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ノーマン・ロックウェル展

c0051620_6243761.jpg 京王線東府中駅でおり、十分ほど歩くと府中の森公園の入口につきました。ここから公園の中を抜け、並木道を通って府中市美術館まで数分で到着します。あいかわらず小糠雨が降りつづいており、人影もまばらです。テニスコートは雨天中止、すぽこんすぽこんとボールを打ち合う音もありません。雨に濡れて嬉しそうに輝く若葉、木々の吐く息に満ちているような清新な空気、餌を求めて飛び交う鳥たち、歩いているだけでも幸せな気分になります。さきほどの千葉市美術館の雰囲気とは、月と鼈、雲と泥、提灯と釣り鐘、自転車と自動車、スワローズとジャイアンツ、ほどの違いがあります。さっそく入場すると、中はガラガラ、嬉しいようなちょっと残念なような。
 ノーマン・ロックウェル(1894~1978)、雑誌「サタデー・イブニング・ポスト」の表紙を47年間も毎週のように描き続け、アメリカの日常生活にあふれるユーモラスな情景を描きとめた、アメリカで最も有名な画家の一人です。実際に彼の絵を見るのははじめてですが、一目で虜になってしまいました。的確な描写力、画面にあふれるドラマ性、それを演出するバイプレーヤーや小道具の数々、そして何よりも市井の人々への深い愛情。絵に描かれたドラマを読み取るために、鵜の目鷹の目で一枚一枚じっくり眺めてしまいました。キャンプから帰って来た少年を迎え嬉しそうな両親、彼の指にはしっかりと絆創膏がはってあります。戦地から帰還したG.I.を迎える家族や近所の人々、壁の陰には彼の恋人が緊張した面持ちで隠れています。あれ、家出をした幼い子供と、彼を保護した警察官が食堂のカウンター席に座り、店の主人もまじえてなにやら語り合っている有名な絵(「家出」)がありますが…今、購入した図版を見ていると、彼らが座っている椅子に店の入口が映っています。ああもっとよく見ておくべきであった、ここにもロックウェルは何か仕掛けたのかもしれません。他にも、見ているだけで心温まるような絵がてんこ盛り。少女にキンポウゲをあげている少年、イヌに風邪薬を与える子供、野球選手からサインをもらう少年、お気に入りの絵の額にニスを塗る初老のご婦人、理髪店の奥の部屋で室内楽の練習をしているご老人たち。ロックウェル=古き佳きアメリカというイメージが先行しがちですが、別にこれはアメリカに限った情景ではないと思います。この世で一番大切なのは、普通の人々、とりわけ子供と老人が幸せに暮らしていけるということ、そしてアメリカはそれを実現できる国のはずだ、というのがロックウェルのメッセージではないでしょうか。

 心に残った絵は二枚です。まずは第二次世界大戦中、彼が国家に貢献するために描いた「四つの自由」の中の一枚、「言論の自由」(1943)。アメリカという国の素晴らしさをPRするという意図でしょう。町民会でしょうか、労働者風の人物が何やら発言をしています。それを見つめる周囲の人々の訝しげな、冷たい視線、中には完全に無視している人もいます。彼は、緊張しているのでしょうか前の椅子の背を固く握りしめながら、しかし誇らしげに語りつづけます。見ているだけで勇気と力がわいてくるような絵です。もう一枚は、実はこの絵が一番見たかったのですが、「アメリカ国民の宿題 The Problem we All Live with」(1963)です。登場人物は五人、灰色の壁に沿って、腕章をした屈強な男性が二人ずつ並んで歩き、彼らに守られるように黒人の少女が歩いていきます。その壁にはトマトがぶつけられた跡が残り、潰れたトマトが下に落ちています。この絵を理解するには、時代背景を知る必要がありますね。1954年、最高裁において公立学校における人種隔離は憲法違反であるというブラウン判決が出されます。しかし黒人への差別はなくならず、1957年には、アーカンソー州リトルロックで、高校校内に入ろうとする黒人生徒・保護者を、地元の白人たちが罵声とともに阻止するという事件が起こりました。なお州兵を動員してまで黒人生徒の入校を阻止しようとしたのがフォーバス知事、チャールズ・ミンガスが彼の愚かさを痛烈に笑い飛ばした「フォーバス知事の寓話」という曲をつくり、「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」というアルバムにおさめています。そう、これは、公立小学校に入校しようとする黒人少女、それを警護する四人、そして嫌がらせのため誰かがぶつけたトマトが描かれている絵です。図版等では見たことがあるのですが、やはり実物の迫真力には圧倒されました。壁に「NIGGER」「K.K.K.(クー・クラックス・クラン)」といういたずら書きがあるのもはじめて気づいた次第です。そして四人の屈強な白人男性の顔は画面の上で切り取られ、どんな表情をしているのかわかりません。また、(おそらく)罵声や怒号をあびせながら、少女をとりまく人々の姿も全く描かれていません。それだけに一層、差別をする側がどんな表情をしているのか、どんな言葉を浴びせたのか、想像をかきたてられます。そうした騒然とした状況の中で、少女は一人歩み続けます。すこし前の二人組に近いところにいるのは、投げつられたトマトを機敏に避けたためでしょうか。彼女は右の拳を力強く握り締め、きっと前方を見詰めながら毅然とした表情で歩いていきます。画面に描かれていないだけに想像をかきたてられる差別する側の醜悪と下劣、それを象徴する潰れたトマト、そして不屈の意思とともに歩み続ける少女の高貴さと逞しさ。見事な画面構成ですね、時を忘れてしばらく見続けてしまいました。ロックウェルが単なるアメリカ賛美の画家ではないという証左になる素晴らしい絵ですね。そして彼が投げつけてくれたThe Problem we All Live withというメッセージを、われわれは今でもしかと受け止めなければならないでしょう。なお、ウィキペディアで彼のことを調べれば、この絵を見ることができます。

 民衆の幸福を希求し、差別に対して静かに怒るロックウェルの作品をまとめて見られて大満足でした。なおそれぞれの絵の横には、ロックウェルの絵に描かれたような光景を、今のアメリカで写しつづけている報道写真家ケヴィン・リヴォーリによる写真が並べて展示してあります。
by sabasaba13 | 2010-05-31 06:26 | 美術 | Comments(2)

伊藤若冲展

c0051620_8253455.jpg 今夜のご飯は、山ノ神お手製のうどんすきです。熱々の鍋をもった彼女が叫びました。「テーブルのど真ん中を空けて! …ど真ん中? うどんすき? ドマンナカ・ウドンスキー! まるでロシア人の名前みたい!」 おあとがよろしいようで。
 まくらはこれくらいにして、利休鼠の雨がそぼ降るある日曜日、展覧会のはしごをしてきました。午前は千葉市美術館で「伊藤若冲 アナザーワールド」展、午後は府中市美術館で「ノーマン・ロックウェル オールディーズ、その愛しき素顔たち」展です。首都圏をほぼ横断することになるので、移動時間に読む本として「世界の歴史11 新大陸と太平洋」(中屋健一 中公文庫)を持参しました。総武線快速に乗って本を紐解いていると、気がついたら千葉駅に到着です。駅から徒歩十五分ほどかかるということなので、雨も降っていることだし駅前からバスに乗ろうとしましたが…どのバスなのかよくわかりません。すくなくとも一目ですぐ確認できるような案内表示は見当たりませんでした。車というゴブリンの跋扈を抑えようという志が千葉市にあるのだったら、ぜひ善処してほしいいものです。せんかたなし、駅前の地図を写真に収め、それを頼りに歩いて行くことにしました。十数分歩くと、千葉市美術館がある真新しい市役所ビルに到着、ここの七・八階にはいっているようです。それにしても美術を鑑賞する気持ちを粉微塵に雲散霧消させるような、周囲の雰囲気と当該ビルの佇まいでした。無味乾燥なオフィス街の中に屹立する無機的な冷たいビル。近づくにつれて気持ちが高揚しワクワクするようなアプローチが、美術館には欲しいですね。イサム・ノグチ庭園美術館アルテ・ピアッツァ・美唄が懐かしい。さて開館より二十分ほど早く着いてしまったが、入口前には数人の方が並んでいるだけ。どうやら殺人的な混雑ではなさそうです。それでは喫茶店を捜してモーニング・サービスをいただいてくるかな。テクテクテクテクテクテクテク…ない。何て不毛な所に美術館を建てたのだと呪詛の言葉を投げつけたくなりましたが、人を呪はば穴二つ、ここは忍の一字です。結局見つからず、すごすごと開館五分前に美術館に戻ると、もう入場できるようでした。エレベーターに乗って八階に行く、さっそく中へ入りましょう。
 彼の絵とは、四年前に上野の東京国立博物館で「プライス・コレクション 若冲と江戸絵画展」を見て以来の再会です。本展覧会は、華麗な着色画ではなくしぶい水墨画に焦点を当てたもので、彼の違う一面に出会えるのが楽しみ。まずは、若冲が影響を受けたといわれる河村若芝・鶴亭らの黄檗絵画が展示され、そして若冲ワールドのはじまりはじまり。まず目を奪われたのが、その自由闊達にして融通無碍な筆さばきです。白い和紙の上にさまざまな色合いの墨で引かれた一本の線、それがなんと能弁に多様な世界を物語ることか。鋭く、柔かく、なまめかしく、力強く、生き生きと走る線、その練達の技には言葉もありません。そしてその線が紡ぎだす見事なフォルム。着色画では微に入り細を穿つ写実的な表現を得意とする若冲ですが、まるでそこから解き放たれたかのように、「私にはこう見えるのさ」と対象を活写します。細長い楕円形が二つ寄り添うように並んでいますが、なんじゃこりゃ? 寒山拾得の後ろ姿でした。そう言われるとそう見えてくるのが不思議です。「お顔はご自分で想像してね」とにこりと笑む若冲の姿が目に浮かぶようです。お馴染みの鶏の足元には、シンプルかつ繊細な線で数羽のひよこたちが生き生きと描かれていました。ほわほわとした羽毛の柔らかさすら伝わってくるようです。そして大胆な構図への挑戦。「く」の字型に折れ遊弋する鯉は、胴部をあえて画面に描かないことによってそのダイナミックな動きが際立ちます。
 嬉しかったのは、「果蔬涅槃図」を見られたことです。いわゆる「見立て涅槃図」ですが、さすがは青物問屋の主人、大根の死を悼んで、たくさんの野菜や果実が彼をみとっています。シンプルな描線と濃淡の墨で的確かつ大胆に描かれた果蔬たちの慟哭の声が聞こえてくるようでした。われわれを生かすために、その生命を断たれる野菜や果実たちへの深い深い慈愛が伝わってきます。
 ああ大満足でした。なお同時開催されていた「江戸みやげ 所蔵浮世絵名品選」も思いのほか魅せられました。春信・歌麿・写楽・広重・北斎といった大御所の作品にくわえ、この前見損なった国芳の「相馬の古内裏」が見られたのは僥倖でした。小林清親描く情緒にあふれた夜景や、月岡芳年描く那智の滝を浴びる文覚のえげつないほどのけれん味もいいですね。この二人の展覧会が開かれることを期待します。

 外へ出ると雨はまだあがっていません。たまたま見つけた「マダム・ボン・ボニエール」という洋菓子屋さんに入って、ミートソース・スパゲティをいただきました。アルデンテの歯ごたえを楽しみながらふともの思いにふけりました。先日見た歌川国芳が徹底的に人を楽しませる生粋のエンターテイナーだとしたら、若冲は何と言えばいいのだろう。徹底的に自分が楽しむ生粋の画家かな。絵が好きで好きでたまらない、といった雰囲気が絵のはしばしから漂います。あの練達の技術を身につけるための厳しい修練が苦にならない、いや快楽でさえあったのだろうと想像します。モーツァルトもそうですが、天才とは生まれつきの才能をもつ人ではなく、自らが選んだ分野をこよなく愛し、技を習得するための努力が苦にならない人のことなのでしょう。ただひたすらに絵を愛し、徹底的に技を磨きあげ、そして新しい美を創造するための挑戦を生涯かけて行う、そういう画家がこれからもたくさん現れてくれることを祈ります。現代美術がいまひとつ面白くないのは、「こんなことふつーできないよ」と驚嘆の声をあげたくなるような、卓抜な技が欠けているからではないかな。それでは府中へと移動しましょう。
by sabasaba13 | 2010-05-30 08:26 | 美術 | Comments(0)

郵便局

旧福田郵便局(千葉県)
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旧倉敷郵便局(岡山県倉敷)
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真鍋家住宅旧郵便局(岡山県真鍋島)
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旧丸森郵便局(宮城県丸森)
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北村家住宅郵便局舎(長野県長野市若穂川田)
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旧軽井沢郵便局(長野県軽井沢タリアセン)
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旧金山郵便局(山形県金山)
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旧武生郵便局(福井県武生)
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旧八幡郵便局(滋賀県近江八幡)
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旧川原町郵便局(滋賀県彦根)
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旧醒井郵便局(滋賀県米原)
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旧今津郵便局(滋賀県今津)
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旧五個荘郵便局(滋賀県五個荘)
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仲町郵便局(埼玉県本庄)
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宇治山田郵便局(愛知県明治村)
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旧上古井郵便局(岐阜県)
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ジュネーヴ郵便局(スイス)
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バート・イシュル郵便局(オーストリア)
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旧小木郵便局(新潟県佐渡)
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旧宿根木郵便局(新潟県佐渡宿根木)
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旧宮ノ下郵便局(神奈川県箱根)
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京都中央郵便局(京都市)
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郵便貯金局(ウィーン)
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ペルージャ郵便局(イタリア)
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旧下郡郵便局(千葉県下郡)
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旧泊郵便局(香川県塩飽本島)
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旧牛窓郵便局(岡山県牛窓)
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旧美々津郵便局(宮崎県美々津)
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山形七日町二郵便局(山形県山形)
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旧千住郵便局電話分室(東京都北千住)
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旧小井川郵便局(山梨県小井川)
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旧田中銀行博物館(山梨県勝沼)
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嵯峨郵便局(京都)
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逓信資料館(岐阜県明智)
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旧六軒町郵便局(埼玉県川越)
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旧郵便局(高知県吉良川)
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中央郵便局(アイルランド・ダブリン)
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旧郵便局(静岡県遠州横須賀)
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郵便局(台湾・台北)
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南部町郵便局(山口県下関)
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旧門司郵便局(福岡県門司)
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旧函館郵便局(北海道函館)
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旧引田郵便局(香川県引田)
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善光寺郵便局(長野県善光寺)
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中央郵便局(東京都丸の内)
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旧龍野郵便局(兵庫県龍野)
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旧真壁郵便局(茨城県真壁)
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by sabasaba13 | 2010-05-29 06:41 | 写真館 | Comments(2)

会津・喜多方編(18):旧滝沢本陣(09.8)

 そして滝沢峠の登り口および飯盛山のすぐそばにある旧滝沢本陣に到着です。旧家の横山家住宅ですが、藩から本陣の指定をうけ、座敷の部分が東側に追加建築されたそうです。休息が目的の本陣で、参勤交代や領内巡視、土津神社祭礼の時などに使用されました。戊辰戦争のときは会津藩の本陣となり、藩主松平容保がここで白虎隊に戸ノ口原への出陣を命じたということです。後に西軍の屯所となったこともあって、柱や雨戸には当時の刀傷や弾痕が生々しく残っています。いやあ、実はここだけの話、私、男、もといっ、弾痕フリークで、弾痕や刀傷が残っていると聞くとついふらふらと寄ってしまいます。これまでも、伏見の寺田屋(寺田屋事件)、根来寺(秀吉の根来攻め)、大阪の適塾(塾生の喧嘩)、南千住の円通寺・谷中の経王寺・上野の両大師堂(上野戦争)、京都御所の蛤御門(蛤御門の変)、鹿児島の私学校跡(西南戦争)、江戸東京たてもの園の植村邸日立航空機立川工場変電所(米軍の空襲)と、いろいろな弾痕・刀傷を見てきましたが、こちらのものはかなり多いですね。会津戦争の激しさを感じ取ることができます。一番凄まじかったのは、もちろん米軍の空襲によるものでしたけれど。立川工場変電所の壁面とくらべると、旧滝沢本陣の弾痕が天使の口づけに見えてきます。
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 そしてすぐ近くにある妙国寺へ。会津戦争後に、松平容保父子が一カ月間入寺謹慎した寺で、飯盛山で自刃した白虎隊士の遺体を最初に葬った所でもあります。すぐ近くには「悪の芽をわれらの愛の手で」という何とも大上段な標語がありました。必ず最後に愛は勝つ、というわけですね。その意気やよし。
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 さあそれでは飯盛山に向かいましょう。白虎隊伝承史学館の前を通ると、中から若者たちがぞろぞろぞろぞろ出てくるのには驚きました。白虎隊に関心をもつ若者が多いのでしょうか。そのすぐとなりが飯盛山への登り口です。自転車を駐輪して、さて上りますか。長い石段のとなりにはスロープコンベアという、動くベルトに乗ると頂上まで運んでくれる施設がありました。料金は250円か… 後学のために乗ってみましょうか。いや、決して歳のせいで疲れているとか、そういうわけではありません。あくまでも後学のためです、後学のため。料金を支払い、二本乗り継ぎすこし階段を上ると白虎隊の墓に到着です。
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by sabasaba13 | 2010-05-28 06:25 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(17):会津若松(09.8)

 さてそろそろ10:30になるので、さきほど到着した駐車場に行ってみると、タクシーが待っていました。さっそく乗り込んで湯野上温泉駅までgo。途中で、奥入瀬に似たきれいなところがあるよとおっしゃるので、一時停車してもらい写真を撮影。うん、たしかにプチ奥入瀬という感じ、紅葉や新緑のころはさぞ美しいことでしょう。
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 そして駅に到着、すこし湯野上温泉をぶらついてみたかったので、早めに戻ってきた次第です。駅からすこし歩くと渓谷を見下ろせる駐車場があり、対岸にそそり立つ二つの巨岩「夫婦岩」が見えます。「向いの岩は夫婦岩 ここ小便ダメ」という貼り紙もありましたが、たしかに気持ち良さそう、でもダメなものはダメですね。
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 踏切を渡り車が頻繁に往来する国道をすこし歩くとこの渓谷にかかる橋がありました。ここから写真を撮影。
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 そして国道に沿ってしばらく戻り、湯野上温泉駅を上から眺め、大内宿へと向う分岐点にある橋を渡ると、会津鉄道の鉄橋が見えます。こちらも青く塗られたトラス構造の橋でした。そして踏切を渡り、ちょっと寂れた感じの温泉街を抜け、駅に到着。
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 おきあがり小法師とレトロな郵便ポストに別れを告げ、入線してきた会津若松行きの列車に乗り込みました。
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 しばらくして芦ノ牧温泉駅に到着、さっそくネコ駅長のバスを見つけようとしましたが、残念なことにとなりの線路に列車が停車中。はっきりと確認はできませんでしたが、写真で見る限りいなかったようです。よろしっ、駅務などほっといてどこかで毛づくろいか昼寝をする、独立不羈でずぼらなでいてください。
 12時頃に会津若松駅に到着、さっそくワシントン・ホテルに行って自転車を借り出しました。まずはご当地B級グルメの昼食と洒落込みましょう。そう、会津名物ソースカツ丼です。駅の観光案内所でもらった「ソースカツ丼マップ」で当たりをつけておいた「万世楼飯店」に行き、注文。これは美味しかった。小鉢の多さもさることながら、光り輝く舎利、その上にシャキシャキしたキャベツ、その上に貴婦人の如くジューシーなソースを纏ったトンカツ、手早くソースをからめてしかも揚げ方も上手いのでしょう、サクサクッとした軽快な食感です。味と歯応えのアンサンブル、ああ恋の予感です。ごちそうさまでした。
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 さてそれでは飯盛山方面へと向いましょう。見かけた信号機はほぼ縦長、冬の雪深さを物語っています。途中で火の見櫓をゲット。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-27 06:28 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(16):大内宿(09.8)

 正面奥にある石段を上ると、子安観音の小さなお堂があり、そこのすこし右手から見下ろすと、宿を一望することができました。観光用の写真はここから写したものなのですね。
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 石段を下りたところにある浅沼食堂で食事をとることにしました。名物のねぎそばを注文、大根おろしと鰹節がのった冷たいかけそばに、葱が一本つきささっているというものです。悪戦苦闘して葱で蕎麦をたぐろうとしましたが、これはちょっと無理、あきらめて箸でいただきました。味は可もなし不可もなし、でもさくさくして香ばしい葱が意外と美味しかったです。
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 宿のつきあたりにあるこの店から眺めるロケーションも素晴らしいですね、お薦めです。パンフレット類をはさんだファイルがあったので一服しながら読んでいると、こういう記述がありました。
町並みの特徴
一、旧街道の両側にほぼ均等に割られた屋敷割りである。
二、主屋は茅葺き寄棟造りで妻を街道に面している配置。
三、屋敷は二座敷を併置し、街道に面する旧宿駅住居の形式
四、二座敷の表及びその前後を化粧で飾る軒形式
 そして他のパンフレットには、明治初期に東北・北海道を旅したイギリスの女性旅行家イザベラ・バードがこの大内宿を訪れたとありました。以前にも紹介しましたが、アメリカ、オーストラリア、ハワイ、マレー半島、インド、西チベット、朝鮮、中国と、生涯を旅に暮らした大旅行家です。その彼女が1878(明治11)年の夏に来日し、東国と北海道を旅した時の様子を妹への手紙で伝えたのが「日本奥地紀行」(平凡社ライブラリー 329)です。彼女が山形県金山を褒め称えているのを知って、かの地を訪れたことがありましたが、ここ大内宿を通過していたんだ。帰宅後、該当箇所を調べてみました。
 この地方はまことに美しかった。日を経るごとに景色は良くなり、見晴らしは広々となった。山頂まで森林におおわれた尖った山々が遠くまで連なって見えた。山王峠の頂上から眺めると、連山は夕日の金色の霞につつまれて光り輝き、この世のものとも思えぬ美しさであった。私は大内村の農家に泊まった。この家は蚕部屋と郵便局、運送所と大名の宿所を一緒にした屋敷であった。村は山にかこまれた美しい谷間の中にあった。(p.165)
 腹ごなしにもうすこし徘徊しましょう。煙出し(棟の上の小さな屋根)に「水」と書かれている家が多いのですが、火難除けですね。「寿」と書かれた家も一軒ありました。
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 「開花受粉の作業え マメコバチの訪花昆虫」と印刷された紙が貼られた、藁をまとめたものが軒下にぶらさげられていました。あるお宅のわきには「これが屋根になるのですよ」という解説とともに、茅が植えられていました。
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 復元された本陣は「大内宿町並み展示館」として公開されています。入館料を払って中に入ると、萱葺屋根の構造や葺き方、メンテナンスの仕方に関する詳しい展示がありました。
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 そして大きな鳥居をくぐって路地に入り、田畑の間を数分歩いていくとこんもりとした小さな森に着きます。二の鳥居をくぐり、変わった形の奉納物や杉垣を見ながら三の鳥居をくぐると、木々の香に満ちた清冽な雰囲気の中、大内宿の鎮守である高倉神社がありました。なんでも後白河天皇の第二皇子である以仁王(高倉宮)が、1180(治承4)年、平氏追討に失敗し、東海道から甲斐、信濃、上野と落ち延び、ここ大内宿でしばらく潜行したという言い伝えがあるそうです。同年の宇治川の戦いで、源頼政とともに討ち死にしたというのが史実だとされていますが。折口信夫言うところの貴種流離譚かもしれません。あるいは木地師などが商売上の特権を維持するために、貴人からもらったという架空の許認可状を偽造するケースもありますが、その可能性も…ないかな。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-26 06:30 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(15):大内宿(09.8)

 四分ほどで湯野上温泉駅に到着、堂々とした萱葺屋根の駅舎には驚愕しますね。待合スペースには囲炉裏もきってあります。
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 窓口で塔のへつり―会津若松間の切符を購入し、外へ出ると、幸いタクシーが一台客待ちをしていました。さっそく二人で乗り込み、大内宿へgo。運転手さん曰く、迎えが必要ならその時間を指定してほしいとのこと。どうやら現地で客待ちしているタクシーはなさそうですね、もちろんバス等公共輸送機関もなし。列車の時間を考慮に入れて、10:30ということでお願いしました。また彼曰く、大内宿の人気は根強く、「天地人」ブームと重なって、たいへんな人出だということでした。先週などは渋滞のため、大内宿に着くまで二~三時間かかったとか。今日は空いており、車はスムーズに走って十分ほどで到着しました。料金は約二千円、同伴の方と折半してここでお別れです。
 さて大内宿の紹介です。大内宿は会津若松と日光(栃木県)を繋ぐ会津西街道(下野街道)の宿場町でした。会津藩・新発田藩・村上藩・米沢藩の参勤交代にも使用され、経済的にも廻米道として利用されるなど重要視されました。明治維新後は街道制度が廃止され主要交通機関から外れた事で大内宿も次第に人や物資の往来が減少し衰退していきます。これによって古い町並みが残ったのですね。1981(昭和56)年に宿場町としては妻籠宿、奈良井宿に次いで全国3番目に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、現在の大内宿は保存運動にも力が入り再び茅葺屋根に戻す民家も増え、舗装道路も撤去され水路を復活するなど古来の大内宿の姿に戻りつつあるそうです。それでは散策の開始、駐車場のすぐとなりが大内宿です。ほわあああ、これは見事だ。土の道をはさんで萱葺屋根の民家が整然と建ち並び、宿を取り囲む山々が家々を見守っているかのようです。山の緑と萱葺や土の渋い色合いがあいまって、原色に満ちた町並みに慣れているわれわれの眼を優しく包んでくれます。家の前には小さな水路が流れ、ラムネや野菜が気持ち良さそうに冷やされています。陳腐な言い方ですが、まるで江戸時代にタイム・スリップしたような気持ちになりました。なおほとんどの家がお土産屋かお食事処となっていますが、これはいたしかたないでしょう。朝九時だというのに、これだけ観光客がつめかけているのですから。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-25 07:57 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(14):塔のへつり(09.8)

 時刻表を確認すると、次の会津若松行き列車は8:42、だいたい一時間ほど散策ができます。広々とした林の中にぽつんとある小さな無人駅、切符の自動販売機や乗車駅証明書もないので、おそらく運賃は車内で車掌さんに支払うのかな。
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 道路に出ると案内表示がありましたので、その方向に歩くと五分ほどでお土産屋・食堂が数軒集まっているところに到着です。そして階段を下りると、川の対岸に巨大な白い岩が数本、塔のようにそそり立つ「塔のへつり」が見えてきました。「へつり」とは険しい崖を意味する方言です。
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 大川にかかった吊橋を渡ると岩屋の奥に虚空像菩薩が祀られていましたが、大同2年(807)に坂上田村麻呂が開いたもの解説にあります。この迫力ある景観のため、古くから自然崇拝的な信仰があったのでしょう。周辺は危険なため立入り禁止、「のぼるなよ」という警告がなかなかフレンドリーでした。
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 さきほどあったお土産屋に戻り、そこの展望台から一望。ま、こんなものかな。時間はまだ三十分ほどありますので、さっきの案内標識にあった「白岩」の方へ行ってみることにしましょう。十分弱歩くと塔のへつり橋に到着、渓谷を見下ろすと塔のへつりを遠望できました。反対側のちょっと離れたところには会津鉄道の鉄橋がかけられています。青く塗られたトラス構造がチャーミングですね、さっそく写真を撮影。しかし肝心の白岩が見当たりません、集落はあるのですが道を歩く人はなし。せんかたない、探索を断念して駅へと戻りましょう。ガードレールには赤白に塗られた高いポールが取り付けられており、このあたりの雪深さを知ることができます。
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 ホームにはさきほどの男性が列車を待っておられました。そうだ、湯野上温泉から大内宿に行くには徒歩かタクシーしかありません。距離は約5km、私はタクシーで行くつもりでしたので彼に相乗りはいかが、と提案をしました。すると復路は歩くつもりだが、往路なら結構、ということで話がまとまりました。やってきた列車は新千円札発行記念列車で、野口英世や母シカの像が車体に描かれています。車内にはどういうわけか風鈴がぶらさがっていました。車内広告をふと見ると、『わらわは芦ノ牧温泉駅長の「バス」だニャン』というもの。おお、ここにもネコ駅長がいたのか。この前行った和歌山旅行で、わかやま電鉄貴志川線貴志駅のネコ駅長「たま」に会えず、ちょっと心残りでした。今回も途中下車する時間はないので、帰りに車窓から見られたらよしとしましょう。でも正直に言って、ネコ駅長というものはあまり好きではありません。生涯一猫好きを自称していますが、やはり猫は権威や権力にすりよらない孤高の存在であってほしいという勝手な思い込みがあるので、駅長という地位にはついてほしくないですね。ま、ほとんど仕事をしていない(当たり前だ)という風の噂もあるので、そう力むこともないでしょうが。雑談ですが、「バス」という名前は、「となりのトトロ」の猫バスからとられたそうです。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-24 06:31 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(13):会津鉄道(09.8)

 朝六時に起床、カーテンを開けると雲は多いのですが雨の心配はなさそうです。幾重にもかさなって連なる山々を遠望して、ああ会津に来たんだなあと実感。眠気ざましにインスタント・コーヒーを一杯くいっとあおって、さあ出発。となりの家に何気なく自然に蔵があったのには驚きですね。このお宅でフェイス・ハンティング、なんととぼけた面構えのアフロ・ヘアーをした御仁です。
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 駅前の大通りには横断するための地下道、おいおい福島県にゃ敬老精神ってものがないのかい、とからもうとしましたが、すぐとなりに横断歩道がありました。こりゃ失礼。そして会津若松駅へ。
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 駅前には定番の白虎隊の銅像、そして大きな赤べこが飾ってありました。切符を買って構内に入ると、今度はキャラクター化された大きな赤べこの赤べえ、そして「直江兼続紀行」と大書された観光ポスターが貼ってありました。
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 そしてホームに行きほとんど乗客がいない列車に乗り込むと、ラッキー、最前列右窓側のお誕生日席があいています。出発進行! いやあ、いくつになっても、ローカル線に乗ると心ときめきアドレナリンがびしびしと分泌してきます。七日町駅を過ぎ、西若松からが会津鉄道の路線となります。そして町中を抜けると、長閑な田園風景の中を列車は一路前方の山なみに向かって疾駆していきます。おっ、カバンをはすにかけた車掌さんが巡回に来ました。嬉しいですねえ、ワンマン運転ではないんだ。
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 すれちがった列車のヘッドマークには野口英世の顔、まるで耳なし芳一のように車両全体に字が記されていました。これは彼の母シカが英世に送った手紙のようです。ふと気づくと運転室のはしっこに文庫本が置いてあります。よくよく見ると星新一の「妖精配給会社」(新潮文庫)でした。これは大都市圏だったら大変なことになるでしょうね。鵜の目鷹の目のクレーマー諸氏が「運転席に文庫本があるぞ、社員教育はどうなっているんだ」と抗議の電話やメールを会社にがんがん浴びせて、運転手は処分、なんてことになりかねません。この他者に対する良い意味での無防備さ・鷹揚さがなくなって、今の日本は息苦しくなっているのではないかな。それにしても、何故瑣末なことで、他者を攻撃するのだろう?
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 黄金色に輝く田んぼの間を縫って走る列車は、やがて山間へと入っていきます。渓谷の眺めを車窓から楽しんでいると、7:40頃に塔のへつり駅に到着です。下車したのは私と初老の男性のみ、その彼に写真を撮ってほしいと頼まれたので了解、次の列車で湯野上温泉まで戻り大内宿へ行く予定ということです。では後ほど、と別れ、私は駅周辺の様子を写真におさめました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-05-22 06:13 | 東北 | Comments(0)

会津・喜多方編(12):会津若松(09.8)

 そして滝沢峠を越える旧道を通り、滝沢本陣と飯盛山のわきを走りぬけ、駅近くのワシントンホテルに到着です。予定よりすこし足が出ましたが、まあいいでしょう。運転手さんに丁重に礼を言い、チェックインをしました。なんと嬉しいことに、このホテルでは自転車を無料で貸してくれるとのこと、さっそく明日の予約を入れておきました。旅装を解き、歩いて数分のところにある会津若松駅構内のお土産屋で会津の地酒と夜食を購入、もう閉まっていましたが観光案内所に置いてあった観光パンフレットをいくつかいただきました。実は、古い建物の夜間ライトアップをしているとの情報を入手しており、今回は三脚を持参しております。その地図もあったので、これからライトアップの撮影と洒落込みましょう。ん? もしやホテルで夜間も自転車を貸してくれるのでは… ホテルに戻りフロントでお願いするとNo problemというお返事、これは助かります。七日町通りと野口英世青春通りを中心に徘徊し、可憐な旧黒河内胃腸病医院、威風堂々とした市役所、剛毅木訥然の会津酒造歴史館、重厚な福西本店、瀟洒な七日町駅といったお歴々を撮影。いずれも劣らぬ猛者ぞろいでした。それにしても、昼間の喧噪が消え去った観光地の夜っていいですね。部活動帰りの学生たち、買い物に出かける主婦、家から漏れ聞える団欒の声、酔っぱらい諸氏の歓声、静まり返った路地、どこからともなく漂う夕食の匂い、その町の素顔にふれられたような気がします。
 さてホテルに戻って自転車を返却し、部屋のシャワーで汗を流し、最上階のレストランでロハのウェルカム・ドリンク(ビール)をいただきながら明日の予定を考えました。大内宿、塔のへつり、会津若松散策はよいとして、その順序をどうしましょう。塔のへつりという奇岩群は朝早く行っても大丈夫なので、7:00発の会津鉄道に乗って見物し、その後、湯野上温泉駅まで戻ってタクシーで大内宿へ、そして会津に戻って散策、よしっこれでいこう。部屋に戻り、ヘルメスに祝杯を捧げて就寝。

 本日の六枚、上から旧黒河内胃腸病医院、市役所、会津酒造歴史館、福西本店、七日町駅、そして渋川問屋脇の路地です。
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by sabasaba13 | 2010-05-21 06:28 | 東北 | Comments(0)