「大反転する世界」

 「大反転する世界 地球・人類・資本主義」(ミシェル・ボー 筆宝康之・吉武立雄訳 藤原書店)読了。著者はフランス人、現代フランス経済学を代表するパリ大学名誉教授で、資本主義と世界経済の歴史と現状についての考究、および第三世界の貧困問題や地球環境問題にもとりくむエコノミスト/エコロジスト/ユマニストです。さて、本書は、今の世界は、急激にある状態から他の状態に根底から逆転させ、変化させる運動、すべてを転倒させる力の働き(モーメント)に巻き込まれているという認識からはじまります。その状態を「世界の大反転」と名づけたのですね。具体的には、世界における極度の不平等、ほとんどすべての社会の奥底まで浸透し拡大する不均衡、さらにさまざまな展望と目標の喪失、その結果としてテロ行為は多様化し、いっそう悪質なものになり、抑圧と衝突が生み出されているという状況です。その根本的な要因として、著者はこう考えます。
 地球上でこれほど多くの男女が安逸で、物質的に豊かな生活を送ったこともなかったし、またこれほど多くの男女が、貧困と窮乏のなかで生きている時代もなかった。…要するに、人口の増加と、[物的]富裕化と貧困化の同時進行こそ問題なのである。
 氏はこの現状を「万事カネ次第のアパルトヘイト」と恐るべき比喩で語っています。そしてこうした事態は資本主義(氏曰く「無限成長マシン」)のもつ次の四つの強大なパワーによって推し進められている。①購買力を持つ所得層を対象にして資本のための富と商品をつくりだす巨大な生産能力、②この資本蓄積の目的を達成するために強力な技術的、知的、物質的、金融的手段を動員する巨大な組織能力、③その「結果として」、それと同時に有限な資源とアメニティを浪費破壊する巨大な開発能力、および、④貧困荒廃と困窮飢餓には目をつぶり、在来の景観、社会、規律と、価値体系をぶちこわす巨大な破壊能力。
 その主役となっているのは、さらなる利益の追求という共通の目的に向かって絶えず走りつづける企業群と、あくなき成長と権力に邁進する旧第三世界の開発独裁諸国です。しかし周知のように、(いわゆる)先進国の政治家たちは、選挙と世論調査の結果にしか関心がなく、短期の問題と当面の障害にしか取り組もうとしていません。この「アクラシー」(統治能力の喪失・意思決定と行動の放棄)、および各人の集団責任放棄が大きな問題であると、氏は捉えています。
 本書の狙いは、急速に変化する世界をすべての次元で総体的に考察し、諸現象を有機的な相互関係を持つものと捉えようとするものです。いわば、現在、世界に進行している病理の症状を明らかにし、診断の骨子をつくるということでもあります。

 物足りなく思ったのは、歴史的考察、つまり何者が/どの組織が、何のために、どういう行動をした結果、なぜこうした事態を引き起こしたのかについての叙述が少ないということです。筋肉や神経のない骨格だけ、という印象をもちました。また具体的な対策や政策についても漠然とした形でしかふれられていません。これは紙幅の関係上やむをえないでしょうし、何よりも「人任せにしないで、各自でそしてみんなで考えよう」という著者のメッセージなのかもしれません。しかし個々の問題や事象の背後にある大きな動きを見極めて、世界を全ての次元で総体的に考察しようとする著者の姿勢は十全に伝わってきます。そう、私が今一番学び考えたいのは、そこなのです。雄渾なる志とともに指針となってくれたのが本書、ミシェル・ボー氏とともに、こうした良書を黙々と上梓しつづける藤原書店にも感謝の言を捧げたいと思います。
by sabasaba13 | 2008-11-04 07:56 | | Comments(0)
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