっそく鑑賞しました。デッサンというのは画家の個性がもろにでるものですねえ。剛毅な線、洒脱な線、繊細な線、線の競演でした。眼福、眼福。前回見ることができなかった村山槐多の『尿する裸僧』や、新しく加えられたエゴン・シーレやウィリアム・ブレイクの作品も堪能。
c0051620_66141.jpg

 至福のひと時を過ごし、すぐ隣にある前山寺を拝観しましょう。こちらには室町時代に制作された三重塔がありますが、二・三層に窓・扉・廻縁がなく、未完の塔と言われているそうです。そんなことは気にならぬ均整のとれたお姿でした。茅葺の本堂も風格あるもので、破風のところに「水」とあるのは火災除けでしょう。寺紋は桔梗、本堂の前には小雨を浴びて色鮮やかな桔梗が数輪植えられていました。
c0051620_662584.jpg

 なおこちらで見つけた標語を二つ紹介します。「かけた情は水に流せ 受けた恩は石に刻め」「よごすまい明日もここにはみんなくる」
c0051620_664716.jpg

 そして二つの美術館の真ん中にある槐多庵へ。こちらでは、主に現代美術の作品を展示してあります。その前には、可憐な八重の山百合が咲き誇っていました。
c0051620_671196.jpg

 さてそろそろ宿へと向かいましょう。バスの本数が少ないので、デッサン館でハイヤーを頼もうとすると、何たる僥倖、客待ちをしているタクシーが一台ありました。さっそく乗り込んで、塩田町駅へ。運転手さんに紅葉の盛りはいつかとお尋ねすると、十月末とのことです。「その頃は松茸も美味しいよ」 このあたりは松茸の名産地だったのですね。するとまどろんでいた山ノ神はがばと身を起こし「秋に来るぞよ」とのご託宣。私も紅葉が見たいので同意。大同団結、目的は違いますが、秋に再訪することに話がまとまりました。十分ほどで駅に到着、幸い連絡も良く数分後に到着する上田行きの列車に乗れそうです。こちらは無人駅ですが、貸し自転車が五台あり、上田駅で申し込めば借りられるようです。「ホームでのスケートボード等、他のお客様に迷惑になる行為は禁止されています」というポスターには唖然、そこまでするか。数年前に線路に石を置くなという子供向けポスターを見かけましたが、さすがに悪餓鬼の国、信州です。もう一枚は駅に置いてある傘が「別所線電車利用促進期成同盟会」より寄贈されたというもの。仰々しい名称ですが、何となく労働運動や小作争議の伝統を感じます。
c0051620_674455.jpg
 そうこうしているうちに列車が到着。ローカル線の長閑な雰囲気を楽しみながら、上田へと向かいます。
c0051620_68638.jpg


 本日の三枚です。
c0051620_682640.jpg

c0051620_685789.jpg

c0051620_692398.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-29 06:10 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(8):無言館(07.7)

 そして無言館前のバス停に到着。画商の窪島誠一郎氏が集めた、戦没した画学生の描いた絵を展示してある美術館です。坂道をのぼっていくと途中に「第二展示館・オリーヴの読書館 建設用地 竣工予定2008年秋」という看板がたっていました。収蔵作品が増えたので第二展示館建設に着手したというニュースを見ましたが、計画は進んでいるようです。そして修道院のような無言館に到着。展示されている作品を見ると、芸術の道なかばにして戦場へと行かざるを得なかった無念さを、ひしひしと感じます。中でも日高安典氏の描いた「裸婦」という作品が印象的でした。以下のような解説がありました。
 あと五分、あと十分、この絵を描きつゞけていたい。外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから… 安典はモデルをつとめてくれた恋人にそういいのこして戦地に発った。しかし安典は帰ってこなかった。
 佐藤孝氏の最後のノートにはこう書かれています。
 一、私には既に私に與へられた運命がある。一、私には私だけしか持てぬ世界がある。一、作画の少なきを残念に思う。
 彼らから生命と時間と芸術を奪った責任は誰にあるのか。その責任をきちんととったのか。彼らは黙して語りませんが(もちろん検閲があったので真情は吐露できないのでしょうが)、中村萬平氏の父母への手紙の一節が心にひっかかりました。
 内地、大分暖かいやうですね。其後は濱松も変り無い事と思います。赤ん坊は元気ですか。元気でいるのか幸せなのか不幸なのかわかりません皆んなのおもちゃにして、教育をあやまらぬやう願います
 戦前期日本におけるあやまった教育への痛烈な批判を、こういう形で婉曲に表現したのかもしれません。
 ただ忘れてはいけないのは、彼らによって殺された異国の画学生がいたのかもしれない、あるいは彼らによって虐殺・強姦・掠奪を受けた異国の民衆がいたのかもしれない、ということです。被害者が加害者になる、この構図があるかぎりこうした傷ましい悲劇は絶えることはないでしょう。遺族の心情を考慮したのでしょうか、そうした趣旨のコメントは一切ありませんでした。ただ館の前にあるモニュメント「記憶のパレット」に、「私たちの芸術と 私たちの銃の前にあった すべての芸術のために」という言葉が刻んでありました。窪島氏の、研ぎ澄まされたメッセージなのかもしれません。見終わって外に出ると、世界を灰色に覆いつくす小糠雨。「もう二度と被害者も加害者も傍観者もつくらないでくれ」と叫ぶ戦没画学生たちの涙雨のような気がします。
c0051620_951718.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_953599.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-28 09:06 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(7):別所温泉(07.7)

 緑に囲まれた長い石段を上りきると、そこが安楽寺。鎌倉建長寺と縁の深い禅寺です。なお解説によると鎌倉時代、北條氏がここ塩田平に居館を構え、このあたり一帯に勢力をふるったようです。お目当ては八角三重塔(国宝)、そこに行く道すがらに「満蒙開拓団慰霊碑」がありました。「植民地帝国」(L・ヤング 岩波書店)によると、長野県と山形県出身者で開拓団全体の17%を占めており、昭和恐慌で深刻な打撃を受けた生糸生産県であることと、信濃教育会など移民運動の長い歴史を有することがその理由だそうです。国策の犠牲者にして、中国農民への加害者、なんともやりきれない気持ちになります。
c0051620_88276.jpg

 すこし歩くと木立の間に八角三重塔を見上げることができます。実にプロポーションがいい優美な姿態の塔ですね。全国で唯一の八角形、制作年代は鎌倉末期、北條氏の供養塔として建立されたとのことです。そばに石段があるのですこし上り、上からリズミカルに波打つ屋根を見下ろすのも格別です。塔の脇にある解説板には「三重塔は仰いでお参りすることが大切です。山の上から眺めおろすものではありません」と書いてありますが、わかっちゃいるけどやめられない。
c0051620_884955.jpg

 バスの発車時刻まで少し時間があるので、温泉街をしばし散策。そして北向観音へ。「北向」の名は長野の善光寺の南向きと、向きあっているところから名づけられたもので、善光寺と北向観音のご利益は一体のもの、その一つを欠けば"片詣り"であるといわれているそうです。さあそろそろ駅に向かいましょう。なだらかな坂道からは、塩田平を遠望することができます。
c0051620_89154.jpg

 バス停で付近の地図を見ていると、どうやら目の前の空き地に別所小学校があったようです。日本の教育予算は、いわゆる先進国中最低レベルだという厳然たる事実を目の当たりにした気持ち。さて塩田平を巡回するシャトル・バスに乗り込み、山里の光景を眺めながらのプチ・バス旅行です。途中で廃校となった西塩田小学校がありましたが、この木造校舎は映画のロケによく利用されているようです。
c0051620_893432.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_895241.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-27 08:10 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(6):別所温泉(07.7)

 奥に石造多宝塔があるということなので、さっそく行ってみました。少し石段を上るとそこは鬱蒼とした木立に囲まれ、苔むした小さな石塔が点在する別世界。濃密な水蒸気に濡れて光る幹や葉が、まるで呼吸をしているようです。負け惜しみですが、こんな小雨の日も悪くありません。奥には重要文化財の多宝塔が鎮座し、右手には上田繊維専門学校戦没学生の慰霊碑がありました。
c0051620_865482.jpg

 相変わらず別所神社の方からお囃子の音が聞こえてきますが、突如「これが最後の神楽となります」というアナウンスが入りました。不覚! それはそうだ、祭りとは神様をヨイショするものであって神楽でご機嫌をとらなければ終わらない、12:00で終わるわけはなかった。あわてふためいた我々はすぐに別所神社に駆けつけましたが、(文字通り)後の祭り。幟を持った人や祭り装束の人たちが三々五々解散しているところでした。嗚呼惜しいことをした。しかし「今年の祭りも無事に終わった」という安堵感や虚脱感、覚めやらぬ高揚感をすこし味わえたので良しとしましょう。これは完全に負け惜しみですが。
c0051620_871512.jpg

 隣の安楽寺に行く途中には、山本宣治とタカクラ・テルの石碑があります。山本宣治。生物学者、産児制限運動などを進めた社会運動家、政治家。労農党議員として治安維持法の改悪にただ一人猛然と反対し、右翼青年に暗殺される(1928)。実はその四日前、不況に苦しむ上田地方の小作人たちが、タカクラ・テルの縁戚にあたる山宣を招いて講演会を開いていたのですね。彼の死を悼んだ農民たちは、抗議の意をこめて翌年石碑をつくりますが、警察は取り壊しを命令。しかし密かに土中に埋め、三十八年間守りとおし1971年に再建されたものです。こういう人物を、歴史の授業で取り上げるべきですよね。ちなみに、知人U氏のご教示によると、彼を題材とした『武器なき戦い』(監督:山本薩夫)という映画があるそうです。見たい! タカクラ・テルの「人間を信じる心」という言葉をしかと胸に刻んで、安楽寺に行きましょう。
c0051620_873725.jpg
 すぐ前の石屋には、数年前に来た時と同様、作業用ヘルメットをかぶったお地蔵さんがいらっしゃいました。何か謂れ…などないだろうなあ。でも不思議と心に残るお姿です。途中に蓮田がありましたが、開花はまだのようです。
c0051620_88091.jpg


 本日の四枚です。
c0051620_88263.jpg

c0051620_885184.jpg

c0051620_891362.jpg

c0051620_892950.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-26 08:10 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(5):別所温泉(07.7)

 別所温泉駅は小さいけれどヨーロッパ風の瀟洒なつくり、構内には一抹の不安をよぎらせる「未来に残そう別所線」という横断幕がありました。駅のとなりには、かつて使用されていた丸窓電車が保存されています。無言館へ行くバスの発車時刻を確認して、さあ徘徊の開始。まずめざすは常楽寺です。道の両側には、竹のさおに、赤や黄、絵柄入りの浴衣の布などを輪にして飾った幟が飾られており、祭りの雰囲気に満ち溢れていました。さて岳の幟とは、別所温泉で約500年も続く行事で、雨が少ない塩田平の雨乞いのお祭りです。一行がこの幟を数十本携え、別所神社まで四地区を巡りながら温泉街を練り歩き、所々で笛や太鼓の軽快なリズムに合わせて、小学生の女の子のささら踊りや、若手による三頭獅子の舞いが奉納されるそうです。インターネットで調べたら、一行は別所神社に12:00に到着するそうで、現在の時刻は12:30。どうやら見られそうにありません。
c0051620_664217.jpg

 両側に広がる畠にはいろいろな作物が植えられていますが、それを「これはソラマメ、あれはソバ」と適確に指摘する山ノ神。うらやましい… 栽培されている作物がわかれば、その地の暮らしぶりを推測することができます。「一目でわかる畠作物観察図鑑」なんていう本はないのでしょうか、あったらほしいのに。余談ですが「女性の品格」という得体の知れない不気味な本を書いた著者が、テレビに出演して「花の名前をよく知っているのが品格ある女性だ」と語っていましたが、一応男性生殖器をもつ私だって花の名前を知りたい。何故「人間の品格」と言わないのだらふ?
c0051620_671062.jpg
 
 閑話休題、別所神社のあたりからは囃子の音が聞こえてきます。祭りの余韻に浸っているのかなと思いつつ、常楽寺に到着。開山は円仁(慈覚大師)、最澄の高弟にして世界三大旅行記の一つと言われる「入唐求法巡礼行記」を書いた方ですね。実はこのあたりは自由大学運動の発祥の地でもあります。1920年代、上から温情として与えられる教育を拒否して、働きながら自主的に学び続けるために、地域の青年や民衆が講師を招いて私塾を運営するという運動です。ここでは青年と土田杏村が、タカクラ・テルらを招いて上田自由大学を運営していました。その学び舎がここ常楽寺の本堂です。茅葺屋根の堂々とした佇まいが印象的、しっかりと地に根付いているようです。本堂の前には見事な松の古木が、枝を四方に広げていました。境内には楓の古木も多く、秋に訪れてみたいですね。
c0051620_673533.jpg

 ここで我が家名物意地の張り合い。この本堂をどういう構図で撮るか、二人の意見が分かれました。論より証拠、左が小生、右が山ノ神撮影の写真です。良いと思った方の写真をクリックしてください。別に何も起こりませんが。
c0051620_675886.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_681696.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-25 06:09 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(4):別所線(07.7)

 予定通り、まずは別所温泉を徘徊してみましょう。別所線上田駅のホームに行くと、さっそくテロへの警戒を呼びかける貼紙を発見。いったい、誰が、何のために、郵便番号386-0025長野県上田市天神四丁目十六番地別所線上田駅を爆破するのか。1800字以上2000字以内(ただし句読点は一字とする)で述べてほしいですね。根拠のない漠然とした不安感を煽り、それを政治的に利用しようとする動きをこそ警戒すべきでしょう。ただ気になるのは、これまで各地で同様の呼びかけを見てきましたが、本当に危険なところにはこうしたポスターがないのですね。日本社会に壊滅的ダメージを与えようとする組織が仮にあったとしたら、どこを狙うか。間違いなく核(原子力)発電所と関連施設です。しかし六ヶ所村でも東海村でも、見当たりませんでした。そりゃそうだよね、最も危険な施設だと本当のことを言ったら、核(原子力)発電所への反対運動が起きてしまうから。ありもしない不安を煽り、真の危機には口を噤む、いやはや下劣です。
 などとムカムカしていた小生を破顔一笑させてくれたのが、その脇に貼ってあったポスターです。「信州プロレス設立記念試合」「長野県下初社会人プロレスごっこ」「筋肉禁止 台本重視」「明るく楽しく安全第一 最強お笑いプロレス」 セカンド篠塚、タイガーチョッとチンといったリング・ネームも笑えますが、七味ハイル・シューマッハには脱帽。イトーヨーカドー屋上特設リングというのも哀感があっていいですね。上田から終着の別所温泉まで約30分、車窓から水蒸気にかすむ田園と山なみを眺めながら、のんびりしたローカル線の風情を楽しみました。
c0051620_66334.jpg


 本日の一枚は、別所線の車窓からの眺めです。
c0051620_665358.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-24 06:08 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(3):上田(07.7)

 さて列車に乗り込みましょう。不安な気持ちを抱えたまま、石原所長が支配する超特大強制収容所はDing-Dong遠ざかっていきます。しょうがない雨の日はしょうがないと思いながら本を読んでいると、はや列車は碓氷峠のトンネルを抜けたようです。…雨が降っていない。上田駅で下りると…風もない。これが山ノ神の底力か、思わず畏怖してしまいます。人目をはばからず駅のホームで三跪九拝し、さっそく構内の蕎麦屋で供物を捧げることにしました。実はJTBでもらった無料のそば券があったのでした。小生は掻き揚げと卵、山ノ神は山菜をトッピングしてもらい、美味しいそばをたぐりながら店の方にいろいろとお話をうかがいました。このあたりは四方を山で囲まれているため、台風の影響をほとんど受けないそうです。なあんだ。さらに上山田温泉では、今晩が夏祭りで花火大会もあるとの蠱惑的な情報もいただきました。丁重にお礼を言って、すぐ近くにある観光案内所に行きここでも情報を物色。別所温泉の地図などをもらっていると、「どこかで見たことがある風景-映像の中の上田」というパンフレットを見つけました。このあたりは映画のロケ地としてよく利用されているようで、その場所を地図で紹介しています。私が見たことがある映画は三本だけでした。「けんかえれじい」は上田が舞台だったのか、「博士の愛した数式」に出てきた野球場は上田市民球場だったのか、へええ「たそがれ清兵衛」はこんな街中近くで撮影されたのか… それにしても何故これほどロケ地として採用されるのだろう? 卑見ですが、ポイントは二つあると思います。まず、われわれが日本的な風景に欠かせない要素だと思い込んでいる山・川・田畑が、ある程度良好な状態で残されていること。これは別所線の車窓から見て実感しました。そしてとりたてて美しくも醜くもない普通の街並みであること。後者については確認できませんが、普通の街並みって意外とありそうでないものです。もう少し敷衍すると、大規模小売店やコンビニエンス・ストアなど利潤を地方から吸いあげる中央/海外資本の店がなく、地元の人が営む小売店や商店街が元気なことですね。職住一体、地産地消、互いに買った売ったり作ったりしながらみんなで街を支えあう。そういう真っ当な暮しを具現する普通の街並みが上田には多いのではないか。映画監督にとって魅力的な背景ですよね、またいつかこの地を訪れ、この目で確かめたいと思います。
 荷物をコインロッカーに預け、さあ別所線に乗り換えです。
c0051620_664561.jpg


 本日の一枚は、上田のロケ地紹介です。
c0051620_675382.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-23 06:08 | 中部 | Comments(0)

別所温泉・稲荷山・姨捨編(2):上野駅(07.7)

c0051620_644341.jpg
 某月某日、台風4号は進路をやや南に変えながらも、本州太平洋岸をなめるように東進しています。東京も朝から強い雨、やれやれどうなることやらとチャーリー・ブラウンのように溜息をつきつつ上野駅に到着。いつものように猪熊弦一郎の壁画「自由」、朝倉文夫の彫刻「知情意」、啄木の「ふるさとの訛なつかし…」の歌碑に挨拶をし、車内で飲む珈琲を売店で買いました。ふとカウンターの奥の壁を見ると、「暴力団 不当要求防止責任者選任済之証 警視庁」という貼紙が貼ってありました。ふーん、そんな資格があったのか。写真にとり、今インターネットで調べたところ、警視庁のホームページから下記のことがわかりました。
 組織犯罪集団である暴力団は、覚せい剤の密売や賭博・ノミ行為などの不法利得のほか、組織の威力を示して飲食店などからみかじめ料、用心棒代の徴収等の資金獲得活動を根強く行っています。また、民事問題や経済取引きに介入して、一般都民や企業から不当な利益を獲得する活動を活発に行い、その活動範囲と対象を拡大している状況にあります。
 そこで、暴力団の不当な要求による被害を防止するためには、暴力団の活動実態や不当要求の手口などを知り、その対応方法を習得しておく必要があります。
 なるほど、暴力団の手口とその対応方法を警視庁が教えてくれるわけだ。でも、政治家と暴力団との根深い癒着があるかぎり、糠に釘のような気もします。いっそのこと、日本最大の広域暴力団である政府与党と官僚たちの手口とその対応方法を教えてほしいですね。いや、警視庁も同じ穴の狢ですからあまり意味ないか。やはりわれわれが自分たちでその現実を認識して、手口を分析し、対応方法を考えるべきですね。上記の文章を一部変えただけで、そのまま意味が通じてしまうのが、今の日本の姿です。
 組織犯罪集団である自民党・公明党・官僚は、政治資金などの不法利得のほか、組織の威力を示して一般市民から重税をしぼりとるなどの資金獲得活動を根強く行っています。また、経済問題や社会問題に大企業と結託しながら介入して、一般市民から不当な利益を獲得する活動を活発に行い、その活動範囲と対象を拡大している状況にあります。
 そこで、自民党・公明党・官僚の不当な要求による被害を防止するためには、彼らの活動実態や不当要求の手口などを知り、その対応方法を習得しておく必要があります。

by sabasaba13 | 2007-10-22 06:05 | 中部 | Comments(0)