北海道編(1):札幌(04.9)

 昨年の9月に札幌・函館近辺をフラフラしてきました。夕張の炭鉱関連物件と、北海道の明治村である「開拓の村」と、未踏の地小樽と函館と、石川啄木の足跡の見物がお目当てです。下準備で札幌を調べていたら、大通公園にイサム・ノグチ作の彫刻があるという情報をゲット。そう言えば彼の遺作となったモエレ沼公園が札幌にあることを思い出し、さっそく旅程に組み込み! さらに藤森照信氏の「特選美術館三昧」を買って読んでいると、美唄にすんばらしい美術館があるとのこと。美唄といえば三菱炭鉱があるじゃないか。うしっ、ここも行こう。今回は札幌三泊、函館二泊なので、旅程の組み換えがある程度可能。天気・気分とのからみで右往左往することにしました。

 昼頃に新千歳空港に到着。利休鼠の雨が降るあいにくの天気。小生の悪運もここに尽きたかと落胆しつつ、電車で札幌に行きラーメンを食べながら本日の予定を考えます。札幌市内の彷徨か、「開拓の村」散策か。雨の日は地図で目的地をさがすのが面倒なので、後者に決定。新札幌駅まで行きタクシーで「開拓の村」に到着。ここは明治・大正時代の道内の建物を移築・復元・保存している野外博物館です。有島武郎住居や屯田兵屋や開拓小屋、にしん漁で潤った青山家住宅など興味深い物件がありました。石川啄木がかつて勤めた旧小樽新聞社を見上げて感無量。鉄道馬車も復元されており、雨に打たれながら客車を引く馬の姿には哀れを覚えます。そうそう、北海道大学恵迪寮の「ニュートンもクソの落下に気がつかず」という落書きは傑作でしたね。そりゃそうだ。愛知県にある「明治村」のようなきらびやかさはありませんが、往時の北海道の姿を想像できる、なかなかよい博物館です。あらためて、近代日本が持ったはじめての植民地は北海道と沖縄なのだなあと考えさせられました。
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 夕食はホテル近くの寿司屋で鉄火丼を食す。ファイターズの話題で、お店は盛り上がっておりました。スワローズ・ファンとしては、いつかこのチームと日本一をあらそいたいですね。さてさて今回の旅は雨模様の日が多くなると覚悟を決めました。明日も雨ならば市内彷徨、晴れたら美唄とモエレ沼公園に行くことに決定。モエレ沼公園は是が非でも晴れた日にぶつけようと心に誓います。
# by sabasaba13 | 2005-02-17 06:31 | 北海道 | Comments(0)

トゥー・ハンズ

 レオン・フライシャーの「トゥー・ハンズ」を聴きました。彼は、ジストニアという病気により右手が完全に麻痺してしまったピアニストです。35年におよぶ必死のリハビリによって回復し、レコーディングしたのがこのアルバムです。ピアノが弾ける喜びが慈雨の如く心を濡らしてくれます。シューベルトのピアノ・ソナタ第21番(遺作)もしみじみとした良い演奏ですが、圧巻はJ.S.バッハの「羊は安らかに草をはみ」ですね。カンタータ第208番《わが楽しみは愉快な狩だけ》BWV.208のアリアを、エゴン・ペトリがピアノのために編曲した曲です。かなり遅めのテンポで一音一音を慈しむように弾いた演奏で、心のひだひだにじわっと染み込んできます。それにしても、こんなに単純な和声・リズム・旋律でこれほど人の心を揺さぶれるとは。バッハの力量に感嘆するとともに、あらためて音楽に感謝したいですね。昨今「癒し」という言葉が巷に溢れて辟易しております。しかしその実態は、感覚を麻痺させて痛みを一時的に忘れさせてくれる麻酔薬の如きものです。まあそれが悪いとは一概には言えませんが。私がほしいのは、滋養強壮剤です。この曲を聴いていると、心身にほくほくと栄養分が行き渡るのを感じます。聴いた後は無性に人に優しいことをしてあげたくなり、山ノ神の肩を(肩ですよ肩!)揉んであげたりする健気な私です。ブッシュとシャロンに聴かせてあげたい。
# by sabasaba13 | 2005-02-16 06:30 | 音楽 | Comments(0)

「ものづくりに生きる」

 「ものづくりに生きる」(小関智弘 岩波ジュニア新書318)読了。著者は大田区内の町工場で働くベテラン旋盤工です。“ビルの屋上から設計図を紙飛行機にして飛ばせば、三日後には製品になってもどってくる” 螺子一つから、最先端のハイテク部品までを作り出す町工場街と、そこに生きる職人たちを姿を生き生きと描いた好著です。モノをつくるということの奥深さと尊さをしみじみと感じます。そして仲間と励ましあい助け合いながら働くことの素晴らしさ。珠玉の言葉をいくつか紹介します。「機械にもニンベンをつけて仕事をするもんだ。」「人のためではない。まして金のためなんかではない。ただ自分が納得できる仕事をしたいだけである。」「つまらない仕事というものはない。仕事をつまらなくする人間がいるだけである。仕事が味気ないのではない。味気なく仕事をするから、楽しくないだけである。」「職人というのは、人の役に立つ仕事をする人間です。その人間の仕事が楽しくないはずがない。楽しんで働けなければ、職人じゃないですよ。」「"遊び"に理解のある職場ほど、働きやすい。たとえ結果としてうまくゆかなくても、その"遊び"に寛容な職場は人を育てる。職場のふところが深いということだろうか。分刻み、秒刻みに能率をあげることばかり考えているような職場は息がつまるし、遊びと怠けの区別もつかないような人のもとで働くのはたまらない。」
 納得のいく仕事がしたいという気持ちが大事だと痛感しました。他者を蹴落とそうとする競争原理からは、良い仕事は生まれないと思います。いやあ働く意欲がもりもりとわいてきました。そしてわれわれから働く機会を奪おうとする存在に対する怒りも。
# by sabasaba13 | 2005-02-15 06:30 | | Comments(0)

京都編(4)(04.12)

 予報通り雨。せっかくだから雪の京都を見たいなと思っていたら、山ノ神が九字の印を結び天に向かって「臨兵闘者皆陣列在前」と唱えはじめました。するとあら不思議、雨に霙がまじり、やがて雪に変わっていくではありませんか。雪の京都は初体験、いそいそとタクシーに乗って清水寺へ。もう言葉にできない息を呑む美しさ! 目果報目果報。雪景色の二年坂・三年坂や八坂の塔もよろしなあ。
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 雪のつもったお庭も見たいので、高台寺前にある圓徳院に入りました。北政所ねねが暮らしていたお寺さんです。黒漆塗りの縁に映る冬木立がいい風情です。長谷川等伯の襖絵特別公開という豪奢なおまけつき。絵を堪能し、雪に包まれたお庭を満喫しているうちに、われわれはある重要な事実に気がついたのであった。"雪が降る→気温が低い→体感温度も低い" そう、畳・板の間に触れる足の裏が(文字通り)凍えてきたのです。「さぶいぼが立つ」というやつですね、これは迂闊でした。熱い鉄板に乗せられた猫状態で、まともに立っていられない。日本家屋は夏向きにつくられているという冷厳なる事実を思い知らされました。円山公園に行き、平野屋でいもぼう(えび芋+棒だら)を食べても温まらず。そうそう近くに「戦友」の歌詞の碑がありました。
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 青蓮院に行くと、幸いストーブがありました。二人して世間の目も気にせず、足の裏を暖めました。ま、それはともかく、雪のお庭はため息が出るほど、ほああ、素晴らしいですね。木々や苔の緑と、雪の白が絶妙のコントラストを奏でます。特に室内から拝見すると、柱や障子が額のように情景を切り取り、緋毛氈の赤が彩りを豊かにしてくれます。青蓮院のお庭は、樹木・苔・池・石組がバランス良く配置されていて、なかなかいいですね。もう少し冒険してもいいかな。
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 ここから白川沿いに歩いて四条へ向かいます。途中で吉井勇の歌碑や出雲阿国像を発見。長久堂のきぬたを土産として発送し、弥次喜多で小山のような粟汁粉をいただきました。
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 京阪電車でホテルに戻り、荷物をもって京都駅へ。駅ビル最上階にある空中庭園とsky wayから京都市内を一望。これで三方から都を鳥瞰できました。地下鉄で錦市場に行き、三木鶏卵と田中鶏卵のだし巻き卵を購入。先程食べ比べましたが、三木鶏卵の方がだしの味がやや濃く硬めに焼きあがっています。私はこちらが好き、行列は田中鶏卵の方が長いけど。駅に戻り、イノダでコーヒとスパゲティ・ナポリタンを食し、新幹線で帰郷。東寺の五重塔が「おはようおかえり」と囁きかけてくれたような気がします。
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 本日の二枚は、清水さんと圓徳院です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-14 18:39 | 京都 | Comments(0)

京都編(3)(04.12)

 予報通り本日は晴れ後曇り。自転車をデリバリーしてもらい、出発です。ホテル近くにある地元密着型喫茶店「アマゾン」で美味しいモーニング・サービスをいただき、めざすは大徳寺。東本願寺脇を走り、京都で一番長い通りである油小路通りを、町屋を堪能しながら延々と北上。途中で植柳小学校の二宮金次郎像、女体のレリーフが壁面を覆う西陣電話局、本阿弥光悦屋敷跡をゲットしました。それにしても街中の消火器・消化バケツの多さにはいつも驚きます。火事の恐ろしさを骨の髄まで知っている街なのですね。
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 まずは大徳寺塔頭の龍源院へ。四つの個性あふれるお庭が見られ、おまけに喫煙所もある素晴らしいお寺さんです。
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 そして瑞峯院、ここのお寺さんにもいいお庭があります。たしか重森三玲(しげもり・みれい)の作です。そういえば彼はイサム・ノグチと親交があったように記憶しています、この庭とモエレ沼公園とどこかでつながっているのかもしれません。
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 次は小生が大好きな高桐院を見物。いつもいつも惚れ惚れしてしまうのは、入口から本道へと至るアプローチです。わずかな距離なのにあえて曲がり角を設けて変化をつけ、リズミカルな敷石や植え込みで視線を魅了してくれます。もちろん灯篭と数本のもみじだけで構成されているシンプルなお庭も大好きです。ぜったい紅葉の季節に来るぞ、っと何回かめの誓いをたてました。
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 大仙院は相変わらず商売っ気たっぷりで脂ぎっています。「今ここで頑張らずにいつ頑張る」という力みかえった横看板に圧倒されました。隣りにある今宮神社で軽く感じると願いが叶うという「阿呆賢さん」という石を持ち上げ、あまりの重さに三歩歩めず。残念ながら名物あぶり餅は休店でした。
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 そして船岡山に登って眺望を楽しみ、脱衣場に「爆弾三勇士」の浮彫りがあるという伝説の銭湯、船岡温泉の外観を見物しました。
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 次は千本ゑんま堂(引接寺)へ。本日の一推しはここですよ、ここ。眼光鋭い閻魔像もさることながら、みんなの願いを何でもまとめて叶えてあげまっせえ、という雰囲気がムンムン充満しています。一見の価値あり。幼い少女が駆け寄って一心不乱に祈っていた姿に、信仰の原型を感じました。さて昼食は湯豆腐「わら」にしようと意気込んで行ったら、臨時休業。ふと目に入った看板のネギ焼きという言葉につられ、お好み焼き「きたいち」に入りました。香り高い九条ネギをふんだんに入れた絶品の味。旦那と女将の掛け合いも面白いし、再訪を期す。
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 次は釘抜きさん(石像寺)です。ここも庶民の祈りで支えられているお寺さんで、願いが叶えられた時に奉納する釘抜きと釘がお堂の壁面を埋め尽くしている様は圧巻。境内に張り出してある奉納金も、ほとんどが千円なのもいいですね。裏には弘法大師の井戸があります。
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 北野天満宮・平野神社・大将軍八神社・だるま寺(法輪寺)をひやかし、山中油店でごま油を購入。落花生油も舐めさせてもらいましたが、ほんとに胡麻と落花生の味がするのに感動。化け猫の気持ちがわかりましたね。
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 そして大サカキが睥睨する浄福寺、諸神諸仏と桜が境内を埋め尽くす雨宝院、晴明人気でブレイクし様変わりした晴明神社、一条戻橋、伊藤仁斎古義堂跡、京都ハリストス正教会を見物。
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 日暮れも近くなるとさすがに冷えてきました。ペダルをこいでいると、後ろから何か呟き声が聞こえてきます。「寒い… 寒い… ぜんざい食べたい… 寒い…」 すわっ、これは危険信号、山ノ神が瀕死の状態です。「ごま油を舐める?」と聞いたら、「あたしはろくろ首ではない」と切り返されるのは目に見えているので、とりあえず大急ぎでホテルへ。「わらじや」のうぞうすい(鰻の雑炊)を奉納して、事なきを得ました。
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 本日の一枚は、大徳寺高桐院です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-13 07:50 | 京都 | Comments(0)

京都編(2)(04.12)

 本日は予報通り雨。晴れの日を自転車による京都散策にあてる決意を固めたので、電車・自動車による移動が中心となる天橋立観光に決定。基本中の基本、日本三景の中で、小生も山ノ神も未踏の地なんです。特急「まいづる」に揺られて約一時間半、西舞鶴に到着。途中の綾部あたりで雪が降り始めたのにはびびりましたが、小雨模様ですんだので一安心。駅前の喫茶店でモーニング・サービスを食し、レンタカーを借りました。伊藤麻衣子を万力で縦に12cmほどつぶしたようなキュートな女性が懇切丁寧に応対してくれて助かりました。さっそく天橋立へ向かい出発。途中に「山椒大夫屋敷跡」という眉唾ものの物件もありました。約40分で到着、さっそく南側の飛龍観にリフトで登り、天橋立を堪能。リフトで下ると、何とおひいさんが顔をのぞかせはじめました。さっそく自転車を借り、天橋立を往復。そして車で北側に移動し、ケーブルカーに乗って傘松公園へ。先程とは違った角度で天橋立を一望できます。もちろん股のぞきもしましたよ。さて小腹がへったので展望食堂でうどんを食べていると、突然のじゃじゃ降り。食べ終わり外に出ると、またおひいさんが今日は。いやあ強運ですね、さすが神様同伴。
 さて、カニを食うならそろそろ舞鶴に戻る時間だし、伊根という漁村にも行きたいし、迷うところです。おそるおそる山ノ神にお伺いをたてると、「カニはいつでも食べられる。見るべきものを見るべし」という有難い御託宣をいただきました。海沿いの快適な道を、丹後半島に沿って北上。運転している山ノ神も「時速70kmだ。身の程を知れ。はい。」と同じ声で腹話術をしながら、ご機嫌の様子です。約30分で伊根に到着。ここは舟屋という海に張り出した家々が建ち並んでいます。一階が船着場兼舟の倉庫、二階が住居という造りになっていて見事な景観。鏡のような湾と、飛び交う海鳥と、湾に沿って連なる舟屋。「よそさん」の勝手な願いですが、いつまでも変わらずにいてほしい場所です。街並みを散策していると突然野猿が現れたのにはビックリしましたけれど。後ろ髪を引かれるように車に乗り込むと、またじゃじゃ降り。山ノ神の背後に後光だかオーラだか天使の輪だかが輝いているようでした。途中にある「とれとれ市場」で寿司を買い、車を返却して特急で帰京。
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 本日の二枚は、天橋立と伊根です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-12 19:40 | 京都 | Comments(0)

京都編(1)(04.12)

 どうも一年に一度は上洛しないと気がすまないたちで、昨年末に京都に行ってきました。今回は、京都に関する興味深いエッセイを数多く著している入江敦彦氏の「秘密の京都 京都人だけの散歩術」(新潮社)を参考にして、ツーリストが普通行かない所を重点的に徘徊しようと思います。あと未踏の地、天橋立にも行く予定。天候が不安定だという予報なのですが、山ノ神同伴なので何とかなるでしょう。ほな、いってみよか。

 予報通り、晴れ時々曇りの天気。「京都見聞録」という貸し自転車屋に、ホテルまで自転車を届けてもらい出発です。お隣の養源院のお庭に挨拶し、もしや紅葉が残っているのではと淡い期待を胸に東福寺へ。途中の今熊野商店街にある「ゲベッケン」というパン屋でモーニング・サービスをいただきました。焼きたてパン二個+珈琲飲み放題、満足満足。さすがに紅葉は終わっていましたが、緋毛氈を敷き詰めたような散り紅葉が素晴らしい。そして川端通りを北上し、加藤順漬物店で年賀を送りまくり、出町柳へ。下鴨神社の糺の森を散策しました。都市のど真ん中に残っている原生林ということで、世界遺産に選ばれたとか。ところどころに見事な紅葉が見られるのには驚愕。もう年末だというのに… 賀茂川を渡って枡形(出町)商店街へ。錦市場も結構ですが、こうした地域に密着した商店街もいいですね。おばさんの波をかきわけながら、店頭で売られているものを物色。九条ネギが美味しそう、必ずネギ焼きを食うぞと心に誓いました。どんつきにある蕎麦屋で鴨南蛮とニシンそばをいただき、さらに北上。
 桓武天皇に無実の罪をきせられ非業の死をとげた早良親王を祀る上御霊神社を拝見しました。ここは応仁の乱勃発の地でもあります。人気のない森閑とした境内はただならぬ気配を感じさせます。「怨念がおんねん!」と薄ら寒いギャグをとばしても、虚しく空に吸い込まれていくだけでした。次は天寧寺。比叡山が借景となる額縁門が有名なのですが、残念ながら修復中。裏手の墓地に近藤勇の墓があると、今知りました。付近にあった地蔵の石仏を集めた上善寺を訪れ、再び賀茂川を渡って上賀茂神社へ。ここの神官たちが住んでいた家々が明神川に建ち並ぶ「社家町」もいい雰囲気ですね。この辺は、すぐきの産地でもあります。さて東へ向かい、山の麓にひっそりと佇む大田神社によって、深泥池(みぞろがいけ)へ。氷河期以来の動植物が今も生き続ける貴重な池なのですが、京都有数の心霊スポットとして有名ですね。安藤忠雄設計の「陶板名画の庭」を見たかったのですが、残念ながら休館。
 そして本日のメイン・ディッシュ、大文字山へ。大文字送り火まで登るハイキング・コースがあり、そこからの眺望は絶景との情報を信じましょう。銀閣寺門前の左手奥に自転車を置き、案内表示に従って登攀開始。木々の間を抜けて急な山道・石段を登ること約三十分、突然視界が開け大文字に到着。…………… すごい 京都の全貌が眼下に一望できる最高のビュー・ポイントです。「京都はあたしのものよ! オーホホホホホホホ」という気持ちになります。ほんっとに凄いですよ、ここは。はるか大阪の高層ビル群まで見通せました。はあ 心の底からお勧めします。リフトもあるのですが、多分お盆の時期のみの運行で焚き木しか乗せてくれないと思います。再び自転車に乗り、吉田神社の参道を西へ走り京都大学の脇を走り抜け、洋食屋「金平」へ。タンシチュー、カキフライ、カニコロッケをガツガツと瞬時にたいらげてしまいました。そしてホテルに到着。電話をして自転車を引き取ってもらいました。一日1500円、午後八時まで使用可、宿へのデリバリー・サービス、きちっと整備された自転車、この店はいいですね。「京都見聞録」090-7117-0410、お勧めです。後日ある方から、将軍塚からの眺望も素晴らしく、「京都も琵琶湖もわしのものじゃ、ガーハハハハハハハ」という気持ちになるそうです。夜に行ったことはあるのですが、昼は未見。うし、今度行ってみよう。
 デジカメの調子が悪かったので、残念ながら本日撮った写真はすべておしゃか。以前に撮影した金平のタンシチューをのせておきます。ほんっとに美味しいですよ。
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# by sabasaba13 | 2005-02-11 08:31 | 京都 | Comments(0)

山陽編(5):下津井~岡山(04.10)

 最終日ぐらいは落ち着いた上品な旅にしましょう。電車・タクシーを乗り継いで鷲羽山に行き、多島海と瀬戸大橋の絶景を堪能、下津井までのバスを待っていると… 来ない。係の方曰く「きまぐれやからのう」。おいおいそういう問題か、下電バス! しょうがなく徒歩で移動。途中に「笑う観光船」という看板があり、面白そうだと乗場に行ったら5分前に出航したばかり。
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 やれやれ、とぼとぼと歩いて下津井に着くと、おっなかなかおつな漁村です。なまこ壁、白漆喰、虫籠窓の重厚な建物がそこはかとなく点在、そして表面を焼いて炭状にした焼き板を家の壁にしているのが見所。腐敗防止のためでしょう、漆喰の白色とマッチしています。「観光客を誘き寄せよう」という姿勢がないのがいいですね。観光情報センターとして、古い商屋を利用した「むかし下津井回船問屋」が置かれていますが、このやり方もgood。展示室を見て分かったのですが、ここは北前船が蝦夷地から運んできた肥料に使うニシンを陸揚げしていた集散地だったのです。北前船の寄港地である函館、酒田、伏木、輪島、敦賀、境、竹原、尾道といった地名を見ると、かつて訪れた時の情景が走馬灯のように脳裏に浮かびます。いつか船をチャーターして北前船の航路めぐりをしてみたいな。ワクワクしませんか?
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 展示を見ていると、1990年に廃線となった下津井電鉄が「風の道」として整備されていて、児島まで歩いていけるらしい。未整備のワイルドな廃線跡を行くガッツはありませんが、一応「廃線」と聞くと血沸き肉踊るようになりました。大変歩きやすい土の道で、ところどころにナローゲージの架線柱やホームの残骸が残っています。電車になった気分で、海を見下ろしながら山の稜線に沿い、市街地を抜けて約6kmを歩破。JR児島駅まで歩いていく途中に、何やら大きな吊り橋が見えてきます。はてこんなところに…と不審に思い近づくと、歩道橋! 車もほとんど走っていないので、道路の真ん中で堂々と撮影しましたが、無駄な公共事業の典型例ですね。開き直りさえ感じます。
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 岡山へ戻る電車の中で作戦会議。天使「せっかくだから閑谷学校(江戸時代に岡山藩が民衆のためにつくった学校)に行きましょうよ」悪魔「だめだよ、飛行機に乗り遅れるよ」天使「弱気ねえ」わが心の内なるレッド・シューズ・ドゥーガン(古いなあ)は、悪魔の右手を上げました。岡山駅から路面電車に乗って、岡山城、そして後楽園へ到着。やはり基礎・基本が大事。今回の徘徊で、三名園と三名橋を仕上げることができました。それにしても路面電車を見ると、human scaleの街なんだなあという印象を受けてホッとしませんか。路面電車めぐりにはまりそうな♪恋の予感♪がします。札幌・函館・東京・江ノ島・豊橋・岐阜・富山・福井・大津・高岡・京都・堺・岡山・広島・松山・高知・福岡・長崎・熊本・鹿児島が、現在もゴトゴト路面電車が元気に走っている街です。
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 後楽園は池泉回遊式庭園で、築山、流れ、茶亭、石組などが美しく構成された変化の多い大名庭園です。広大な芝生と点在する梅林・桜林が大雑把すぎるかなと思いますが、芝生を縫ってたおやかに流れる水の流れはいいですね。ねころがって、しばしの昼寝を楽しみました。ZZZZZZ… 園内には、かつて岡山に留学していた郭沫若の詩碑がありました。
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 夢二郷土美術館に寄って、県立美術館へ。岡山出身の国吉康雄の作品が展示されておりました。この画家も気になりますね。
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 そして岡山空港から、空路帰郷。そういえば基本中の基本、日本三景の天橋立に行ったことがないなあ、などと思案にふけりつつ、窓は夜露に濡れていきました。

 本日の一枚は後楽園です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-10 18:51 | 山陽 | Comments(4)

山陽編(4):尾道~しまなみ海道(04.10)

 さあいよいよ自転車による瀬戸内海縦断を決行する日です。午前中に尾道市内を見学し、昼頃出発と計画していたのですが、嫌な予感がしたので、貸出所が開く9:00出発に変更。それまで散歩がてら尾道城まで往復、坂の街を実感しました。林芙美子の銅像を愛でた後、「LOS」という喫茶店でモーニング・サービスをいただきました。
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 この店は白木の壁に落書OK、いくつか紹介します。[]内は小生のコメント。『尾道はインドのベナレスに似ている』[?]『意外とうまかったこの店(この店を食べたんじゃないよ)』[わかっとるわ]『尾道でチャーハン食べるパリジェンヌ』[ロートレアモンの詩のようだ]『尾道のネコは足が強くて毛並みがよい そしてバイクにびびる』[バイクに立ち向かう猫がいるか!] そういえば先程の散歩の最中、ドンッという音がしたので振り向くと、猫がポリバケツに飛び降りて、直角方向にクイック・ターンをして坂道をかけおりていったところでした。成程、坂道が多いからなあ、猫の足腰も強くなるか。
 そして自転車を借りて出発しました。まずは船を接岸しやすいように、階段状となっている雁木を見学。尾道大橋は歩道が狭く危険なので向島まではフェリーで渡ります。車の通行の多い「しまなみ海道」を避けて、サイクリングコースを設定してあるので快適に走れます。これなら楽勝。
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 そして因島に渡る因島大橋が見えてくると、ある衝撃的な事実にハタと気づきました。瀬戸内海は船の通航量が多い→橋桁が低いとぶつかる→よって橋桁が高い ハアハア喘ぎながら橋にたどりついて、一服。潔く撤退して、尾道の猫とのんびり戯れるか。いや簡単に諦めたらクセになる、決行。因島で可愛らしい潮流信号所と大浜埼灯台に寄った後は、ひたすらペダルをこぎました。上りの時は「来るんじゃなかった」と弱音を吐き、下りの時は「来て良かった」と口笛を吹きながら、因島→生口橋→生口島→多々羅大橋→大三島→大三島橋→伯方島→伯方・大島大橋→大島→来島海峡大橋→糸山サイクリング・ターミナルと走破しました。走行距離約80km、走行時間約7時間、総費用1500円。辛い時、苦しい時、悲しい時、きっと私はこう呟くでしょう。「俺は瀬戸内海を自転車で縦断した男だ」 それがどうしたと言われれば、身も蓋もありませんが…
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 ターミナルで自転車を乗り捨て、バスで今治駅まで行き、そうだここは四国だと気づいて美味しいうどんを食し、しまなみ海道を走るバスで尾道に戻り、宿泊地岡山へ。結局、尾道散策はできませんでした。それにしても、この本四架橋は無駄な公共事業だと痛感しましたね。通行料が高いためでしょう、とにかく通行量が少ない。記念にガラガラの橋を撮影しておこうとカメラを構えたら、40秒ほど待つとすぐ撮れました。二つ掘ったトンネルのうち片方は使用していなかったり、「料金は橋の半額 シャトル・フェリー」という看板があったり。自転車も50円または100円の通行料を取られるのですが、賽銭箱みたいなボックスに投げ込むだけ、勿論係もいません。(あっ無論ちゃんと払いましたよ)
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 本日の二枚は、因島の大浜埼灯台と潮流信号所です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-09 17:07 | 山陽 | Comments(0)

山陽編(3):呉~大久野島~竹原(04.10)

 前中は軍港・呉を歩くつもりです。さっそく朝八時頃観光案内所に行くと、ぬぅぅわんと10:00開店。置いてあるパンフレットには地図が載ってない。貸し自転車がないのはいいとして、これは許せぬ所業。「さえりゃーせん」と捨て台詞をはいて、大久野島に行き、午後は尾道を散策しようかとロッテリアでハンバーガーを食べながら考えているうちに、ゴルゴ13のように冷静になれました。位置的にいって、呉は旅程に入れにくい、もう二度と来ないかもしれない… というわけで、思い直しました。コンビニエンス・ストアで呉市地図を購入するという裏技を使い、散歩開始。幸い快晴で気持ちのよい散策ができました。港を一望できる「歴史の見える丘」に行き、正岡子規と反戦歌人渡辺直己の歌碑を拝見。眼下には石川島播磨重工業の巨大なドックと工場群が、有無を言わさぬ迫力で広がっています。戦争と企業の結びつきを体で実感できました。
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 海上自衛隊の基地と煉瓦倉庫群が見える「アレイからすこじま」に行くと、潜水艦が曳航されてくるところでした。そして多数の軍艦と、在日米軍弾薬廠。コーネル大学のマーク・セルデン教授はテロを以下のように定義しています。「一九四九年のジュネーヴ協定をもとに、私はテロリズムを一般市民および彼ら/彼女らを支える環境に対して暴力ないし威嚇を組織的に使用すること、と定義する。」そうすると米軍が行ってきた/行っている行為はテロリズムです。詳細は「アメリカの国家犯罪全書」[ウィリアム・ブルム著 作品社]を参照してください。(ちなみにアメリカ政府は、テロリズムの正式な定義を示していないとのこと。そりゃできないよね。)すると「テロリストを支援する者もテロリスト」というブッシュ大統領の論理に従えば… 慄然とします。なお旧日本軍の魚雷用クレーンという珍しい物件もありました。
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 そしてバスに乗り、呉と倉橋島に挟まれた音戸の瀬戸へ。音戸の瀬戸は、平清盛が沈む夕日を扇で招き返して一日で開削したという伝説があります。さっそく日本で一番短い定期航路「音戸の渡し船」に乗船し向こう岸へ。桟橋に立っていると対岸から迎えに来てくれるという心温まるシステムです。料金は70円。清盛塚を見て、また渡し船で戻り、高台にある公園へ。瀬戸と大橋と渡し船と多島海を一望できる、素晴らしいビュー・ポイントです。
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 バスで呉市内に戻り、入船山公園にある旧呉鎮守府長官官舎を見物。金唐紙を使用した珍しい洋館です。戦艦陸奥のスクリューや大時計などもありました。
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 さて歩いて呉駅に行き、呉線で忠海(ただのうみ)まで移動。ここから今回のメイン・ イベント大久野島までフェリーで渡ります。15分ほどで到着すると、無料の送迎バスが国民休暇村まで連れて行ってくれます。 周囲約4kmの小さな島ですが、日本陸軍の毒ガス工場として、東京第二陸軍造兵廠忠海製造所が昭和4年に設置され、 昭和20年終戦後米軍により破壊されました。この工場は、各種の毒ガスや信号筒風船爆弾が製造されましたが、 イペリットの生産に重点がおかれていたとのことです。まずフロントで自転車を借り、レストランで冷凍のミックス・ ピザを食べながら案内を呼んでいると、うさぎの餌を売っていると書いてあります。実は実験用のうさぎが野生化したのですね。 さっそく購入すると、皮製の分厚い手袋も貸してくれました。オーバーだなあと思いつつ受け取り、自転車にまたがると、 すぐにうさぎたちが十数羽ワサワサと集まってきました。掌に餌を乗せると、 爪を立ててかぶりついてきます。手袋は必需品だった。 それにしても嬉しい。実は私、うさぎが大好きなもので… 至福の時間を堪能いたしました。
 雲ひとつない快晴、整備されたサイクリング道路、自動車は入島禁止、そして瀬戸内海と島々の見事な眺望。頭の中が真っ白になるくらい気持ちのよい走りでした。途中で頂上にある展望台への登り道がありました。きつそうなので躊躇しましたが、「とりあえず一番高い場所へは登る」という山ノ神の箴言を思い出し、自転車を置いて徒歩で十数分ゼイゼイ言いながら登りました。するとそこは完全に360度のパノラマ、もう絶句。海と空の青、遠近によるグラデーションを楽しめるたくさんの島影、その間を縫うように行き交う船。やはり彼女は正しかった、なぜなら神だから。Q.E.D.
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 そして圧巻は、島のあちこちに廃墟と化して残る貯蔵庫、発電所、研究所、砲台といった毒ガス関連の施設です。この島で何が行われていたかを物語る無言の証人ですね。その圧倒的な存在感と虚無感には胸を打たれます。人間の愚劣さを巨大な造形にしたモュメント。崩壊寸前で危険なのでしょう、すべて環境省による立入禁止の柵と看板があるのですが、実は簡単に入れます。 柵の両サイドが開いていたり、一跨ぎできるタイガーロープが張ってあったり。勿論中に入りました。 これはきっと環境省史跡保存課課長岩田喜三郎氏の考案で、「入ってもいいけど責任は自分で取れよ、 こちらはダメと言ったんだから責任はないぜ」 ということなんでしょう。気に入った。
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 そして毒ガス資料館でこの島の歴史について学んできました。というわけで、 大久野島はお勧めですね。 戦争史跡と廃墟とサイクリングと海と冷凍ピザがお好きな方には、一押しです。今度は休暇村に泊まって、 夕陽を眺めたいな。
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 フェリーで忠海港に戻り、さあどうしよう。宿泊地尾道に直行するか、少し西へ戻って竹原を見てくるか。大久野島のおかげでアドレナリンがビシビシ分泌しているのでしょう、勢いで竹原に寄ってきました。竹原は塩田で栄えた町で、古い町並みが残っているとのこと。保存地区に着くと、午後5時をまわっているのでもう薄暮です。ご当地出身の頼山陽の銅像がお出迎え。無理せず自然体に古い家並みを残してあるのがいいですね。徘徊する観光客はたぶん私一人。じょじょに暮れなずむ街に佇んでいると、濃密な閑けさ・寂しさに包まれます。耳を澄ますと、猫の鳴き声、子供の声、自転車のブレーキの音、一家団欒の声、水の流れる音、腹の虫の鳴く声が微かに聞こえてきます。消防団番所の赤いランプが怪しく輝く。すると近くの駄菓子屋から♪つつがなしや、ともがき… ♪というメロディ。次に♪菜の花畠に入日薄れ…♪が流れたら、もう涙腺が決壊しそうなのであわてて立ち去りました。夕暮れ時に観光地を訪れるというのは、けっこう賢明な選択肢ですね、勉強になりました。
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 駅前の看板に座布団を一枚あげ、そしていざ尾道へ。夕食は「みっちゃん」で尾道風お好み焼きを食しました。客の眼前で味の素をふりかけるのはやめたほうがいいですよ、女将。
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 本日の一枚は大久野島旧発電所です。
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# by sabasaba13 | 2005-02-08 19:43 | 山陽 | Comments(7)