残暑見舞


 残暑お見舞い申し上げます。

 日頃「散歩の変人」を御愛読していただき、ありがとうございます。本日から二週間ほど重量が800gほどある本を(「<日本人>の境界」小熊英二)もって久米島・石垣島・渡嘉敷島に行ってまいりますので、しばらく新作のアップができません。「散歩の変人」沖縄編を書けないような、落ち着いたはんなりした旅にしたいと思っております。炎熱地を焼く日々がまだ続くかと思いますが、ご自愛を。

 暑気払いに、手持ちの写真の中でもっとも涼しそうな一枚をどうぞ。インスブルック近郊のアクサマー・リーツムというスキー場です。
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# by sabasaba13 | 2005-08-15 08:03 | 鶏肋 | Comments(0)

福岡・大分編(7):安心院(03.9)

 鏝絵(こてえ)。土蔵や戸袋、壁の漆喰の表面に鏝を使って薄肉状に盛り上げた浮き彫りを施し、彩色したものです。江戸後期に伊豆の左官、入江長八が創始したといわれ、各地に広まり、特にここ安心院(あじむ)に多く残されています。運転手さんも未見の地らしく、とりあえず観光案内所によって情報を仕入れることにしました。するとたまたま鏝絵に詳しい地元の研究家のSさんがいて、わざわざ車で先導し案内してくれるとのこと。そりゃありがたい、さっそくご好意に甘えることにしました。七福神、竜虎、鶴亀、幸福・辟邪を願う人々の素朴な思いが託されたヘタウマな鏝絵がニコニコと出迎えてくれます。爽やかな秋空のもと、長閑な農村・街並みの光景によくマッチしていました。街でも観光資源として売り出そうとガイドマップをつくっているのですが、道標も未整備なのでわかりづらい。案内してもらい大変助かりました。彼曰く、最大の問題は保存。なんせ昼夜を問わず風雨に晒されているので、剥離や崩壊が甚だしい。おまけにもろい漆喰なので保存する方法も難しいとのことです。家の取り壊しが決まると、家主と折衝して鏝絵の部分だけを譲ってもらいはがして自宅に保存しているそうです。そのコレクションを拝見しましたが、その熱意には頭が下がります。
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 帰り際に「チューハイにすると美味しいよ」とカボスを八個もいただいてしまいました。重い… 捨ててしまえと悪魔が囁きましたが、それはできぬ。宅急便で自宅に送りました。後日、さっそくチューハイにしたところ[→カボチュー]、これが美味! これほど美味いチューハイは飲んだことがありません。どうもありがとうございました、Sさん。
 そして別府着。念願の関アジ・関サバのお造りを満喫。
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 本日の一枚は、私の一番好きな鏝絵です。
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# by sabasaba13 | 2005-08-14 08:22 | 九州 | Comments(2)

福岡・大分編(6):元寇防塁跡・院内(03.9)

 今日は早起きをして今津へ。お目当ては原型がもっともよく残る「元寇防塁跡」です。駅からタクシーに乗って運転手さんに案内してもらいました。お見事! 無骨ですが頑丈そうに積み上げられた石垣が、延々と良好な保存状態で残されていました。「蒙古襲来絵巻」の一場面を思い出します。幸い天気も快晴、海岸に出ると志賀島や能古島を望む絶好のロケーション。
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 そして日豊本線で宇佐へ向かいます。今日は院内の石橋と安心院(あじむ)の鏝絵(こてえ)めぐり。観光案内所で尋ねると駅付近に貸し自転車はなし。やむをえずタクシーを時間で貸し切ることに決定。運転手さんもあまり行ったことがないらしく、地図を片手に懇切丁寧に案内してくれました。このあたりは険しい谷が多く、棚田の石垣をつくるために石組みの技術も発達してので、多くの石橋が住民の寄付によって築造されました。いやあ、あるはあるは。石を投げると石橋に当たる。周囲の景観とマッチして、見事な風景を演出しています。そして両合の棚田へ。幸い刈り入れ前で、山を段々に削った棚田に黄金色の稲穂が揺れる景色を見られました。ただ三分の一くらいが休耕田で、そこかしこの石垣が崩れているのが悲しい。機械を使わず、こんな山奥で棚田を維持していくというのは、ほんとっに大変なことなんだなあ、とあらためて痛感しました。そして鏝絵を見に安心院(あじむ)へ。
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 本日の二枚。分寺橋と両合の棚田です。
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# by sabasaba13 | 2005-08-13 08:36 | 九州 | Comments(6)

福岡・大分編(5):柳川・三井三池炭鉱(03.9)

 そして西鉄特急で柳川へ。どんこ舟で堀割をまわり、昼食はうなぎのせいろ蒸し。御花・北原白秋生家を見物。観光地化されてしまいやや騒々しいのですが、柳が堀割にその姿を映すきれいな街でした。
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 また西鉄に乗り、大牟田へ。三井三池炭鉱の町です。駅で自転車を借り、まずは石炭産業科学館へ。三池炭坑の概要をチェックし、大牟田市内の「近代化遺産」に関する地図・資料をもらいました。展示の中に朝鮮人の落書きがあります。太平洋戦争中、朝鮮から強制連行され三池炭鉱で働かされた人々が住んでいた馬渡社宅の押入れの中に残されていたもの。補償はどうなっているのか不明ですが、こうした展示として残すその見識は評価できます。近くにある三井港倶楽部は残念ながら非公開。そして三池港閘門①へ。石炭積み出しのためにつくられた港ですが、遠浅なため船が入港するとこの水門を閉めて水位を上げるわけです。一目で仕組みがわかるローテクさと、無骨・剛毅な佇まいが秀逸。団琢磨らがつくった石炭積み込み施設「ダンクロ・ローダー」②を遠望しながら市街地へ。そして市街地の真ん中に残る三池炭坑跡を徘徊しました。万田坑跡③は立ち入り禁止で遠望できるのみ。宮原坑跡も金網が張り巡らされていますが、穴があいており侵入可能です。坑内に資材を搬入する櫓と付属施設がほぼ完全な形で残っており、圧倒的な迫力で周囲を睥睨しています。この付近は炭住(炭坑住宅)④が残る、迷宮のような街並みでした。宮浦坑跡⑤は記念公園として整備されすぎて、あまり迫力なし。1888(明治21)年につくられた赤レンガ煙突⑥は健在です。炭坑節で歌われた煙突の面影を残すのは、もうここだけだそうです。西鉄で博多へ戻り、夕食はもち博多ラーメン。ナイト・キャップは薩摩のいも焼酎「小松帯刀」! 幕末の薩摩藩士。島津久光の率兵上京に同行し、家老側詰となる。大久保利通らを用い、大政奉還・討幕を画策。維新後、総裁局顧問・外国官副知事など枢要の地位にあったが、病気のため辞職。という人物ですが、それにしてもすげえネーミング。
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 というわけでこの二日間は主に近代化遺産をめぐりました。日本の近代化という歴史の証言者として心惹かれるのですが、それだけではなさそう。坂口安吾に語ってもらいます。「ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。…ただ必要なもののみが、必要な場所に置かれた。そうして、不要なる物はすべて除かれ、必要のみが要求する独自の形が出来上っているのである。(日本文化私観)」 そう、留保なく美しいのです。こりゃしばらくはまりそう。彼は自分の文学もそうありたいと言っています。銘肝。

 本日の一枚は、宮原坑跡の櫓です。安らかに眠れ…
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# by sabasaba13 | 2005-08-12 07:31 | 九州 | Comments(4)

福岡・大分編(4):志免鉱業所竪坑櫓・筥崎八幡宮(03.9)

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 本日最大のお目当ては、この建造物。何だと思います? JR酒殿(さかど)駅から歩いて十五分という情報を得ていたので、とりあえず現地に行きましたが、見当たらん! おまけに無人駅、下車客も通行人も民家もなし! ホワイト・アウトしたまま呆然と立ち竦んでしまった… 幸い向かいのホームに巧言令色鮮なそうな男子高校生がいたので尋ねたところ、「あの信号の向こうの歩いてそこそこの距離にあるけん」と教えてくれました。十分ほど歩いて信号に着くと、おおっ、はるか彼方に見えるではないか。歩くにつれて、その物件がだんだん全貌をあらわしてきます。胸の高鳴りと高揚感。周辺の敷地は立入禁止のような気がしないでもないですが、近づかずにはいられない。緩んでいるロープをまたいで膝下に到着。その巨大で超現実的な異様さ、(おそらく)計算されつくした機能性に圧倒されました。実はこれ、ここ志免炭田での採掘作業のために1943年につくられた竪坑櫓(たてこうやぐら)です。廃坑となったのでもう使用されていませんが、あまりに巨大なため壊せないという話。しばらく口をあけたまま見惚れました。残念ながら塀で囲まれていて、内部へは入れません。しかしこれは必見の物件じゃけん。修復・保存した上での内部公開を強く望みます。誰も来ないかな。
 JRで筥崎に戻り、筥崎八幡宮へ。祭神は応神天皇と神宮皇后、日本三大八幡の一つで、蒙古襲来の際に護国の神として尊崇を集めました。ふと拝殿を覗き込むと、祝詞をとなえる神主の脇にジャージを着た数人の中学生がいます。「試合に勝つために神仏に頼るのか、このたわけもん」と口の中で罵倒しつつ、祝詞をよく聴くと「…がこーそこーそーくにをはじ…」。おおっと教育勅語ではぬぅわいか! 巫女さんに聞いたところ、中学校の体験学習で近頃増えているとのこと。拝殿を見上げると「敵国降伏」という額、鳥肌がたちましたね。ぞくっ。ここは鎮西…
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 本日の一枚は、夢(悪夢?)に出てきそうな志免鉱業所竪坑櫓の雄姿です。
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# by sabasaba13 | 2005-08-11 07:45 | 九州 | Comments(10)

福岡・大分編(3):下関・長府(03.9)

 そして関門海峡をしょぼいフェリーで渡り、下関へ。まずは南部町郵便局、旧秋田商会ビル、旧英国領事館(内部公開)といった古い洋館を見物しました。このあたりに「床屋発祥の地」という記念碑もあります。そして日清戦争の講和会議が開かれた春帆楼という高級料亭にある日進講和記念館で、その時に使用された卓・椅子・調度品を見物。1895(明治28)年、伊藤博文・陸奥宗光と李鴻章の会談がもたれ、下関条約が結ばれた地です。この条約で日本政府は台湾・遼東半島を清から奪うのですが、李鴻章はこう語っています。「領土割譲は清国民に復讐心を植えつけ、日本を久遠の仇敵とみなすだろう。日本は開戦にあたり、朝鮮の独立を図り、清国の領土をむさぼるものではない、と内外に宣言したではないか。その初志を失っていないならば、日清間に友好・援助の条約を結び、東アジアの長城を築き、ヨーロッパ列強からあなどられないようにすべきである。」 すぐ隣りに彼が歩いた散歩道「李鴻章道」が残されています。
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 そして関門海峡ぞいの道を散策。潮流の方向・速さを示す巨大な電光掲示板が印象的でした。壇ノ浦の合戦で潮の流れが明暗を分けたのもよくわかります。関門大橋の下をくぐり壇ノ浦古戦場跡、幕末に攘夷を決行した長州藩への報復として四カ国連合艦隊が占領した砲台跡を見て、バスで長府へ。「維新発祥の地」という石碑がありました。風情ある古江小路の武家屋敷、旧毛利邸を抜け、高杉晋作が藩権力奪取のため挙兵をした功山寺へ。彼の銅像がありました。蛍の名所でもある清流壇具川をプラプラと徘徊。バスで新下関に行き、レトロな「こだま」で博多へ。今夜は博多泊です。夕食は、当然博多ラーメン。
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# by sabasaba13 | 2005-08-10 07:30 | 九州 | Comments(2)

福岡・大分編(2):門司(03.9)

 門司の街並みは、日本と九州の玄関であった往時の殷賑を髣髴とさせる蠱惑的なものでした。関門トンネルが開通してさびれた後、再開発がされなかったのでしょう。「建物の老人ホーム」みたいな雰囲気で、余生を楽しんでいるようにも見えます。功なし名をとげた存在のみがもつ風格も感じます。レトロ・ブームでこの街への関心が高まっているのは嬉しいかぎり。このポルトガルのようなのんびりした雰囲気を壊さないで、上手に町興しをしてほしいな。ブラブラと歩きながら旧大阪商船ビル①、旧門司税関②、国際友好記念図書館③、旧門司郵便局④といった戦前のビルディングを見物しました。④は門司初のモダニズム建築だそうで、設計は山田守。縦長の窓ガラスがこれでもかと並ぶ斬新なデザインです。たしか彼は名作東京電信電話局⑤(現存せず)の設計者では。他にも、御茶ノ水の聖橋⑥、日本武道館、京都タワービルなどがあります。アーチ+縦長デザインが彼の好みなのかな。
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 kitschな民家・商店街も数多く残っています。和風、洋風、折衷風、国籍不明風と、バラエティにとんだ家並みはあきません。しょぼい(失礼)民家の野外展示博物館のようです。銭湯の優品もいくつか発見しました。「どこが銭湯だ、どこが!」とつっこみたくなるような梅の湯、スクラッチ・タイルを貼りめぐらしたモダンな旧旭湯。
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 ここで提案。これだけ時代がついて味のある建物、ビルディング、民家、商店、銭湯があるのでから、門司全体を「昭和30年代の街」というテーマで再開発し、観光客を誘致してはどうでしょう。これほどさまざまなタイプの建築が朽ちることなく保存され、しかも今も活用されている所は珍しいと思います。間違いなく昭和30年代への憧憬を持つ人はこれからも増えると思うので、当たると思いますよ。アメリカの防共防波堤となることで戦争の賠償を免れ援助を受け、戦争責任のことは雲散霧消して被害者のことを忘れ去り、朝鮮戦争により経済を復興させ、アメリカに追従することで国際外交に煩わされることもなく、ある程度の民主化も実現し、安い石油価格と勤勉な労働により驚異的な経済面のみの驚異的な成長をなしとげた、あの夢のような時代…
 旧三井倶楽部を見物して、さあフェリーで本州へ渡りましょう。
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# by sabasaba13 | 2005-08-09 21:57 | 九州 | Comments(0)

福岡・大分編(1):門司(03.9)

 2年前、関アジ・関サバを食べに九州に行きました。Vissi d'aji, vissi da saba. そしたら、棚田だの三池炭鉱物件だの石橋だの鏝絵だの元寇防塁だの博多ラーメンだの、いつもの如くいろんなものがくっついて、いつもの如くギトギトした脂っこい徘徊になってしまいました。そろそろロマンス・グレーの紳士風なchicで洒落た旅にしたいんですけどね。ま、青春の真っ只中ということにしておきましょう。
 飛行機で博多着。着陸直前、小雨にけむる志賀島が見えるではありませんか。金印発見の地も踏査してみたいのですが、時間の関係上無理かな。さっそく鹿児島本線に飛び乗り一路東へ。「日本恥ずかしい駅名100選」にノミネートしたいスペースワールド駅で下車すると、眼前に東田第一高炉が屹立しています。日清戦争の賠償金を使って1901年に建設された日本初の近代的製鉄所、官営八幡製鉄所の高炉です。いやはや、とっくに産業廃棄物となって富士の裾野で狐狸と共に眠ってるかと思いきや、保存されていたのですね。その存在感たるやたいしたものです。「1901」というプレートが誇らしげに掲げられていました。これは一軒の勝ち蟻。
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 そして門司港駅に到着。ホームにかかる屋根の柱は木造、それを支えるアーチは線路を利用したもの、いい味を出していますね。ここは日本では珍しいターミナル型の終着駅である上、その駅舎が石造を模したルネッサンス様式のレトロな木造建築なんです(1914年築)。内装もほぼ当時のままで、まるでタイム・スリップをしたみたい。ホームに立って、去り行く列車を見送れば、そう、気分は「旅情」のロッサノ・ブラッツィ。「サマータイム・イン・ベニス」が聴こえてきませんか。しかし関門トンネルが開通してさびれたためとはいえ、よくぞ保存されたものだ。関係者各位の努力に敬意を表したいと思います。

 本日の一枚は、もち、門司港駅。
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# by sabasaba13 | 2005-08-07 06:31 | 九州 | Comments(0)

「BC級戦犯裁判」

 「BC級戦犯裁判」(林博史 岩波新書952)読了。A級戦犯靖国合祀についてはいろいろと議論されていますが、BC級戦犯については等閑視されているような気がします。この本はBC級戦犯裁判についての概略をまとめたもので、非常に充実した中身が濃い一冊です。お勧め。
 第二次世界大戦後に行われた戦犯裁判には、主に政府や軍の指導者を対象とした「平和に対する罪」(A級戦争犯罪)を裁くものと、個々の残虐行為に関わった者を対象とした「通例の戦争犯罪」(B級戦争犯罪)と「人道に対する罪」(C級戦争犯罪)を裁くものがありました。日本に関しては、ほとんどB級戦争犯罪しか適用されず、連合国(アメリカ・イギリス・オランダ・フランス・オーストラリア・中国・フィリピン)による裁判で約5700人が裁かれ、934人が死刑となっています。
 まず著者は「いいかげんな裁判により、無実の日本人が処刑された」という一般に流布しているイメージを、綿密な研究により批判します。とてもまとめきれないので是非本書を読んでいただきたいのですが、冷戦、国共内戦、植民地の再建といった複雑な状況がからまり各国によって様々な対応の違いがあったのですね。断片的ですが、いくつか気になる論点を紹介します。
 まず軍と結びついて捕虜を受け入れ、強制労働をさせることによって莫大な利益を得ていた企業経営者たちがまったく裁かれていないこと。忘れてはいけないことなので、企業名を列挙しておきます。住友別子銅山、三菱尾去沢鉱山、仙台小坂鉱山、常磐炭鉱、宇部炭鉱、日本鋼管川崎、芝浦電気、日本製鉄ニ瀬鉱業所、日本製鉄函館、新潟鉄工所、鹿島組、浅野セメント、新潟海陸運送、大阪築港、日通隅田川支店。
 日本軍による重慶爆撃などの無差別爆撃が裁かれなかったこと。連合国としては自分たちもしているわけですから、この凶悪・非人間的な戦争犯罪については見逃したのですね。筆者も言うように、連合国を含めて無差別爆撃を処罰しなかったことは、その後の世界に甚大なる悪影響を及ぼしています。現在もアメリカによって世界各地で繰り返される無差別爆撃と、それを支持する日本政府。
 中国での日本軍の残虐行為を引き起こした原因の一つである食糧の現地調達という作戦計画を立案した軍幹部が裁かれていないこと。太平洋戦線で多くの日本兵が餓死したことにも関係します。
 戦後、日本政府は冷戦という状況を利用して、戦犯の赦免・釈放を行ったこと。日本の中立化を恐れるアメリカに譲歩を迫り、西側にとどまり再軍備をすることと引き換えにBC級戦犯の免罪をかちとっていったのですね。1958(昭和33)年にはすべての戦犯が完全釈放され、それを待っていたかのように翌年刑死者346人の靖国神社への合祀がおこなわれ、1966年にはBC級戦犯の刑死者全員が合祀されます。
 そして不正行為の責任が中間管理職や末端の者に押し付けられ、上層部が罰せられないという、BC級戦犯裁判でよく見られた構造が、今の日本社会でも蔓延っているという問題。以下、引用します。
 現在、公立学校において教育委員会の通達と校長の職務命令によって日の丸・君が代が強制されている。教育現場において、自分の頭で考え判断し行動するということが認められないのだ。良心に基づく行動をこうした形で押さえつけることは、上官の命令は天皇の命令であり絶対服従である、としていた旧日本軍の体質と共通するものがあるように見える。職務命令だから従わなければならないとしか言えない管理職の姿を見ていると、上官の命令問題についてきちんと総括してこなかった日本社会の問題がここに典型的に現れているように思える。
 評論家の加藤周一氏が「春秋無義戦」というエッセイの中でこう言っていたのを思い出しました。
 直接の(戦争)責任は、若い日本人にはない。しかし間接の責任は、どんなに若い日本人も免れることはできないだろう。彼または彼女が、かつていくさと犯罪を生みだした日本文化の一面と対決しないかぎり、またそうすることによって再びいくさと犯罪が生みだされる危険を防ごうと努力しないかぎり。
 われわれの社会に根強く残る旧日本軍的体質、はっきり言えばそれを生みだした日本文化の一面ときっちり向かい合い批判し、変えていく努力の必要を銘肝します。

 追記。「教員免許の更新制を議論している中教審のワーキンググループは5日、現職教員を更新制の対象から外し、新たに免許を取得する人について約10年ごとに更新することで一致した。教員としての適格性や専門性を確かめる講習の修了を免許更新の要件にすることでも合意。今後、一致点を基に審議経過をまとめ、中教審の教員養成部会に報告する。」というニュースを知りました。やれやれ。自分の頭で考え判断し行動する教員を、本気で抹殺するつもりなのですね政府は。
 汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし。
                   ~漱石ロンドン留学日記より(1901.3.21)~

# by sabasaba13 | 2005-08-06 06:42 | | Comments(0)

「マラソン」

 私、映画を見終わると4段階のランクをつけます。梅:金返せ 竹:満足、元は取った 松:金を払うからもう一回見たい 時価:金はある程度払う(要相談)から、毎年一回見たい ふざけた基準かもしれませんが、自分としてはけっこうリアリティをもっています。どれくらい身銭を切る覚悟があるかというのは、映画を鑑賞する側にとって重要だと思います。で、この映画は竹の上。
 韓国映画で、主人公は20歳の自閉症の青年、チョウォンです。知能は5歳程度ですが、長距離を走る才能は抜きん出ています。母親のキョンスクは、彼をフルマラソンに参加させるために、飲んだくれのコーチに指導を依頼します。3時間を切るタイムを出すことが、アマチュア・ランナーの勲章なのだそうですね、知らなかった。なお彼はボストンマラソン優勝者ですが、飲酒運転で事故を起こし、ペナルティとして養護学校で200時間奉仕をすることを命じられています。当然、やる気なし。チョウォンのことしか頭になくつきっきりで何から何まで世話をしようとするキョンスク、父親と次男はその姿に反発を覚え、またコーチも「彼の自立をじゃまするのか」となじります。結局、息子の体力を案じて、マラソンへの参加をやめさせます。しかし自我にめざめたチョウォンは… まあ結果は見てのお楽しみです。
 手抜きをしていたコーチが、チョウォンの無心で走る姿に心を打たれ、心が通い合うようになるシーンなどよく描かれています。自分は息子に足枷をはめているのでは、と悩む母親の演技もうまい。そして何よりも、主人公を演じた男優がいいですね。感情の表現や意思の疎通ができない、難しい役を上手に演じていました。特に最後の笑顔は、百万ドル。残念なのは、最後のマラソン・レースの場面です。彼が走っている姿を、並走しながらローアングルで撮影するカメラ・ワークには魅せられました。下から撮ると、走る姿は力感にあふれ、私も50mくらいだったら走るのも悪くないなと思ったくらい。しかしその後がいけない。突然シーンが切り替わり、かつて彼がいろいろなトラブルを起こした場所を走り抜けるのです。スーパーマーケット、地下鉄のホーム、あげくのはてはアフリカのセレンゲティ国立公園! 彼はここを舞台にした動物ドキュメンタリー番組が大好きで、特にシマウマを愛しているのですが、そのシマウマといっしょに走っているのです。ドラマの前半を回想させようという意図でしょうが、これはやりすぎ、興ざめでした。彼がコースを走る姿を見続けていたかったのに。
 というわけで、元は取れました。未見ですが私の勘は結構当たるのであえて言うと、「スター・ウォーズ3」や「宇宙戦争」より絶対面白いと思いますよ。
# by sabasaba13 | 2005-08-05 07:00 | 映画 | Comments(0)