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瀬戸内編(4):金子みすゞ記念館(12.3)

 まずは、みすゞが二十歳までを過ごした金子文英堂を復元した書店へ。二階は復元されたみすゞの部屋、彼女はよくここの窓から通りを眺めていたそうです。
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 そして中庭をぐるりとめぐると、本館です。顔はめ看板が二つあったので、もちろん撮影。
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 金子みすゞの肖像と「みんなちがって、みんないい」と記された大きなパネルがありましたが、近づいてみるとたくさんの小さな顔写真を組み合わせてできていました。
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 ここから先の展示室は撮影禁止、彼女の直筆原稿やその生涯の解説などを拝見しました。ミュージアム・ショップで絵葉書を購入、さてそろそろ仙崎駅に向かわねば。ほんとうは仙崎の町をゆらりゆらりと彷徨したいのですが、いかんせん先程の一件で大幅に予定が狂ってしまいました。現在の時刻は12:34、12:45発のみすず潮彩2号の指定席をとってあるので、駅へ向かってまっしぐら。すたこら歩きながらも周囲を見まわすと、さすがはみすゞの故郷、そこかしこに彼女の詩がさまざまな趣向で掲げられています。
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 そして発車数分前に駅に到着、滑り込みセーフです。列車に乗り込むと、座席はすべて海側を向いて配置されています。もちろんわれわれは窓側かぶりつきの席、「緑の窓口」で事前に確認して押さえておきました。こういうところはまめなんですね、私という男は。
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 なお駅で「山陰本線の旅 車窓から楽しむ風景の時刻表」というパンフレットをいただきましたが、これが私好みの佳作。「抹茶のモンブラン?」「とてもオープンなトイレ」「駅員さんのうしろに"霊"が…」「何かを訴える"タイヤ人形"」といったしょぼい小ネタが満載されています。ようがす、いくつ撮影できるか受けてたちましょう。あいにくの曇天ですが、車窓からは眼下に波打つ日本海を手に取るように一望できます。
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 おやおや、係の方がなにやら車内でセッティングをしています。金属製の枠を四方から紐で固定し、なんと紙芝居『武蔵・小次郎 巌流島の決闘』の始まりです。まあたしかにご当地の名所ではありますが、風景を楽しみたいのになあ。無視するのも申し訳ないので、右目で紙芝居を左目で車窓を眺めることにしました。
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 人丸駅にあるという「とてもオープンなトイレ」、ま、要するに朝顔が外から丸見えの男性用トイレは視認できませんでした。おっ「抹茶のモンブラン」をゲット、木の生えた丸い小島がたしかにそう見えないこともないような気がしないでもありません。次なるは「休けいするのにちょうどいい岩(by鳥)」、これは見たまんま。
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 そうこうしているうちに紙芝居も終わり、これで落ち着いて風景を眺めることができます。そして特牛駅を通過、これはちょっと読めないでしょう、難読地名ですね。以前に訪れたことがあるので知っているのですが、なんと正解は「こっとい」です。なおパンフレットによると、駅前の竹やぶに「"トトロ"の出てきそうなトンネル」があるそうです。『となりのトトロ』ファンの山ノ神、さっそくカメラを構えてシャッター・チャンスを狙いますが…ばしゃっ…嗚呼残念、反射神経と動態視力を磨きましょう。この頃から風が強くなってきたのか、まるで冬の海のように岸に打ち寄せる波が激しくなってきました。♪うなれ潮風 さかまけ怒濤 行こうのり出せ七つの海へ♪と『海賊王子』の歌…なんか口ずさみませんよ、恥ずかしい。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-30 07:43 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(3):仙崎(12.3)

 さてそれでは仙崎へと向かってもらいましょう。すると運転手さんから、近くに「竜宮の潮吹」という名所があるので寄ってみませんかというオファーがありました。現在の時刻は11:10、仙崎の街を散策し、12:45仙崎発の「みすず潮彩2号」に乗りたいので、それほどの余裕はありません。すぐ近くでしたら寄ってくださいと、とりあえず承諾。ところがぎっちょん、「竜宮の潮吹」に行くまで二十分もかかってしまいました、やれやれ。こちらは、岩壁に打ち寄せた大波が岩の穴に流入し、音を立てて空中に吹きあげる名勝とのことですが、気象条件や波の状況が適していなかったためか、それほどの迫力ではありませんでした、やれやれ。ここから仙崎まではさらに四十分ほどかかり、かなり時間をロスしてしまいました、やれやれ。やはりきっちりと事前に確認しておくべきでしたね、己の詰めの甘さを痛感。それでは「金子みすゞ記念館」に入館しましょう。ここは、みすゞが幼少期を過ごした金子文英堂跡地に建てられた記念館で、遺稿集や着物などの遺品を展示した常設展示室、みすゞの詩の世界を音と光で体感できるみすゞギャラリーなどがあるそうです。おっとその前に、金子みすゞの生涯について、ウィキペディアから抜粋して引用いたしましょう。
 金子みすゞ。山口県大津郡仙崎村出身。郡立大津高等女学校(現・山口県立大津緑洋高等学校)卒業。1926(大正15)年、叔父松蔵の経営する上山文英堂の番頭格の男性・宮本啓喜と結婚し、娘を1人もうける。しかし、夫は女性問題を原因に上山文英堂を追われることとなる。みすゞは夫に従ったものの、自暴自棄になった夫の放蕩は収まらず、後ろめたさからかみすゞに詩の投稿、詩人仲間との文通を禁じた。さらにみすゞに淋病を感染させるなどした事から1930(昭和5)年2月に正式な離婚が決まった(手続き上は成立していない)。みすゞは、せめて娘を手元で育てたいと要求し、夫も一度は受け入れたが、すぐに考えを翻し、娘の親権を強硬に要求。夫への抵抗心から同年3月10日、みすゞは、娘を自分の母に託すことを懇願する遺書を遺し服毒自殺、26年の短い生涯を閉じた。
 こうした薄幸としか言いようのない短い人生の中で、珠玉のような512編の詩を書き綴った詩人です。自由への憧れ、画一化への抗い、命への慈しみ、人間にとってとても大切なことを、大言壮語するのではなく、平易かつ美しい言葉で語りかけてくれます。私が一番好きな詩は、「私と小鳥と鈴と」ですね。
私が両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
 今、日本中の子どもたちが、言われたいと望んでいる言葉は、「学力をつけろ」とか「いじめをするな」とか「空気を読め」とか「儀式は厳粛に」とか「国を愛せ」とか「放射能なんか気にするな」ではなく、「みんなちがって、みんないい」ではないのかな。もう一つ挙げれば、詩人の田村隆一氏の御尊父が言われた、「おまえは、私の子供だから、頭が良いはずがない」という言葉でしょう。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-29 07:36 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(2):秋芳洞(12.3)

 朝目覚めてカーテンを開けるとまあまあのお天気、町並と山並みを見晴らすことができました。朝食をいただき、駅前から7:40発のバスで秋芳洞へと向かいます。おっフロントの前にはレンタル自転車がありました。これは素晴らしいサービスですね、いいぞコンフォートホテル新山口。
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 すこし時間があるので駅前にある笠と徳利をかたどった山頭火のモニュメントを撮影。駅前の交番には、さすがは山口県、河豚の警官を描いた看板が掲げられていました。目玉のつながったおまわりさんが出てきて「てっぽう」を乱射しそうですね。
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 「俳人種田山頭火安住のまち」という観光地図には、「山頭火なじみのタバコ店」「山頭火なじみの酒店」「山頭火が歩いたほろよい通り」が記されていました。後ろ髪を引かれましたが、もうバスが来る時間なので探訪は断念。そして定時にやってきたバスに乗り込み、秋芳洞をめざします。上手くいけば満開の桜が見られるかな、と色気を出していたのですが、今年は春の訪れが遅く、車窓を流れゆく桜の木はまだ蕾でした。そして八時半すこし前に到着、案内所のコインロッカーに荷物を預け、まだ開店前のお土産屋が櫛比する小道を歩き秋芳洞入口へ。
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 入場料を支払い、清冽な気に満ちた木立の間を川に沿ってすこし歩くと、大きく割れた岩盤の間から怒濤の如く水が流れ出ています。整備された歩道を歩いて中へ入ると、さすがは日本を代表する鍾乳洞、自然がつくりだした造形美やさまざまな奇観が出迎えてくれました。百枚皿、洞内富士、千町田、傘づくし、黄金柱、巌窟王、くらげの滝のぼりなどを見物しながら歩を進め、終点からエレベーターに乗ると外へ出ることができます。
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 ここから数分歩くと、日本最大の石灰岩台地・秋吉台を一望できるカルスト展望台に到着。起伏に富む広大な大地を埋めつくす、まるでうずくまる羊のような白い石灰岩、胸のすくような光景ですね。紫煙をくゆらしながら、しばし素晴らしい眺望を満喫しました。
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 そしてエレベーター乗り場にある案内所の方にお願いしてタクシーを呼んでもらい、さきほど立ち寄ったコインロッカーまで戻って荷物を取り出しました。されこれから長駆、東後畑の棚田まで連れていってもらい、その後に金子みすゞの故郷・仙崎に向かいます。秋吉台から車に揺られること一時間強で東後畑の棚田に着きました。日本海に面した斜面を埋めつくす二百余枚の棚田、地形の微妙な起伏に合わせてつくられたその形状の妙には言葉もありません。まるで抽象絵画のような美しさを愛でるとともに、子孫のためにこれだけの美田をつくりあげた先人たちの労苦に頭を垂れましょう。放射能にまみれた大地を子孫に残した私たちとの、何という違いであることか。やれやれ溜息すらでません。なお五月頃の夕刻には、夕日を映す水を張った棚田、海に揺らぐ沖合の漁火という、この世のものとも思われない絶景が見られるそうです。これは絶対に見てみたいですね。すぐ近くには「全国ため池百選」に選ばれたという深田のため池がありました。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-28 06:21 | 山陽 | Comments(0)

瀬戸内編(1):新山口(12.3)

 2012年の春三月、山ノ神と瀬戸内旅行に行ってきました。二人で雑談をしている時に、彼女が秋吉台に行ったことがないとふともらしたことが発端です。んじゃあ、秋吉台・秋芳洞を起点に旅程を組んでみますか。金曜日の夜に山口宇部空港に飛び、新山口で宿泊。二日目は秋吉台を見た後、東後畑の棚田に寄って、金子みすずの故郷・仙崎を散策。ここは私も未踏の地です。そして日本海の眺望が素晴らしいという「みすず潮彩」号に乗って下関へ移動。市内を徘徊し、もちろん河豚を堪能して柳井に宿泊。三日目は、柳井の見物と、反原発の島・祝島を散策。そして長駆、毒ガスの島・大久野島へと移動し、前々から気になっていた休暇村・大久野島に宿泊。動物好きの山ノ神ですから、こちらのウサギには悦んでくれるでしょう。四日目は、古い町並みが残る牛窓と岡山の後楽園を彷徨、そして船で塩飽本島に行きこちらの民宿で宿泊。五日目は塩飽本島の古い町並みを探訪し、倉敷へ移動。こちらを見物して岡山空港から帰郷という計画ではいかが。山ノ神に提示したところ、「よきにはからえ」という神託が出ましたので、宿と飛行機を予約し、念の為「みすず潮彩」号の指定席もおさえて準備完了。持参した本は『越境者的ニッポン』(森巣博 講談社現代新書1987)です。

 仕事を終え、山ノ神と羽田空港で待ち合わせ。早めの夕食を「ビッグ・バード」内にある「ミセス・イスタンブール」でいただきました。実はわれわれケバブが大好物で、ドネルドゥルムとシシケバブプレートを分かち合ってたいらげました。
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 そして飛行機に乗り込み、21:30に山口宇部空港に到着、まずは空港内にある観光案内所で観光資料を物色していくつかいただきました。「大人の社会派ツアー」というポスターが貼ってあったので後学のため撮影し、今確認したところ、「宇部・美祢・山陽小野田 産業観光バスツアー」と記してありました。ん、小野田? どこかで聞いたことがあるなあ。本棚をごそごそとあさったところ、『近代化遺産を歩く』(増田彰久 中公新書1604)で紹介されていました。小野田セメントのセメント窯ですね。つくられたのは1883(明治16)年、ずんぐりとした形状から「徳利窯」と呼ばれる窯で、ロストル(簀)の上に松葉、その上に石灰を何層も積み上げて火をつけ、七昼夜をかけて焼き上げたそうです。うん、これはいつか是非見てみたいものです。そしてシャトル・バスに乗り込んで新山口駅へと向かいますが、車中でさきほどいただいた観光パンフレットを見ていると、1923(大正12)年に建てられた洋風郵便局、旧殿居郵便局が紹介されていました。八角形の塔がなんとも愛くるしい郵便局、これは訪れてみたいものだと思いましたが、小月I.C.または美祢I.C.から車で40分かかるそうで、ここに立ち寄ったら旅程がシュリーフェン計画のように瓦解してしまいます。そこまで蛮勇を振るわず、再訪を期すことにしました。
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 そしてバスは新山口駅(旧小郡駅)に到着、近くにあるコンフォートホテル新山口に投宿しました。ビジネスホテルながらも、珈琲のサービスやメニューの豊富な朝食(無料)、レンタサイクルなどなど、なかなかもてなしの心にあふれた宿でした。荷物を部屋に置き、夜食と酒を買いに駅前のコンビニエンス・ストアへ。おっ原酒「山頭火」と本醸造「其中庵」を売っているぞ。そう、ここ小郡は、種田山頭火が最も充実した日々を過ごした所で、彼の旧居「其中庵(ごちゅうあん)」も復元されています。以前に寄ったことがあるので今回は行きませんが。サンドイッチと「山頭火」を購入してホテルに戻り、食って飲んで明日に備えて爆睡。
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by sabasaba13 | 2013-06-27 06:17 | 山陽 | Comments(0)

『安倍改憲政権の正体』

 『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)読了。やれやれ、先日の都議選で、候補者全員当選、59議席獲得で自民党完勝ですか。それにコバンザメのようにへばりつく公明党も全員当選、23議席を獲得。やれやれ。おまけに投票率は43.5%、やれやれ。それにしても、自民党に投票された方は、安倍晋三伍長の掲げる政策を理解し支持しているのでしょうか。あるいは富裕層だけが潤うのを知らず"経済成長"という甘言に目が眩んだのか、または「日本を(筆者注:自民党の手に?)取り戻す」だとか「日本が(筆者注:奈落の底へ?)動き始めた」とかという意味不明な胡散臭い謳い文句に惹かれたのか、はたまた「民主党よりはまし」「他の政党より良さそう」といった茫漠として気持ちからなのか。でも、最近のニュースに気を配っていれば、安倍伍長のめざすものがある程度わかりそうなものですが。4月には、ジュネーブで開催されたNPT=核拡散防止条約再検討会議のための準備委員会で、核の不使用をうたった共同声明が発表されましたが、日本は賛同しませんでした。6月には、福島第一原発事故後の除染について、政府が自治体に対し、今年度の計画達成は難しいことや、作業しても放射線量が下がらない場所の再除染を認めない考えを非公式に伝えていたことが分かりました。同月、全国で唯一稼働している関西電力大飯原発3、4号機の現地調査の結果、原子力規制委員会は、運転停止を求める重大な問題はないとの認識を示しました。アメリカの核使用を容認し、福島の人々を弊履の如く見捨て、原発の再稼働を推し進める。これに、原発輸出への意欲、弱者のわずかな富をまとめて強者に移転する消費税の増税、格差是正への無策・無関心、愛国心の強要を付け加えれば、安倍伍長と自民党が考える日本の将来像が見えてこようというものです。しかし浅学のため、そうしたジグソーパズルの断片を嵌め込み、一枚の大きな絵にする力が私にはありません。それを為すのがジャーナリスムの使命だと確信しますが、いかんせん安倍政権に擦り寄り無惨な姿を晒すのみ。いや、あきらめたらそこで試合終了、『DAYS JAPAN』という気骨あふれるメディア、そして斎藤貴男という舌鋒鋭いジャーナリストの活躍に期待しましょう。
 さて本書ですが、かつて 『言論統制列島』(鈴木邦男・斎藤貴男・森達也 講談社)の中で、"五十、六十にもなって親の七光りで権力を握っているなんて普通なら恥ずかしくて首をくくりたくなると思うんだけれど、彼らはそうではなくて、国を背負った気になっちゃうことができるんです"と、快哉を叫びたくなるような言を述べられた斎藤氏が、その典型的な人物である安倍伍長が描く日本の将来像の青写真を精緻に分析し、鋭く批判したブックレットです。
 その青写真とはどういうものか。斎藤氏が指摘されるのは、まずアメリカの属国としての価値を上げること。
 安倍政権が目指す日本の将来像は明確です。彼の中で「戦後レジーム」とは戦争を否定する日本国憲法のことのみを指すのであって、アメリカの属国であることへの問題意識はかけらほども存在していません。いえ、言葉の印象から導かれる一般の期待とは裏腹に、安倍さんはその現実そのものは嬉々として受け入れ、よりいっそうアメリカに貢献し得る、つまり日本の属国としての値打ちを上げることに尋常ならざる使命感を燃やしているように、私には見えます。…
 アメリカの属国であり、かつ大国らしく振る舞うことのできる"衛星プチ(ポチ?)帝国"。これまでのように戦争を否定せず、アメリカの世界戦略の補完機能を積極的に務めることによって、さらに可愛がっていただける国にしていく。これがつまり、安倍政権が突き進もうとしている日本の将来像ではないでしょうか。(p.7)
 アメリカの世界戦略とは、多国籍企業が世界中で展開しているグローバル・ビジネスを、軍事力でプッシュすること。日本企業も展開しているグローバル・ビジネスが活発化し、そこに資源の権益確保がからめば、テロリズムに直面するケースも増えてきます。それを米軍とその走狗である自衛隊が武力で抑え込もうということですね。なるほど、そりゃ日本国憲法第九条が邪魔になるわけだ。そして日本の一般市民を犠牲にして、アメリカ企業と日本企業の利益を優先すること。2013年2月末の施政方針演説における、「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」という宣言がそれをよく物語っています。前者については、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を挙げられています。農産物にとどまらず、医療や労働、金融、著作権など、あらゆる分野をアメリカ企業の草刈り場として献呈するのが、その真の狙いです。後者については、雇用制度改革。安倍伍長は、労働分野におけるよりいっそうの規制緩和、労働者をもっと簡単にクビにできるようにするための改革を目論んでいます。さらに、原発を中核に据えたパッケージ型インフラ海外展開の後押し。でも、自国の技術を信用できずに、既存の原発を停止し続けている国の原発を、外国は買ってくれるわけがありません。原発を売り込むためには、何としても原発の再稼働が必要であり、日本列島を原発のショールームにしなければならないのですね。まるで原発事故がなかったかのように振る舞い、除染をおろそかにし、福島の人々を見捨て、遮二無二再稼働を強行しようとする理由はここにもあったのでした。原発マフィアの利益のためだけではなかったのですね、奥が深い。
 それでは、安倍伍長の掲げる"教育改革"の本音はどこにあるのでしょう。従順で実直な大衆と、グローバル・ビジネスを牽引するリーダーという二極分解を目指しているようです。その核心に位置づけられる愛国心教育やナショナリズムの扇動について、斎藤氏は次のような鋭い分析をされています。
 TPPに対する姿勢もですが、私がとりわけ日米関係の文脈で安倍政権を信用できない要素のひとつに、ことさら"日本"を謳い上げたがる態度があります。政権が国益を重視するのは当然ですが、だったらどうして、あらゆる意味で最も厄介な存在であるアメリカと真正面から向き合い、主張すべきことを主張しないで、過去の戦争を美化したり、内向けのナショナリズムや、中国や韓国に対する差別意識を駆り立てることばかりしたがるのか。
 気持ちはわからないでもないのです。権力を世襲している彼らにとって、まさに例の"主権回復の日"から連綿と受け継がれてきた、日本をアメリカの、ということはグローバル巨大資本の属国であり続けさせていく選択は、単に政治や外交の領域だけにとどまらず、彼ら自身が生きていく上での絶対的な存在理由でもあるのでしょう。けれどもそれでは辛すぎる。いかにも属国では、国民も易々とは許してくれるはずがない。
 だから、日の丸・君が代なのです。"主権回復の日"であり、靖国神社であり、「従軍慰安婦などいなかった」のであり、「僕のおじいちゃんは正しかった」のであり、"自主憲法"の制定なのであり…。つまりはガス抜き。(p.32~3)
 以上、これだけでもいたたまれないのですが、私が最も衝撃を受けた一文があります。小学校における英語教育の必修化や、大学の入試・卒業要件にTOEFL(Test of English as a Foreign Language = 「外国語としての英語のテスト」)を使おうとする動きには、常々違和感を持っていました。日本語をまともに扱えずに英語もくそもないだろうと。このトーフルについては不学にもよく知らなかったのですが、英語に造形の深い鳥飼玖美子氏の話を聞いて驚きました。(『しんぶん赤旗日曜版』2013.5.12)
 TOEFLは、北米の大学で学ぶ非英語話者の英語力を測るため米国の民間教育機関が開発したもの。
 「なぜ日本の大学が受け入れないといけないのでしょうか。多くの人が知る必要のない米国の文化まで出てきます。そこまでアメリカ化されないといけないのか、自己植民地化です」
 おだやかだった表情が変わりました。
 「母語は、その人の思考をつくる基礎です。背景に文化、歴史などさまざまなものがあります。基本的人権なのですから大事にしてほしい」
 ますます違和感を覚えてきました。なぜ自民党は、むきになってアメリカ英語を教え込もうとするのか。本書を読んで、その疑問が氷解しました。
 経済評論家・森永卓郎さんに聞いた話を思い出します。TPPには反対の立場を取っている方ですが、それは彼がかつて経済企画庁に在籍していた当時の経験によるものだそうです。何かの交渉で、アメリカ側から「あなたがたが日本語を喋っていること自体が非関税障壁だ」という趣旨のことを言われたそうです。(p.31)
 はい、わかりました。アメリカ企業が日本国内で荒稼ぎできるようにするための布石なのですね。まさかここまで品格を失っているとは…おみそれしました、安倍伍長。

 というわけで、このまま安倍政権が国民の支持を得て突っ走れば、日本の将来はどうなるのか。おぼろげながら見えてきました。世界各地で荒稼ぎをする日本企業、それを軍事力でサポートする自衛隊、草刈り場にされた国の人びとの怨嗟を一身に浴びる"美しい国"日本。福島の人々は見殺しにされ、原発がフル稼働し、新規の原発も次々と建設されていく"美しい国"日本。農業は壊滅し、生物としての生き死にまでをアメリカに左右される"美しい国"日本。流暢なアメリカ英語を操りながらアメリカ企業の底辺労働者として酷使される人々であふれる"美しい国"日本。
 やれやれ、何度でも清沢洌の言葉を引用します。(『暗黒日記』より)
 それにしても国民は「責任の所在」を考えないのだろうか。イグノランスの深淵は計りがたい。

by sabasaba13 | 2013-06-26 06:13 | | Comments(0)

言葉の花綵88

 一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である。(アインシュタイン)

 知識人は問題を解決し、天才は問題を未然に防ぐ。(アインシュタイン)

 科学はすばらしいものだ。もし生活の糧をそこから得る必要がないのなら。(アインシュタイン)

 神はサイコロを振らないと私は確信している。(アインシュタイン)

 現実は単なる幻想にすぎない。非常にしつこいものではあるが。(アインシュタイン)

 私は未来のことなんか考えない。だって未来は、すぐそこに来ているのだから。(アインシュタイン)

 私の学習を妨げた唯一のものは、私が受けた教育である。(アインシュタイン)

 無限なものはふたつしかない。宇宙と人間の愚かさだ。そのうち、宇宙については、私には分からない。(アインシュタイン)

 第3次世界大戦ではどんな武器を使って戦われるか分からないが、第4次世界大戦では、多分棒と石を持って人々は戦うだろう。(アインシュタイン)

 絶望するには、いい人が多すぎる。希望を持つには、悪いやつが多すぎる。なにか綱のようなものを担いで、絶望から希望へ橋渡しをする人がいないものだろうか。(『組曲虐殺』 井上ひさし)

多喜二 ふじ子、ピストルはいけないよ。
ふじ子 だって、わたしは、あなたを…、
多喜二 たがいの生命(いのち)を大事にしない思想など、思想と呼ぶに価いしません。
ふじ子 …あなた。
多喜二 ぼくたち人間はだれでもみんな生れながらにパンに対する権利を持っている。けれどもぼくたちが現にパンを持っていないのは、だれかがパンをくすねているからだ。それでは、そのくすねている連中の手口を、言葉の力ではっきりさせよう…ぼくもきみも、そして心ある同志たちも、ただそれだけでがんばっているのじゃなかったか。ふじ子、ぼくの思想に、人殺し道具の出る幕はありません。(『組曲虐殺』 井上ひさし)
by sabasaba13 | 2013-06-25 06:20 | 言葉の花綵 | Comments(0)

TA14GP

c0051620_6161721.jpg ちょっとした用件で練馬文化センター(通称ねりぶん)のサイトを見ていたら、今度の金曜日に、渡辺香津美+村治佳織・村治奏一姉弟のギター・トリオの演奏会があることがわかりました。ジャズ・ファンのはしくれとして渡辺香津美氏のギターはぜひ聴いてみたいと常々思っていましたので、渡りに舟。そして共演する村治佳織氏はクラシック・ギタリスト、彼女が弾くロドリーゴのアランフェス協奏曲(山下一史指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団)のCDを持っていますが、凄みはありませんが悪くはない演奏でした。この二人に実弟のクラシック・ギタリスト奏一氏が加わるというのですから、ちょっと楽しみです。とはいうものの、ギター・トリオについては、パコ・デ・ルシア+アル・ディ・メオラ+ジョン・マクラフリンによる『スーパー・ギター・トリオ・ライブ!』という凄絶な演奏を知っております。若い頃、ギターを弾きたいという夢を持っていたのですが、それを粉微塵に粉砕したのが、冒頭に収められたパコとアルのデュオ「地中海の舞踏/広い河」でした。よって凡百の演奏では満足できないと思いますが、とにかく聴きにいってみることにしました。なおこのユニットの名称は「TA14GP(The Acoustic Fourteen Guitar Project)」、生まれた日が三人とも「14日」だという偶然から名付けられたそうです。
 雨がしとしと降る6月21日金曜日、山ノ神とは現地で待ち合わせ。そして三人のギタリストが颯爽とステージに登場しました。第一部は「ギターの故郷・太陽の国へ」、主にスペインの作曲家の手による名曲で構成されています。「スペイン舞曲~はかなき人生より(ファリャ)」、「きつね火~火祭りの踊り(ファリャ)」、「アルハンブラ宮殿の思い出(タレガ)」が演奏されましたが、心地よい生ギターの音色と当意即妙のアンサンブルを堪能。そして次なる曲は趣向が変わり、チック・コリアの「スペイン」。たしか『マイ・スパニッシュ・ハート』に収められていた曲ですね。歯切れのいい伴奏にのって、渡辺氏が天馬の如き即興演奏をくりひろげます。最後はアランフェス協奏曲(ロドリーゴ)、オーケストラ・パートをギター用に編曲して全三楽章を演奏するという力業です。演奏自体は十二分に楽しめたのですが、ちょっと単調になる部分があり、こくっと舟を漕いでしまいました。
 ここで十五分の休憩。第二部は「旅するギター・大洋の彼方へ」、国や時代にとらわれず、素敵なメロディ・曲想の曲で構成されています。「イチジクとザクロ第二楽章(渡辺香津美)」、「ピアノレッスン(マイケル・ナイマン)」、「無伴奏バイオリンパルティ―タ第三楽章より プレリュード(J.S.バッハ)」と続きます。「ハヴァナ(谷川公子)」は、レゲエ調のリラックスした曲調がいいですね、三人の伸びやかな演奏が印象的でした。そして「アルマンドのルンバ(チック・コリア)~コーヒールンバ(J.M.Perreno)」のメドレー、フィナーレは「ネコビタン・エックス(渡辺香津美)」、いずれも渡辺氏の天衣無縫なインプロビゼーションを村地姉弟が堅実に支える、快調な演奏でした。アンコールは渡辺香津美+村治奏一のデュオによる「こだまスケッチ(村治奏一)」、優しさにあふれたメロディが心に残る佳曲でした。村治奏一氏、作曲の方でも期待できそうです。そして渡辺香津美+村治佳織のデュオによる「一億の祈り(谷川公子)」。最後は渡辺氏が奏でる「フーテンの寅さん」に乗って村治佳織氏の挨拶があった後、東京ご当地ソングを連ねた「東京お散歩メドレー」がトリオで演奏されました。「花」「東京音頭」「お祭りマンボ」「川の流れのように」というバラエティに富んだ曲を、三人が楽しそうに奏でて幕となりました。

 というわけで、ギターの魅力を満喫できた、楽しいコンサートでした。やはり渡辺香津美の即興演奏を中心とした演奏が多く、すこし単調になったきらいは否めません。三人が対等の立場で、当意即妙に掛け合い即興演奏をくりひろげるスリリングな演奏を聴きたいものですが、それを要求するのは酷というもの。ギターが大好きな三人が集まって、高い音楽性と優れた技術をともなった素敵な演奏を聴かせてくれたのですから、もう言うことはありません。Muchas gracias !

 素敵な演奏のあとは、もちろん美味しい食事。最近二人で贔屓にしている、近くのトルコ料理にお店に行くことにしました。店の名は…名は…名は… いまだに覚えられません。「アドルフバイセン」、「違う!」、「ドルナジャフセン」、「違う!」、「マルジャハイセン」、「違う!」と二人で言いあいながら到着、正解は「ドルジャマフセン」でした。どうしても覚えられない名前ってありますよね。「ティル・オイレンシュピーゲル」は覚えたし、「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」も最近やっと記憶できました。(山ノ神に質問したところ「パール・バック博士!」) 今度はこの店の名前に挑戦です。それはさておき、スパイシーでジューシーなシシケバブを堪能。ひと月に一度は、演奏会を楽しんで美味しい食事をいただく、こういう人間らしい暮らしをしたいな、と思います。そして必要ないものは買わず持たず、日々の仕事に喜びを見出す。安倍伍長の唱える「金持ちを富ませる経済成長のために、貧乏人を使い捨てる」路線とは真っ向からぶつかる生き方ですけれどね。しかし彼を擁する自民党が支持を集める今日この頃、レミングたちの姿を思い浮かべるのは私だけでしょうか。
by sabasaba13 | 2013-06-24 06:16 | 音楽 | Comments(0)

スペイン編(19):バルセロナ(11.12)

 再びバスに乗り込みホテルへ、ほとんどの方はオプショナル・ツァーに参加されますが、われわれは予定通り、タクシーでバルセロナの夜景を楽しむことにしました。フロントにお願いしてタクシーを呼んでもらい、やってきたタクシーの運転手さんと話し二時間貸し切りということで交渉成立。まずはサン・パウ病院に連れていってもらいました。残念というか予想通りというか、門扉は固く閉ざされ中に入ることはできません。でも正面部分だけを見てもその偉容の一端を感じることはできました。設計はドメネク・イ・モンタネール、ガウディの師でありライバルでもある建築家ですね。「芸術には人を癒す力がある」という彼の信念が息づく、素晴らしい建築群だそうです。ここは是が非でも再訪したいですね。そしてすぐ近くにあるサグラダ・ファミリア聖堂へ、タクシーには路上で待機していてもらい、ライトアップされた聖堂と池に映る荘厳な姿を拝見。もう言葉を失うような美しさでしたね。そしてカサ・ミラへ、こちらもライトアップされており、波打ちうねるような曲線が建物をおおいまるで生き物のような巨躯が闇の中に浮かび上がっています。耳をすませばその鼓動が聞こえてきそう。なお現在では内部や屋上を見学できるとのこと、ここも再訪を期したいと思います。次なるはドメネク・イ・モンタネールの最高傑作、カタルーニャ音楽堂。本当なら色鮮やかなガラスやタイルで装飾された絢爛たるメインホールを見たいのですが、この時間帯では無理のようです。せめてと思い一階ホールに入りましたが、その内装の見事さには目を瞠りました。なお残念ながら内部での写真撮影は一切禁止。ここもぜひ再訪したいですね。外に出て外観を写真におさめようとしましたが、路地が狭いため一部しか写せませんでした。そして待っていてもらったタクシーに戻り、カサ・バトリョ(バッリョー)の前でおろしてもらって料金を支払いました。そしてライトアップされたカサ・バトリョを撮影。その斬新にして大胆な意匠は未だに輝きを失っていません。『ガウディ伝』によると、屋根の瓦はサン・ジョルディ伝説に登場する竜のうろこ、塔は竜の背中に突き刺さったサン・ジョルディの槍、バルコニーは竜に倒された騎士たちの兜をあらわしているそうです。なおこちらも内部が公開されているので「再訪を期す」リストにノミネートしましょう。そしてガイドブックに載っていたバル「タパ・タパ」に入ってタパス(小皿料理)をつまみにビールをいただきました。
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 帰りは地下鉄でもよかったのですが、ホテルの位置がいまひとつ把握できなかったので流しのタクシーをつかまえて帰還。ほんとうはパウ・カザルスの銅像に再会したかったのですが、無理はやめましょう。

 そして帰国の朝を迎えました。個人旅行でしたら、出発直前まで街を彷徨するのですが、団体旅行ですので無理はしません。朝食をいただき部屋でのんびりして午前九時にロビーへ。バスでバルセロナ空港に行き添乗員の指示に従ってチェックイン、ボディチェックを受けた後、空港内のお店をひやかしました。FCバルセロナ(バルサ)のユニフォームを購入し、飛行機に搭乗。
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 一時間半ほどでローマ・フィウミチーノ空港に到着。飛行機を乗り換えて翌日の午前11時に成田空港に無事到着しました。

 というわけでスペイン編、一巻の終わりです。団体旅行のメリット・デメリットともにあらためて痛感しました。でもはやり、マドリードのソフィア王妃芸術センターにある「ゲルニカ」とサンタ・アナ広場にあるガルシア・ロルカ像、グラナダの街歩き、バルセロナのサン・パウ病院とカタルーニャ音楽堂とカサ・ミラとカサ・バトリョなど、見残したものにはおもいっきり後ろ髪を引かれました。次回はぜひ個人旅行で来たいものです。

 本日の六枚、上から、サン・パウ病院、サグラダ・ファミリア聖堂、カサ・ミラ、カタルーニャ音楽堂、カサ・バトリョ、そして以前に撮影したカザルス像です。
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by sabasaba13 | 2013-06-23 07:19 | 海外 | Comments(0)

スペイン編(18):グエル公園(11.12)

 そしてバスに乗ること十数分でグエル(グエイ)公園に到着です。ウィキペディアから抜粋して紹介しましょう。この公園はもともと施主のエウゼビ・グエイ伯爵とガウディの夢が作り上げた分譲住宅でした。この頃、バルセロナでは工業化が急速に進んでおり、それに対してガウディとグエイはこの場所に、人々が自然と芸術に囲まれて暮らせる、新しい住宅地を作ろうとしました。しかし、ふたりの進みすぎた発想と自然の中で暮らす価値観は理解されず、結局売れたのは2軒で、買い手はガウディ本人とグエイ伯爵だけであったといいます。そしてグエイ伯爵の没後に工事は中断し、市の公園として寄付されることになりました。言わば二人の先覚者が残した夢の跡ですね。バスからおり添乗員さんに引率されて入園、ごつごつとした熱帯雨林のような列柱を横目に歩いていくと、左手にバルセロナの街並みやモンジュイックの丘を眺望できました。
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 そして中央広場に到着、まずは身体にフィットするようにつくられた波打つベンチに座り、ガウディの意匠を体全体で楽しみました。ところどころにある突起が背中のツボを刺激して、ああいい気持ち。粉砕タイルによる装飾も見事ですね、これは彼の助手ジュゼップ・マリア・ジュジョールによるものです。造形には見事な手腕を発揮したガウディも、色彩については苦手だったようで、それを手助けしたのがジュジョールだったという話を聞いたことがあります。なおこのタイルは、壊れたコップや皿など廃材を利用したものだそうです。
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 下へおりていくと、斜めになった壁と列柱がつくりだす不思議な回廊があります。中央広場の下にあたる空間に入り、天井を見上げるとここにもジュジョールがデザインしたモザイク装飾が彩りをそえていました。
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 中央階段には有名なトカゲの噴水、多くの観光客が押し寄せてかわりばんこに写真を撮っています。その上には、蛇の噴水とカタルーニャの紋章がありました。
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 そしてお伽話に出てくるような愛らしい門衛小屋を撮影。なんとも心暖まる時間を過ごせて幸せでした。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-22 08:25 | 海外 | Comments(0)

スペイン編(17):バルセロナ(11.12)

 そしてみなさんと合流し、「受難のファサード」を拝見。こちら側は夕日を浴びて神々しく輝いていますが、装飾が少ないためか少々平板な印象を受けます。その脇にある愛らしい小建築は、ガウディが職人のためにつくった学校。彼は常々「諸君、明日はもっと良いものを作ろう」と言っていたそうですが、職人たちの協力がなければこの教会は完成しないということを知悉していたのでしょうね。
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 教会から出て道路を渡り、はい、定番のお土産屋さんへの連行です。
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 私は店の前で紫煙をくゆらしながら、教会の工事をぼーっと眺めました。巨大なトレーラーからクレーンでつり上げられるコンクリート・ブロック、立ち並ぶ円柱からは鉄筋が顔をのぞかせています。RC構造による突貫工事の様子がよくわかります。
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 そういえば、ジョージ・オーウェルが『カタロニア賛歌』(新潮叢書166)の中でこんなことを言っていました。
 スペイン人がうまくやれるものはたくさんある。しかし戦争はいけない。かれらの能率の悪さ、とくにこっちがおかしくなるほど時間を守らないことには、外国人という外国人が驚かされる。外国人がおぼえざるをえないスペイン語は、マニャーナ「明日」である。口実の見つかるかぎり、今日の仕事はアシタまで延ばされる。(p.16)
 また「英国人にとっての地獄は、ドイツ人が警官をし、スェーデン人が喜劇役者で、イタリア人が国防軍を組織、フランス人が道路工事をして、スペイン人が列車を走らせる」というジョークもあるそうです。これらの言を信じれば、スペインの方は戦争と鉄道運営が苦手だとして、建設工事はどうなのでしょうか。ま、余計なお世話ですね。なお後者のジョークに日本人が登場しないので、補足しましょう。「英国人にとっての地獄は、…日本人が高級官僚で、日本人が政治家で、日本人が大企業のCEOで、日本人が裁判官で、日本人が大学教授で、日本人が大手メディア経営者」というのはいかが。この六者が結託・癒着して福島を破滅の淵へと追いやったのですから、リアリティはあると思いますが。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-06-21 06:17 | 海外 | Comments(0)