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大石又七氏講演会

 第五福竜丸事件については、以前から興味をもっていました。スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
 1954年(昭和29)3月1日、南太平洋ビキニ環礁でアメリカが水爆実験を行い、同環礁東方160キロの海上で操業中の日本のマグロ漁船第五福竜丸が「死の灰」を浴びた事件。同船は3月14日静岡県焼津に帰港したが、乗組員23名が「急性放射能症」と診断され、東大病院と国立第一病院に入院、治療を受けた(9月23日には無線長久保山愛吉が死亡)。同船が積んできたマグロからは強い放射能が検出され、5月には日本各地に放射能雨が降り始めた。この事件は国民に強い衝撃を与え、核兵器禁止の世論が急速に盛り上がり、翌55年8月、広島での第1回原水爆禁止世界大会開催へとつながっていく。第五福竜丸は67年廃船処分となって東京の夢の島に捨てられていたが、粘り強い運動の結果、76年6月同地に都立の展示館が完成、保存されている。
 東京新木場にある第五福竜丸展示館を訪れたり、ベ・シャーンの絵にアーサー・ビナードが詩をつけた『ここが家だ』を読んだり、この事件をモチーフの一つとした岡本太郎の『明日の神話』を見に行ったりと、自分なりに追いかけてきました。また、この水爆実験によって、周囲の島々に暮らす人々、多くの漁船や貨物船の乗組員も被曝し、アメリカ政府と日本政府は現在に至るまでその責任をとろうとしていないと、私の蒙を啓いてくれたのは、映画『放射能を浴びたX年後』と、『核の海の証言』でした。
 先日、第五福竜丸乗組員の大石又七氏の講演会が練馬で開かれるという情報を山ノ神がキャッチ。核による被害をできるだけ矮小化して責任を逃れ、性懲りもなく再稼働をめざす安倍政権、自民党や電力業界の不穏な動きが傍若無人となってきた昨今、ぜひ氏のメッセージを受け取りたいと考え、二人でココネリ・ホール(練馬区立区民協働交流センター)に行き、「被ばく60周年 大石さんからのメッセージ 第五福竜丸を知っていますか?」という集会に参加して大石さんのお話を拝聴してきました。
 御歳八十、寄る年波と近年の大患の故でしょう、足下もおぼつかなくお話も聞き取りづらいのですが、長年の労苦が刻まれた凛とした佇まいにこちらの気持ちも引き締まります。まずは配布された資料から引用します。
 私たち23人の乗組員のうち、半数が既に被爆と関係のあるガンなどで亡くなりました。私の最初の子供は死産で奇形児、私も肝臓ガンを患い今も気管支炎、慢性心房細動、不整脈、肺には腫瘍を抱え、嗅覚も消え、二十数種類もの薬を飲みながら命をつないでいます。膨大な被害が出ていたにも関わらず、日米政府はこの事件を、総額200万ドルというわずかな見舞金によって、政治決着してしまいました。そのため、私たちは被爆者でなくなり、発病しても、亡くなっても、援助も治療もなく、原爆手帳も受けていません。私は、差別や偏見を恐れて、被爆者であることを隠し、東京の人ごみに隠れていました。しかし、仲間たちが一人ずつ亡くなってく中、自分にも次々と不幸が襲いかかり、この恐ろしさが何事もなかったかのように忘れられていくことへの悔しさから、当事者が声を上げなければまた、同じようなことが必ず起き、大勢の人が苦しむようになる、と思うようになりました。それから30年近くに渡り、放射能と内部被曝、核兵器と原発の怖さを伝え続けてきました。しかし、ビキニ事件は日米間の政治がらみのため、元漁師で洗濯屋だった親父が一人で訴えてもなかなか振り向いてくれません。残念です。
 穴があったら入りたいですね。この事件を風化させて忘却し、被曝した多くの船員や島民に想いを馳せることもせず、いまだに放射能障害で苦しむ方々がいるなどと想像すらせず、「核の平和利用」という甘言を信じて原発が乱立するのを黙認・容認し、挙句の果てに福島の事故につなげてしまう。また核兵器を持ち込んでいる可能性が高い在日米軍に対してきちんとした査察を要求せず、確信犯的に"核の傘"に安住する。「非核三原則」を国是として標榜しながらも、核兵器と原発を深慮もなく受け入れ、その被害を不可視化してしまう現実とのギャップには暗澹としてしまいます。
 講演の中で、大石さんは「放射能による病気よりも、被曝者だと周囲に知られるのが怖かった」と話されていました。その結果として当事者は口をつぐみ、事件は揉み消されてしまう。この加害者を利するような差別意識はいったい何に由来するのでしょうか。そして最後に、「国の言うことを鵜呑みにしてはいけない。左から右から上から横から見る目を養ってほしい」という言葉で講演を締めくくられました。
 甲斐甲斐しく大石氏の介助をされていた市田真理氏(第五福竜丸展示館学芸員)のお話の中では、「調査をやめない。調査結果を公表する。調査結果を過小評価しない。さもないと、ビキニ事件から何も学ばなかったということになってしまう」という言葉が心に残りました。福島原発事故に現状に対する深い憂慮を感じます。
 さて衆議院選挙が行われることになりました。第五福竜丸乗組員の救済や、ビキニ事件の被曝に関する再調査など一顧だにせず、原発再稼働へと突き進む自民党・民主党を支持するのか否か。できるだけ多くの方々に、慎重に考慮したうえで一票投じてほしいと切に願います。

 その後に読んだ『日々の非常口』(新潮文庫)の中で、詩人のアーサー・ビナード氏がこう述べられていました。"死の灰を浴び"ではなく、"死の灰を浴びせられ"という正鵠を得た言葉づかいは是非とも学びたいものです。
 母国の米政府は、大量破壊兵器の不存在が明るみに出ようが、誤爆で何人殺そうが、いかなる場合でも自らの非を認めようとしない。ただ、世論的に追い詰められると、危機管理の一環として「謝罪」を発表することはある。さすがにラテン語は使わないが、言葉の端々に、終止符を打とうとする狙いは見て取れる。1954年のビキニ水爆実験の対応が、その典型だった。
 予告もなく、しかも危険区域の外で操業していたにもかかわらず、日本の遠洋マグロ漁船「第五福龍丸」が、米軍の水爆実験に遭遇、死の灰を浴びせられ、乗組員二十三名が被曝した。自力で日本へ生還して、事件が世間に知れ渡ると、アメリカ側はまず「漁夫がうけた損害についての報道は誇張されている」と、マスコミを攻撃する。のみならず、「漁業以外の目的で実験区域へきたことも考えられる」と、乗組員をスパイと呼ばわり、それでも世論が収拾つかなくなると、そこで「米国政府の名において、再び福龍丸の不幸な事件に対する深い遺憾の意を表し」た。
 初めての「遺憾」なのに、さも前々から繰り返し謝罪していたかのように「再び」をつけ加えた。被害者を「嫌にしつこい連中」と印象づける狙いもあったろう。
 のちに乗組員の一人が放射能症で死亡すると、日本側の治療のせいだと仄めかした。(p.222~3)

 追記。さきほど読み終えた『ベン・シャーンを追いかけて』(永田浩三 大月書店)の中で、下記のような文がありました。紹介します。
 大石さんは、長いあいだつづけてきたクリーニング店をたたんだ。ここ数年は体調を崩し、娘さんの家に同居している。わたしが訪ねたとき、大石さんの機嫌はすぐれなかった。前日、安倍晋三総理は、東京オリンピック招致のためのアルゼンチンでの最終のプレゼンテーションで、福島原発事故の汚染水は完全にコントロールされていると、世界に大見得を切った。そんなことはありえない。コントロールなどできない状況にあるのに、なぜ日本の代表の地位にあるひとが、あからさまな嘘を言うのだろう。恥ずかしくないのか。大石さんは静かだが、厳しい口調で怒った。(p.272)

 大石さんはずっと考えてきた。あの犠牲はなんだったのか。なにかの役に立ったのか、立たなかったのか。われわれはなんだったのか。(p.277)

by sabasaba13 | 2014-11-28 06:30 | 鶏肋 | Comments(0)

「吉原すみれ パーカッションリサイタル2014」

c0051620_6345112.jpg 吉原すみれという打楽器奏者は何度か耳にしたことがあります。その彼女が、武満徹の曲を演奏するという「パーカッションリサイタル2014」というコンサートがあるという情報を入手しました。彼の音楽の良き聴き手とはとても言えませんが、私の好きな「雨の樹」も曲目に含まれているということで東京オペラシティのコンサートホール「タケミツ・メモリアル」に足を運ぶことにしました。山ノ神を誘ったのですが、あいにく仕事のため断られました。
 11月21日金曜日、激務を必死でこなして午後五時には職場から離脱。開演は午後七時なので、オペラシティで夕食をとろうと思っていましたが、虚飾に満ちた雰囲気の中でテナント料が加算された高額の料理を食べるのもちょっとなあ、と思い直して予定変更。笹塚駅で下車して、場末の中華料理店で炒飯を食べようかと駅周辺を歩きましたが見つからず、居酒屋チェーン店の「土風炉」でチキン南蛮定食をいただきました。
 仕事の疲れと満腹感から睡魔に襲われるのは必至、開演30分前には席につき非常事態に備えるためしばしうたた寝。そして開演です。一曲目は「カシオペア~打楽器ソロとオーケストラのための」、打楽器の吉原すみれと、杉山洋一指揮の東京フィルハーモニー交響楽団による演奏です。秘めやかな響きが奏でられる中、しずしずと吉原すみれが登場。スチール・ドラム、ウッド・ブロック、ゴングといったさまざまな打楽器を、時には激しく時には抒情豊かに奏で、オーケストラと渡り合います。二曲目は「ムナーリ・バイ・ムナーリ~打楽器のための」、山口恭範との二重奏。ゆるやかに静かに、打楽器で語り合う二人。睡魔の指が瞼をなでることしばしば、いやつまらないのではなく、あまりの心地よさの故です。三曲目はお目当ての「雨の樹~3人の打楽器奏者のための」、吉原すみれ(ヴィブラフォン)と小森邦彦・前田啓太(マリンバ)による三重奏です。プログラムによると、大江健三郎の小説『頭のいい雨の樹』の次の文章に触発されて作曲したとのことです。
 「雨の樹」というのは、夜中に驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。他の木はすべて乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さな葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭がいい木でしょう。
 三人の奏でる音が、きらめく水滴のように、囁く五月雨のように、激しい濁流のように絡み合い、ホールをまるで水でできた小宇宙に変えてしまいます。母の羊水の中にいるような心地よさに、またうとうと。
 ここで二十分間の休憩。後半は「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム~5人の打楽器奏者とオーケストラのための」、吉原すみれ・山口恭範・菅原淳・小森邦彦・前田啓太の五人の打楽器奏者とオーケストラによる演奏です。ひそやかな鐘の音がホールに優しく鳴り響きますが、後方でも鐘の音が鳴りじょじょに近づいてきます。振り返ると二人の打楽器奏者が鐘を鳴らしながらゆっくりと歩いてきて、ステージへとのぼりました。気がつくと、ステージと後方二階席の間に、白・青・赤・黄・緑の五色の布がかけられています。また打楽器奏者たちも、それぞれ同じ五色の衣装を着ています。プログラムによると、これはチベットの習俗「風の馬(ルン・タ)」によるもので、遊牧民たちは、新しい土地を求める際に、一本の縄につられた五色の布が風になびく方向に移動するそうです。青は水を、赤は火を、黄は大地を、緑は風を、そして白はその四色を統合し活性化した色として、空・空気・エーテル・無を象徴しているとのこと。ちなみに吉原すみれが白い衣装を着ていました。それぞれの象徴や役柄に合わせた楽器や音楽がふりあててあると、故武満氏は述べられています。この曲も極上の心地よさで、音の海に心身をゆだねてうとうと。気がついたら静寂、そして万雷の拍手。

 プログラムの中で、武満氏は「私は静かな音楽を好む。そして、同時に、私はいま、自分が聴きたい音にだけ耳を澄ませたいと思っている」と語っています。打楽器ときくと、血沸き肉躍るダイナミックな音楽をつい想像してしまいますが、今回のようなさまざまなニュアンスに満ちた静けさも表現できるのですね。新しい発見でした。あらためて武満氏と五人の打楽器奏者のみなさんに感謝します。
by sabasaba13 | 2014-11-27 06:35 | 音楽 | Comments(0)

オーストリア編(60):画家の道(13.8)

 朝目覚めてベランダに出ると、本日も好天。ザルツブルクへの移動はさほど困難ではないので、ハルシュタットにある「画家の道」を散策してからゆっくりと朝食をとり、お昼頃に出発しないかと提案したところ、低血圧の山ノ神にしては珍しく賛同してくれました。街並みの高い所にある「Dr.Morton weg」という小道を歩いていくと、またもや二匹のに出会いました。
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 Hallstatt-Lahnから、湖に注ぎ込むヴァルト川に沿った通りが「画家の道(Malerweg)」で、19世紀の画家たちがモチーフとした渓谷・滝・岩をめぐるハイキング・コースが整備されています。きれいな小川に沿って住宅街を歩いていくとやがて森の中の小道となりました。清涼な空気を吸い森の香りを楽しみながら、足取りも軽く歩いていくと、分岐点に到着。ここから一時間半ほどのコースがあるようですが、本日の旅程を考えて省略。ヴァルト川のほとりに下りて、清冽な流れに手を浸してしばし静寂を楽しみました。
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 それではそろそろホテルへと戻りましょう。牧場を抜けて再び川沿いの道に出ると、やがて先日乗ったハルシュタット塩坑へと上るケーブルカーが見えてきました。
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 そしてホテルに到着、レストランで最後の朝食をいただきました。部屋に戻って荷物をまとめてフロントでチェックアウト。山ノ神に一任して外で煙草を吸っていると、やがて憮然とした表情でやってきました。話を聞くと、チェックアウトに際してひと悶着があったとのことです。まず「宿泊料は未納」ということで749.2ユーロを請求されたので、「チェックインの時にクーポンで支払ったはず」と一蹴。次は「簡易ベッドを入れた」と269.2ユーロを請求、これも「その覚えは全くない」と拒絶。結局夕食代のみの132.2ユーロに落ち着いたそうです。怒り心頭、怒髪天を衝く山ノ神、参考のためにもう一度宿の名前を記しておきましょう。はい、ツァウナー亭(GASTHOF ZAUNER)です。
 荷物を持って船着場へと行き、渡し船に乗り込みました。これでハルシュタットとはお別れ、美しい街並みを振りかえって写真撮影。
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 そして11:10発の列車に搭乗、ハルシュタット湖やトラウン湖の眺めを楽しんでいると、アットナング・プッハイム(Attnang-Puhhim)に到着。
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 ここで列車を乗り換えてザルツブルクに向かいます。コンパートメントはほぼ満員、右往左往していると幸い東洋人の若いカップルが招き入れてくれました。やれやれ助かった。山ノ神が英語でお礼を言い、いろいろとお話をうかがうと、中国から農業を学びに来ている留学生の方でした。そうそう、申し遅れましたが、鉄道の切符は、事前にJTBに手配してもらった「EURAIL ONE COUNTRY PASS」を利用しています。これはある一カ国で、好きな日を四日選んで乗り放題できるすぐれもの。使い方も、ただ使う日をペンで記入するだけです。今回は、ウィーン→リンツ、リンツ→ハルシュタット、ハルシュタット→ザルツブルク、ザルツブルク→インスブルックで利用しました。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-26 06:33 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(59):ゴーザウ湖(13.8)

 そして再びロープウェイに乗って下山、周囲約5kmのゴーザウ湖を散策しましょう。遊歩道が整備されているので、道に迷うこともなく安心して歩けました。なおガイドブックによると、湖面が鏡のようにダッハシュタインの山々を映すそうですが、残念ながら風のため波立っています。でも青い空と白い雲と緑の木立、美しい湖、そして正面には氷河を頂く峨々たる山々、ピクチャレスクな風景が出迎えてくれました。
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 犬のウンチ用ゴミ箱や、牛が通れぬように隙間がしつらえてある橋を撮影していると、"Laserer alpin Steig"という看板がありました。写真から判断するに、ちょっとしたロック・クライミングを楽しむための施設のようです。なるほど、垂直に切り立った岩に、ワイヤーや梯子が取りつけてあり、実際によじのぼっている方も何人かおられました。
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 観光用客車をひっぱったトラクターも走っているのですね。奥の方へ来ると、地形の関係からか湖面に波もなく、周囲の木立を鏡のように映しています。
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 一時間弱でほぼ半周、丸太でつくった水飲み場で清冽な水を補給しひと休み。その先には大きな漏斗状の器具が岩走る垂水に向けて設置されており、"Wasserlauschen"と記されていました。なるほど、財津一郎風に言えば「水の音を聴いてちょうだい」ということですか。ようがす、さっそく耳をあててかそけき水音を楽しみました。
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 そしてたくさんの方々が水遊びや日光浴を楽しむ場所に到着し、これで一周。だいたい一時間半ほどかかりました。バス停には行列ができていましたが、やってきたバスに乗り込むと全員座れたので一安心。
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 そしてHallstatt-Gosau-muhleで乗り換えてハルシュタットへと帰還。ホテルへ帰る途中でアイスクリームを買い、湖を眺めながらいただきました。さあこれでハルシュタットとはお別れ、明日はザルツブルクへの移動日です。きれいな湖と山々よさようなら、瀟洒な街並みよさようなら、よさようなら。
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 部屋に戻ってベランダからクリッペンシュタインをよーく眺めると、さきほど訪れたファイブ・フィンガーズやロープウェイを見ることができました。
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 ホテルのレストランで肉と野菜の串焼きを食し、食後に町を散策。時刻は午後八時、そろそろ山に夕映えが輝きはじめました。クリッペンシュタインも薔薇色に染まっています。狭い路地をぶらぶら歩いていると、二匹の猫と出会えました。それにしてもこの町は猫が多いですね、江の島と双璧かもしれない。小首をかしげる三角形の後姿があまりに愛らしいので、写真におさめました。
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 マルクト広場で地ビールを購入し、部屋にもどってベランダでぐびりと飲んでいると、おお、屋根づたいにあの白猫が悠然とやってくるではありませんか。そして手すりへと飛び移り、にゃあと一声。ういやつじゃ、お別れを言いにきてくれたのか。これで心おきなくハルシュタットを去ることができます。Auf Wiedersehen,Hallstatt.
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-25 06:37 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(58):ツヴィーゼルアルム(13.8)

 ああ面白かった。ロープウェイ駅へと戻り、二本乗り継いで下山すると、山麓駅に長蛇の行列ができているのが視認できました。やっぱり朝早く来てよかったでしょ、でしょ、でしょ、と平野レミのようにどや顔でまくしたてる私、めんどくさそうに「はいはい」と相槌を打つ山ノ神。
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 カフェで珈琲をいただきながらバスを待っていると、パラグライダーを持ったお客を満載したバンがやってきました。業者がホテルから送迎してくれるのかもしれませんね。到着したバスに乗り込み、ハルシュタットを通過してHallstatt-Gosau-muhleへと向かいます。
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 道端には、長蛇の縦列駐車。やっぱり朝早く来てよかったでしょ、でしょ、でしょ(以下略)。途中に、パラグライダーの着地地点がありました。
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 美しい湖を眺めているとバスはHallstatt-Lahnを通過、あいもかわらずたくさんの観光客で芋を洗うようです。
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 そしてHallstatt-Gosau-muhleで下車、乗り換えのバスを待つ間、湖畔を散策。水遊びに昼寝、日光浴、みなさん、思い思いにバカンスを楽しんでおられました。そしてゴーザウ湖に向かうバスが到着、えっ、一昨日出合ったあの運転手さんだ。そう、ガソリンスタンドでバスを停め、「二分待って」と言って自分で給油し、珍しいのでガラス越しに写真を撮ると、こちらを見て、ジャン・ギャバンのような凄みのある微笑みを返してくれたあのお方です。はいほー。
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 長閑な風景を楽しんでいると、やがて前方に魁偉な山塊が見えてきました。そして三十分ほどで終点「Gosausee」に到着。
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 まずは停留所のすぐ近くにあるゴーザウカムバーン(Gosaukammbahn)というロープウェイに乗ってツヴィーゼルアルム(Zwieselalm)の眺望を楽しみにまいりましょう。なお♪大きな荷物を肩にかけ♪た大黒さまを数人見かけましたが、この山でもパラグライダーを楽しめるのですね。往復切符を買って乗り込み出発、ぐんぐんとのぼっていくと、やがて円らな瞳のように美しいゴーザウ湖と、氷河をいただく山々が見えてきました。
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 山頂駅でおり、近くにある展望所から雄大な風景を撮影。ここもたくさんのハイキング・コースが整備されていますが、帰りのバスが心配なので山頂駅の周辺をすこし散歩して、ゴーザウ湖に下りることにしました。なだらかな緑の斜面で草を食む牛たち、屹立する岩山、山なみの中に点在する街並み、素敵な光景を愛でながらしばし漫歩を楽しみました。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-24 09:41 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(57):クリッペンシュタイン(13.8)

 第一区間、第二区間と乗り継ぐにつれ、どんどんと高度が上がり、やがてハルシュタット湖や遥かなる山なみを見渡せるようになってきます。
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 なお第三区間まであるのですが、ガイドブックによると、展望を楽しむのなら第二区間までで充分とのこと。写真のとおり、第三区間はほぼ並行移動なので納得。ここで降りて付近を散策することにしました。ロープウェイ駅の近くにはまだ雪が解けずに残っており、子どもたちの恰好の遊び場となっています。花の咲き誇る季節はもう過ぎているのですが、目敏い山ノ神が可憐な花を見つけました。写真を撮っていると、大黒様のように大きな荷物を担いだ二人の若者が、すたすたと歩き去っていきます。山ノ神と顔を見合わせて首肯、これはパラグライダーの離陸ポイントがすぐ近くにあるに違いない。パラグライダーが大空へと飛び立つところを一度見たいと思っていたのですが、その念願が叶いそう。やりい。
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 二人の後をついていくと、おおっ、やがて視界が開け、ハルシュタットの街並みと湖、そして連山を一望できる場所に出ました。その緩やかな斜面に、パラグライダーを広げて待機するたくさんの方々がいらっしゃいます。ここが離陸ポイントなのですね。それでは芝生に腰をおろし、じっくりと堪能させていただきましょう。
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 とは言っても、思ったより簡単に飛び立つのですね。パラグライダーを持ち上げて風をはらませ、風上に向かってたったったっと走ると、ふわっと舞い上がり、すーっと大空へと滑走していきます。思わず♪You've blown it all sky high♪と唄いたくなるような爽快な光景。中には上手くゆかずに、へたってしまう方もおられましたが。よく見ると、管制官らしき人がいて、離陸する順番などをきちんと指示しているようです。次々と、ハルシュタット湖へ向けて吸いこまれるように飛び立っていくパラグライダー、ふん、羨ましくなんか…あるぞ。♪ああー果てしない夢を追い続け、ああーいつの日か大空かけめぐる♪とシャウトしながら、棚ぼたのようにその日が来ることを期待しないこともない小心者の二人でした。なお近くには展望台もあるので、ここから眺めるのも一興です。
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 そして十分ほど歩くと、ファイブ・フィンガーズ(Five Fingers)という展望台に着きました。まるでフリッツ・フォン・エリックのアイアン・クローのように(ほんっとに古いなあ)、指のように細長い鋼鉄製の展望台が五本、中空に突き出ています。足もとも金網なので、下界が透けて見えるというなかなかスリリングな物件。しかし高所フェチの山ノ神は平気の平左、常日頃その薫陶を受けている小生もNo problem。先端まで行って、絶景を満喫しました。なおその一つには額縁が設置されており、ちょっとスペースが狭いのですが、むりやり体をねじ込んで記念写真を撮影することができます。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-23 09:33 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(56):クリッペンシュタインへ(13.8)

 朝目覚めてベランダへ出ると、青い空とお日様がお出迎え。どうやら今日もいいお天気のようです。それでは予定通り、クリッペンシュタインとゴーザウ湖を訪れることにしましょう。あまりの気持の良さに、朝の散歩に行かない?と山ノ神を誘うと、「いい、寝てる」とベッドの中からご神託。うちの神様は低血圧なのです。しょうがない、神のいぬ間の洗濯、ぷらぷらと街歩きをし、あの絶景ポイントへ行ってみました。好天に誘われたのでしょう、数人の観光客がカメラを構えて写真を撮っています。それでは私も、ばしゃ。今朝も微風が吹き湖面が波立っているのが残念ですが、湖と山々と街並みが織りなす絶景、何度来ても見飽きません。
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 そしてホテルへ戻って山ノ神と朝食をいただきました。珈琲を飲みながら、今日の行程について彼女にレクチャー。まずはバスに十数分乗ってロープウェイ駅へ、二本乗り継いでクリッペンシュタインへと登ります。人気スポット故、おそらく大混雑でしょう。できるだけ早い時刻に出発した方がいいと思います。ファイブ・フィンガーズ(Five Fingers)という展望台から、ハルシュタット湖と街並みを眺望。そしてロープウェイで降りて、バスを乗り継いでゴーザウ湖へ。ゴーザウカムバーン(Gosaukammbahn)というロープウェイに乗ってツヴィーゼルアルム(Zwieselalm)の眺望を楽しんだ後、周囲約5kmの湖を散策するという旅程です。いかが。あっ聞いていない。
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 というわけで彼女をせかして早目の出発、午前九時前には、町のはずれにある停留所「Hallstatt-Lahn」に着きました。そしてやってきたバスに乗り込み、ロープウェイ駅へと向かいます。車窓から、移り変わる風景や、踏切を駆け抜ける列車を撮影していると、十数分ほどでダッハシュタイン・ヴェルトエアベ・ザイルバーン(Dachstein Weltwerbe Seilbahn)の山麓駅に着きました。
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 おおやはり予想通り、すでに順番待ちの行列ができていました。しかし幸いなるかな、十五分後のロープウェイには乗れそうです。ディスプレイを見ると、これから向かう展望台「ファイブ・フィンガーズ」が映っていました。これは楽しみですね。ん? 周囲を見回すと、♪大きな荷物を肩にかけ♪た方々が見受けられます。これはもしかしたら…パラグライダー? 運が良ければ、その飛び立つ場面を見られるかもしれません。これも楽しみ。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-22 06:37 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(55):ハルシュタット(13.8)

 さて、せっかくバート・イシュルを再訪したのですから、カフェ・ツァウナー(Cafe Zauner)に寄って、例のわりと安くて美味しいチョコレートを買いましょう。歩行者天国のプファーガッセ(Pfarrgasse)を歩いてお店に入り購入、そして近くにあった簡易食堂でケバブをいただきました。
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 現時刻は午後六時過ぎ、もうハルシュタットへ行くバスはないので、列車で戻るしかありません。駅に戻って列車に乗り、車窓から長閑な風景を愛でていると、可愛い羊の群れを見かけました。
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 そしてハルシュタット駅に到着、渡し船で湖を渡って船着場に着くと小腹がへってきました。くぅー 渡りに舟、眼前のスタンドでフランクフルトとフリッツと珈琲をいただきました。
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 なおどことなく町全体が賑やかなのですが、聖母昇天祭のお祭り騒ぎのためですね。部屋に戻り、山々の美しい夕映えを堪能しながら、ビールを飲みました。さあ明日はクリッペンシュタイン(Krippenstein)とゴーザウ湖(Gosausee)です。なおあの白猫は今晩も来ませんでした。幻影だったのかなあ。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-21 06:33 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(54):バート・イシュル(13.8)

 車窓から風景を楽しみながら写真を撮っていると、バスはバート・イシュル駅前に到着。ん? 駅のホームには蒸気機関車が停車しています。そしてどこからともなく現れたのは、ハプスブルク時代の貴族や軍事の衣装を着た方々。あの白いドレスを着た女性は、エリーザベトでしょうか。興奮した山ノ神は満面の笑みで写真を撮りまくり、せっかくなのでご一行と一緒に撮ってあげました。そして客車の中へどんどん乗り込んでいきます。今日は聖母昇天祭なので、そのお祭りに関係したイベントなのでしょうか。詳細は不明です。
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 ふと気になったのは、オーストリアの方々がハプスブルク帝国に対する思慕を強く持っているのを、随所で感じることです。このイベントもそうですし、お土産屋さんでも、エリーザベトやフランツ・ヨーゼフ関連のグッズをよく見かけます。実は、事前に読んだ『観光コースでないウィーン』(松岡由季 高文研)に、たいへん興味深い指摘がありました。以下、引用します。
 もう一つ、オーストリアが第二次世界大戦の記憶を閉じこめた原因として、歴史の暗い部分を見たくなかったという点があります。ハプスブルク帝国のノスタルジックな思い出を強調しているのはこのためです。第二次世界大戦後、ハプスブルク帝国時代は、暗いナチス時代の対極として美化されました。しかし、実際の民衆の生活は、私たちがシェーンブルン宮殿で見るような華やかなものではありませんでした。オーストリアの週刊誌『フォーマット』に取り上げられた、ハプスブルク帝国の暗い部分を暴露する本には次のように書かれています。
 「ハプスブルク帝国時代は領土拡大に攻撃的な時代であった。意味のない戦争を繰り返し、宗教に狂信的で、経済的には壊滅し、全体主義に支配されていた。実際、600年間の帝国の時代に150年間も戦争をし、貧しい民衆は動物のように扱われて、草まで食べていたといわれている」
 しかし、そうした点には目をつぶり、帝国時代の華やかなイメージのみが戦後はあえて強調されることになりました。オーストリアにとって、第一次世界大戦での敗北とそれに引き続く混乱期、そして再び敗れた第二次世界大戦の記憶は、愉快なものではなかったはずです。ハプスブルク帝国の華やかなイメージを思い出すことで、自分と国を癒していたのではないでしょうか。(p.154~5)
 なるほどねえ、日本で言えば、戦争に明け暮れた昭和期は逸脱に過ぎないとするため、必要以上に明治期を美化する「坂の上の雲」史観がそれに該当するのでしょう。でも歴史の暗部から目を逸らして逃避すると、また同じことを繰り返すのにね。元ドイツ大統領のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー氏曰く、"過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです"。余談ですが、『世界の歴史 冷戦と経済繁栄』(中央公論新社)に、「この政権は、首相のコール、外相のゲンシャー、大統領のヴァイツゼッカーの組み合わせで運営されていったことである。コールは(※キリスト教民主同盟の)党内掌握と内政を、…ゲンシャーが外交を、そしてヴァイツゼッカーが知的な問題を扱っていた」(p.396)という記述があります。やれやれ、溜息も出ません。知的な問題を扱う気もさらさらなく、そういった人材も皆無で、ひたすら歴史の暗部から目を逸らす御仁たちが集う安倍伍長政権と、それを支持する国民の方々。やれやれ…

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-20 07:19 | 海外 | Comments(0)

オーストリア編(53):ザンクト・ギルゲン(13.8)

 まずは十分ほど歩いて、ザンクト・ヴォルフガング(St.Wolfgang)の町を散策。花々で飾られた瀟洒な建物が櫛比する、小さいけれど綺麗な町でした。ホテル・イム・ヴァイセン・レッスルは、ベナツキーのオペレッタ『白馬亭にて』の舞台となったそうです。寡聞にして、この作曲家もオペレッタも初耳でした。そして船着場からヴォルフガング湖の遊覧船に乗って、ザンクト・ギルゲンへと向かいます。なおやってきた船はフランツ・ヨーゼフ1世号というクラシックな外輪船なので、1ユーロの追加料金をとられました。ああ悔しいと地団太を踏む山ノ神。
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 さあ出航です。デッキのベンチに座って、山と湖とザンクト・ヴォルフガングの街並みがおりなすフォトジェニックな風景を堪能。ザンクト・ヴォルフガング教区教会の白い鐘楼がいいアクセントになっています。湖上は水遊びを楽しむ方々で賑わっており、ディンギー(でいいのかな)やカヌーをかき分けかき分け、船は進んでいきました。♪渚を滑るディンギーで手を振る君の小指から、流れ出す虹の幻で空を染めてくれ♪と唄ったかどうかの記憶は定かではありませんが、いま歌詞を調べるために検索をしていたところ、大瀧詠一氏の訃報をはじめて知りました。2013年12月30日に不慮に亡くなられていたのですね。合掌。『ロンバケ』を、LPの溝が擦り切れるくらい聴いた甘酸っぱい思い出が蘇ってきました。
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 それはさておき、45分ほどで遊覧船は終着のザンクト・ギルゲンに接岸。ここはモーツァルトに所縁が深い町で、母アンナの生家がモーツァルトハウス(Mozarthaus)として公開されています。姉のナンネルもここザンクト・ギルゲンに嫁いだそうですね。市庁舎広場には、モーツァルトの泉(Mozartbrunnen)があり、幼い彼がバイオリンを弾いている像がありました。なお1522mの展望台がある十二使徒山、ツヴェルファーホルン(Zwolferhorn)へのぼるロープウェーもあるそうですが、時間の関係でカット。
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 再び船に乗って、船着場「Schafbergbahn」で下船。黒猫の写真を撮っていると、バート・イシュル行きのバスがやってきました。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-19 06:34 | 海外 | Comments(0)