<   2015年 10月 ( 28 )   > この月の画像一覧

スイス編(25):シルス・マリア(14.8)

 それでは平地の道をシルス・マリアへと戻りましょう。噂の馬車とは、ホテル前で遭遇しました。やがて小川に沿った小道となり、時々立ち止まっては美しい風景を写真撮影。何人ものハイカーやサイクリストとすれ違いましたが、みんな幸せそうです。
c0051620_5243292.jpg

 ところどころにベンチも設置されており、眺めの良いものを選んで座り、ホテルからくすねてきたパンをいただきました。
c0051620_525259.jpg

 クラスタ(Crasta)を通り過ぎ、足の向くまま気の向くまま、朝とは違う道を選んで村へと戻ることにしましょう。森の中に入ると、樹の株に顔の木彫がありました。途中にあったホテル「ヴァルトハウス」は1908年の創業で、静けさとクラシックな雰囲気を気に入り、ヘッセ、ユング、シャガールも泊まったそうです。
c0051620_525317.jpg

 この頃から一天にわかにかき曇り、剣呑な雰囲気になってきました。ほんとうは村の外れにあるロープウェイに乗って、標高2311mのフルチェラス(Furtschellas)へのぼり、眺望を楽しみたかったのですが、潔く撤退した方がよいでしょう。案の定、バスを待っていると、激しい雨が降り始めて地表を洗い、雹まで落ちてきました。いやはや、ハイキングの最中だったらえらい目に会っていたところです。私の強運と山ノ神の神通力、その見事なコラボレーションの結果ということにしておきましょう。
c0051620_5255845.jpg


 本日の五枚です。
c0051620_5262520.jpg

c0051620_5264799.jpg

c0051620_5271172.jpg

c0051620_527352.jpg

c0051620_528249.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-31 05:28 | 海外 | Comments(0)

スイス編(24):フェックス谷(14.8)

 さあそれでは出発。空を見上げると、雲が切れ、青空が広がり始めています。天下無双の晴れ男、ここに見参です。山々や森やゆるやかにうねる丘陵を眺めながら小道を歩けば、心も体もリフレッシュ。うーん、空気もおいしい。しばらくすると、「TOI TOI」と記された簡易公衆トイレがありました。これはトイレットと、幸運・成功を祈るドイツのおまじないの言葉「トイトイトイ(toi toi toi)」をひっかけたのでしょうか。ちなみに言葉に合わせて、テーブルや扉を3回トントントンと指で叩きます。
c0051620_628429.jpg

 小川にかかる木橋から、アルプスや集落を一望できる絶景を写真撮影。橋を渡ると、家畜用の木製水飲み場がありました。あるお宅のガラス窓の向こうに山羊の姿が見えます。何という名の花なのでしょう、紫色のきれいな野草が咲き乱れていました。
c0051620_629834.jpg

 クラスタ(Crasta)という集落には、ロマネスク様式の古い教会があります。中には16世紀初頭に描かれたフレスコ画があるそうです。何でも宗教改革時に漆喰で白く塗り潰され、20世紀になって発見されたとのこと。ガイドブックによると、隣にあるホテル・ゾンネの受付で鍵を借りて内部を見学できますが、幸いドアが開いていました。中に入って貴重なフレスコ画を拝見しました。
c0051620_6293452.jpg

 少し先に分岐点があり、このまま平地を行くか、谷を見下ろしながら山の中腹を歩くかの選択を迫られます。往路は山中を、復路は平地を歩くことにしましょう。道に迷わぬよう、木々にペンキで白‐赤‐白の印が塗られていますが、国によっていろいろな意匠があるのですね。向こうの谷では牛飼いのおじさんがお仕事の真っ最中でした。
c0051620_630052.jpg

 坂道をおりて川を渡ると、ホテル・フェックスに到着です。部屋数は15室、人里離れたホテルとしては大きな規模でレストランも併設されています。せっかくなので、ホテルのレストランで珈琲をいただきひと休みしました。雄大な谷と遥かなる山なみ、そこに佇むシックなホテル。いいなあ、本をしこたま持ち込んで、一週間ほど長逗留してみたいものです。山と谷を眺めて、本を読んで、ビールを飲んで、散歩して、昼寝して、美味しい食事を食べて、また本を読んで、山と谷を(repeat)…そういう旅も悪くないですよね、うん。
c0051620_6303294.jpg


 本日の五枚です。
c0051620_631077.jpg

c0051620_6312355.jpg

c0051620_6314419.jpg

c0051620_63285.jpg

c0051620_6323195.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-30 06:33 | 海外 | Comments(0)

スイス編(23):フェックス谷(14.8)

 朝目覚めて、外へ出るとどんよりとした曇天。しかし奇跡のように雲間から一条の光が差し込み、山の頂を真っ赤に染め上げました。ほんとうに美しいモルゲンロート(Morgenrot)でした。
c0051620_6292921.jpg

 それにしても素晴らしい眺望です。思い出のためにパノラマ写真を撮っておきました。
c0051620_6295275.jpg

 朝食のバイキング会場へ行くと、日本人団体客の長い長い長い長い行列ができています。やれやれ。係の方が申し訳なさそうに、「オムレツもあります」と教えてくれました。やった。さっそくマッシュルーム、コーン、ベーコンetc.全部入りのオムレツを二つ注文。これは美味でした。パンもホテルで焼いているらしく、香り高い味を楽しめました。外を眺めながらパンを頬張っていると、ぽつぽつと小雨がふってきました。やれやれ。やがて添乗員さんの「パスポートを忘れずに、8:00にロビー集合」というお触れとともに三々五々部屋に戻られて行きます。ということはベルニナ急行の特別列車を仕立てて、イタリアのティラーノ(Tirano)まで行くのでしょうか。この天気ではお気の毒です。われわれは明日、ベルニナ急行に乗る予定ですが、天候は大丈夫でしょうか。なお団体客向けに用意してあった炊飯器とみそ汁は、すぐに片づけられました。
c0051620_6301733.jpg

 郷に入れては郷に従え、われわれは現地の料理をできるだけ食べるようにしています。とは言っても、最近はケバブが多いのですが。あまりに美味しかったので、帰り際に昼食用のパンを三ついただきました。部屋に戻って身支度をすませ、トレッキング・シューズを履いて、さあ出発です。幸い、雨も上がりました。
 まずはアンリ・マチスの絵のようなエンガディン・バスに乗ってシルヴァプラーナへ。郵便局前のバス停で乗り換えるバスを待ちます。郵便局の窓に貼ってあった営業時間を見ると、12:00-14:30が昼休み。嗚呼なんて人間的な職場なんだ。でも日本だったらツィッターなどで悪意にあふれた痛罵が散弾銃のように浴びせられるのだろうなあ。あーやだやだ。
c0051620_6304246.jpg

 やってきたバスに乗り込み、十数分でシルス・マリア(Sils-Maria)に着きました。ここはニーチェが1881年から88年まで過ごした町で、彼の記念館があります。ということは『ツァラトゥストラはこう語った』はここで執筆されたわけだ。お恥ずかしい話、私が読んだのは『悲劇の誕生』と『この人を見よ』だけです。馬車の溜まり場がありましたが、これに乗ってフェックス(Fex)谷と往復することも可能です。ホテル・シュバイツァーホフの隣にあるゲートが、ハイキングの出発点。ここから川に沿った細い道を上っていきます。十分ほど歩くと森を抜け、視野が開かれ、広大なアルプ(夏季放牧場)となります。
c0051620_6311092.jpg

 いよいよここからが、ベルニナ・アルプスに向かって南に延びるエンガディンの支谷、フェックス(Fex)谷です。ここからホテル・フェックスまで歩いて同じ道を戻って来るのがハイキング・コースで、距離は往復で約12km、所要時間約3時間、高低差163m。静かな谷を歩く穏やかで爽やかなハイキングが楽しめるとのことです。

 本日の五枚、上から三枚目がニーチェ記念館です。
c0051620_6313677.jpg

c0051620_6315799.jpg

c0051620_6321935.jpg

c0051620_6324435.jpg

c0051620_633875.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-29 06:34 | 海外 | Comments(0)

スイス編(22):サン・モリッツ(14.8)

 それではすこし散歩をしてから夕食をとることにしましょう。ロープウェイ駅前からサン・モリッツ駅までのバスの時刻表をチェック、一時間に一本でした。ホテルの全景をカメラにおさめ、さきほど通った湖に向かってのんびりと道を下っていきます。
c0051620_6102942.jpg

 十分ほど歩くと湖畔に着きました。清冽な青い湖面、険峻な山々、緑の木々、一幅の絵のような光景にしばし見惚れました。犬を連れて散歩をする地元の方々も、幸せそうです。なお「犬の糞はゴミ箱へ」という意味のピクトグラムには「DANKE ― GRAZIE」と、ドイツ語・イタリア語で表記してありました。あの山の向こうはもうイタリアなのですね。
c0051620_6105749.jpg

 ホテルに戻る途中で、「rivella」という店に入り、ピッツァとサラダをいただきました。咲き乱れる野草を撮影して、"うち"に戻り、シャワーを浴びて外に出て、夕日に映える雲を見ながらビールを飲み干す。…至福… 馬車馬・汽車犬のように働いた甲斐があったというものです。
c0051620_6112135.jpg

 部屋に入りテレビをつけると、列車事故のニュースを放映していました。
c0051620_6114329.jpg

 帰国後に朝日新聞DIGITALで確認すると、下記のような事故でした。
 スイス南東部グラウビュンデン州ティーフェンカステル近くの山間部で13日午後0時半(日本時間午後7時半)ごろ、アルプス観光の山岳鉄道「レーティッシュ鉄道」の列車(8両編成)が崩れた土砂に突っ込み、客車3両が脱線した。日本人6人が乗車しており、うち5人が重軽傷を負った。(中略)
 グラウビュンデン州警察の発表や現地報道によると、事故当時の乗客は約140人で、11人が重軽傷を負った。消防隊員や山岳救助隊員など約180人が救助に当たった。山岳地帯のため事故現場への地上からのアクセスが良くないことから、航空救助隊のヘリコプターも出動してけが人を搬送した。3時間ほどで全員が救助された。脱線した3両のうち1両は谷に落ちたが、途中の立ち木に引っかかって止まり、別の1両も落ちかけたが持ちこたえたため、被害が抑えられた。
 現場付近では、ここ数週間雨がよく降って地盤が緩んでいたところに、この日朝から特に激しい雨が降り、土砂崩れが起きて事故につながったとみられる。
 とにもかくにも、この事故に巻き込まれた可能性もあったわけです。二人で無事にここまで来られた僥倖に感謝して、グラスを合わせました。明日は、シルス・マリア(Sils-Maria)に行き、フェックス(Fex)谷でハイキングをする予定です。

 本日の三枚です。
c0051620_6121160.jpg

c0051620_6123139.jpg

c0051620_6125678.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-28 06:13 | 海外 | Comments(0)

スイス編(21):サン・モリッツ(14.8)

 そうこうしているうちに、15:29に列車はサン・モリッツ駅に到着しました。列車から降りて、まずは"シャンパン気候"と呼ばれる爽快な空気を深呼吸。気がつけば青空が見えてきました。さすがは晴天日が年間平均322日のサン・モリッツ、これからは「歩くサン・モリッツ」と自称しようかな。余談ですが、ここサン・モリッツは北海道倶知安市町と姉妹都市だそうです。スイスに縁の深い秩父宮が冬のニセコを訪れた際、新聞に『極東のサン・モリッツ』と書いたことがきっかけだそうな。駅の窓口で、四日後に乗車する氷河急行の昼食を予約し、売店でビールを購入。駅のiで今夜の塒、ホテル「ニラ・アルピナ(Nira Alpina)」までのアクセスを訊ねたら、親切にもホテルに電話をしてくれて送迎を要請してくれました。駅のカフェで珈琲を飲みながら待っていると、ミルクの蓋はパウル・クレーの絵でした。さすがはスイス。
c0051620_6432933.jpg

 しばらくしてホテルの送迎車が到着、お礼を言って乗り込みました。車はサン・モリッツ湖、チャンプフェー湖を通り過ぎ、坂道をすこしのぼって二十分ほどでホテルに着きました。このあたりはスールレイ(Surlej)という地で、ホテルの目の前に、サン・モリッツ周辺で最も高所にあるコルヴァッチ(Corvatsch)展望台へとのぼるロープウェイ駅があります。
c0051620_6435344.jpg

 フロントでチェックインをするとエンガディン(Engadin)・カードをくれましたが、これでロープウェイをはじめすべての公共輸送機関を無料で利用できるとのこと。素晴らしい! なお部屋はダブル・ベッドですが、要望すればツイン・ベッドに直してくれるそうです。山ノ神は「お願いします」と即答、曰く「うちの旦那はnoisy」。ん? ノイジー… 五月蠅い… ?… 鼾か! 反論もできずに沈黙を守りました。テラスに出ると、おお素晴らしい、眼前に峨々たる山々が屹立しています。
c0051620_644148.jpg

 しばし美しい風景に見惚れながら待っていると、準備ができたと呼びに来てくれました。案内された部屋は内装も調度品も高級感に満ちたもので、快適な時間が過ごせそうです。浴室・洗面所も申し分なし。ガラス戸を開けて外へ出ると、緑の芝生と地続きになっており、さきほど見た山並みを一望できました。実は、事前にサン・モリッツについて調べている時に見つけたホテルで、ぜひ泊まってみたいと念願して予約しました。その期待は外れず、大満足です。山ノ神もいたく気に入ったようで、嬉しく思います。なお彼女はホテルが気に入ると「うち」と呼ぶ癖があり、以後「うちへ帰ろう」「うちの近く」と連発することになります。部屋に戻るとニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』が置いてありましたが、この部屋だったら完読できそうです。ドイツ語でしたから無理ですが。
c0051620_6444691.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_645132.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-27 06:45 | 海外 | Comments(0)

言葉の花綵128

 人間はみな食べたもの次第
 You are what you eat. (アメリカの俚諺)

 人間は愛する者のために自殺するのではない。愛は、どんな愛でも、それを抱え持つ人を裸にする。その人の惨めさと空虚さと無防備をも、愛はさらけ出してしまう。人が自殺をはかるのはそのためだ。(パヴァーゼ)

 ああ、もつたいなし
 もつたいなし
 妻よ
 びんぼうだからこそ
 こんないい月もみられる (山村暮鳥)

 医師を呼んでも聖職者を呼んでも、結果はそれほど変わらないだろう。もし腕のいい看護婦が面倒を見てくれさえすれば。(フィンリー・ピーター・ダン)

 人間を全般的に理解するよりも、ひとりの個人を理解するほうが、はるかに大変だ。(ラ・ロシュフコー)

 ときには、児童教育の研究を推進する財団法人の理事長を務めるよりも、ひとりのガキをまともな人間に育てるほうが、はるかに大変だ。(ジョセフ・ウッド・クルーチ)

 普通の人といえるのは、自分があまりよく知らない人だけだ。(ジョー・スミス)

 相手のことを決めつける前に、まずそのモカシンを代わりに履いて二カ月ほど歩いてみるがいい。(アメリカ先住民の言葉)

 神さまは、まず最初にこの世の愚か者たちをこしらえてみた。それは腕試しというか、練習のためであった。そして今度は、この世の教育委員会をお作りになったのだ。(マーク・トウェーン)

 暗殺とは一人が一人を殺すこと
 戦争とは万人が万人を殺すこと
 死刑とは万人が一人を殺すこと (谷川俊太郎)

 ひとりの人間、たとえだれもが知っているようなことしか知らない凡庸な人間でも、川と直に触れる中で、まだだれも気づいていないその川の、ある一面を会得する場合がある。(モンテーニュ)
by sabasaba13 | 2015-10-26 06:34 | 言葉の花綵 | Comments(0)

( )( )

 山ノ神が、開いた口がふさがらないといった風情で、「これ見て」と『赤旗 日曜版』(15.10.11)を持ってきました。どれどれ、われらが指導者、安倍伍長が国連総会演説後の記者会見で、「シリア難民受け入れを強化するか」との英ロイター通信の質問に対し、こう答えたそうです。
 人口問題としては移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、女性や高齢者の活躍、出生率向上などが先だ。
 (あんぐり) ロイター通信も「難民は人口問題なのか」と驚きをもって報道したとのこと。いやはや、これほど知性と見識に欠けた愚劣な発言にはなかなかお目にかかれません。難民への人道的な救済措置や、難民を生み出している内戦・紛争の解決策など、伍長の頭の中には、ひとかけらもないようです。やれやれ。
 私なりに深読みすれば、安倍伍長はこう考えて発言したのではないでしょうか。使い捨てできる底辺労働者としては、まだ日本には女性と高齢者がいる。底辺労働者が足りなくなったら難民を受け入れるかもしれないが、治安維持のためにもできるだけ避けたい、とね。もし仮にそうだとすれば、何という愚劣で下劣で低劣な御仁なのでしょう。戦禍に追われて逃げざるを得なかった難民の方々を、大企業の利潤という視点からしか見られないのですから。
 いろいろと考えてみたのですが、まず安倍伍長は、メディアをなめているのではないか、ということです。日本国内のメディアだと、鋭い質問はしてこない、適当にあしらっておけば大過ない、失言をしても突っ込まれない、抗ったら陰に陽に圧力をかけて黙らせることができる。そうしたぬるま湯にどっぷりと浸り続けた安倍伍長、海外メディアに対しても熟慮もせず(もともとできないのかもしれませんが)、不用意な発言をしてしまったのではないか。
 もう一つ、欧米の首脳も心の中では安倍伍長と同じ考えをもっているのかもしれません。しかし、それを発言してしまえば、あまりに非人道的だと有権者から激しい反発を食らう。よって内心は隠して、難民には人道的な配慮と措置が必要だとアピールする。そう、やはり政治家の発言には、その国の有権者の知的レベルが大きく関わっていると思います。ということは…

 もうひとつ。反政府勢力タリバンとの戦闘が激化しているアフガニスタン北部クンドゥズ州で10月3日、政府軍を支援する米軍の空爆によって国際的緊急医療団体「国境なき医師団(MSF)」のスタッフ12人、子供3人を含む患者7人の計19人が少なくとも死亡し、37人が負傷したという衝撃的なニュースです。米軍は誤爆だと弁明していますが、MSF側が事前に病院の正確な位置を示すGPS情報を米軍に知らせたということがわかっています。つまり、誤爆ではなく、病院がタリバンの拠点であると判断して意図的に攻撃したという可能性が高い、ということです。さらに攻撃したのは無人航空機(ドローン)、攻撃する側は人的損害がなく、相手を一方的に殺傷できる兵器です。もはやこれは戦争ではなく殺戮です。おそらくこの事件によって、アメリカ合州国に対する反発・憎悪・憤怒はさらに大きくなるでしょう。やれやれ、ほんっとにアメリカって…

 さて、安倍伍長率いる日本国が、このアメリカ合州国が行なう殺戮の片棒をかつぐことになりました。その結果、日本で何が起こるのか、ちょっと想像してみませんか。もしも、「ここは俺の学校だ!」と各教室に殴りこんで暴れながら石を投げるジャイアンに、ツネ夫がせっせせっせと石を運んであげたら…彼の椅子の上に画鋲が置かれるでしょうね。そう、日本国内でテロが起こる確率は高くなるでしょう。日本の安全保障を脅かしているのは、オバマ将軍と安倍伍長です。ほんの少し考えれば、彼がこのようなことをしでかす御仁だということがわかりそうなものです。それなのに、この危険な御仁、および彼を戴く自民党に投票した有権者、あるいは棄権をした有権者の多いこと多いこと。
 ま、いまさら愚痴を言ってもはじまりません。力を尽くして、この御仁とこの政党に思い知らせてやりましょう。私たちをなめるとどうなるか、についてね。まずは来年の参議院選挙です。しかしもしも、自民党が勝利すれば、その時はこう言うしかないですね。「日本の有権者って…」

 世界がうまく行かないのは、人びとの心が元来よこしまであるからというよりは、広い意味での教養が欠けているからである。それは知性と寛容と理性が欠けているからであるとまであえて言ってよいと思う。(『歴史の効用と楽しみ』 ハーバート・ノーマン)
by sabasaba13 | 2015-10-25 08:14 | 鶏肋 | Comments(0)

『中東から世界が見える』

 『中東から世界が見える イラク戦争から「アラブの春」へ』(酒井啓子 岩波ジュニア新書)読了。毎朝、NHK-BSの「ワールド・ニュース」を見るようにしていますが、最近は暗澹たる気分になっています。歯を磨いてテレビのスイッチを入れると、フランス国営放送が中東から大挙してやってくる難民について報道します。受け入れか排除か、賛否両論のフランス市民。その後にはアルジャジーラ(カタール)が、中東の現場からリアルタイムで何が起きているかを報道します。アサド政権やロシアやフランスによる空爆、反政府軍やイスラーム国(IS)による反撃、その双方によって命を脅かされる一般市民。アル・アクサー・モスクをめぐる紛争、圧倒的な武力でパレスチナ人を傷つけ殺戮するイスラエル軍。各地で頻発するテロリズムの背景には、こうした非人道的かつ理不尽な無辜の人たちの叫びと悲しみと怒りがあるのではないでしょうか。
 デモによって独裁政権を倒し民主化を進めた「アラブの春」から数年、なぜ中東ではテロや内戦が続いているのか。無力な私ですが、せめて無知・無関心であることだけはやめようと、関連図書を読むようにしています。そんな中、出会ったのが本書です。まず著者が中東、特にイラク研究の第一人者の酒井啓子氏であることに惹かれました。以前に読んだ『〈中東〉の考え方』で、その明晰な分析とわかりやすく読みやすい文章には一目置いています。そして岩波ジュニア新書の一冊ということも期待できます。本シリーズは何冊も読んでいるのですが、「知的であってほしい」という一流の学者や知識人による若者への熱い思いがびしびし伝わってきました。掉尾に掲げられている「岩波ジュニア新書の発足に際して」の一部を引用しましょう。
 きみたちの前途には、こうした人類の明日の運命が託されています。ですから、たとえば現在の学校で生じているささいな「学力」の差、あるいは家庭環境などによる条件の違いにとらわれて、自分の将来を見限ったりはしないでほしいと思います。個々人の能力とか才能は、いつどこで開花するか計り知れないものがありますし、努力と鍛錬の積み重ねの上にこそ切り開かれるものですから、簡単に可能性を放棄したり、容易に「現実」と妥協したりすることのないようにと願っています。
 高い志ですね。学力をカッコでくくっているのもいいですね、安易なペーパーで本当の学力を測れるはずがありません。

 さて、本書は中東情勢についての知識があまりない中高校生を対象とし、中東の歴史と現状およびイスラーム教とイスラーム主義についての解説、中東の若者が今何を考えているかについての紹介、そして日本とアラブ世界の関係についての分析をされています。該博な知識とわかりやすい説明もさることながら、通奏低音のように流れる中東の人びとへのあたたかい共感には感銘を受けました。特に印象に残った論点は三つです。
 まず、宗教対立の根底にあるのが、経済的な不平等と差別にあるのではないかという指摘です。以下、引用します。
 重要なことは、イラク戦争前だけでなくもっと昔から―第一次世界大戦後のイギリス統治時代にも、王政時代にも―、シーア派社会が、近代化のなかで経済発展から取り残されてきたことです。シーア派住民の多いイラク南部地域は、イラン・イラク戦争や湾岸戦争など、80年代以降ずっと続いたさまざまな戦争の戦場に、もっとも近い地域でした。
 政府の政治経済政策の失敗のツケを押し付けられて、シーア派住民は社会の辺境に追いやられ、「持たざる者」となりました。そんなとき、イラク戦争が起こり、それまであった秩序がひっくり返ったわけです。彼らは、下剋上を成し遂げようと、一斉に頭をもたげました。でもそれは、「シーア派だから」というよりは、「これまで疎外されてきたから」ということが原因なのです。(p.88)

 しかし、忘れてはならないのは、スンナ派のイスラーム教徒がすべてサウディによって代表されているわけでは決してないし、シーア派がイランに代表されているわけでもないということです。…シーア派が国民の大半を占めている代表的な国であるため、中東でイランの存在感が高まると、それはシーア派の台頭と同一視されてしまいがちです。しかし、湾岸諸国のシーア派が体制に不満を持つ原因は、イラクでのシーア派がそうだったように、彼らがそれぞれの国のなかで社会経済的に差別されているからです。彼らは、必ずしもイランと同調したいと主張しているわけではありません。
 ですが、近年そういった異なる要素がメディアなどによって十把一絡げにされて、すべての問題が「宗派」に行き着くように誤解されがちです。そのような見方は、やや単純化にすぎるのではないか、と私は思っています。(p.94~5)
 なるほど、これは斬新な視点ですね。思うに、女性差別、民族差別、宗教差別、あらゆる差別が生まれる要因は、少数者への富や財の分配を減らすための口実・隠れ蓑という機能なのかもしれません。蒙を啓かれました。
 二つ目は、過激なイスラーム主義とアメリカのネオコンには共通性があるという指摘です。引用します。
 その意味では、実はこのビン・ラーディンのアルカーイダと、9・11以降にブッシュ政権を牛耳ったアメリカのネオコンとは、その考え方がよく似ている、と私は思っています。ネオコンとは、…軍事力を用いてでも民主主義という理念を他国に輸出しなければならない、と考える人たちです。どちらも、自分たちの理念を、他国に力で押しつけようとしています。それは、どちらも、自分たちの理想が世界中の人々にとっての理想だと信じているからです。理念を共有する他国の「同志」を守り、支えるために、自分の国でもないのにその国に棲みついて、武力を振り回すのです。
 ネオコンが、アメリカという国家を背景にしていること、アルカーイダが国家を離れた民間の団体だということを考えれば、この二つがまったく別物であることは、たしかです。しかし、どちらも頭でっかちな夢や理念を、他人の国で武力を使って実現しようとしたという点では、似たもの同士です。9・11後に、アメリカがアフガニスタンを攻撃して、ビン・ラーディンらアルカーイダを殲滅しようとしたのは、地上にいるアフガニスタン人のことなどお構いなしの、はた迷惑な空中戦だったといえるでしょう。(p.162)
 もちろんアメリカの外交政策のバックボーンは、軍事力を行使してでも世界の経済的覇権を握るということにあると思いますが、それを糊塗するためにえてして「民主主義」という理念をもちだします。しかしよく考えてみると、それは「金を儲ける自由」であり「貧乏になる自由」なのですね。アメリカにとって利益となる理念を、武力をもって他国に押しつける。そのために一般市民が犠牲になってもやむをえない、それは付帯的損害(コラテラル・ダメージ)である。なるほど、過激なイスラーム主義とそっくりですね。中東情勢の混迷とテロリズムの横溢の原因は、両者のこうした行為によるところが大きいでしょう。
 最後に「想像力の停止」という問題です。著者が本書で一番言いたかったことだと思いますので、長文ですが引用します。
 私が本書を書いた、一番大きな理由は、中東という最も「違う世界」と思われがちな地域のできごとを知ることを通じて、みなさんに、その世界とともにあるという想像力を働かせてほしい、と思ったからです。戦争やテロと背中合わせに生きている人々もまた、実際には私たち日本人と変わるところのない平凡な日常生活を送り、当たり前の考え方をし、当たり前のことで泣いたり笑ったりして暮らしている。家族が死ねば泣き、辛い気持ちを持ち、叩かれれば痛く、悔しく思う。自分の言いたいことを抑えつけられれば不満を持つし、共感する相手がいれば一緒に行動したいと思うのです。
 本当はつながっていて、同じ境遇なのに、相手はそう思ってくれない、という想像力の欠如は、ときには深刻な衝突を起こします。アフガニスタンやイラクの人たちは、自分たちもアメリカ人も同じ人間だと考えているけれども、国際政治のなかで、自分たちの命が欧米の人たちの命よりもとても安っぽく扱われている、という現実に直面します。中東の人たちが、そのことに激しい怒りを覚えたとき、その怒りの原因がわからない国際社会の人々は、中東の人たちは自分たちと違うから、と問題の原因に目をつぶってしまいます。想像力の停止です。
 そんな想像力と共振性の欠如が深刻な対立を生んでいるのは、どうやら中東地域だけではないようです。…2014年1月に出版された日本版ニューズウィークを読んでいて、ショックな記事に出会いました。これから「最も危険となる地域はアジアで、その次に中東がくる」、というのです。その背景には、ここ数年深刻化している、尖閣諸島をめぐる日本と中国の緊張関係、韓国との不協和音、総理の靖国参拝をめぐってのアメリカとのぎくしゃくした関係などがあります。
 今、私たちは近くの国とも「世界はつながっている」という共振性を失っているのでしょうか。そして、お互いの無理解を当たり前と考える関係が、戦争の危機にまで高まっているのではないでしょうか。私はそのことを、強い危機意識をもって感じています。(p.212~4)
 ちょっとずつ違うけれども基本は同じはずの、世界のさまざまな人たちと、どのように折り合って平和を築いていくか、そんな根源的な課題を学ぶことが大事だとも述べられていました。この地球上で暮らす人間は、自分たちと同じ人間なのだと考え、想像力と共感と共振性をもって向き合うこと。中東の人びとに対しても、中国や韓国や北朝鮮の人びとに対しても、そして沖縄の人びとに対しても。そんな当たり前だけれど、とても大事なことをあらためて感じ入りました。
by sabasaba13 | 2015-10-24 06:34 | | Comments(0)

スイス編(20):サン・モリッツへ(14.8)

 ケバブ屋でカレー・ブルストを購入して列車に乗り込もうとすると、通りすがりの日本人旅行者のご夫婦から話しかけられました。お二人もサン・モリッツに向かうのですが、直前に、豪雨による土砂崩れでクールより先は不通であるという連絡が旅行会社から入ったそうです。復旧まで二~三日かかる模様とのこと、なるほどそういうことか。丁重にお礼を言って、列車に乗り込みました。先述のように、今回は一等車のSWISS SAVER FLEXIPASSを購入しています。大手を振ってがらがらの一等車に陣取り、パスに本日の日付を記入。
c0051620_630126.jpg

 そして12:07に列車は出発、しばらくは左手にチューリヒ湖を車窓から眺められます。車掌さんが来たので「もんだどんない」とパスを見せると…車掌さんは微苦笑。ほんとうは、事前に駅でバリデート(有効化)の手続きをしなければいけなかったのでした。使用開始日と終了日、パスポートナンバーを係員に記入してもらい、バリデーティング・スタンプを押してもらって、パスが有効となります。JTBでもらった注意書きをよく読んでおくべきでした。親切な車掌さんが、その場でその手続を全部してくれて事なきを得ました。美味しいカレー・ブルストを食べ、車窓からの眺めを楽しんでいると、13:11にランドクアルト(Landquat)に到着。ほんとうでしたら、このまま乗ってクールを通過し、ランドヴァッサー橋を渡ってサン・モリッツに行けたのですが無念です。
c0051620_6303942.jpg

 13:20発のサン・モリッツ行き列車に乗り換えて、一等車に陣取りました。線路の脇を流れる川が轟々とした濁流になっているので、たいへんな豪雨だったようですね。また雲がわいてきましたが、山々や緑の丘陵、木造の家々や教会といったスイスらしい風景を車窓から楽しめました。
c0051620_631725.jpg

 途中で車体にでかでかと日本語で「箱根登山電車」と書かれた列車とすれ違い、二人で魂消た駒下駄日和下駄。そう、レーティッシュ鉄道と箱根登山鉄道は姉妹鉄道なのでした。帰国後、箱根湯本駅でもらった「日本とスイスの150年」というパンフレットに以下のような一文がありました。
 1907年、海外から帰国した名士からスイスの登山鉄道の評判が小田急電気会社に伝えられ、箱根に登山鉄道を通す計画が動き出しました。最初は碓氷峠と同じアプト式歯軌条鉄道で申請しましたがさらに研究の必要があるとして1912年に主任技師の半田貢氏が欧米へ派遣されました。各国の鉄道を視察した結果、高低差1824メートルで最大勾配70パーミルの路線でありながら通常のレールを使った粘着式鉄道というベルニナ鉄道(現・レーティッシュ鉄道ベルニナ線)に注目。同じ景勝地を走る鉄道として山肌をぬうように曲線を多用した設計方針を取り入れることを決断。帰国後、すぐに変更計画で再認可をとり1915年に着工。大小31カ所の橋梁や12カ所のトンネルなどの難工事を経て1919年、箱根登山鉄道が誕生しました。そして開通から60周年を迎えた1979年、モデルとなったベルニナ鉄道を受け継いだレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道提携を結び、現在まで相互交流を続けています。
 鉄道に歴史あり、ですね。

 本日の二枚です。
c0051620_6313441.jpg

c0051620_6315523.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-23 06:32 | 海外 | Comments(0)

スイス編(19):チューリヒ(14.8)

 遊覧船乗り場に着くころには、幸いなるかな、雨も上がりました。チューリヒ・カードを提示して、9:10出航のショート・ラウンド・トリップ遊覧船に乗り込みました。ここチューリヒ湖は、堆石(モレーン)によりせき止められてできた鎌形の湖で、面積はスイス国内第六位です。雨は上がったものの、相変わらず鬱々とした曇天なのが残念です。それでも市民の方々は、カヌーやヨット、立って手で漕ぐボード(何と言うのでしょう?)など、思い思いに楽しんでおられました。峨々たる山なみや対岸の街並みなどの眺望を楽しんでいると、あれよあれよという間に雲が切れ、晴れ間がのぞきはじめたではありませんか。さすがは天下無双の晴れ男、誰も褒めてくれないので自画自賛しましょう。
c0051620_6282970.jpg

 船着場に着く頃にはすっかり晴天になってしまいました。はいほー。それではぶらぶらと歩きながらホテルへと戻りましょう。まずはケー橋からの素晴らしい眺望を堪能。左には聖母聖堂と聖ペーター教会、右には大聖堂、その間を滔々と流れるリマト川、素晴らしい眺めです。
 橋のたもとで人だかりができていましたが、競歩大会が開催されていました。ヴァッサー教会の前には、この教会の説教師として活躍した、スイス最初の宗教改革者ツウィングリの銅像がありました。
c0051620_6285471.jpg

 そして大聖堂へ行き、鐘楼にのぼりました。ここからの眺めは絶品です。周囲の山並み、チューリヒの街並み、聖母聖堂と聖ペーター教会の鐘楼、リマト川、そしてチューリヒ湖、「チューリヒは私のものよ、オーホホホホホホ」状態です。
c0051620_629172.jpg

 下界に降り、ミュンスター通りの石畳を歩いてホテルへと向かいます。途中にあったロリポップの顔はめ看板を撮影。
c0051620_6294257.jpg

 ホテルで荷物を受け取り中央駅に行って、念のため駅のiでサン・モリッツ行きの列車を教えてもらいました。すると、クールで乗り換えのはずが、ランドクアルトでの乗り換えを薦められました。クールの先にあるランドヴァッサー橋を渡るのを楽しみにしていたのに、なんで? ま、でも、駅員の意見と茄子の花にゃ千に一つの無駄もない、と古来から言われています。ここは素直に従いましょう。乗り換え案内をプリントアウトしてもらいました。列車の連結作業に余念がない働くおじさんを撮影。
c0051620_630537.jpg

 駅構内では戦闘服を着ている若者を見かけましたが、スイスでは国民皆兵制をとっているためです。スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
 一方、ヨーロッパは戦争の世紀の連続であった。小国家連合であったスイスが国家体制を維持するためには、対外的には中立政策をとらざるをえなかった。
 また、ヨーロッパ列強にとってもスイスの中立は好都合であった。もちろん、その場合は武装中立でなければならなかった。ヨーロッパの中央に位置する戦略上の重要地点が武装中立をしてくれることは、隣接する国々にとってまさに防壁となったからである。それゆえに、ウィーン体制ではスイスに領土一部を与えたうえで武装永世中立を認めた。第二次世界大戦中もスイスは武装中立を維持したが、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人を国境で追い返したり、虐殺されたユダヤ人の資産をスイスの銀行に眠らせたままにしている、と国際世論から厳しく批判された。スイス政府は1996年にユダヤ人団体に対し大戦時の入国拒否を謝罪し、ナチスの金塊やユダヤ人資産をめぐる真相調査委員会を設置し対応している。
 武装中立を維持するために、スイスでは国民皆兵制、しかも民兵制をとっており、したがって、良心的兵役忌避は原則として認められず、忌避者は非軍事的な労働奉仕を兵役期間の1.5倍強制される。武器、弾薬、軍服、その他の個人装備は民兵の各家庭に保管され、いざというときにはただちに出動できる体制がとられている。
 各家庭に武器があるにもかかわらず、銃を使った犯罪が多いという話は聞いたことがありません。なぜなのか、興味がありますね。

 本日の七枚です。
c0051620_630352.jpg

c0051620_6305846.jpg

c0051620_63120100.jpg

c0051620_6314474.jpg

c0051620_6321476.jpg

c0051620_6323814.jpg

c0051620_633178.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-22 06:33 | 海外 | Comments(0)