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グリンデルワルト編(39):チューリヒ空港(10.12)

 そしてチューリヒ空港に到着、荷物はすでに飛行機に積まれているし(たぶん)、チェックインは前夜に駅で済ませてあるし、じゅうぶんな余裕をもって間に合いました。出国審査を受けて、待合室へ。山ノ神はすぐにチョコレートを物色しにお店に突貫、私はトイレに行っておきましょう。
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 粗品を出して、朝顔に狙いをさだめると…おお、として蝋燭が描かれています。これは座布団二枚! マウリッツ・ハイス美術館にあった蠅と並ぶ傑作です。周囲に人がいないのを確認して写真撮影。狙いをすまして小水をかけたくなる的、他にはないですかね。あの御仁の似顔絵か、放射性物質のマークなどどうかな。
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 スモーキング・ラウンジで一服して山ノ神と合流。
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 そして飛行機に乗り込みますが、キャビン・アテンダントに搭乗券(5A・5B)を見せると、われわれをビジネスクラスの席へと誘ってくれます。ちゃうちゃう、エコノミークラスやねん、となぜか関西弁で抗弁すると、彼女は「現実を直視なさい」と優しく微笑んでくれました。シートの番号表示を見ると…5A・5B。やりい! どうやら航空会社の都合でグレードアップされたようです。赤木剛憲と三井寿のようなロー・タッチをかわし、マイムマイムを…踊るのは大人げないのでやめましたが、なんたる幸運。思い返せば、これほどツキに恵まれた旅行ははじめてでした。秋の京都旅行でわれわれを散々な目にあわせた神様が、やりすぎたな、と反省して贈ってくれた幸運なのでしょうか。いや寺田寅彦が言うように、"純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異(ナチュラルフラクチュエーション)」の現象"なのでしょう。(「天災と国防」 『寺田寅彦随筆集(5)』[岩波文庫]) シーツは完全なリクライニング、豊富なアメニティ・グッズ、そして料理はケンピンスキーホテル(サンモリッツ)のシェフ、マティアス・ルーク氏による特別メニュー。ああもう好きにして、と身悶えしてしまいます。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-30 08:05 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(38):チューリヒ(10.12)

 ああええもんみせてもろた。でも、これでTIME OUT、シャガールが描いたステンドグラスのある聖母聖堂とヨーロッパ最大の時計がある聖ペーター教会、ましてやチューリヒ美術館を訪れる時間はとてもありません。ま、以前に見たので悔いはなし。再び路面電車に乗って、中央駅へと戻ることにしましょう。空港に向かう列車に乗り込み、車窓から町の風景を眺めていると、「CREDIT SUISSE」という大きな看板のあるビルが風のように視界から流れ去っていきました。クレディ・スイス、実はこの銀行も、持参した「私物化される世界」(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)に登場しました。
 マルコスが国外へ、特にヨーロッパとアメリカへ送った略奪資金の総額はどの程度か? 信頼できる見積もりによれば、クレディ・スイスを含む約40の銀行に蓄えられている資産額は10億ないし15億ドルにのぼる。
 略奪物の偽装工作は複雑な戦略に基づいておこなわれた。マニラに呼びつけられたチューリヒの銀行家とそのスタッフは(1968年以降)実際に四六時中、いかに金を疎開させてリサイクルするかに没頭した。独裁者とは毎日連絡を絶やさなかった-マルコスが1986年3月にホノルル郊外にあるアメリカのヒックハム空軍基地に抑留された後も。
 穢れた金の流れはまずチューリヒのクレディ・スイスのさまざまな匿名口座に入った。最初のマネーロンダリングである。それから、この略奪金はフィデス信託会社(クレディ・スイスの子会社)に送られた。二度目の名義変更である。最後に三度目のロンダリング。フィデスが水門を開けて、穢い流れがまた分かれる。今度の行き先はリヒテンシュタインである。(p.133)

 一言でいえば、今日フィリピンが崩壊の危機に瀕し、民衆の大部分が根深い貧困に苦しみ、さらにテロリズムが拡大する直接の責任はすべて、蔓延する汚職にある。この汚職の構造をつくったのはマルコス夫妻とクレディ・スイスという略奪者なのだ。(p.135)
 そう、第三世界の独裁者のための大規模なマネーロンダリングを行っているのが、クレディ・スイスです。また、スイスの政府と銀行が、グローバル資本のための国際的脱税行為に協力していることも、著者は指摘されています。世界中ほとんどの国で脱税は刑法上の犯罪行為になるが、スイスではそうではないのですね。虚偽の納税申告をしたり、課税対象とされる収入を意図的に隠したりしても、行政規則違反とみなされるにすぎないのだそうです。(p.88~9) 世界を私物化して、多くの人間を貧窮のどん底に突き落としながら、莫大な利益を上げつづけるグローバル資本。スイスの政府と銀行がその片棒を担いでいるのだということは、心に銘記しておきましょう。
by sabasaba13 | 2012-06-29 06:14 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(37):ル・コルビジェ・ハウス(10.12)

 ここチューリヒでも、路面電車が縦横無尽に町中を駆け廻っています。青と白で塗装された古い車両がほとんどですね。
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 Tram4に乗り込みむと、リマト川を右手にのてのてと列車は走っていきます。川向うには、ヨーロッパ最大の時計がある聖ペーター教会の尖塔が見えました。そして大聖堂の前には、この教会の説教師として活躍した、スイス最初の宗教改革者ツヴィングリの銅像がありました。
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 やがてチューリヒ湖が見え、駅から十分ほどでHoschgasseという停車場に到着。ここから湖の方へ五分ほど歩くとあるはずなのですが…きょろきょろ…あった。建築家ル・コルビジェが最後に設計した建物(設計1962年)で、自身のミュージアムでもあるル・コルビジェ・ハウスです。これまでも拙ブログの書評で、「ル・コルビュジエを見る」(越後島研一 中公新書1909)や「ル・コルビュジエを歩こう 現存36作品完全ガイド―フランス編」(BIR+TUE有志 吉野弘 エクスナレッジ)を紹介してきましたが、実は彼の建築のファンなのです。とは言っても、実見したのは上野の国立西洋美術館のみ。いつかはサヴォア邸やロンシャン教会を見てやるぞと闘志を燃やしているのですが、ガイドブックでここチューリヒにもあることを知り、旅程を調整して寄った次第です。ただ残念なことに、開館しているのは7~9月の土日のみ。どういう事情があるのかわかりませんが、あまりにも酷です。いたしかたない、外観を味わうしかありません。それにしても心がうきうきするような軽やかな建築ですね。スティールとガラスを多用し、モンドリアンの絵のようなカラフルな原色のパネルがいいアクセントになっています。全体のバランスの良さは、「建築家にとっても最も大事な資質は、比例に対する感覚だ」という彼の言を彷彿とさせます。あっ、彼が考案したモジュロール(約183センチメートル標準人体の寸法比や黄金比を組み合わせた建築用の基準尺度)の人形がパネルの上で手を上げています。嬉しいなあ、実は『美の巨人たち』(テレビ東京)に時々登場するモジュロール兄弟のファンなもので。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-28 06:17 | 海外 | Comments(2)

グリンデルワルト編(36):チューリヒ中央駅(10.12)

 まずは1893年に建てられたチューリヒ中央の外観を撮影しておきましょう。旅先に持参した本の中で、偶然その土地について語られた一文を見つけることがよくあります。不思議なものですね。今回も、「荒廃する世界のなかで」(トニー・ジャット みすず書房)の中で、この駅について触れた文章がありました。"鉄道の駅というものは町の単なる一部分ではなく、駅票に町の名をかかげているように、その町の人格の本質をふくんでいるのである(p.226)"というマルセル・プルーストの言葉を紹介した後、著者は鉄道が「公共善」であると主張されています。以下、引用します。
 フランスとイタリアはずっと以前から、鉄道を社会的供給物として対処してきました。遠くへんぴな地域まで列車を走らせることは、コスト的にどれほど非効率であっても、地域社会を維持します。道路輸送に対する代替案を提供することで、それは環境破壊を減少させます。鉄道の駅と、駅に付随するさまざまな施設とは、どんなにちっぽけな地域社会にとっても、希望の共有としての社会というものの存在のきざしであり、そのしるしでもあるのです。(p.230)
 地域社会を維持し、環境破壊を減少させ、そして希望の共有のしるしとなるもの、それが鉄道だと述べられています。なるほど、鉄ちゃん・鉄子さんが増えているのも、こういう点に敏感に反応した結果なのかもしれませんね。そしてジャット氏は、古い鉄道の駅が多くの人々に愛着をもたれていることこそ、鉄道が社会に適合していることを物語っていると指摘されています。その例として挙げられているのが、パリの「ガール・ド・レスト(東駅)」(1852)、ロンドンの「パディントン駅」(1854)、ブダペストの「クレティ・パーヤウドゥヴァル(東駅)」(1884)、そしてここチューリヒの「ハウプトバーンホーフ(中央駅)」(1893)です。実はこの駅の写真を撮っておきたい理由がもう一つあります。私の大好きなアルバム、ヴィブラフォン・プレーヤーのゲイリー・バートンと、ピアニストのチック・コリアのそれはそれは見事なデュオのライブ演奏を録音した「CHICK COREA and GARY BURTON IN CONCERT, ZURICH, OCTOBER 28, 1979」のジャケット写真が、この中央駅周辺を上方から写したとても素敵な写真なのです。ECMというレーベルは、ほんとに洗練された上質のジャケットを見せてくれます。ま、ブルーノートの土臭さや、サヴォイの趣味の悪さも、それはそれで魅力的なのですが。というわけで心ふるわせて外へ出ると…何と一部が改修中。ところどころがプレートに覆われ、全貌を拝むことができませんでした。無念。悔しいので、ジャケット写真にある、裏側から撮影された"CAMPARI"のネオンをカメラにおさめました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-27 06:17 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(35):チューリヒへ(10.12)

 "ついに行く道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを"(在原業平) さていよいよ帰国の日とあいなりました。グリンデルワルト7:49発の列車に乗りたいので午前六時に起床、朝食をいただき、部屋に戻ってまだあけそめぬ闇の中屹立するアイガーに♪俺の眼を見ろ何にも言うな♪と最後のあいさつをいたしました。忘れ物がないかどうかを確認し、フロントでチェックアウト。
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 予定通りの列車に乗って、まずはインターラーケン・オストへと向かいます。車窓からテニスとスカッシュのための屋内コートを見かけましたが、やはり冬場は屋外でのプレイは無理でしょうね。ロジャー・フェデラーもああいうコートで練習を積んだのでしょう。その先には軍事基地らしき施設があり、ぽこぽこと掩体壕もありました。
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 そしてインターラーケン・オスト駅で乗り換えて、チューリヒへと向かいます。しばらくは右手の車窓にトゥーン湖を眺めることができます。曇天のもと、雪をかぶった連山を冴え冴えと湖面に映す眺望を堪能。トゥーンを過ぎると、しばらくは牧場や農地が続きます。
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 そして午前十時半ごろにチューリヒ駅に到着、まずは時刻表で空港行き列車の発車時刻と入線ホームを確認。余裕を見て午前十一時半ごろの列車に乗れば、大過ないでしょう。とするとチューリヒを徘徊できるのは一時間強、やはり訪れるのはル・コルビュジェ・ハウスのみとしましょう。聖母聖堂も聖ペーター教会もチューリヒ美術館も以前に見たことがあるので悔いはなし。ひろびろとした駅構内をぶらぶら歩きながら、外へ。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-26 06:20 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(34):グリンデルワルト(10.12)

 おっ気がつけばもう午後二時半、そろそろ部屋に戻って荷づくりをせねば。コースを滑り降りてふたたびリフトWIXIに乗り、赤42番コースをクライネ・シャイデックに向かって滑りました。このコースの眺望は素晴らしですね、前方にアイガーとメンヒ聳え、抜群のロケーションです。
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 最後の滑りを満喫し、クライネ・シャイデックに到着。グリンデルワルト行きの列車に乗り込みました。車窓から眺めていると、橇で滑る人、犬を連れている人、ひたすら歩く人、みなさん思い思いに雪山を楽しんでおられました。
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 途中にあるグルント駅の近くには、日本語・ハングル・アラビア語で「レストラン」と記された看板がありました。そしてグリンデルワルト駅に到着、スキーを返却しにスポーツ用品店まで行きました。七日間お世話になったスキー板に、ワールドカップ滑降で優勝した選手のようにキスを…しないしない。
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 無事返却をして、ホテルのロッカー室で靴を履き替え、部屋に戻り、名残りは尽きねど帰国の準備です。
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 私はエレッセのスキーバッグに適当に洗濯物や本や小物を詰め込んでフィニート。山ノ神はサムソナイトのスーツケースに、大量に持ってきた衣服やしこたま買い込んだお土産を、苦心惨憺しながら配置していきます。シャワーを浴び、最後の地元産ビールをアイガーに献杯し、紫煙をくゆらしていると、やっと終わったようです。彼女がシャワーを浴び終わるのを待って、二つの荷物を駅へ持っていきました。実はスイス鉄道には"Check-in at the Railstation"という大変優れたサービスがありまして、20スイス・フランを払うと、駅で搭乗手続きができ、そのまま荷物を飛行機に積み込んでもらえるのです。パスポートを渡してボーディング・パスを発行してもらい、荷物を預け、これで明日はリュックサック一つで身軽に移動ができます。今日もまあまあ天気が良かったし、ワールドカップの公開練習も見られたし、これで明日の座席がビジネスクラスに変更されていたら、申し分ないのだけれどなあ。と、搭乗券を見ると座席番号は5Aと5B、ずいぶん前の方ですね(伏線)。スーツケースを受け取った駅員さんは、一本の細い紐をまきつけていました。何のためでしょう? "Bon boyage"というおまじないかな。
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 そしてホテルに戻り、レストランで豚レバーのシチュー煮をいただきながら、明日の予定を山ノ神と相談。飛行機は13:00にチューリヒ空港を出発します。せっかく身軽になったのだから、チューリヒでのプチ散策を提案、了承を得ました。ル・コルビュジェ・ハウスは絶対外せませんね、時間があればシャガールが描いたステンドグラスのある聖母聖堂とヨーロッパ最大の時計がある聖ペーター教会を見て、まだ時間があれば(ないだろうなあ)チューリヒ美術館を見学するというプランをたてました。そして部屋に戻り、本を読みながら一献傾け、溶暗したアイガーにおやすみを言い就寝。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-25 06:19 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(33):ワールドカップ公開練習(10.12)

  線路の上を越えると、左下方にワールドカップの滑降コースが見えてきました。旗門や安全用のネットもセットされているし、カーブのところには青くマーカーが塗られているし、もう準備万端のようですね。本番は無理だとしても、せめて公開練習を見たかっ…ん…凄いスピードでコースを滑り下りてくるスキーヤーがいる…ゼッケンもつけている…これはもしや…公開練習だ! 互に見合す顔と顔、信じられない奇蹟に(リフトを揺らさない程度に)躍りあがって喜びました。
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 見にいこう見にいこう、リフトから降りるとすぐ近くにスタート小屋がありました。その隣には、ウォームアップに余念がない選手たち、大会運営の関係者、そしてスイス軍の兵士たちの姿も見えます。
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 さっそくスタートの瞬間が良く見えるかぶりつきの場所に陣取り、胸をときめかせながら選手を待ちました。あっ来た。練習とはいえ、体から発せられる緊張感がびしびしと伝わってきます。そりゃそうだ、最高速度は140~150kmに達し、最悪の場合には死に至る競技、緊張しない方が不思議です。ウィキペディアによると、技術、勇気、スピード、リスク、コンディションの5つの要素が勝負の分かれ目。個人的には、世界で最も危険な競技がこの滑降(DOWN HILL)とF1、世界で最もきつい競技がバドミントンだと思っております。おっ合図があった、スタート、あっという間に選手は雪煙りをあげて視界から消え去っていきました。凄い早さだ…
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 何人かのスタートを見て、そうです、滑降の華、ロングジャンプを見られる場所に移動しましょう。時速15kmぐらいのパラレルターンもどきでずるずると下りていくと、コースは右へ大きく曲っています。その外側には、三重四重に安全用の赤いネットが張り巡らされていました。そしてコースは左へと大きく曲り、そのすこし先がジャンプをする地点のようです。たくさんの一般スキーヤーたちがネットにへばりつき、今か今かと待ち構えてしました。
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 われわれのその中に混じり、カメラを構え待っていると、来たっ! ひゅん!        ざっ! 一陣の風のように何十mも飛び、着地し、そして凄まじい早さで滑り降りていきました。かっこいいいいい。しかしあまりの早さに、なかなかカメラにおさめることができません。せんかたない、ワイドに撮って後でトリミングをすることにしましょう。"来たっ! ひゅん!        ざっ!"を何回も繰り返し、滑降の魅力を心ゆくまで堪能致しました、ふう。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-24 06:24 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(32):クライネ・シャイデック(10.12)

 朝食の前にフロント前に貼ってある天気情報を確認すると、雲が出ますがおおむね晴れ。ということで本日はスキーに決定。ただ荷物を詰め込み出発の準備をしないといけないので、早めにあがることにしましょう。朝食をいただきながら、今日はどこを滑ろうかなとゲレンデ・マップを見ていると…灯りのマークが記されていることに気づきました。まさかナイター… 景色も楽しめない、寒くて暗い、ひたすら求道的に技術に磨きをかける、個人的にはナイター・スキーを全否定しております。またこれまで、ツェルマットとダボス(スイス)、ザルツブルクとインスブルック(オーストリア)、オーレ(スウェーデン)といろいろな場所でスキーをしてきましたが、ナイター・ゲレンデはなかったと記憶しています。てっきりヨーロッパにおいては、ナイターはありえないと思い込んでいたのですが、なにか理由があるのでしょうか。
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 それはさておき、部屋に戻り、キバシガラスに餌をあげ、ウェアに着替え、板と靴をもっていざ出発。山ノ神と協議の結果、無難にクライネ・シャイデック近辺を滑ることにしました。外へ出ると、たしかに雲は多いのですが、青空も見えています。まあ諒としましょう。
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 そしてクライネ・シャイデック駅に到着。
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 駅舎には「ユングフラウ鉄道百周年まで、あと572日と1分と56秒」という電光表示がありました。レストランの前にはパンでかたちづくられた人形、そして厨房を覗くと大きな丸い鉄板の上に大量のレシュティ(じゃがいもを短冊状に切ってこんがりと焼いた料理)が湯気をたてていました。ああ美味しそう。
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 そして板を履き軽く準備運動をして、赤35番を滑降。FALLBODENというリフトに乗ってクライネ・シャイデックの上方へ。このリフトの終着点からユングフラウ鉄道の高架をくぐった先から眺めるアイガー北壁がまた絶景でした。その厳しい表情には荘厳さすら感じます。おっユングフラウ鉄道がやってきて隧道の中へと消えていきました。今度は赤34番を滑走。このコースを数本滑り、次はWIXIというリフトに乗りましょう。
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 そうそう言い忘れていましたが、リフトに乗る際には、ICカードをボードにタッチする方式になっています。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-23 08:17 | 海外 | Comments(0)

グリンデルワルト編(31):ベルン(10.12)

そしてクラム通りをさらに歩いていくと、だんだんと時計塔が迫ってきました。1218年から時を刻んでいるという大きな仕掛け時計です。毎時56分から動き出すとのことですが、今は午後四時ちょっと過ぎなのでちょうど終わったばかりですね。潔くあきらめましょう。
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 時計塔の下をくぐると、道の名称がマルクト通りに変わります。この通りは、古い車両や、最新式の超低床車両など、さまざまなタイプの路面電車が行き交っております。いいなあ、軽快な電車を走らせて街全体を歩行者優先の環境にするとともに、自動車社会により荒廃した中心市街地の活性化も意図されているのでしょうね、ブラービ!
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 やがて見えてきたのが旧市街の中心となる牢獄塔、1256年に西門として建設され、かつては牢獄として使用されていたようです。
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 パイプ吹きの噴水を通り過ぎると、ガラスで覆われたモダンなベルン駅が見えてきました。
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 そして急行列車に乗り込み、インターラーケン・オストへ。山ノ神が駅前の大きなCOOPで買い物をしたいというのでつきあいました。彼女が、散布用の安いチョコレートを物色している間に、私は店内を徘徊。おっ頑丈な自転車用の鍵が何種類も売られています。やはり自転車泥棒が多いということでしょうか。チーズの品揃えが多様なのも、さすがはスイスです。ラクレット用のチーズには少々食指が動きましたが、重いしなあ、やはり買うのはやめときましょう。
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 しばらくして山ノ神と合流、二階にあるセルフサービスのレストランで夕食をとることにしました。ステーキとフライポテトとサラダ、値段相応の味でした。
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 そして駅へ行き、グリンデルワルトへ。さあいよいよ明日は最終日です。天気が良ければスキー、悪ければトゥーンとシュピーツへの小旅行と洒落こむことにしましょう。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2012-06-22 06:19 | 海外 | Comments(0)

言葉の花綵72

 飛行機の中では二つの感情しかない-退屈と恐怖だ。(オーソン・ウェルズ)

 私は神様に会う準備ができているけれど、あちら側に私に会う覚悟があるかどうかはまた別の問題だ。(チャーチル)

 私は人間たちの一人だから、誰が死んでも私の一部が失われる。だから葬式の鐘が鳴るのを聞いて、誰のために鐘が鳴るかと人をやって聞かせてはいけない。鐘はおまえのために鳴るのだ。(ジョン・ダン)

 一日は二十四時間…ビール一ケースは二十四本。これが偶然だろうか? (スティーヴン・ライト)

 私はビール禁酒主義者であります。シャンペン禁酒主義者ではありません。(ジョージ・バーナード・ショウ)

 私はアメリカ合衆国大統領だ。もう絶対にブロッコリは食べないぞ。(ジョージ・ブッシュ)

 イギリスでは、朝食を日に三回食べればいいんだ。(サマセット・モーム)

 イギリス人があれほど海外進出できたのは、どこへ行っても故国よりはうまいものがあったからだ。(unknown)

 男が戦争好きなのは、その時だけ立派に見えるからだ。女に笑われないですむ唯一の機会だからだ。(ジョン・ファウルズ)

 どんな戦争だって、最初の三十日は評判がいいものだ。(アーサー・シュレジンジャー)

 海軍の伝統なんて聞きたくもない。ラム酒と男色と鞭打ちの他に何があるか。(チャーチル)

 良い戦争というものはないし、悪い平和というものもない。(ベンジャミン・フランクリン)

 ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガ―の、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴。(『坊っちゃん』 夏目漱石)

 羊の皮をかぶった羊。(チャーチルがアトリーを評した言葉)

 悪口を最も優雅に受け止めるには、無視すればいい。それができなければ凌駕する。それが無理なら笑いとばす。もし笑えないとなったら、その悪口は真実だと思った方がいい。(ラッセル・ラインズ)

 serendipity-運よく何か珍しいものを見つける能力。(ホレス・ウォポール)
by sabasaba13 | 2012-06-21 06:14 | 言葉の花綵 | Comments(0)