京都観桜編(3):法隆寺(08.3)

 それでは法隆寺へと参りましょう。まずは世界最古の木造建造物群・西院伽藍です。正式な入口である中門は、真ん中に柱が立つ異形の門。厩戸皇子の御霊を鎮めるためのものと説かれたのは、梅棹忠夫氏でしたっけ。この門はくぐれず、回廊の西南隅から伽藍に入ることになります。回廊・中門・大講堂に囲まれた広いスペースに静かに並びたたずむ金堂と五重塔。毎度のことながらその造形美に感嘆するとともに、一千三百余年におよび屹立し続ける建造物をつくった古の匠の技には頭が下がります。宮大工の西岡常一氏が「樹齢一千年の木でつくった建物は一千年もたせなければならない」と言われていましたが、その技の奥底には自然に対する畏敬の念があるのでしょうね。今の設計者・大工・建築業者は、百年後のことさえ考えていないのではないかな。
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 大講堂の両脇に桜がありましたが、嬉しいことに八分咲き、これで来たかいがあったというものです。われわれを祝福するかのように、雲の切れ間から陽光が一瞬さしこみました。
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 大講堂の裏手にある上御堂で、ひさしぶりに釈迦三尊像とご対面。そして回廊をめぐりながら、移動するにつれて刻々と変化する五重塔と金堂の景色を堪能。
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 そうそう、回廊の柱はギリシャ建築の影響を受けたものである(エンタシス)という説が流布されていますが、「法隆寺への精神史」(井上章一 弘文堂)や「天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま新書312)を読むと、どうやら俗説のようです。後者から引用します。
 伊東忠太は、明治25年、法隆寺の前に立った時、中門の柱のふくらみを見てギリシャ神殿を想った。しかし正確にいうと、法隆寺の柱のカーブは、中ぶくれで、上に行くに従ってジリジリと絞られるギリシャのエンタシスとはちがうから、専門家はエンタシスとは言わず"胴張り"と呼ぶ。
 忠太は、胴張りの起源はエンタシスという大仮説を証明すべく、ロバの背に揺られ、三年かけてユーラシア大陸を中国からギリシャまで歩いたが、残念ながら証拠は見つからなかった。だから、奈良のバスガイドは言っても、専門の建築史家が口にしない説と今ではなっている。
 法隆寺のエンタシス説と正倉院の校倉造りの湿度調節説は、奈良の古建築についての二大俗説で、前者は未だ証明できず、後者は科学的な計測によって間違いであることが明らかとなっている。
 井上氏は、忠太の思い込みの裏にはヨーロッパ文明に対する劣等感があったと指摘されています。建築の門外漢としてはコメントのしようがないのですが、ま、ギリシャ建築の影響があってもなくても、富士の高嶺に降る雪も京都先斗町に降る雪も、その美しさに変わりはないのだからいいじゃないと思ったりします。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-12-22 06:06 | 京都 | Comments(0)
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