<   2012年 07月 ( 27 )   > この月の画像一覧

瀬戸内編(16):尾道(11.3)

 そして三重塔の裏手にある小高い道に出ると、そこは塔越しに街並みや海や向島を一望できる絶好のビュー・ポイントです。♪C'est si bon♪と鼻歌を歌いながら写真を撮りまくりました。その先にあるのが、アララギ派の歌人中村憲吉が1933(昭和8)年12月から翌年5月に逝去するまで療養していた家です。内部の見学はできませんが、置いてあったパンフレットに「子供らは崖の上なる古寺にどやどや登り帰り来れり」という歌がありました。病魔に蝕まれ病床に伏す彼は、子供たちの歓声と足音をどんな気持ちで聞いていたのでしょう。その近くには、七分咲きの桜がありました。この上にある千光寺公園はサクラの名所ということなので、期待しましょう。桜もいいのですが、中村憲吉旧居の生垣から息吹く鮮烈な若葉の緑も素敵ですね。
c0051620_5535992.jpg

 そして千光寺に到着、「うきわれを寂しがらせよ閑古鳥」という芭蕉の句碑がありました。左に歩いていくと「文学のこみち」、尾道に縁のある文人墨客たちの句碑や詩碑が林立しています。途中にあった巨岩は名勝「鼓岩」。解説によると、岩の上を小石で打つと「ポンポン」と鼓のような音がするそうです。やらいでか、最上部に行くとちゃんと鎖につながれた小石がセッティングされていました。さっそく叩いてみると…うーん、鼓の音に聞こえるような気もしないこともないような…
c0051620_5545277.jpg

 その先には尾道市立美術館、香月泰男展が開催されていますが、これからの旅程を考えるとカットせざるをえません。後ろ髪を引かれるように歩いていくと千光寺公園に着きました。巨大なゴミ捨て場がつくられており花見の準備は万端なのですが、肝心の桜はつぼみの状態。無念、再訪を期しましょう。
c0051620_5545397.jpg

 無料の展望台に上がると、尾道の街並み、尾道水道、向島を手に取るように一望できる最高のビュー・ポイントです。湿度が高いためか、いまひとつ視界がクリアでないのが惜しいのですが、贅沢は言いません。♪What a wonderful world♪と鼻歌を歌いながらパノラマ写真を撮りました。
c0051620_5554663.jpg

 展望台から下りてロープウェー駅へ向かうと、ここで会ったが百年目、盲亀の浮木、優曇華の花、「恋人の聖地」のプレートがありました。以前に福岡タワーで発見して"たまげた駒下駄日和下駄"し、伊良湖岬でも見つけたので、今回で三件目です。「なんじゃそれは?」とおっしゃる健全な方々のために説明しますと、「恋人の聖地 NPO法人地域活性化支援センターが、平成18年4月より地域活性化および少子化対策として、各地を代表する公共的な観光施設・地域を中心に認定。プロポーズに適したロマンティックな観光情報発信および、参加型イベント等を実施しています」というしろものです。やれやれ、「恋人たちよ、ロマンティックな場所を教えてしんぜよう」という手取り足取り腰取り的な余計なお世話ですね。
c0051620_5554825.jpg


 本日の三枚です。
c0051620_5563742.jpg

c0051620_5563363.jpg

c0051620_5572068.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-28 05:58 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(15):尾道(11.3)

 線路に沿った道に出て右手にあるのが時宗の古刹、海福寺。境内には「三ツ首様」という祠がありました。ガイドブックによると、処刑された夜、住職の夢枕に立ち「我々の首を供養してくれたら、首から上の病を治す」と伝えた三人の義賊の墓だそうです。なおそのそばには「墓石クリーニング」という広告がありました。「真心込めて作業致します」という但し書きが微笑ましいですね、尾道の方々の篤き信仰心を彷彿とさせてくれます。
c0051620_6132816.jpg

 そして再び線路沿いに出るとちょうど列車がやってくるところでした。鉄ちゃんにはおよびもせぬ自称鉄五郎、さっそく跨線橋の上からちょっとレトロな列車を撮影。うむ、この車両の型は…全然わかりません。さらにうねうねと歩を進めると、四つの細い坂道へと分かれる交差点を発見、尾道ならではの光景です。
c0051620_6135127.jpg

 そして千光寺へと一気に向かう長い坂道を歩き、後ろを振り返ると、おおこれは絶景です。白漆喰の味な民家、彼方には煌めく尾道水道とその先にある向島を眺望することができました。
c0051620_6141464.jpg

 そして左にすこし入って志賀直哉旧居に到着。1912(大正元)年11月から翌年7月まで彼が住んでいた家で、ここで『暗夜行路』の構想を練り起稿したそうです。眺めも素晴らしいことだし、こちらで一休みしましょう。それにしてもここまで一匹の猫にも出会えないのが残念です。坂道を疾駆しキックターンをして疾風のように消え去る猫を、山ノ神に見せたかったのですが。縁側に座り、海や斜面を覆い尽くす甍の波を眺めながら水を飲んでいると、山ノ神が口に指をあてながら私を手招きします。なんだなんだ、誘われるまま、奥の縁側に行くと…。後ろ脚を伸ばしながら丸くなって熟睡している猫でした。かなり至近距離に近寄って撮影しても、まったく目覚める気配がありません。「すべて世は事も無し」というブラウニングの詩句を具現したようなその寝姿を二人でしばらく見つめてしまいました。原発と核兵器が散在するこの地球では、われわれ人間にはもうこのような安らかな眠りは許されないでしょう。神も呆れ果てて、空から消えてしまいました。
c0051620_6143769.jpg

 どなたかが枝にさした蜜柑に集まるメジロや、爛漫と咲き誇る木蓮を撮影して、さあ千光寺へと向かいましょう。
c0051620_615264.jpg

 海や向島を眺めるため振り返り振り返りしながら坂道を上っていくと、天寧寺三重塔に到着です。その右手の坂道を歩いていくと、付近に出没する猫たちを、顔写真入りで紹介する「猫の細道」という掲示がありました。そのユニークなネーミングに緩頬してしまいます。うし一族(ホルスタイン柄)1~3号、小梅、こゆき、こげら、シメサバ、ソックス、ルーズソックス… 個人的にはシメサバ君にお目にかかりたいですね。食べてしまいたいほど可愛いのだろうなあ。
c0051620_6153212.jpg


 本日の四枚です。
c0051620_6155634.jpg

c0051620_6161742.jpg

c0051620_6163493.jpg

c0051620_6165587.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-27 06:17 | 山陽 | Comments(0)

水俣病申請打ち切り

 政府は水俣病患者に対して、地域や年齢で救済対象者を限定し(いわゆる"線引き")、たとえ一定の症状があってもこれを放置してきました。しかもあろうことか、2012年7月末には水俣病特別措置法における申請を締め切り、救済の門戸を閉ざし被害者を切り捨てようとしています。しかし朝日新聞も報道したように(2012.7.1)、線引きの外にされた天草地方では、検診の結果、多数の水俣病患者がいる可能性が高いことがわかっています。ということは、福島第一原発事故に対する政府と東京電力の今後の対応も、ある程度見えてきますね。まともな被害調査はせず、あらゆる努力を尽して被害をできるだけ過小に見積もり、補償を最小限に抑えるとともに、熱さが喉元を過ぎほとぼりがさめみんなが忘れ、まるでそんな事件はなかったかのように歴史から抹消されるのをじっと待つ。そして人びとの眼をこうした事件から逸らすために、"愛国心"を強要し、あるいはサーカスへと関心を逸らす。(もうパンはくれないようですね) 水俣病申請締め切りを2012年7月末に設定したのは、ロンドン・オリンピックで国民の皆さんが浮かれているタイミングに合わせるため、というのは穿ち過ぎでしょうか。
 反原発運動が盛り上がりつつあるのはたいへん嬉しいのですが、その一方で水俣病が静かに忘れ去られようとしています。居ても立ってもいられないのですが、為す術もない己の無力さに打ちひしがれています。そんな中、昨日放映の「クローズアップ現代」(NHK)がこの問題を取り上げ、さらに長い間水俣病と向かい合ってきた作家・石牟礼道子氏へのインタビューがありました。嗚呼、録画しておくのだったと今更後悔しても後の祭り。肝に銘じ、魂に刻み、語り継ぎたい言葉がいくつかあったので、紹介いたします。なお、もし正確に引用できていなければ、もちろん総て小生の責任です。
 (上京して政府に救済を訴えたある患者) 道子さん、日本という国はなかった。

 (四年前に亡くなったある患者) 許す。国もチッソも、差別した人も。許さないと苦しくてしようがない。でも生きたい。

 私たちは許されて生きている。なんて罪深い。

 国はことの重大性をよくわかっており、なんとかしてごまかし、正当化しようとしている。

 人間の希望はわかりあうこと。

 政府は、水俣の人たちの心をズタズタにした。今日を無事に生きて、明日もおなじように生きていければいいと考える、特別な出世など望まない普通の人びとの心を。普通の人びとが大事なのだ。
 特に軽い眩暈を覚えたのは次の言葉です。
 国も、国民も、道徳的成長をとげようとしてこなかった。
 やはり国民の政治的・知的レベルを越えるような官僚・政治家は望むべくもない、ということですね。橋本治氏も言われたように、公僕達に鼻の先で笑われる程度の「ご主人さま」ではなくて、公僕達に敬意を払われるような「ご主人さま」になる―そのように、国民が成熟する以外、民主主義の生きる途はないのでしょう。原発再稼働、消費税値上げ、オスプレイ配備、そして水俣病申請打ち切り、普通の人びとを犠牲にする政府によって鼻の先で笑われ続けている私たち。さあどうしたら道徳的成長をとげ、知的レベルをあげ、成熟できるか。先ず隗より始めよ。
by sabasaba13 | 2012-07-26 06:17 | 鶏肋 | Comments(0)

瀬戸内編(14):尾道(11.3)

 朝、目覚めてカーテンを開けると、向島の上に朝日が輝いています。尾道水道もクリアに眺められ、どうやら好天に恵まれたようです。
c0051620_6232470.jpg

 これまで尾道は二度訪れていますが、一度目はしまなみ海道を自転車で縦走したため、ほとんど散策はできませんでした。二度目は雨。三度目にして、晴れた尾道を徘徊することができました。念ずれば花開く。まずはホテルのレストランで朝食をいただき、部屋に戻って眺望を目に焼きつけながら食休み。そしてフロントに荷物を預けていざ出発です。まずは尾道駅に寄って列車の時刻を確認、線路を跨ぐ歩道橋の方へ歩いていくと、歩道の端に著名人の足型プレートが並んでいました。谷川俊太郎の「あしかのあしか しかのあしか」というプレートを撮影。
c0051620_623521.jpg

 そして鞄と傘を脇にして物思いに耽る林芙美子像を撮影。「海が見えた 海が見える 五年振りに見る尾道の海はなつかしい」という『放浪記』の一節が刻まれています。このあたりの路地からは尾道水道を垣間見ることができ、なかなかよい風情です。
c0051620_6242273.jpg

 そして歩道橋を渡ると正面にあるのが土堂小学校、険しい表情の二宮金次郎氏を撮影。もしかすると、足元のバケツに貼られた「一日一善」という張り紙がお気に召さないのかもしれません。「たわけ! 一日十善じゃ」
c0051620_6244648.jpg

 小学校正門から右手に進み学校の通路の下をくぐると、「二階井戸」がありました。一階にある井戸の水を、二階から汲み上げられるようになっているのですね。坂道の多い尾道ならではの暮らしの知恵です。
c0051620_6251282.jpg

 そして石の門が珍しい持光寺に到着、こちらの境内からはリズミカルに並ぶアーチ窓がモダンな土堂小学校の校舎を、墓石越しに見ることができます。六地蔵の前では沈丁花が花盛り。母校ぞ第二吾妻小学校の通学路に生えていたので、その馥郁とした香りには郷愁を誘われます。そして境内の片隅には室町時代の国東塔がありました。国東半島を中心に分布する宝塔で、広島県内では唯一のものだそうです。
c0051620_6254066.jpg

 庫裏でフェイス・ハンティングをし、家と家にはさまれた細い坂道を歩いていくと、塀の上から犬が身を乗り出してこちらをじっと見つめています。大丈夫、散歩を愛する市井の(たぶん)善良な人間なので吠えないでね。
c0051620_626964.jpg

 おっ坂道のど真ん中にキャタピラで走行する手押し車が停車しています。これが噂のゴミ収集車ですね。すぐに清掃員の方がやってきて、ヴインヴインと押していきました。坂道まみれの尾道、その御苦労がしのばれます。
c0051620_6263766.jpg

 メロンの皺のような坂道を歩いていくと光明寺に到着、正面の石段には工事車両用の長いスロープが設えてありました。なるほど細い坂道が多いので、正面突破するしかないのですね。それにしてもまるでスキーのジャンプ台、ここを上り下りするのですから運転手は相当の手練なのでしょう。すると軽トラックがやってきていとも簡単にスロープを上っていきました。ブラーボ!
c0051620_6265944.jpg


 本日の三枚です。
c0051620_6272943.jpg

c0051620_6274994.jpg

c0051620_6281169.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-25 06:28 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(13):尾道(11.3)

 そしてバスに乗って新岩国駅へ行き、新幹線こだまに乗車しました。途中の広島駅では、開通したばかりの九州新幹線「さくら」に遭遇。そして一時間ほどで新尾道駅に到着です。
c0051620_6154146.jpg

 ここからバスに乗って尾道駅へ向かい、すぐ近くにあるグリーンヒルホテル尾道にチェックイン。清潔感にあふれる快適そうなホテルです。フロントの方から「角部屋を用意させていただきました」という言葉をいただき、小さな胸は期待で溢れんばかりです。エレベーターに乗って部屋の前に立ち、鍵を回しておそるおそるドアを開けると…ラリホーラリホーラリルレロと嬌声をあげそうになりました。正面の窓からは向島、側面の窓からは尾道水道を一望することができました。なんと素晴らしい眺めであることよ。さらにガッボッテンガボテンガボテンと喚声をあげたくなったのは、鎮座する電動マッサージチェア! もう言うことなし、二人で手を取り合って歓喜にうちふるえましたが、やはり見ておかなくては。プチ テレビのスィッチを入れて、ニュースで福島第一原発の現状を確認。どうやら悪化はしていないようですが、まったく予断は許されない状況です。こうして未来永劫、私たちは怯え続けなければならないのかもしれません。
c0051620_61689.jpg

 まあとにかく夕食を食べにいきましょう。フロントでご当地B級グルメ・尾道焼きを食べられるお店のマップをもらい、ホテルから一番近い「すみチャン」に入店しました。さっそく尾道焼きと焼き牡蠣を注文。目の前の鉄板上でくりひろげられる店主の妙技に見惚れながら待つこと十数分、やっとご来臨です。格別というほどではありませんが、それなりに美味しいお好み焼きでした。なおNHKの朝のドラマ「てっぱん」で取り上げられたのを好機として、「尾道焼き」という新しい呼称を採用したようですね。広島風お好み焼きと考えて間違いないと思います。
c0051620_6163137.jpg

 そして部屋に戻り、堤剛奏でるドヴォルザークのチェロ協奏曲を肴に、一献傾けました。明日は、午前中に尾道を散策し、午後には高松へ向かう予定です。なお新尾道駅でもらったチラシによると、尾道市立美術館で香月泰男展が開催されています。もし時間があったら拝見することにしましょう。
c0051620_6165621.jpg


 本日の二枚です。
c0051620_61717100.jpg

c0051620_6173778.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-24 06:18 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(12):岩国(11.3)

 それでは散策を開始、この旧五橋湯の付近が、かつての城下町だったそうです。その前の路地を歩いていくと、「残そう!岩国の街並み 目指せ!伝建地区」というポスターがありました。ちなみに"伝建地区"とは、おそらく重要伝統的建造物群保存地区のことですね、現在88地区が選定されているそうです。さあその願いが叶う可能性はあるのか、この目でしかと拝見させていただきましょう。まずはここ岩国出身の作家・宇野千代の「人生は いつだって 今が最高のときなのです」という言葉を刻んだ板がありました。
c0051620_6161010.jpg

 店じまいをしたらしいBARBERの先には、漬物屋「うまもん」の古い木造建築があります。
c0051620_616327.jpg

 虫籠窓と格子のあるちょっとすすけた民家や、洋館風のお宅、屋根の上に突出した部分が気になるお店、白壁が剥落しつつある土蔵、瀟洒な「杉田時計店」、阿部定電柱など、味わい深い物件も発見。
c0051620_6165938.jpg

 古風なガラスケースが郷愁を誘う駄菓子屋、小振りながらもイオニア式列柱が見事な山口銀行、それに対抗してあえなく撃沈したかのようなチープな列柱が涙を誘う「町のグルメ店 蟻(!)」、浮き彫りとアーチのある三連窓がチャームポイントの「店服洋藤田吉」、ごきぶりホイホイのホーロー看板、太い梁が印象的な登録有形文化財の國安家住宅を写真におさめ、とどめはやはり宇野千代のお言葉「おしゃれは生きて行く上での生き甲斐である 手をかけ 心をかけることです」。
c0051620_6172482.jpg

 というわけで三十分ほどの短い散策でしたが、充分に楽しむことができました。ただ伝建地区に選定されるには…ま、言わぬが花でしょう。でもがっかりすることはありません、岩国のみなさん。確かに古建築が建ち並ぶ統一感には欠けますが、古い商家・民家、似非洋館、胡散臭い物件が何の脈絡もなく混在する景観には、私(だけかもしれませんが)、心惹かれます。「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されよう、などという親方日の丸的発想とは縁を切って、いっそのこと、「怪しげで胡散臭い建造物群保存地区」(略して"怪建")というコンセプトで町興しをしてはいかが。微力ながら応援したいと思います。なお近くには、1871(明治3)年に建てられた藩立岩国学校の校舎が保存されていますが(岩国学校教育資料館)、以前に見学したことがあるのでカット。
 この頃になると、青空が広がり陽光もさしてきました。もう一度、錦帯橋の写真をとり、最後の一瞥を投げていると…「名勝 錦帯橋 内務省」という石柱を見つけました。側面には「大正十一年三月八日指定」と記されています。
c0051620_6175116.jpg

 内務省か、ハーバート・ノーマン曰く、警察という最大の武器を有する官僚の総司令部ですね。(全集第2巻p.230 岩波書店) また、民主的団体や労働組合の指導者に対して脅迫や殴打などの暴力行為を行なう秘密協定を、有力な右翼団体と結んだという指摘(p.268)も銘肝しておきましょう。日本の近現代史を理解する上で、内務省・特別高等警察・右翼・憲兵がいかに民主的な動きを圧殺していったかを知ることは欠かせないと愚考しますが、教科書ではまず取り上げられていませんね。不思議です。やはりその末裔たちが、今の日本を管理統制しているということなのでしょう。そうそう、この地震列島に核(原子力)発電所をこれでもかこれでもかと乱立させた二人の張本人、正力松太郎(もう一人は中曾根康弘)はこの頃、内務省にいたのではないでしょうか。今、ウィキペディアで調べてみたところ、はい、いましたいました。前年に内務省警視庁官房主事になっています。ちなみに翌年に起きた関東大震災で、朝鮮人暴動の噂を流布させ、自警団による虐殺の遠因をつくったのは彼ですね。敗戦後はA級戦犯に指定されますが、不起訴・釈放。その後、読売新聞社主として君臨したのは周知の通りです。彼と原発の関係については、「原発・正力・CIA」(有馬哲夫 新潮新書249)の書評をご覧ください。ま、簡単に言うと、日本への原発売り込みを図るCIAと、原発利権を資金源に総理の椅子を狙う正力の利害が一致し、この両者が協力しながら導入と建設を推し進めたということですね。

 本日の一枚です。
c0051620_6181684.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-23 06:19 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(11):五橋湯(11.3)

 それでは下山しましょう。駅へ行く途中に「転落注意」という、ユニークなイラストが描かれた看板を見かけました。その近くには「檜皮の採取について」という看板。檜皮の供給と原皮師(もとかわし)の研修のために、ここの国有林を提供しているそうです。へえー、檜皮を採取する人を原皮師と言うんだ、知りませんでした。その数は減少しており、檜皮葺建造物の維持が危惧されているそうです。
c0051620_9113945.jpg

 そしてロープウェー駅のとなりには、毎度おなじみのからくり時計。オルゴール館・秘宝館とならび、観光地でよく見かける定番の物件ですね、理由はよくわかりませんが。ずるずるとやってきたロープウェーに乗り込んで下山。菜の花と錦帯橋を撮影し、橋を渡って城下町のあたりをぶらつくことにしました。
c0051620_91232.jpg

 観光地として売り込むのははなからあきらめているためか、観光地図はありません。錦帯橋ガイドの方にだいたいの方向を訊いて、足の向くまま気の向くまま、てきとうに彷徨うことにしました。「山田屋」の木箱に座っていたも、われわれの前途を祝福してくれる…ようすは全くありません。すこし歩くと、いきなりけったいな物件に遭遇しました。なんじゃこれは? 貧相なドーリア式の柱が四本、ドアが二つ、ファサードの両サイドにステンドグラスとメダリオン。「うまもん」という看板がかかっており何かのお店のようなので、さっそく中に入ってみました。店員さんに訊ねると、宇野千代御用達の漬物屋さんでした。建物の由緒を伺うと、かつて「五橋湯」という銭湯だったそうです。なるほど、だからドアが二つあったのか。ちなみに"五橋"とは錦帯橋のことですね。そして店内に保存してある、当時の脱衣棚を見せてくれました。おおこれは貴重な物件だ。い、ろ、は、に、ほ、へ、と、と記された鍵つきの木戸、その裏には「かぜ ねつに えがお ワーム本舗」「づつう はいたに ノーチカ ワーム本舗」といった古色あふれる広告が貼ってあります。これはええもん見せてもろた。
c0051620_9122986.jpg

 お礼といってはなんですが、コロッケを購入。貼ってあった古い写真を拝見すると、たしかに「湯橋五」とありました。二階のテラスに出ると錦帯橋を眺めることができるということなので、さっそくご好意に甘えて上がらせてもらい、お茶とコロッケをいただきながら眺望を楽しみました。
c0051620_9125259.jpg


 本日の五枚です。
c0051620_9131442.jpg

c0051620_9133423.jpg

c0051620_9135471.jpg

c0051620_9141475.jpg

c0051620_9143360.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-22 09:15 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(10):錦帯橋(11.3)

 四十分ほどで駅に到着、岩国行きの列車は二十分後に入線します。さすがにお腹がへったので、おいしそうなローカルフードでもないかなと駅の売店を物色していると…ありました! 魚のすり身にパン粉をつけて揚げた「がんす」です。それと"じゃこ"と"たこねぎ"の棒天(さつま揚げ)も購入。そしてホームに行って列車に乗り込み、車内が空いた頃あいを見計らってかぶりつきました。野趣あふれるストレートな味がいいですね、あっという間に二人でたいらげてしまいました。五十分ほどで岩国に到着、駅前からバスに乗って錦帯橋をめざします。車窓から商店街を見ていると、アーケードの上部が錦帯橋のかたちになっています。
c0051620_614166.jpg

 そして十数分で錦帯橋に到着。それではスーパーニッポニカ(小学館)から引用しましょう。
 山口県南東部、岩国市の錦川に架けられた。5個の反り橋からなる木造橋で、日本三奇橋の一つとして知られ、国の名勝にも指定されている。橋の創建は1673年(延宝1)岩国藩主吉川広嘉の代で、甲斐の猿橋や中国の『西湖志』の六橋にヒントを得て、創案されたといわれる。橋の長さは橋面に沿って210メートル、幅5メートル、橋台の高さ5メートルで、木材を組み合わせ、巻き金とかすがいのほか1本の釘も使わず、力学的にも優れた構造をもつ美しい橋である。武家屋敷のある横山と城下町の錦見(にしみ)を結ぶ城門橋であった。
 なお現在の橋は2001~04年にかけて架け替えられたものです。以前来た時にガイドさんから聞いた話では、痛みがひどかったという理由もあったけれども、技術の伝承が目的だったそうです。これからも五十年ごとに架け替えるとか。バス停から川沿いの道へ行くと、どんどんどんどんどんと錦川を跨ぐ雄渾な姿を一望できます。優美さと力強さを兼ね備えた類稀なる名橋、何度見ても感動しますね。雲がひろがってきたのがちょっと残念ですが、山ノ神もご満悦の様子です。まずは河原に下りて、その構造を下から拝見。その複雑な木組みには美さえ感じてしまいます。
c0051620_6142891.jpg

 それでは料金を支払って橋を渡りましょう。対岸の山上にある岩国城や錦川を眺めながら、五つのゆるやかなアーチを歩いていくと、河原ではコマーシャルを撮影していました。飛行機のモデルを持って駆け回る子どもをフィルムにおさめているようでしたが、JALはたまたANAのCMかな。
c0051620_615246.jpg

 橋を渡り終えると、吉香公園です。「日本一ソフトクリーム100種類」には、観光客のみなさまが群がっていました。その近くには、大正浪漫風の衣装を来た女給の顔はめ看板
c0051620_6152810.jpg

 なおこちらには竹筋コンクリートという珍しい構造の岩国徴古館(1945年築)がありますが、以前に訪れたことがあるので省略。中級武家の住宅として貴重な目加田家を拝見して、ロープウェー駅へ。ロープウェーに乗って山頂に着き、ここから遊歩道をすこし歩くと1962年に復元された岩国城があります。さっそく入場料を支払って天守閣に上ると、パノラマを堪能することができました。おおらかに蛇行する錦川、錦帯橋、岩国の城下町、遠くには瀬戸内海、そして…岩国基地。この国から、軍事基地と核(原子力)発電所がなくなる日が来るのでしょうか。♪you may say I'm a dreamer. but I'm not the only one♪
c0051620_6155536.jpg


 本日の三枚です。
c0051620_6161647.jpg

c0051620_6163591.jpg

c0051620_6165274.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-21 06:17 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(9):岩国へ(11.3)

 朝目覚めてカーテンを開けると、青空が広がり、松山城天守閣もくっきりと見ることができました。二人して寝坊をしてしまったので♪朝飯食べずに♪チェックアウトをして松山駅前へ。ロープウェーへ出勤するのでしょう、矢がすりの着物に袴姿のお嬢さんたちがバスを待っていました。
c0051620_6205356.jpg

 われわれが乗ったバスは松山観光港行き、三十分ほどで港に到着です。予約しておいた乗船券を窓口で購入し、乗船時刻を待ちました。青い空、おだやかな海、気持ちの良いクルーズが期待できそうです。ただ高速船のため、デッキに出られないのが惜しいですね。海風を浴びながら紫煙をくゆらして移りゆく風景を眺めるのが好きなのですが。ターミナルビルの中に入ると、佐多岬のある伊方町の観光ポスターが貼ってありました。ほんとに細長い半島ですね。その最西端が、昨日食べた岬(はな)サバ・岬アジを釣ってくれた三崎漁協があるところ。そして…伊方原発も… もし事故が起これば岬サバ・岬アジ・関サバ・関アジ、すべて食べられなくなってしまうのだろうなあ。それにしても、なぜまるで原発がないかのように、平然と暮せるのだろう。
c0051620_6211862.jpg

 そして乗船時刻、10:00出航の広島(宇品)港行き高速船に乗り込みました。うつらうつらしながら流れ行く島なみや行き交う船を見ていると、あっという間に音戸の瀬戸を通過しました。そしてが右手にあらわれると、宇品港はもうすぐです。
c0051620_6214459.jpg

 着岸・下船してターミナルビルを抜けると、目の前に路面電車乗り場がありました。最新型の低床車両に乗りたかったのですが、間が悪く次の出発はスタンダードな車両でした。そうのんびりとしていられないので飛び乗り、広島駅へと向かいました。
c0051620_622647.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_6222674.jpg

by sabasaba13 | 2012-07-20 06:23 | 山陽 | Comments(0)

言葉の花綵74

 この世界にはほんとうにいろんなものがあるから
 ぼくたちはみんな王様みたいに幸せなはず (スティーヴンスン)

 民主主義というのは教育のない連中がやる政治。貴族制とは悪い教育を受けた連中がやる政治。(チェスタトン)

 上に政策あれば下に対策あり。(中国の諺)

 私は自分が軽蔑する政府に奉仕して、犯罪的だと思う目標のために働いている。(ケインズ)

 政府に金と権力を渡すのは、ティーンエージャーにウイスキーと車の鍵を渡すようなもの。(オルーク)

 民主主義とは、人民の、人民による、人民のための脅迫である。(オスカー・ワイルド)

 民主主義とは、半数を超える人々の選択が、二回に一回以上は正しいのかもしれない、という仮定の上に成り立っている。(E・B・ホワイト)

 アメリカとは、野蛮から退廃に一足飛びして、その途中にあったはずの文明をかすりもしなかった国だ。(ジョン・オハラ)

 アメリカとはあなたをハッピーにするための壮大な陰謀である。(ジョン・アップダイク)

 アメリカでは、一夜明けたら有名人というサクセス・ストーリーは、伝説であると同時に産業でもある。(ジョン・レジェット)

 アメリカは、狭い部屋に入れられた大きな人なつっこい犬に似ている。尻尾を振るたびに椅子が倒れる。(アーノルド・トインビー)

 災いを引き起こすのは"知らないこと"ではない。"知らないのに知っていると思いこんでいること"である。(マーク・トウェイン)

 雨は、心清き者の上にも、
 心汚れたる者の上にも
 均しく降る。
 だが、心汚れたる者は
 心清き者の傘を横取りする。
 だから心清き者の方が
 よけいに濡れる。(ボウウェン卿)

 人を殺してはいけないと教えるために人を殺した人を殺すの? (unknown)

 女は気落ちすると、ものを買うか食べるの。でも男は他の国を侵略するのよ。(エレイン・ブースラー)

 おおざっぱに言って、イギリスでは犯罪とは上流階級にとって不都合な下流階級のふるまいを指す。(デヴィッド・フロスト&アントニー・ジェイ)
by sabasaba13 | 2012-07-19 07:34 | 言葉の花綵 | Comments(0)