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言葉の花綵17

 人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るるなり。(『徒然草』)

 ウチナーの人間は、その日が楽しければいいの。明日はもっと楽しくしようとは思わないのさ。だからヤマトの仕事は合わないの。
 よけいに儲けなくたっていいんだ。
 向上心がないのとはちがうのさ。欲がないだけのことさ。

 人間、ヒマになると悪口を言うようになります。
 悪口を言わない程度の忙しさは大事です。

 職業に貴賤はないと思うけど、
 生き方には貴賤がありますねェ。

 子供は親の言うとおりに育つものじゃない。
 親のするとおりに育つんだ。

 頭の悪いガキをつかまえて、頭を良くしようとするから、世の中が無理がいく。頭の悪いガキには、それなりの生き方を探してやるのが大人の責任じゃねエのかねェ。

 樹齢二百年の木を使ったら、
 二百年は使える仕事をしなきゃ。
 木に失礼ですから。

 若いんだからしかたがないって、怒るのをやめちゃっちゃ、何のための年寄りだかわからないよ。
 怒ってなきゃダメだよ、年寄りは。

 職人や芸人は、自分の仕事で人を納得させればいいんで、
 仕事以外に余計なサービスをすることはないんだ。
 近頃の職人や芸人は、余計なサービスで喰っている奴が増えている。

 他人と比較してはいけません。
 その人が持っている能力と、その人がやったことを比較しなきゃいけません。
 そうすれば褒めることができます。

 おまえは非常識なんていうもんじゃない。
 おまえは無常識! おまえは何もないの!

 プロとアマチュアのちがいですか…
 アマチュアは失敗をごまかせません。

 安いから買うという考え方は、買物じゃありません。
 必要なものは高くても買うというのが買物です。(永六輔『職人』)

 演歌のチンピラ歌手が「私はアーティストです」なんていう。
 そんな歌手は束にして火をつけてやりたい。(淡谷のり子)

 ニンドス ハッカッカ マ ヒジリキ ホッキョッキョ (小松政夫)

 人生は祭りだ。一緒に生きよう。君にもほかの人にも、僕はこれしかいえない。このままの僕を受け入れてくれ。(『81/2』)

 汚う稼いできれいに払う。これが大阪商人の心意気や。(『ナニワ金融道』)
by sabasaba13 | 2009-11-30 06:06 | 言葉の花綵 | Comments(0)

古い写真

 先日、本棚を整理していたら、古いスライド写真を見つけました。透かして見ると、東京の古い建築を渉猟した時に撮影したものでした。時は1988年7月、おおもう二十年以上も前のことです。すべてを確認したわけではありませんが、そのうち相当数の物件がもう存在しません。ある程度の保存運動が起きながらも解体された(されつつある)東京中央郵便局、三信ビル、丸ビル。(たぶん)大きな反対の声も起こらず夜の霧にように消えてしまった東洋キネマ、高岡商会、沢書店。(大阪ビル二号館はどちらだったのでしょうか?) かなり劣化しているようなので、あわてて写真屋にもちこんでCDに焼き付けてもらいました。老朽化、不便さ、話題づくり、取り壊したのにはいろいろな理由はあるのでしょうが、いずれ劣らぬ街のランドマーク。局外者の勝手な言い分かもしれませんが、せめて内部に手を入れ外観だけでも保存する手立てはなかったのでしょうか。その時代の雰囲気や精神を体現し、設計者を含め多くの人々のメッセージが込められた古い建築を一顧だにせず、破壊して歩み続けてきたこの国のあり方には背筋が寒くなります。追悼の意をこめて紹介します。
 本日の七枚、上から東京中央郵便局、三信ビル、丸ビル、大阪ビル二号館、東洋キネマ、高岡商会、沢書店です。
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by sabasaba13 | 2009-11-29 07:21 | 鶏肋 | Comments(0)

五島うどん

 ひさしぶりの「だまたべ(騙されたと思って、食べてみて)」コーナーです。今回紹介するのは五島うどん。五島列島って御存知ですか。長崎の西方に浮かぶ島々で、そこでつくられるうどんが美味であると藤原新也氏の「日本浄土」(東京書籍)で知り、いつか訪れて食してみたいと思っておりました。今年の九月にその機会を得て、五島で実際に食べてその美味しさに打ちのめされた次第です。椿油を使っているためかのどごしなめらかにして腰のある細麺と、滋味にあふれるあご(飛魚)だしスープのコラボレーションがぐんばつ。前歯で細麺をぷつんと噛み切った瞬間に意識が飛び、エンドルフィンがぴしぴしと分泌し、陶酔感が奔流のように心身を押し流していきました。いわゆるイーターズ・ハイというやつですね。この間、うどんと一如、忘我の境地で、気がつけば空になった丼の底を呆然と見つめている自分がいました。讃岐うどん(香川)、稲庭うどん(秋田)、水沢うどん(群馬)、名古屋きしめん、何するものぞ。どこからでもかかってこい。日本一大うどんにノミネートしましょう。
 さっそく山ノ神に奉納するために自宅に送りましたが、あっという間にたいらげ、また通信販売で注文してしまいました。熱湯で八分ほど茹で、顆粒のあごだしをといて作ったスープに入れるだけ。これに九条ねぎをちりばめれば至福の一品が簡単にできあがります。貴殿のうどん観が激変すること必定(それがどうしたと言われても困りますが)。「五島うどん 通販」で検索すれば、すぐに販売店は見つかります。ぜひ試してみてください。もし不味ければ代金はお返しする…かもしれません…たぶん業者が。
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by sabasaba13 | 2009-11-28 05:20 | 鶏肋 | Comments(0)

菱田春草展

c0051620_664457.jpg 先日、山ノ神といっしょに菱田春草展(後期)を見てきました。場所は明治神宮文化館宝物展示室、へえー明治神宮にこんな施設があったのか知らなんだ。というよりも私、自慢ではありませんが/自慢ですが、明治神宮に行ったことがありません。JR原宿駅から明治神宮境内に入り、鬱蒼とした木立の間を数分歩くと、ゆるやかな曲線を描くそれほど大きくない建物が見えてきました。幸いなことに入館者は数人、ゆったりと彼の絵を味わうことができたのは僥倖です。さて、スーパーニッポニカ(小学館)に依拠して菱田春草を紹介しておきましょう。
 菱田春草(1874―1911)、明治の日本画家。長野県飯田町に生まれる。1889(明治22) 年に上京して、翌年東京美術学校に入学、岡倉天心、橋本雅邦の薫陶を受けて95年に卒業。翌年母校の講師となり、また日本絵画協会に加わり絵画共進会に出品。98年美術学校騒動に際し天心に殉じて辞職し、日本美術院の創立に参加した。日本画の革新に意欲を燃やし、1900(明治33)年ごろから横山大観らと没線描法を試みたが、朦朧体と悪評を受けた。やがて線は復活するが、この試みは以後の日本画に新たな要素をもたらすことになる。03年に大観とインドへ旅行、04年には天心、大観らとアメリカへ渡り、翌年ヨーロッパを経て帰国。06年美術院の移転に従って茨城県五浦に移るが眼病を患い、08年東京に戻って代々木に住み、ようやく回復すると写生に励む。09年の第3回文展に出品した『落葉』(永青文庫)は近代日本画中、屈指の名作とされる。ほかに『雀に鴉』『四季山水』や『黒き猫』(永青文庫)などが晩年を代表する作品。
 十年ほど前に、日本美術院創立100周年記念特別展「近代日本美術の軌跡」で彼の絵を見て以来、ぞっこん惚れこんでしまいました。今回の展覧会では、最晩年の連作「落葉」の一つである個人蔵のものが出品されましたが、残念ながら前期のみ。諸般の事情で、といってもこの展覧会に気づいたのがつい最近というお粗末さゆえに、前期展覧会には行けず、地団駄を踏んだ次第です。それでも代表作の一つ『雀に鴉』を見られたので諒としましょう。こぢんまりとしたスペースに、彼の短い生涯のほぼ全域を網羅する作品が十数点、展示されていました。各時期の特徴や画風の変遷などを読み解く知識も眼力もない浅学菲才な私、ただ全身が二つの眼と化して彼の描く世界に没入できただけで幸せです。装飾性と写実性の幸福な合体、香気に満ちた寂静、陳腐な表現で恐縮ですがそれ以外には言い表す術がありません。『雀に鴉』では特にそれを強く感じました。背景の空漠とした白い世界をまるで抽象芸術のように分割する幾多の枝と太い幹、そこに戯れる愛くるしい雀たちと孤高を守る鴉の適確な描写。そして絵全体からたちのぼる静けさと暖かさ。彼の世界がもっとも見事な形として結実した一枚だと思います。『夕の森』もいいですね。薄暮の中に溶け込み消えていくような木立と、その上で群舞する鴉の群れ。飛び回る鴉の鳴声や羽音が聞えてきそうなリアルさですが、画面には神秘的な静謐感がただよっています。『月四題』は、春夏秋冬の月に旬の植物を配置した連作。的確で優美な筆遣いと見事な構図に惚れ惚れする香り高い小品です。私が一番好きだったのは『武蔵野』。遠景に描かれた富士に雪が積もっていないので野分の頃でしょうか、流れる暗雲、吹きすさぶ風に揺れざわめく秋草、その風に抗うように毅然と枝にとまる一羽の百舌。師・岡倉天心の姿を現したと言われる作品ですが、それはさておき、その的確な描写力と劇的な画面構成には圧倒されてしまいます。これも春草の一面なのですね。春草ワールドを堪能できた幸福な小一時間、おかげさまでしばらく幸せな気持ちでいられました。日頃酷使しているわが眼球、時には良いものを見せてあげないとね。
 そしていつの日にか、連作『落葉』を一堂に会しての展覧会が開かれることを期待します。
by sabasaba13 | 2009-11-27 06:07 | 美術 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(10):青梅(08.11)

 そして大通りをはさんだ路地に行くと、「周辺マップ おうめまるごと博物館」で紹介されていたとんかつの「もりたや」があります。時代物のしぶい木造建築と吊るされた提灯、坂から見下ろす町並みと彼方の山影、ピクチャレスクな情景に出会えました。
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 それでは赤塚不二夫シネマチックロードを西へと歩いてみましょう。金物屋や麹屋など地元に密着した商店が健気に元気に商いをされているのを見ると嬉しくなってきます。
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 建物に統一感はないのですが、時々おっと立ち止まってしまうような意匠がありますので、見落とさないようにしましょう。たとえば屋根型庇のついた戸と窓が三連発の大正庵、扇のような装飾がある理容山口。
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 重厚な蔵や、凝ったつくりの窓の桟も散見できます。古いポストも現役で活躍中。ん? 自転車屋に「自転車泥棒」の看板がある…
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 てことは家業と関連する映画看板を掲げているところもあるのかな、と思って気をつけていると、「メガネのシミズ」の看板にはハロルド・ロイドが描かれ、油屋の店先には「モダン・タイムズ」の映画看板が掲げられていました。映画に登場する歯車から油を連想させたのでしょう、こうした遊び心もいいですね。
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 ホーロー看板も見かけるのではと期待したのですが、残念ながらこの一枚しか見つけられませんでした。しばらく歩いた後、この通りと並行する七兵衛通りという裏道に出て駅へと戻ることにしました。途中にドイツのボッパルトと青梅市が姉妹都市であることを示す表示がありましたが、どんな由来があるのでしょう、気になりますね。
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 今、調べてみたところ、青梅市のホームページに次のような説明がありました。
 青梅市では、「青年に夢を持たせるために」と、日本と国民性の似ているドイツの都市との姉妹都市提携を望んでいました。本市に在住する蛇の目ミシン社長、島田卓弥氏を介して、当時の西ドイツ、ボン市に在住する同社の顧問弁護士、遠藤氏に本市と状況の似た都市の選定をお願いしました。遠藤氏は、観光や保養地、ワインの産地として有名なボッパルト市を紹介してくれました。
 うーん、わかったようなわからないような…
 さらに駅に向かっての散策は続きます。それほど高くはないのに「きけん のぼるな!」と描かれているコンクリート塀を「安全への過剰な希求」とひやかし、まるで料亭のような造りの質屋「佐藤」に驚き、赤塚漫画に登場するイヤミそっくりの建物をフェイス・ハンティングし、「電話二三一番」と誇らしげに刻まれた小さなホーロー板に微笑み(電話が貴重な存在だった時代の名残だなあ)、複雑な組み合わせの屋根に眼を瞠り、正面にメダリオンのある瀟洒な洋館に感嘆していると、あっという間に青梅駅に到着です。
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 駅構内にはホーロー看板を展示するガラス・ケースがありましたが、なるほどここで一括して保存されていたのか。でも、やはり野に置け、街角にあってこそホーロー看板も生き生きと息吹くというもの、レプリカでもいいからもとの場所に貼っておいてほしいものです。おっ、「シホはりすく」というホーロー看板がありました。作家星新一氏のご尊父星一氏が創業された星製薬の特約店のものですね。たまたま、官僚によって凄まじい嫌がらせ・営業妨害・いじめを受けながらも、それに敢然と立ち向かう父の姿を描いた傑作ノンフィクション「人民は弱し 官吏は強し」(星新一 新潮文庫)を読んでいる最中なので、感興も一入でした。国家権力をバックにして民間業者を徹底的にいびる官僚たちのえげつなさを描きつくした面白い作品です、お薦め。

 というわけで晩秋の美しい一日を過ごすには恰好のコースだと思います。今度は紅葉の盛りの時期に訪れてみたいな。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-26 06:11 | 東京 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(9):昭和幻燈館(08.11)

 そしてすぐ近くにある昭和幻燈館へ、まったく何に期待もしないで入ったのですがこれがなかなかいけます。山本高樹というアーティストが、列島各地の昭和の町並みを再現したジオラマが展示されています。長屋の路地裏、縁日、船宿、場末の飲み屋街、額縁ショー(!)などをリアルだけれどもどこか非現実的な、そしてえもいわれぬ温もりとともに表現するその手法には非凡さを感じます。あれ? どのジオラマにも必ずソフト棒をかぶり、こうもり傘と鞄を持ったロイド眼鏡の人物が佇んでいます。おそらく断腸亭主人、永井荷風ですね。逍遥の達人・荷風へのオマージュなのかもしれません。ひさしぶりに「日和下駄」が読みたくなってきたぞ。
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 もう一つの目玉が、映画の手描き看板の展示です。「最後の映画看板絵師 久保板観」という解説があったので、抜粋して紹介しましょう。久保板観、1941(昭和16)年、青梅市本町生まれ。中学校卒業後から見よう見まねで小さい映画看板を描きはじめ、看板絵師になることを決心。映画館「青梅キネマ」「青梅セントラル」の専属絵師となり、最盛期には一日一枚の割で映画館版を描き続けました。しかし1973(昭和48)年、テレビ等の影響で映画産業が斜陽となり、青梅にあった三軒の映画館も廃業、職を失った彼は「久保看板店」を起業します。そして1993(平成5)年、「青梅宿アートフェスティバル」で19年ぶりに映画看板を描いたのを機に、板観の作品が再び青梅商店街を飾るようになりました。なお彼がこれまでに描いた看板は三千枚とも四千枚とも言われるそうです。こちらには「甲賀屋敷」(監督:衣笠貞之助)と「妻よ薔薇のやうに」(監督:成瀬巳喜男)が展示されていました。大前提は映画館へ客を呼び寄せることですから、的確な人物描写と内容を暗示させる場面設定、そして人目を引く構図とデザインが要求されます。それを早描きで仕上げるのですから、並みの技量ではつとまらないでしょう。市井のアルチザンに敬意を表したいと思います。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-25 06:11 | 東京 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(8):青梅鉄道公園(08.11)

 さてそれでは青梅鉄道公園へと行ってみましょう。その前に肉屋「一松」に立寄ってメンチカツとハムカツを購入、跨線橋を渡りゆるやかな坂道を十分ほど歩くと到着です。こちらは1962(昭和37)年に鉄道開業90年記念事業として旧日本国有鉄道が開設した公園とのこと。規模はそれほど大きくはありませんが、数台の蒸気機関車が野外展示されており、中には創業時において新橋‐横浜間を走った10号機関車もあります。
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 天気の良い休日だったせいか、家族連れで賑わい、次世代を担う鉄ちゃんたちの元気な歓声が響き渡っていました。また木々も多く山々も遠望でき、ちょっとした紅葉狩りも楽しめます。石段をおりていくと小さな広場となっており、旧型の新幹線が展示してあります。ここいらでベンチに坐っておやつと洒落込みますか。さきほど買ったメンチカツとハムカツにかぶりつくと、昔々のその昔そろばん塾の帰りに立ち食いした時の懐かしい味がよみがえってきました。
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 そして展示棟をざっと見て屋上にあがると展望所となっています。目を瞠るほどの絶景ではありませんが、青梅の山並みと町並みを望むことができました。それでは町に戻り、もう少し散策を続けましょう。今来た坂道をおりて跨線橋を渡り左に曲がると住吉神社です。きれいな紅葉が覆いかぶさる石段をのぼると、見事な彫り物で飾られた本殿がありました。
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 そして恒例の絵馬ウォッチング。「生き物のみんなが幸せでいられますように!」「国家公務員にしました。精進します。」「ビジネスパートナーが出来ます様に。」「イルカ クジラ イソギンチャク(筆者注:絵付き)」、やれやれ神様も大変だ。
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 石段をおりて参道を進むと、両サイドに猫の姿をした恵比寿・大黒天が鎮座していました。ここまでくると町が一丸となって猫を慈しもうとしているとしか思えません。
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 ふたたび赤塚不二夫シネマチックロードに出ると、メルヘンチックというかおどろおどろしいというか、不思議な造形の電話ボックスがありました。隣にあるバス待合所も木造のレトロなもの。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-24 06:13 | 東京 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(7):赤塚不二夫会館・昭和レトロ商品博物館(08.11)

 それでは気を取り直して赤塚不二夫会館へと入りますか。キャラクターの像、原画、原著、氏の写真や来歴などが展示してありますが、正直に言って氏の熱烈なファンとは言えないので、ざっと見ただけでした。ただ、氏の漫画に登場するキャラクターの中で一番好き、というよりは興味深い、残像が残るくらい足をばたつかせながら拳銃を乱射する目玉のつながったおまわりさんの像があったのは嬉しい限りです。服わぬ者、気に食わない者、楯突く者を容赦なく威嚇・恫喝する警察権力のカリカチュアとして秀逸な人物だと思います。最近、この手のおまわりさんが増えたような気がしませんか。
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 そして伝説のアパート、トキワ荘の一室を再現した展示もあり。四畳半、破れた障子窓、本と板でつくった机、裸電球、卓袱台、今にして思えば何と貧しい暮らしであることか。私もこんな部屋で生活したことがありますが、当時はみんな同じような状況だったので、別に苦にも気にもなりませんでした。衣食住がそこそこ充足され、ある程度みんなが平等であること、人類・生物・地球を破滅させつつある諸問題を解決する糸口はこのへんにありそうな気がします。衣食住の欠落と、おぞましいまでの不平等といった事態が蔓延する今を思いつつ、時間が止まってしまったような部屋の卓袱台の長い影をしばらく見つめてしまいました。
 そのすぐ近くにあるのが昭和レトロ商品博物館、ま、古い懐かしい商品をごたごたと並べてあるだけでとりたてて付言すべき言葉はありません。
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 さて出るか、とふと階段を見ると「雪女の部屋」。ゆきおんなのへや? なんだそりゃ。さっそく靴を脱いで二階の和室に行くと、雪女に関するさまざまな資料・新聞記事が展示されていました。それらによると、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)作の「怪談」に収められている短編「雪女」の舞台が青梅であったということでした。英文の序文に「雪女というこの奇妙な物語は、武蔵の国、西多摩郡、調布の百姓が自分の生まれた村の伝説として物語ってくれたものである…」とあり、また八雲の長男がつづった文献などから、調布村出身の父娘が八雲宅で使用人として働いており、この二人から雪女の伝説を聞いていたこともわかったそうです。へえー、松江ダブリンと八雲と関わりの深い地を経巡ってきただけに、異な縁を感じました。
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 なおこの博物館で掲示されていた「周辺マップ おうめまるごと博物館」というイラスト入りの地図は、ディープな物件満載の優れ物、デジタル・カメラで撮影し以後の行程で活用させていただきました。ぜひ観光案内所に置いといてほしいな。この大通りはその名の通り、名作映画の手描き看板が街角のそこかしこに飾られています。「荒野の決闘」「ヘッドライト」「用心棒」「自転車泥棒」「ローマの休日」などなど、見かけるたびにその一シーンが瞼の裏に浮かんできて嬉しくなってきます。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-23 08:11 | 東京 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(6):青梅(08.11)

 仲通りから線路へと続く路地に迷い込むと、古い手押しポンプと石造りの蔵、ドーリス式オーダーの石柱もどきがファサードの両側に二本屹立する不思議な家を発見。
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 そして仲通りのつきあたりを右手に曲がる角にはアール・デコ調の窓が愛らしい洋館、スミレ写真館がありました。そのすぐ先にはべランドの意匠がモダンな奥多摩写真館。経験則で言うと、写真館建築には優品が多いですね。庶民にとって最も身近な欧米文化であった写真をPRするために、デザインにも粋をきかせたのでしょうか。余談ですが、写真館のショーウィンドウに飾られている記念写真を見るのも楽しみの一つです。何を記念するかについて、その地方独自の文化・慣習がうかがわれることが時々あります。沖縄では長寿を祝うためのお年寄りの記念写真をよく見かけました。
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 写真館の前にあるのが「猫かいぐり公園」、猫の絵が描かれた板塀と土管、わけのわからないオブジェ風物体が置かれている小さな公園です。さきほどのゴミ箱といい、猫に対しての尋常ならざるこだわりをもつ方がいる気配は感じますが、猫の「ね」の字も見当たりません。そして"かいぐり"とは? スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
かい‐ぐり【掻繰】
(「かい」は「かき」の変化)
1 両手を交互に動かして繰り寄せること。
2 「かいぐりかいぐりととのめ(とっとのめ)」と唱えながら、両手を胸の前でくるくる回し、「ととのめ」で右手の人差し指の先で左の手のひらをつく幼児の遊戯。
 うーむ、わからない。そして赤塚不二夫シネマチックロードと名付けられた大通りに出て、赤塚不二夫会館の前に来るとその謎を解決する糸口がありました。「ねこの日だまり 猫かいぐり公園」と描かれている大きな猫の絵、そのキャプションとして次の一文。"名作には名シーンがつきものだ。この「第三の男」は大観覧車の場面や並木道を去るアリダ・バリのラストシーンも有名だが、「第三の男」が初めて登場するシーンで「猫」が男の磨かれた靴元にからむとカメラがパン・アップする。すると含み笑いをした第三の男・ハリーの不敵な面構え… 忘れることの出来ない名シーンである" はいはいはいはい、ありましたありました、ロバート・クラスカーのカメラ・ワークが眼に浮かんできます。ということは、その時の猫の前足の動きを「かいぐり」と見立てたということでしょうか、何とディープな命名…
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-22 18:53 | 東京 | Comments(0)

御岳渓谷・青梅編(5):青梅(08.11)

 そして無人駅である軍畑から青梅線に乗って、十五分ほどで青梅に到着。ホームにおりると木製ベンチに下見板張りの立ち食い蕎麦屋そして手書きの映画ポスター、いきなりレトロな光景が目に飛び込んできます。そして「ようこそ 昭和の街 青梅へ」という看板、ここ青梅では町が一丸となって昭和の懐かしい光景を観光の目玉として再現しようとしています。
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 以下、青梅市観光協会のホームページから引用します。
 JR青梅線青梅駅を下車すれば、そこは数々のなつかしい邦画・洋画の映画看板で彩られ、当時の生活雑貨を集めた博物館もある青梅の街。往時の建物ととも、ゆったりと時間が流れるこの街で、ノスタルジックな気分に浸ってみてはいかがでしょうか。11月下旬に催される「青梅宿アートフェスティバル」は、数々の趣向が凝らされ、毎年たくさんの観光客で賑わいます。
 駅構内にも「鉄道員」「ティファニーで朝食を」といった手書きの映画看板が所狭しと掲示されています。改札口を出ると、逆立ちした天才バカボンのパパ像がお出迎え。解説によると、ここ青梅には「青梅赤塚不二夫会館」があるそうです。映画の大ファンにしてかつて映画看板描きの仕事をしたこともある氏の賛同を得て、古い映画看板に寄る町興しの一環としてつくられたそうな、後で寄ってみることにしましょう。
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 駅のすぐ隣にある観光案内所で地図や資料をもらい、貸し自転車の有無を確認しましたが、ないとのことでした。ついでに昔懐かしい味と雰囲気を楽しめる洋食屋はないかと訊ねるとこれもなし。腹がへっては散歩はできぬ、駅の周辺で探してみましょう。青梅駅は沢山の縦長の窓が規則的に並ぶモダンな意匠、おそらく戦前の物件と見た。駅前に「うい」という雰囲気の良さそうな喫茶店があったので入店、鶏肉カレーを所望、じっくりと煮込んだのでしょうとろけるような鶏肉と複雑玄妙なスパイスがあいまってなかなか美味でした。
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 それでは地図を片手に町の徘徊を開始。喫茶店の隣にあった二階建てモルタル塗り民家のファサード(前面)上部は、三角形がしつらえてあります。まずは線路と並行して東へ走る仲通りに迷い込みましょう。ところどころに下見板張りの木造家屋が見られ、地元密着型の商店かつての町工場らしき建物も並び、そこはかとなく昭和三十年代の風情を残しています。空き地には懐かしいコンクリート製のゴミ箱がありましたが、あまり可愛くない猫の絵が書いてあったのでオブジェとして残されているのでしょうか。
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 そして肉屋「一松」では、ショーケースにおいしそうなメンチカツやハムカツやポテトフライが並んでいます。これはおやつとして後ほど購入しましょう。その先にあるのが木造三階建ての「寿々家」、こちらはうなぎの名店だそうです。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-21 06:56 | 東京 | Comments(0)