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立山・黒部編(4):室堂平(12.9)

 十分ほどで終点の室堂に到着。室堂ターミナルのコインロッカーに荷物を預け、さあ室堂平の散策を開始。ここ室堂平は立山黒部アルペンルート内の最高点に位置し、観光と登山の拠点として最も賑わいを見せる場所だそうです。立山三山(雄山・浄土山・別山)をはじめ剱岳や大日連山など3,000m級の山々を望むことができるほか、みくりが池や地獄谷などの散策スポットもあります。特別天然記念物の雷鳥も多く生息しているそうですが、過度な期待は慎みましょう。まずはターミナルの前にある立山玉殿(たまどの)の湧水へ。トロリーバスが通る立山トンネル内の破砕帯から導水した美味しい水を一口いただき、ペットボトルに入れてさあ出発。
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 遊歩道が整備されているので、安心して歩けました。すこし風があるため、みくりが池にはさざ波がたち、周囲の景色や山容を鏡のように映す美しい光景が見られなかったのは残念。
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 荒涼とした地獄谷を展望台(エンマ台)から遠望し、しばらく歩くと草紅葉がたいへん美しい雷鳥沢を見渡すことができました。おおこれは素晴らしい。山々の峨々たる偉容、その斜面を彩る赤・黄・橙・緑の色の饗宴。クロマメノキ、ナナカマド、ミネカエデ、ダケカンバなどの草木だそうですが、しばらく時も忘れて見惚れてしまいました。
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 左手に干上がったりんどう池を見ながらすこし歩くと雷鳥沢ヒュッテ、こちらでトイレを借りました。
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 なおこちらには「これより先、火山ガス濃度上昇のため通行注意」という立て札がありました。鶴亀鶴亀、さっさとターミナルに戻ることにしましょう。途中にあった「山崎カール」という解説板には、次のような説明がありました。
 正面に見えるおわんのようなくぼみは、氷河によって山腹が削られてできたもので、カール(圏谷)と呼ばれています。立山にはこのようなカールがいくつもあり、氷河が削った岩の傷(さっこん)も見られます。
 山崎カールは、氷河地形の研究家であった山崎直方氏によって1905年に指摘されたカールで、国の天然記念物に指定されています。
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 みくりが池とみどりが池の間を通り、しばらく歩くと古い小屋に着きました。これが日本最古の山小屋、立山室堂ですね。
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 解説板を転記します。
 現在残っている日本最古の山小屋で、立山における信仰や民俗の様子を伝える貴重な建造物です。「室」とは宿泊所という意味があり、「堂」とは御堂などといわれるように宗教施設を示すもので、室堂は、その両方の役割を合わせ持ったものでした。文献には、現在の建物は1726年(享保11年)に再建されたと伝えられており、それ以前にも建物があったことが確認されています。平成7年には国の重要文化財に指定されました。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-03-31 06:47 | 中部 | Comments(0)

立山・黒部編(3):弥陀ヶ原(12.9)

 おっ、バスがやってきました、それでは乗り込みましょう。杉やブナの原生林の間を縫うように走っていくと、カーブのところでバスは停まり「称名滝が見えます」というアナウンスがはいりました。なるほど、木立の間から350mという日本一の落差を誇る称名滝を垣間見ることができました。羊腸の山道をしばらくのぼっていくと、美女平から三十分ほどで弥陀ヶ原に到着。
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 待合小屋にコインロッカーがあったので荷物を預けました。眼前には弥陀ヶ原ホテル、そして弥陀ヶ原高原がひろがっています。
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 木道や遊歩道が整備されており、気軽に散策することができる気持ちのよい高原でした。それにしても、なんと見事な草紅葉であることよ。生まれてはじめて見たのですが、素晴らしい。いろいろなニュアンスの赤、黄、橙で染めあげられた草々や木々が、大地を美しく彩っています。「餓鬼の田」と呼ばれる小さい池・池塘(ちとう)もいいアクセントになっていました。外回りコース(2.1km 約2時間)は、これからの行程を考えるとちょっときついので、内回りコース(1.0km 約1時間)を選んで散策。
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 そして10:10発のバスに乗って室堂へと向かいます。草紅葉をまとった山塊がじょじょに迫ってくると、アナウンスが剱岳(つるぎだけ)を教えてくれました。日本百名山にも選ばれている標高2,999 mの山で、日本で稀有な現存する氷河を有するそうです。また危険度の最も高い山でもあり、その峻険な山容から「岩と雪の殿堂」とも呼ばれているとか。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2014-03-27 05:24 | 中部 | Comments(0)

立山・黒部編(2):美女平(12.9)

 朝、目覚めてカーテンをあけると、薄日がさしています。台風が接近しているのですが、どうやら今日は何とか雨に降られずにすみそうです。さて紅葉が見頃のハイシーズンで休日、立山黒部アルペンルートは大混雑が予想されます。一刻一秒でも早く出発した方がよいでしょう。午前七時前にバイキングの朝食をいただきチェックアウト、立山駅まで車で送っていただきました。思ったほどの混雑ではなく一安心、8:00発のケーブルカーに乗れそうです。駅でアルペンルートの通しチケットを購入し、駅前にあった「熊王の水」という清水を撮影。
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 そしてケーブルカーに乗ると、標高差約500mを七分ほどでのぼり美女平に到着。バスターミナルや売店・食堂のある建物となっています。駅前には「美女杉」という夫婦杉がありましたが、次のような言い伝えがあるとのこと。立山を開山した佐伯有頼、許婚者の美しい姫がいました。ある時、有頼に逢いたい一心で、立山に登ってきましたが、有頼は山を拓くまで帰ることは出来ないと、すげなく姫を追い返しました。姫はしかたなく山を下りる途中、一本の杉に、「美しき 御山の杉よ 心あらば わが ひそかなる 祈り ききしや」と祈ったところ、後にその願いが成就して、二人はめでたく結ばれたそうです。そして後世、この杉を「美女杉」と言い、この歌を三度唱えて祈れば、男女を問わず、そが恋は成就するそうな。おしまい。まあ比翼連理、破れ鍋に綴蓋のわれらは祈る必要は(たぶん)ありませんが。建物には展望台が併設されており、立山山麓や富山平野を一望することができました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-03-26 06:27 | 中部 | Comments(0)

立山・黒部編(1):立山へ(12.9)

 事の発端は、飯田線の車内誌で見た、千畳敷カールの美しき草紅葉です。必ず行くぞと通天閣に誓い、機会を虎視眈々とねらっていましたが、ついにゲット。2012年9月末に山ノ神ともども三連休をとることができました。こういうことだけは活発に働くわが灰色の脳細胞、さっそくぱっつんぱっつんの行程を組んでみました。金曜日の夜に飛行機で富山空港に跳び、立山山麓温泉に宿泊。土曜日は立山と黒部をまわって松本泊。三日目は、山ノ神につきあって上高地を散策、長駆、駒ヶ根に向かいます。そして月曜日にお目当ての千畳敷カールを拝見して、岡谷からスーパーあずさで帰郷。もんだどんない。気がかりなのは台風が接近していることです。予報によると、台風17号が本州を直撃する模様。でも♪いまさらあとへはひけないぞ、だから行くのだレインボーマン♪ 自称"天下無双の晴れ男"、己の強運と、山ノ神の神通力を信じましょう。持参した本は『詩人 金子光晴自伝』(金子光晴 講談社学芸文庫)です。

 2012年9月末、一日の仕事をすませて、山ノ神と羽田空港で待ち合わせ。「アカシア」という洋食屋で、私はメンチカツ、彼女はロールキャベツをいただきました。
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 18:25出発のANA889便に搭乗し、空路富山へ。ほぼ定刻通り、19:35に富山空港に到着。ここからバスに乗って富山駅に着いたのが午後八時、こちらで富山地方鉄道に乗り換えです。山ノ神の持っている携帯電話を借りて立山国際ホテルに連絡、電鉄富山駅を20:12に出発する列車に乗り21:11に立山駅に到着するので送迎をお願いしました。そしてレトロな雰囲気の列車に乗り込み、広告がほとんどないなあ、不景気のせいかなあ、と溜息をついていると…天井に蜘蛛の巣がありました。ん? こんな光景をどこかで見たことがあるようなないような。deja vuですね。(パンッ) 思い出した、近江鉄道だ。地方経済の窮状に思いを馳せてしまいました。
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 そして出発進行、屋外は真ッ暗、暗の暗、夜は劫々こうこうと更けまする。ガイドブックを紐解いて明日の行程を確認しておきますか。立山黒部アルペンルートは、富山地方鉄道立山駅と、長野県大町市の関電トンネルトロリーバス・扇沢駅とを結ぶ、大規模な山岳観光ルートです。ほぼ 25 km 足らずの直線距離ですが最大高低差は 1,975 m 、六つの交通機関が観光ポイントを結んでいます。まず立山駅からケーブルカーで美女平へ、立山高原バスに乗り換えて途中下車、草紅葉を楽しみながら弥陀ヶ原を散策。再びバスに乗って終点の室堂まで行き、室堂の草紅葉を堪能。立山トンネルトロリーバスで大観峰へ、立山ロープウェイに乗り換えて黒部平へ、そして黒部ケーブルカーで黒部湖におります。黒部ダムを見学して関電トロリーバスで扇沢へ、路線バスに乗り換えて信濃大町へ、そしてJR大糸線で宿のある松本へ。これは楽しみですね。
 そうこうしているうちに、立山駅に到着です。改札口で待っていてくれた宿の方のお礼を言い、送迎車に乗り込むと数分でホテルに着きました。チェックインをして部屋に荷物を置き、さっそく温泉を満喫。さあ明日は立山黒部アルペンルートです。
by sabasaba13 | 2014-03-25 06:26 | 中部 | Comments(0)

マーラー交響曲第一番「巨人」

c0051620_6163718.jpg ベートーヴェンの「第九」を拝聴して以来、指揮者・広上淳一氏の大ファンで、その後は「薔薇の騎士」や「シェエラザード」を聴きにいきました。「チケットぴあ」にも登録し、氏のコンサート情報を送ってもらっておりますが、ある日届いたメールでラフマニノフのピアノ協奏曲第二番と三番マーラーの交響曲第一番「巨人」を演奏されることを知りました。オーケストラは京都市交響楽団、うーんどうしよう。同オケと私の接点は、京都旅行で楽器運搬用トラックを見かけただけです。まあ広上氏が振るのなら間違いないだろうし、演奏される曲目にも食指をそそられます。この前、ラフマニノフのピアノ協奏曲第三番を聴いたので第二番もぜひ聴きたいし、マーラーも全曲を生演奏で聴いてみたいと思っています。ちなみにこれまで聴いたのは第三番第八番のみ。よし、購入しましょう。以前に読んだ『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書)の第一番についての箇所を読み直し、山ノ神と手を組んでサントリーホールにのりこみました。
 まずは独奏者ニコライ・ルガンスキーを迎えてのラフマニノフ、ピアノ協奏曲第二番です。底なしの甘美な叙情性と華麗なピアノ技巧、力強く弾ききったルガンスキー氏とそれを分厚く支えた広上氏+京響。名曲中の名曲を心ゆくまで堪能させていただきました。アンコールは、メトネルのCanzona Serenata op.38-6、初めて聴いた美しい小品でした。
 休憩をはさんで、いよいよマーラーの交響曲第一番「巨人」です。後で知ったのですが、京都市交響楽団がマーラーの交響曲を演奏するのは初めてだったのですね。曲の隅々まで神経が行き届き、かつ超弩級の迫力に満ちた渾身の演奏でした。冒頭、美しく澄んだ7オクターブにも広がるpppのA音が響き始めるとただならぬ緊張感がただよってきます。第一楽章(ゆるやかに、重々しく~自然の響きのように)の清澄と愉悦、第二楽章(力強く運動して、しかし速すぎずに)の力強さと躍動感、第三楽章(荘重に威厳をもって、ひきずらないように)の諧謔。広上氏の適確で情感豊かな指揮と、それにしっかりと応えるオケ、これぞ楽興の時でした。なお第三楽章には、マーラーによる"座礁!「カロ風の」葬送行進曲"という解説がついていますが、「カロ」とはバロック時代に活躍したフランスの銅版画家ジャック・カロのことだそうです。奇しくも4月8日から、国立西洋美術館で「ジャック・カロ展」が開かれます。見に行こうかな。なお標題の「巨人」は、ジャン=パウルの超難解な哲学的小説の書名からとられたもの。マーラーの深い教養がしのばれます。
 そしてシンバルの強烈なfffで始まる第四楽章(嵐のように激動して)、マーラーは"深く傷ついた絶望の心が突然爆発する"という解説をつけています。時には砲丸投げ、時にはジャンプ、時には羽ばたきのポーズでオケを疾駆させる広上氏の姿には圧倒されました。全身全霊を捧げてマーラーの音楽に向かい合う京響の姿も感動的です。その濃密で巨大な音の大伽藍はわが身と心を打ち震わせ、まるで宇宙全体が鳴り響いているかのよう。これまでいろいろな演奏会を聴いてきましたが、間違いなく五指に入る名演でした。ブラーボ! アンコールはR.シュトラウスの歌劇『カプリッチョ』から間奏曲「月光の音楽」。なお京都で演奏された同じプログラムが、NHKのEテレ、3/30の21:00~23:00に放映される「クラシック音楽館」見られます。ぜひご一聴を。広上淳一氏と京都市交響楽団のマーラー、聴き逃すことはできませんね。

 余談ですが、プログラムによると、京都市交響楽団は1956年創立以来、日本唯一の自治体直営オーケストラだそうです。京都市長の門川大作氏が楽団長を兼ねており、「伝統とは火を護ることであって、灰を崇拝することではない」というマーラーの言葉を引用されながら、挨拶をされていました。地方自治体財政難の折、身銭を切ってこのような素晴らしい交響楽団を運営されている京都市に敬意を表したいと思います。ちなみに地方自治体がオーケストラの運営に関与する例は、ヨーロッパでは珍しいことではなく、ドイツのザクセン州立のシュターツカペレ・ドレスデンやオーストリアのウィーン国立歌劇場などもそれに該当します。
 ん? するとわれらが都響は直営ではないのか。気になったのでウィキペディアで調べてみると、東京都の監理団体(外郭団体)でした。その中で、気になる一文があったので紹介します。
 石原が都知事となって以後、都の財政再建策の一環として文化事業への歳出削減と外郭団体の統廃合がはかられ都響についても補助金の削減、団員の有期契約制、能力給制(各団員の能力の査定は都が行う)への移行などのリストラがはかられておりオーケストラの今後の存続が危ぶまれている。「第31回オリンピック競技大会の東京招致について」という決議をあげて東京都交響楽団が「東京オリンピック支持」を表明したことになっているが、楽団員の総意ではなく鳥海理事長が石原都知事の意向をうけて独断できめたという見解もある。都がオーケストラを持つことの是非ともあいまって、一部で議論の対象となっている。
 やれやれ、この御仁の辞書には、良識とか、芸術とか、公正とか、廉恥とかいう言葉はないようです。ま、いまさら言うまでもありませんが。
by sabasaba13 | 2014-03-24 06:17 | 音楽 | Comments(0)

言葉の花綵101

 民は国の本、吏は民の雇 (河井継之助)

 たくほどは 風が持てくる 落ち葉かな (良寛)

 木喰も いずくのはての 行だおれ いぬかからすの えじきなりけり (木喰)

 みなさんが利口者になろうとか、物知りになろうとか、頭がよくなるためとか、試験の点がよくなろうとして学校に来ていれば大馬鹿者です。学校は物知りを作るため、あるいは立派な人間をつくるためなどといわなければならぬほどむずかしいところではなくて、いつどんなことが起こっても、それを正しく理解する目と耳を養い、そしてだれがみても理屈に合った解決ができるよう勉強しあうところなのです。とにかく愉快に楽しく暮らしましょう。(無着成恭)

 戦争は戦闘に際し衆人を平等にする。(ドストエフスキー)

 徳孤ならず。必ず隣あり。(『論語』)

 限定された目的は人生を簡潔にする。(村上春樹)

 独創力とは思慮深い模倣以外のなにものでもない。(ヴォルテール)

 秩序と服従-非常に誘惑的な結びつき-を確保する。しかしその外観や手段に惑わされて真相を見失ってはならない。それは権力を持つ側の利益を確保し、固める一方法なのだ。(ジェームズ・ビーン)

 筋のよい猫は空きっ腹のときよりも腹いっぱいのときによく鼠をとる。(ベンヴェヌート・チェッリーニ)

 喜びをもって、そして悲しみも少しもって、発って行きなさい。(ニコライ)

 何かをじっと待つ。来るかもしれないし、来ないかもしれない。自然を相手にすると、結果が出ないことに対して寛容になれます。これは科学者にとって最も大切な資質かもしれません。(福岡伸一)

 一番甘美なものがその行いによって一番饐えたものとなる。(シェイクスピア)

 もしも、俺が死んだら世界は和解してくれ。(吉本隆明)
by sabasaba13 | 2014-03-23 07:42 | 言葉の花綵 | Comments(0)

『遠い夜明け』

c0051620_71562.jpg スティーヴ・ビコ。彼の名前をはじめて知ったのは、アルバム『Peter Gabriel』におさめられている「Biko」という曲です。叙情的ながらも力強さにあふれた印象的な曲だったので、その曲名を調べてみると、「黒人意識運動」を唱えて南アフリカにおける反アパルトヘイト活動家の名前でした。そう、スティーヴ・ビコです。白人の教育を受けた黒人に植え付けられた劣等感を取り除き、その上で白人と対決し、黒人を白人と同じ人間であると認めさせ、白人と黒人の共存を実現させるというものです。当然の如く、政府から激しい弾圧を受け、1977年9月12日に拷問による脳挫傷で死へと追い込まれました。享年30歳。
 その彼を主人公とした映画『遠い夜明け(Cry Freedom)』があることを知り、いつか見ようと思いながら喜びも悲しみも幾歳月、ずっぽり忘れていたのですが、ふと思い出して通販でDVDを購入、先日拝見いたしました。1987年に製作・公開されたイギリス映画で、監督はリチャード・アッテンボロー、出演はデンゼル・ワシントン、ケヴィン・クラインです。
 冒頭のシーンからいきなり南アフリカの現実をつきつけられます。黒人居住地区を急襲し、住民たちを殴打しながら追い出し、ブルドーザーで家々を押し潰していく武装警官隊。数時間後に、公衆衛生のための措置だという放送がラジオから流れます。こうした差別と迫害、いわゆるアパルトヘイトに敢然と立ち向かうスティーヴ・ビコ(デンゼル・ワシントン)に対して、「デイリー・ディスパッチ」新聞の編集長ドナルド・ウッズ(ケヴィン・クライン)は彼を白人差別主義者であるとして批判する記事を掲載します。この記事に抗議をするために訪れた女性黒人医師から本人と直接会って取材をすべきだと指摘された彼は、ビコと接触します。そして言葉と知性と不屈の闘志をもって非暴力的な闘いを続ける彼に共感を覚えるようになっていきました。このあたりのビコの描写は、心に迫るものがあります。「黒人である事の誇りに目覚めよう。子どもに黒人の歴史を教え我々黒人の持つ伝統を文化を教えれば白人の前での劣等感から解放される」、「我々は住む価値のある南アを建設する。白人にも黒人にも平等の国を、美しい国土とそこに住む我々のように」といった力強い言葉の数々。そして裁判の席で、裁判官の「あなたの言う対決とは暴力を生まないか?」という問いに対して、ビコは「今、私はあなたとまさに対決している。ここに暴力はない」と毅然と反論します。デンゼル・ワシントンも好演、ユーモアにあふれ、知的で闊達なビコを見事に演じきっています。
 そして運命の時、警察に逮捕されたビコは拷問を受け、脳挫傷を負わされます。ぴくりとも動かないビコを見下ろした警察官は、逃亡の恐れがあるのでプレトリアにある警察病院に移送すると冷たく告げます。その距離はなんと1100km、未舗装の道を疾走するバンの中で傷ついたビコの体は烈しく揺られます。そして死、背筋が凍るようなシーンでした。ロベン島に監禁されていたネルソン・マンデラは殺されず、スティーヴ・ビコは殺された。南ア政府がいかにビコを恐れていたかの証左かもしれません。
 ここまでが前半、後半はビコの死についての真相を追究するドナルドと、彼を迫害する南ア政府が描かれます。国外亡命を決意したドナルドは家族とともに、警察の監視をかわしながら脱出をこころみますが、このあたりのシーンは凡百。やはりこの映画の白眉は、前半のビコの闘いだと思います。そして映画は、1976年にアフリカーンス語の教育強制に反発した黒人が起こしソウェト蜂起と、それに対する警察隊の凄絶な武力弾圧のシーンで幕をおろします。最後のテロップでは、警察の拷問によって殺された反アパルトヘイト活動家の名前が、公式発表された死因(自殺・自然死・転落死・ハンガーストライキ…)が延々と流されていきます。

 というわけで、スティーヴ・ビコを描いた前半部分は素晴らしいものでした。南アフリカにおけるアパルトヘイトと、それに立ち向かった人々の姿を見事に描いた映画です。なお南アフリカ共和国に対する国際的非難が強まっていた状況下で、レアメタルなどの希少金属の確保を目的とした活動をおこなっていたのが日本南ア友好議員連盟、その副長を務めていたのが石原慎太郎氏だということも忘れないようにしたいものです。ほんっとにこの御仁はずぶずぶの人種差別主義者なのですね。その氏を三選させた東京都民の倫理的・知的怠惰は恐るべきものがあります。

 さて、1994年にネルソン・マンデラが大統領となり、アパルトヘイトは撤廃されたわけですが、その後の南アフリカはどうなったのか。実は「めでたしめでたし」で済む状況ではなかったのですね。このあたりの事情は、映画『インビクタス』や、『絵はがきにされた少年』(藤原章生 集英社)で漠然と知っていたつもりでしたが、先日読み終えたナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』(岩波書店)で衝撃の事実をつきつけられました。氏曰く、"家の鍵は渡されたものの、金庫を開ける数字の組み合わせは教えてもらえなかったのである"(p.287)。当初は、チリのアジェンデ政権のように、共産主義と資本主義の間を行く「第三の道」-民主化と富の再分配を同時に行なう-をめざしていたマンデラとアフリカ民族会議(ANC)でしたが、その撤回へと追い込まれていきました。チリで、ピノチェトによくクーデターが行なわれたように。本書は、マンデラとANCは政治交渉には力点を置いたが、経済交渉については専門的なことだと思いこみ興味を持たなかったと指摘しています。結果として、人権侵害によって利益を得た経済システムについては、不問に付してしまったのですね。そして経済的な意思決定は、専門家や経済学者、IMFや世界銀行に任されてしまいました。土地の再分配は行われず、鉱山などの国営化も反故とされ、民営化の推進・財政支出の削減・労働市場の柔軟性拡大・貿易のさらなる自由化といった新自由主義的政策が強行されます。黒人政権がすこしでも「富の再分配」的な政策をとろうとすると、市場が激烈に反応して通貨ランドの価値を下落させてしまう。よってアパルトヘイトが撤廃された後も経済的格差はなくならず、逆にひろがっていきました。例えば…
 ANCが政権についた1994年から2006年までの間に、一日1ドル未満で暮らす人の数は200万人から400万人へと倍増した。
 1991年から2002年までの間に南アの黒人の失業率は23%から48%へと、二倍以上に増加した。
 マンデラが釈放された1990年以降、南ア国民の平均寿命はじつに13年も短くなっている。

 うーむ、そういうことだったのか、己の無知を恥じましょう。そして国家権力による弾圧や拷問と、それに立ち向かう人々を描いた映画とともに、そうした弾圧や拷問によって利益を得た経済システムを描く映画をぜひ見てみたいものです。
by sabasaba13 | 2014-03-21 07:15 | 映画 | Comments(0)

『ミッシング』

c0051620_627467.jpg "もう一つの9・11"、1973年9月11日にチリで起きた、ピノチェトによるクーデターを描いた映画『サンチャゴに雨が降る』については以前に紹介いたしました。いろいろと調べていると、この事件を舞台とした映画『ミッシング』があると知り、さっそく通信販売でDVDを購入し拝見しました。1982年製作、監督はコスタ=ガブラス、出演はジャック・レモンとシシー・スペイセクです。
 クーデターの背景については、前記の映画評に書きましたのでご参照ください。その最中に、チリの民主化運動と関わりを持つアメリカ人青年チャールズ・ホーマン(ジョン・シェア)が失踪します。父のエドワード・ホーマン(ジャック・レモン)はチリへと飛び、息子の妻べス(シシー・スペイセク)と共に一人息子の安否を確認するために尽力します。ガチガチの体制派で、息子夫婦を向こう見ずな理想主義者だと軽蔑していた彼が、ベスや周囲の人々の話を聞き息子のやってきたことを知るにつれ、じょじょに理解を示すようになっていきます。調査を進めるうちに、どうやらチャールズはこのクーデターの背後にあるアメリカ政府の動きに感づいたために拘束されたことがわかってきました。そしてフォード財団の関係者から、政治犯が収容されているスタジアム(ビクトル・ハラが虐殺された場所)で息子は殺されたと告げられます。なお『ショック・ドクトリン』(ナオミ・クライン 岩波書店)には、このフォード財団の資金でアメリカに留学した学生たち(「バークレー・マフィア」)が、スハルト政権でテクノクラートの地位を占め、インドネシアを多国籍企業に対してきわめて開放的な環境へと転換させたという指摘がありました(p.93~7)。チリでも同様のことをしていたのかもしれません。大使館にねじこみアメリカ政府の責任を追及するエドワードに対し、領事たちは木で鼻をくくったような対応しかしません。「マフィアのことを調べた人物が死体となって川に浮かんでいても、警察は何もしない」「チリには多くのアメリカ企業が進出している。その利益を守ることがアメリカ国民の利益を守ることだ」 なるほどねえ、アメリカ政府は企業の利益を守るための超巨大マフィアなわけだ。ベスと共にアメリカに帰国したエドワードは、ヘンリー・キッシンジャーを含む11人の公人を息子の死を共謀・放置したかどで告訴しましたが、訴えは証拠不十分で却下されました。なおこの事件は実話で、チャールズ・ホーマンも実在した人物なのですね。『人と映画のタペストリー』というブログに、関連した一文が掲載されていたので引用します。
 チャールズ・ホーマンの誘拐と処刑はニクソンが大統領であった時に起こっている。その後ホワイトハウスは一貫して、CIAのチリクーデター介入を否定してきたが、クリントン政権は隠された秘密公文書を調査し、1999年に初めてCIAがチリのクーデタに参与していたことを認め、証拠文書を公開した。チャールズ・ホーマンの死についてもクリントン下の政府関係者は「非常に残念なことだ」と述べ、駐チリアメリカ大使館がクーデター後の大混乱の中、アメリカ市民を守ろうと全力を尽くしたのは事実だが、ホーマンに関してはその必死の努力が及ばなかった可能性があることを示唆している。

 チャールズ・ホーマンの未亡人、ジョイス・ホーマンは2001年にチリの法廷にアウグスト・ピノチェトに対して夫の殺人の罪で訴訟を起こした。その裁判の調査過程で、チャールズ・ホーマンはチリの民主制を追及し、軍部の反対派に暗殺された進歩派軍人レネ・シュナイダーの生涯を調査していたことがわかり、レネ・シュナイダーを暗殺したアウグスト・ピノチェト派にそれを嫌われ殺害された可能性が示唆された。2011年にチリ政府は退役海軍軍人レイ・デイビスをチャールズ・ホーマンに対する殺人罪の判決を下した。
 アメリカの国家犯罪を真っ向から描いた重厚な社会派映画、たいへん面白うございました。そしてあらためてジャック・レモンの演技力には脱帽です。『アパートの鍵貸します』『お熱いのがお好き』におけるコミカルな演技も好きですが、本作のシリアスな演技も素晴らしい。悲しみ、怒り、逡巡、愛情、苦悩、初老の父親の揺れ動く心理を見事に演じきっていました。そして戒厳令下におかれたチリの状況を描いた映像にも、胃の腑が縮みあがりました。軍による拘束、夜間外出禁止、道端に捨てられた死体、銃の乱射、死骸が無造作に並べられた死体置き場、恐怖に怯える市民… 目を覆いたくなるような描写が、この背後にあるアメリカの国家犯罪を浮き彫りにしています。そうです、この映画の主人公は"アメリカの国家犯罪"ですね。企業の利益を守るためにクーデターを支援し、妨害となる同国人を殺害し、その責任を認めようとしない。その冷酷さには戦慄を覚えます。チリの人々の苦難をもっと描いてほしかったのですが、監督はあえて目をつぶり標的をアメリカにしぼったのかもしれません。いずれにせよ、その勇気に敬意を表したいと思います。

 なお言うまでもありませんが、アメリカ政府・米軍・CIAが行なった国家犯罪はピノチェトのクーデター支援だけではありません。関心のある方は、ぜひ『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム著 作品社)を読んでいただきたいのですが、アメリカが関与した国家犯罪は、テロおよびクーデター支援、拷問や洗脳、暗殺、盗聴、選挙操作、麻薬製造、毒ガス、生物兵器使用、虐殺など枚挙にいとまがありません。その属国であるわが日本政府は、こうした事実を見て見ぬふりをして尻尾を振っているのでしょうか。共犯者という誹りは免れません。

 余談ですが、私にこのクーデターのことを教えてくれたのは、2002年に制作されテレビで放映さたオムニバス映画『11'09''01/セプテンバー11』です。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件をテーマに、11人の映画監督がそれぞれの"9月11日"を「11分9秒01」の長さの短編映画に込めた作品ですが、ケン・ローチ監督の作品がこの"もう一つの9・11"をテーマとしていました。もう一度見てみたいものだと常々思っていたのですが、なんてことはない、「セブン&ワイ」で購入できることがついさっきわかりました。さっそく購入するつもりです。

 もう一つ余談。前掲書の中に“CIAは、国会選挙で自民党を一議席一議席支援するために、何百万ドルもの予算を費やし、日本社会党を弱体化させるために策動した。その結果、自民党は38年にわたり権力の座を維持した(p.279)”という指摘がありましたが、安倍伍長、ほんとですか。ほんとだとしたら、日本がアメリカの属国に甘んじる理由の一つとして腑に落ちます。
by sabasaba13 | 2014-03-20 06:28 | 映画 | Comments(0)

イタリア編(99):ウィーン(12.8)

 シュテファン寺院の北側には、モーツァルトの葬儀が行なわれた場所を示す記念碑がありました。
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 中に入って豪華な内陣を拝見、そして有料エレベーターに乗って北塔へとのぼりました。
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 屋根瓦で描いた鮮やかな紋章を間近で見ることができ、そしてウィーンを一望できる恰好のビュー・ポイントです。旧市街、プラーターの大観覧車、シュピッテラウ焼却場の煙突、アウガルテンの高射砲塔もよく見えました。その近くにあるグロテスクな直方体の物件がレーダー指揮所ですね。こちらも寄ってみるべきだったなと思っても、後の祭り。
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 巨大な鐘「プンメリン」を撮影して、エレベーターでおり、付近に屯している観光馬車フィアカー(Fiaker)を撮影してグラーベン(Graben)通りへ。
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 ここにあるのがペスト記念塔、猛威を振るったペストの終息を神に感謝して、1679年、レオポルト1世の命で造られた大理石の柱です。
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 突き当りを右折し左に曲がったところにあるのがエンゲル薬局、16世紀創業の古い薬局ですが、1902年にユーゲント・シュティール様式に改造されました。モザイクで描かれた二人の天使はオスカー・ラスケ作、入口や窓枠の意匠、手すりの装飾など見どころの多い物件です。
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 コールマルクト(Kohlmarkt)通りを歩いていると、フレデリック・ショパンが住んでいたという記念プレートのある建物がありました。
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 ケーキとチョコの名店デーメル(Demel)、アドルフ・ロース作の現代建築ロースハウス(Looshaus)を撮影して、スペイン乗馬学校の前を通り過ぎ、オペラ座の裏手に出るとアルトゥーロ・トスカニーニの記念プレートがありました。
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 そして本日の打ち止め、音楽館に着きました。音楽をテーマにした体験型の博物館で、楽器の仕組みや有名作曲家の人となりを紹介しています。グスタフ・マーラーの書き込みがある『フィガロの結婚』の指揮者用スコアがあったのには、一ファンとして感無量でした。スクリーンに映るウィーン・フィルを指揮するアトラクションも面白そうでしたが、もうそろそろ空港に行かねば。
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 路面電車に乗ってシュヴェーデンプラッツ(Schwedenplatz)に行き、空港行きのリムジンバスを待っていると、のてのてと黄色い路面電車が走り抜けていきました。これは、リンクを一周する観光トラムで、専用の乗車券が必要だそうです。黄色い手押し車を押す郵便配達の女性を撮影してバスに乗り込み、ウィーン国際空港に到着。
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 さきほどシティ・エア・ターミナルで荷物を預けチェックインを済ませてあるので、たいへん楽ちんでした。そして13:30発のオーストリア航空OS-051に搭乗、翌日の7:40に無事成田空港に到着しました。

 というわけで、駄弁を弄しましたが、イタリア編ここに一巻の終了です。自然、美術、音楽、食べ物、街並み、さまざまな人との出会い。いつもにもまして楽しい旅でした。やはり自分でつくる旅はいいものですね。来年の夏にはオーストリア旅行をする予定です。
 なお、最近私のアンテナがキャッチした旅に関する名言を紹介して、筆を置きましょう。
 たまには人を待たせるのもいい。旅とは一種の復讐なのだ。(ポール・セロー)

 旅することは多くの利益であり。それは新鮮さを心に、すばらしき事柄につきての見聞、新しき都市を見る悦び、不知の友との会見、高潔なる作法の習得なり。(サーディー)

 人は自分の持っているものしか旅から持ち帰れない。(ゲーテ)

 歩くことで解決される。(聖アウグスチヌス)

 旅は人を謙虚にする-世界の中で自分の占める位置がいかに小さいかを知ることができる。(フローベール)

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2014-03-19 06:34 | 海外 | Comments(0)

イタリア編(98):シュテファン寺院へ(12.8)

 そして地図を頼りに裏道を辿りながらシュテファン寺院へと向かいます。途中にあった二つのいたずら書きを撮影。"TOURIST ARE TERRORIST !""FUCK GEORGE BUSH" 前者についてはどういう文脈における叫びなのでしょう。旅行者の中にテロリストが紛れ込んでいるということなのか、旅行者はテロリストのように災禍をもたらすということなのか。後者については異議なし。
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 路地をぷらぷら歩いていると、特大サイズのシュニッツェルで有名なフィグルミュラー(Figlmuller)や、グーテンベルク像がありました。グーテンベルクはてっきりマインツを中心に活動していたと思っていたのですが、ウィーンとも関係があるのかな。ご教示を乞う。
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 シュテファン寺院の近くにある店のショー・ウィンドウには、ぬいぐるみとともに次のようなメッセージが掲げられていました。"DON'T BOMB VIETNAM IRAKⅠ AFGANISTAN YUGOSLAVIA IN EUROPE IRAKⅡ LYBIA IRAN?""MAKE FRIENDS NOT WAR" 旅行中に読み終えた『神曲』の中に、次のような一文がありました。
 昔は剣をもて戦闘をする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭をばこゝかしこより奪ひて戦ふ (天堂第十八曲)
 必要を充たすための富や資源は、神様がこの地球に充分に用意されているにもかかわらず、貪欲にかられてより多くの富や資源を求めることが戦争につながる、たぶんダンテはそう言いたいのだと思います。そうなると他者は友人ではなく、競争相手、さらには殺戮すべき対象になってしまう。結局、人類は何ら反省もせずに同じことをくりかえし続けているのですね、ガンディージー。
 すべての人の必要を満たすに足るものが世界には存在するが、誰もの貪欲を満たすに足るものは存在しない。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-03-18 06:36 | 海外 | Comments(0)