「ポスト・アメリカ」

 「ポスト・アメリカ 世界システムにおける地政学と地政文化」(イマニュエル・ウォーラーステイン 藤原書店)読了。稀代の碩学・ウォーラーステインによるエッセイ集です。なぜ世界はこんなふうになってしまったのか、これからどうなるのか、どうすればよいのか。"グローバル恐慌"に世界が陥っている今だからこそ、絶対に避けては通れない問いです。それに答えるためには歴史を学び直すことが最も大事でしょう。そのためには、重箱の隅をつついて歴史学者が互いの飯の種をつくりあうような瑣末な歴史学ではなく、長い長い歴史の変遷の中で世界の構造がどう変わってきたのかを追究する骨太の歴史学が必要です。今年はいっちょ気合を入れて、そうした歴史学を考究し続けてきた二人の偉大な先学、フェルナン・ブローデルとイマニュエル・ウォーラーステインの著作に本腰を入れて取り組もうと考えています。その小手調べとして選んだのが本書。エッセイ集とは言っても、随所に氏の思考のエッセンスが織り込まれちりばめられた重量感にあふれる一冊です。冷戦の終結、ソ連の崩壊、湾岸戦争といった出来事を、「資本主義世界経済」というシステムの構造と変化の中にびしびしと的確に位置づける、その豪腕には溜息が出るほどです。例えば次の一文などいかがでしょう。
 1989年はパックス・アメリカーナの幕開けであると称揚する論者は多いが、本書の主題は、それとは全く逆に、パックス・アメリカーナの終わりを画したという点にある。冷戦こそがパックス・アメリカーナであった。冷戦が終わり、したがってパックス・アメリカーナはすでに幕を閉じたのである。
 1989年(注:冷戦の終結)に発生した諸事象の意味を理解するには、三つの基本ヴェクトルを分析する必要がある。第一は、近代世界システム内部における循環的な覇権のパターンである。第二は、1789年から1968年までの間、資本主義世界経済の諸々の虚飾イデオロギーが全盛を極めたことである。第三は、一つの史的システムから次のシステムへの移行が現実に起きる時、その転換が不確実性に満ちていることである。(p.23)
 ねっ、これを読んだだけでも知的興奮でアドレナリンがふつふつと分泌してくるでしょ。他にも、 ミニ・システム・世界帝国・世界経済という三つの史的システムの共存の中から、1500年頃に世界経済が資本主義世界経済として地歩を固め、やがて地球という惑星に初めて一つだけの史的システムが存在することになったという指摘、二度の世界大戦は、イギリスの凋落後、世界の覇権をめぐってアメリカとドイツの間で戦われた「三十年戦争」であり、冷戦とは米ソ間で入念に組み立てられた、欧州における均衡であるという分析など、刺激的な考察に満ち満ちています。嗚呼、もっともっと勉強したくなってきた。
 そして十六世紀以来世界を覆いつくしてきた「資本主義世界経済」という史的システムが、今、危殆に瀕しているという指摘。手直しをしながらこのシステムを維持し続けるのか、過去のように複数のシステムの併存という状況に立ち返るのか、それとも新しい史的システムを構築するのか、われわれはとてつもなく重要な岐路に立っているのですね。たぶん多くの人たちは、意識的にか無意識的にかこの状況に気づいており、人知ではどうしようもないと半ば諦観し、不確実・不透明な未来に対する怯えのような気持ちを抱いているのではないでしょうか。しかし著者は、結末については予測がつかないが、それは人間の決断の及ぶところではないという意味ではないと力強く主張されています。全く逆であると。こうした分岐状況においては、既定の結果による制約がないから、インプットの些細な変化が、アウトプットの巨大な変化をもたらすことがありうる。よって集団としてのどのような行動をとるかで、望ましい未来を選択し構築することができるのだと述べられています。それでは氏の考える望ましい未来とはどのようなものか。「自由と平等は単一の概念である(p.140)」「平等主義社会以外には自由は存在しえず、自由意志社会以外には平等は存在しえない… (p.314)」 平凡ですがとてつもなく困難な課題ですね、自由で平等な世界。最後に、「転移する時代」(T・K・ホプキンズ I・ウォーラーステイン 藤原書店)で語られていたウォーラーステインの美しくも逞しい言葉で締めくくりましょう。
 システムの混沌の後には何らかの新しい秩序、あるいは新しいいくつかの秩序が到来するであろう。だがもはやこれ以上は論を進めないことにする。新しい秩序がいかなるものであるかを見抜くことは不可能であるからである。いかなる秩序であってほしいかを論じること、またそのような望ましい秩序に向かって闘うことならば、不可能ではあるまい。(p.318)

by sabasaba13 | 2009-03-11 06:08 | | Comments(0)
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