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オーストリア編(2):機内にて(13.8)

 2013年葉月上旬、11:15発のオーストリア航空OS052便に乗るために成田空港に到着。言わずと知れたオーストリア共和国のフラッグ・キャリア、またスターアライアンスに加盟しておりANAのマイルを溜めることができるのでわりと愛用しております。ウィーン直行便なので精神的にも楽です。トランジットがあると、空港内の移動や乗り継ぎ便の出発時刻など、けっこう気を使いますから。空港内には、福原愛選手の実物大フィギュアがありましたが…別にどうでもいいことですね。直行便なので液体の持ち込みも可能、免税店でスコッチウィスキー"Glenfiddich"を購入しました。
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 機内に乗り込むと安全に関するビデオが放映されましたが、実はその主人公のキャラクターがけっこう気に入っています。美人アテンダントに見惚れて新聞を逆さに持ってしまうような、俗に言う"とっぽい"御仁です。彼(※名前をご存知の方はご教示を)を主人公にしたアニメーションをつくれば…受けないかな。
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 次なる映像は、エコノミー症候群を防ぐための、座ったままできるエクササイズです。同航空アテンダントの赤い制服を着た妖精が飛びまわって、イケメンのおにいちゃんにいろいろな体操を伝授するという内容。これもけっこう楽しめました。
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 機内誌を紐解いていると、興味深い随筆に出合えました。申し訳ない、筆者は失念したのですが、その一部を転記します。茶道を嗜む筆者が、茶室で時折飾られる「喫茶去(きっさこ)」という禅語についてのお話です。
 この禅語は、中国唐時代の有名な禅僧の趙州(じょうしゅう和尚の話が由来だ。
 ある日、趙州和尚のもとに修行僧が教えを求めて、はるばる遠方からやって来た。「お前さんはかつてここに来たことがおありかな?」と趙州が尋ねるので「はい、以前にも参りました」と僧が答えると、趙州は「喫茶去(ならばお茶でも一服おあがりなさい)」と言ったそうだ。またある日、別の修行僧がやって来た時にも趙州は、「お前さんはここへきたことがおありか?」と尋ねた。僧は「いいえ、ここには初めて参りました」と答えた。すると、趙州はまたしても、「喫茶去(ならばお茶でも一服おあがりなさい)」と答えたのである。これを聞いて別の僧が「和尚は、かつてここに来た者にも、初めての者にも「喫茶去」と言われたがどうしてですか?」と尋ねた。趙州はこれには答えず、ただ一言「喫茶去(まあ、お茶でも召し上がれ)」と言ったのである。いかにも禅問答らしいこの話の意図は何だろう?
 それは、どんな立場や状況の人間に対しても、一杯の美味しいお茶は平等で、「ゆっくりお飲みになって、疲れをとってくださいな」といった、労いの精神を持とう、ということではないか。千年以上も前の中国の話だが、昔も今もお茶の時間というものは、変わらないのかもしれない。
 考えてみると、世界中どこでもその国ならではの飲み物があり、お茶の時間がある。水分補給、栄養補給、というだけでなく、飲み物の香り、味を楽しみながら、一息つく時間というのは、人間の知恵であり、まさに、文化なのかもしれない。
 「喫茶去」か、いい言葉だなあ。旅立つこの時に、こんな素敵な言葉に遭遇できるなんて幸先がいいですね。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-31 08:34 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(1):前口上(13.8)

 事の発端は2010年に行ったクロアチア旅行でした。われらとしては珍しく団体旅行にしたのですが、その途次で添乗員さんが、ヨーロッパで最もお薦めするのがオーストリアだと言われました。アルプスといえば即スイスを思い出しますが、意外にもオーストリアの方がその占める面積は大きいとのこと。その渓谷美と山岳美は言葉にできないほど素晴らしいと教えてくれました。オーストリアといえば、ウィーン、インスブルック、ザルツブルクしか行ったことがありません。次の旅行先としてわが心のリストに銘記し、構想を練ること三年、日々馬車馬の如く汽車犬の如く働いてここに実現した次第です。チロル・アルプスのハイキングを軸に、行きたい所見たい物をピックアップした結果、ウィーン→リンツ→ハルシュタット→ザルツブルク→インスブルックという行程に決定。まずはウィーンに二泊して、2012年のイタリア旅行で帰りにウィーンに寄った時に見逃したアム・シュタインホーフ教会を訪れます。ここは土日にしか公開されていないため、満を持して旅程を合わせました。観光の定番・ヴァッハウ渓谷クルーズと、世界遺産のセメリンク鉄道もおりまぜる予定です。リンツにも二泊、マウトハウゼン強制収容所とブルックナーゆかりのザンクト・フローリアン修道院、そしてギネスブックにも記されたヨーロッパ最大の急勾配を誇るペストリンクベルク登山電車にも乗りたいな。次のハルシュタットには四泊、周辺のハイキング、そしてシャーフベルク登山鉄道にも乗りましょう。ザルツブルクには三泊。お目当ては、ヒトラーの山荘「鷹の巣」の見学です。あわよくばザルツブルク音楽祭を聴きたいのですが、そううまくはイカの○○だろうな。そしてインスブルックには最長の五泊。思う存分にチロル・アルプスのハイキングを楽しみましょう。もちろん山ノ神はLOWA(ローバー)の、私はLA SPORTIVA(スポルティバ)のトレッキング・シューズを忘れずにスーツケースに入れました。

 事前学習のために読んだ本は、『ヒトラー戦跡紀行』(齋木伸生 光人社)、『ウィーン愛憎 ヨーロッパ精神との格闘』(中島義道 中公新書956)、『続・ウィーン愛憎 ヨーロッパ、家族、そして私』(中島義道 中公新書1770)、『啓蒙都市ウィーン』(山之内克子 山川出版社)、『ヒトラーのウィーン』(中島義道 新潮社)、『ウィーン旧市街 とっておきの散歩道』(ダイヤモンド社)、『図説オーストリアの歴史』(増谷英樹・古田善文 河出書房新社)、『観光コースでないウィーン 美しい都のもう一つの顔』(松岡由季 高文研)。
 持参した本は、『国の死に方』(片山杜秀 新潮新書)、『愚民社会』(大塚英志・宮台真司 太田出版)、『日本人の「戦争」』(河原宏 講談社学芸文庫)、『エセー Ⅰ』(モンテーニュ 中公クラシックス)、『ザルツブルクとチロル アルプスの山と街を歩く』(ダイヤモンド社)、『地球の歩き方 ウィーンとオーストリア』(ダイヤモンド社)です。というわけで毎度おなじみ、通訳・渉外・最終的意思決定は山ノ神、計画・添乗・引率・記録・荷物運び・末端的意思決定・雑務は小生という、泥舟の如く堅固で安倍政権の如く磐石なコンビネーションで旅することにしましょう。
by sabasaba13 | 2014-08-30 06:34 | 海外 | Comments(0)

『下町ロケット』

 『下町ロケット』(池井戸潤 小学館文庫)読了。地下鉄の吊り広告で見て、これは面白そうだと直感、予想は裏切られませんでした。主人公はロケット研究の道をあきらめ、家業の町工場を継いだ佃航平。しかしエンジンの開発などで地道に業績をあげてきました。しかしライバルの大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられ、取引先を失い、資金繰りにも窮します。絶体絶命、しかし国産ロケットを開発する大企業・帝国重工が、佃製作所の有する特許技術を売れば資金援助をしようと提案してきます。しかしその技術には、男たちの夢が詰まっていた…
 小気味のよくスピード感のある語り口、多彩で個性的な登場人物、なかなかよくできた小説で、あっという間に読み終えました。これは一種の企業小説ですね。ブラック企業、追い出し部屋など、社員を襤褸のように使い捨てる企業に対するプロテストとして読めました。佃製作所の社員はひと癖ふた癖ある方々ばかりですが、皆に共通しているのは一流の技術を支える情熱、そしておもしろいものを作ってやろうという挑戦意欲です。職場にただようそうした雰囲気を、池井戸は"香気"と表現されていましたが、これは卓見ですね。こういう職場で、こういう仲間と一緒に働きたい、そういう儚い夢を見させてくれる小説です。
これに対して、没義道な裁判をふっかけてきたナカシマ工業は、そのアンチテーゼとも言える企業です。同社事業企画部法務グループマネージャーの三田公康はこう語ります。
 いいかよく聞け。この世の中には二つの規律がある。それは、倫理と法律だ。俺たち人間が滅多なことで人を殺さないのは、法律で禁止されているからじゃない。そんなことをしたらいけない、という倫理に支配されているからだ。だが、会社は違う。会社に倫理など必要ない。会社は法律さえ守っていれば、どんなことをしたって罰せられることはない。(p.77)
 おお、よくぞ言ったぞ、三田さん。会社に倫理など必要ない、儲かればいいんだ、これこそが現在の日本と世界を蝕む病根だと思います。原発でしこたま儲けた東京電力しかり、イラク戦争でしこたま儲けたベクテルしかり。こうしたいかがわしくろくでもない企業に対して、企業は、そして仕事は本来どうあるべきなのかについても考えさせてくれます。主人公・佃航平の弁です。
 俺はな、仕事っていうのは、二階建ての家みたいなもんだと思う。一階部分は、飯を食うためだ。必要な金を稼ぎ、生活していくために働く。だけど、それだけじゃあ窮屈だ。だから、仕事には夢がなきゃならないと思う。それが二階部分だ。夢だけ追っかけでも飯は食っていけないし、飯だけ食えても夢がなきゃつまらない。(p.398)
 たいへん面白い小説でしたが、あえて苦言を呈すれば、全体的に深みがなく少々薄っぺらい印象を受けます。善玉と悪玉がはっきりと描き分けられていることも一因だし、ストーリー展開をある程度予想できてしまうことも影響しているのかもしれません。でもまだ他にも理由がありそう、心の片隅に澱のようなものが溜まりもやもやとした気持ちでした。そうした時にたまたま手にしたのが、『空爆の歴史』(荒井信一 岩波新書1144)という本です。その中で紹介されていた、中国共産党が重慶で発行していた日刊紙『新華日報』(1945.8.9)の時評「原子爆弾に思う」を読んだときに、はたと膝を手で打ちました。
 科学者がこつこつと従事している仕事の成果がロケットとなり、大型爆弾となり、細菌弾となり、果ては原子爆弾となって一瞬の間に数多くの子ども、夫、父親を殺傷してしまうことは人民の心の中に恐るべき事実として映ずることは疑う余地もない。
 そうか、佃航平や佃製作所のみなさんが夢を賭けていたロケットエンジンの技術は、軍事技術に転用可能…いや、あけすけに言えば、大量破壊兵器のための技術だったんだ。どんなにきれい事を言ってもこれは否定できない事実でしょう、開発者本人の意図はともかく。彼らの技術がミサイル兵器として利用された時の、煩悶や苦悩までストーリーに織り込んでくれたらもっと違った小説になっていたのではないかな、と思います。
 いや目くじらをたてることはないでしょう、上質のエンターテイメントとして楽しめたので充分です。でも、読み返すことはないだろうな。
by sabasaba13 | 2014-08-29 07:45 | | Comments(0)

言葉の花綵107

 選挙とは、国の支配権をかけた、効率の良い投資である。(トーマス・ファーガソン)

 新事業は、十人のうち二~三人が賛成したときにはじめるべきだ、七~八人が賛成したときには、遅すぎる。(大原孫三郎)

 事実は大きな推進力となる。(ボノ)

 人生を生きるのは、野を行くがようにたやすくはない。(『ハムレット』 シェークスピア)

 ユニゾンはハーモニーになりません。ハーモニーには不協和音が必要です。ユニゾンが退屈で、暴力的なのは、和声、調和、したがって不協和音がないためです。(原子林二郎)

 私の使っている方法と、やり方はすべて正常で合理的で論理的である。目的だけが狂っている。(『白鯨』 エイハブ船長)

 他を教えんがためには自ら学ぶべし。
 他を導かんとするには自らを導くべし。(ニコライ)

 政府は嘘をつくものです。ですから歴史は、偽りを理解し、政府が言うことを鵜呑みにせず判断するためにあるのです。(ハワード・ジン)

 私の国であれだけ政府に都合がいい報道をさせようとしたら、ジャーナリストを拷問することになるでしょう。いったい日本政府は、どんな方法を使っているのですか? (ジプシー・トーブ)

 今日詩人にできることは警告することだけである。だから真の詩人は正直でなければならない。(ウィルフレッド・オーウェン)

 憐憫は人間の顔である。(ウィルフレッド・オーウェン)

 私は静かに生きる、
 物静かな、私の心を煩わせないものを
 黙って愛するために。(エドマンド・ブランデン)

 前兆に気が付くようになるのだよ。そして、それに従って行きなさい。(『アルケミスト』 パウロ・コエーリョ)
by sabasaba13 | 2014-08-28 06:30 | 言葉の花綵 | Comments(0)

越後編(61):旅の終わりに(13.3)

 というわけで、越後編一巻の終わりです。新潟県には他にも訪れたいところが多々あったのですが、時間の関係で断念しました。たとえば松之山温泉の大棟山美術博物館(冬季休館中)、安吾の部屋、凌雲閣松之山ホテル本館、そして付近にある狐塚の棚田・星峠の棚田・儀明の棚田・蒲生の棚田・湯山の棚田。六日町駅から徒歩五分、「恋人の聖地」に認定された愛の大橋。塩沢の鈴木牧之記念館。越後湯沢にある、「恋人の聖地」に認定された湯沢高原アルプの里。高田にある高田事件記念碑とレルヒ少佐銅像。親不知・子不知。新潟県田上町の旧田上小学校にあるという奉安殿。後日の再訪を期したいと思います。
 また今回の旅では、いつもにもまして心に残る魅力的な人物にたくさん出会えました。宮本常一、北一輝、坂口安吾、石川雲蝶、堀口大學、河井継之助、木喰、そして良寛。共通する点は…何でしょう。強いていえば、金儲けや功名には目もくれず、己の信じる研究、思想、芸術、生き方をとことん追い求めたということでしょうか。これからも折にふれ後塵を拝したい方々です。
 もう一つ、長岡藩の運命、柏崎刈羽原子力発電所、湯沢の朽ち果てつつあるリゾートマンションにふれて、地方の自立・自律はどうすれば実現できるのかという問題にも突き当りました。たまたま帰郷後に読んだ『現代資本主義分析4 現代資本主義と国家』(岩波書店)の中で、著者の宮本憲一はこう述べられています。
 国庫支出金は基本的にみれば高度成長をすすめる経済的刺激策として使用されたが、それだけではない。二つの重要な機能を果している。ひとつは、地方の道路、農林漁業施設や商工施設の建設にみるように、細かいひもをつけて、保守党の政治基盤である農漁民や商工業者の利益を擁護することである。このような農業、商工業関係の何千におよぶ零細補助金は、一見すると農林漁業や中小商工業者の生計を助成するようにみえて、実は、これらの小生産者の自立的内発的な発展をくいとめているのである。近年の調査では、過疎から脱却して「むらの再生」をし、あるいは下町の再生に成功している小生産者の運動は、政府の補助金に依存せず、自らの知恵と汗によってつくりだされたものである。他方、補助金という政治的な票田の中にどっぷりとつかった小生産者は目先の利益に走り、中央依存で自立を失っているといってよい。現実には長岡市一市の国・地方の公共事業費が山形県一県のそれにあたるといわれたり、赤字線の只見線は敷設されても、県民の足となるべき沖縄縦貫鉄道は建設されない。このような補助金を中心にした財政の政治をみると、補助金の非効率性や反公共性がいかに分析されても、補助金に寄生する草の根保守主義がなくならぬかぎり、根本的整理はむつかしいであろう。この補助金政治のために、真の過疎からの脱却はおこなえず、かつ反面、着実に大都市圏の自治体の財政はピンチにおちいっていくのである。(p.233~4)
 "自立的内発的な発展"、"自らの知恵と汗によってつくりだす"、"目先の利益に走らない"ということが鍵になるのかと愚考します。NHK的な物言いで汗顔の至りですが、この問題はこれからもじっくりと考え続けていきたいと思います。

 とりとめも脈絡もない駄文、ご清読ありがとうございました。次回はオーストリア編の予定です。
by sabasaba13 | 2014-08-27 06:42 | 中部 | Comments(0)

残暑見舞

 残暑お見舞い申し上げます。

 日頃「散歩の変人」を御愛読していただき、ありがとうございます。これからしばらくスイス旅行に行ってきます。炎熱地を焼く日々がまだ続くかと思いますが、ご自愛を。

 暑気払いに、手持ちの写真の中で涼しそうな一枚をどうぞ。郡上八幡の吉田川です。

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by sabasaba13 | 2014-08-12 06:20 | 鶏肋 | Comments(0)

越後編(60):摂田屋(13.3)

 話が長くなり、お腹もへってきました。それでは宮内駅のすぐ前にある青島食堂へ突入、お目当てはご当地B級グルメの長岡ラーメンです。ウィキペディアの受け売りですが、長岡市発祥のラーメンで、豚ガラを多く使い、生姜の風味がきいた醤油味のスープと柔らかめのチャーシューが組み合わされるそうです。おお来た来た、苦しうないぞ近う寄れ。おおこれは美味しい、生姜の香りとこってりとした醤油味のスープがよくマッチしています。普通列車に乗って長岡駅に戻り、コインロッカーから荷物を取り出して上越新幹線に乗り込み帰郷の途につきました。途中の越後湯沢駅で林立するリゾートマンションが見えましたが、現状はどうなっているのでしょうか。
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 おおむね想像はつきますが。気になったので、今、インターネットで調べてみました。「NAVERまとめ」というサイトによると、バブル+スキーブームがあった1990年前後に湯沢町には、50棟ものリゾートマンションが建設されましたが、現在はその多くが無人の空き家となっているそうです。もともと投資目的で買った人が多いから、プールや温泉つきのマンションに高額の管理費・固定資産税を支払うのは大変し、本体の価格は買値の1/10以下。早く手放したいとタダ同然で売りに出していますが買い手も見つからず、当時は数千万円から数億円で飛ぶように売れたマンションが、数百万円、場合によっては50万円で売られているとのこと。またそしてバブル崩壊と共に、越後湯沢の温泉街は寂れ、廃業したホテルの姿が目立ち、駅前の商店街は完全にシャッター商店街と化しているそうです。投資によって一攫千金、濡れ手に粟の儲けを得ようという風潮。目先の流行に走り、快楽を求める人びと。財政基盤が弱く、投資を呼び込むことに汲々とする地方。そうした地方の弱みにつけこんで、東京にあっては困るもの(原発・米軍基地)を押しつける政府。日本の病根の一端を垣間見た思いです。ラージガードに刻まれたガンディーの碑文「七つの社会的罪」で言えば、理念なき政治、労働なき富、良心なき快楽、道徳なき商業に該当します。なお残り三つは、人格なき学識、人間性なき科学、献身なき信仰。
 研究費と権益欲しさに政官財に癒着する学者が、人格と人間性を失い、多くの民衆に甚大なる害を与えた例は、水俣病や原発事故をはじめとして多々あります。またガンディーは自ら選びとった信仰にたいして献身を求めたのだと思いますが、おらが国では愛国心という信仰を強要して国家権力への献身を求めています。やれやれ、これで七つの社会的罪すべてが出そろったわけだ。日本という国を飛行機に譬えると、このまま飛び続けることは不可能なのではないでしょうか。セルジュ・ラトゥーシュ氏の言を借りると、胴体着陸か、墜落か、どちらかを選ばなくてはならない状況なのかもしれません。そして列車は深い闇をたたえるトンネルの中へと突き進んでいきました。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-11 07:07 | 中部 | Comments(3)

越後編(59):摂田屋(13.3)

 さてそれでは宮内駅へと戻りましょう。途中で暇そうなが二匹いたので撮影。ま、忙しそうな猫ってあまり見かけませんが。マンホールの蓋には「投雪口」と記されていました。またしてもここは雪国なのだなと実感。
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 駅前に戻り、旧北越銀行を撮影して道路を渡ると「足のあるたこやき」という不思議な看板がありました。お店は閉まっていましたが、気になります。たこやきに足がある? どういうことなのだろう。とりあえず疑問はそのままにして、帰宅後にインターネットで調べてみました。こちらは「やまの」という、地元ではけっこう評判のお店で、餃子の羽根のようにちゃんと足が八本つけられているのでした。"空腹時の一ケの「たいやき」があなたに活力を与えます たいやき一ケ売り歓迎 お気軽にどうぞ"という人生意気感・功名誰復論的な看板にも心惹かれるし、再訪を期しましょう。
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 三陽写真館は残念ながら廃業されたようですが、その一部が「ミヤウチショウガカレー研究所」というあやしいお店になっていました。素直に考えて、生姜入りのカレーなのでしょうね。今回は長岡ラーメンをいただこうと心に決めているので、それほど後ろ髪を引かれずにパス。
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 近くのショー・ウィンドウには、名作人形劇「ひょっこりひょうたん島」のディスプレイがありました。何を隠そう、私、大ファンです。ストーリーもさることながら、井上ひさし&山元護久の作詞による劇中歌が大好き、これはもうミュージカルと言っていいのではないかな。病膏肓に入って、通信販売でサウンド・トラックのCDを購入してしまいました。その解説で、歌われた回数の多い歌ベスト3が判明しました。第三位は『オレは海賊[トラヒゲ(※熊倉一雄)のテーマ]』、うーん、これはあまり印象に残っていません。第二位は『勉強なさい』、これは幼少の砌、よく口ずさんだ記憶があります。事件の合間にすぐ授業をしたがるサンデー先生(※楠トシエ)に、子どもたちがいつも♪勉強なさい 勉強なさい 大人は子どもに命令するよ♪と半畳を入れます。何のために勉強するのか、博士(※中山千夏)は♪えらくなるために お金持ちになるために♪♪人にほめられるために お気に入りになるために♪と実に功利主義的な、あるいは大人を風刺する答を歌います。サンデー先生はそれを否定し、♪いいえ賢く/大人になるためよ 男らしい男 女らしい女 人間らしい人間 そうよ人間になるためよ さあ勉強なさい/良い子になりなさい♪ いいなあ、竹富島に教科書を押しつけようとしている文部科学省の官僚諸氏に熨斗をつけて進呈したい歌です。
 さあお待たせしました。堂々の第一位は…(ドラム・ロール)…(シンバル)もちろん『ドン・ガバチョ(※藤村有弘)の末来を信ずる歌[ガバチョのテーマ]』です! これは今でも時々脳裡に浮かびます。この歌を聴いて一家心中を思いとどまった人もいたとか。それではお送りしましょう。
今日がダメなら明日にしまちょ
明日がダメなら明後日にしまちょ
明後日がダメなら明々後日にしまちょ
どこまで行っても明日がある ホイ
ちょいちょいちょーいのドンガバチョ ホイ
 この歌は、短期的な視野しか持てず、己のなした事が後の世代にどのような影響や負荷を与えるのか考えない全ての官僚・政治家・財界人の皆さまに進呈したいですね。"俺たちに明日はない"というよりも"俺たちは明日なんてどうでもいい(今さえよければ)"という発想で突っ走っておられますが、本当にそれでいいのでしょうか。放射性廃棄物がよい例だと思いますが、まるで末来世代に戦争を仕掛けているようです。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-10 09:05 | 中部 | Comments(0)

越後編(58):摂田屋(13.3)

 それでは摂田屋をもうすこし徘徊することにしましょう。なんとも渋い木造家屋は「味噌星六」、国産無農薬の大豆と米・自然塩を使った古式味噌づくりを手がけ、マンガ「美味しんぼ」でも紹介されたことがあるそうです。町並みを眺めながら歩いていると、雪おろしのため屋根にのぼる梯子や、道路中央に穿たれた融雪用水が出る穴を見かけます。あらためて厳しい冬の暮らしに想いを馳せてしまいました。鈴木牧之の『北越雪譜』を読んでおくのだったなあ、今更思っても後の祭り、後悔先に立たず。
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 「星野本店」は醤油・味噌の醸造元、蔵や作業場が建ち並び、角地に立つ洋風の建物は大正時代末に建てられた事務所・応接室だそうです。
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 その先にある「長谷川酒造」は江戸末期の創業。「雪紅梅」で知られ、新潟米・信濃川の伏流水・越後杜氏の技術で磨かれた老舗とのこと。木造の蔵や作業場が連なる味わい深い景観です。
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 ここで引き返して光福寺へ。ものものしい雪囲いが印象的でした。このお寺さんは戊辰戦争の際に長岡藩の本陣となり、ガトリング砲と洋式武装した藩兵が配備されました。1868(慶応4)年5月3日、決裂した小千谷談判から帰陣した総督・河井継之助が諸隊長を集め、「長岡藩は義によって戦う」と宣言したのもここ光福寺です。
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 そして摂田屋公園の脇を通って旧三国街道へ、今では吉乃川蔵元の間を通る細い道になっていました。左手にあるのが吉乃川酒造資料館「瓢亭」ですが、完全予約制。
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 近代的な工場群の間をすこし歩くと古い蔵や商家が残り、お稲荷さんやお地蔵さんのいる、落ち着いた雰囲気の一画に出ます。これは醤油醸造元「越のむらさき」の建物群で、黒ずんでいるのはオリゼー(麹菌)のためなのですね。トレードマークとなっているのが戦前につくられた煉瓦製煙突。2004(平成16)年の中越地震で崩壊寸前となりましたが、補強されて今なお健在です。コンクリートブロックの小社に鎮座されているのは「道しるべ地蔵」、三国街道との岐路にあって台石には「右は江戸 左は山道」と刻まれているそうです。
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 竹駒神社の小さい社殿も麹菌で黒ずんでいました。社頭にはユーモラスで愛くるしい狐の石像、右側では子狐が前足にからみつき親を見上げていました。なおこのお稲荷さんは、宮城県岩沼の竹駒神社を勧請したもので、京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに日本三大稲荷と称せられるとのことです。ん? 伏見と豊川は当確として、もう一つは佐賀県鹿島の祐徳稲荷ではなかったっけ。ウィキペディアによると、知名度の高い伏見と豊川に、地域の稲荷社を加えて権威付けしようとした地元びいき的な自称であるのが実情のようです。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-09 08:16 | 中部 | Comments(0)

越後編(57):サフラン酒造鏝絵蔵(13.3)

 それではこの蔵のコテ絵をつくった左官は誰か。藤森氏によると、鬼瓦に「大正二年」と彫り込んであるので制作年は1913年、意外と新しいのですね。そして正面軒回りの左端に「佐伊」と彫り込んであることから、「河村伊吉」というサフラン酒造のすぐそばに住んでいた左官がつくったことがわかりました。
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 なお「乙女チップス」というサイトは、河上(ママ)伊吉は、石川雲蝶の彫刻が残る開山堂を頻繁に訪れており、その影響が見られるとされていますが、その根拠については述べられていません。
 ではこんな毒々しくケバケバしく遊び心に満ちた蔵をつくらせた施主は何者か。これも藤森氏の『建築探偵神出鬼没』から抜粋して紹介します。サフラン酒造の創業者は吉沢仁太郎。彼は幕末に貧農の子として生まれましたが、1887(明治20)年ごろ、サフラン酒なるものを製造するようになりました。十六種の生薬の煎じ液とサフランを加えた薬酒です。彼の才はその売り方にあり、竹筒にサフラン酒を詰めて行商に出かけますが、まず町に入ると薬屋を訪れて効能を説き、二本を試用として無料で進呈します。ここまでは誰でも考えますが、ポイントはこの先で、近くの宿に泊まり、夜がふけると仁太郎はにわかに激しい腹痛に襲われる…ふりをします。あわてふためく宿の女中に「近くの薬屋でサフラン酒を…」。昔の地方の宿屋は、その地域の新しい情報の発信源、そこをおさえたのはさすがです。さらにその働きぶりも尋常ではなかったそうです。息子の吉沢総太郎さん(秋葉原のサフラン電機のオーナー)によると、服を着替える間が惜しいからと昼の姿のまま眠り、朝四時には使用人より早く起きて仕事をはじめ、鼻紙なぞは長火鉢の鉄瓶のつるにかけて乾かして何度も使ったそうです。そうしてたまったお金を、仁太郎は普請につぎこんだのですね。いわゆる普請道楽。藤森氏は、このケバい蔵によって、暗く重苦しい越後の冬をはねかえそうとしたと指摘されていますが、馬高の火焔土器や石川雲蝶との共通点にも着目したいですね。うまく言えないのですが、外連味というか、凝りに凝った凄みというか、何かそうしたものが東国人の心性の中にうごめいているような気がします。
 それはさておき、身銭をはたいてこんな素晴らしい蔵を残してくれた仁太郎さんには心から感謝します。後世の我々に感動を与えてくれたのですから、レクサスやドン・ペリエにお金を蕩尽してご満悦の成金諸氏よりは、はるかに尊敬に値します。思うに、お金の有難さを知っていたかつての金持ちは、職人や芸術家のパトロネージュとして素晴らしい作品を残す責務というものが分かっていたのではないでしょうか。濡れ手に粟、投機によってあぶく銭を稼ぐグローバリゼーション時代の金持ちには、そうした責務は風馬牛なのかもしれません。

 というわけで、これからも鏝絵を拝見する旅を続けていく所存です。参考までに、これまで見てきた鏝絵は、銀山温泉(山形)、高萩(茨城)、下三宮集落(福島)、貞光(徳島)、室津(兵庫)、築後吉井(福岡)、岩瀬(富山)、黒石(青森)、別府(大分)、安心院(大分)、厳原(長崎)、松崎(静岡)です。藤森氏は西日本で鏝絵があるのは大分県だけだとされていますが、けっこうあるようです。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-08 07:12 | 中部 | Comments(0)