屋久島編(23):加計呂麻島(08.3)

 そして昼食場所への移動です。この間、Tさんからいろいろな話を聞くことができました。彼女は東京出身なのですが、たまたま訪れたこの島に一目で惚れこんでしまい、移住を決意したそうです。美しい自然と豊かな人情、そして暖かい人間関係が魅力だと言っておられました。島尾ミホさんが生まれた集落・押角(家はもうないそうです)を過ぎると、トンネル工事現場を通り過ぎました。彼女曰く、まったく必要ないトンネルだが、加計呂麻島のもっとも重要な産業はこうした公共事業。しかしその利益はほとんど内地の業者の手に渡ってしまうそうです。しばらく行くと、ガードレールに、数mおきに長い竹の棒がくくりつけられています。「これは何でしょう?」という質問に頭を抱えるわれら二人。雪国だったら、大雪が降った時の道路の所在を示す目印なんでしょうが、まさかここではありえないでしょう。沈思黙考、ギブ・アップすると、答はハブを押さえつけてつかまえるための棒。そうか、加計呂麻島はハブが多いのだった。何でも、島民は車の中に必ずつかまえたハブを入れる箱を用意しているとのことです。また役場へ持っていくと4000円で引き取ってくれるそうな。車窓から美しい海を眺めながらしばらく走ると、昼食場所の民宿「和の夢」に到着です。
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 野菜と魚を中心とした美味しく健康的な島料理に舌鼓を打ちました。トイレを拝借すると、扉に「すぃぐとぅ集」という加計呂麻島に伝わる俚諺を載せた日めくりカレンダーがあります。本日は「唄や半学」。解釈は「島唄の歌詞を、覚えると勉強になる。島唄は学問であり、心の糧であり、素晴らしい文化である」。心の糧となる唄を失って久しいわたしたちにとって、なんともはや羨ましい言葉です。
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 さて出発です。向かうは島の東端にある安脚場(あんきゃば)戦跡。途中に珍しいものがあるとTさんが教えてくれました。指差す方を見ると、海の中に小さな石垣が築かれています。浅瀬に石垣をつくり、潮が引くとそこに取り残された魚をつかまえるという漁の名残だそうです。漁に出られなくなったご老人たちが主に行なっていたとか。そういえば沖縄県の小浜島にもあったなあ、たしか「魚垣」と言ったはずです。
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 そして小高いところにある戦跡に到着。東郷平八郎がこの島の戦略的重要性を建言して以降、このあたりに砲台を中心とした海軍基地がつくられたそうです。砲台跡、弾薬庫、衛所、サーチライト跡などの戦争遺跡を見ることができました。また入り組んだ海岸線や大海を一望できる、眺望の良いところです。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-09 06:09 | 九州 | Comments(0)
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