土佐・阿波編(5):足摺岬へ(09.3)

 目が覚めて窓のカーテンを開けると、青空と陽光が「おはようさん」と声をかけてくれました。やりい! 本日は足摺岬と四万十川・中村を見物してふたたび高知に戻って宿泊の予定です。足摺岬まではバスで約一時間四十分もかかるので、朝食をとっておいたほうがよいでしょう。付近に喫茶店が見当たらなかったのでホテルで朝食をいただくことにしました。値段のわりにはなかなか充実したモーニング・サービスをいただき、いざ出発。足摺岬行きバスは一日に九本しかありませんので、乗り遅れた大変です。中村駅前には四万十川の清流で遊ぶ子どもたちのオブジェがありました。バスの停留所に行くと、お遍路さんがバスを待っています。
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 到着したバスに乗り込み、しばし車窓からの眺めを満喫。バスは四万十川を渡って川沿いの道をしばらく南下していきます。おりかさなる山々のところどころに山桜が桃色に輝き、水をはった田んぼが鏡のようにその姿を映しています。もう代掻きがはじまっているようですね、さすが南国。てくてくと歩くお遍路さんやつーいと走るサイクリストもよく見かけました。昨日は雨で大変だったでしょう、ほんとに晴れてよかったねと肩を抱き合いたくなります。
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 陽の光、花々、雨、潮騒、せせらぎ、雲、鳥、こうした何気ない自然のいとなみに心動かされることが「至高の生」なのかもしれません。実は昨晩読んだ「現代社会の理論」(見田宗介 岩波新書465)の中に、ジョルジュ・バタイユが「至高の生」について語った以下のような言葉があったもので、柄にもないことを言ってしまいました。
 たとえばそれは、ごく単純にある春の朝、貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる太陽の燦然たる輝きにほかならないこともある。(p.167)
 バス停を見ていると、ちょっと変わった地名が多いことに気づきました。クマチ、久百々(くもも)、以布利(いぶり)、臼碆(ウスバエ)などなど。これらはアイヌ語からきているのかもしれませんね。四万十川もアイヌ語で「シ・マムタ」、大きくて美しい川という意味だそうです。まあアイヌ語というよりも、古い時期からこの列島で暮らしていた縄文人たちの、渡来人と混血・融合する前の言葉と言ったほうがいいのかな。でもこれほどたくさん残っているのは珍しいと思います。山が多い土地柄なので、他地域とある程度隔絶されていたからなのでしょうか。そして「宗田節」という大きな看板が見えてきました。この地の民謡なのかなと思っていましたが、接近した時点で確認すると鰹節の一種でした。そしてバスは土佐清水に到着。かつては捕鯨・ブリ大敷網で栄え、近年では沖合カツオ・マグロ漁業基地および鰹節加工業をなりわいとしています。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-12-25 06:13 | 四国 | Comments(0)
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