そしてすぐ近くにある昭和幻燈館へ、まったく何に期待もしないで入ったのですがこれがなかなかいけます。山本高樹というアーティストが、列島各地の昭和の町並みを再現したジオラマが展示されています。長屋の路地裏、縁日、船宿、場末の飲み屋街、額縁ショー(!)などをリアルだけれどもどこか非現実的な、そしてえもいわれぬ温もりとともに表現するその手法には非凡さを感じます。あれ? どのジオラマにも必ずソフト棒をかぶり、こうもり傘と鞄を持ったロイド眼鏡の人物が佇んでいます。おそらく断腸亭主人、
永井荷風ですね。逍遥の達人・荷風へのオマージュなのかもしれません。ひさしぶりに「
日和下駄」が読みたくなってきたぞ。
もう一つの目玉が、映画の手描き看板の展示です。「最後の映画看板絵師 久保板観」という解説があったので、抜粋して紹介しましょう。久保板観、1941(昭和16)年、青梅市本町生まれ。中学校卒業後から見よう見まねで小さい映画看板を描きはじめ、看板絵師になることを決心。映画館「青梅キネマ」「青梅セントラル」の専属絵師となり、最盛期には一日一枚の割で映画館版を描き続けました。しかし1973(昭和48)年、テレビ等の影響で映画産業が斜陽となり、青梅にあった三軒の映画館も廃業、職を失った彼は「久保看板店」を起業します。そして1993(平成5)年、「青梅宿アートフェスティバル」で19年ぶりに映画看板を描いたのを機に、板観の作品が再び青梅商店街を飾るようになりました。なお彼がこれまでに描いた看板は三千枚とも四千枚とも言われるそうです。こちらには「甲賀屋敷」(監督:衣笠貞之助)と「妻よ薔薇のやうに」(監督:成瀬巳喜男)が展示されていました。大前提は映画館へ客を呼び寄せることですから、的確な人物描写と内容を暗示させる場面設定、そして人目を引く構図とデザインが要求されます。それを早描きで仕上げるのですから、並みの技量ではつとまらないでしょう。市井のアルチザンに敬意を表したいと思います。
本日の一枚です。