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甲斐路編(7):勝沼(11.5)

 甲府行き普通列車に乗り込み、二十分ほどで勝沼ぶどう郷駅に到着です。さすがは、ワインで有名な観光地、駅に観光案内所があったので地図をいただきました。お目当ては祝橋ですが、大日影トンネル遊歩道・旧田中銀行博物館にも寄ってみることにしましょう。まずは駅から歩いて五分ほどのところにある大日影トンネル遊歩道へ行きました。1903(明治36)年に中央本線のためにつくられたトンネルで、94年間にわたり旅客や貨物の輸送を支えてきましたが、新トンネルの開通によって、1997(平成9)年に閉鎖されました。それを全長1367.8mの遊歩道として整備したものです。歩き通すと約三十分かかるので、入口から100mほど歩いて引き返すことにしました。重厚にして剛毅な煉瓦造りの壁、風格のある入口など、一見の価値はありますね。
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 その近くには、かつて中央本線で大活躍した電気機関車EF6418が野外展示されていました。製造会社は東芝か…核(原子力)発電などという没義道な商いに手を出さず、こうした世のため人のために役立つ物作りに精を出していればよかったのに。
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 そして駅前で客待ちをしていたタクシーにお願いして、まずは旧田中銀行博物館に連れていってもらいました。窓・ベランダ・車寄せなど洋風テイストを加味した擬洋風建築で、もともとは勝沼郵便電信局舎、そして田中銀行・住宅として利用されたそうです。時間がないので内部の見学は省略、祝橋に向ってもらいました。
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 連続するスリットが印象的な、優美な姿のコンクリートアーチで、お茶の水にある聖橋(1929) および王子にある音無橋(1930)に酷似しています。建設は1931(昭和6)年、この二つの橋とほぼ同時期なので、山田守設計の可能性もありますね。ご教示を乞う。そして駅に戻ってもらい、列車が来るまで近辺を徘徊しました。近くには旧勝沼駅ホーム跡という解説板がありました。それによると、急傾斜の地形のため、スイッチバック方式の駅だったそうです。その後、電化と複線化によって現在の位置に移ったとのこと。またこのあたりは、春になると"甚六桜"が回廊となって咲き誇る桜の名所だそうです。そして山の斜面をうめつくすブドウ畠、甲州ワインの本場であることが実感できました。
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 そして駅へ戻り、中央本線に乗ること数分で塩山に到着です。駅構内に「風林火山」の幟があるのはわかるとして、「樋口一葉こころのふるさと」とはいかに? 掲示されていた観光地図でわかったのですが、一葉の両親が生れ育ったのがここ塩山なのですね、なるほど。武田信玄の菩提寺である恵林寺や、駅前にある江戸期の甲州家屋・甘草屋敷は以前に訪れたことがあるので省略。めざすは旧千野学校校舎を利用した塩山市中央区区民会館です。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-28 06:20 | 中部 | Comments(0)

甲斐路編(6):大月(11.5)

 おっ駅前にある「JR大月保線技術センター」は、下見板張りで大きくとった窓がモダンな、なかなか洒落た意匠です。これは期待できそう。目抜き通りを歩いてみると、これといった物件には出会えませんでした。先述のようにそれはよいとして、商店街のほとんどはシャッターが閉まり、閑古鳥が乱舞しているありさまでした。念のため観光案内所に行ってみると、「5・6日とお休みになります」という張り紙。ゴールデン・ウィークの真っ最中に観光案内所が店じまいか… 地方の窮状を目の当たりにした思いです。これまでも各地を歩いてきましたが、随所で見かけるお馴染みの光景となりました。日本を破滅させかねない原発の狂ったような建設も、窮乏に苦しむ地方の足元を見て札束で顔をひっぱたいて強行してきたわけですから、この問題とは無関係ではありません。なぜ地方が衰微したのか。やはり就業機会の減少が大きな原因だと考えます。中央から進出した大資本の草刈り場とされ、郊外には大規模小売店舗が建ち並び、自家用車の普及が人々の足を郊外へと向けさせ、それが地元商店街の衰微に拍車をかける。まだまだ原因がありそうですね、いったい何故なのか、どうしたよいのか、これも宿題としましょう。ま、とりあえず富士山を意匠した「大月消防団第一部会館」の看板を撮影。
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 そして大月駅前に戻ると、「明治から、大正、昭和、平成の今日まで、100余年に亙り、当地で理髪業を営んでまいりましたが、本年5月15日(日)をもちまして閉店させて頂くことといたしました」という鈴木理髪店の血を吐くような貼り紙がありました。不況のためか、後継者がいないためか、わかりませんが、この町の人々の思い出を紡いできた場所が消えていくわけですね。記念として、鈴木理髪店を撮影。
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 大月駅構内に入ると、目の前にある岩殿山が、東京スカイツリーと同じ634mであると紹介するポスターが掲示してありました。
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 そして甲府行き普通列車に乗り込むと次の駅が初狩です。駅前にある旅館では、藤の花が満開でした。「ヤマサ醤油」と「たばこ」のホーロー看板を撮影し、持参した地図を頼りに歩を進めていくと、代掻きのため水を張った田んぼがおぼろげに霞む山々を映しだしています。この時期だけに見られる、私の大好きな風景の一つです。途中で、扇の中に針金を通してある風変わりな透かしブロックをゲット。透かしブロックの意匠か、きっと誰かがもう採集をしているでしょうが、遅ればせながら私も始めてみることにしました。
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 そして甲州街道に面して建つ旧今井医院に到着です。木造、モルタル仕上げ、陸屋根の建物を、コンクリート造に似た外観にしているのが特徴。軒下の連続装飾や窓上部の石造風意匠が、いいアクセントになっています。そして初狩駅前に戻り、掲示されていた観光地図をふと見ると、「山本周五郎誕生の碑」と記されていました。へえ彼はここ初狩の生まれだったんだ。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-27 06:16 | 中部 | Comments(0)

甲斐路編(5):田野倉・禾生(11.5)

 河口湖行き普通列車に乗り込み、五分ほどで田野倉駅に到着です。めざすは、尾県(おがた)郷土資料館として利用されている旧尾県学校校舎です。印刷してきた地図と現地にあった案内地図を頼りに十五分程歩くと、神社の隣にある旧尾県学校校舎に到着です。玄関車寄せとベランダ、屋根の中央には宝形造りの屋根を乗せた太鼓楼、当時の県令・藤村紫朗が奨励した擬洋風建築の校舎です。完成は1878(明治11)年、学制公布を受けて、小形山地区の人々が一致協力して建設したそうです。火・木・土・日、国民の祝日の10:00~16:00には、無料で中の資料館が公開されています。それでは内部を拝見させていただきましょう。学校の沿革や往時の暮らしぶりを物語る資料を見ていると、「学校統合反対決議文」が展示されていました。概略を紹介しますと、1924(大正13)年に行政側がこの学校を統廃合しようとしたことに対して、地元の住民が猛反対をします。「小学校が地域のシンボルとなっているからには、単なる行政上・財政上の効率や計算だけで決着がつくものではありません」 結局、問題はうやむやとなり、存続となったそうです。"単なる行政上・財政上の効率や計算"だけしか眼中にない官僚諸氏、今も昔も変わりないのですね。しかしこの当時はこうした抵抗が可能でしたが、今はかなり困難になっているのではないでしょうか。コミュニティの解体と言ってしまえば話は終わってしまうのですが、そう簡単な問題ではないような気がします。これは宿題としましょう。麦藁でつくった、まるで現代彫刻のような斬新なデザインの蛍籠に驚嘆し、二階にある裁縫室に当時の女子教育のあり方を感じ入り、それでは駅へと戻りましょう。
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 田野倉駅から再び河口湖行き富士急行に乗ること五分ほどで禾生駅に到着。ところでこの駅名を読めますか。私は読めませんでしたが、"かせい"というのですね。駅のすぐ近くにあるのが旧明治医院、イオニア風の隅柱や、規則正しく並んだ四つのアーチ窓が愛らしい、キュートな小品でした。さて大月へと戻りますが、次の列車が来るまで三十分ほどあります。喫茶店も見当たらないので付近を散策して時間をつぶしました。見るべきものはなし…と言ったら失礼ですね。そこに人が暮している以上、より幸せな生活をつくりあげるためのささやかな痕跡が必ずあるはず。それを見つけられない己の眼力不足を自戒しましょう。"私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない"(テレンティウス) そして駅へ戻り、入線した「機関車トーマス」列車に乗って大月へ。ここから再び中央本線に乗って初狩へと移動ですが、時間が三十分ほどあるので、大月の町を散策することにしました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-26 13:28 | 中部 | Comments(0)

甲斐路編(4):富士急行(11.5)

 さてそろそろ発車の時間、ホームに行くと車両に"SISTER RAILWAY"、"matterhorn gotthard bahn"、"fujikyu"と記されています。
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 へえ、マッターホルンの鉄道会社と姉妹提携しているのか。ちょっとインターネットで調べてみましょうか、なになに。1991年、富士急行とBVZ鉄道(現マッターホルン・ゴットハルト鉄道)は、「真心」「信頼」「安全」「実行」という社訓の一致、および世界の名峰に深いかかわりをもつ国際観光地であるという共通性を理由に、姉妹鉄道提携をしたそうです。マッターホルン・ゴットハルト鉄道(MGB)はブリークとツェルマットを結ぶ鉄道で、サンモリッツ・ダヴォスのような観光都市を沿線に持たなかったことなどから経営的に苦しく、2003年にツェルマット鉄道(BVZ)に合併され、同時に社名をマッターホルン・ゴッタルド鉄道へ変更しているそうです。そういえば、2010年7月23日にこの鉄道で氷河特急が脱線横転し、1人が死亡し、42人が重軽傷を負った大事故がありました。「信頼」「安全」が聞いて呆れますが、経営不振や合併のために、整備の手抜きや乗務員の過重労働があったのかもしれませんね。『私物化される世界』(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)の一節を思い出しました。
 つい最近まで、スイスは公共サービスの質に関しては定評を得ていた。しかし、議会の超自由主義的な多数派がこれに終止符を打った。スイス国有鉄道(SBB)-これは19世紀末に(スイスアルプス)ゴットハルト峠の下、レッチュベルク-シンプロン間にトンネルが建設されてからは国民の誇りであった-が国の手を離れて、民間の株式会社に衣がえされた。同じ運命が通信分野をも襲った。かつては、無数の支局をもち、信じられないほどのサービスを手頃な価格で提供したスイス郵便ももはや国有会社ではない。性急な民営化の結果、スイスの村々では郵便局が閉鎖される。手紙を一通、あるいは小包を一つ出すために、または払い込みを済ませるために、これからはまだ閉鎖されていない数少ない局へ行って、延々と続く長い列に並ばねばならない。鉄道の利用者もまた、ジュネーブのコルナヴァン駅で乗車券を買おうなどという愚かな考えを起こすと、同じような面倒に出くわすことになる。(p.97)
 新自由主義の餌食にされた鉄道会社かもしれません。富士急行が同じ轍を踏まないよう衷心から祈っております。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-24 06:17 | 中部 | Comments(0)

甲斐路編(3):猿橋(11.5)

 駒橋発電所から数分で猿橋に到着。おお素晴らしい、萌えるような新緑の渓谷に、複雑な構造の刎(はね)橋・猿橋がかかっていました。刎ね木を何本も重ねて、中空に向けて遠く刎ねだし、上部構造を組み上げて橋にする構造ですね。そのユニークな相貌は、たしかに日本三大奇の名に値します。他の二つは、錦帯橋(岩国)と神橋(日光)だそうな。名称の由来は、猿が互いに体を支えあって橋を作ったのを見て造られたという伝説からつけられたそうです。現在の橋は、1984(昭和59)年に架け替えられたもの。さっそく橋を渡ってみると、すこし向こうに八ツ沢発電所一号水路橋 を見ることができました。橋のたもとにあった「大黒屋」には、国定忠治の顔はめ看板がありました。ここは彼の定宿で、ある時追手の役人に取り囲まれ、猿橋から桂川の激流に飛び込んで窮地を脱したそうです。
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 それでは大野調整池堰堤へと向かってもらいましょう。途中で中山道の宿場・鳥沢宿を通り過ぎましたが、往時の俤はありません。そして中山道の一里塚を見学して、堰堤に到着。
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 猿橋から四十分ほどかかりました。芝生に覆われた、何の変哲もない堰堤に見えますが、実は日本初の本格的発電用アースダムにして、完成当時堤高が日本一だったそうです。この調整池は、はるばる水路で運ばれてきた水を昼間に貯めておき、夜間に発電に使うためにつくられました。なるほど、昼間における工業用電力が主体となる今と違って、昔は暖房や電灯のため夜間の方が電力使用量が多かったのですね。
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 そして二十分ほどで八ツ沢発電所に到着。残念ながら金網越しに遠望しかなかったのですが、四本の水圧鉄管の迫力ある巨躯を堪能することができました。この発電所は、日本で初めての大規模な調整池式発電所。水路の途中に調整池をつくることにより水量を調節して発電するため、数日間の発電量をコントロールすることができる発電所ですね。建設当時は水力発電所として東洋一の規模を誇り、現在も稼動しています。そして十分ほどで中央本線の四方津駅に到着、運転手さんに別れを告げ、大月へと向かいます。大月駅で富士急行に乗り換えますが、列車はほぼ一時間に二本。ちょうど発車した後で、三十分弱待たされるはめになりました。駅構内に蕎麦屋があったので品書きを見てみると、おっ、吉田うどんがあるぞ。"腰の強さは天下一品"、富士吉田市の名物うどんですね。ご当地B級グルメハンターとしては、逃げるわけにはいきません。うっしゃあ、どっからでもかかってこい。さっそく入店して注文、テーブルに能書きがあったので抜粋して紹介しましょう。"富士吉田は標高が高く米作に適さなかったことから、独自のうどん文化が育まれました。…「吉田うどん」の最大の魅力といえば固いこしです。…富士山の清冽な澄んだ伏流水を使うため、喉ごしと風味が生きるうどんが出来上がるのです。…お好みで摺種(すりだね)をいれてお召し上がりください。少々辛いですが癖になります" すりだね? お店の方に訊ねると、唐辛子をごま油で練った薬味だそうです。そしてご来臨、おお苦しゅうないぞ、ちこう寄れ。容器から摺種を気持多めに取って天辺にトッピング。うむ、大言壮語するだけあって、しこしこもちもちとした歯応えでした。摺種はほんとに中毒になりそう、ゴマの香りと唐辛子の辛味が絶妙のコンビネーション、今でもその風味がフラッシュバックします。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-23 06:16 | 中部 | Comments(2)

甲斐路編(2):駒橋発電所(11.5)

 それではバスで上野原駅に戻り、次なる目的地、猿橋へと移動しましょう。中央本線大月行きの列車に揺られること二十分ほどで猿橋駅に到着です。実は猿橋の他にお目当てがありまして、それは桂川にほぼ平行して東西約14kmに延びる八ツ沢発電所施設です。近代日本初期の本格的水力発電所施設であるばかりでなく,高度な建設技術が発揮されており、土木技術史上、高い価値があるとされています。着工は1910(明治43)年、完成は1914(大正3)年。重要文化財にも指定されており、規模としては最大のものです。時間の関係でピックアップしたのが、初期鉄筋コンクリート造橋梁である第一号水路橋、大正期を代表する大規模土堰堤の一つである大野調整池堰堤、そして八ツ沢発電所の三カ所です。猿橋駅前からタクシーに乗り、猿橋を見物、そしてこの三カ所を回ってもらって四方津駅に行ってもらおうという魂胆。駅構内には、大月警察署から登山者の皆さんへの注意書きがありました。へえー、このあたりの山に登る方がけっこう多いんだ。駅前広場に出て振り返ると、駅舎が猿橋を模したデザインになっています。
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 客待ちをしていたタクシーに乗り込み、行程を説明していざ出発。運転手さんが、すぐ近くに古い水力発電所があるよと教えてくれたので、寄ってもらうことにしました。車に揺られること数分で到着、おお、周囲を圧するような二本の水圧鉄管の威容が眼前に見えました。ここは東京電力駒橋発電所、竣工は1907(明治40)年、当時としては日本最大の水力発電所だったそうです。ということは、八ツ沢発電所の先輩に当たるわけですね。日露戦争の影響で石炭が慢性的に不足するようになり、火力発電では増加する電力需要に応じきれなくなった結果、東京電燈(現東京電力)が水力発電による東京への長距離送電を計画し、完成させたそうです。その後本格化する高電圧長距離送電の草分け的存在ですね。現在でも稼働中で、山梨県東部地域へ送電をしているそうです。なお発電所本館(煉瓦造)は取り壊され、発電室(煉瓦造)は改修されたため当時の姿を留めていないとのこと。道路下方にある発電所を見下ろすと、往時の発電用タービンが野外展示されていました。運転手さん曰く、発電所に勤務されている東電社員は、午後五時になるとさっさと退勤されるそうです。「いい商売だなあ」とぼそっと一言。ま、それはいいんですけれどね、問題はいったい何時から、何故、こうした真っ当な発電家業から、文字通り日本を破滅させる可能性がある核(原子力)発電へと軸足をシフトしたかですね。たかが一電力会社の利益のために、この国が崩壊する姿など見たくもありません。猛省を望みます。なお今調べていてわかったのですが、付近に1907(明治40)年竣工の落合水路橋があるとのことです。再訪を期しましょう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-22 06:19 | 中部 | Comments(0)

甲斐路編(1):上野原(11.5)

 汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現われべし。
            ~漱石ロンドン留学日記より(1901.3.21)~

 新緑の美しい季節となりました。というわけで待ちに待った黄金週間、山梨方面に一泊二日の小旅行を計画。まずは日本三大奇橋のひとつ猿橋と、昇仙峡と、身延山久遠寺を大きな柱としましょう。そして「文化遺産オンライン」で物色した近代化遺産を組み入れました。持参した本は「中国史(上)」(宮崎市定 岩波全書)です。

 新宿駅から中央本線に乗ってまず目指すは上野原。登山ブームだかウォーキングブームだかよくわかりませんが、山歩きの恰好をした老若男女善男善女の方々がけっこう乗っておられます。私? もちろんいつものように、すりきれたポロシャツにへたったジーンズにソールが磨滅しかかったテニスシューズに安物のテニス用リュックサックです。やっぱり旅の基本は、スリに狙われない服装をすることです。おおっ小股のきれあがった三十代前半らしき小粋な山ガールが、熊野古道踏破のため私が以前に購入したのと同じドイターのリュックサックを背負って降りていくぞ。袖触れ合うも他生の縁、「お嬢さん!」と声をかけようとした寸前に無情にもドアが閉まってしまいました。ぷしゅう やれやれ♪Everything Happens To Me♪ 午前八時半ごろ、列車は上野原駅に到着、山の斜面につくられているので、猫の額のような駅前に出ると中心街行きのバスが待機していました。
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 これ幸いと乗込み、五分ほどで旧上野原宿に到着です。お目当ては、「大正館」という古い映画館。印刷して持参したマピオンの地図を片手に裏道に入ると…ありました。装飾も少なくシャープな印象のファサード中央には、洒落たリボン・ウィンドウがしつらえてあります。上部の円形突出部もいいアクセントになっていますね。ただいかんせん、保存状態が悪く、今にも倒壊しそうです。現在は人形店の倉庫として使用されているそうですが、山梨県内に残る唯一の大正期の映画館、ぜひとも修復した上での保存を望みます。
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 つらつら思うに、映画館・学校・銭湯は、その街で暮らした人々のいろいろな思い出が詰まっている場所です。私も、初めて見た映画「サンダ対ガイラ」を上映していた東京都墨田区某所の映画館のシートの色や感触や匂いを…忘れた。ま、それはともかく、「思い出は人間を救う」と言ったのはドストエフスキーでしたっけ、さまざまな人を救ってくれるであろう思い出の器、そうした建築は是非とも残してほしいものです。そう考えると、大切な思い出の場所すべてを放射能で汚染してしまった東京電力、および陰に陽にその手助けをしてきた政治家・官僚・学者・メディア・裁判官に対する瞋恚の炎が燃えさかります。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-21 06:16 | 中部 | Comments(0)

言葉の花綵77

 自殺という考えは大いなる慰めである。そのおかげで人は不安な夜を何度となく乗り越えることができるのだ。(ニーチェ)

 権力者の迫害や尊大な者の傲慢無礼、報われぬ恋の苦しみ、裁判の遅れ、威張りちらす役人、優れた人物が耐え忍ぶくずどもの蔑み、短剣でひと突き、我と我が手ですべてが清算できるとういのに。(『ハムレット』 シェークスピア)

 この人生で、死ぬというのはかくべつ目新しいことではない。しかし生き続けることにも新しさは何もないのだ。(イェセーニン)

 絶望とは死に至る病である。(キルケゴール)

 ジャズは、白人たちに対する黒人のすばらしい文化的報復である。(パデレフスキ)

 同じ音符を弾いても一晩ごとに違うのはジャズだけだ。(オーネット・コールマン)

 イギリス人はたった一人でも正しく列を作る。(ジョージ・マイクス)

 イギリスの天候は世界で最も強力な植民地政策の推進力である。(ラッセル・グリーン)

 たくさんの引用を用意しておくと、自分でものを考えないで済むの。(ドロシー・セイヤーズ)

 引用とは、貧民が皇帝の紫衣に身を包むようなものである。(キップリング)

何もしない筋肉が衰えるように何も考えない脳味噌もまた腐っていく。(『夜を賭けて』 梁石日)

 ひとは死ぬまで生きることを強いられるが、人間にとって自然死などありはしない。(『夜を賭けて』 梁石日)

 天から役目なしに降ろされたものは一つもない。(『静かな大地』 池澤夏樹)

 軍の権力機構が強大にならざるをえない状況はつくらないことです。軍の権力機構があまりにも強大になると、いかなるかたちの政府のもとでも自由を脅かし、とくに共和国の自由と対立すると考えられます。(ジョージ・ワシントン)

 君主よ 人びとの「生」を
 ただ汝だけに捧げよと 強制したいならするがよい
 汝の傲慢をわたしたちは赦す。
 だが汝が 人びとの「魂」の
 思考と感性まで縛ろうと望むならば 必ずや
 復讐の叫びが 神の玉座に届くほど 高々と上げられることだろう (ゲーテ 「わが友の兄弟の死についての悲歌」)

 ソクラテスは途方に暮れることを愛したひとであった。(ハンナ・アーレント)
by sabasaba13 | 2012-09-20 06:13 | 言葉の花綵 | Comments(0)

「トヨタの闇」

 「トヨタの闇」(渡邉正裕・林克明 ちくま文庫)読了。今、日本を(文字通り)破滅の淵寸前まで追い込んでいるのは企業の暴走と、それに癒着する官僚・政治家たちの無策だと考えます。福島原発の事故がその最たるものですね。そしてそうした暴走と癒着を真っ向から批判もせずまともに取り上げようともしないジャーナリズムも事態を悪化させています。"社会の木鐸"という言葉はもう死語になってしまったようです。広告料欲しさゆえの沈黙なのですかね。しかし気骨のあるジャーナリズムもないわけではありません。たびたび紹介してきた「DAYS JAPAN」をはじめ、そうした方々を支援していかなくては、と常日頃考えております。本書は、日本を代表する大企業・トヨタの闇をみごとに剔抉してくれた、これぞジャーナリスト魂!と抱擁したくなるような一書です。
 利潤の最大化しか眼中になく、そのためには労働者や消費者の生命や生活など屁とも思わないトヨタという会社の、知られざる実態が容赦なく暴かれます。例えば、QCサークルなど、賃金がつかない「インフォーマル活動」を非常に重視し、労働者を過重労働、さらには過労死にまで追い込んでいる実態。脱トヨタ者である元社員は「プチ北朝鮮ですよ」と語ったそうです。著者は、"隔離された立地、独特の空気、洗脳的教育、厳しい規律などの事実を見ていくと、的確な表現と思えてくる"と評されています。(p.41) これに、会社に対する際限のない忠誠心競争を加えてもいいかもしれません。トヨタ社員の夫を過労死で失った妻の、「そもそも、どうして深夜も自動車を作らなければならないのか」という悲痛な言も忘れられません。(p.74) なお、豊田市の労働基準監督署の役人を、トヨタが接待していた事実も付言しておきましょう。(p.113)
 そして小生が驚愕したのは、トヨタ車のリコールの多さです。
 2004年は販売台数約173万台に対して、リコール台数約188万台。2005年は販売台数約170万台に対し、リコール台数約188万台。つまり、二年連続で販売台数よりも、リコール台数のほうが多かったのだ。実に、欠陥車率100%超である。(p.154)
 「労働者を酷使して安価で性能の良い車を作り、莫大な利益を得ている」という勝手な思い込みがあったのですが、とんでもありませんでした。それでは何故、ジャーナリズムはこの重大な事実を報道しないのか。やはり、批判記事を載せることによって、トヨタから広告を引き上げられることを恐れているのですね。(p.30) また、監督責任を持つ国土交通省が、メーカー別のリコールの集計数字を発表していないことも、理由の一端のようです。この数字が出ることによって、この問題がクローズアップされ、自らがこの事態を放置してきた責任を問われることを恐れているのですね。(p.159) また、官僚が情報を隠すもう一つの理由として、「言うこときかないなら公開しちゃうよ」という睨みを利かせて、関連の業界団体に天下る、つまり"力の源泉"にするためだという指摘も鋭いですね。(p.298)
 また海外の生産工場における、現地人労働者の酷使や虐待の実態や、そうした状況に対して立ちあがる労働者たちの姿についてもレポートされています。
 本書が優れているのは、たんにトヨタ一社への批判にとどまらず、これを現在の日本社会が抱える問題として考察されていることです。詳細については実際に読んでいただくことにして、概略だけを紹介しますと、著者は次の五点を挙げておられます。1.マスコミ(ジャーナリズム)によるチェック機能が働かない。2.労働組合が機能していない。3.行政当局の監視が機能していない。4.消費者団体が機能していない。5.政府が機能していない。うーん、深刻な"五ない"ですね。著者は、これを日本の戦後体制(政官業の癒着、生活者・消費者軽視)の特徴であると指摘されています。(p.147) しかしよく考えてみると、これは近代以降の日本に通底している特長ではないかと感じます。十五年戦争(アジア・太平洋戦争)も、一般の人々を軽視し犠牲にしながら、軍部(もちろん彼らも官僚)が主導しそれに官僚・企業が癒着して起こした戦争ではないでしょうか。そうした視点で近現代の歴史を見直すと、この問題の根深さが身に沁みます。結局、敗戦後も、根幹の部分でこの国のあり方は変わっていなかった、変えることができなかったのですね。でも泣き言を言ってもはじまりません、私たちの力でどうにかしなければ。その戦略の一つとして、著者が主張されている一文に、満腔の意を以って賛同します。
 本質的な問題解決のためには、現在、ほぼゼロといってよいメディアリテラシー(メディアを読み解く力)の教育を、義務教育に入れていくしかない。(p.30)

by sabasaba13 | 2012-09-19 06:15 | | Comments(0)

「ジャズ・アネクドーツ」

 「ジャズ・アネクドーツ」(ビル・クロウ 村上春樹訳 新潮社)読了。個人的な話になりますが(ま、このブログはだいたい個人的な話しかありませんが)、高校生の時、ジャズマンになりたいという夢を持っていました。きっかけは当時、夢中になって読んでいた五木寛之の『青年は荒野をめざす』という小説です。たしか主人公の名前はジュンだと思いましたが、そのかっこいい生き方に惚れ込んでしまった次第です。はじめて買ったジャズのレコードはマイルス・デイビスの『アット・カーネギーホール』、あまり評価されていませんが、よくスイングするクインテットだったと思います。とくにウィントン・ケリーのコロコロところがるようなのりのいいピアノと、ポール・チェンバースの地を揺るがすような重厚なベースに夢中になりました。よし、ベースマンになるぞ、と一念発起、しかし基礎をしっかりとやるべきであろう(私は変なところで堅実なのです)、オーケストラに入部してコントラバスの練習に勤しみました。同時にジャズの教則本や理論書を買い込んで独学で学んだのですが…結局ものになりませんでした。即興演奏のなんと難しいことよ。以後、ジャズはもっぱら聴くだけとなり、今では楽器をチェロに変え、チェリストの末席をけがしておりますが、ジャズマンになりたいという心の火はまだどこかで燻っています。前置きが長くなりましたが、本書は、ベースマンとして活躍したビル・クロウが集めた、ジャズマンたちの抱腹絶倒のエピソード、名文句、いたずら(これが実に多い)を紹介しています。布団にもぐりこんで、ウイスキーをちびちび飲みながら(もちろんストレート・ノー・チェイサーで)読むには恰好の、実に楽しい本でした。笑い、悪ふざけ、誇り、反骨、一筋縄ではいかないジャズマンたちの姿が眼前に彷彿としてきます。一つだけ紹介しましょう。ある時、ベーシストのチャールズ・ミンガスのバンドが演奏していると、客たちは大騒ぎしながら食事をして、彼らの演奏をまったく聴こうとしません。
 べつのクラブで、同じような状況に直面したとき、ミンガスはこうアナウンスした。「みなさんに音楽を聴く気がないのなら、私たちも食事をさせていただきます」。そしてウェイターに料理をステージに運ばせた。彼とバンドのメンバーはそこに腰を下ろして、それから半時間のあいだ、演奏をする代わりに食事をした。(p.351)
 さすがはミンガス、彼の音楽に対する熱い思いと強烈な個性がひしひしと伝わってきます。でもその後はどうなったのでしょうね。そして著者のビル・クロウが付言する、上質なコンピングの如きコメントも聴きもの。
 彼は強いエネルギーと、感受性と、正当な怒りと、プライドと、野心と、アーティスト特有の愉快な狂気を振りまいていた。(p.344)
 そして私が一番好きなのは、著者による下記の言です。村上春樹氏の名訳もお楽しみください。
 たいていのジャズ・ミュージシャンは笑うのが大好きだ。もしあなたがプロのジャズ・ミュージシャンになりたいと思っているのなら、あなたは笑うことを覚えた方がいい。そうしないと泣いてばかりいることになるだろう。私たちはもちろん笑ってばかりいるわけではない。この世間のおおかたの人々と同じように、落ち込むときだってある。しかし大好きな音楽をみんなで集まって演奏できるんだという喜びが、私たちに良きユーモアの感覚をもたらしてくれるような気がする。(p.1)
 ジャズの魅力を凝縮したようなコメントですね。決して安楽ではない暮らしの中で、仲間とともに、楽しく自由にジャズを紡ぎだしてきたジャズマンたちに敬意を表したいと思います。そしてここには、より良い世界を築くための重要なヒントが隠されているのではないでしょうか。"大好きなもの"、"みんなで集まる"、"喜び"、そして"ユーモア"。いつか♪素晴らしき世界♪が実現することを信じて、これからもジャズを聴き続けていくつもりです。なお姉妹編として、彼自身のさまざまな思い出を綴った「さよならバードランド」(新潮文庫)もお薦めです。
by sabasaba13 | 2012-09-18 06:14 | | Comments(0)