先日、ユナイテッドシネマとしまえんで山ノ神と一緒に「沈まぬ太陽」を見てきました。以前に山崎豊子の原作をほんとに文字通り寝食をとる間も惜しく一気呵成に読み通したもので、本作を以前から楽しみにしていました。監督は若松節朗、脚本は西岡琢也です。主人公は恩地元(渡辺謙)、国民航空の労働組合委員長として、安全を軽視し利益を優先する会社を批判したため報復人事として、流刑ともいうべき九年間の海外勤務(カラチ→テヘラン→ナイロビ)を命じられます。帰国した彼を待っていたのは、その安全軽視のつけによるジャンボ機墜落事故でした。遺族に対して誠意ある対応をとろうとする恩地、できるだけ早く結着をつけようとする会社側はあらためて彼の存在を煙たく思います。そうした中、首相の指名により、経営刷新のために関西の財界から会長として就任した国見正之(石坂浩二)は、彼を抜擢して会社の建て直しに尽力しますが、その前に立ち塞がるのがかつて組合で共に闘った仲間である行天四郎(三浦友和)でした。さて結末はいかに…
まずは監督および脚本家の力量を賞賛したいと思います。文庫本にして全五冊の大作を、十分間の休憩をはさむ3時間22分によくぞまとめあげたものです。遅滞のないストーリーの進行、やや紋切型ですが的確な人間描写、緊張感が途切れることなくあっという間にラストシーンをむかえました。利潤を最優先し安全と労働者を軽視する大企業の非人間的なあり方、それに屈せずに闘い続ける不撓不屈の男、稀にみる壮大な人間ドラマ。文句なく一見の価値ある、超弩級の力作です。ただ、失礼を承知で言えば、どことなくそこはかとなく "薄さ"を感じました。自分なりにいろいろと考えてみたのですが(考えさせてくれるのは私にとって良い映画です)、まず映像表現。映画でしかできないような、あるいは映画でこそ効果がある映像表現(モンタージュやカメラワークなど)があまりなく、ストーリーのみを汲々として追うテレビ・ドラマのような平板さが気になりました。まるで秋の特番三時間ドラマスペシャルをプラズマテレビの大画面で見たようです。あえて抑制した映像でストーリー・テリングに徹したのかもしれませんが。もう一つは内容。「恩地さんてすごい!」という印象だけが残って、彼が闘った相手とは何か、そして彼はなぜ闘ったのかについての表現や主張が弱いと思いました。意地悪い言い方をすれば、ラストシーンにおけるアフリカの雄大な自然描写でまるめこまれてしまったような気さえします。原作者の山崎豊子氏が、そして実在のモデルである小倉寛太郎が一番言いたかったことは何なのか。実は小倉氏は2002年に逝去されましたが、幸いその直前に彼の講演を聞く機会がありました。以前にも紹介しましたが、この映画を理解する、あるいは批判する大きな鍵になると思いますので一部改変して再び紹介します。 先日、『沈まぬ太陽』の主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏の講演会(出版労連女性部集会)を聞いてきました。その話を人に聞いてほしくて一筆致します。なお彼はナイロビ勤務中に、ハンティングとサバンナの素晴らしさに目覚め、退職した今ではアフリカのフィールドガイドや野生動物保護で活躍されています。さて講演のはじまりはじまり、主催が出版労連ということもあって、労働組合についての話題が中心です。 というわけで、日本企業の無責任さと非人間性に対して、仲間を守るための闘いだったのではないでしょうか。このへんに対する切込みが少々足らず、主人公の英雄譚になってしまったような感が否めません。ただ、別に省いてもストーリーの進行には影響しないのに、首相の参謀として国見氏に会長就任を依頼しに行く龍崎一清(品川徹)を登場させたのは監督の炯眼だと思います。冷酷な威圧感のあるこの人物、もしやモデルは瀬島龍三では。プログラムによると「元大本営参謀、シベリア抑留を経験」とありましたが、その後政財界のフィクサーとして活躍している様子も加味すると、間違いないでしょう。最近、「沈黙のファイル」(共同通信社社会部 新潮文庫)を読んで彼の存在を知ったのですが、エリート参謀として無謀な戦争を指揮しながら、その責任を一顧だにせず、戦後は賠償ビジネスや防衛庁商戦などで暗躍し政界の「影のキーマン」となった方です。映画の中では、国見を「国のため」「国のため」と繰り返しながら説得していた場面が印象的でした。「国」や「企業」を隠れ蓑にしながら、他者を犠牲にし、己の野望や利益をプラグマティックに追求し、失敗しても責任をとらない選良。ある意味ではこの映画を象徴する人物ですね。若松監督、次回はぜひこの人物の生涯を映画化してくれませんか。
by sabasaba13
| 2009-10-26 06:08
| 映画
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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