「超訳『資本論』」

 「超訳『資本論』」(的場昭弘 祥伝社新書111)読了。頭からつま先まで、あらゆる毛穴から血と脂をたらしながら資本が歩みつづけています。低賃金で労働者を酷使し緩慢なる死へと追いたてながら、肥大しつづける資本。小説「蟹工船」が静かなブームとなっているそうですが、結局資本主義は何も変わっちゃない、いやますます専横をきわめてきたことに多くの人が気づきはじめているのではないかな。だったら、生まれたてのこの怪物に真っ向から四つ相撲を挑み、その秘密を解き明かそうとしたマルクスから学ぶべきことは多々あるのではないのか。マルクス研究者にして経済学者の著者は、今という時代を知るために今こそ『資本論』を読むべきだと主張されます。とは言っても、難解にして大部の書、私のような凡人にはなかなか手が出ません。告白すると、大学時代に中央公論社の「世界の名著」に抄録されていたものを通読しましたが、他人事だと思っていたのでしょう、恥ずかしながらただ字面を追っただけ。汗顔の至りです。
 本書は『資本論』のエッセンスとなる短いながらも重要な文章を紹介しながら、著者が簡明でわかりやすい解説とコメントをつけていくという構成です。私の能力不足の故、十全に理解できないところもありましたが、おぼろげながら概要はつかめたような気がします。労働者を低賃金で酷使することによってひたすら利潤の増殖を繰り返す資本主義経済、その本質は今でも変わらず、よりあからさまになっていることがよくわかりました。例えば『資本論』で紹介されているエピソードを引用しましょう。
 ある大きな鉄道事故によって数百人の乗客が死んだ。鉄道労働者の怠慢が原因である。彼は陪審員の前でこう弁解する。十年から十二年前までの労働日は八時間にすぎなかったと。最近五、六年の間に、十四、十八、二十時間と引き上げられ、またバカンス客の多い時などのように、旅好きが押し寄せるときには、休みもなく四十~五十時間働くことも珍しくはない、と。
彼らは普通の人間であり、アルゴスのような超人ではない。あるとき彼らは労働に耐えられなくなる。脳は思考をやめ、眼は見ることをやめる、と。
 うーむ、JR西日本福知山線の大事故を思い出しますね。酷使された結果、労働者の「脳は思考をやめ、眼は見ることをやめる」。最近頻繁に起こる事故や企業の不祥事の原因の一端は、ここにありそうです。
 他にも未来を見通すマルクスの炯眼に恐れ入るばかりです。例えば「機械労働は神経系統を極度に疲れさせ、筋肉のいろいろな動きを阻害し、肉体と精神のあらゆる自由な活動を奪」い、労働者にとって拷問になっているという指摘など、背筋に冷水をかけられたような気になる人も多いのでは。中でも「産業予備軍」(労働者の過剰人口)に関する指摘は重要だと思います。資本は賃金を抑制するために、失業者、あるいは過剰人口をつねに必要とする。マルクスはこれを「資本の専制」だといっているそうですが、仕事にありついた労働者とそうでない労働者をつねに争わせるという駆け引きによって、労働者への支配を貫徹するというわけですね。うーむ、納得。こうした労働者どうしによる低賃金に向けての競争が、今や全地球規模で引き起こされているわけです。
 ではどうすればよいのか。本書の妙味を知ってもらうために、長文ですが引用します。上の斜体が『資本論』からの抄録、下が的場氏による解説とコメントです。
 だから労働者が働けば働くほど、より多くの他人の富を作ればつくるほど、彼らの労働生産力が増大すればするほど、資本の増殖手段である自分がますます不安定になるのはどうしてかという秘密を知るやいなや―、
また彼らに対する競争の強化が相対的過剰人口の圧力にかかっていることを発見するやいなや―、
そしてまた、彼らが労働組合などを通じて、就業者と失業者との間の計画的協力を組織し、資本主義的生産様式の自然法則の破壊的諸結集を粉砕し、弱めようとするやいなや―、
資本とそのお追従屋たる経済学者は、需要と供給といういわゆる「聖なる」「永遠の」法則への侵害に怒るのである。すなわち就業者と失業者とのあらゆる連結こそ、その法則の「純粋な」作用をかき乱すからである。


 なるほど、現在でも世界の労働組合は、派遣、フリーター、請負などの労働者、さらには失業者との連携を行おうとしています。資本家にとってこれは困る。しかし一般には、とりわけ日本の労働者は、マルクスの言葉と違って、労働者自体が困る、自らの賃金を下げるのではないかと恐れています。
 たとえばフランスの労働組合では、丸一日分の給与を返上して失業者のためにそれを基金として出すということ、あるいは移民労働者への救済、あるいは海外の労働組合との連携などを行っているのです。日本的にいえば、そんなことをしても無駄だということになるのですが、もういちどマルクスのこの言葉をかみしめていただきたいものです。労働者は、資本家とお追従屋の経済学者と同じになってはいけないのです。
 資本主義の秘密を知ること、そして地球規模で就業者と失業者・派遣・フリーター・請負が連帯すること。気が遠くなるような遥かな道のりですが、一歩一歩進んでいくしかないでしょう。収奪者から収奪する日が必ず来るのを信じて… ただ間違いなく、資本や政府はそうした最悪の事態を避けるために、労働者の連帯を分断しようとするでしょう。知人の話によると、今、学校ではフリーターになってはいけないという教育を行っているそうです。フリーターを生み出す経済や社会の仕組みにふれずに、フリーターを条件の悪い底辺労働者と位置づけてその道を選んだのは自業自得であると生徒たちに教え込む。「だから君たちはフリーターになってはいけない、もしなったらそれは君自身の責任だ」と。これは労働者分断政策の一環ですね。
by sabasaba13 | 2008-12-07 07:13 | | Comments(0)
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