「寺社勢力の中世」

 「寺社勢力の中世 -無縁・有縁・移民」(伊藤正敏 ちくま新書734)読了。神々の宿り給う細部にこだわるのも歴史の楽しみですが、長いスパンと大きな視野で時代と社会を鳥瞰する蛮勇に溢れた挑戦こそが歴史の醍醐味だと思います。本書はそうした大胆不敵な試みが見事に結実した書、一気呵成に読み終えてしまいました。
 1070年2月20日に始まり、1588年7月8日に終わる日本の中世を、「寺社勢力」を軸に総体的に描ききろうというのが著者の試みです。その開始と終焉をピンポイントの日付で特定してしまう、もうこれだけで「いったいこの日に何が起きたのだろう?」と胸がときめきませんか。その根拠は読んでからのお楽しみです。この気宇壮大な考察を貫く重要な枠組みが、「国家」と「全体社会」の関係です。以下、それに関する記述と本書所収の概念図を引用します。
 最初にあるのは全体社会であり、国家が現れるのはその後だ。国家は、領域内の人々の全生活を管理できるわけではなく、またすべきではない。国家とは軍事・警察・裁判権を核として、政治・行政を司る機関にすぎず、国民生活全般をコントロールするものではない。一方、人々の生活が営まれる場、及びその営みのすべてを指して「全体社会」と呼ぶのが普通である。全体社会は法や慣習が予測していない現象に満ちており、国家の尺度で測ることはできない。その価値観をあてはめることもできない。常に「国家と全体社会は別物」ということを忘れてはいけない。…中世とは、全体社会の中において国家が占める割合が、最も小さい時代であった。(p.13)
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 微力ながら私なりにまとめると、全体社会しかなかった原始、国家が成立し全体社会の相当部分を覆った古代、全体社会の拡大・発展に国家が追いつけなかった中世、そして再び全体社会を覆うために国家が機能を強化してある程度成功する近世・近代、ということだと思います。これは鋭いなあ… 歴史は単純なものではないという留保はもちろんつけるにしても、歴史を考える上で大変有効な分析方法だと思いますし、日本だけではなく世界の歴史を見る上でも応用可能でしょう。そして国家と全体社会の乖離、全体社会の大きなコアであった無縁所の全盛、これこそが五百年にわたる中世という時代の特質である、というのが著者の主張です。(p.15) 「無縁」とはすべての人間関係が断ち切られ、個人と世間とのありとあらゆる縁が切れた状態で、ここでは主従制や身分制などという「縁」の原理は働かきません。一方ここには束縛のない自由の場なので有縁の価値観より経済原理が生のまま出現しやすくなりますが、同時に弱肉強食の自由競争のジャングルであり「死ぬ自由」にも満ち満ちていたことも忘れてはなりません。こうした国家による束縛から逃れた/追い出された無縁の人びとが集う場が無縁所、それをまるごと受け止めたのが寺社であると氏は述べられています。そして怨霊・死者・神霊を畏怖する心性にとらわれた世俗権力(国家)は、この寺社=無縁所への介入ができない。そしてこの寺社と一体化した無縁所(著者はこれを「寺社勢力」と表現されていると思います)が、生産・流通から軍需産業まで含む中世の経済を担い支え牛耳ることになります。こうした中世寺社勢力は、宗教で説明するよりも経済体として考えるほうがずっと明快であり、もはや宗派の違いは無意味だとさえ氏は述べられています。そしてこの寺社勢力の中核となったのが、大寺社の境内です。スカイスクレーパー[※塔]がそびえ立ち、住宅街・商工業地があり、周辺には貧窮民が集まる寺社境内、これを著者は「境内都市」と名付けられています。そうなるともう日本史の見方も大きく変わりますね。以下、引用です。
 …平安末期の都市は京・太宰府・平泉ぐらいで、少し遅れて鎌倉が現れる程度、日本は大半が農村からなる農業社会である、というのがそれまでのイメージであった。ところが大寺社がすべて都市ということになれば、ギリシャの都市国家のように、平安末期の近畿地方は、南都北嶺ほか、東寺・醍醐寺・石清水八幡宮・四天王寺など、無数の都市に満ちた都市社会だということになる。(p.91)
 中世後期に登場する寺内町や自治都市も、この「境内都市」のバリエーションと考えられます。また自治を行う地域組織は、かつて「惣村」と習った記憶がありますが、氏は「中世は農業社会だ」という誤解によるもので、そのほとんどは自治村落ではなく自治都市と主張されています。(p.225)
 というわけで、国家から大きくはみ出した人々をまるごと受け止めて経済活動の中核となった無縁所=寺社=都市、という構図が見えてきます。そしてこうした無縁所が姿を現した平安後期に、社会変動と全体社会の拡大という状況に対応してもう一つの勢力、武士が登場します。彼らは有縁の原理=主従制と暴力を駆使して(武士=ヤクザ論!)国家の中核となり、無縁の原理を壊滅させるとともに無縁の人々を国家の支配する領域内に組み込んでいく…

 著者鋭く明敏にも、その眼差しを近代、現代、そして未来にまで投げかけています。どんなに国家の権力や機能が強化されても全体社会すべてを包摂することは不可能であり、国家からはみ出した/見捨てられた無縁の人々は近現代になっても再生産されていく。さまざまなかたちでの国内移民・国外移民ですね。ただ中世とは明らかに違うのは、彼ら/彼女らを保護する何らかの権威や自治組織、そして無縁の場を守るための武力が存在しないということでしょう。
 そして今、技術革新やグローバル化によって再び全体社会が拡大し、国家の支配力が及ばない領域が大きくなりつつあります。そこではどのような無縁の原理が生まれるのか、生まれないのか、あるいは自らを守るための新しい原理が生まれるのか。私たちが直面しているのはそういう状況なのでしょう。

 平安後期における社会変動や全体社会の拡大の関連(どちらが先か?)、その具体的な実態についてもっと詳しく説明してほしかったなと思いますが、これは自分で考えることにします。知る喜び・考える喜び・学ぶ喜びを満喫させてくれる、そして「すべての歴史は現代史」であるという叡智に溢れた好著、お薦めです。
by sabasaba13 | 2009-10-28 06:12 | | Comments(0)
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