「人民は弱し 官吏は強し」

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 迎春

 ふつつかで粗忽なブログですが、今年もよろしくお願いします。


 「人民は弱し 官吏は強し」(星新一 新潮文庫)読了。今までいろいろな本を読んできましたが、これほど品性下劣で陰険陰湿で没義道で没分曉漢で人倫に悖る悪役ははじめてお目にかかりました。その名は…官僚。
 本書は、ショート・ショートの大家、故星新一氏によるご尊父・星一の伝記です。明治末、アメリカ留学から帰った星一は製薬会社を興し、日本初のモルヒネ精製に成功するなど事業は飛躍的に発展します。しかし彼の自由な考え方や率直な物言いに反感をもった官僚、ライバルの製薬会社、星を庇護する後藤新平を蹴落とそうとする憲政会などが一致団結して彼と彼の会社を苦境に陥れようとします。それに対して毅然と、時には飄々と立ち向かう星一、しかし官僚たちはあの手この手、人智が及ぶ限りの手練手管を用いて、彼を締め上げていきます。時効寸前の阿片事件のでっちあげ、新聞に誤報を流して新会社株式払込みを妨害、むりやり台北に召喚して後始末の時を与えない、冷凍工業を突っつきまわして背任の種をさがし出す、などなど。官憲との戦いのため、毎日のすべてを費やし、なんの建設ももたらさない、いつ終わるともしれぬ戦いを続ける彼の姿は感動的ですらあります。さて結末はいかに… なお星製薬は戦後経営不振に陥り、新一(親一)氏が社長として後を引き継ぎますが、結局ホテルニューオータニを創業した大谷家へ譲渡を余儀なくされたそうです。

 いやはや、官僚たちへの怒りで腸が煮えくり返り、あっという間に読み終えてしまいました。おそらく星新一氏は、父上の弔い合戦として、戦前の官僚制の非道さをペンにより弾劾したのだと推量します。己の面子と地位と利権を守るために、たとえ国家や民衆の不利益になろうとも抗う相手を叩き潰す巨大組織・官僚制。こんな一文がありました。
 山田衛生局長も本来は温厚な性格の主であり、べつに星に憎しみを持っているわけではない。だが、この椅子についたからには、周囲からの力により、気ちがいじみたこんな応答をしなければならなくなる。悪魔ののろいのこもった椅子があるとすれば、それはこれかもしれない。(p.255)
 こうした官僚制の病理を知るための一助として、大変面白く興味深い一冊でした。はたしてこれは世界共通の問題点なのか、あるいは日本独自のものなのか、そして何より現在の官僚制がこうした病理から脱却しているのかいないのか(いないでしょうね)、いろいろと考えてみたくなります。と同時に、どうしたら官僚たちの暴走を食い止めることが出来るのか。「痛快!憲法学」(集英社インターナショナル)の中で小室直樹が指摘されているように、「一人の犯罪者ができる悪事より、国家が行なう悪事のほうがずっとスケールが大きいのです。…国家権力というのは、恐ろしい力を持っている。警察だって軍隊だって動かすことができる」、そうした怪物のような"国家権力"を己の力であるかのように勘違いして振り回すのが官僚です。よってこうした御仁を縛るには憲法と法律、そして司法が最も効果的な手段。しかし…
 こうなってくると、裁判で理非を明らかにしようというのではなく、あくまで罪人を作りあげたがっているようだ。気ちがいが刃物を振りまわしているのに似ている。(p.232)

 阿片事件の発端から結審までの、このおびただしい犠牲の上に築かれたものに、なにがあるのでしょうか。そこには、ただひとつの教訓があるだけです。われわれが持っている現在の文明には、まだ大きな欠陥があるという教訓が。このような取扱いをされても、政府にはなんの損害賠償をも要求できないのですから。国民とはあわれな存在と言わなければならない。(p.303)
 とあるように、戦前においては国家の違法行為で損害を受けても損害賠償を請求できなかったのですね。また理非を曲げて官僚の意向に寄り添った判決も数多く出されたようです。前者は戦後に改善されますが、後者についてはあまり変化がないように見受けられます。「最高裁が法を犯している!」(井上薫 洋泉社新書y192)の書評でも触れましたが、人事権を使った「いじめ」により下級審の裁判官の意思や良心を束縛する、そして広範な人事権・行政権を認めてもらうかわりに政官財よりの判決を下す最高裁に問題がありそうです。今、喫緊の課題は、個人による凶悪犯罪を裁かせて鬱憤をはらさせる裁判員制度の導入ではなく、官僚や国家権力の暴走を防ぐための抜本的な司法改革だと思うのですが。ついでに言わせてもらえば、なぜ裁判員に行政裁判を任せないのだろう??? そうです、官僚の足枷となることを恐れているからでしょう。

 追記です。星一は空中窒素固定法を発見したドイツの化学者フリッツ・ハーバーと親交がありましたが、彼の素晴らしい言葉があったので紹介します。
 自然界は物を作るのに、酸もアルカリもエーテルも使わない。これからは物を作る時には、自然がいかになしとげているかを、まず究明すべきだろう。そこに最善で能率的な方法が存在しているはずだからだ。(p.152)


 本日の一枚は、青梅駅構内で展示されていたホーロー看板です。
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by sabasaba13 | 2010-01-01 07:24 | | Comments(2)
Commented by 平田亜樹 at 2011-09-23 18:52 x
はじめまして。

古賀茂明氏による「日本中枢の崩壊」を読んで、また、きょう辞職届が出されたことを知り、星新一氏のこの著書のことが頭を過りました。
ありがとうございました。
Commented by sabasaba13 at 2011-10-31 21:19
 こんばんは、平田さん。私も購入しましたが「つん読」状態です。そろそろとりかかるのを楽しみにしています。拙い書評を読み返し、また福島の惨状に思いを馳せるとあらためて官僚に対する怒りがこみあがります。荒畑寒村の表現を借りれば、「政府当局者が、毫も民衆の利福を尊重せず、(  )の惨状を雲烟過眼視し、当然の職務を懈怠して、ひたすら(  )の私利私福をのみ庇護保全せる事は、けだし火を見るよりも明白なる事実なり」といったところですね。
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