肥前・筑前編(6):九十九島~平戸(08.10) sanpo

 本日も快晴、ゆったりと朝食をとり、朝風呂をあびてから出発です。まずめざすは九十九島、長崎から北上して一時間半ほどで西海パールシーリゾートに到着、さっそく遊覧船に乗って九十九島をめぐることにしました。一時間ほどかけて九十九島の間をのんびりとクルージングを満喫、天気も良いし、潮風に吹かれて気分も爽快です。なおこの遊覧船には二つの狭い瀬戸をすりぬけ、島の狭い湾でUターンするという見せ場がありました。船長の技量には敬服しますが、乗客からすればそれほどのスリルではありません。なお船内アナウンスによると、日本最初のワルツ「美しき天然」は、この九十九島の美をモチーフに佐世保海兵団軍楽隊軍楽長であった田中穂積が作曲したものだそうです。(作詞は武島羽衣)
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 そして車に乗り込み、一路平戸をめざします。平戸大橋を渡り、一時間ほどで平戸に到着。平戸は、16~17世紀にヨーロッパ船との貿易で繁栄した港町で、領主は松浦氏です。1550(天文19)年にポルトガル船、1584(天正12)年にスペイン船、1609(慶長14)年にオランダ船がそれぞれ来航しました。その後、江戸幕府によって貿易が許可され、イギリス・オランダが商館を設立しますが、イギリスはオランドとの競争に敗れて撤退、オランダ商館は長崎の出島に移転されられます(1641)。その後は平戸藩の城下町として明治維新に至ることになります。
 まずは旗松亭で鯛茶漬けをいただき、エネルギーを充填。それでは町歩きに出かけましょう。すぐ裏手には天満神社があり、ここからの眺望は抜群です。海に沿って建ち並ぶ平戸の町並み、平戸城、平戸大橋を手に取るように一望できました。そして海辺の道を歩いて平戸城へ。海に突き出た小山に築かれた平山城です。1704(宝永1)年に、山鹿素行の協力を得て縄張りを行い築城し、松浦氏6万石の城として幕末に至ります。なお天守閣は、1962(昭和37)年に復原されたものです。ここからの眺めも素晴らしい、高台にあるザビエル記念教会の尖塔も遠望できます。
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 そして市街地へ、その途中で渡ったのが幸橋という石造アーチ橋です。1702(元禄15)年に築かれましたが、オランダの技術を学んだ石工が架けたことから「オランダ橋」とも呼ばれているそうな。その前には「英国商館遺址之碑」という記念碑、そしてオランダ船の錨が野外展示されています。橋の上から海のほうを見やると小さな雁木がありました。
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 町並みはこれといった特徴はありませんが、和風の家屋が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気です。街灯に船をデザインした透かし彫りが掲げられているのも平戸ならではです。路地に入り高台の方へすこし坂道をのぼると光明寺の石垣・楼門の向こうに教会の尖塔が姿を見せる「寺院と教会の見える風景」です。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-08-17 07:40 | 九州 | Comments(0)
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