京都観桜編(11):千本釈迦堂(08.3)

 上七軒を走りぬけ、大報恩寺(千本釈迦堂)に行くと、阿亀(おかめ)桜と呼ばれる見事な枝垂れ桜が満開でした。境内には「おかめ」像がありまして、次のような悲話が伝えられています。鎌倉時代の中頃、ここに本堂を建てることになりました。それを作事した大工の棟梁が長井飛騨守高次、その妻が阿亀(おかめ)さんです。しかし彼は一本の大黒柱のサイズを間違えて切ってしまいます。高次が家で悩んでいると、嫁のおかめが、それに他もあわしたらよろしいと助け舟をだしました。彼女の機転でなんとか危機を脱出しますが、このことがばれたら夫の恥であると思い棟上式の前日に彼女は自殺してしまいます。やがてこの話が大工の間で伝え継がれ、江戸時代の中頃に阿亀塚がつくられ、大工・造園関係者の参拝が多いそうです。もし本当だとしたらちょっとやりきれない話ですね。
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 門前では、「仁丹」の宣伝付きホーロー製の住所表示を見つけましたが、おそらく戦前のものでしょう。さらに山ノ神が発見したのが、「受聞新便郵」と刻まれた郵便受け。これは珍しい。
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 そして千本通を北上して、千本ゑんま堂(引接寺)へ。その起こりは平安初期の漢詩人・歌人としても有名な小野篁が自ら刻んだ閻魔法王を祀り小祠を建てて「閻魔堂」と称したのが始まりだそうです。業界(何の業界だ!)では有名な話ですが、彼は冥府と現世を行き来出きた人物として知られ、その入り口が東山にある六道珍皇寺とここだそうです。だからどうしたと言われても困りますが。花の芯から双葉の芽が出て、それが普賢菩薩の乗っている象の牙に似ているところから名が付いたという普賢象桜がありますが、残念ながらいまだ蕾でした。なおここで比丘尼の顔はめ看板をゲット。ここに顔を入れて写真を撮ろうとする奇特な方がほんとにいるのかどうかも疑問ですが、それ以前になにゆえ比丘尼? 熊野比丘尼? 八百比丘尼? これは亀の煮こごり、ご教示を乞います。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-01-04 07:49 | 京都 | Comments(0)
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