御岳渓谷・青梅編(4):奥沢橋梁(08.11)

 しばらく歩いていると茂みの中に裸体の男性が立ち竦んでいたので近づいてみると朝倉文夫の手による銅像、ちょっとびっくりしました。風景を愛でながらゆるゆると逍遥を楽しみ、御岳橋から一時間強歩くと遊歩道も終わり、坂道をのぼって国道へと合流します。そして数分歩くと、JR青梅線軍畑(いくさばた)駅に到着、駅前にはオーソドックスな火の見櫓が周囲を睥睨するように屹立していました。
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 その近くではカメラと高価そうな三脚をセットして何かを待っているような数人の方々。なんじゃらほい、と近づいてみると青梅線のしぶい鉄橋を遠望できるポイントです。へえー、V字型の武骨な橋桁がうんこらしょと線路を支える、ちょっと珍しいそしてなかなか絵になる鉄橋でした。
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 でもどこかで見たことがあるなあ、この形。帰宅後インターネットで調べてみたところ、知る人ぞ知る知らない人は知らない、その筋では有名な鉄橋であることがわかりました。鉄ちゃん・鉄子さんたちの撮影ポイントになっているようで、この鉄橋の写真を掲載した多くのホームページがありました。ちなみにこうした構造をトレッスル橋と言うそうです。以下、ウィキペディアから引用します。
 トレッスル橋(Trestle bridge)とは末広がりに組まれた橋脚垂直要素(縦材)を多数短スパンで使用して橋桁を支持する形式の橋梁で、一般には鉄道橋としての用例が多い。
 トレッスルとは「架台」、あるいは「うま」のことで、これに橋桁を乗せた構造を持つ桁橋である。長大なスパンがとれないため、多数の橋脚を必要とするので河川や海上に建設するのには不向きだが、陸上橋とすればトータルとしての使用鋼材量が少なくて済む(鋼製トレッスル橋の場合)。
 山岳地帯や、渡河橋へのアプローチとして川沿いの氾濫原を横断するため等の目的で、19 世紀には木製のトレッスル(ティンバートレッスル)が広範囲に造られた。樹皮をむいた丸太をクレオソート油に漬けて防食性を増したものを垂直要素の主構造材(縦材)とし、これに材木を釘うちやボルト係合してブレース(横材)とするのが一般的であった。
 20 世紀に入り、比較的大きな線路勾配が許容されるようになり、また、トンネル技術が発達したことにより、トレッスル橋の必要性は減少した。
日本では、JR西日本山陰本線余部橋りょう(餘部橋梁)が有名である。
 そうかっ、日本海の銀河鉄道、架替工事が進む餘部橋梁とくりそつだったんだ。以前山陰本線に乗ってこの橋を渡ったとき、また来るさと途中下車して見物することを怠ってしまった甘酸っぱい記憶が甦ってきます。2007年に着工、2010年に架替工事完成予定なので、もうあの雄姿の全貌は拝めないのでしょう。「見るべきものは見られるうちに見る」 銘肝しましょう。なお軍畑駅近くのこの鉄橋の正式名称は奥沢橋梁で、1929(昭和4)年につくられたとのことです。国内に残存する僅かな(唯一?)のトレッスル橋として、その長命を祈りたいと思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-20 06:19 | 東京 | Comments(0)
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