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アイルランド編(2):歴史(08.8)

 さて旅立ちの前に、アイルランドの歴史についてふれておくべきでしょう。
 アイルランド島にはじめて人類が居住したのは紀元前7500年ごろ旧石器時代であるとされます。紀元前4世紀ごろからは、中央ヨーロッパを起源とするケルト族が流入し、最終的にケルト族に属するゲール人がこの島を支配することになりました。5世紀に聖パトリックによってキリスト教がもたらされた頃には、100近くの小国が存在していたようです。西ローマ帝国がゲルマン人の侵入により混乱していたこともあり、やがてアイルランドにおけるキリスト教は、修道院を中心として大陸とは違う独自の発展をとげることになりました。言わばこの6~8世紀は、「聖人と学者の島」と讃えられたように、アイルランドはキリスト教文化や学問の中心地だったのですね。
 しかし8世紀以降、たびたびヴァイキングによる来襲を受け、多くの修道院が破壊されることになりました。クロンターフの戦い(1014)でこれを撃退した結果、やっとその掠奪は終息をむかえます。ヴァイキングたちは交易のための商業都市(ダブリン・コーク・リムリック…)を建設し、この島の経済を活性化させたことも忘れてはならないでしょう。その後彼らはゲール人に融合していったようです。
 ヴァイキングの次はアングロ・ノルマン人の侵入がはじまります。彼らはフヴァイキングマンディー地方に定住したヴァキングで、1066年にイギリスを支配した人びとですね。12世紀はじめに、ヘンリー2世がアイルランド人領主間の勢力争いに介入してアイルランドを支配することに成功し、以後、アングロ・ノルマン人貴族が各地に進出することになりました。しかし彼らは地元のゲール人たちとじょじょに融合し、イギリスへの忠誠は弱まっていきます。イギリスによる支配が本格化するのは16世紀以降ですね。16世紀、カトリック教会と絶縁しイギリス国教会(プロテスタント)を設立したヘンリー8世が、アイルランド王を兼任することになり、厳しい支配体制を確立することになります。そしてクロムウェルによる容赦のない弾圧と蛮行と続き、こうした侵略の結果、アイルランドの人口の三分の一が死亡したか亡命したとされています。そしてアイルランド文化やカトリックは否定されるようになり、17世紀末のボイン川の戦いでプロテスタントの優位が決定的になると、異教徒刑罰法によるカトリック弾圧が始まりました。1801 年には、アイルランドは正式にイギリス連合王国に併合されてしまいます。
 19世紀前半には、ダニエル・オコンネルが活躍し、カトリック解放令を勝ち取るなど権利の回復に努め、併合解消に向けた運動にも尽力することになります。しかし1845~49年に起きたジャガイモ飢饉は、深刻な飢餓と移民で人口の激減をもたらしたほか、被害に対する英政府の対応の不手際が、反英感情を高めました。なおこの飢饉によって、ピーク時には800万人を数えた人口は1911年に440万人にまで減少したそうです。飢饉後、土地の奪還と自治・独立を求める政治活動や武力闘争が再び盛んになります。さらに19世紀末からは、作家W.B.イェーツらが中心となって「アイルランド文芸復興」が始まり、ケルト神話やアイルランド語など、イギリスとは違うアイルランド独自の文化が、アイデンティティの象徴となりました。またこの時期に自治獲得運動の中心となったのがチャールズ・スチュワート・パーネルです。
by sabasaba13 | 2009-02-28 07:39 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(1b):前口上(08.8)

 先日、「海からの贈物」(A.M.リンドバーグ 吉田健一訳)を読んでいたら、ジョン・ダンの「人間は島ではない」という言葉に出会いました。ジョン・ダン? たしか詩人・故田村隆一氏の絶筆「死よ驕るなかれ」も、彼の詩の一節だったと記憶しています。気になって調べてみたところ、16~17世紀に生きたイングランドの詩人で、「重病の床の祈祷」の冒頭部分でした。以下、引用します。

だれもひとつの島ではない
だれもそれ自体で完全なものではない
すべての人間は大陸のひとかけら
全体の一部分
もし海によって土が洗い流されれば
欧州は小さくなる
あるいは岬も
あるいは汝の友人たちや汝自身の土地も同じこと
あらゆる人の死は私を削り落とす
なぜなら
私は人類の一部なのだから
ゆえに
決して誰がために鐘はなると問うなかれ
それは汝のために鳴っているのだから

 なるほど、ヘミングウェイは小説の題をここから拝借したのか。なかなかよい詩ですね。思うに、旅の醍醐味もここにあるのではないでしょうか。異文化の中を漂流しながら、そのうちに自分につながるものを見出し、己を人類の一部であると看取する。そういう視点を忘れないよう銘肝したいものです。
 さて今回は、夏休みを利用して二週間ほど山ノ神とアイルランドを旅行してきました。縛りの少ない個人旅行を選択、すこし時間をかけて旅程をねりました。旅荷が多い山ノ神の要望(命令)に応えて、ばたばたとホテルを移動するのではなく、できるだけじっくりと一箇所にとどまるようにしましょう。ダブリンに三泊、キラーニーに五泊、ゴールウェイに四泊という骨格が決定。いろいろと見どころを調べてみると、どうやら公共輸送機関では行けそうもありません。サンチョ・パンサ風に言えば、「お前様もよくご存知のように《石橋を叩いて渡る》とか《鐘を叩くのは叩き方を知ってるやつにまかせろ》とか《釘のあるところに、いつでも吊るす塩豚があるとは限らねえ》とか《みかんきんかんさけのかんよめをもたなきゃはたらかん》とかいった諺もあるさね」、どうしても外せないポイント(ex.グレンダー・ロッホ、ケリー周遊路、ディングル半島、モハーの断崖)は現地でのツァーに参加することにしました。滞在地間の移動は列車かバス、爆発的に人気のある観光地ではないので(たぶん)、これは現地で何とかなるでしょう。馴染の旅行会社に依頼して、往復の航空機とホテル、および現地ツァーの予約をお願いしました。そして出発二日前から旅装の準備を開始。とは言っても、いつもの如く最小限必要なものをテニスバッグに詰め込んでフィニート。どうしても必要だったら現地で買えばいいや、という基本方針を貫いております。ただ今回は、"シャワー"というにわか雨が多いという情報を得ましたので、思い切って新しいこうもり傘を購入して持っていくことにしました。もう一つはサロンパス。その理由は…後ほど明らかになります。
 なお下調べに関して、ダブリン在住の公認ガイドによるブログ「ナオコガイドのアイルランド日記」が大変参考になりました。画面を借りて謝意を表したいと思います。どうもありがとうございました。
 ●http://naokoguide.blog33.fc2.com/
 持参した本は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(マックス・ヴェーバー 大塚久雄訳 岩波文庫)と、「嵐が丘」(E.ブロンテ 鴻巣友季子訳 新潮文庫)。別に深い意味はなく、机上に積んである本の中から、二週間の旅行に見合った分量のものを無作為に抽出しただけです。でも結果としてなかなか鋭い選択であったと自画自賛しております。
by sabasaba13 | 2009-02-27 06:14 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(1a):地図(08.8)

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by sabasaba13 | 2009-02-27 06:13 | 海外 | Comments(0)

「反貧困」

 「反貧困 -「すべり台社会」からの脱出」(湯浅誠 岩波新書1124)読了。基本的に、人口に膾炙し話題となっている本には食指が動かないたちなのですが、本書は別でした。雨宮処凛氏の著書でしばしば言及されているNPO法人自立生活サポート・センターもやい、その事務局長をしておられる湯浅誠氏ですから、貧困との戦いにおけるフロント・ラインでふんばっておられる方でしょう。なお氏は野宿者(ホームレス)支援活動を行うとともに、反貧困ネットワーク事務局長をも務められています。さまざまなデータを駆使して大所高所から現在の貧困について論及する本はよく見かけますが、氏のように実際の貧困と向き合い手を差し伸べている方による現状の報告と分析、そして対策についての考えをぜひ知りたいと思っていたところです。

 第Ⅰ部「貧困問題の現場から」では、日本社会にどうして貧困が広がってしまっているのか、貧困が広がる中でどのような問題が起こっているのか、貧困とはどのようなものか、そして日本政府は貧困問題に対してどのような立場を取っているのか、についての考察です。まず原因ですが、バブル後遺症から企業を回復させるために、政府は何十兆円もの血税を投入し、非正規雇用を大幅に認めたことに求められます。その結果、財政難による公的扶助の空洞化と、雇用環境の悪化という事態をまねきました。そして貧困の実態・問題点について、現場の立場から詳しくふれられています。その中で湯浅氏は、貧困状態に至る背景には「五重の排除」があると主張されています。第一に、教育課程からの排除、その背景には親世代の貧困があります。第二に、企業福祉からの排除。低賃金で不安定雇用、さらに雇用保険・社会保障に入れてもらえない。福利厚生からも排除され、労働組合にも入れてもらえない。第三に、家族福祉からの排除。親や子どもに頼れない、頼れる親を持たない。第四に、公的福祉からの排除。追い返す技法ばかりが洗練されてしまっている生活保護行政の現状。そして第五に、自分自身からの排除。自己責任論によって第一~第四の排除を「あなたのせい」と片づけられ、さらに本人自身がそれを内面化し、何のために生き抜くのか、それに何の意味があるのか、そうした「あたりまえ」のことが見えなくなってしまう。(p.60) 本来ならば雇用(労働)のネット・社会保険のネット・公的扶助のネットという三層のセーフティネットが機能しなければならないのですが、その綻びが露呈し、刑務所が第四のセーフティネットになっているというおぞましい事態となっています。(生き延びるためにあえて罪を犯し刑務所に入る) しかしこうした状況に対して政府はまったくの無策、実態を正確に捉えるための基本的な調査すらまともにしていません。身の毛もよだつ一例をあげましょう。実際に生活保護基準以下で暮らす人たちのうち、どれだけの人たちが生活保護を受けているのかを示す指標に「捕捉率」がありますが、政府は捕捉率調査を拒否しています。なお学者の調査では、日本の捕捉率はおおむね15~20%程度とされています。(p.28) なぜ日本政府は貧困の存在を認めず放置するのか? その理由は財政難、一円でも福祉関連の予算を削りたいというのが本音のようです。貧困は存在しない、あったとしても「自己責任」として自分を責めてくれれば一銭もかかりません。もしきちんとした調査をして貧困の実態が明らかになれば財政出動せざるをえなくなるので、しないわけですね。これも驚くべき一例です。2007.2.13、当時の安倍晋三首相が国会答弁で「絶対的貧困率は先進国の中で最も低い水準にある」と応えましたが、その根拠は内閣府『平成18年次経済財政報告』で、アメリカの民間団体による調査に基づいた報告です。なんとその調査は、任意に抽出された700人を対象に電話で聞き取ったもの! 恐れ入谷の鬼子母神です。それをきっちりと追求しない野党、報道として取り上げないマス・メディアにも呆れますが。
 第Ⅱ部「「反貧困」の現場から」では、人々が貧困問題にどのように立ち向かっているのかについてのレポートです。詳細についてはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、貧困という問題に取り組み解決しようとする大きなうねりが静かに力強くわきおこっているのを知ることができます。

 さてそれではどうすればよいのか。著者が提言するのは、まず貧困の姿・実態・問題を見えるように(可視化)することです。政府にきちんとした調査を行なわせて実態を把握しないことには、問題解決のスタートラインにすら立てません。と同時に、多くの人が他人事だと思わずに貧困の実態について知ろうとすること。本書の執筆動機はそれ以外にはない、とまで氏は言い切っておられます。そして人間が人間らしく再生産される社会をめざして、戦いの矛先を政治へ向けること。きちんとプライオリティ(優先順位)を設定して、この問題の解決を最優先としない政治家には即刻退場してもらうこと。湯浅氏の言を紹介します。
 誰かに自己責任を押し付け、それで何かの答えが出たような気分になるのはもうやめよう。お金がない、財源がないなどという言い訳を真に受けるのは、もうやめよう。そんなことよりも、人間が人間らしく再生産される社会を目指すほうが、はるかに重要である。社会がそこにきちんとプライオリティ(優先順位)を設定すれば、自己責任だの財源論だのといったことは、すぐに誰も言い出せなくなる。そんな発言は、その人が人間らしい労働と暮らしの実現を軽視している証だということが明らかになるからだ。そんな人間に私たちの労働と生活を、賃金と社会保障を任せられるわけがない。そんな経営者や政治家には、まさにその人たちの自己責任において、退場願うべきである。主権は私たちに在る。(p.224)
 最終的な目標としては、貧困状態まで追い込まれた人たちの"溜め"を増やすことです。"溜め"とは、氏独特の言葉ですが、溜め池の"溜め"にあたります。外部からの衝撃を吸収してくれるクッション(緩衝材)の役割を果すとともに、そこからエネルギーを汲み出す諸力の源泉ともなる存在で、お金、頼れる家族・親族・友人、自分への自信などがそれに該当します。貧困とは、このようなもろもろの"溜め"が総合的に失われ、奪われている状態であると氏は主張されています。うーん、鋭い。お金をあげてはいおしまい、ということだけではなく、人間には自分を支えてくれる精神的価値も絶対に必要不可欠なのだという深遠な洞察にみちた言葉です。

 なお著者が事務局長をしておられるNPO法人自立生活サポート・センターもやいの<もやい>とは、嵐のときに小さな漁船同士を結び合わせて、転覆しないようにつながり合うことを指すこともわかりました。望ましい社会のあり方をイメージする一助となる、素晴らしい言葉ですね。嵐に関する予報、防波堤の整備やテトラポットの設置、丈夫なロープの準備については行政の責任。そしていざ嵐が襲来した時に、一人でも多くの、いやできればすべての人の体をロープで縛りみんなでしっかりとつながり合うのは私たちの責任。
 まずスタートラインに立つこと、そしてどこがゴールなのか、その具体的なイメージをみんなでつくりあげること、まずはここから始めましょう。

 追記。「もやい」のホームページに生活保護費の自動計算ソフトがあります。

 ●http://www.moyai.net/modules/m1/index.php?id=17&tmid=31

 ためしに計算してもらったところ、思わず息が止まるような金額が打ち出されました。これで暮らせというのか… ♪これが日本だ、私の国だ♪ なお本書によると、政府は生活保護基準の切下げを画策しています。もしそうなったら、生活保護受給者の所得を減らすだけに止まらず、生活保護基準と連動する諸制度の利用資格要件をも同時に引き下げるため、生活保護を受けていない人たちにも多大な影響を及ぼすという冷厳なる事実も教示していただきました。そしてその背景に「社会保障給付費年間自然増分2200億円を抑制し続ける」という政府方針があることも。永井荷風が「断腸亭日乗」に書きつけた言葉を思い出してしまいました。
 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。(1943.6.25)

by sabasaba13 | 2009-02-26 06:07 | | Comments(0)

「ベートーヴェンの交響曲」

 「ベートーヴェンの交響曲」(金聖響+玉木正之 講談社現代新書1915)読了。「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」と幸若舞『敦盛』を舞っていると、私もそろそろ人生の折り返し地点をこけつまろびつ通過したのかなあとふと思ってしまいました。せっかくこの世に人間として生まれたのだから、十全に生を満喫しておきたいものです。仙厓和尚の辞世は「死にとうない」だったそうですが、そういう境地になれたらいいな。というわけで「やらずに死んだら悔いが残るぞリスト(通称やりのこしリスト)」を考えてみました。音楽に関してあげれば、(1)バイロイトで「ニーベルングの指輪」を聴く、(2)バンドを組んでビートルズの全曲(但し「Revolution9」は除く)を演奏する、(3)バッハの「無伴奏チェロ組曲」全曲を弾く、(4)市民オーケストラに入ってベートーヴェンの全交響曲を演奏する、といったところですか。金と暇とコネ(?)さえあれば実現できる(1)にくらべ、他の三者はそれなりの努力と意志が必要でしょう。私事で恐縮ですが、不肖私、大学時代にオーケストラに入ってコントラバスを弾いており、ベートーヴェンの交響曲第一番、第七番、第九番「合唱」を演奏することができました。なお白状しますと、音程が悪いためモーツァルトは弾かせてもらえませんでした。我が青春に悔いあり… でもこれはせんかたなし、音程の悪い弦楽器奏者は、コントロールの悪いピッチャーと同じで、何もないのですから。しかし先輩方の温情で、フォルテッシモ要員としてではありますが、ベートーヴェンを弾かせてもらえたのは僥倖でした。未熟ではありましたが、全員が一丸となって疾駆するあのドライブ感は忘れることができません。のこる六曲の演奏に参加できる機会ははたして来るのでしょうか。

 閑話休題。本書は気鋭の指揮者・金聖響が、ベートーヴェンの交響曲の魅力について語るとともに、指揮者としての立場からその楽譜がもつ意味を解き明かす好著です。寡聞にして知りませんが、指揮者がこうした本を書くのは珍しいのではないかしらん。ある意味では職業上の秘密や秘伝をばらしてしまうわけですから。しかし金氏は、易しく分かりやすく快活にこの気難しそうなおっさんの語ろうとしたメッセージを伝えようとしてくれます。その際、氏の指揮者としての基本的立場は、楽譜を自分なりに「解釈」するのではなく、ひたすら「読む」こと。楽譜に書かれている音の事実だけを追求するというものです。そうした考究の上で到達されたのでしょう、氏のベートーヴェン像もユニークなものです。ずばり、明るい音楽オタク! 以下、引用します。
 …きっとどこかに、けっこうつまらないけど、本人にとっては、おもしろいと思えるような、遊び心があったはず、とも思えるし、思いたいのです。他人に話すと、何、それ? っていわれそうなことだけど、本人にとっては、けっこうこだわることがあったのではないか…と。ベートーヴェンという男のキャラを、われわれの現在の感覚で表現するなら「オタク」なんですから。キョーレツなオタク人間。
 音を使っての遊びと戯れ、そしてそれを聴衆と共有するための破格の才能と強靭な意志、ということでしょうか。そして各曲について、むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに解き明かしてくれます。第四・五・六・七番について、一部紹介しましょう。
 第四番。ソナタ形式といった「型」が、ハイドンやモーツァルトによって確固としたものに確立されたあとに、その「型」をぶち壊すエネルギーを持ったベートーヴェンが登場することになります。第四番第一楽章(ソナタ形式)では、二つの主題がごちゃ混ぜになる部分があり、形式におさまりきれない音楽的爆発の予兆が感じられます。第三楽章のスケルツォでは、三拍子なのに二拍子に聞こえるヘミオラというリズムを使用した、拍子やアクセントを使った文字通りの戯れ(スケルツォ)。そしてリズミックでスピーディで躍動感にあふれた第四楽章、ベートーヴェンはギンギンにロックンロールした演奏をしたのかもしれません。よってこの曲を指揮するには運動神経が必要で、昔の大指揮者は運動神経より思考力が優れていたからこの曲は人気がなかったのではないか、と思われます。この曲をはじめて耳にした当時の人は「最近の音楽にはついていけない」と思ったかもしれません。
 第五番「運命」。ハイドン、モーツァルト、そしてベートーヴェンの一番から四番とつづいた古典派交響曲の一つの到達点であり、完璧な形とメッセージを備えた完成品です。交響曲の進化の系統樹はここで一旦行き止まり、あとは横に伸びるしかなくなりました。あまりにも有名な出だしの♪ダダダダ~ン! ♪ダダダダ~ン! というフレーズには八分休符が冒頭に入ります。(つまり♪んっダダダダ~ン!) よってその出だしをそろえるのが至難の業で、指揮者はさまざまな振り方を工夫しています。その最後の音にはそれぞれにフェルマータ(拍子の運動を止める、結果として音が伸びる)がついています。よってどれだけその音を伸ばすかは、全体のバランスや曲の雰囲気を考慮して指揮者が自由にしていいわけです。出だしをどうやって振るか、フェルマータをどれくらい伸ばすか、これを熟考するだけで指揮者の苦労と喜びを少し味わうことができます。
 第六番「田園」。後世に大きなアイディアを与え、影響を及ぼし、次の時代を拓いた作品。なお五番と六番はまったく同じ時期に作曲され、初演も一緒でした。つまり過去の完成と未来の開拓という仕事、フィニッシュとスタートを、ベートーヴェンは一気になしとげたわけです。何という超人的な才能と意志!
 第七番。グレン・グールド曰く「世界で最初のディスコ・ミュージック」。

 他にも興趣をそそられる多彩な話題がてんこ盛り。例えば、音楽史に関する鋭い指摘。「バーンスタインによると、音楽は男性と女性が出逢うようなもので、古典派の音楽は、きちんとお見合いをするように自己紹介をする。ロマン派は、愛する気持ちを素直にぶつける」 指揮者の最も重要な役目についての意見。「指揮者は、理想の音と現実の音を脳のなかで区別し、同じように響いているのか、違いがあるのかを確認し、違いがあるならオーケストラに指示を出し、理想の音に近づけるという作業をするわけです。…指揮者の仕事とはそれがすべて、ともいえます」 また音楽評論家に対する手厳しい提言(氏も酷い目にあっているのでしょうか)。「感想や意見を公に発表するときは、個人的な感想文ではなく、誰もが納得のいく普遍的な批評や評論に昇華してほしい」 
 本を読む喜びと、音楽を聴く楽しみを同時に味わえる好著、お薦めです。今読んでいる「ドン・キホーテ」に、サンチョ・パンサのこんな科白がありました。「音楽のあるところにゃ、悪いこたあ起こらねえです。…音楽はいつでも喜びと祭りのしるしだから」

 追記。巻末に付されているベートーヴェン関連年表がなかなか凝ったもので、面白うございました。たとえば1811年は…
 イギリスでラッダイト運動(工場の機械化によって職を失った労働者たちの機械打ち壊し運動)起こる。ベートーヴェン(40歳)のパトロンであるロブコヴィッツ伯爵がナポレオン軍の侵略によって破産。ベートーヴェンを援助できなくなる。別のパトロンであるルドルフ大公に捧げる『ピアノ三重奏曲第七番「大公」』作曲。フランツ・リスト、ハンガリーに生まれる。ロシアのパリ駐在大使クラーキンが、すべての料理を食卓に一度に並べるのではなく、順々に出すロシア式のやり方をフランス人に教える。
 ラッダイト運動と「大公」とフランス料理、まるで三題噺です。でもこの三者を結ぶ糸について考えると、歴史を織り成す綾のようなものが見えてくるかもしれません。年表って大事ですね。
by sabasaba13 | 2009-02-25 06:08 | | Comments(0)

「若者のための政治マニュアル」

 「若者のための政治マニュアル」(山口二郎 講談社現代新書1969)読了。思わず、快哉!と叫びたくなります。若者に限らず、今、私たちにとって最も必要な本が上梓されました。「(著者曰く)一握りの強者のみが得をし、普通の人を踏みつけることに何らのやましさも痛痒も感じないエリートが跋扈する社会」を現前させた張本人の小泉元軍曹がのうのうと発言力を保持し、その一挙手一投足にむらがるマス・メディア。なんと御目出度い国なのでしょう、ここまでくると天晴れですね。こうした御仁に騙されないための教養・知性・スキルこそ、学校教育において若者に習得させるべきなのに、「政治経済」は退屈な暗記科目に堕している。その背景には、若者を保守化させ政治に無関心にさせ、反体制運動から遠ざけようとする文科省の役人や自民党の文教族の政治家の意図がある、というのが山口氏の問題提起です。よって本書を執筆した動機は、ずばり、権力者の行動を看破できるスキルを若者たちに示そうというもの。その意気や良し、私も多くのスキルを教えていただきました。

 権力者の嘘を見抜き騙されないために必要な十個のルールを章立てするという構成で、その見出しは「生命を粗末にするな」「自分が一番―もっとわがままになろう」「人は同じようなことで苦しんでいるものだ、だから助け合える」「無責任でいいじゃないか」「頭の良い政治家を信用するな」「あやふやな言葉を使うな、あやふやな言葉を使うやつを信用するな」「権利を使わない人は政治家から無視される」「本当の敵を見つけよう、仲間内のいがみ合いをすれば喜ぶやつが必ずいる」「今を受け容れつつ否定する」「当たり前のことを疑え」というもの。わかりやすい言葉と物言いで、若者たちの目を政治へ向けてもらおうという著者の真摯な思いがひしひしと伝わってきます。一読して痛感したのは、権力者の発する言葉やイメージを簡単に信じたり振り回されたりせず、知性と理性を駆使してその当否を判断することの重要性です。例えば、ステレオタイプ(部分的にしか知らない事物を理解、解釈するために用いる固定化されたイメージ)や「流行語」に注意すること。前者の例としては、「公務員」=ただ飯食い、というステレオタイプを造り出し利用して郵政民営化を実現させた小泉元軍曹の手口。後者の例としては、日本の経済の構造とはいったい何なのか、それをどのように変えていくのか、一度も体系的な説明をしたことはないのに、「構造改革」という流行語を煙幕代わりに駆使して、社会保障の破壊や低賃金非正規雇用の全面拡大という身も蓋もない改革を行った(これまた)小泉元軍曹の手口。

 そして、何が壊れているのか、何がまだ使えるのかを点検せず、またきちっとした調査や分析を行わずに、官僚・政治家が声高に景気良くぶちあげる"改革"も要注意です。例えば、少年による凶悪犯罪が起こると、道徳教育・武道の必修・愛国心の涵養を叫び、学力の低下が話題になると、学校間における競争原理の導入・教員免許の更新制度・小学校における英語教育の必要性をわめきたてる文科省の官僚たち。本当に凶悪犯罪が増えているのか、また本当に学力が低下しているのか、そうだとしたら真の原因は何なのか、それに関するきちんとした分析・検証はされているのでしょうか、疑問です。これは私見ですが、自分が仕事をしていると見せかけて、地位と予算を保持し続けることだけが目的なのではないかな。なお、医療の世界では、証拠や根拠に基づいて病気の原因を突き止め、それに見合った治療をするエヴィデンス・ベースト(evidence-based)という発想が基本となっており、社会の病理を治す場合にもこの発想が必要であると、著者は指摘されています。
 また研究者としての立場からの、戦後日本における政治への鋭い分析も随所にちりばめられ、大変参考になりました。一つだけ引用します。
 弱者を保護したり、地域間格差を是正したりすることで、人々の雇用や生活にかかわるリスクをカバーすることは重要な政策であるが、日本ではその目的を達成する手段として、公共事業が多用された。また、小売業、金融、輸送など様々な分野で、官僚による「護送船団方式」と呼ばれる行政指導が行われ、弱い企業が落ちこぼれることのないように業界保護が進められた。このようにして、リスクを社会化して、平等な社会を作ることに、ある種のうさんくささがつきまとうようになったのが、戦後日本の特徴である。(p.63)
 なるほど、弱者を保護したり、地域間格差を是正したりしようとした官僚たちの意図は真っ当だったけれども、そのうさんくさい方法に問題があったわけだ。ま、今ではそれすらきれいさっぱり捨ててしまったようですが。

 本書を読んで、一番心に残ったのは次の一文です。「財源の算段をするためにこそ官僚がいるわけであり、政策の目標を定めることは、官僚ではなく政治家しかできないのである」 そうだよそうだよソースだよ、高い志を政策として掲げるのが政治家の役目、知恵をしぼって遣り繰り算段をしてそれを実現するのが官僚の役目、そして志高い目標を提示する政治家を選ぶのがわれわれの役目。こうして見ると、今の日本で政治が劣化し機能不全に陥っていることがよく納得できます。選挙と利権にしか関心のない政治家たち、地位と予算を維持するためにいいかげんな改革を推し進める官僚たち、そして政治を無視し(政治に無視され)選挙にすら行かない国民。
 絶望は愚か者の結論、若者に限らず多くの方々が本書を読んでくれれば、社会を変える最強の武器=民主主義を駆使することは可能だと信じます。瑣事に関する小手先のスキルではなく、社会を変えるビッグなスキルをみんなで身につけませんか。♪みんなで力を合わせて素敵な未来にしようよ♪

 追記。もし読者の中に「若者」の方がいらしたら、耳を貸してください。なぜ自民党・公明党政権が若者に対して冷酷・冷淡なのか、本書を読んで納得、目からウロコが落ちてコンタクトレンズがはまりました。答え。選挙の際、票に結びつかないから。うーむ、絵に描いて額縁に入れ鑑定士の永井龍之介さんから真作のお墨付きをもらったような悪循環だ。
by sabasaba13 | 2009-02-24 06:05 | | Comments(0)

言葉の花綵1

 われわれの思想を、自由に実現することのできる文化学院が生まれるのを真によろこんで、まじめな芸術の精神をもってやろうとしている。
 芸術に生きる。強いない。画一的に人をつくらない。各々の天分を伸ばす。不得手なものを無理にさせない。機械的な試験をしない。競争的に成績を挙げさせない。
 身体と精神を損ずることのないようにする。
 生徒のみの教育ではなく、一般教育界の模範となり、参考となるように努める。
 小さくて善い学校。素人がよい。(西村伊作)

 凡打した自分を、もう一人の自分が見ていたらきっと殺している。(広島カ-プ 前田智)

 叱るべきところはきちんと叱り、見逃すべきところは見逃す。(unknown)

 Some people can sing,others can't. (『市民ケ-ン』)

 自分はなんてケツの穴が小さいんだろうと思った。ウンコはあんなに太いのに。(オリックス パンチ佐藤)

 人生五十愧無功   人生五十にして功なきを愧ず
 花木春過夏已中   花木春過ぎて夏すでに中なり
 満室蒼蠅掃難尽   満室の蒼蠅掃えども尽し難し
 去尋禅榻臥清風   去りて禅榻を尋ね清風に臥す (細川頼之)

 いきすきたるや二十三 八まんひけはとるまい (unknown)

 何せうぞくすんで 一期は夢よ ただ狂へ (『閑吟集』)

 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の聲きけば 我が身さへこそ動がるれ (『梁塵秘抄』)

 私は皇帝なんかになりたくない。征服も柄じゃない。ただ皆を助けたいだけだ。人間は互いの幸福で支え合って生きている。憎んではだめだ。大地は必ず皆に恵みを与える。だが私達は方向を見失った。欲望に毒され他人を貧困や死に追い込んでる。乗り物は速くなったが人は孤独になった。知識は増えたが豊かな感情を無くした。機械より人、知識より心が大切だ。でなければ人生は無だ。発明品は本来人に戒めを求めているのだ。今も私の声は全世界の人々に届いている。絶望している女や子供、組織の犠牲者などに。そんな人々に言おう、絶望してはならないと。欲望はやがてしぼむ。独裁者は滅び、再び民衆の力が芽吹くだろう。人は死ぬが自由は残る。兵士達よ、独裁者に耳を傾けてはならない。君たちは感情までも統制され操られている。独裁者の心は冷たい機械でできている。君たちは機械じゃない、人間なんだ。愛を持て、憎しみは捨てよう。諸君、「神の国は汝らの中にあり」と言うが、特定の人でなく皆の中にあるんだ。誰でも人生を楽しくする力をもっている。その力を結集し社会のために役立てよう。働く意欲がわく社会のため。独裁者も初めはそう言って人心をつかんだ。だがそれは嘘だった。独裁者は自分の欲望だけを満足させたのだ。国家間の障害を取り除こう。偏見をやめて理性を守るんだ。そうすれば科学も幸福を高める。諸君、持てる力を集めよう。ハンナ、僕が分かるね。どこに居ても元気をお出し。雲が割れ日がさし始めたよ。暗闇を抜け僕達は生まれ変わる。もう獣のように憎しみ合うこともない。
 元気をお出し、ハンナ。人はまた歩き始めた。行く手には希望の光が満ちている。
 未来は誰のものでもない、僕達全員のものだ。だから元気を。(Look up,Hanna.) (『チャプリンの独裁者』)
by sabasaba13 | 2009-02-23 06:06 | 言葉の花綵 | Comments(0)

長瀞・寄居・小川・岩槻編(14):岩槻(08.7)

 それでは地図を片手に岩槻の町を彷徨しましょう。郷土資料館の裏手に日光街道と並行する道が、かつて町人の居住地であった新町通り。残念ながら往時の雰囲気はまったく感じられません。ガイドブックによると、岩槻では魔除けのために屋根に鍾馗像をのせる風習(「瓦鍾馗」)があるとのことですが、二軒しか見かけませんでした。単なる私の注意不足か、はたまた廃れてしまったのか。
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 しばらく歩くと武士の居住地であった裏小路、こちらには遷喬(せんきょう)館があります。岩槻藩に仕えていた儒者・児玉南柯(なんか)(1746-1830)が開いた私塾で、後に藩校となったものです。畳を敷き詰めた教場の凛とした佇まいに、教育にかける彼の思いを感じることができました。なお"遷喬"とは「詩経」の一節、「出自幽谷 遷于喬木」に由来したものだそうです。その意は、「学問を欲し友を求める」ことを「鳥が明るい場所を求めて暗い谷から高い木に飛び遷る」姿にたとえたもの。ええなあ、低きに甘んじず高きをめざす、銘肝しましょう。またしばらく歩くと、サッカーボールを模したマンホールの蓋をゲット。全国十八万人のマンホールの蓋ファンには朗報です。(どこが)
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 そしてこの道のどんつきにあるのが「時の鐘」、今でも朝夕六時に元気に時を告げているそうです。なお鐘は1720(享保5)年に鋳造、鐘楼は1853(嘉永6)年(ペリーが来た年だ!)に作られたとのこと。「時の鐘」の前を走るのが日光御成街道、ここを左に進むと日光街道と交わります。岩槻駅方向に歩いて行くと、「おばさん!! 猫にえさをやらないでね」という注意看板を見つけました。全国千八百万人のファンを代表して叫びたい、「えさぐらいやってもいいじゃん」と。(そばにいる山ノ神は「猫のうんちとおしっこの匂いが嫌」とぶつくさ言っておりますが) それにつけても「おばさん」という呼びかけが気になります。日々このポイントに出没する特定の「猫のえさやりおばさん」がいるのか、はたまた岩槻のおばさんには猫を可愛がる方が多いのか、どちらなのでしょう。どちらにしても全国百八十人のおばさんファンの一人としてyellを送りたいですね、ぐぅうわんばれおばさん!
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 駅前にある人形メーカー東玉のビル四階に「人形の博物館」があるというので寄ってみましたが、あまり充実した展示ではなく、ちょっと期待はずれ。さてそれでは大宮から埼京線に乗って、帰ることにしましょう。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-02-22 07:11 | 関東 | Comments(0)

長瀞・寄居・小川・岩槻編(13):岩槻(08.7)

 さてそれでは最終目的地・岩槻に向かいましょう。小川町駅から東武東上線で川越に戻り(約40分)、JR埼京線に乗り換えて大宮へ(約17分)、そして東武野田線に乗り換えて約12分で岩槻に到着です。小川と同様、観光案内所も観光地図も貸し自転車もありません。郷土資料館に行って資料や地図を入手することにしましょう。なおここ岩槻は、太田道灌が築いた岩槻城を中心とする城下町として、また日光御成街道の宿場町や、一と六の日に市が立つ市場町として町です。何といっても有名なのが岩槻人形。江戸時代初期、日光東照宮造営の工匠が、仕事を終えて帰途の途中、ここに住み着き人形作りをはじめたという説と、京都の仏師が岩槻特産の桐細工のオガクズを利用し、人形の頭を作ったのが起源であるという説があるそうです。その名に恥じず、大通りを歩いていると人形店を何軒も見かけました。
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 駅から十数分歩くと、日光街道ぞいに岩槻郷土資料館がありました。アール・デコ調ですが装飾が少なくぶっきらぼうな印象を受ける建物ですが、解説によると1930(昭和5)年に竣工された岩槻警察署庁舎を利用したものだそうです。なるほどね、警察だけあって、あまり派手な装飾を施すことに躊躇したのかもしれません。受付で観光地図をもらい、内部をしばし見学。農具や学校用品など展示自体は凡百なものですが、往時の部屋配置図のところで足が止まりました。調室、留置室…
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 該当する部屋は今では何の変哲もない展示室になっていますが、かつてここで特別高等警察による凄まじい拷問が行われていたのかと想像すると冷水をあびせられた気持ちになります。小林多喜二の小説「一九二八・三・一五」(※共産党への大弾圧が行われた日付)にこんな記述がありました。
 渡は裸にされると、いきなりものも言わないで、後ろから竹刀でたたきつけられた。力いっぱいになぐりつけるので、竹刀がビュ、ビュッとうなって、そのたびに先がしのり返った。…それが三十分も続いた… 今度のにはこたえた。それは畳屋の使う太い針をからだに刺す。…両手の手のひらを上に向けてテーブルの上に置かせ、力いっぱいそこへ鉛筆をつきたてた。…首を締められて気絶する。すぐ息をふき返させ、一分も時間を置かずにまた窒息させ、息をふきかえさせ、また…。それを八回続けた。竜吉は…逆さにつるし上げられた。それから…床に頭をどしんどしんと打ちつけた。
 小林多喜二自身も特高による拷問で落命することになります。なお日本国憲法において「絶対に」というきわめて強い表現をともなった条項は一つしかないそうです。それは第三十六条で「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」というもの、間違いなく特別高等警察のことを念頭においたものでしょう。それはさておき、私の経験では戦前の警察署庁舎はほとんど保存されていないと思います。これは貴重な物件ですね。

 本日の三枚です。下の二枚は韓国の独立記念館で展示されていたジオラマで、日本統治下において日本の憲兵警察が行った拷問を再現したものです。特高による拷問を想像するための参考になるでしょう。異分子と異民族を人間として扱わなかったわれらが“大日本帝国”…
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by sabasaba13 | 2009-02-21 08:28 | 関東 | Comments(1)

長瀞・寄居・小川・岩槻編(12):小川(08.7)

 駅前にある観光案内所+軽食+お土産屋の「壱押屋」に入り、熱くて薄い珈琲をいただきながら、観光パンフレットを物色。お店の方にいろいろと訊ねましたが、どうやらまとまった古い町並みは残っていないようです。パンフレットで見つけた手打ちうどん屋で昼食をとろうと、しばらく徘徊しましたが見当たりません。やれやれつぶれてしまったのかな。その近くには♪After all, it was you and me♪とミック・ジャガーのように咆哮する、広漠な駐車場を有する大規模小売店舗が無気味な存在感とともに佇んでいました。地方の衰微にはいろいろな原因があると思いますが、その一つが間違いなくこうした中央資本による大規模店舗の存在でしょう。地元資本の小商店がつぶされ、商店街がさびれていく。これは自然現象ではなく、規制緩和という明白な政治的意図によってもたらされた事態です。誰かが"買い物難民"と言っていましたっけ。その結果、自動車に乗って郊外にある大規模小売店舗に行かざるをえなくなり、車の普及と同時進行で公共輸送機関が統廃合されていく。全国的チェーン店を経営する企業と自動車メーカーを肥えふとらせる、一石二鳥のみごとな政策です。地方を活性化し、自動車による温室効果ガスを削減するためにも、こうしたやり方は考え直したほうがよいのではないかな。
 近くで見つけた蕎麦屋で冷やしたぬきうどんをいただき、腹ごなしにもう少し町の散策をしましょう。造り酒屋とレンガの煙突など味のある景観も時々見かけるのですが、やはりシャッターを閉ざした仕舞た屋がいやでも目につきます。このままでは地方は消えてなくなってしまうのではないかというどす黒い思いに胸をふさがれながら歩いていると、「小京都と京都ゆかりのまち」という観光ポスターがありました。
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 ここ小川も"小京都"だったんだ。自称?他称?の小京都がつくる全国京都会議という組織があるそうです。(http://www.kyokanko.or.jp/shokyoto.html) 参考のため、ポスターに記されていた"小京都"を列挙しておきましょう。○がついているのは、私が訪れたことがある地です。その名に値するのか、などと野暮なことは言いません、みなそれぞれ味わいのあるそこそこの町でした。

弘前、○角館、○盛岡、○遠野、湯沢、○山形、岩出山、村田、○栃木、○足利、○佐野、○古河、嵐山、○小川、○湯河原、加茂、飯山、飯田、城端、○高山、○郡上八幡、西尾、○犬山、○金沢、○大野、○小浜、○伊賀上野、篠山、龍野、○出石、津山、○高梁、○尾道、○竹原、○倉吉、○松江、○津和野、○山口、○、大洲、○中村、朝倉、小城、○伊万里、○日田、○杵築、人吉、日南、○知覧

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-02-20 06:10 | 関東 | Comments(0)