「人間の未来 -ヘーゲル哲学と現代資本主義」(竹田青嗣 ちくま新書765)読了。絶句… 後頭部をバールのようなもので、腹部を鈍器のようなものでしたたか殴打されたような衝撃を受けました。気が早いのは重々承知の上で、今年の新刊書ベスト・テンにノミネートします。以前に、竹田氏の著書「はじめての現象学」(海鳴社)と「自分を知るための哲学入門」(筑摩書房)を読んで、さまざまな哲学についてその意味と面白さと有用性をわかりやすく解き明かした力量と高い志に脱帽した記憶があります。その後、私の怠慢からしばらくご無沙汰していたのですが、書店の新刊コーナーで氏の名前を見かけて胸がキュンとなり購入した次第です。
とてつもなく重要で充実した内容を的確にまとめて紹介するのは私の能力をはるかに超えていますが、匹夫の勇・蟷螂の斧、やってみましょう。氏の基本的なスタンスは、現在の世界資本主義が、拡大する格差の構造と資源・環境の地球的限界という二つの中心的問題を抱えているということです。この時間の浪費を許さない喫緊の問題を解決するために、人間社会は新しい"意志"と"合意"を必要としており、そのためにはなんらかの明確な「仮説」が必要である。そこで竹田氏は、資本主義が近代社会の本質から現れたものである以上、近代社会の本質を明らかにしなければならないと述べられています。近代社会から資本主義がどのような性格をもって登場し、それがなぜ近代社会の本来の理念からかけ離れたシステムとなったのか。そしてその考究から、どのような解決策が導き出されるのか。その際に氏がくりかえし強調されているのは、ある理想・真理をもとに、「こうでなければならない/こうしなければならない」という考え方をしないこと。そうしてしまうと、いくつかの理想・真理が現われたときに、その対立を克服できなくなってしまいます。それではどうすればよいのか? ここで竹田氏は哲学の思考法を提示されています。誰かが「原理」(キーワード)をおく、するとその言葉の不十分さがみんなによってテストされる。そこでつぎの人間がもっと包括的な「原理」を見出す努力をする。そのようにして、ある問題については誰もがそう考えざるをえない、という道すじを探して思考は進んでいきます。共通概念を用いて、つねにみんなが納得できる思考の始発点(=原理)を探究しなおそうとする、それが哲学の思考法。「世界説明についてのオープンでフェアな言語ゲーム」という卓抜な比喩を使われています。宗教のように大きな「物語」によって、世界についての根本的な意味をどかんと手に入れる、というのではないのですね。というわけで本書の冒頭部分は、以上述べたような、哲学独自の思考法についての説明です。まとめておきましょう。 ①「物語」を使わず「概念」を使う。物語は共同体の枠を超えられないが、「概念」はどの文化にも存在するので、哲学の世界説明は共同体の限界を超え出る。概念や原理を使うことによって、世界説明が共同体の限界を超えて普遍性をもつにいたるという点が、哲学的思考法の最大の意義であるとまとめられています。そしていよいよ近代社会の理念についての考察に入ります。その導き手は、ホッブズ、ルソー、そしてヘーゲルという三人の先哲です。哲学的観点からする「近代社会/国家」の本質とは何か? 以下、著者の考察を私なりにまとめてみます。(p.156~158) 近代社会の理念は、社会から暴力原理を完全に排除し、人間が相互に他者を自由かつ尊厳ある存在、完全に対等な権限者として認めあった上で、一定のルールに則ってフェアなゲームを行なうというものです。暴力を制御しフェアなゲームを運営するのが統治権力で、それは一般意志(※各自の利己心を捨てて、全部が一体となった人民の意志)を代表しようとすることで、その正当性を得ることができます。それでは一般意志の具体的な内容とは何か? これは画一的・排他的な理想や「物語」ではありません。各人の福祉(幸福)の多様性を承認し、各人が他人と齟齬することなく自分自身の幸福と善を追求できる一般条件を常に向上させること。言い換えると、人によってそれぞれに異なるエロス(人間的な生の喜び)を、各人が手に入れられるような経済的条件(生活水準の持続的な上昇)と社会的条件(法や社会制度の公平性と公正性)を向上させること。暴力を排除し、各人が自由かつ平等かつフェアにエロスを追い求めるゲームに参加できる、それが近代社会だと私は理解しました。 そしてこの近代社会の登場を促したのが資本主義、氏の定義では「歴史上はじめて現われた持続的な拡大再生産を可能にする経済システム」です。生産力がドラスティックに向上した結果、財の希少性がある程度克服され、普遍的な闘争状態・苛烈な専制支配・覇権を求めての血みどろの抗争から脱却する、つまり近代を生み出す道すじが開けてきた。"財の希少性は基本的に社会の暴力契機を高め、その克服の方途として「覇権の原理」が現われる(p.98)"という指摘は重要ですね。今まさにわれわれが直面している事態だと思います。 ところがこの資本主義というやっかいな怪物は、人々に自由を確保するとともに、資本家・地主・労働者という新しい社会階層を生み出し、富の巨大な格差を作り出してしまいました。また、国内的には曲がりなりにも人民主権・暴力の制御という方向へと進みましたが、近代国家どうしは、資本主義の原理による苛烈な闘争、つまり市場・資源・植民地支配をめぐる新しい普遍闘争の状態へ突入し、やがてそれは国家の総力をあげての帝国主義戦争、二つの世界戦争にまで行き着くことになってしまいます。(p.74) その理由として、前者については、資本主義システムがフェアなルールゲームにならなかった、つまり金力や権力でルールについての権限を買い、自分に都合がいいように変えることができたからだ、と指摘されています。後者については、近代国家の内部においては、不十分ながらも互いの自由を承認し暴力を制御する原理が働きましたが、近代国家間においてはそれが存在せず、市場と資源をめぐる資本主義競争・軍事力競争に自国の存亡をかけて突入せざるをえませんでした。なお第二次大戦以後、先進国どうしは武力による闘争をやめ、経済競争を行なうというルールを形成しましたが十分ではなく、経済競争はある意味でいっそう激化しています。(暴力の覇権ゲーム→経済の覇権ゲーム) というわけで、資本主義が生み出す格差と、国家どうしの普遍闘争状態、この二つがわれわれに突きつけられた大きな課題です。それに加えて、かりに現在の大きな配分格差の問題が是正され、より多くの国家が、人々の生活水準を徐々に向上させる方向へ進むとしても、大量生産+大量消費+大量廃棄を特徴とする現行の資本主義システムのままでは、それは地球資源の消尽および環境の破壊という絶対的臨界への接近を意味しています。そうであるかぎり、現在の資本主義は、この臨界域にゆきつく途上で希少性(パイの奪い合い)の問題を露呈させ、おそらくは中進国を中心とした核戦争の可能性、あるいは格差の拡大によって絶望した人々を代表する勢力(救済思想や原理主義)による核のテロなどの可能性を、極度に高めるでしょう。また、もし先進諸国家が、金融資本主義を特徴とする新しい"世界資本主義"の流れ、つまり金融経済の巨大化と超国家化の流れを変更することに失敗するなら、世界資本主義は、ますます「覇権的マネーゲーム」の性格を強め、そのゆきつく先は、資本主義システムにおける市民的制御の「消失」、つまりマネーの力による政治ルールと経済ルールの独占の進行という事態に陥ってしまいます。(p.289) 格差の絶望的な拡大、資源と環境の臨界、財をめぐる国家や集団の闘争、マネーゲームの暴走… これが世界の現状、いずれをとっても国家単位では解決できない地球規模の問題ばかりです。それではどうすればよいのか。竹田氏は、橋爪大三郎氏や見田宗介氏による考察をもとに、こう述べられています。まず、こうした問題は、人間社会にとって最大の危機であると同時に、きわめて大きな好機でもある。なぜなら、これらは人類全体が共通の課題として直面している絶対的な危機であり、これを切り抜けるためには世界大の合意と団結が必要だからだ。つまり国家どうしの軍事的・経済的競争をすみやかにやめて協力するための絶好の好機でもあるわけです。具体的には、先進国が中心となって、世界の経済システムを諸国家の一般意志の制御のもとにおき、この国家を超えた制御のシステムを活用して、現代の資源消費的な文明(資本主義)の体質を持続可能な経済システムへと変革する方向へとはっきり進み出ること。その際、資本主義の生み出す豊かさが、人々がそれぞれの自由を確保するための基礎であること、よってこのシステムそのものを棄却できないことを認め、資本主義の暴走を制御し、大量消費-廃棄の性格を変更するための原理を見出すべきである、というのが著者の主張です。つまり十全な形で結実させることができなかった近代社会の理念、くりかえしますと、社会から暴力原理を完全に排除し、人間が相互に他者を自由かつ尊厳ある存在、完全に対等な権限者として認めあった上で、一定のルールに則ってフェアなゲームを行なうという理念を、地球規模・世界大で実現させることだと思います。これを、みんなが納得できる思考の始発点[=原理]とし、より実現可能なものへと鍛え上げ、そして悲惨なカタストロフィーを避けるための断固たる意志と合意を地球規模で築くこと、それができなければ、われわれには未来がないということがよく納得できました。
by sabasaba13
| 2009-03-25 06:07
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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