言葉の花綵20

 自分の権利があからさまに軽視され蹂躙されるならばその権利の目的物が侵されるにとどまらず自己の人格までもが脅かされるということがわからない者、そうした状況において自己を主張し、正当な権利を主張する衝動に駆られない者は、助けてやろうとしてもどうにもならない。

 人格そのものに挑戦する無礼な不法、権利を無視し人格を侮蔑するようなしかたでの権利侵害に対して抵抗することは、義務である。

 法感情が自分に加えられた侵害にたいして実際上反応する力こそは、その健全さを測る試金石である。

 権利侵害の苦痛を感じる能力と行為力と、換言すれば、攻撃を撃退する勇気と果断とは、健全なる法感情の二つの規矩である。(イェーリング 『権利のための闘争』)

 みずから虫けらになる者は、あとで踏みつけられても文句は言えない。(カント)

 何度も何度もテキストを読むこと。細部まで暗記するくらいに読み込むこと。
 そのテキストを好きになろうと精いっぱい努力すること。(つまり冷笑的にならないよう努めること)
 本を読みながら頭に浮かんだ疑問点を、どんなに些細なこと、つまらないことでもいいから(むしろ些細なこと、つまらないことのほうが望ましい)、こまめにリストアップしていくこと。そしてみんなの前でそれを口に出すのを恥ずかしがらないこと。

 本の読み方というのは、人の生き方と同じである。この世界にひとつとして同じ人の生き方はなく、ひとつとして同じ本の読み方はない。それはある意味で孤独な厳しい作業でもある-生きることも、読むことも。でもその違いを含めた上で、あるいはその違いを含めるがゆえに、ある場合に僕らは、まわりにいる人々のうちの何人かと、とても奥深く理解しあうことができる。気に入った本について、思いを同じくする誰かと心ゆくまで語り合えることは、人生のもっとも大きな喜びのひとつである。(村上春樹)

 神よ。願わくは、われをして、みずから知らずまたは解せぬことを譏らしめあるいは語らしめたまうな。

 嘘を吐いても、人人は信じる。ただ権威をもって語れ。(『チェーホフの手帖』)

 わしはね、自分自身とレスリングの三本勝負をつけるのに忙しかったので、この自分を完全におさえてしまうまでは結婚できないものと決めてかかっていたのだ。それで、だれしも完璧になるまで待てないこと、外へ倒れ出て、自分以外のすべての人と力を合わせて立ちあがらなければならないことをさとるまでに、あまりに時間をくいすぎた。そしてある晩、わしが自分自身とのみじめなレスリング試合を放棄してしまったとき、おまえのお母さんが本を借りに図書館へやってきて、本の代りにわしを手に入れたわけだ。(ブラッドベリ 『何かが道をやってくる』)

 暴力は弱さの一つの形である。(D・ロシュトー)
by sabasaba13 | 2010-01-15 06:08 | 言葉の花綵 | Comments(0)
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