瀬戸内編(44):高梁(08.2)

 そして踏切を渡ると、古い商家が散見される本町商家通りで、醤油製造業を営んでいた池上邸が公開されています。
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 しばらく歩くと、かつて城の外堀として利用されていた紺屋川筋にたどりつきました。このあたりの町並みも卯建、なまこ壁、塗り格子の窓などが見られ、なかなか風情があります。川沿いに建つ高梁基督教会堂は、新島襄の来高がきっかけで1889(明治22)年につくられた瀟洒な教会。
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 すぐ近くには頼久寺があります。こちらには小堀遠州の作庭による禅院式枯山水蓬莱庭園「鶴亀の庭」がありました。はるかに望む愛宕山を借景に、石組とサツキの大刈込みがバランスよく配された素敵なお庭でした。どこからともなく現れた猫といっしょに、しばしお庭を鑑賞。
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 そして1904(明治37)年につくられた旧高梁北小学校の校舎を利用した郷土資料館へ。解説によると二階が講堂になっているとのこと、てことはおそらく壇上正面に奉安所があるでしょう。いそいそと階段を駆け上がり、展示物であふれた講堂正面に行くと、ありました! ご丁寧に昭和天皇・皇后の写真が飾ってあります。せっかく良好な状態で保存されているのだから、学校儀式によって天皇=国家への忠誠心をすりこむ仕掛けについての解説があってしかるべきではないかな。この仕掛けを復活させるために文部科学省学校教育課長高山敏雄氏(仮名)は、各学校体育館の壇上正面に奉安庫をつくれという指導(事実上の強制)をしようと舌なめずりをしているかもしれません。
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 さてそろそろ駅へと向かいましょう。駅前には火の見櫓と消防器庫がありましたが、なんと後者にはドリス式列柱が二本配されていました。これはレアな物件ですね。
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 近くにあるアーケード商店街に行くと人通りも少なく、この町の衰微を物語るようにシャッターが閉まった店がたくさんありました。
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 特急やくもに乗り込み岡山駅へ戻り、駅ビルにあったラーメン屋「宝屋」でチャーシューメンを所望。美味しいスープなので全部飲み干すと、器の底に「そのココロに宝あり」という一文が書いてありました。別にそれほど大層なことではないのだけれど…
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 そしてバスで岡山空港へ行き、飛行機で帰郷。瀬戸内編、これで一巻の終わりです。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-11-02 08:20 | 山陽 | Comments(0)
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