広島編(1):平和記念公園(05.3)

 先日広島~神戸~大阪の旅行に行ってまいりました。のぞみに乗り込み、まずは広島へ。車窓からクリアに見える富嶽が前途を祝福しているかのようでした。が、しかし、到着すると小雪が舞い散る寒さ。まずは平和記念公園へ。資料館を見学した後、公園を散策しました。まずは原爆慰霊碑、原爆ドームへ。
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 原爆ドーム(旧産業奨励館)は、チェコ人建築家のヤン・レツルの設計です。日本と関係の深いチェコ人建築家は他にも、聖路加国際病院の設計に関わったフォイエルシュタイン、軽井沢セントポール教会を設計したアントニン・レーモンドなどがいます。ジャポニズムの影響で日本文化に憧れていたのですね。そうそう浮世絵に魅せられたミュシャもチェコ人です。そういえば世界的なミュシャのコレクターであるテニス選手のイワン・レンドルもチェコ人です。ああ彼の下手なボレーが懐かしい。ちなみにフォイエルシュタインは、カレル・チャペックの劇「R.U.R」(ロボットの語源はこの劇)の舞台装置も手がけました。レーモンドは、第二次大戦中、アメリカ軍部に協力して日本の木造都市への無差別爆撃の方法を指導したとのこと。彼はユダヤ人です。ホロコーストにより縁者が消息不明になっていたので、ナチス・ドイツと同盟を組む日本を叩くことに手を貸したのかもしれません。なおこの焼夷弾による無差別爆撃をバックアップし莫大な利益を得たのがスタンダード石油(現エクソンモービル)だということも忘れないようにしましょう。そして峠三吉や原民喜の碑、韓国人慰霊碑、全日本損害保険労働組合(全損保)被爆20周年記念碑を見学。最後の碑は
なぜ/あの日は/あった/なぜいまもつづく/
忘れまい/あのにくしみを/この誓いを
 という碑文で、唯一原爆投下の理由とその犯罪性を告発したものです。なぜアメリカ政府は原爆を投下したのか? アメリカの軍事力で日本を降伏させたという印象をつくり戦後の日本を勢力範囲に入れること、ソ連に核兵器の威力を見せつけること、莫大な予算を使ったことに対する議会へのexcuse 、人体実験、世界のウラン鉱山を支配している大財閥ロックフェラー(スタンダード石油も支配)とモルガンからの圧力、といった理由でしょうか。そして資料館のすぐそばにある、イサム・ノグチ設計の平和大橋・西平和大橋を拝見。日の出と日の入りをデザインしたものだそうです。なお公園の中心となる原爆慰霊碑のデザインも彼に依託されましたが、アメリカ人の血が混じっているという理由で猛反対にあい、実現しなかったとのこと。嗚呼、何て尻の穴が狭い! *
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 本日の一枚は、原爆ドームと薄日。今現在でも、核兵器を手軽・気軽に使おうとする国があるかと思うと、心の底から暗澹としてしまいます。カート・ヴォネガットの小節にこんな一節がありました。
われわれは自分たちを
救えたかもしれないが
呪わしいほどなまけものであったため
その努力をしなかった
それにわれわれは
呪わしいほど下劣であった
                   人類

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by sabasaba13 | 2005-03-21 07:51 | 山陽 | Comments(0)
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