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アイルランド編(40):リング・オブ・ケリー(08.8)

 そしてバスは半島北側の道を西へと向かい、しばらくしてまた停車。海に突き出た岬と崖、その向こうに(明日行く予定の)ディングル半島が見える景勝地で、写真撮影タイム。しかし小雨が降りはじめており、半島は靄でかすんでいます。
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 次に停まったのはカハーシヴィーンにあるカラーン・ハウス、アイルランド独立運動の英雄ダニエル・オコンネル(1775~1847)の生家が廃墟となって残っています。道路から少し離れたところにあるので、遠くから撮影するのみでした。このへんで半島をほぼ半周、その南側へと向かいますが、雨が本降りとなってきました。チャーリー・チャップリンがよく訪れた港町ウォータービルに着いた頃には風も強くなってきました。バスから降りると傘もろとも体ごと吹き飛ばされそうな勢い、チャップリンの銅像と海岸風景を数枚撮影してすぐ車内に逃げ戻りました。
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 そしてデリナーンの付近で昼食です。ガイドブックの写真を見るとこのあたりの眺望は素晴らしいのですが、いかんせん雨と靄のために海や岬がかすんでいます。体が冷え切っているのでレストランでアイリッシュ・コーヒーを所望、まさか真夏に飲みたくなるとは思いもしませんでした。さて再びバスに乗って出発、アイベラ半島南側の道を東へと向かいます。車窓からは山や丘陵や海、そして牧草地や荒野、そこに放牧されている羊や牛を見ることができましたが、残念ながら視界は良好とはいえません。
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 そしてスニームという小さな街で小休止、小さな広場に雨に濡れながら立っていたSTEVE (CRUSHER) CASEYというレスラーの銅像が妙に心に残ります。1938~47年にかけて世界ヘビー級チャンピオンであったと記されていますが、郷土の英雄なのでしょうか。パブに入ってホット・チョコレートをいただき一休み。外に出ると相変わらず雨は降りつづいていますが、街の方々はそれをものともせずに濡れながら平然と歩いています。
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 そしてバスは出発し、最後の訪問地「貴婦人の眺め(Lady's View)」に到着です。なんでもビクトリア女王がここを訪れた時に、付き人が女王に「領地最高の眺めですね」と声をかけて絶賛したことから名づけられたビュー・ポイントだそうです。女王の在位は1837~1901年、ちょうどオコンネル、そしてパーネルを中心に独立への胎動が活発となった時期ですね、彼女はどういう思いでこの情景を眺めていたのでしょうか。連なる山々のふもとで静かに水を湛えるアッパーレイク、なかなか雄大な景色でした。
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 なおガイドブックによると、このあたりに「妖精の横断に注意!(Leprechaun Crossing)」というその筋では有名な交通標識があるそうですが、見つけられませんでした。レプラコーン(leprechaun)とは老いたる小人の妖精だそうです。椎茸のような帽子をかぶり、紳士のような上衣を着ているが、下はぼろぼろのスカートふうのものをはいています。彼は小人たちの靴修理人だが、なにしろ小人たちは踊りがすきなためにすぐ靴をすりへらします。このおかげでレプラコーンはいつも繁昌していて、それで得たお金を地下にこっそり隠しているそうな。ぜひ会ってみたかったなあ。
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 バスは昨日サイクリングをした道を駆け抜けて、キラーニーの中心部に到着、ここで解散です。夕食は、そう、ケ、バ、ブ。満を持してNew Street北側の路地をすこし入ったところにあるRicki Kebab Houseでラムのケバブをいただきました。これは美味! ジューシーで滋味にあふれる子羊の肉には感動しました。さすが人口より羊の数が多いアイルランド、食事に困ったらケバブは狙い目です。値段も比較的安いですよ(たしか5ユーロ)。腹ごなしに街をそぞろ歩きしながらホテルへ。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-30 06:12 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(39):リング・オブ・ケリー(08.8)

 朝目覚めて、平常心、平常心、平常心と唱えつつ窓から空を見上げるとうす曇りです。本日はケリー周遊路(Ring of Kerry)のバス・ツァーを予約してあります。朝食をとり、部屋に戻って平常心と唱えつつ、SKY NEWSの天気予報を見ました。ヨーロッパ各地の上空にある雲を衛星中継で写すだけのアバウトなものですが、これがけっこうわかりやすい。われらがアイルランドを見ると、大西洋の方からわんさかわんさわんさかわんさと雲が押し寄せてきます。や… いや言うてはあかん。上空に雲ひとつないイタリアがうらy… いやそれを言っちゃあおしめえだ。窓から外を見ると曇天、雨が降らなければ御の字です。
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 ホテルまで迎えに来てくれた車にピックアップされ、街の中心部にあるツァー会社の事務所まで行き、ここで大型バスに乗り換えて出発。ケリー周遊路とは、キラーニーを起点としてアイベラ半島を周遊する約176kmのルートです。この半島にはアイルランド最高峰の山々が集まり、海岸美とあいまって、有数の人気観光ルートになっているとのこと。公共輸送機関がないので、レンタカーかバス・ツァーを利用するしかありません。バスはロウアーレイクの東岸を西北方向へと走り、しばらくすると見事な石橋を渡ります。ここにあるのがキローグリンという小さな村ですが、建ち並ぶ露店、移動式遊園地、そして人の波で大賑わいです。ガイドブックによると、ちょうど前キリスト教時代から伝わる古い祭りPuck Fairの真っ最中。ヤギの王様(King Puck)の戴冠やアヒルのレースなどの催しが行われるそうですが、残念ながらバスは素通り。
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 そしてThe red fox innというパブで小休止。ここではじめて煙草の自動販売機を見かけましたが、マルボロが一箱7.5ユーロ(約1275円)、なるほどこれは高い。店のカウンターではドライバー相手にアイリッシュ・コーヒーをたくさんつくっていました。アイリッシュ・ウィスキーとコーヒーを混ぜ、上にクリームを浮かべるもので、飛行機に乗って冷え切った体を温めるために20世紀になって発明されたそうです。飲酒運転に対してはおおらかな気風のようですね。それはともかく、旅行中にぜひ一度は飲んでみたいものです。
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 そしてバスに乗り込み、またしばらく行くと停車。どうやらこのツァーでは眺めの良いところでバスを停め、写真撮影の時間をもうけてくれるようです。下車して眺めると、おおなるほどこりゃけっこうな景色じゃわい。二つの山の懐に抱かれた小宇宙、大きく蛇行する川、点在する家々、そして斜面の草地にはぽてぽてと羊がちらばり草を食んでいます。見ているだけで心がどんどん広がり、吸い込まれていくような眺めです。
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 なお道端には、ロバと犬をしたがえた質朴な服装のおじさんがいて、一緒に記念写真におさまってくれました。前に小さな鍋が置いてあるので、できれば寸志をいただきたいということでしょう。ようがす、1ユーロさしあげましょう。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-29 07:16 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(38):キラーニー国立公園(08.8)

 やがて川はロウアーレイクに流れ込みますが、そのあたりで道は左に折れ湖に沿っていきます。しかしこの頃から一天にわかに掻き曇り暗雲がたちこめてきました。やれやれ…(九度目) そして白鳥がうかぶ湖越しに、15世紀に建てられたというロス城が見えてきます。
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 森の中の道をしばらく歩くと、湖畔に屹立するロス城に到着、その武骨にして頑強そうな佇まいには圧倒されます。
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 ここからさらに湖につきでた半島を周遊する遊歩道が整備されていますが、やはり雨が降ってきました。幸い小雨なので散策を続けることにしましょう。しっとりと雨に濡れて息づく木立の風情もまた良いもの、そして鬱蒼と密生する緑を見ていると、こうした木々に"神"を感じるケルト的心性がわかるように気がします。これまで雨が降るごとに気落ちしていたのですが、さすがに達観してきました。要するに、その土地の自然が気象の変化によるさまざまな表情を見せて、われわれ旅人をもてなしてくれているのだ、と考えればいいのですね。正岡子規の東北旅行記「はて知らずの記」(新聞 『日本』 1893[明治26]年7月23日~9月10日)の一節に「白河駅に下る。忽ち雨 忽ち晴。半は照り 半は雨る。定まらぬ天気は旅人をもてなすに似たり」とありますが、彼も歌人・俳人としてそうした千変万化する自然の様相を楽しんでいたのかもしれません。これからも"定まらぬ天気"は続きそうですが、めげずに受けとめていきましょう。道のところどころには湖を眺めることのできるビュー・ポイントがありました。
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 一周して城のあたりに戻り、最短距離の道で公園入り口に戻った頃には雨が本降りになってきました。聖メアリー大聖堂の付近で、石を積んだ塀に郵便ポストがはめこまれているのを発見。他にもアイルランドではユニークな形状のポストによく出会いました。小型の防空壕や双子型などなど、日本の画一的なポストにくらべてのびのびとしています。全国3万7千人のポスト・フリークのみなさま、ここは穴場かもしれませんぞ。
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 さて午後はケンメアという街にバスで行くつもりでしたが、この雨で気力も萎え、昨日と同様ホテルの部屋でのんべんだらりと小原庄助的に午後のひと時を過ごすことに決定。ビールを飲んで、昼寝をして、本を読んで、紅茶を飲んで、また昼寝、これはこれで日々の暮らしでは得がたい至福の時間です。夕刻になると雨が上がったので、街へ夕食をとりにいきましょう。その前にホテルにある庭園を散策、一角には紫陽花が咲き誇っていました。
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 ジョイス・パブ賞を受賞したというMURPHYS BARに入り、ギネス・ビールと鴨肉のシェパーズ・パイを所望。決して不味くはないのですが、どうも味付けが同工異曲、何を食べても同じような気がします。私の味覚の鈍さゆえか、あるいはたまたまそういう料理にであっただけなのかは分かりませんが。
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 そして食後の腹ごなしに街をしばらく彷徨、今日は主に路地を中心に歩き回りました。時々見かける小さなアーケード越しに見える街の光景が、なかなかピクチャレスクです。
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 本日の六枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-28 06:57 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(37):キラーニー国立公園(08.8)

 アイリッシュ・ウィスキーの献杯が効いたのか、朝目覚めると眩しいような青空です。予定通り、本日はキラーニー国立公園のウォーキングとしゃれこみましょう。毎度おなじみアイリッシュ・ブレックファストを力のかぎり腹に詰め込み、部屋で一休みした後、午前九時ごろに出発。日曜日の朝ということで人通りも少なく、街は長閑な表情を見せています。そして日の光を浴びて輝く家々はまるで笑っているよう、「街笑う」という季語はないのかな。
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 十分ほど街外れまで歩くと、ゴシック・リバイバル様式の聖メアリー大聖堂の壮麗な建物が見えてきます。その前の車道を横断し、道路と並行して流れる小川を渡ると、もうそこが国立公園の入り口です。ここからロウアーレイクまでの散策を楽しむことにしましょう。
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 藁葺き屋根の民家風建物がありましたが、これはレストランとして利用されているようです。近くには観光用馬車(ジョーンティング・カー)の馭者溜りがありましたが、機会があったら乗ってみたいですね。
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 そして左方向に歩いていくと、さきほどの小川が湖に向かって流れており、それに沿って遊歩道が整備されています。清涼な空気を吸い、せせらぎの音を聞き、木漏れ日を浴びながらしばし快適なウォーキングを楽しめました。散歩をする人、ジョギングをする人、犬の散歩をする人、自転車に乗った人、おそらくみなさん地元の方でしょう、洗いたてのTシャツのように清々しい日曜日の朝を思い思いに満喫されています。街のすぐ近くにこんな素敵な散歩道があるなんて、ほんとに羨ましい。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-27 06:11 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(36):ミドルレイク~キラーニー(08.8)

 そして石橋を渡り、ミドルレイクの南側へとまわります。沼、湧水、小川、小さな滝があちらこちらに見られ、ほんとに雨が多いところなのだと痛感。でもそれほど湿気を感じないのは不思議です。きれいな光景に出会うと自転車を停め写真を撮り、のんびりとペダルをこいでいると、自動車道路に合流し、ここでサイクリングコースはいったん終わり。
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 ホテルを出てからここまで約二時間と少し、あとはふたたびコースに戻って湖の東側を走り、マックロス・ハウスという貴族の邸宅を見物して帰る予定です。が…情け容赦なく雨が降ってきました… 地図によると、すこし車道を走れば再びサイクリングコースに戻れるはずなのですが、それらしい道が何本かあり見分けがつきません。表示も標識も案内地図もなし。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、と適当に選んで走り出しましたが、どうやら間違ったようです。広大なマックロス・ハウスの裏側にある森に入ってしまったようで完全に方向感覚を失ってしまいました。そうこうするうちに雨粒がどんどん大きくなってきます。やっとのことで車道に出られ、あとは一目散にホテルへと戻りました。やれやれ(影の声A「とぼやいたのは何度目だ」 影の声B「七度目」)
 自転車を返却すると、店のご主人はにこやかな笑顔で"Wonderful weather ! " 濡鼠と化したわれわれは、SPARでギネスの缶ビールを仕入れ、ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びました。そしてビールを飲んで、昼寝をして、本を読んで、紅茶を飲んで、また昼寝。これはこれで悦楽の世界です、きっと上の方で誰かが「のんびりと寛ぎなさい」と言ってくれているんだ。てなわけで気づけば午後六時、夕食をとりに街へとくりだしますか。おっとその前に、次の目的地ゴールウェイへのバスの発車時刻と指定席の有無を確認しておかねば。ホテルのすぐ前に最近できたらしいアウトレットモールがあり、その奥がバスターミナルになっています。切符売り場に行くと…もう閉まっていました。表示によると、開いているのはMonday-Saturdayは8:30-17:00、Sundayは9:30-16:00。"Closed for lunch 13:00-14:00"というのも羨ましいですね、なんて人間的な労働時間なんだ。なお自動販売機があるので切符の購入には問題なし、時刻表でゴールウェイへの発車時刻と乗り継ぎを確認しました。
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 なおクラクションを連続して鳴らしながら数台の車が町中を走り回っていたのですが、車体に大きなリボンが結んであったのでおそらく結婚式のお祝いでしょう。雨上がりの街を歩いていると、「ナオコガイドのアイルランド日記」で紹介されていたSerendipityという名の洋服屋を発見。「セレンディピィティ」とは「偶然により、予期せぬ良いもの、面白いものに遭遇する能力」「予期せぬ幸福をつかむ能力」という意味だそうです、なかなか洒落たネーミングですね。これは何とかして身につけ伸ばしたい能力ですが、やはり自由気儘な旅行をするのがそのための有効な手段ではないかと思ったりしながら今日も旅行く…
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 さて夕食はどこでとりましょうか、やはり15ユーロあたりまでが許容範囲、いろいろと物色した結果、CROCK O'GOLDというパブ&レストランがまあまあ安くて雰囲気がよさそう、ここにしましょう。さっそくギネスとギネス・パイ(ギネス・ビールで煮込んだアイリッシュ・シチューにパイが乗っている)と煮込みチキンを注文。味は可もなし不可もなし。
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 食べ終わり外へ出ると、お天道様が雲間から顔を出し、青空が広がっています。うーん、い、け、ず。ま、でも光があると街の風貌も変わってきます。あらためて見渡すとなかなか小奇麗で洗練された雰囲気の街です。色とりどりに塗られた家々、窓やドアを飾る花、個性的な店の看板、そしてセンスよく商品を並べたウィンドウ、見ているだけで飽きません。おっ、ケバブ屋さんを発見、明日か明後日か入ってみましょう。そしてこれまた「ナオコガイドのアイルランド日記」で美味と紹介されていたMURPHYS ICECREAMに入ってアイスクリームをいただきました。大変おいしかったのですが、(しつこいですが)一個3.5ユーロ、日本円にして約600円! やれやれ…(八度目) そうそう、忘れちゃいけない、明日への活力・百薬の長アイリッシュ・ウィスキーを買わなければ。ホテルのフロントで教えてもらった酒屋に寄り、ご主人のお薦めTHE TYRCONNELLを購入。部屋に戻りさっそく一杯。芳醇にして腰のある飲み口、なかなかいけました。夕焼けにグラスを掲げ、明日の好天を祈りましょう。
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 本日の六枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-26 08:29 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(35):ミドルレイク(08.8)

 さてそろそろ午前十時、そろそろ行動を開始しますか。雨が降っている時に自転車に乗るのは、スターリングラードから敗走するドイツ兵のような気持ち(たぶん)になるので避けたいものです。窓から外を見て天候を最終チェックすると、雲は厚いのですが切れ間から日光が差しています。はい、決定、今日はサイクリング、明日はウォーキングにしましょう。部屋から出ると、ルーム・メイドさんたちが廊下で会話をしていますが、どうやらポーランド語のように聞こえました。昨夜確認しておいたホテル近くの店に行き、自転車を二台借りました。なお貸し自転車屋は町のあちこちにあるのでNo problem。店のドアには、七歳のゴールデン・レトリーバーBILLYが、迷子いや迷い犬になったので探しているというポスターが貼ってありました。"HEARTBROKEN CHILDREN"という文字にせつなくなり、風景がなみだにゆすれてしまいそう。何か情報をお持ちの方は、087-4121133までご一報ください。
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 極楽蜻蛉向けのんびりお気楽お勧めサイクリングコースを店の方にうかがったところ、近くにある湖・ミドルレイクを一周するコースを紹介してくれました。コースも整備されているし、自然もきれいだし、距離も適度であるということです。しょぼい地図をくれたのですが、いまひとつ不安、インフォメーション(観光案内所)に寄ってもう少し詳しい地図を購入。さあ出発です。南に向かって十数分ほどペダルをこぎ、橋を渡ると右側にホテルの入り口らしき並木道がありました。あまりにきれいなのでちょっと中に入ってみると、牧草地と草を食む羊たちが見えました。うーん、いかにもアイルランドらしい光景だ。また歩道に戻り先に進むと、道は右に折れて森の中へと続いていきます、ここからがサイクリングコースのはじまり。人・自転車専用の大変走りやすい舗装道路で、高低差はほとんどありません。なおハイカー専用の細いコースが並行して何本もあるようでした。
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 森を抜けると眼前に現れるのがロウアーレイク。キラーニー国立公園には、ロウアーレイク、ミドルレイク、アッパーレイクと、三つの湖が連なっています。しかし残念ながらみるみるうちに雲と靄が満ち満ちて、湖を囲む山々の上方が見えなくなってしまいました。天に唾するわけにはいかないので、ここは耐えるしかありません。それでも清々しい山の冷気を感じ、緑なす木立や牧草地や芝生を眺め、フィトンチッドを胸いっぱいに吸い込むと、心身にこびりついた俗塵がきれいに洗い落とされていくようです。かぽかぽと向かうからやってくるのは、キラーニー名物の観光馬車(ジョーンティング・カー)、乗客と挨拶を交わしてすれ違いました。
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 しばらく行くと、今度は左手にミドルレイクが木々の間から顔を覗かせてきます。ん? 高価そうなカメラを抱えた男女が、森の中から満足げな表情で出てきます。これはピクチャレスクな風景があるに違いないと思い、自転車をとめてそのあたりに入ってみました。するとそこは沼が点在する湿地、鏡のように静かな水面が苔におおわれた木々を美しく映しだしています。オフェリアが二、三十人浮かんでいそうな神秘的な光景でした。さっそく二人でぱしゃぱしゃと撮影。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-25 07:55 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(34):ホテルの朝食(08.8)

 朝、目覚めるとどよよんとした曇天、もう雨が降っていないだけでも幸甚だなと思うようになりました。とるものもとりあえず朝食会場へ。入った瞬間に山ノ神の瞳孔に星が煌くのが見え内耳に"Tafelmusik"が鳴り響くのが聞えてきました。高い天井に広い部屋、白で統一された室内、豪華だけれど趣味の良い装飾・椅子・テーブル・調度品、そして大きな窓からは庭園の緑を見ることができます。陳腐な表現ですが、まるで貴族になったみたい… 食事は完璧なアイリッシュ・ブレックファスト、味も申し分ありません。ソーダ・ブレッド、卵(目玉焼きかスクランブル・エッグ)、ベーコン(というよりも焼肉に近い)、ソーセージ、ソテーされたマッシュルーム、ベイクド・トマト、ブラック・プディング(豚の血をオートミールに混ぜたソーセージの輪切り)、ホワイト・プディング(豚肉に穀物を混ぜたソーセージの輪切り)、ジャガイモ(フライかハッシュド・ポテト)と勢ぞろいをして見得を切る剛者たちとジュース・紅茶を牛飲馬食(下品だなあ)、これまでいろいろなホテルに泊まってきましたが、間違いなく五本の指に入る朝食でした。そして紅茶をいただきながら、キラーニーにおける旅程を山ノ神にlecture。(旅程に関してはほぼ風馬牛の彼女) ここ南部のアルスター地方は自然の美しいところで、キラーニー国立公園・ケリー周遊路・ディングル半島など見どころがたくさんあります。よってその観光の起点となるここキラーニーに五泊することにしてあります。(「きゃーこの素敵なホテルに五泊もできるの!」) 今日と明日はキラーニー国立公園をサイクリング&ウォーキング、そしてケンメアという小さな町への訪問、三日目はケリー周遊路、四日目はディングル半島のバス・ツァーを予約してあるのだよ、と説明。そして部屋に戻りベッドに寝転んでTVを見ながら食後の一休み。もう北京オリンピックがはじまっておりましたが、ヨーロッパのスポーツニュースは普段なかなか目にすることのない多種多様な競技を見せてくれるのが嬉しい限りです。カヌー、馬術、われわれが一番気に入ったのが(正式名称は何というのでしょう?)シンクロナイズド二人飛び込み。二人の選手が同時に飛び込んで、技の難度・完成度と同調性を競うというものですが、個性的な息の合わせ方・タイミングの取り方、合わせ鏡を見ているような見事な技、そして着水時の水しぶきの多寡などなど、見どころは多々あります。「あんなに飛沫がたったのに、この判定員は中国選手に甘いんじゃないの」とか「この局面でdifficulty3.2の技をもってくるか、ふつう」とか好き勝手な御託を並べながらの観戦です。自国選手の登場する競技を重点的に報道する方針はもちろん理解できますが、国籍に関係なく惚れ惚れするような素晴らしい技を見たいと思う人も多いのではないでしょうか。日本のジャーナリズムに対して一考を期待します。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-24 06:13 | 海外 | Comments(0)

アイルランド編(33):キラーニー(08.8)

 それでは街へくりだすことにしますか。ホテルおよび駅から歩いて数分でキラーニーの中心街に到着、とは言っても三十分もあれば主だったところは廻れるこぢんまりとした街であることがすぐに判明しました。今日はもう疲れたので、街の徘徊は明日以降にしましょう。物価が高いことはもう身にしみたので、夕食は地元民と思われる方々で賑わっているファストフードの店で、フィッシュ&チップスをいただきましょう。山のように積まれたフライドポテトと皿からはみださんばかりの巨大な魚フライで胃は大騒ぎ、大雑把な味でしたがとにかく満腹になりました。ちなみにお値段は8ユーロ、日本円で約1360円、いやはやなんてえこった。
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 近くにコンビニエンス・ストア「SPAR」があったので、ギネスの缶ビールを購入、ホテルに帰ろうとするとMURPHYS BARというパブがありました。入り口の脇にジョイスの顔が浮き彫りとなったプレートが掲げられています。彼のお気に入り?あるいは作品に登場した? プレートには"THIS PUB HAS BEEN GRANTED THE JAMES JOYCE PUB AWARD"と刻んでありました。どうやら伝統的な雰囲気を残しているアイリッシュ・パブに与えられる「ジョイス・パブ賞」を受賞した店のようですね、いつか寄ってみることにしましょう。
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 そしてキラーニー駅の写真を撮ってホテルへ到着。部屋に戻りシャワーを浴びて、さっそく缶ビールを一気飲み。パブで出されたもののようなクリーミーな泡は望むべくもありませんが、コクのある味は十分に堪能できました。ん? 缶を振ると何やら中でころからと音がします。何か入っているのでしょうか? これは後日談ですが、帰国して同缶ビールを買ったところ、日本語で音の正体について説明があることに気づきました。以下、引用です。「缶内にフローティング・ウィジェットという白い球型のカプセルが入っています。缶内の音は異常ではありません。このフローティング・ウィジェットの働きでクリーミィな泡を作り出します」 へえー、実際にこの眼で見てやろうと缶を分解したところ、けっこう大きなプラスチック製の球体を取り出すことに成功しました。どうしてこやつがクリーミィな泡を作り出せるのか、気になる方はギネスの日本語サイトをごろうじろ。またこのサイトでは正しい缶ビールの注ぎ方も説明されており、「ドラフトギネス缶は約3.5°C で3時間以上冷やしておきます。手を固定し、深呼吸をします。缶を開けると、ウィジェットは自動的に働きます。傾けたグラスの中に、慎重にビールを注ぎ切り、縁まで注いだらグラスを平らに戻します」 "深呼吸"というのは笑えますが、仰せの通りにやってみました。「何十年もの歳月と10億円(900万ドル)を超える費用を要し、ようやく完成し」たわりにはそれほどの効果はないようです。それよりもフローティング・ウィジェットの容積分だけビールの量を減らせるというのが真の狙いではないのか、と邪推してしまう私。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-23 06:06 | 海外 | Comments(0)

「禅僧とめぐる京の名庭」

 「禅僧とめぐる京の名庭」(枡野俊明 アスキー新書083)読了。京都は幾度ともなく訪れていますが、その楽しみの一つは素敵なお庭を拝見することですね。より深くその素晴らしさを味わいたいとつねづね思っており、鑑賞の勘所をとうしろうにも分かりやすく説明してくれる本はないかと捜しているのですがなかなかめぐり合えません。本書の著者は禅僧にして庭園デザイナー、またぱらぱらと立ち読みをすると庭園+建物(方丈)の正確な平面図も載せられています。おっこれはやるな、とさっそく購入して読んでみたのですが… 満足のいくものではありませんでした。京都の二十一の名庭の来歴や由緒や特徴が詳しく紹介され、また、方丈南面に面した南庭は、住持が接客に用いる東の間(礼の間)から眺めるようにつくられているので、ここの広縁あたりがベスト・ビュー・ポジション(p.65)といったためになる鑑賞法もいくつか教示されているのですが、肝心要の「なぜ素敵なのか」というところになると「緊張感に満ちた究極の美」「精神性を込める」「心に訴えかけてくるもの」「庭を通して心の奥底に眠っている何かを見つけ出す」といった漠然とした言葉が並べられ腰砕けとなる印象があります。もちろん"美"を言葉で解き明かせ、などという無茶にして野暮なことを言うつもりは毛頭ありませんが、著者の力量と経験だったらそのとば口くらいは指し示すことができるのでは、と思います。例えば、石にはそれぞれ「気勢(きぜい)」とよばれる勢い・動きがあり、互いに引き合ってバランスを取っている(p.100)という重要な指摘をされているのですから、庭全体の石に気勢を示す矢印をふって、その絶妙なバランスを図示するとか。あるいは、ある石を他所へ移動させた合成写真をつくって、それによってどうバランスが崩れるかを試してみるとかね。

 ぶちぶちと失礼なことを書き連ねてしまいましたが、「ビュー・ポイント」と「気勢」という重要な勘所を教えていただけたことには深く感謝します。お庭の素敵さを味わうには、誰かに教えてもらおうなどという安易な気持ちは捨てて、真摯にお庭と向き合うしかないのかもしれませんね。
by sabasaba13 | 2009-04-22 06:03 | | Comments(0)

「暗い夜の記録」

 「暗い夜の記録」(許広平 安藤彦太郎訳 岩波新書215)読了。先日、拙ブログで紹介した「伝説の日中文化サロン 上海・内山書店」(太田尚樹 平凡社新書436)に教示されて本書の存在を知りました。魯迅の未亡人・許広平が反政府運動に関係する文化人に関する情報を求められて日本の上海憲兵隊本部に拘留され、凄まじい拷問に耐え秘密を守りぬいた七十数日間を自ら綴った稀有なドキュメントです。ただ(紹介した手前岩波書店にかわってお詫びしますが)絶版です。古本屋や古本サイトでわりと容易に見つかりそうな気がしますので、よろしければ入手してご一読ください。
 日本人の自由や言論を封殺するうえで、憲兵隊や特別高等警察がいかに猛威をふるったか、だいたいは想像できます。しかし侵略をされたアジアの人びとに対して彼らが何をしたのかについては、あまり語られてこなかったと思います。そういう意味で、「上海人がその名を聞けばふるえあがる人間屠殺場日本憲兵隊司令部(p.15)」における体験と生活をリアルに綴った本書は、たいへん貴重な歴史的記録ですね。それを、時にはユーモアを交えながらも、びしびしと歯切れの良い文章で語りきった著者の筆力にも感嘆しました。詳細についてはぜひ本書をよんでいただくとして、痛烈に印象に残った一文を紹介します。日本人看守が臨月の中国人女性を無理に日課の運動をさせようとしたので、著者たちは何とかしてやめさせようと懇願します。しかし…
 「そりゃほんとうかい?」 ほんとうにきまっているではないか。ウソでこんなにお腹が大きくなることがあるか。かれらだってめくらではない以上、わからないはずはあるまい。要するに、人の生命をおもちゃにしているのである。(p.125)
 そういえば「神聖喜劇」(大西巨人・のぞゑのぶひさ・岩田和博 幻冬社)にも同じような言葉があったと記憶しています。たしか陸軍内務班において、兵士を凌辱的にいじめる上官に対して主人公・東堂太郎と友人が同時に「人の命をおもちゃにするのはやめてください」と叫ぶ場面でした。実はこれ以外にも、憲兵や看守たちが収容者たちの人間としての尊厳や矜持を、面白がって踏みにじるシーンがところどころで語られています。もちろん、こうした暴力装置はどこの国にもあり、同様の虐待を繰り返してきたでしょう。しかし外部・内部を問わず弱者の命をおもちゃにすることに快感を覚えるというのは、日本の組織の大きな特質なような気がしますし、今現在でも「いじめ」「セクハラ」「パワハラ」とその姿を変えて生き続けていると思います。そういえばリ-・クアン・ユ-氏が同趣旨のことを言っていたなとふと思い出し、古いフォルダをごそごそ探していたら、ありました。彼も日本社会と日本人の特質を「これは違う文化だ、組織的な残虐性(systematic brutality)を信奉する人々だと確信した」と語っていました(朝日新聞94.12.31)。もしそうだとするなら、何故なのか、いつからなのか、どうしたら変えられるのか、うむむむむ、とてつもない難問ですが逃げ回るわけにはいかないでしょう。

 こうした凄絶な環境と拷問、「欺(だまし)・嚇(おどし)・哄(すかし)・誘(さそい)」を巧みに使い分ける尋問、そして精神的圧迫により、彼女は幾度ともなく気持ちが折れかかり友人の名を供述しそうなりますが、結局耐え切ることになります。その彼女を支えたのが難友(艱難辛苦の中で知り合った友)と、亡夫にして師である魯迅の言葉でした。例えば拷問による死線をくぐりぬけてきた運動家の若い男性は、彼女にこうアドバイスします。「いちばん大事なのは口供のつじつまが何時もあっていることです。どうしても我慢できなければ、うんと泣きわめきなさい。苦痛を大げさに言ったってかまいません。(p.34)」 特に前者は、暴力を伴わない拷問の如き尋問で冤罪を生み出し続けている警察・検察が跋扈している現在の日本において、私たちが身につけなければならない叡智ですね。彼女は寝る前に、家宅捜索で発見された本の入手経路を、知人の名を出さずに辻褄をあわせて供述するための綿密な"嘘"を脳中で練り上げ、翌日の尋問にのぞみます。その気力を支えたのが「圧迫者から圧迫される者の不道徳の一と指定して居る虚偽は、同類に対しては悪であるが、圧迫者に対しては徳である(p.85)」「墨で書かれた虚言は、血で書かれた事実を決して掩いきることはできない。血の責務は必ず同一物で償還しなければならぬ。支払いがおそければおそいほど、利息は増やさなくてはならぬ(p.176)」といった魯迅の言葉です。そして見事に、撥ねかえす力・抵抗力を身につけていきます。
 「どうだ、白状しないのか」 それには答えなかった。すると、ピシピシと音をたてて、皮の鞭が、手にも肩にも足にも、ところきらわずふりそそいだ。わたしは、ただ一途に、くやしいとおもった。もうこうなったら、なにも妥協することはない。死んだって負けるものか。鞭うたれるたびに決意がかたまっていった。このとき、わたしははじめて、はっきりと悟ったのであった。あの十何回も失神して生きかえった難友が耐えしのぶことのできた原因は、どこにあるのか、ということを。これは、弾力的に撥ねかえす力にあるのだ。圧力がかかればかかるほど、抵抗力を大きくするのだ。心をしずめ、ひややかに応待して、最初の何回かの拳による攻撃を、ぐっとささえておれば、あとは楽になるのである。秘伝とは、つまりこれだ。(p.51)
 そしてもう一つ彼女をささえたのが、良い意味での"復讐心"、魯迅言うところの「血の債務を償還させる」という強固な意志だと思います。彼女はこう綴っています。「眼鏡(※尋問した憲兵)は…ていねいに、「佐々木徳正」と、自分の署名をした。わたしはこのとき心のなかで考えた。よし、この名前をおぼえていよう。いつの日にか、わたしたちはこの名前を突きつけるときがくるだろう。(p.16)」 しかしその償還は十全にはなされなかったようです。苛烈な拷問を行った憲兵たちの罪を日本側が問うことはなく、また共産党との内戦にのめりこんだ蒋介石・国民党は日本との関係強化のためにその罪を帳消しにしたケースが多かったのではないのでしょうか。その経過に関する史料収集や検証・研究をきちんと行う必要がありますね。

 なお最後の解説では痛烈な違和感を覚えました。魯迅を論難する知識人たちを否定し、彼の思想を正統的なものとして公認した毛沢東を、彼女が手放しで礼賛している部分です。いかなるものであろうと権力や権威にすりよる奴隷根性を真っ向から否定した魯迅の核とも言うべき思想を、彼女が受けつがなかったのかと思うと少し残念。もし魯迅が存命して文化大革命に遭遇していたら、鉄をも穿つような痛烈な批判をしていたことと思います。
by sabasaba13 | 2009-04-21 06:05 | | Comments(0)