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北海道編(51):ばんえい十勝(13.9)

 はい、私も反対です。日本経済のすべてをグローバル巨大資本の市場に差し出し、国内における国際競争力の弱い産業を切り捨てる、悪魔の所業です。この問題については、アメリカ側と日本側、双方から考えることが必要ですね。引用ばかりで申し訳ないのですが、まずはアメリカ側についての考察です。『永続敗戦論』(白井聡 太田出版)から紹介します。
 ひとつには、TPP問題に代表される経済戦争の新形態の展開である。1970年代から衰退を露呈し始めた米国経済は、新自由主義と経済システム全体の金融バブル経済化、そして旧共産主義圏の市場のこじ開け・統合によって延命を図ってきた。しかし、こうした努力も利潤率の傾向的低下、経済成長の鈍化を食い止めることはできず、限界に逢着したことを示すのが、2008年のリーマン・ショックであった。米国のTPP戦略は、この窮状からの脱出を目指す戦略のひとつである。多数の識者が指摘するように、保険・医療・金融・農業といった諸分野における米国主導のルール設定と日本市場の獲得という、米国による露骨な帝国主義的策動がTPPの枠組みに含まれている恐れは十分に存在する。…低成長を運命づけられている新自由主義体制のなかでは、ゼロサム・ゲームを前提としたパイの奪い合い(その手段には物理的暴力の行使も含まれる)が起こるほかない。そこにおいては、「身内」(=同盟諸国の住民)からも奪うという行為も当然選択肢のなかに含まれてくる。まして、冷戦崩壊以降、米国にとっての日本は無条件的な同盟者ではあり得ない。(p.130~1)
 次に日本側についての考察を、『ナショナリズム論・入門』(大澤真幸・姜 尚中[編] 有斐閣アルマ)所収の「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」(鵜飼哲)から引用します。
 現在の新自由主義的な資本主義は、国内産業・国内市場・義務兵役の確立を目的とした国民国家形成期の産業資本主義とは異なり、各人が資本家になること、貨幣資本を所有していない者は唯一の所有物、つまり自分自身を、自分の体と心を「資本」にし、責任をもって自己管理することを求める。いわゆる「自己責任」に対するこの要求が貫徹されるなら、「国民としての最低限の生活の保証」というこれまでの福祉国家の前提は崩れ去る。資本の要求に従順な国家はそのとき「パラサイト国民」と見なされた人々の切り捨てにかかる。「甘え」を許さないあのガイドの厳格さが、今ではリストラが進むあらゆる職場で求められ、「期待される日本人」像の不可欠の要素になっている。しかし、そのときナショナリズムは、固有の歴史との絆を決定的に喪失する。(p.346)
 もう一つは、『街場の憂国論』(内田樹 晶文社)からの引用です。
 もう「全員がこの四つの島で生涯を過ごす」ことは統治者にとって、政策決定上の本質的な条件ではなくなった。だから今、「この四つの島から出られない機動性の低い弱い日本人」を扶養したり、保護したりすることは「日本列島でないところでも生きていける強い日本人」にとってもはや義務としては観念されていない。むしろ、「弱い日本人」は「強い日本人」がさらに自由かつ効率的に活動できるように支援すべきだとされる。
 国民的資源は「強い日本人」に集中しなければならない。彼らが国際競争に勝ち残りさえすれば、そこからの「トリクルダウン」の余沢が「弱い日本人」にも多少は分配されるかも知れないのだから。
 「弱い日本人」は「強い日本人」に奉仕しなければならない。人権の尊重を求めず、「パイ」の分配に口出しせず、医療や教育の経費は自己負担し、社会福祉には頼らず、劣悪な労働条件に耐え、上位者の頤使に黙って従い、一旦緩急あれば義勇公に報じることを厭わないような人間になることが「弱い日本人」には求められている。そのようなものとして「強い日本人」に仕えることが。
 これが安倍自民党が改憲によって日本人に飲み込ませようとしている「新しいルール」である。改憲の趣旨は、一言で言えば、「強い日本人にフリーハンドを与えよ」ということである。
 自民党の改憲案を「復古」とみなす護憲派の人たちがいるが、それは違うと思う。この改憲案はやはり「新しい」のである。
 国政の「採算不芳部門」である医療、教育、保険、福祉などをばっさり切り捨ててスリム化し、国全体を「機動化」することをねらっているからである。それは国民の政治的統合とか、国富の増大とか、国民文化の洗練とかいう、聞き飽きた種類の惰性的な国家目標をもはや掲げていない。改憲の目標は「強い日本人」たちのそのつどの要請に従って即時に自在に改変できるような「可塑的で流動的な国家システム」の構築である(変幻自在な国家システムについて言うには「構築」という語は不適当だが)。
 国家システムを「基礎づける」とか「うち固める」とかをめざした政治運動はこれまでも左右を問わず存在したが、国家システムを「機動化する」、「ゲル化する」、「不定形化する」ことによって、個別グローバル企業のそのつどの利益追求に迅速に対応できる「国づくり」(というよりはむしろ「国こわし」)をめざした政治運動はたぶん政治史上はじめて出現したものである。安倍自民党の改憲案の起草者たちは、彼らは実は政治史上画期的な文言を書き連ねていたことに気づいていない。(p.38~9)
 問題なのは、こうした「国こわし」を進める安倍伍長がなぜ、絶大とまでは言いませんが、ある程度支持されているという現状です。仮説ですが、その背景には3タイプの方々がいると考えます。まず積極的に支持する人たち。これは自分が「強い日本人」に属する、あるいはそう信じる人たち。二つ目は、「弱い日本人」ですが、TPPが何となく自分たちの利益になると勘違いされている人たち。三つ目は、この件に関しては無知・無関心で、伍長が唱える"景気回復"というマントラに何となく呪縛されている人たち。やれやれ、"汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現われべし"(漱石ロンドン留学日記)なのにね。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-30 06:33 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(50):ばんえい十勝(13.9)

 それでは帯広駅へと戻りましょう。馬券売り場のところには「本日の協賛レース」という掲示板があり、「5R 真樹ちゃん繁ちゃん ありがとう」「7R 河辺永佳 勤続20年慰労記念」といったローカリティあふれる名称が記されていました。今、インターネットで調べてみると、1口1万円の協賛金を出すと、自分の好きな名称をつけて冠レースにできるそうです。その7割を優勝馬の馬主・調教師・騎手・厩務員の全員またはいずれかに授与、3割をばんえい競馬振興運営費に充てるとのこと。そして協賛者の次の特典が…
*当日の出走表に冠レース名が掲載されます。
*勝馬投票券に冠レース名が掲載されます。
*表彰式へプレゼンターとして参加できます。
*予想新聞他新聞の掲載面にレース名がでます。(都合により掲載できない場合があります。)
*優勝馬・協賛金授与者と記念撮影ができます。 (カメラをご持参下さい。)
(レース後、優勝馬が興奮して危険と判断した場合は、受賞者との記念撮影となります。)
*競馬場・各場外発売所及びCSテレビ・ケーブルテレビなどで競走名を紹介します。
*騎手に授与された場合、騎手からサイン入り色紙をプレゼントいたします。
*当日ご来場できない方には、ご希望により当日の出走表及び記念撮影写真を送付いたします。
*スタンド3階プレミアムラウンジに優先予約を受付いたします。(申込日から協賛前日まで)(有料1人1日1,000円)
 これは面白い。私も協賛してみようかな、「3R 山ノ神・宿六記念」なんてね。

 その近くには、"TPP(環太平洋連携協定)は、十勝の農業・経済・社会を崩壊に導きます!"というTPP反対のポスターが貼ってありました。後学のために転記しておきましょう。
TPPで農畜産物の関税が撤廃された場合…
小麦、砂糖、肉牛、乳製品等、品質的に海外と差が少ないものは、価格面で太刀打ちできず輸入品に置き換えられます
食料を海外に全面的に依存することにより日本国内における食料供給が不安定になります 併せて、消費者の皆さんが望む「食の安全・安心」の確保も難しくなります
十勝の農業生産のみならず、農業関連産業(食品加工・生産資材・運輸等)、地域経済・地域社会が崩壊します
また、TPPでは、農業の他、人の移動、自動車や医薬品の規格、金融、保険、環境、投資等幅広い分野での規制撤廃も議論されますが、日本にどのような影響をもたらすかは不透明です

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-29 08:26 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(49):ばんえい十勝(13.9)

 ああ面白かった。家訓と個人的信条によって賭け事はしないことにしているので馬券は買いませんでしたが、十二分に楽しめました。公式サイトが謳っている「華麗さは期待しないでください。ダイナミックな感動を期待してください」という宣伝文句は伊達ではありません。まだバスの発車時刻まで時間もあるのでもう一レース見ることにしましょう。その前にパドックに行って次の出走馬を近くから拝見しました。いやあ、サラブレットの倍ぐらいある大きな馬体の逞しさには驚愕。太い足、でかい尻、まるでブ――――――――です。♪わあらにまみれてよお♪とコブシをまわして唄いたくなりました。
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 なお勝ち馬を見分けるポイントは、元気がいいか、頭をグンと上げているか、落ち着きがあるか、歩き方、腰・尻、股・間接・筋腱の充実度、目の輝き、毛の艶、蹄み込みの良さとバランス、全体のコンビネーションはどうか、だそうです。素人にはまったくわかりませんでしたが。またパドックでは、騎手が乗鞍を付けずに騎乗するので、騎手と馬の呼吸がピッタリ合っているかも分かり、これも大事なチェックポイントだそうです。素人には全然わかりませんでしたが。
 さあそろそろ出走です。このレースはスタンド最上階から鳥瞰することにしましょう。どどどどどどどど(以下略)。いやあスタンドから見ても迫力満点でした。ああ楽しかった。
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 しかし馬たちの苦労も並大抵ではないようです。公式サイトによると、ばんえい競走馬になるには、能力検査と呼ばれる試験に合格しなければなりません。"この検査は約1200頭の登録馬から220~230頭が合格できる狭き門で、不合格馬は故郷に帰るか、グルメファンの欲求を満たす食材として全国に配送されます"という苛酷な解説がありました。ばんえい競争馬の馬刺しを欲するグルメがいるとは知りませんでしたが。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-28 06:39 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(48):ばんえい十勝(13.9)

 それでは「ばんえい競馬」へと向かいましょう。雪深さを感じさせる竪型の信号や、洋酒+カクテルの「黒んぼ」(おいおいいいのか)を撮影しながら三十分強ペダルをこぐと競馬場に到着です。
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 まずは「ばんえい十勝」のサイトを参考に、ばんえい競馬を紹介します。「ばんえい競馬」は最高1トンの重量物をのせた鉄ソリを馬に曳かせ、全長200m、途中に2ヵ所障害(坂)のある直線コースで競うレースです。よく知られている平地競馬とは違い、スピードだけではなく、馬の重いものを引っぱる力と持久力そして騎手のテクニックの勝負です。このレースは北海道開拓に活躍した農耕馬で農民たちがお祭り競馬として楽しんでいたものがシステム化され現在の形に発展したもので、すでに35年以上の歴史をもち、北海道が育てた世界でたったひとつの「ひき馬」競馬として内外の注目を集めています。おしまい。
 百聞は一見に如かず、入場することにしましょう。入口の前にあるのが「とかちむら」、産直市場や、ビストロ・豚丼・カレーなどのお食事処が軒を並べています。
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 入場料100円を払って中へ入ると、眼を血走らせた酒臭い男たちが競馬新聞を片手に色鉛筆を耳にはさんで悪鬼の如く咆哮し幽鬼の如く彷徨い歩く…といった雰囲気はまったくありません、いやほんと。家族連れ、子供連れ、カップルの姿も目立つ、和やかで健全な雰囲気でした。なお電光掲示板に「馬場水分 1.9%」と表示してありましたが、水分が多いとソリの滑りが良くタイムが早くなるとのことです。奥が深い。
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 それでは外へ出てコースの方へ行ってみましょう。障害となる坂を整備する係の方、ソリのチェックに余念がない騎手、スタンドやコースの様子を撮影。
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 おっレースが始まるというアナウンスがありました。まずは至近距離で見学いたしましょう。幸い、最大の山場である第2障害の前の人だかりに隙間がありました。わりーね、わりーね、ワリーネ・ディートリッヒと隙間にもぐりこんでカメラを身構え、スタートを待ちます。がばっ。スターティング・ゲートが開き、騎手を乗せた鉄ソリを、八頭の馬が土煙をたてながら勢いよく挽いていきます。どどどどどどどど。高さ約1mの第1障害はその勢いで一斉に乗り越えていきます。どどどどどどどど。ん? 高さ約 1.6mの第2障害の前で、各馬が一旦停止しました。かなりハードな障害なのですね、騎手は馬の呼吸と他馬の動きを見ながら、仕掛けのタイミングを図っているようです。おっ一頭が仕掛けた、しかし登りきれない、次の馬が一気に抜き去った。脈打つ筋肉、迸る汗、あがる息、叱咤する騎手、気がついたら歯を噛みしめ拳を握りしめていました。ぎりぎり。ぎゅー。第2障害を駆け下りれば後は直線、どどどどどどどど、と砂塵を巻き上げながら馬たちがゴールを駆け抜けていきます。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-27 06:33 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(47):真鍋庭園(13.9)

 次は廃業した銭湯の桜湯。1932(昭和7)年に建てられたとのことですが、ファサードを飾る半円形の意匠が素敵ですね。マルセイバターサンドの六花亭は、重厚なレンガ造り。
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 旧宮本富次郎商店は、1919(大正8)年竣工の赤レンガ建築。レンガの赤と石の白い帯がよくマッチしています。蕎麦の「小川」は美味しいとの情報を入手しましたが、豚丼を食べたのでパス。再訪を期しましょう。
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 「北のレンガ」は、築およそ90年の果物倉庫を利用したギャラリーだそうです。吉川商店はなんと「馬具商」、さすがは帯広です。
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 ここから三十分弱ペダルをこぐと真鍋庭園に到着です。樹木の輸入・生産・販売をしている農業者「真鍋庭園苗畑」が運営している回遊式のコニファーガーデンで、世界中から収集した数千品種の植物が出迎えてくれました。コニファーガーデンとは何ぞや? 調べてみると、コニファーとは色彩の豊かな針葉樹の総称だそうです。24,000坪の広大な土地に、日本庭園・西洋風庭園・風景式庭園などさまざまなタイプの庭があり、歩くごとに千変万化する景観や多彩な植物を愛でながら楽しいひと時を過ごせました。幸い青い空に白い雲が浮かび絶好の写真日和、池や流れも多く水面に映る緑も恰好の被写体です。ん? 「ノルウェーカエデ クリムソン・キング(Crimson King)」だとお! 私の好きなロック・バンドの名前ではないですか。「クリムゾン・キングの宮殿」「ポセイドンのめざめ」、ああ懐かしい。思わずラックからCDを取り出して、「21世紀のスキッツォイド・マン」(レコード制作基準倫理委員会基準により改名)を聴いてしまいました。もしかすると、イアン・マクドナルドの生家にこのカエデが生えていたのかな。
 出口近くのカフェテラスで珈琲を飲んでいると、松の幹にへばりついている小動物が目に入りました。エゾリスだ… 人に慣れているのか逃げもせず、写真に撮ることができました。これでクマ、シカ、リスをすべて撮影することができました。御慶。
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 なお「北海道ガーデン街道」というものがあって、ここ真鍋庭園はその一つだそうです。以下、サイトから転記します。
 北海道の代表的な美しい8つのガーデンが集中している、大雪~富良野~十勝を結ぶ全長約250kmの街道です。いずれのガーデンも北海道ならではの気候や景観を生かして個性にあふれ、力に溢れた庭づくり・景観を展開する現代の日本を代表する観光庭園です。
 日本のコッツウォルズ(イギリスのガーデンエリア)やロマンティック街道(ドイツ・観光街道の一つ)と呼ぶに相応しく、日本の新たな庭園文化を築くものです。また、自然の風景や山並みとともにアクティビティーを楽しめ、豊かな食も堪能できる観光ルートです。
 うーん、残り七つの庭園を訪れていないので断言はできませんが、"日本のコッツウォルズ"と呼ぶのはちょっと傲岸ではないかな。バートン・オン・ザ・ウォーター付近のフットパスを散策したことがありますが、その緑にあふれる丘陵や牧場の美しい景観には及びもつかないかと思います。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-26 08:11 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(46):帯広(13.9)

 それでは帯広レトロ物件めぐりを始めましょう。そうそう、先日読み終えた厠上本、『ニコライの日記 ロシア人宣教師が生きた明治日本』(岩波文庫)の中に、次のような一節がありました。
 きょう届いた手紙の一通は、北海道のロマン福井(寧)神父からのもので、こう書いている。「帯広は新しい入植地であるため教会として使うのに適した建物を借りるのはきわめて困難です。それで、信者たちは教会堂を建てることに決めました」 (下p.282 1908.5.5)
 帯広は新しい入植地なのですね。気になったのでウィキペディアで調べてみました。それによると、帯広の街は、官主導の屯田兵や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の依田勉三率いる晩成社一行が1883 (明治16)年5月に入植したのが開拓の始まりです。その後の開墾は冷害や虫害など苦難の連続でしたが、1895(明治28)年に北海道釧路集治監十勝分監が開設されると、受刑者によって大通が整備されていき、市街地が形成されていったとのこと。ここでも囚人労働が関わっていたのか。
 まずは十勝信用組合本店へ。立ち並ぶ列柱が印象的ですが、1933(昭和8)年に当時の安田銀行が建築したものだそうです。その先にあるのが噂の双葉幼稚園、赤いドーム屋根が愛らしい物件です。『建築探偵 東奔西走』(藤森照信 朝日新聞社)から引用しましょう。
 赤い大きなドーム屋根、その上にチョコンとのる尖塔、三角の突き上げ窓、どれもシロウトっぽいデザインだが、逆にそこがおとぎの国を思わせて楽しい。
 しかし、僕が本当に驚いたのは、そういう見た目のデザインではなくて、全体の構成だった。中央に大きなドームをかけてその下に遊戯室を置き、遊戯室の周りを教室とし、平面全体を正方形とする。
 出たり入ったり複雑になりがちな園舎建築としてはあまりに単純だから、コレハナニカアルと直感し、図面を見せていただいてピンと来た。ドームの下の遊戯室の空間がちゃんと球形に納まっている。
 つまり、この園舎は、球と立方体の組み合わせから出来ているのだ。
 球+立方体=幼稚園
 こんな素朴というか観念的な構成原理の建物はこれまで見たことがない。いったい誰が考えて設計したんだろう。
 この点を園長の臼田時子さんに聞いてみた。
「母の梅が大正十一年にやったんです。この園舎を作るために、仙台のキリスト教系の保母養成学校に行って一年間勉強してますが、その時、例のフレーベルの幼稚園思想に触れて感動し、その考え方を実現しようとしたそうです」
 フレーベルと聞いて、僕のデザイン知識はピクンとした。彼の幼稚園思想の面白さはえらく即物的だったことで、
「宇宙万物は神の知性により基本的な形に作られている」
 と考えていた。そして、その基本的な形からなる遊び道具を作り、それを神から与えられた〈恩物〉と名付けて子供たちに使わせた。
 僕は、フレーベルについてこのていどの知識はもっていたが、しかし恩物なる遊具がどんなシロモノかお目にかかったことはない。
 ところがさいわい、臼田園長によると、「母の梅が仙台から持ち帰った恩物が残っています」とのこと。
 お願いすると、奥の方から小さな木箱を持ってきて開けてくれた。
 するとそこには、子供の手のひらにちょうど入るくらいの
〈球〉と〈立方体〉
 があった。(p.188)
 門扉が閉まっているので、周囲をうろうろし何枚か写真を撮りました。へえ、リスも飛び出すのか。エゾシカとヒグマには出会えたので、エゾリスにもぜひ遭遇したいものです。(伏線)
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-25 07:17 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(45):帯広(13.9)

 同じルートをたどって釧路湿原駅へと戻り、7:37発の列車に乗って釧路駅に到着したのが7:56。ホテルに戻って急いで朝食会場へ行き、ザンダレ(甘酢をからめたザンギ)とご飯をいただき、部屋から荷物を持ってチェックアウト。再び釧路駅へ行き、8:39発のおおぞら6号に飛び乗りました。車窓を流れゆく北海道の広大な大地を眺めながら、帯広観光の計画を思案。
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 とりあえず観光案内所で資料をもらい、レンタ・サイクルの有無を確認。真鍋庭園とばんえい競馬は拝見するとして、残り時間をどうするかは「ばんちょう」で豚丼をいただきながら、資料を見て検討。今夜の宿は糠平温泉、帯広駅前17:00発のバスに遅れないようにしましょう。
 10:04に帯広駅に到着。駅ビル内にある観光案内所で観光地図をいただき、ふと壁面を見ると「とかち牛じゃん麺」というポスターがありました。なになに、"牛挽き肉を使用したピリ辛の餡を、ゴマ油を絡めた茹でたての麺の上にかけて、絡めながら食べる新感覚のラーメン"とな。これは美味しそうですね、明日再び帯広に戻る予定なので、その時にいただくことにしましょう。なおレンタ・サイクルがあることが判明、これは助かりました。
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 トイレを拝借すると、外国人向けに和式便器使用法の懇切丁寧な解説があり、ちょっと珍しいので撮影しておきました。ふーん、金隠しに"Do not sit"か。駐輪場に行くと、猿のガードレール・アニマルを発見。これも初見の物件ですね。
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 自転車を借り受け、まずは豚丼をいただくべく、駅前にある「ばんちょう」へ。うぉっと、店先には長蛇の列ができています。いたしかたない、駅ビル内にあった「ぶたはげ」で豚丼を食しました。甘辛いタレで味付けた豚肉を、ご飯の上に乗せた帯広発祥のB級グルメ、美味しうございました。
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 さて、豚丼を食べながら観光地図を見ていると、レトロな物件が記載されています。時間も自転車もあることだし、これらを見物した後で、真鍋庭園とばんえい競馬に行くことにしましょう。ん? 双葉幼稚園… どこかで聞いたことがあるぞ。ああそうだ、藤森照信氏が『建築探偵 東奔西走』で紹介されていたユニークな幼稚園だ。これはぜひ訪れなければ。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-24 06:29 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(44):釧路湿原(13.9)

 午前五時半、頼んでおいたモーニング・コールで叩き起こされました。そう、いよいよ「海辺のエピメテウス作戦」(でしたっけ?)の決行です。素早く歯を磨き顔を洗い着替えて釧路駅へ直行。ホームへのエスカレーター降り場付近がガラス張り温室のようになっており、厳しい冬の寒さが想像できます。そして釧路駅6:06発の釧網本線の列車に飛び乗って、6:24に釧路湿原駅に着きました。
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 ログハウス風の無人駅には、細岡展望台までの略図が掲示されています。えーとなになに、駅から急な階段もある道を220m歩くと細岡ビジターズラウンジ、遊歩道を220m歩くと展望広場、そしてそこから130m歩くと細岡展望台「大観望」だそうです。7:37発釧路行きの列車に間に合いそうですね、よろしい行ってみましょう。森閑とした木々のなかにぽつねんと佇む駅舎を出ると、水色の可憐な花が咲き乱れていました。何という花なのでしょう。
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 木製の階段をのぼろうとすると、前方の木の幹に小さな動物がいました。エゾリスだっ! あわててカメラを構えるとするするっと視界から消えてしまいました。残念。
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 そして細岡ビジターズラウンジらしき建物が見えてきました。さらに歩いていくと展望広場に到着。ここからも釧路湿原を眺望できますが、手前の木々が視界を遮ります。
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 さらに歩いていくと細岡展望台に着きました。
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 おお素晴らしい。胸のすくような広大な湿原、それを覆う緑はさまざまなグラデーションをなしています。悠々と流れる釧路川、はるか彼方には、湿原を見守るように屹立する雄阿寒岳・雌阿寒岳。これは来た甲斐があったというもの。しばし壮大な景観に見惚れた後、写真を撮りまくり、紫煙をくゆらしました。
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 釧路湿原国立公園連絡協議会のサイトによると、東西最大幅25km、南北36km、面積22,070haの日本最大の湿原で、タンチョウ、キタサンショウウオ、エゾカオジロトンボなど貴重な動物が生息しているとのこと。またラムサール条約にも登録されています。なおキャンセルした「ノロッコ号とバスでの釧路湿原めぐり」に参加すると、丹頂鶴自然公園、釧路湿原展望台、コッタロ湿原展望台を見学した後、湿原の中をのんびりと走るノロッコ号にも乗れるとのこと。これは是非再訪を期したいですね。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-23 06:28 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(43):釧路(13.9)

 定刻の16:35に列車が到着、根室本線を一路釧路へと向かいました。
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 なおこの根室本線も「タコ」たちの過酷な労働によって建設されたことが、『常紋トンネル』(小池善孝 朝日新聞社)のおかげでいまわかりました。『厚岸町史』(1975)には、「警察の沿革史では、『根室線工事第四、第五工区(釧路・厚岸間で、共に荒井組)労役者より脚気患者二百名発生し、内九拾六名死亡せり』とあり、記録されないものを考え合わせると相当な数になり…」「重労働に対する食事は粗末なものであった。過労と栄養失調、特に厚岸の場合は泥炭地の川水を飲料水に使い、そのために病気になるものが続出した。このような土工夫を休ませることはせずに働かせ、その結果、死亡者は連日のようにでて、箱やかますに死体をかつぎ出される様子を見た街の人々は、『今日も鮪が通る』と語り合った」とあるそうです。(p.66~7) また門静(もんしず)駅近くの石山は良質多量の石材を産し、ここではタコに加えて強制連行された朝鮮人や中国人が苛酷な労働をさせられたそうです。
 ここで、この石山で使役された中国人・朝鮮人についてふれてみる。太平洋戦争中、中国本土で「兎狩り」と称する「労工狩り」で拉致され、日本へ強制連行されて強制労働させられた中国人3万7524人のうち、釧路の菅原組は784人を四つの事業所(門静採石所・幌内詰所・函館出張所・小樽市内除雪作業場)で使い、55人を死亡させた。そのうち門静には388人が連行されて18人が死亡した。
 朝鮮人強制労働の実態を調べている釧路市民会議の話によると、1943、44年ごろ、門静でトーチカづくりのための石切り作業などで、釧路地方へ強制連行された朝鮮人は数千人といわれ、石切り場の飯場や集結地でチフスが発生して死亡者が出たという。
 強制連行・労働で死んだ朝鮮人の死亡者数は、ほとんどわかっていないのが実状で、葬式をあげたところなどまれで、墓にいたっては皆無にひとしい。門静石切り場で死んだ中国人・朝鮮人の遺骨も、いままでのところ未確認で、供養されていない。
 戦時中、門静で石工として働き、中国人・朝鮮人が埋められた場所を知っている菊地俣八さんはこう語る。
「石山では中国人・朝鮮人が1000人ぐらい働いていた(中国人が388人だから、600人ぐらいが朝鮮人か)。鬼島組っていう下請けは、相当いじめていた。私もコゲ飯を中国人にやったのを見つかって、あぶなく殺されそうになった。石の粉で珪肺病患者が多く出た。中国人・朝鮮人の死者は、石山から海岸へ出る鉄橋の下に埋めたといわれています」
 鉄道工事から約六十年、強制連行・労働から三十数年たった現在、厚岸町では、この地で空しく死んでいった人々の遺体を発掘し供養しようという動きが、地元の大笹・平良木さんや教師の館忠良・竹ヶ原秀三知・秋間達男氏らを中心に進められている。(p.72~3)
 バスの車窓から見えたトーチカも、彼らによって切り出された石で作られていたのですね。落石駅のノートにあった「恨」という一文は、もしかすると石山を訪れた中国の方が書き残されたものかもしれません。なお以前に訪れた室蘭にも、強制連行されて死亡した中国人の方々を慰霊する「中国人殉難烈士慰霊碑」がありました。
 18:51に釧路駅に到着。まずは阿寒バスに電話をして「ノロッコ号とバスでの釧路湿原めぐり」をキャンセル。そして釧路のご当地B級グルメ、「スパカツ」を食べにレストラン「泉屋」へ。スパゲティ・ミートソース+トンカツというキッチュな一皿ですが、楽しみにしていました。ところが、店の入口には長蛇の列ができており、並んでいる若者たちが傍若無人な大騒ぎをしています。これはいたたまれない、退散して違う店をさがすことにしました。料理店を物色しながら駅方面へぶらぶら歩いていると、ほの暗い路地の先にレストランらしき明かりが見えました。霊界アンテナで何かを感じて行ってみると、洋食店「スコット」というお店でした。さっそく中に入り、メンチカツを注文。これは大当たり、クリスプなころもとジューシーなお肉の見事なマリアージュ。値段も手ごろだし、旦那さん・おかみさんの笑顔も素敵だし、素晴らしいキッチンでした。ぜひ紹介しましょう。釧路市末広11-1、電話0154-22-8588、「キッチン スコット」です。ぜひご愛顧を。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-22 06:25 | 北海道 | Comments(0)

北海道編(42):落石岬灯台(13.9)

 それでは落石岬へと向かってもらいましょう。途中で、イルカのガードレール・アニマルを発見、車窓から撮影しました。そして三十分ほど走ると、落石岬への入口にあたる車止めゲートに到着です。
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 事前に調べた情報によると、灯台まではここから徒歩約25分。現在の時刻は15:19、釧路行きの列車は落石駅発16:35、これを逃すと次の列車は19:25です。運転手さんに訊ねると、ここから落石駅までは十分弱。うん、なんとかなりそうだな。一時間後に迎えに来てくれるようお願いして、まっすぐな一本道に歩を進めました。分かれ道もありますが道標があるので大丈夫。しばらく歩くと湿原で、歩きにくい丸太の木道となります。
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 林の中を抜けると広大な笹原、そして遠くに灯台が見えてきました。もちろんあたりに人影はなく、荒涼とした最果て感があふれています。ぞくっ。ここでヒグマにでくわしたら…どうしよ。えーと知床で学んだことを復習復習。絶対にしてはいけないのは、走って逃げることと大騒ぎをすること。とりあえず静かに逃げる、それでも襲われたら、♪LET IT BE♪、あるいは♪THE END♪。お会いしなくてすんだのは僥倖でした。なおこのあたりは自生の南限地として国の天然記念物に指定されているサカイツツジが、6月上旬に一面に咲き誇るそうです。
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 そして落石岬灯台に到着。ゲートから歩いて二十分ほどかかりました。灯台を撮影して、茫漠とした静寂に包まれながら紫煙をくゆらす孤独な旅人。
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 なんてかっこつけている場合ではありません。そろそろ戻らねば。しゃかしゃかと歩くこと二十分、タクシーはちゃんと待っていてくれました。お礼を言って乗り込み落石駅へ、やれやれ余裕の横田大観で間に合いました。小さな無人駅、無聊を慰めるためでしょう待合室には旅行者が書き込めるノートが置いてありました。ぱらぱらとめくってみると、さもありなん、「無人駅の冬の夜はつらいです」「寒 ストーブ取り付けろ」「寒い!!」といったコメントが多々ありました。気になったのは、中国の方なのでしょうか、「恨」「日本我恨?」という書き込みがあったことです。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-04-21 06:37 | 北海道 | Comments(0)