アーツ&クラフツ展

c0051620_684894.jpg 先日、都美術館で「生活と芸術-アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで」を見てきました。「アーツ&クラフツ」とは、19世紀後半にイギリスで興ったデザイン運動です。産業化・工業化が進む時代を背景に、失われた手仕事の良さを見直し、自然や伝統の中の美を再発見しながら、シンプルな美しさをとり入れたライフスタイルを追求していこうという理想を掲げました。と、まあこれは展覧会ホームページの解説をまとめたものです。実はこの運動を主導した思想家ジョン・ラスキン(1819-1900)と、デザイナーで思想家、詩人でもあったウィリアム・モリス(1834-96)に心惹かれるところがあって、見に行った次第です。会期も終了寸前、名の知れたアーティストもおらず人寄せパンダもない地味な展覧会なので、さぞや閑古鳥が鳴き叫びゆったりと見ることができると期待していたのですが、とんでもない。中年女性を中心にけっこうな数の入館者でした。その原因を分析するなどという野暮なことはやめて、ここは素直に目の肥えた美術愛好家が増えているのだということにしておきましょう。
 入口に大きく記されたモリスの言葉が、ずばりとこの運動のあり様を物語っています。
 役にたたないもの、美しくないものを家に置いてはならない。
 装飾芸術の殿堂、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館などが所蔵している家具、テーブルウェア、ファブリック(装飾用布地)、服飾、書籍やグラフィック・デザインなどがメインの展示品です。モリスの言の通り、手づくりの温もりを感じさせる美しい意匠の実用品の数々。植物をモチーフにしたデザインが目立ちますが、これがアール・ヌーボーに影響を与えたのでしょうね。そしてモリスが晩年を過ごした別荘であるケルムスコット・マナーの写真や、その一室をイメージして壁紙や調度品を配置した展示もありました。実は以前にコッツウォルズを訪れた時に寄ったのですが、当時はあまり彼に関心がなくうろ覚えです。縁なき衆生は度し難し、もったいないことをしました。そしてアーツ&クラフツが影響を与えたウィーン・セセッション(分離派)と日本の民藝運動へと展示は続きます。素人考えですが、この運動には「平面を埋め尽くす美しい意匠」と「暮らしの中の美」という二つの柱があったのではないかと思います。そして前者を受け継いだのがウィーン・セセッション、クリムトの絵を思い浮かべるとそう痛感します。後者を受け継いだのが民藝運動、宗達や光琳を引き合いに出すまでもなく、事物の忠実な再現よりもデザイン性にこだわるのは日本美術のお家芸です。よって伝統的な工芸品に美を見出し、あるいは再現し、いかに生活に取り入れるかという点で影響を受けたのではないかな。主導者の柳宗悦はモリスの運動に共感を寄せ、1929年にケルムスコットを訪れたこともあるそうです。こちらの目玉は、「三國荘」の一室の復元展示です。住宅と器物が一体となった総合的な美の手本として御大礼記念国産振興博覧会のためにつくられた「民藝館」、博覧会終了後にそのまま壊すのは惜しいと、朝日麦酒(現在のアサヒビール)の初代社長・山本爲三郎が大阪の自邸に移設し「三國荘」と称しました。なお山本爲三郎は芸術文化事業への篤い後援者として知られ、この大阪に移設された「三國荘」についても柳宗悦の審美眼を信じ、家屋設計から生活工藝品の選定に到る一切を民藝運動の同人達に任せ、大きな仕事の機会を与えることになったそうです。ちなみに大山崎山荘美術館のコレクションは、彼が収集したものです。ごてごてと民藝品が飾られ、ちょいとくどいかなとは思いますが、その意気込みは確実に伝わってきました。他にも、柳の収集品や民藝運動の同人である濱田庄司、河井寛次郎、黒田辰秋、棟方志功の作品も展示されていました。うん、やっぱり河井寛次郎の器はいいなあ、その剛毅さと洒脱さが何ともいえぬバランスで同居しているところには見入ってしまいます。また山形県遊佐の橇法被にほどこされた刺子の見事さには圧倒されました。
 そしてミュージアム・ショップへ、女性たちが鵜の目鷹の目でお洒落なグッズをさがしまくっており、まるでバーゲンのような騒ぎでした。私も負けてはいられない、人ごみを掻き分けて、居眠りしているモリスがお尻のところに小さく描かれている黒いTシャツと、モリスの手によるファブリックの意匠がちりばめられたクリア・フォルダーをゲット。

 いま、「この後の者にも」(ジョン・ラスキン 岩波文庫)のドッグ・イヤーをつけたページをぱらぱらと紐解きながら、ぼんやりと考えています。たしかに素晴らしい品々でしたが、おそらく相当高価なため、一般の人びとが手に入れることはできなかったでしょう。所詮、金持ちだけが味わえる「暮らしの中の美」。しかし、それらをつくった生産者の手間隙や労力を考えると、正当な対価・報酬を支払うのは当然です。解決困難な二律背反ですが、アーツ&クラフツは開き直って、「裕福な人だけが味わえる暮らしの中の美」を選択したのではないのかな。しかしジョン・ラスキンの視線は、もっと遠くまで届いていたはずです。長文ですが、引用します。
 総じて物を買う際には、諸君は先ず、買う品物の生産者に如何なる生存状態を生ずるかを考慮しなければならぬ。第二には、諸君の支払う金額は生産者に対して正当であるかどうか、及びそれが正当な割合で生産者の手に収まるかどうかを考慮しなければならぬ。第三には、諸君の買う品物が、食物なり、智識なり、歓喜なりに対して、果たして如何程明白に役立つものであるかを考慮しなければならぬ。第四には、その品物はそもそも何人に、及び如何なる方法で、最も迅速かつ有効に分配され得るかを考慮しなければならぬ。そして凡て如何なる取引に於ても、徹底的な公明さと、約束の厳格な履行とを要求し、凡ての仕事に於て仕上げの完全と美しさとを要求すべきである。殊に凡ての市場商品の精巧さと純良さとを要求すべきである。それと同時に単純なる快楽を味い得る能力を体得し、又は教える方法、及び銭葵と赤熊百合との咲く途にも如何程清新味の存するかを示す方法、-即ち享楽の総量は味われる物の分量によるのではなく、味う力の溌剌性と耐久性とによる事を示すあらゆる方法を講ずべきである。
 生産者への配慮、正当な支払い、生産物の有用性、迅速・有効な分配、公明な取引、美を味わう力、以上がラスキンの主張の核心だと思います。彼は、美しい物をつくりだした生産者への正当な配慮を示しながら、それらをより多くの人々に分配できる社会/経済システムを考究したのではないのでしょうか。見果てぬ夢…でもわれわれが引き継ぐだけの価値は十二分にある素敵な夢ですね。少なくとも、弱者を掠め、マネー・ゲームに狂奔する今の世界を相対化してくれることは間違いありません。人間と、人間がつくりだした美を中心に世界を組み替える、美を味わう力を養いながら参画していきたい夢です。

 これまで何気なく経巡ってきた場所が、「アーツ&クラフツ」というキーワードで一つにつながり、嬉しくなりました。旅は、読書は、そして知的好奇心はいいものです。
 本日の五枚、上から、ケルムスコット・マナー(コッツウォルズ)、分離派会館[黄金のキャベツ](ウィーン)、大山崎山荘美術館(京都)、河井寛次郎記念館(京都)、棟方志功記念館(青森)、日本民藝館(東京駒場)です。
c0051620_691420.jpg

c0051620_693228.jpg

c0051620_695124.jpg

c0051620_610749.jpg

c0051620_6102444.jpg

c0051620_6104260.jpg

by sabasaba13 | 2009-05-07 06:11 | 美術 | Comments(0)
<< 「明日の神話」 危ない国 >>