小林道夫のゴルトベルク変奏曲

c0051620_7175891.jpg 先日のクリスマス・イブに、小林道夫氏のチェンバロ演奏によるJ.S.バッハのゴルトベルク変奏曲(BWV988)を聴いてきました。会場は千駄ヶ谷駅からすぐ近くにある津田ホール、山ノ神とは現地で待ち合わせです。ホールに入ると舞台の上には立派なチェンバロが置かれていました。そして小林氏の登場、演奏がはじまります。実はチェンバロの独奏を聴くのは初めてです。チェンバロはピアノと発音原理が違い、爪状のプレクトラムで弦をひっかいて発音するため、音が小さく、また強弱をつけられないということは知っていましたが、予想以上の弱音にはちょっと驚きました。おまけにダイナミクスの変化もなし、これは(たぶん)カイザーリンク伯爵のように気持ちよく熟睡してしまうな、ま、それもいいかな、などと不謹慎なことを考えていたら、あにはからんや。典雅な音楽に耳をそばだてているうちに、身も心も穏やかに寛ぎ、本来の自然な姿に調律されていくような快感に包まれていきます。耳朶の中にねじ込んでくるような暴力的な音・音楽が氾濫している昨今、「かそけき音に耳をすます」という行為の大切さを痛感します。そしてバッハへの敬愛の気持ちをこめるように、一音一音を慈しむように奏でる小林氏の演奏も素晴らしい。時々ミス・タッチがありましたがたいした瑕疵ではありません。あっという間に至福の時は過ぎ、第15変奏が終わると20分の休憩となりました。すぐに調律師(百瀬昭彦氏、ちゃんとプログラムに載っていました)が舞台に現れて、チェンバロの調律をはじめたのにはびっくり。大変繊細な楽器なのですね。ホール脇にある喫煙所で紫煙をくゆらし、席に戻ってプログラムを拝見。この曲は、冒頭のアリアの主題の低音部に基づいて30の変奏が行われ、最後に再び冒頭の主題が現れて全体を締め括るという構造だそうです。とうしろうの私には楽曲分析などとてもできませんが、緻密な計算と構成のもとに書かれているのですね。たった一つの主題をもとに、これだけの多様な音楽を創造することができるのか… 小林氏がプログラムに書かれている「統一の中の多様性」という言葉をしみじみと噛み締めてしまいました。これはほとんど「自然」と同義でしょう。バッハの音楽は、美しい調和と秩序を保ちつつ多様な生命を育んできた自然のメタファーなのかもしれません。そしてこの素晴らしい自然と、それを創造した神への賛歌。
 後半は、ますます多様な変奏へとふくらんでいきます。超絶技巧、早いテンポ、意表をつく和音、そして自然と神への感謝を込めたような歓喜にあふれた第30変奏が終わり、冒頭の典雅なメロディが静かに現れて曲が閉じられました。ほのかな薔薇色に染め上げられたような静寂、そして暖かい拍手、素晴らしいクリスマス・イブでした。
 外の冷気で頭を冷やされてふと考えたのは、市場原理と競争原理という多様性を真っ向から否定する渦に巻き込まれながら奈落へと落ちつつあるわれわれの姿です。バッハの音楽は、それに対する優しく力強い警告であると受け止めましょう。

 帰り際に、都営地下鉄十二号線(※あのレイシストがつけた名称は使いたくありません)国立競技場駅へ向かう交差点で「ユーハイム」を発見。山ノ神曰く、ここの洋食はなかなか美味であるとのこと。ラジャー、今度津田ホールでコンサートがあったら、ここで夕食をいただくことにしましょう。せっかくなのでケーキをいくつか購入、帰宅後さっそく食しましたがブルーベリー・レアチーズケーキが美味しいのなんのって言葉もありません。ご贔屓にさせていただきます。また山ノ神の大好物ミートパイも、たまたま売り切れでしたがいつもは置いてあるということなので、これも楽しみです。コンサート+美味しい食べ物という組み合わせは、われらにとって至高の幸福です。浜離宮朝日ホールと磯野屋(寿司)、新国立劇場とはげ天(天麩羅)、東京文化会館と池之端藪(蕎麦)、東京芸術劇場と鼎泰豊(中華)というラインアップに津田ホールとユーハイム(洋菓子・洋食)が仲間入りです。Wellcome ! 退職したら一月に一度くらい素晴らしいコンサートを聴いて美味しい食事を楽しみたいのですが、自民党・公明党・官僚・財界のみなさんによって見果てぬ夢にされてしまったのでしょうか。
by sabasaba13 | 2008-12-31 07:18 | 音楽 | Comments(0)
<< 「一年生」 京都観桜編(9):京都御苑~本... >>