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小林道夫のゴルトベルク変奏曲

c0051620_7175891.jpg 先日のクリスマス・イブに、小林道夫氏のチェンバロ演奏によるJ.S.バッハのゴルトベルク変奏曲(BWV988)を聴いてきました。会場は千駄ヶ谷駅からすぐ近くにある津田ホール、山ノ神とは現地で待ち合わせです。ホールに入ると舞台の上には立派なチェンバロが置かれていました。そして小林氏の登場、演奏がはじまります。実はチェンバロの独奏を聴くのは初めてです。チェンバロはピアノと発音原理が違い、爪状のプレクトラムで弦をひっかいて発音するため、音が小さく、また強弱をつけられないということは知っていましたが、予想以上の弱音にはちょっと驚きました。おまけにダイナミクスの変化もなし、これは(たぶん)カイザーリンク伯爵のように気持ちよく熟睡してしまうな、ま、それもいいかな、などと不謹慎なことを考えていたら、あにはからんや。典雅な音楽に耳をそばだてているうちに、身も心も穏やかに寛ぎ、本来の自然な姿に調律されていくような快感に包まれていきます。耳朶の中にねじ込んでくるような暴力的な音・音楽が氾濫している昨今、「かそけき音に耳をすます」という行為の大切さを痛感します。そしてバッハへの敬愛の気持ちをこめるように、一音一音を慈しむように奏でる小林氏の演奏も素晴らしい。時々ミス・タッチがありましたがたいした瑕疵ではありません。あっという間に至福の時は過ぎ、第15変奏が終わると20分の休憩となりました。すぐに調律師(百瀬昭彦氏、ちゃんとプログラムに載っていました)が舞台に現れて、チェンバロの調律をはじめたのにはびっくり。大変繊細な楽器なのですね。ホール脇にある喫煙所で紫煙をくゆらし、席に戻ってプログラムを拝見。この曲は、冒頭のアリアの主題の低音部に基づいて30の変奏が行われ、最後に再び冒頭の主題が現れて全体を締め括るという構造だそうです。とうしろうの私には楽曲分析などとてもできませんが、緻密な計算と構成のもとに書かれているのですね。たった一つの主題をもとに、これだけの多様な音楽を創造することができるのか… 小林氏がプログラムに書かれている「統一の中の多様性」という言葉をしみじみと噛み締めてしまいました。これはほとんど「自然」と同義でしょう。バッハの音楽は、美しい調和と秩序を保ちつつ多様な生命を育んできた自然のメタファーなのかもしれません。そしてこの素晴らしい自然と、それを創造した神への賛歌。
 後半は、ますます多様な変奏へとふくらんでいきます。超絶技巧、早いテンポ、意表をつく和音、そして自然と神への感謝を込めたような歓喜にあふれた第30変奏が終わり、冒頭の典雅なメロディが静かに現れて曲が閉じられました。ほのかな薔薇色に染め上げられたような静寂、そして暖かい拍手、素晴らしいクリスマス・イブでした。
 外の冷気で頭を冷やされてふと考えたのは、市場原理と競争原理という多様性を真っ向から否定する渦に巻き込まれながら奈落へと落ちつつあるわれわれの姿です。バッハの音楽は、それに対する優しく力強い警告であると受け止めましょう。

 帰り際に、都営地下鉄十二号線(※あのレイシストがつけた名称は使いたくありません)国立競技場駅へ向かう交差点で「ユーハイム」を発見。山ノ神曰く、ここの洋食はなかなか美味であるとのこと。ラジャー、今度津田ホールでコンサートがあったら、ここで夕食をいただくことにしましょう。せっかくなのでケーキをいくつか購入、帰宅後さっそく食しましたがブルーベリー・レアチーズケーキが美味しいのなんのって言葉もありません。ご贔屓にさせていただきます。また山ノ神の大好物ミートパイも、たまたま売り切れでしたがいつもは置いてあるということなので、これも楽しみです。コンサート+美味しい食べ物という組み合わせは、われらにとって至高の幸福です。浜離宮朝日ホールと磯野屋(寿司)、新国立劇場とはげ天(天麩羅)、東京文化会館と池之端藪(蕎麦)、東京芸術劇場と鼎泰豊(中華)というラインアップに津田ホールとユーハイム(洋菓子・洋食)が仲間入りです。Wellcome ! 退職したら一月に一度くらい素晴らしいコンサートを聴いて美味しい食事を楽しみたいのですが、自民党・公明党・官僚・財界のみなさんによって見果てぬ夢にされてしまったのでしょうか。
by sabasaba13 | 2008-12-31 07:18 | 音楽 | Comments(0)

京都観桜編(9):京都御苑~本法寺(08.3)

 御所にそって北上し今出川通りに抜けようとすると、児童公園の東方が艶かしく薄桃色に輝き、人だかりがしています。するとそこには、ここを先途と咲き誇る一群の枝垂れ桜がありました。枝々から惜しげもなく泉のように咲きこぼれる花、花、花。お見事! 解説板によると、このあたりは近衛邸のあったところで、昔から糸桜(枝垂れ桜)の名所、人呼んで「近衛の糸桜」というそうです。あの攘夷にこりかたまった孝明天皇も「昔より名にはきけども今日みればむへめかれせぬ糸さくらかな」と詠んだそうな。命をほとばしらせる瀧のようなその凄さにしばし見呆けてしまいました。うん、今回の観桜編で、最高の見ものでした。激写、近写、遠写、そして必殺技「高価そうな三脚で撮影している人の背後から撮ると良い写真になるよ固め」をくりだしながら、時がたつのを忘れてしまいました。
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 とは言ってもまだまだ先があります。後ろ髪を引かれながらも出発、(たぶん)日本最大級の御所の鬼門を撮影し、今出川通りへ出て、相国寺を抜けて、次なる目的地・本法寺へと向かいましょう。途中に「千利休居士遺蹟 不審庵」という碑がありました。
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 寺門をくぐると、多宝塔をバックに桜の巨木がほぼ満開。なかなかピクチャレスクな風景です。なおこちらは1436(永享8)年に日親上人により創建された日蓮宗の寺で、本阿弥家の菩提寺でもあります。京都の町衆と日蓮宗の深い関わりを思い出しました。
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 庭園「三巴の庭」は、本阿弥光悦の手による唯一のものだとか。細長い長方形の石で縁どった池が珍しいですね。彼お得意の、螺鈿細工の技法を応用したのでしょうか。光悦寺のような光悦垣(または臥牛垣)もちゃんとありました。
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 また長谷川等伯が六十一歳で描いた巨大な仏涅槃図(9.45m×5.94m!)を見ることもできました。斬新な表現ではないのですが、その迫力には圧倒されます。なお本作と、東福寺の明兆作、大徳寺の狩野松栄作をあわせて、三大涅槃と称するそうな。そうそう、空を見上げる等伯の銅像も本堂前にありました。彼は日蓮宗の熱心な信者で、七尾から上洛するとここ本法寺を宿坊にして、その活動の第一歩をはじめたそうです。己の力を京でためしてやるぞという彼の気迫が伝わってくる、なかなかよい像ですね。また本阿弥光悦手植えの松もありました。
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 本日の七枚、上の五枚が近衛の糸桜、下の二枚が本法寺の桜です。
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by sabasaba13 | 2008-12-28 08:11 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(8):養源院~市立動物園(08.3)

 それでは東山へと向かいましょう。途中の高瀬川あたりでも八分咲きの桜を見かけました。
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 七条大橋を渡って、My favorite templeの一つ、養源院に行きましょう。小振りで瀟洒で貧乏っぽくていつも空いている、大好きなお寺さんです。参道脇に見事な枝ぶりの桜の巨木が一本屹立していますが、残念ながら六分咲き。でも咲き誇る姿を脳裡に描くだけでもう幸せ。このお寺に来ると全てを許せる気持ちになるのですから不思議です。観光客に媚びない潔い佇まいがいいのかもしれません。
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 そして川端通りを北上。鴨川ぞいにこれほど素晴らしい枝垂れ桜の波木があったとは迂闊にも気づきませんでした。ほぼ満開にちかい花の下を気持ちよく快走しました。
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 隠れた桜の名所情報を信じて建仁寺、西行堂をまわりましたが、まだ一分~二分咲き。円山公園の枝垂れ桜も満開には程遠い様子でした。知恩院青蓮院の前を走りぬけ、南禅寺へと行きましたがここも一分咲き。インクラインには延々と連なる桜並木がありますが、三分咲き程度でした。山ノ神の神通力も衰えたのかな、気のせい気のせい歳のせい。蹴上から仁王門通りを走っていると右手のお堀上部に咲き誇る桜がありました。えーとここは… 市立動物園だ。そういえばここは未踏の地、桜が綺麗そうだし入ってみることにしました。
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 ううむ、ここは穴場かもしれない。満開にはあと二息ですが、園内のそこかしこに桜が林立しています。動物園自体は、「旭山動物園には及びもせぬが」「小さいことからコツコツと」という感じで(どういう感じだ)、なかなか身の程を知りつつ健気に頑張っています。京都市獣医師会提供の顔はめ看板もゲット。
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 京都御苑をめざして通りを西行していると、頂妙寺というお寺さんでほぼ満開の桜を見つけました。やはり噂を信じず初心な心で虚心坦懐歩き走りまわるのが、マイ桜を見つける近道なのかな。心に残る一本でした。
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 丸太町橋を渡り、京都御苑の南入口に到着。中に入ると、桜の「さ」の字も見当たりません。やれやれ、御所名物の自転車獣道を撮影して、北側へと抜けますか。小腹がへったのでベンチに座って一休み、昨日購入した柿の葉寿司を食べました。しめ鯖と柿の葉の香りの絶妙なコラボレーションに舌鼓を打ち、さてしゅっぱ…
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 ん、山ノ神の霊界アンテナが何かに反応したようです。突然自転車にまたがり突進する彼女の後を追うと、蛤御門のあたりでしょうか、一群の桜が満開で人だかりがしています。いそいそと近づくと、桜ではなく桃でした。天に向かって伸びる枝々に点々と連なる紅白の桃の花、これはこれで見ものでした。目果報、目果報。
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 本日の五枚、上から養源院、鴨川の桜並木(2枚)、頂妙寺、京都御苑の桃です。
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by sabasaba13 | 2008-12-27 07:16 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(7):渉成園(08.3)

 天気予報によると本日は晴天、明日以降はくずれそうなので、今日は早咲き桜探訪ツァーの勝負所です。一ヶ月前に予約を入れておいた、われわれ御用達の貸し自転車屋「京都見聞録」が約束どおり9:20にホテルに自転車をデリバリー。朝食もしこたま食べたし、餌用のパンも確保したし、準備は万端、いざ出発です。まずは東本願寺の所有する別邸と庭園・渉成園へと行きましょう。錦秋編では穴場だと紹介したのですが、桜はどうでしょうか。東本願寺方面へと路地を南下していると、異様に丈の高い煉瓦塀がありました。これはおそらく防火対策ですね。
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 そしてひさしぶりのフェイス・ハンティング。故南伸介氏の「びっくりしたなあもお」という懐かしのギャグを思い出しました。このお宅の門上部には二匹の龍がのたうっています。何やら曰くがありそう。
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 渉成園は、真宗大谷派の本山(真宗本廟)の飛地境内地で、周囲に枳殻(からたち)が植えてあったことから枳殻邸(きこくてい)ともよばれています。徳川家光によって東本願寺に寄進され、さらに、1653(承応2)年、宣如上人の願いによって石川丈山(詩仙堂の主人)が作庭したのが渉成園のはじまりだそうです。街中にあるとは思えないほど広々としたお庭で、橋や築島をしつらえた池もありなかなか良い風情です。そして肝心の桜ですが、うっほほほーい、ほぼ満開です。中でも望楼を兼ねた異形の門・傍花閣(ぼうかかく)のあたりは一面の桜・桜・桜。もう春がいっぱい! 印月池や小川に映る花の影にも見惚れてしまいます。何より、いつ来ても観光客が少なく、しっとりとした落ち着いた雰囲気でお庭を歩けるのが良いですね。My favorite gardenの筆頭です。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-26 07:40 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(6):東大寺~京都(08.3)

 途中にあった奈良県物産陳列所は、和風建築に洋風を加味した重要文化財。残念ながら中には入れませんでしたが、前にあった小ぶりな枝垂れ桜が八分咲きでした。
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 奉納された二つ組の石灯籠(何故ツインなのだろう?)が並ぶ参道を歩き、春日大社のあたりを左手に曲がり若草山方面へと向かいましょう。
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 若草山の麓にある桜並木は一分~二分咲き、満開にはほど遠そうです。二月堂を通り過ぎ、三月堂の舞台に上って大仏殿・公園・奈良の町並みを見晴らしましたが桃色に染まるにはまだ早いようです。
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 築地塀の続く雰囲気の良い道を大仏殿へと向かい、五分咲きの桜と鹿たちを眺めながら南大門を抜け、金剛力士像に挨拶をして、さあ近鉄奈良駅へと戻りましょう。
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 おっ、奈良国立博物館の前あたりが怪しく薄桃色に輝いています。いそいそと行ってみると、そこは氷室神社、ほぼ満開の桜に出会うことができました。中でも枝ぶりの見事な枝垂れ桜には目が釘付け。こちらは早咲き桜の穴場です。
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 近鉄奈良駅に着き特急列車で京都に戻りましょう。ふと駅構内にあるゴミ箱が目に止まりましたが、その捨て口が東京のものに比べて大きいですね。これには鉄道会社の見識を感じます、それとも関西人的合理性の為せる業かな。
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 特急に乗り込んで三十分強で京都駅に到着。地下鉄で五条駅まで行き、定宿のホテルでチェック・インをして荷を置き、さあ夕食を食べにいきましょう。前回の京都錦秋旅行では飛び込みで行こうとして断られた和食「かじ」という店を、羹に懲りて膾を吹く、今回は一ヶ月前に予約しておきました。地下鉄烏丸線丸太町駅で下車して、丸太町通りを西に徒歩十分ほど歩くと到着です。周囲の雰囲気も店構えも、いかにも京都!という風情はあまりないのですが、味は保証します。3800円のコースを所望したのですが、京野菜を中心とした滋味深い料理の数々には大満足です。
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 さてそれでは宿に戻りましょう。地下鉄の駅まで歩道を歩いていると、もう京都名物と言ってもいいのかな、傍若無人・唯我独尊的に置かれた自転車の山によくでくわします。これは個人のモラルの問題であるとともに、行政の責任でもありますね。「しぶちん」精神に満ち溢れているためでしょうか、京都では自転車を愛用する方が多いようです。それ自体はまったく間違っていないのですから、自転車専用道路や駐輪場の整備に行政はもっと力を入れるべきだと愚考します。蛇足ですが、環境破壊をくいとめる重要なキーワードが"Shibutin"ではないでしょうか。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-25 06:16 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(5):法起寺~奈良(08.3)

 閑話休題。法輪寺から十分ほど走ると法起寺、こちらの三重塔は706年に完成したといわれ、日本最古のものです。溜池ごしに遠望すると、塔のシルエットが水面に映っていい風情です。さきほどの店でもらった地図によると、斑鳩三塔を同時に眺望できる地点がこのあたりにあるはずですが、きょろきょろ見回しても建造物等が目隠しとなり見晴らすことができません。そうこうしているうちにまたもや雨が。「濡れていこう」なんて悠長なことは言っていられませぬ。全身全霊をこめてペダルを踏み、ずぶ濡れになる前に法隆寺駅に到着。やれやれ。自転車を返却して、JR関西本線に乗り込みました。途中の郡山駅で下車して、大和郡山城の桜見物と洒落込む選択しもあったのですが、やはり奈良公園の桜が気にかかります。ふたたび奈良駅で降りてトイレに駆け込むと、こちらの小用便器の的は点がぐしゃぐしゃと集まったものでした。鹿児島=二重丸京都=三ツ星、奈良=点の集合、ううむこの世界の奥深さを垣間見たような気がします。でも私だったら闘争本能をぎんぎんにかきたてる的にするな、○○の○とかね。
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 ここから三条通りをまっすぐに歩いて奈良公園へと行きましょう。途中で夜食用に「柿の葉寿司」を購入。猿沢の池あたりにはそれほど桜はありません。興福寺五重塔を写真におさめ、三条通りをさらに進むと、右手に「伝説三作石子詰之旧跡」という表示がありました。おおっ、修学旅行の時にバスガイドから聞かされた、あやまって春日大社の鹿を殺めた少年が石子詰の刑に処せられたという逸話(伝説?)の舞台がここか。それ以後、家の前で鹿が死んでいたらこっそり隣の家の前に移すために、奈良の人は早起きになったという都市伝説が生まれたのは周知の事実…なのかな。なおこの話を題材に近松門左衛門が浄瑠璃「十三鐘」を草したそうです。残念ながら門が閉ざされ、中に入ることはできませんでした。
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 そして春日大社の境内に入り、鷺池と浮見堂へ。ガイドブックによると桜の名所だそうですが、残念ながら一分咲き。なおこのあたりから、春日大社の神使・鹿のみなさまをよく見かけます。公衆便所には鹿が入ってトイレットペーパーを食い荒らさないように一方向にしか開かない木製ドアがついていました。鹿せんべいを売る店では、買い物している客の後ろに近づいて背後霊の如くじっと佇む剛の鹿も見かけました。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-24 06:10 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(4):法隆寺~法輪寺(08.3)

 それでは東院伽藍へと向かいましょう。その前に途中にある大宝蔵院で寺宝を見学。スレンダーで優美な百済観音像や玉虫厨子を拝見しました。後者に描かれている密陀絵・「捨身飼虎図」については勝手に世界最古のアニメーションと見なしているのですが(異時同図法)、今回はじっくりと見ることができました。そして夢殿へ、こちらでは枝垂れ桜が八分咲き。
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 花ごしに夢殿を撮影し、少し先にある中宮寺に行きましょう。若い頃に惚れこんだ弥勒菩薩像と、旧交をかわしました。もし抱きついてよいのでしたら、わたしゃ広隆寺弥勒菩薩像よりもこちらを選びますね。本堂は修復中で、シートの隙間から一所懸命に働いている宮大工の姿が垣間見られました。
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 そして今来た道を戻りますが、この参道の桜並木は五分咲きでした。
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 さて法起寺・法輪寺の塔を見にいきますか、すると一天にわかにかきくもり小雨が降り出しました。門前にある喫茶店で、わらび餅と珈琲をいただいてしばしの雨宿り。異郷の地で雨を見ながら飲む珈琲の味はまた格別です。雨もあがったので自転車にまたがり出発、十分ほどペダルをこぐと法輪寺に到着です。こちらの三重塔は残念ながら1944(昭和19)年に落雷により焼失し、現在の塔は、作家幸田文氏らの尽力により、1975(昭和50)年に再建されたものです。
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 境内には「観音の しろきひたいに やうらくの かげうごかして かぜわたるみゆ」という会津八一の歌碑があります。彼の歌に出会うと、大学時代、新潮文庫の「会津八一歌集」を片手に友人と二人で奈良の古寺めぐりをした思い出がいつもいつもよみがえります。大垣止まりの普通(急行?)列車(今でもあるのでしょうか)に自転車を分解・携行して(いわゆる「輪行」)乗り込み、普通列車を乗り継いで奈良に到着。宿は高畑にある奈良教育大学の学生寮。帰省している学生の部屋を、一泊200円で使わしてくれましたっけ。朝食は抜き、昼食は食パンのみ、夕食はご飯と缶詰(サバの水煮かカツオのフレーク)。キャンピング・ガスバーナーと飯盒を持参したので、奈良町で米を買い、部屋の中で(!)ご飯を炊きましたね。とにかく一銭でも経費を抑え、一箇所でも多くの古寺・古墳を訪ねようとした旅でした。たしか期間は一週間、もちろん一回も風呂に入らず、ひたすらペダルをこいで奈良の主な見どころはすべて踏破しました。今、山ノ神に提案したら、即座に三行半を叩きつけられそうな汚い/貧しい旅ですが、懐かしい思い出です。F君、元気ですか。今にして思えば、いかに費用を安くできたかを誇る「貧しさの美学」が往時の学生には横溢していたような気がします。学生にとっては、自家用車や海外旅行なんて見果てぬ夢の時代でした。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-23 07:32 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(3):法隆寺(08.3)

 それでは法隆寺へと参りましょう。まずは世界最古の木造建造物群・西院伽藍です。正式な入口である中門は、真ん中に柱が立つ異形の門。厩戸皇子の御霊を鎮めるためのものと説かれたのは、梅棹忠夫氏でしたっけ。この門はくぐれず、回廊の西南隅から伽藍に入ることになります。回廊・中門・大講堂に囲まれた広いスペースに静かに並びたたずむ金堂と五重塔。毎度のことながらその造形美に感嘆するとともに、一千三百余年におよび屹立し続ける建造物をつくった古の匠の技には頭が下がります。宮大工の西岡常一氏が「樹齢一千年の木でつくった建物は一千年もたせなければならない」と言われていましたが、その技の奥底には自然に対する畏敬の念があるのでしょうね。今の設計者・大工・建築業者は、百年後のことさえ考えていないのではないかな。
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 大講堂の両脇に桜がありましたが、嬉しいことに八分咲き、これで来たかいがあったというものです。われわれを祝福するかのように、雲の切れ間から陽光が一瞬さしこみました。
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 大講堂の裏手にある上御堂で、ひさしぶりに釈迦三尊像とご対面。そして回廊をめぐりながら、移動するにつれて刻々と変化する五重塔と金堂の景色を堪能。
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 そうそう、回廊の柱はギリシャ建築の影響を受けたものである(エンタシス)という説が流布されていますが、「法隆寺への精神史」(井上章一 弘文堂)や「天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま新書312)を読むと、どうやら俗説のようです。後者から引用します。
 伊東忠太は、明治25年、法隆寺の前に立った時、中門の柱のふくらみを見てギリシャ神殿を想った。しかし正確にいうと、法隆寺の柱のカーブは、中ぶくれで、上に行くに従ってジリジリと絞られるギリシャのエンタシスとはちがうから、専門家はエンタシスとは言わず"胴張り"と呼ぶ。
 忠太は、胴張りの起源はエンタシスという大仮説を証明すべく、ロバの背に揺られ、三年かけてユーラシア大陸を中国からギリシャまで歩いたが、残念ながら証拠は見つからなかった。だから、奈良のバスガイドは言っても、専門の建築史家が口にしない説と今ではなっている。
 法隆寺のエンタシス説と正倉院の校倉造りの湿度調節説は、奈良の古建築についての二大俗説で、前者は未だ証明できず、後者は科学的な計測によって間違いであることが明らかとなっている。
 井上氏は、忠太の思い込みの裏にはヨーロッパ文明に対する劣等感があったと指摘されています。建築の門外漢としてはコメントのしようがないのですが、ま、ギリシャ建築の影響があってもなくても、富士の高嶺に降る雪も京都先斗町に降る雪も、その美しさに変わりはないのだからいいじゃないと思ったりします。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-22 06:06 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(2):法隆寺(08.3)

 ここから関西本線で法隆寺に向かいます。○と△の表示で列車の停止位置を示すところなんざあ、即物的かつ実際的な関西人の面目躍如。
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 十分ほどで法隆寺駅に到着、駅前にある喫茶店で自転車を借りることにしました。こちらでもらった観光地図によると、法隆寺のすぐそばに西里という古い町並みがあるそうです。まずはここに寄ってみますか。菜の花の咲き乱れる野中の長閑な道を、と言いたいところですが、実際は車が行き交う何の変哲もない郊外住宅地という感じです。思い出は美化されやすいのは重々承知していますが、やはり十数年前にくらべて開発が進んだなあという印象を受けます。途中で火の見櫓を二件ゲット。
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 法隆寺の門前を左にしばらく行くと、道ぞいに数多の石仏が並べられていました。おそらく開発の進行によって邪魔となり、ここに集められたのでしょうね。胸がしめつけられるような光景です。その向こうにきっちりと整備された藤ノ木古墳があります。墳丘は径40m、全長14.5mの横穴式石室がある円墳です。1985(昭和60)年に行われた発掘調査で、石室から国際色豊かな金銅装の馬具が3セット発見されたことで注目をあびました。
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 そしてその近くから法隆寺に向かって、西里の町並みが続きます。解説によると、法隆寺を支えた大工集団の本拠地であったといわれているそうです。近畿一円の大工支配となり、大阪城や方広寺大仏殿の作事にも参加した中井大和守正清の出身地だそうな。漆喰で塗り固められた築地塀が落ち着いた雰囲気を醸し出していました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-21 07:08 | 京都 | Comments(0)

京都観桜編(1):(08.3)

 そういえば、京都で本格的な花見をしたことがないなあ。   そうかしら。   そうだよ。   そんなものかしらねえ。   そんなものだよ。と山ノ神と小津安二郎ごっこをしているうちに、そうだ京都へ花見に行こうと意気投合、さっそく計画を立ててみました。山ノ神の都合で三月最後の四日間となりましたが、暖冬の昨年とは大違い、今年の開花予想は四月初旬です。関連書籍やインターネット等を渉猟し、早咲きの桜を求めることにしましょう。いろいろと情報を集めた結果、初日は京都より早く開花宣言が出された奈良に行き、二日目・三日目は京都で早咲き桜を求め、最終日は未踏の地・吉野を一か八かのるかそるか訪れることにしました。持参した本は「イカの哲学」(中沢新一・波多野一郎 集英社新書)と「反米大陸」(伊藤千尋 集英社新書)です。

 好月好日、午前8時ごろ発の新幹線に乗り込み、一路京都に向かいます。長期予報では、どうも天候は曇天のようです。これで桜が咲いていなかったら目も当てられません。山ノ神の神通力もちょっと翳りをおびてきたかな。京都駅に到着してトイレにかけこむと、先日の屋久島旅行において鹿児島空港で見かけた的付きの小用便器がありました。なおあちらの的は三重丸でしたが、こちらは点三つ。この違い、何か文化人類学的な意味があるのでしょうか。
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 まずは荷物をコインロッカーに入れて身軽になりましょう。京都駅では空いているロッカーを見つけるのが一苦労ですが、近鉄京都駅の下あたり、八条口一階が穴場かなという感触をもちました。京都耳寄り情報でした。さて近鉄で奈良へと向かいますが、その前にあらかじめインターネットで予約しておいた最終日の吉野行き特急の指定席券を購入しておきましょう。
 それでは近鉄の急行に乗って奈良へと向かいましょう。右手に見える東寺の五重塔に挨拶をし、車窓から沿線の光景を眺めると桜は三分~五分咲きのようです。ま、こんなもんかな。地下にある近鉄奈良駅で下車し、地上に出て行基像に挨拶をし、まずは食事をとりますか。
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 山ノ神の要望により、駅の近くにあるひがしむき商店街で茶粥をいただくことにしました。勧進をしている僧を見かけると、ああ古都に来たのだなあと実感しますね。山崎屋本店に入って茶粥定食をいただき、三条通りを歩いてJR奈良駅へと向かいます。
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 この通りを歩くのは何十年ぶりだろう、ずいぶんきれいになりましたが、町屋が建ち並んでいたかつての風情はなくなりました。ところどころに筆や墨を売る店や、古い商家も残っていますけれど。十分ちょっと歩くとまるでお寺さんのようなJR奈良駅に到着です。今は修復中なのか使用されておらず、隣に新しい駅(仮設?)が設けられています。まさか取り壊すことはないでしょうね。駅前にはご当地ポスト、ぬぅわんと東大寺大仏殿がのっかっていました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-20 07:12 | 京都 | Comments(0)