土佐・阿波編(10):土佐中村(09.3)

 そして自転車にまたがり、中村市内を徘徊しました。ここは鎌倉時代に一条家の荘園・幡多荘(はたのしょう)の地で、1468(応仁2)年戦乱を避けて下向した関白一条教房が居館を構えて町づくりをしたことが嚆矢です。碁盤の目状の町割りが残っており、小京都とも呼ばれます。しかし再開発が進んだためか、古い家や町並みはほとんど残っておりません。商店街を走ってもシャッターを閉めた店が多く、その衰微に心が曇ります。しかし通りのどこからでも見える山なみの美しさはこれからも変らないでしょう。
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 一条氏の中村御所跡に建立された一條神社を拝見し、近くにあった「江戸っ子美容室」に驚いていると、そろそろ列車の発車時刻が迫ってきました。駅へ向かってペダルをこいでいると、片手で自転車に乗っている女子高校生がいました。危ないなあ、どうせ携帯電話でメールをうっているんだろうなあ、まったく近頃の若い者は、とぶつぶつ呟きながら追い越すと… なんと、おにぎりを一心不乱に頬張りながらがっしゅがっしゅと疾駆していました。さすがは土佐っぽ、そのエネルギーに満ちた健康的な豪放磊落さに感服。でも人を轢死させないように気をつけてね。
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 自転車を返却して、15:10発の土佐くろしお鉄道高知行きの特急列車に乗り込もうとしましたが… アンパンマン列車でした。自由席に坐ると、いきなり車内アナウンスで「こんにちは! ぼくアンパンマン」と素っ頓狂な声。やれやれ。気を取り直し、車窓から穏やかな春景色を眺めていると、小高いところに大きな碑があるのを二ヶ所ほど見つけました。あれはもしや忠霊塔では、これからの町歩きででくわしそうな予感がしました。
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 さてそれではこれからの行程を検討しますか。長駆、高知まで行って市内を散策するつもりでしたが、見たいものは高知城(内部は以前に入ったので外観だけで可)、坂本龍馬や中江兆民の生誕地、追手前高校の奉安殿など、朝早くても見物可能なところです。だったらこれらの諸物件は、明日早起きして散歩がてらにまわり、今日は途中にある伊野に寄ることに急遽変更。高知県は古くから手漉き和紙づくりが盛んで、平安時代には国司として派遣された紀貫之が製紙業を奨励したと伝えられています。その中でも、良質の原料と清流仁淀(によど)川の水に恵まれた伊野は、手漉き和紙の一大産地に成長。薄くて丈夫でにじまない伊野紙は、近年まで水道の配管図や造船の設計図に使われていたそうです。最盛期には手漉き和紙の工房が町内に300軒あり、そうした豪壮な紙問屋の屋敷が残るということなので、町歩きを楽しんでみましょう。
by sabasaba13 | 2010-01-06 05:56 | 四国 | Comments(0)
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