「意志の勝利」

c0051620_84412.jpg 先日、山ノ神と渋谷のシアターNで、レニ・リーフェンシュタール監督の「意志の勝利」を見てきました。ちらしの宣伝文は「67年間の封印が解かれる、映画史上最大の問題作」 そう、ナチスのプロパガンダ映画です。1934年(ということはナチスが政権を握った翌年)9月4日から、古都ニュルンベルグで六日間にわたって開催された国家社会主義ドイツ労働者党の全国党大会を記録した映画です。舞踏家から映画監督へと転身し活躍していたリーフェンシュタールが、ふとした好奇心からナチ党の集会に参加し、そこで演説するヒトラーのカリスマ性に魅了され、ファンレターを送ったことから、二人の交流がはじまりました。ヒトラーからの提案で彼女は本作を製作し、その力量を認められ、1938年にはベルリン・オリンピックの記録映画「オリンピア(民族の祭典/美の祭典)」を撮影することになります。その後従軍記者として戦地に赴きますが、その悲惨な現実に恐怖をおぼえ逃げ帰ってしまいます。戦時中は、オーストリアの隠れ家で映画の編集に没頭、敗戦後はナチ協力者として糾弾され名声は地に堕ちました。戦後も何作かの映画をつくり、写真家としても活躍しますが、結局ナチ協力者としての汚名をそそぐことはできず、2003年、101歳で没します。
 ヒトラーのニュルンベルグ到着、それを圧倒的な歓呼の声で迎えるドイツの人々、ヒトラー・ユーゲント・親衛隊・突撃隊・労働者団体をヒトラーが閲兵する様子、市民を熱狂の渦に巻き込むパレード、そしてクライマックスの党大会閉会式。音楽、行進、光、焔、旗、舞台装置、演説、ありとあらゆる手段を駆使して人々を陶酔させ熱狂させ思考停止させ、その忠誠心と憧れをヒトラーに収斂させていくようすが、まるでその場にいるかのような臨場感とともによくわかります。なおこうした集会の演出を担当したのはゲッベルスではなくシュペーアのようですね。彼については、「夢と魅惑の全体主義」(井上章一 文春新書526) を参考図書としてあげておきます。そしてこの場の興奮を見事にフィルムにおさめたリーフェンシュタールの技量にも感嘆します。さまざまなアングルと遠近のカメラワーク、モンタージュを駆使して、この興奮を倍化しています。実は私、(山ノ神とは違い)映画を見ていて居眠りすることはほとんどないのですが、パレードの場面では舟を漕いでしまいました。なぜか。あまりの心地良さに、です。歓喜に満ち満ちた民衆の鯨波、一矢乱れぬ隊列とグース・ステップ、アドレナリンを分泌させるような勇壮な行進曲。この問題作をきちんと見なければならぬ、と呼びかける我が理性はいつしか雲散霧消し、当時のドイツ市民と一体化したような陶酔に酔い痴れ、そして… zzzzzzzzz
 それにしても何故、当時のドイツの人々は簡単に騙されてしまったのだろう。ナチスが行った巧妙な演出の一端については体験しましたが、根本のところでは腑に落ちません。例えば最後にヒトラーが行った演説は、「君らは偉くて強い、ドイツのために戦え」という空疎な内容を手を変え品を変え繰り返し怒号するだけです。そうそう、宣伝相ゲッベルスが「権力を得るには、国民を惹きつけることが重要だ」と演説で言っていましたっけ。不景気による生活苦、第一次大戦で喪失した自信と誇り、それにともなうアイデンティティの崩壊、孤立感と不安、そこに囁かれる権力者の甘い声、そしてみんなと一体化できる祝祭空間。簡単には結論は出ませんが、心地良さと雰囲気で人々の理性を眠らせ惹きつけようとするのが権力者の常套手段だというのは間違いないでしょう。(小泉軍曹はこの手法をまねたようですね) なんとも魅力的な、そして恐ろしい映画でした。

 なお映画館で、アラン・レネ監督の「夜と霧」を販売していましたので購入。言葉になるかどうかわかりませんが、いつか紹介したいと思います。
by sabasaba13 | 2009-08-08 08:04 | 映画 | Comments(0)
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