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九州編(8):明正井路・円形分水(11.9)

 十数分走ると、道路の上を横切る連続アーチの大きな石橋が見えてきました。車を停めてもらい近くに寄ってしげしげと見上げましたが、これは凄い。まるでローマ帝国がつくった水道橋の如き偉容です。これが噂の明正井路ですね。
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 後日に購入した『日本の土木遺産 近代化を支えた技術を見に行く』(土木学会 講談社ブルーバックス)によると、緒方川上流に取水口を設けた灌漑用水路で、明治~大正年間にかけて計画・建設されました。水路幹線の総延長は約48km、約498ヘクタールの広大な農地を潤しています。なお水路の延長上には多くの川や谷があるため、大小合わせて17基の水路橋が建設され、その一つがこの明正井路です。全長は78m、橋幅は2.8m、高さは13mの六連石造アーチ橋で、日本国内では最大のもの。かなりの難工事だったようで、設計に従事していた矢嶋義一技師が心労のあまり健康を害し自ら命を絶つという事件も発生したそうです。より多くの田んぼに水を潤し、地域の末来のため、子々孫々のより良い暮らしのために心血を注いだ先人たちの努力に心から頭を垂れましょう。技術や科学は、このように人間の為に使われるべきだとつくづく思います。そういえば、ベルトルト・ブレヒトもそんなことを言っていたような記憶があります。個人的に蒐集した名言集に検索をかけると…あったあった。「私は科学の唯一の目的は、人間の生存条件の辛さを軽くすることにあると思うんだ」 『ガリレイの生涯』の中に出てくる台詞ですね。もう一つひっかかったのが、「ひとりの男が節を屈することをしなかったら、全世界を震撼させることもできたはずだった。私が抵抗していたら、自然科学者は、医者たちの間のヒポクラテスの誓いのようなものを行なうことになったかもしれない。自分たちの知識を人類の福祉のため以外は用いないというあの誓いだ! …私は自分の職業を裏切ったのだ。私のしたような事をしでかす人間は、科学者の席を汚すことはできないのだ」というもの。多くの人々を犠牲にしながら、権益や栄達のために原発開発に邁進してきた学者の方々に叩きつけたい言葉です。
 そして十数分走ると、円形分水に到着です。緑なして風に揺れる穂波の真ん中に、滾々と湧き出る水を四方へと円形の枠、そこには二十個の四角い穴が穿たれています。いま着陸したばかりのUFOにも見える何とも摩訶不思議な造形です。
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 解説によると、正式な名称は十二号分水で、取水口から約2000mの暗渠を通ってきた水がはじめて地表に出てくるところです。ここから三つの幹線水路に分配されますが、その分配をめぐって農家の方々が反目し合い、連日のように水争いが繰り返されたそうです。そこで1934(昭和9)年にこの円形分水をつくり、公正な水の配分を行った結果、争いもなくなったとのこと。ちなみに農地面積に応じて、二十個の穴を、5:8:7に分けて配水しています。1934年といえば、直前に昭和恐慌というどん底の不景気があった時代、生死を賭けた争いがあったことと想像されます。それを、誰もが一目瞭然に納得できる方法で解決した先人の智慧には感服。いつの日にか、世界に溢れる富もこのように公正に分配されれば、いいのになと思います。♪You may say I'm a dreamer. But I'm not the only one♪

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-01-31 06:16 | 九州 | Comments(0)

九州編(7):竹田へ(11.9)

 目ざめてカーテンを開けるとどよんとした曇天ですが、幸い雨は降っておりません。気になるので駅まで行き駅員さんに運行状況を訊ねると、おおっ、日豊本線・久大本線・豊肥本線すべて運転が再開されています。やりい、小さなガッツポーズをつくり、復旧に尽力された鉄道マンのみなさん、神様、仏様、稲尾和久様、ついでに山ノ神様に感謝。ホテルに戻って軽い朝食をいただきながら、本日の旅程を確認しました。まずは豊肥本線で豊後竹田に行き白水堰堤などを拝見して大分に戻り、久大本線に乗り換えて豊後森へ。ここで玖珠の機関車庫を見学して、時間があったら日田へ。日田は一度訪れたことがあるので、割愛しても可です。そして再び大分に戻り、日豊本線で延岡へと向かう。うん、これでいきましょう。チェックアウトをし、駅前にある大友宗麟の銅像にご挨拶。
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 そして大分駅のホームに行くと、ガラスで囲われた喫煙スペースが用意されています。絶滅危惧種としては、九州人の暖かい人情を感じます。そして九州横断特急1号の自由席に乗り込み、さっそく、昨日いただいた愛のホットコーヒー100円券を使って珈琲をいただきました。
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 売り子さんと、台風の影響や被害についてしばし歓談。九州の方ってわりと話好きなのかなという印象を受けます。それとも私から分泌される、渋くて魅力的な中年男性フェロモンのせいかな、ふふふ。(ツッコミ:ちゃうちゃう) さてそれでは、昨日大分空港でいただいた観光パンフレットで、見るべき場所を確認しておきましょう。移動については、タクシーを利用するしかないでしょう。豊後竹田に到着するのは9:11、豊後森に移動することを考慮すると11:38の列車に乗って大分に戻りたいところです。二時間貸し切りにしてもらって、日本最大規模の六連石造アーチ橋「明正井路」、水の適正な分配をするための円形分水、日本で一番美しいダム「白水堰堤」、そして東洋のナイヤガラ・原尻の滝をまわってもらい、時間があまったら街並みを徘徊という感じかな。岡城跡は以前に訪れたことがあるので割愛しましょう。珈琲を飲みながら車窓を眺めていると、じょじょにですが青空がひろがってきました。天下無双の晴れ男、まだまだ神通力は衰えていないようです。
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 そして定刻通りに豊後竹田に到着、駅名表示でわかったのですが、「たけだ」ではなく「たけた」なのですね。やはり西日本では濁音を忌み嫌うということなのでしょう。その下にあったベンチは柑橘類、たぶんカボスではないかな。カボスといえば、鏝絵の町・安心院(あじむ)でガイドをしていただいた方に貰った思い出が忘れられません。カボス・チューハイ(カボチュー)美味しかったですよ。まずは駅構内にある観光案内所で観光地図をもらい、駅前で客待ちをしていたタクシーの運転手さんに相談をもちかけました。私が考えておいた訪問先を二時間でまわるのは可能、そして料金は7800円ということでしたので交渉成立。さっそく車に乗り込み、いざ出立。
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by sabasaba13 | 2013-01-30 06:19 | 九州 | Comments(0)

九州編(6):大分(11.9)

 駅構内にあった観光案内所で大分の地図をもらい、ご当地B級グルメの美味しい店を紹介してもらいました。予約しておいた駅前のビジネス・ホテルにチェックインをし、部屋に荷物を置いて、駅から歩いて数分、「食堂よっちゃん」に入って琉球丼を所望。新鮮な地魚の切り身を、醤油・酒・味醂で和えてあつあつご飯の上にどんどんどんと乗せた豪快な丼、たいへんおいしゅうございました。空になった丼の底に記されていた「真心を込めて作りました」という言葉に納得です。
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 なお、真偽のほどはわかりませんが、琉球の漁師から伝えられたため、大分では漬けのことを"琉球"と言うそうです。さてもう一度駅に行って運行情報を確認しましょう。途中にあったたこ焼き屋「てったこ」の看板には「九州で一番うまいたこやき」という文字が躍っています。大阪に敬意を表したのでしょうか。そして駅のホワイト・ボードを見ると、おおっ、豊肥本線はあいかわらず運休ですが、久大本線が運転再開、日豊本線も幸崎までは運転を再開しています。ちょっと明るい曙光が差してきたかな。ホテルに戻って一献傾けながら、一人作戦会議を開催しましょう。
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 大分ときたら焼酎、駅構内にあるお土産屋で物色すると「稲尾和久」という一品がありました。年間最多勝利(42勝)と連続勝利(20勝)のプロ野球記録をもつ鉄腕・稲尾は大分別府出身だったのですね。ここはひとつ、「神様・仏様・稲尾様」にあやかってこれからの旅の安全を祈願しようと思いましたが、いやいや神・仏・稲尾和久に頼るのは心の弱さ。ここは、願わくば七難八苦…いや一難二苦三楽四幸を与えよという気持ちで、「熊八伝説」を選択。ホテル近くのラーメン屋には、「腹が減っては勉強できぬ!! 学生替玉無料」という看板がありました。その意気やよし、ある沖縄のアンマー(お母さん)が「若い人にひもじい思いをさせるなんて、私の心が許さない」と言っていたのを思い出しました。
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 ホテルの部屋に戻り、シャワーを浴びて、焼酎を呑みながら今後の旅程を再考。明日は延岡に泊まる予定です。久大本線は動きそうなので、今日行けなかった豊後森(玖珠の機関車庫)と日田を訪れることは確定。もし豊肥本線が運転再開すれば、豊後竹田にも行けます。問題は日豊本線、幸崎以南が開通していれば問題ないのですが、運休だったらどうしよう。延岡の宿はキャンセルして、大分にもう一泊して、様子見かな。明後日以降も不通だったら、潔く撤退。福岡・唐津・熊本方面へと旅程を変更するしかないかな。人事を尽して天命を待つ、鉄道マンのみなさま尽力に感謝しつつ眠りにつきました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-01-29 06:06 | 九州 | Comments(0)

九州編(5):大分(11.9)

 そして柳ヶ浦駅で信号待ちのためしばらく停車となりました。喫煙愛好家のためにドア開き、ホームで一幅をさせてくれたのは絶滅危惧種にとっては粋な計らいです。そろそろワシントン条約で保護してほしいものですが、無理でしょう。列車から出てホームで紫煙をくゆらし時計を見ると午後一時半、うーん、とにかく大分駅まで辿り着けたとしても午後三時ごろでしょう。泣いて馬謖を斬る、宇佐(呉橋・宇佐海軍航空隊跡)と豊後高田の訪問は断念し、豊後森(玖珠の機関車庫)と日田を訪れることにしますか。そして出発、車窓から眼下を流れる川が見えましたが、溢れんばかりの水が怒濤となって流れていきます。これは予想よりもはるかに事態が各地で起きているかもしれません。そしてすぐに日豊本線の別府-大分間の不通という車内アナウンスが入りました。そうか、あのへんはもろに海沿いを走っているから、大雨で線路が浸水したのかもしれません、やれやれ。よって列車は杵築止まりに変更、そこから大分駅まで代行バスが出るそうです。これで本日の旅程は瓦解しましたが、大分まで行けるのがせめてもの救いです。杵築駅でみなさんと共に下車し、ホームと狭い駅舎でバスの到着を待ちました。駅舎には「日本で唯一の!?サンドイッチ型城下町」という観光ポスターが貼ってありました。以前にここ杵築を訪れたことがあるのですが、二つの台地の上に武家屋敷、それに挟まれた低地に町人地というちょっとかわった町割りで、街全体がV字の形をしているのですね。よって酢屋の坂など坂道の風情が見所の、風情ある城下町でした。最初にやってきたバスには乗れず、二台目のバスに搭乗。
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 小雨の降りしきるなか、バスは疾駆し、結局大分に着いたのは午後四時過ぎでした、やれやれ。とるものもとりあえず、まずは鉄道の運行状況を確認しなければ。大分駅構内は、不安げな面持ちで行き交い情報を求める人々で騒然とした様子。臨時に並べられたパイプ椅子には、諦めた表情で座り込んでいる方も散見されます。情報提供のために設置された大きなホワイト・ボードを見ると、日豊本線・久大本線は運転見合わせ、豊肥本線(阿蘇高原線)は終日運休。そして「運転再開の目処は立っておりません」というコメント。やれやれ、チェック・メイトだ。通りかかった駅員さんに明日の見通しを訊ねると、復旧に鋭意尽力しているところで何とも言えないとのお返事です。やれやれ、ビリー・ホリデイ曰く「不幸以外の何物をも期待しないでいると、わずかながら、幸福の日がめぐってくるかもしれない」、いやいや、ミッテラン曰く「未来のことを考える人には、未来がある」、ここはカーライル曰く「汝に最も近い義務を果た」しましょう。そう、美味しい夕御飯を食べなければ。
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by sabasaba13 | 2013-01-28 05:58 | 九州 | Comments(0)

九州編(4):大分へ(11.9)

 さてそろそろ列車が到着する時間です。ホームに行くと、「日本一長い鱧の椅子」がありました。なんでも中津名物のハモ料理にちなんだもので、長さ10mだそうです。そして入線してきたソニック17号に乗り込み、これで大分へは辿りつけると一安心。トイレに行くと、途中で「対応が後手後手だ」「責任者を出せ」と売り子さんにからんでいる中年男性を見かけました。立場が弱い人に対して居丈高になるのは、品性に欠ける行為だなあ。こうした場面をよく見かけるようになったような気がしますが、みなさん、ストレスが溜まりに溜まっているのかなあ。橋下近衛歩兵第三連隊長や石原強制収容所長は、そうしたストレスや憎悪を感情的にぶつける対象(ex.公務員、教員、中国…)を設定して攻撃し、拍手喝采を浴びているのでしょう。いわゆるポピュリズム的手法ですが、これが過熱し暴走すると、その社会にとって如何に危険なことかは歴史が証明するところです。ヴァイツゼッカーも「ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とを掻きたてつづけることに腐心しておりました。若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。(p.29)」(「言葉の力」(永井清彦編訳 岩波現代文庫)とおっしゃっております。私たちに苛酷なストレスを与えている存在やシステムを正確に捉えて批判し、冷静に理知的に対処していこうとする政治家の登場を期待したいのですが、そのためにはまず私たちの知的レベルを上げることが大前提でしょうね。
 用をたして席に戻ろうとすると、男性はおらず、売り子さんが心なしかしょげた様子で佇んでいます。せめて売り上げに協力しようと駅弁を購入、しばし悪天候について歓談しました。そして立去ろうとすると、彼女が「これをどうぞ」と紙片をくれました。すわ、携帯電話の番号かメール・アドレスか、お嬢さん、こんなやくざなおいぼれ旅烏、悪いこたあ言わねえ、もっと堅気な若い衆を…よく見ると珈琲が100円になる割引券でした。一宿一飯の恩義(違うか)、有難く頂戴しましょう。さて購入した弁当はと言うと、東筑軒の「かしわめし」、鳥肉と卵がトッピングされた炊き込みご飯がおいしゅうございました。何やら謂れがありそうだなと、インターネットで調べてみると、同社のホームページに以下の一文がありました。
 大正初期、国鉄の門司運転事務所所長をしていた本庄巌水(いわみ)は、各地を旅した時に、駅弁が画一化していることを痛感。郷土色を生かした駅弁づくりのために、大正10年に折尾駅(北九州)で筑紫軒という弁当屋をはじめた。福岡は、鶏の水炊きが名物になっているように、昔から鶏肉を好んで食べる土地柄。そこで鶏のスープの炊き込みご飯に鶏肉と卵をあしらった「親子めし」を考案した。ところがこの「親子めし」、声に出してみると「おやころし(親殺し)」に聞こえてしまう。そのため、名前を『かしわめし』に変更した。
 筑紫軒は、戦時中の昭和17年に、国策により、折尾の眞養亭、吉田弁当、直方の東洋軒と企業統合、これが現在の『東筑軒』となる。名物は『かしわめし』。「鶏肉以上にご飯が旨い」と定評がある炊き込みご飯の味付けは、巌水の妻スヨが考え、以来秘伝として代々受け継がれ、絶妙の味のスープを作り出している。
 なるほど、駅弁に歴史あり。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-01-27 05:55 | 九州 | Comments(0)

九州編(3):中津(11.9)

 そうこうしているうちに、中津駅前に到着。本日は、これから宇佐(呉橋・宇佐海軍航空隊跡)→豊後高田→豊後森(玖珠の機関車庫)→日田というパッツンパッツンのタイトな旅程だし雨も降っていることだし、無粋ですがタクシーを利用することにしました。まず、何はなくとも江戸紫…ではなくて福沢諭吉旧居に向かってもらいましょう。数分で到着、藁葺屋根に荒壁の質素な家でした。1835(天保5)年に大坂の中津藩蔵屋敷で生まれた諭吉は、1歳で中津に移り、蘭学を学ぶため19歳で長崎に行くまでこの家で暮らしたそうです。そして筑紫亭の塀へ。こちらは1901(明治34)年創業の老舗旅館で、「文化遺産オンライン」によるとその塀が見どころとのことです。おおなるほど、これは渋い。桟瓦葺の小屋根を架け、割竹と下地窓をほどこした瀟洒な物件でした。
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 次なる物件は、旧市立小幡記念図書館(現中津市歴史民俗資料館)です。慶應義塾の塾長をつとめた小幡篤次郎の寄贈図書を中心に1908(明治41)年に設立された記念図書館を建て替えたもの。石張りの玄関ポーチや、連続するアーチ窓、軒廻りの装飾がいい味を出しています。そして村上医家史料館へ。中津藩の御典医をつとめた村上家の屋敷で、七代玄水が同じシーボルト門下の高野長英を匿った土蔵もあるそうです。残念ながら火曜日休館のため中には入れず、土蔵も撮影することができませんでした。一応、高野長英匿い物件を追っかけており、これまでも宇和町宇和島と訪問してきたのですが、やむをえません、再訪を期しましょう。そして中津駅に到着、ん? 何やら改札口のあたりで人混みができており、駅員さんと深刻そうなやりとりをしています。♪恋の…ではなくて悪い予感がしましたが、ビンゴ。台風の影響運休が相次ぎ、次の大分行き特急列車も45分ほど遅れているそうです。まあいたしかたない、今日の旅程は諦めるにしても、最悪でも今夜の塒・大分へは這ってでも辿りつきたいところです。とにかくその列車に乗ることにしましょう。あと二十分くらいか、できれば中津のご当地B級グルメ、唐揚げをいただきたく思い、駅構内にある観光案内所で訊ねてみると、中津駅から歩いて7~8分のところに人気店があるそうです。ただ揚げるのに少々時間がかかるとのことなので、断腸の思いで断念。駅構内と近辺をふらついて時間つぶしをすることにしました。駅の南側に出ると、そこに鎮座されていたのは小便小僧!
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 またいったい何故??? 解説板によると、1958(昭和33)年、中津青年会議所が創立五周年を記念してユーモラスで珍しいものを建立しようということで作られたそうです。まあリビドーの捌け口は、自然環境と他者に害を及ぼさなければ十人十色であってよろしいでしょう。なお本家本元の、ブリュッセルにある小便小僧の写真がなかなか手に入らず苦労したというコメントがありました。今では人魚姫象(コペンハーゲン)・マーライオン(シンガポール)とともに世界三大がっかりの一つにノミネートされているジュリアン君ですが、私も拝見したことがあります。ちなみにウィキペディアによると、その由来には二つの説があるそうです。一つは、ブラバント公ゴドフロワ2世に関する説。1142年、当時2歳のゴドフロワ2世率いる軍は、グリムベルゲンでの戦いの際、戦場の兵士を鼓舞するため、ゆりかごに幼い支配者を入れて木に吊るした。 そこから公は敵軍に向かって小便をし、味方軍を勝利に導いたという説。もう一つは、侵略者が城壁を爆破しようとしかけた爆弾の導火線に小便をかけて消し、町を救った少年がいたという武勇伝説。1997年には近くに小便少女もできたそうです。なお、あるホームページを見ていたら、驚天動地の物件を見つけました。小便小僧の顔はめ看板の写真なのですが、なんと男性器の部分もくりぬかれています。いやはやもう五言絶句ですね。顔以外の肉体をはめるものはなかなかレアな物件で、私もこれまで三例しか採集していません。京都市動物園にあった猿の肩を抱く手をはめるもの、熱海にあったお宮を蹴飛ばす貫一の足をはめるもの、そして旧軽井沢森ノ美術館にあったモナリザの右手です。ブリュッセルに行って、この顔はめ看板に顔とお○ん○んをはめるため、馬車馬の如く汽車犬の如く一所懸命に働こうという意欲がもりもりとわいてきました。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2013-01-26 08:03 | 九州 | Comments(0)

九州編(2):中津へ(11.9)

 私の倨傲をあざ笑うかの如く、どんぴしゃ、強い台風15号が九州東方海上を東北に進んでおり、明日には紀伊半島あたりに上陸しそうな状況です。天気情報を見ると、九州地方は大雨・京風の模様。なお出発の前日段階では、飛行機の欠航はないようです。"行々てたふれ伏とも萩の原"、ま、とりあえず行けるとこまで行くことにしましょう。出発当日も欠航はなし、この分なら四国のあたりでお互い離れてすれ違って、大分に着いた頃には台風一過、快晴に恵まれそうだなと、大日本帝国陸軍のように自分に都合のいい楽観的予想にひたってしまいました。8:00羽田空港発のJAL1783便はほぼ定刻通り出発、しかし機内アナウンスが「大分空港が視界不良のため、福岡空港に着陸するか羽田に引き返すこともあります」と何度もくりかえすのはちょいと不安になります。機窓から外を見ると、空一面分厚い雲に覆われていますが、それほどの揺れはありません。機内誌の「スカイワード」を読んでいると、某評論家がパット・メセニーの「スティル・ライフ」を激賞していました。そう言えば彼のアルバムは一枚も持っていないなあ、無事帰郷できたら購入してみますか。そうこうしているうちに、大分空港に着陸するとのアナウンスが入りました。滑走路に着陸すると、無情にも空港は驟雨に包まれていました。ま、大分に到着できただけでも諒としましょう。
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 ターミナルビルに入ると、「双葉山生誕100年記念」という大看板が掲げられていました。69連勝という金字塔をつくった横綱・双葉山は大分県宇佐市出身だったのですね。草葉の陰で、昨今の相撲界をどんな気持ちで見つめておられるのでしょうか。ターミナル内にあった観光案内所に立ち寄って、中津・豊後高田・日田に関する観光パンフレットをいただきましたが、カウンターに設置してあったのが「杖ホルダー つえつえほー」。うーむ、名前の由来はなんなのだろうふ??? ♪与作♪の合いの手にしてはちょいと苦しいし、まさかツエツエバエのもじりとも思えないし… 秘すれば花、人生を彩る謎の一つとして心の扉の奥にしまっておきましょう。
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 閑話休題、サクサクと旅程を進めましょう。まずは予定通り、空港発のバスで中津をめざします。この頃から雨脚が強くなり、まるで車軸のように降りそそいできました。♪たどり着いたらいつもどしゃ降り♪などと懐かしい歌をシャウトしている場合ではありません、路上には巨大な水たまり、川は濁流で溢れ氾濫寸前、山の斜面からは滝のような流水、これは容易ならざる状況です。それでも豪雨の中、健気にバスは疾駆していきました。停留所の電光表示で「田染中村」と表示されましたが、これはもしや往時の宇佐八幡宮領荘園の景観を今に残すという、田染(たしぶ)のことでしょう。かねがね行ってみたいとは思っていたのですが、いくら変人とはいえ、こんな沛然と降る雨の中で彷徨する気にはなれません。なおこちらでは、「荘園領主制度」というものがあり、領主になると御田植祭や収穫祭などのイベントの参加や農作物の宅配をとおして荘園の里を満喫できるそうです。九条政基の気分を味わえるかもしれません。
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by sabasaba13 | 2013-01-25 06:18 | 九州 | Comments(0)

九州編(1):前口上(11.9)

 2011年の9月、代休をからめて六日間の連休がとれました。これは「どこぞ行け」という神様の有難い思し召しと見た。いろいろと計画をねりましたが、七転八倒の挙句、九州旅行に決定。かの地にはこれまで何度か訪れています。拙ブログで掲載したものでは、福岡・大分肥前屋久島肥前・筑前五島・対馬・壱岐ですが、見落とした物件もそれなりに多数あります。ならばこの際、一気に行ってしまえ、と山ノ神の横顔を見ながら恐る恐る呟くと、諦めた表情で「可」という神託を下してくれました。それでは旅程を組んでみましょう。まずは大分空港に飛び、諭吉の故郷・中津を見て宇佐に移動、宇佐神宮の呉橋と宇佐海軍航空隊跡を見学し、昭和の町・豊後高田へ。そして豊後森にある玖珠の機関車庫を拝見して、天領・日田へ。日田やきそばを食べて大分に戻り宿泊。二日目は豊後竹田に行き白水堰堤を見学、日出と佐伯を散策し日出のごまだしうどんを食して延岡泊。三日目は高千穂で棚田を見て、飫肥泊。もちろん厚焼卵をいただきます。四日目は姶良で山田の凱旋門を拝見して肥薩線に乗り人吉へ。人吉餃子に舌鼓を打ち、八代泊。五日目は水俣を散策して、熊本へ。熊本ラーメンをいただいて熊本逍遥。そして熊本空港から帰郷、翌日は記録整理日にしよう…と思ったら、某テレビ番組で唐津近辺にある棚田(浜野浦、大浦、蕨野)を紹介していました。唐津かあ、ひさしぶりに鯛の曳山と再会したいし、シシリアン・ライスと唐津バーガーも食べたいし、名護屋城跡と玄海原発も見たいし、唐津焼も買いたいし、よし、一日延長して寄ることにしましょう。
 というわけでまともな神経の所有者なら眉を顰めること請け合いの、こてこての強行軍的旅程のできあがり。なお肥薩線は、鉄ちゃん・鉄子さんが押し寄せそうな予感がしたので、吉松→人吉の「しんぺい4号」指定席をおさえておきました。楽天トラベルで宿をおさえ、早割で航空券をおさえ、「歩く地図 九州」(山と渓谷社)で著名な観光地をチェックし、「小さな町小さな旅 九州・沖縄」(山と渓谷社)で呼子・人吉・飫肥・豊後竹田・日田を調べ、「日本の棚田百選」で訪れる予定の棚田を確認し、「文化遺産オンライン」で訪問先にある近代化遺産を網羅して、インターネットで各地の観光情報を集め、これで準備万端です。まあ九月の九州ということで、台風の襲来が心配ですが、これまで一度も旅行中には出くわしたことがないという己の強運を信じましょう。持参した本は「原発と権力 -戦後から辿る支配者の系譜」(山岡淳一郎 ちくま新書923)です。
by sabasaba13 | 2013-01-24 06:20 | 九州 | Comments(0)

言葉の花綵81

 殺されたものの霊を吊うの前に先ず殺したものを憎まねばならぬ、呪わねばならぬ、そしてその責任を問うべきである。(布施辰治)

 やると決心したことはやり抜け。仲間は裏切るな。(秋田明大の父)

 敗軍の将はたとえ彼自身がいかに最後までふみとどまったとしても依然として敗軍の将であり、敵の砲撃の予想外の熾烈さやその手口の残忍さや味方の陣営の裏切りをもって指揮官としての責任をのがれることはできない。戦略と戦術はまさにそうした一切の見通しの上に立てられる筈のものだからである。(丸山真男)

 わが子よ。父は身の肥ゆるを欲せず、志の肥ゆるを欲す。(三浦文治)

 第三世界。住民の大部分は国家を必要としていなかった。数世代にわたる暗黙の計算が、利益を極大化することよりも危険を極小化するほうがよい政策であると教えていた。(E・J・ホブズボーム)

 人間は、自分を理解してくれる他の誰かの存在なしには、その人自身でいられなくなるのだ。(小森陽一)

 ぼくは今でも社会主義を信じている。老後に不安がなく、教育が他人をおしのけるような選別の教育でなく、働くことで収奪されない体制が悪いわけがない。(金時鐘)

 女々しく泣くがいい、男らしく守れなかったのだから。(王妃アーエシャ)

 当時、わたしは六十五でした。六十五いうたらまだ若いでしょ。(千南弼)

 学校は楽しい。わからんことがわかったときのうれしさは、いいようがありません。生まれ変わったような気持ちになりました。(千南弼)

 政治家の過失は犯罪よりも悪い。(ナポレオン)

 私は物を書くのに精進潔斎して机に向い、苦吟渋思して筆を動かすという態度を取らない。私は楽しみながら筆を走らせるのが、最上の著述の態度だと考えている。著者が自身で感興を持つのでなければ、読者が面白いと思って読む筈はない。読者の百人のうち、たとえ一人でもいい、学問を面白いと思って読んでくれるなら、学者の冥利これに尽きる話ではあるまいか。(宮崎市定)

 ママ、僕はヒット・レコードなんか作るつもりはないよ。どこへ行っても同じ曲を演奏しなきゃならないなんていやだ。有名になんかなりたくない。お金も欲しくない。毎日ハラいっぱい食べ物があって、ギターをかきならすことができるんだったら、それで満足だよ。(デュアン・オールマン)

 日本の近代は朝鮮の植民地支配抜きには考えられない。朝鮮は日本の歪みを正す鏡だ。(山辺健太郎)

 自分自身を護る為には、自分たちを護らねばならなかった。一人は無力であった。(『濁流』 葉山嘉樹)

 俳優は家畜だ。(A・ヒッチコック)

 イングリッド、たかが映画じゃないか。(A・ヒッチコック)

 ささやかながら、できるだけいい映画をつくろう。(A・ヒッチコック)
by sabasaba13 | 2013-01-23 06:16 | 言葉の花綵 | Comments(0)

『ポピュリズムへの反撃』

 『ポピュリズムへの反撃 -現代民主主義復活の条件』(山口二郎 角川oneテーマ21)読了。石原元強制収容所所長や橋下上等兵らがあいもかわらずメディアをにぎわしています。人を人とも思わぬ傍若無人で粗暴な言動、排他的な愛国主義、己の正義を毫も疑わず敵対する者を悪として誹謗する戦闘的姿勢、見ているだけで辟易してしまいます。なお前者については、気骨あるジャーナリスト斎藤貴男氏による素晴らしいレポート、『東京を弄んだ男 「空疎な小皇帝」石原慎太郎』(講談社文庫)がありますのでぜひご一読ください。彼らに媚び諂う大手メディアが隠蔽するおぞましい言動がたくさん紹介されています。
 さて、こうした政治のあり方をポピュリズムということは知っていましたが、より具体的にはどういうものなのでしょう。政治学者の山口二郎氏がポピュリズムについて考察した本書を読んで、勉強してみました。まずポピュリズムとは、大衆のエネルギーを動員しながら一定の政治的目標を実現する手法だとされます。(p.11) バーナード・クリックのよりくわしい定義では下記のものです。
 ポピュリズムとは、多数派を決起させること、あるいは、少なくともポピュリズムの指導者が多数派だと強く信じる集団(中略)を決起させることを目的とする、ある種の政治とレトリックのスタイルのことである。そのときこの多数派とは、自分たちは今、政治的統合体(ポリティ)の外部に追いやられており、教養ある支配層から蔑視され見くびられている、これまでずっとそのように扱われてきた、と考えているような人々である。(『デモクラシー』) (p.14)
 その手法とはどういうものか。意味のよくわからない言葉によって集団的な興奮や恐怖の状態をつくり出しでいく。(p.48) 真の多数派をもっともらしく、あるいは説得的に描き出し、より多くの人々に自分がそれに属していると感じさる。(p.15) 官と民、高齢者と若年層の間に楔を打ち込み、対立を煽って既得権を奪い、恵まれた境遇の人々の利益を奪うことによって、いわば下に向かっての平等化を推進する。(p.102) 市民を、それぞれが考えて行動する主体ではなく、リーダーの扇動によって操作する対象としてとらえる。そして善悪二元論の図式に乗せ、自分を善玉の味方に位置づけさせ安心させる。(p.109) 既存の政治家や官僚を徹底的に否定して、権力者と人々がテレビを通して擬似的に結合するという手法で支持を集める。(p.112)
 要するに俗耳に入りやすい言葉と、敵-味方という単純な図式を駆使して、人々の不信と不安不満を煽り、支持を広げるのがポピュリズムの本質なのですね。ただ著者は、現代の民主政治には多かれ少なかれポピュリズムの要素が含まれることは不可避だとされ、そのことをわきまえた上で、ポピュリズムが本来持っていた強者への対抗、平等化のベクトルをうまく生かしていくべきだと主張されています。また、丸山真男の下記のような意見も紹介されています。
 政治的な選択というのは、悪さ加減の選択なのです。要するに、悪さの程度が少しでも少ないものを選ぶというのが政治的判断だということです。
 そこの中に二つの問題が含まれていると続いています。一つは、「政治はベストの選択である、という考え方は、ともすると政治というものはお上でやってくれるものである、という権威主義から出てくる政府への過度の期待、よい政策を実現してくれることに対する過度の期待と結びつきやすい」と展開します。
「したがって、こういう政治というものをベストの選択として考える考え方は、容易に政治に対する手ひどい幻滅、あるいは失望に転化します。つまり、政治的な権威に対する盲目的な信仰と政治に対する冷笑とは実はうらはらの形で同居している。政治にベストを期待するということは、強力な指導者による問題解決の期待につながります」と述べている。(p.178)
 政治に対して悲観も楽観もせず、ましてや任せきりにせず、自分の頭と言葉で考えて批判し投票し行動していく。当たり前といえば当たり前の話なのですが、平俗なポピュリズムに騙され振り回されないためには、そうするしかないのですね。

 追記。朝日新聞夕刊(13.1.21)によると、橋下上等兵が桜宮高校の集会で、「学校の中で正しいと思っていたことが外から見た時にどうなのか、もう一度考えて」と生徒に呼びかけたそうです。自分は常に正しい側にいるということを毫も疑わない、ポピュリストの本領発揮ですね。「大阪市の中で正しいと思っていたことが世界から見た時にどうなのか」考えたことはないのかしらん。
by sabasaba13 | 2013-01-22 06:17 | | Comments(0)