で、本当にオリンピックやめませんか?

 以前、「東京オリンピックを嗤う」という随筆や、『で、オリンピックやめませんか?』の書評で述べたのですが、東京オリンピックの開催に私は反対です。社会の矛盾を弥縫し隠蔽するための国威発揚の手段としての利用、およびえげつない金儲け主義が、その理由です。それにコロナ・ウイルス禍という非常事態、そして東京オリンピックに関わる様々な疑惑や社会への悪影響も付け加えましょう。『週刊金曜日』(№1327 21.4.30/5.7)から引用します。

日本には五輪開催の資格も能力もない 内田樹
 東京五輪をめぐっては組織委に「担当能力がない」証拠があまりに多すぎた。猪瀬知事の暴言のあとに安倍首相の「アンダー・コントロール」発言があり、ザハ・ハディドの新国立競技場計画は撤回され、エンブレムの盗作疑惑、聖火台の設計漏れと続き、最後に英紙『ガーディアン』が、日本の招致委員会が前国際陸連会長の息子の関連するペーパーカンパニーの会社に2億2300万円の「コンサルタント料」を支払っていたことを報じた。
 ラミーヌ・ディアク前国際陸連会長は、ロシアのアスリートのドーピングもみ消しに関与して賄賂を受け取った疑いでフランスの司法当局の捜査対象になっている人物であり、息子は既に国際陸連から永久追放処分を受けている。招致委からの送金はこの息子の口座に転送され、五輪招致のための「水面下のロビー活動」の原資になったと『ガーディアン』は見立てていた。いずれ仏の司法当局が真相を明らかにするだろう。
 問題は、これを報道したのが英紙であり、疑惑解明を主導しているのが仏の司法当局だということである。日本のメディアも司法当局も疑惑の解明の主体ではない。それは、日本は自国のシステム不全を自力では補正できない国だということを国際社会に明らかにしたということである。
 IOC倫理規定では、五輪開催に関連して、いかなる性質のものであれ「秘密の報酬、手数料、手当、サービス」の提供を禁じている。違反した場合には開催取り消しもありうると明記されている。日本政府も組織委もメディアもこのまま「頬かむり」して真相解明を忌避し続けるだろう。そうやってごまかし続けるつもりなら、それでもいい。
 その自浄能力の致命的な欠如ゆえに、日本には国際的なイベントを、それも人間の尊厳を気づかう平和な社会の実現をめざすイベントの主宰者になる資格がないということを、日本はそのつど国際社会にアピールしているのだということに、いつになったら日本人は気づくのだろうか。(p.19)

東京五輪は"一大感染イベント"になる 飯塚真紀子
 人々の自粛疲れと変異ウイルスによる感染者数の増加、そして、非常に遅れているワクチン接種。そんな中、開催されようとしているのが東京五輪だ。当然のことながら、世界は五輪開催に懸念の目を向けている。
 中でも昨年から東京五輪の開催に疑問を投げかけているのが、『オリンピック秘史 120年の覇権と利権』の著者で、米国のさまざまなメディアで五輪問題を斬っている米パシフィック大学政治学教授のジュールズ・ボイコフ氏だ。2020年3月、『ニューヨーク・タイムズ』に「東京五輪を中止せよ」と題する論説文を寄稿。
「東京五輪で、"巨大で危険なウイルス培養皿"が生まれるかもしれない。世界の公衆衛生のために、東京五輪は中止すべきだ」と主張し、開催を頑なに主張し続けている日本政府とIOC(国際オリンピック委員会)を批判した。
 日本の現状に危機感を強めているボイコフ氏は、3月末、筆者にこう話した。「日本でワクチン接種がスローペースにしか進んでいない現状を考えると、新型コロナウイルスの感染拡大が現実的に起きる可能性があると思います。五輪が公衆衛生にとってリスクになるのなら、五輪は中止するべきです」。同氏は、五輪というスポーツイベントより、あくまで公衆衛生を優先すべきだと強く訴えたのだ。
 ボイコフ氏は、そもそもコロナ禍以前から、アスリートの公衆衛生よりも金儲けを優先して行なわれる東京五輪の問題を指摘していた。
 「収益の73%を放送局から、18%をスポンサー企業から得ているIOCにとって夏季五輪は最大のドル箱です。東京五輪は7~8月に行なわれますが、それにもお金が絡んでいます。アメリカでは五輪放送権を持つNBCテレビなどの放送局が五輪開催にお金をかけていますが、7~8月に開催されるのはアメリカでスポーツの試合が少なく、五輪中継を流すのに都合がいいタイミングだからです。しかし7~8月というと、日本では熱中症で亡くなる人も出る蒸し暑い季節。それにもかかわらず、その時期に開催されることも私には信じられません。五輪には、"アスリート・ファースト"ではなく"アメリカの放送局ファースト"というメンタリティがあるのでしょう」
 熱中症問題はもちろん、今では、それに加えて、変異ウイルスによる感染拡大とワクチン接種の遅れという大問題がある。危機的状況をよそに、五輪は金儲け主義により強行的に開催されようとしているのだ。
 そして、そんな五輪の金儲け主義により、利益を得るのはスポンサー企業や政財界のエリートたち富裕層だとボイコフ氏は指摘する。
 「五輪では、国民の税金により企業が特権を得ていると言われています。国民の莫大な税金が五輪に投入されていますから。お金を使いすぎるというのは、常に五輪の問題です。そして、その五輪から利益を得ているのは、スポンサー企業や政財界のエリートたち富裕層で、中小企業や労働者たちは利益を得ていません。それどころか、貧困層を傷つけていると思います。1964年の東京五輪の時にも、国立競技場近くのアパートに住む人々が移転を余儀なくされました。五輪は開催地にたくさんの社会問題を引き起こしているのです」
 実際、今回の東京五輪には莫大な税金が投入されている。新型コロナウイルスの感染拡大で開催が1年延期された上に、感染予防対策費も計上されることから、東京五輪の費用は1兆6440億円に膨らみ、五輪史上最大の経費になると見込まれている。それにより、結局、利益を得るのが大企業や富裕層であるなら、五輪は結局、格差を拡大させるスポーツイベントということになるのではないか?
 ボイコフ氏はまた、NBCニュースに寄稿した意見文「新型コロナウイルスの恐怖がある最中、東京五輪の聖火リレーがキックオフ。聖火は消されるべきだ」の中で、東京五輪に政府の予算が回されたために被災地で復興が進んでいない状況にもかかわらず、世界に復興をアピールしようと、堂々と「復興五輪」を謳う東京五輪の偽善にも言及している。
 かつて、ナチスドイツがその思想を広めるべくベルリン五輪の聖火リレーを利用したように、日本は東京五輪を政治的プロパガンダのために利用しているというのだ。
 実際、福島では復興が進むどころか、除染された地域で、放射性物質による再汚染が起きている可能性も指摘されている。
 東京電力福島第一原発事故後、被災地でダストを採取し、感染状況の独立調査を行なっている原子炉専門家アーニー・ガンダーセン氏によると、道路から30メートル入った森林地帯の汚染レベルは、道路から5メートル以内の地点での汚染レベルの5倍もあったという。森林地帯での除染が行なわれていないからだ。同氏は福島県の県土の70%を占める森林地帯がこれからも除染されることはないと見ている。(p.21~2)

 またウイルス禍という混乱を利用して己らの都合のよい法律をつくったり、普通なら批判される政策を実施したりする官僚や政治家たちの動きも見逃せません。同誌(№1256 19.11.8)の引用です。

東京五輪まで「日本に不安を与える外国人」を「収容」せよと国が入管に指示 堅田秀樹
 本来、入管は「人道的配慮から」長期収容を避けるため、収容を一時的に解く仮放免を実施する。だが問題は、ここ2~3年でそれが有名無実となり、仮放免が激減して無期長期収容が常態化したことだ。背景には、入国管理局長(現入管庁長官)が全国の収容施設長に出した通知や指示がある。
 16年4月7日付で「2020年東京オリンピックまでに、不法滞在者等『日本に不安を与える外国人』の効率的・効果的な排除に積極的に取り組むこと」との通知が出され、18年2月28日には「重度の傷病等を除き収容を継続すること」との指示を出している。
 つまり、国が「社会に不安を与える外国人」を「無期収容」せよと命令したのだ。(p.13)

 この状況を「負け続けてやめられなくなったパチンコ」と喝破したのは本間龍氏です。同誌(№1318 21.2.26)からの引用です。

東京五輪を中止できないわけ 本間龍 聞き手・尹史承
 -世論調査では8割が開催に否定的です。新型コロナウイルスの収束の目処もたっていません。なぜIOCや日本政府は東京五輪の開催にこだわるのでしょうか。
 お金の問題が大きいでしょう。すでに開催に向けて莫大なお金をつぎ込んでいる。いままでの投資をなんとか回収したい。日本政府にとって東京五輪は、「負け続けてやめられなくなったパチンコ」みたいなものだと思います。民間にもさまざまな投資をさせてきました。オリンピックバブルを当て込んで東京都内に巨大な商業施設や高級ホテルを山のように建てました。民泊の設備もそうです。そういうものを推進したわけです。それがオリンピックがなくなれば、空振りに終わって反発がくる。投資がすべて無駄になる。すると、自民党に対する風当たりも当然強くなります。
 だから政府はそう簡単に諦められない。春になれば感染率が下がり、国民の意識も変わるのではないかという淡い希望を持っているのかもしれない。(p.12)

 それにつけても腑に落ちないのは、これだけ叩けば埃が出るオリンピックなのに、メディアの追及がきわめて甘いことです。同誌(№1318 21.2.26)の中で、尹史承氏は次のように指摘されています。

 「五輪中止」をテーマに特集を組んだ。コロナ禍、世論調査では8割が開催に否定的だ。しかし、日本政府やIOCは、民意を無視して、開催に向け邁進している。
 その理由を本間龍、鈴木直文の両氏は、「お金・利権」と解く。アスリートファーストであるべきスポーツが、自民党や大資本の金儲けの手段になっている。玉川徹氏は情報番組で東京五輪を「自民党オリンピック」と揶揄した。
 しかしその構造と不正義を大マスコミは質そうとしない。
 なぜなら主要な報道機関が揃って五輪とスポンサー契約を結んでいるからだ。『読売新聞』『朝日新聞』『毎日新聞』『日経新聞』『産経新聞』の全国紙に『北海道新聞』がそれに続く。これは悪魔の契約にほかならない。莫大なスポンサー費を払い、見返りを得ることで、忖度が働き、公正公平な報道ができなくなる。現にこれだけ多くの問題を抱える東京五輪に対し、各紙「中止論」を掲げることはない。「自民党オリンピック」に完全に与してしまっている。
 権力の暴走を監視するのがジャーナリズムの務めであることを忘れてはならない。(p.66)

 以上。で、本当にオリンピックやめませんか?

 と、ここでキーボードを叩くのをやめようとしましたが、最近すこし潮目が変わったようです。中止を求める署名があれよあれよという間に数十万筆も集まり、中止を主張するメディアもちらほら現れてきました。中でも驚いたのが、自民党政権の茶坊主、NHKのニュースが政府を批判しオリパラの中止を求める医者を出演させたことです(山ノ神談)。この放送局に、政府に抗う気骨があるとは思えません。どういうことなんだろう?
 これは私の見立てですが、自民党政権はもうオリパラ中止の腹を決めているのではないか。しかしすんなりと中止を発表すれば、世論の批判を浴びて火達磨となってしまいます。そこで内閣情報調査室やNHKを使って、オリパラ中止を求める世論を盛り上げる。その世論を汲み上げるという体裁で中止という断腸の決断を行なう。NHKを筆頭に幇間メディアが自民党政権の英断を賛美し、多くの国民が同調する。そして都議会議員選挙、衆議院議員選挙で勝利し自民党が政権を維持、アメリカと大企業の*を舐め続ける。この見立てはいかがでしょう。これに小池都知事がからむかもしれませんね。オリパラ中止を決断して責任を取るふりをして辞職。その潔さに有権者が共感し、都議会議員選挙で都民ファーストの会が勝利。その勢いで秋の衆議院選挙に自民党から立候補、当選して女性初の首相の座を狙う。こちらもありそうですね。
 こんな魑魅魍魎のような政治家がいるとは思いたくありませんが、いないと断言もできません。もしいるとしたら、もはや「政治家」ではなく「政治屋」ですね。誰が言ったのか失念しましたが、こんな言葉があります。

政治屋は次の選挙のことを考える。政治家は次の世代のことを考える。

# by sabasaba13 | 2021-05-10 08:40 | 鶏肋 | Comments(0)

小出裕章氏講演会

 女川原発の再稼働、汚染水の海洋放出、福井県の老朽原発の再稼働、カーボン・ニュートラルを口実に、自民党政権がぶいぶいと原発推進のアクセルを踏み込んでいます。ぶいぶい。コロナ・ウイルス禍を利用したショック・ドクトリンなのでしょう。福島原発事故の収束にまったく目処が立たず、放射性廃棄物の最終処分場も決まらず、相も変わらずミスやトラブルが相次ぎ、大地震がいつ起こるかわからないという状況下、いったい自民党の皆々様は何を考えているのでしょう。
 こういう時こそ、専門家の話をよく聞いて冷静な判断を下したいものです。たまたま、反原発運動において鋭い論陣を張ってきた原子力工学者・小出裕章氏の講演があることを知り、山ノ神を誘って行ってきました。タイトルは「原発の終わらせ方 ~福島原発事故から10年のいま~」、場所は名学院大学、主催はヒロシマ連続講座と明治学院大学国際平和研究所です。
 白金台駅でおりて十分ほど歩くと、明治学院大学に着きました。資料代を払って階段教室に入ると、一列ごとおよび両サイドは空席とされており、感染症対策がなされていました。おそらくふだんの対面授業でもこうなっているのでしょう。そして小出裕章氏が登壇、長身で白髪、穏やかな表情と柔らかな物腰が印象的な方でした。

 まず小出氏は、原発事故は必然であると指摘されます。どんな機械も時に故障し、人間は必ず誤りを犯す。原子力推進派(氏とごく少数の仲間を除いた原子力専門家のほぼ全員)もそれを分かっていて、万一大きな事故が起きたら大変なので、原発は都会には建てません。電力の恩恵は都会が受け、危険は過疎地に押し付ける。こんな不公平・不公正は初めから認めてはいけない。小出氏は「論外だ。なぜ日本人は気づかないのか」と怒気をにじませました。なお日本で運転された57基の原発はすべて自由民主党が政権を取っている時に認可されました。
 そして福島第一原発の現状はどうなっているのか。氏は「進行中」と断言します。焼け落ちた炉心が今どこにあるかすら分からない。ひたすら水を注入してきたが、放射能汚染水が溢れている。果てしない放射能の封じ込め作業と労働者の被曝。膨大な放射能の放出と広大な汚染地。生活を根こそぎ破壊され、流浪化させられた人。汚染地に棄てられた人。一時は逃げたが、帰還させられる人。なかでも深刻なのは溶け落ちた核燃料(デブリ)の所在がわからず、よって取り出す方法が見えてこないという点です。国と東電は願望に基づく計画を立てては変更していますが、小出氏は100年たっても収束はできない、チェルノブイリ原発のように分厚いコンクリートで全体を覆う、いわゆる石棺化しかないと述べられました。なおチェルノブイリ原発の石棺建設工事によって60~80人の労働者・軍人が被曝しましたが30年ほどでボロボロとなり、2016年11月に第二石棺が作られましたが寿命は100年と言われます。ほぼ未来永劫にわたって100年ごとに石棺をつくって覆い続けなければならないのが、原発事故を起こした宿命なのでしょうか。
 放射能による被曝も深刻です。大気中だけで広島原爆168発分のセシウム137(最も危険な放射能)が放出され、福島県東半分、栃木県・群馬県の北半分、茨城県・宮城県の南部・北部、千葉県の北部、岩手県・新潟県・埼玉県・東京都の一部地域など約14000kの大地が、放射線管理区域(4万Bq/㎡を超える区域)にしなければならない汚染を受けました。放射線管理区域とは、原子力の研究所など特例として認められた区域で、氏の経験によるとこの中では飲食・睡眠・排便はすべて許されないそうです。また事故当日、政府は「原子力緊急事態宣言」を発令し、60万Bq/㎡以上の汚染地から住民を強制避難させましたが、それ以下の汚染地には人々を棄てました。日本には、一般人は1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をさせてはいけないという法律があります。しかし政府は特措法を乱発して、事故から10年以上たった今も棄民を続けています。

 日本政府は、国が「原子力平和利用」の夢をばらまき、原子力損害賠償法、電気事業法などを作って、電力会社を原子力発電に引き込みました。その周囲には、三菱、日立、東芝など巨大原子力産業が利益を求めて群がり、さらにゼネコン、中小零細企業、労働組合、マスコミ、裁判所、学界など、すべて一体となって「原子力ムラ」と呼ばれる巨大な権力組織を作り、原子力を進めました。「原子炉立地審査指針」で考慮する「重大事故」「仮想事故」では、いついかなる時も、格納容器は絶対に壊れない、格納容器が壊れる事故は想定不適当として無視しました。そのうえ、東京電力は政府の地震調査研究推進本部による津波の予測さえ無視し、破局的事故を招きました。さらに事故が起きてからは、その事故は「想定外」だったとして、責任を認めません。
 以下、配られた資料から引用します。

 2011年3月11日、福島第一原子力発電所の事故が事実として起こり、「原子力安全神話」は崩れた。
 ところが、事故を起こしたことに責任がある「原子力ムラ」の「高学歴エリート」たちの誰一人として責任を取ろうともしないし、処罰もされていない。
 彼らは無傷で生き延び、放射能汚染地に人々を棄て、マスコミと教育を支配し、被曝しても安全だと「被曝安全神話」を振りまき始めた。彼らは、放射能業務従事者に対してようやくに許した1年間の20ミリシーベルトの被ばくを被曝感受性の高い子どもにも許容するという。
彼らは犯罪者だと思うので、彼らを「原子力マフィア」と呼ぶようになった。可能なら、彼らを全員、刑務所に入れたい。
 今、福島県浜通りでは福島イノベーション・コースト構想なる巨大工事が進行している。そこでは、日立、三菱、東芝などの原子力産業、鹿島建設、大林組、熊谷組などのゼネコンが巨額の受注を得て、大規模工事を進めている。彼らは原発を建設・運転する時に大儲けをし、事故が起きれば除染で大儲けをし、そして今、復興で大儲けをしている。フクシマ事故は天災ではなく、人災である。その加害者である原子力マフィアが復興と称した大規模工事で巨額の儲けを得、被害者たちの苦難は一層深まっている。
 イノベーション・コースト構想の一部に東日本大震災・原子力災害伝承館がある。その伝承館は双葉町に2020年9月20日オープンした。そこには「被害」という言葉も「被害者」という言葉もない。もちろん「加害」「加害者」もなく、ひたすら復興をアピールする場である。そこでの案内係は国や東電を批判することも許されない。
 フクシマの復興とは、そこで生きてきた人たちの復興であり、被害者たちの復興でなければならない。

 「復興」の掛け声のもと、被害者たちが押しつぶされているのが福島の現状です。国は、一度は避難した人たちに対して、汚染地への帰還を指示し、2017年3月末には自主避難している人も含め、住宅支援が打ち切られました。曲りなりにも支援を延長してきた自治体も2019年3月には支援を打ち切り、被害者の追い出しにかかっています。
 棄てられてしまった人々の多くは長く続く苦難に疲れ果て、汚染地で生きるしかなくなっています。そうなれば、自分たちの故郷を何とか復興しようとします。人は四六時中恐怖を抱えながら暮らすことはできません。人々は汚染を忘れたいと思うし、国は積極的に忘れさせようとします。今、福島では、復興が最優先とされ、福島県産の食品が安全であることを示すとして学校給食にも福島県産の食品が意図的に使われ、2015年秋以降は、国道6号線の「清掃」作業に学校児童が動員されるようになっています。ちなみにこの国道6号線の一部には、現在でも停車してはいけない、あるいは窓を開けてはいけないという規制があります。
 逆に、汚染があることを口にすると復興の邪魔だと非難されます。

 そして講演のまとめです。経済性に優れ、安全性に問題はないという原発神話は完全に崩壊しました。原子力の燃料であるウランは、化石燃料よりもはるかに埋蔵量は少ない。原子力の発電単価は昔から高かったし、事故費用、核のごみ処分費用を考えれば、話にならないほど高い。安全性については、フクシマ事故が事実をもって否定した。そして菅内閣が拠り所とする地球温暖化の防止については、その真因はエネルギーの浪費であり、100万年に及ぶ核のごみの管理を考えれば、原子力こそ最悪の選択となる。よって原発は必要なく、即刻廃絶すべきものであるというのが小出氏の結論です。しかし原子力マフィアは、この事故によって次のような教訓を得ました。どんな悲惨な被害を出しても誰も処罰されない。国が支えてくれるので、会社も潰れない。原子力発電所を再稼働してまた儲けよう。

 最後に下記の言葉で講演は終わりました。

 原発の終わらせ方。正直に言うと私には分からない。私は一刻も早く原子力を廃絶したいと思い、思いつく限りのことをしてきた。でも、原子力を終わらせることはできなかった。
 ただ、原子力の根本問題は、差別問題である。多くの人がそのことに気づき、一人一人が自分の周りの差別をなくすように生きてくれるなら、世界はずっと住みやすいものになるだろうし、原子力だった容易になくなるはずだと思う。

 素人にもわかりやすい理路整然とした話には感銘を受けました。被害者・犠牲者の側に立って、傲慢な強者を批判するスタンスや、ときどき感じられた瞋恚の炎にも共感します。充実した素晴らしい講演会でした。なお最後に、小出氏が提示した「臨界」問題、汚染水問題、被曝ということ、ICRP-2007問題、核のゴミ問題という五つのテーマから、私たちが挙手で二つを選び、簡単な解説をしてくれることになりました。選ばれたのは汚染水問題と核のゴミ問題。前者については、トリチウムを含んだ汚染水を海洋放出するのは既定路線であることを知りました。日本では原発の使用済み核燃料はすべて再処理すると決められています。再処理とは、使用済み核燃料を高温の濃硝酸に溶かしてプルトニウムを分離する作業です。その過程でトリチウムは全量が水に移り、環境に放出されます。六ヶ所村に計画されている再処理工場がもし運転を始めれば、1年間に800トンの使用済み燃料を処理する計画が許可されています。それに従えば、六ケ所村再処理工場は平常運転として毎年18ペタベクレルのトリチウムを環境に放出することになります。やれやれ、確信犯だったのですね。
 後者については、使用済み核燃料の最終処分を担当するのは原子力発電環境整備機構という組織です。その略称はニューモ(NUMO)、Nuclear Waste Management Organization of Japanの頭文字です。ん? Nuclear Waste? 「核のゴミ」じゃないか! それを「原子力発電環境」と訳すなんて詐欺ですね。事実を国民に知らせると何か起きたら責任を取らされる、それを回避するために事実を捻じ曲げあるいは隠蔽し、言い逃れできるように事実を婉曲に言い換える。戦前から現在に至るまで続く、日本の官僚たちの宿痾ですね。自殺攻撃→玉砕、撤退→転進、敗戦→終戦、占領軍→進駐軍、軍隊→自衛隊、核発電→原子力発電、そして汚染水→処理水。こうして官僚や政治家の発する言葉への信頼感が地に落ちてしまったのでしょう。言葉によって相手を説得し、説得され、妥協点を見出し、より高く深い結論を導き出す。それが政治の要諦だと思うのですが、もはや私たちはそうした期待をもてません。「答えない/答えられない/答えたくない」と言えばいいのに、「ご指摘は当たらない」「お答えは差し控えさせていただく」と誤魔化す首相を「またか」と見逃してしまうのもその結果でないでしょうか。

 以上で講演は終了です。最後に質問の時間があることを期待したのですが、残念ながら時間の関係で割愛されたようです。実は、小出氏にぜひお聞きしたかった質問があります。それは、原子力マフィアたちの原発への異様な妄執です。莫大な利権、核兵器保有という野望、そこまでは考え就くのですが、もうひとつ腑に落ちません。やはりアメリカの影があるのではないか。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)の中に、下記の一文がありました。

 その後調べると日米原子力協定という日米間の協定があって、これが日米地位協定とそっくりな法的構造をもっていることがわかりました。つまり「廃炉」とか「脱原発」とか「卒原発」とか、日本の政治家がいくら言ったって、米軍基地の問題と同じで、日本側だけではなにも決められないようになっているのです。条文をくわしく分析した専門家に言わせると、アメリカ側の了承なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけだそうです。(p.95)

 つまり日本側の意思で原発をやめることはできない、アメリカの了承が必要である、ということです。それではなぜアメリカは、日本の脱原発を許さないのか。アメリカの原発・核燃料関連企業の利益のためであると考えますが、矢部氏はもうひとつの点を指摘されています。

 そうした米軍機の一機が、訓練ルートから遠く離れた四国の伊方原発のすぐ横に墜落したことがありました(1988年6月25日)。…原発の真上を低空飛行して、山の斜面に激突した。尾根の向こう側に落ちた機体は大破し、乗組員七名が全員死亡しました。もしこのとき、機体が手前に落ちていたら、福島なみの大参事になるところだったのです。墜落したのは山口県岩国基地から沖縄に向かう途中の米軍機でした。
 おかしい。なぜこんな場所を低空飛行していたのか。…前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)は、ドキッとするようなことを言います。「原発を標的にして、演習していたんでしょう」 最初は私も、「いくらなんでもそれは言いすぎじゃないか。陰謀論じゃないのか」と思ったのですが、よく考えると低空飛行訓練というのは、基本的に軍事攻撃の訓練ですから、演習には必ず標的を設定する必要がある。そうした状況のなか、こんな場所をこんな高さで飛んでいたのは、たしかに原発を標的にしていたとしか考えられない。
 つまり、「米軍機は日本全土の原発を爆撃するために低空飛行訓練をしている」
 こう言うと、それは陰謀論になります。しかし、「米軍機は、日本全土で低空飛行訓練をすることで、いつでも日本中の原発を爆破できるオプションをもっている」
 これは疑いのない事実なのです。(p.232~3)

 肌に粟が生じるような恐ろしい指摘ですが、否定はできないと思います。原発をどんどん再稼働させて、在日米軍による原発攻撃の可能性をちらつかせ、日本政府の首根っこを締め上げて、「未来永劫、暗証番号のないATMでいろ」というわけですか。えげつない想像ですが、アメリカならやりかねません。このアメリカの影についての小出氏の知見や意見をお伺いしたかったのですが、残念です。

 というわけで、大変ためになった講演会でした。ディスプレイを借りてお礼を申し上げます。小出さん、ありがとうございました。そしてあらためて、原子力(核)発電を廃絶するために微力ながら努めていきたいと思います。しかし相手は、小出氏も弱気になるほど強大な権力と金力をもつ怪物のような原子力マフィアです。果たして彼らを止めることなどできるのでしょうか。いや、できる。白井聡氏の言葉を信じましょう。

 止められる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的怠惰を燃料としているのだから。

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# by sabasaba13 | 2021-05-08 12:53 | 講演会 | Comments(0)

吉田博展(都美術館)

 私と山ノ神、二人とも吉田博の版画が大好きです。以前に損保ジャパン日本興亜美術館で鑑賞していたく感銘を受けたのですが、東京都美術館で「没後70年 吉田博展」が開催されることを知りました。彼の版画は何度でも見たいし、前回の展覧会より規模も大きそうです。さっそくインターネットで前売り券を購入し、山ノ神と見に行くことにしました。なおあまり入館者は多くないと踏んだのか、事前予約は不要でした。
 まずは公式サイトから引用します。

 福岡県久留米市に生まれた吉田博(1876-1950)は、若き日から洋画に取り組み、幾度もの海外体験を通じて東西の芸術に触れながら、独自の表現と技法を確立しました。画家として才能を発揮した吉田は、画業後期にはじめて木版画に挑戦し、新たな境地を切り開きます。深山幽谷に分け入り自ら体得した自然観と、欧米の専門家をも驚嘆させた高い技術をもって、水の流れや光の移ろいを繊細に描き出しました。画家の没後70年という節目に開催する本展は、初期から晩年までの木版画を一堂に集めるとともに、版木や写生帖をあわせて展示し、西洋の写実的な表現と日本の伝統的な版画技法の統合を目指した吉田博の木版画の全容を紹介します。
みどころ
1. 世界を魅了した木版画
 世界各国を旅し、雄大な自然をとらえた吉田博のみずみずしい木版画は、アメリカをはじめ国外で早くから紹介され、現在も高い評価を誇ります。故ダイアナ元英国皇太子妃や精神科医フロイトに愛されたことでも知られています。
2. 版画技法のあくなき探究、色彩表現の独創性
 「帆船」シリーズにみられるように、吉田博は同じ版木を用い、摺色を替えることで、刻々と変化する大気や光を表わしました。複雑な色彩表現のために重ねた摺数の平均は30数回に及び、巨大な版木を用いた特大版を制作するなど、あくなき探究心をもって、独創的な木版画を生み出しました。
3. 旅と風景
 生涯にわたり風景を描き続けた吉田博。その作品は、画家自らが現地に赴き早描きした写生をもとに制作されました。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの自然風景から、富士や日本アルプスといった日本の山岳、穏やかな瀬戸内海など、世界中の風景の制作を夢見た吉田博の版画作品は、画家の旅の軌跡を示すとともに、私たちを異なる世界へといざなってくれることでしょう。

 とある土曜日の午前10時ごろ、山ノ神と連れ立ってJR上野駅に到着。上野公園に来るのひさしぶりですが、東京文化会館の前の車道がなくなっており、広場として改修されていました。うん、これでヴィスタが段違いによくなりました。駅の改札口を出ると、悪魔の機械どもに視界を遮られず、公園の顔とも言うべき文化会館と西洋美術館の両雄を見晴らせるのは嬉しい限りです。
 緊急事態宣言が出ているので公園は閑散としており、冬の朝の澄んだ空気と木々の緑を楽しむことが出来ました。美術館に着くと予想通り来館者も少なく、密集した状態を避けることができ、安心して鑑賞できたのも助かりました。ただ、絵を前にして会話をするとすぐに係りの方に注意されるのは、仕方がないとはいえ辛いものがあります。絵の感想を語り合うのは、美術鑑賞の楽しみの一つですよね。
 さて今回の展覧会は規模が大きく、米国シリーズ、欧州シリーズ、「奇跡の1926年」に制作された代表作「日本アルプス十二題」と「瀬戸内海集」、「東京拾二題」、「印度と東南アジア」など、彼の作品のほぼ全貌を鑑賞することができました。
 彼の版画の魅力は、何といっても色と光の絶妙な表現です。夜の闇を残しながらも、徐々に朝日に染め上げられていく劔岳の岩肌。(「劔山」) 朝日を反射して千変万化に輝く瀬戸内の海。(「光る海」) 水たまりに映ってゆらぐ店の灯。(「神樂坂通 雨後の夜」) 版画によってここまで表現できるのかと驚かされます。
 ミュージアムショップで図録とクリアファイルと額縁にはいった「劔山」と「光る海」を購入。さあ家のどこに飾りましょうか。帰りに上野駅構内にある「たいめいけん」で昼食をいただきながら、山ノ神と展覧会について語り合いました。

 図録を見て読んでいたら、興味深い叙述が二つあったので紹介します。

 明治41(1908)年、第6回太平洋画会展に博とふじを(※義妹→妻)の渡欧先の作品226点が特別に出品され注目を集め、それが夏目漱石の『三四郎』の中で取り上げられたり、「渡米雑誌」でも紹介された。(p.10)

へえー、漱石も彼の絵を見ていたんだ。当該の部分を引用します。

 長い間外国を旅行して歩いた兄妹の絵が沢山ある。双方共同じ姓で、しかも一つ所に並べて掛けてある。美禰子はその一枚の前に留まった。
 「べニスでせう」
 是は三四郎にもわかった。なんだか?ニスらしい。画舫(ゴンドラ)にでも乗って見たい心持がする。三四郎は高等学校に居る時分画舫という字を覚えた。それからこの字が好きになった。画舫といふと、女と一所に乗らなければ済まないような気がする。黙って蒼い水と、水と左右の高い家と、倒さに映る家の影と、影の中にちらちらする赤い片(きれ)とを眺めていた。すると、
 「兄さんのほうが余程旨い様ですね」と美禰子が云った。三四郎には此意味が通じなかった。
 「兄さんとは……」
 「此絵は兄さんのほうでせう」
 「誰の?」
 美禰子は不思議さうな顔をして、三四郎を見た。
 「だって、彼方の方が妹さんので、此方の方が兄さんのぢゃありませんか」
 三四郎は一歩退いて、今通って来た路の片側を振返って見た。同じ様に外国の景色を描いたものが幾点となく掛かっている。
 「違うんですか」
 「一人と思って入らしったの」
 「ええ」と云って、呆やりしている。やがて二人が顔を見合わした。さうして一度に笑いだした。美禰子は、驚いた様に、わざと大きな眼をして、しかも一段と調子を落した小声になって、
 「随分ね」と云いながら、一間ばかり、ずんずん先へ行って仕舞った。三四郎は立ち留った儘、もう一遍べニスの掘割を眺め出した。

 また彼は山登りがたいへん好きで、上高地をよく訪れたそうです。そこで三人の山男と知己になったそうですが、そのうちの一人、上條嘉門次の名を冠した小屋があったことを思い出しました。

 昭和6(1931)年の著書『高山の美を語る』の中で、3人の山男(上條嘉門次・遠山品右衛門・小林喜作)について書いている。上高地の明神池に住んでいた嘉門次とは酒を飲みながら山の話を語り合い、品右衛門は黒部に住んでいてが山案内はしなかったため、あまり付き合いは無かった。喜作とは長く山を共にし、信頼していたが謎の死を遂げてしまい、著書の中でその死についても触れている。(p.12)

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# by sabasaba13 | 2021-05-06 10:42 | 美術 | Comments(0)

東北編(82):松島(16.8)

 JR塩釜駅からペダルをこぐこと一時間半ほどで松島にとうちゃこ。言うまでもなく、天橋立宮島と並んで、日本三景の一つにも数えられる、大小合わせて250を超える島々が点在する景勝地です。まずは観光案内所に行って、地図とパンフレットを所望。松島温泉PRキャラクター「まっしー」を撮影して、五大堂へ。お堂のある島へ渡る橋は板の隙間から海を見下ろすことができますが、すかし橋と言うそうです。
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 五大堂は瑞巌寺守護のために五大明王が祀られている堂宇であり、島全体が聖域とされている。すかし橋は江戸時代中頃の記録にすでに見られ早くから透しの構造であったことが知られる。五大堂への参詣には身も心も乱れのないように脚下をよく照顧して気を引き締めさせるための配慮と思われる。
 そして五大堂に到着。
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 後学のために縁起を転記しておきます。
 平安時代初期の807年、坂上田村麻呂がこの島に毘沙門堂を建て、828年慈覚大師が瑞巌寺の前身松島寺を建てて、ここに五大明王を祀り五大堂と呼ぶようになった。
 現在の建物は1604年、伊達政宗が紀州(和歌山県)の名工鶴衛門家次に命じて建立した。方三間の宝形造で、四方に勾欄つきの縁を巡らし、正面に向拝をつける。内部に重厚な家形厨子を置き、五大明王像を安置する。
 有名な蟇股の彫刻など、雄健な桃山建築として、国重要文化財に指定されている。
 瑞巌寺は何度も訪れているので、門前を撮影するだけで参拝は省略。お土産屋さんに「この帽子類は商品です。お買上前の商品を記念撮影するのはご遠慮ください」という貼り紙がありました。うーむ、イモラルな行為は慎みましょう。
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 そして遊覧船乗り場へ、待合室にはこのあたりの津波被害の様子を写した写真が掲示してありました。
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# by sabasaba13 | 2021-05-01 08:15 | 東北 | Comments(0)

東北編(81):塩釜(16.8)

 朝起きてカーテンを開けると曇り空。テレビをつけて気象情報を見ると、今日は曇り時々晴れの模様です。荷物をまとめてチェックアウトのためにロビーに行くと、宮城県民誌の「河北新報」がラックに置いてありました。たしか近代以降、東北地方に浴びせられた侮蔑の言葉「白河以北一山百文」(白河の関より北は、山ひとつ100文の価値しか持たない)に対する反発から、それを逆手にとって"河北"と称したという話を聞いたことがあります。そういえば、原敬の号も「一山」でしたね。チェックアウトを済ませてブロンプトンに乗って仙台駅へ行くと、駅前に簡易な駐輪場が設置されていました。環境を守るためにも自転車通勤・通学のための諸施設を、行政はもっと充実させるべきというのが私の持論。規模は小さいのですが、その意気や良し。なおコロナウイルス禍のパリでは、自転車レーンを大幅に拡充したというニュースを見ました。本気度が違いすぎますね。
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 ブロンプトンを折りたたんで東北本線小牛田行きの列車に乗車。途中に「国府多賀城」という駅がありました。16分ほどで塩釜駅に到着、ここからブロンプトンに乗って松島をめざします。
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 途中に有名な塩釜神社がありましたが…あまりに長い石段を見て登頂を断念。寄る年波には勝てません。近くにあった「塩釜甚句」の記念碑を撮影。
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 事前に調べておいたシャープな造形の旧塩釜市公民館を撮影して一路松島へと向かいます。
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 石造りの蔵をよく見かけましたが、これは塩釜石だそうです。
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 ペダルをこぎながら、モーニング・サービスをいただける地元資本の喫茶店をさがしましたが、残念なことに見当たりません。でもお腹はへったし…仕方ない、苦渋の選択ですがマクドナルドに入ることにしました。山ノ神からもらったクーポンで、ダブル・フィレ・オ・フィッシュと珈琲を注文し、食べながらこれからの旅程を確認。
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 トイレの男女標示がちょいと洒落ていたのでカメラにおさめました。
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 それでは出発、それにしてもこの国道45号線を走っていると心がすさんできます。交通量が多く、ダンプが猛スピードで飛ばし、途中から歩道もなくなってしまいました。環境面からも、健康面からも、自動車中心の観光から転換して徒歩と自転車による観光へと転換すべきだと考えます。この道にもぜひ自転車専用レーンを整備していただきたい、関係者各位の識見に期待します。
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# by sabasaba13 | 2021-04-30 08:53 | 東北 | Comments(0)