「追憶のハルマゲドン」

 「追憶のハルマゲドン」(カート・ヴォネガット 浅倉久志訳 早川書房)読了。以前に拙ブログで紹介しました「国のない男」の著者、カート・ヴォネガットの没後一周年を記念して刊行された作品集です。子息マークによる序文、第二次大戦でドイツ軍の捕虜となった22歳のヴォネガットが故郷の家族に送った手紙、亡くなる直前に書きあげられていたスピーチ原稿、そしてインディアナ大学リリー図書館に保管されていた未発表短編がずらりとおさめられています。訳者の推測によると、捕虜生活のさまざまな面を扱った作品が多いので、戦後の明るい次代を謳歌したかったスリック雑誌(高級家庭雑誌)から敬遠されたのではないかということです。
 結局スピーチは行われず、彼の死後に息子のマークが代読したそうです。死の間際まで、人間に絶望しながらも愛さずにはいられない彼の精神がユーモアとともに息づいていたことがよくわかります。いくつか引用しましょう。
 もし、いまの時代にイエスが生きていたら、われわれはおそらく致死注射で彼を殺したでしょう。それが進歩というものです。われわれがイエスを殺す必要にせまられるのは、はじめてイエスが殺されたときとおなじ理由。彼の思想がリベラルすぎるからです。(p.36)

 この人生でみなさんが選べる最高の職業は教師です。ただし、それはあなたが自分の教える科目を熱愛している上に、あなたの教えるクラスが十八人からそれ以下の人数である場合にかぎられます。十八人以内の生徒で作られた学級はひとつの家族で、そのように感じ、行動するからです。(p.45)

 本を買わずに借りる人や、本を貸す人は、わたしから見ればトワープです。百万年前、わたしがショートリッジ高校の生徒であった当時のトワープの定義はこうでした。自分のけつに入れ歯をはめ、タクシーの後部座席からボタンを食いちぎるやつのこと。(p.46)

 しばらく前、人生とはなんだろう、とマークにたずねたことがあります。わたしはまったく手がかりをつかんでいなかった。マークはこう答えました。「父さん、われわれが生きているのは、おたがいを助け合って、目の前の問題を乗りきるためさ。それがなんであろうとね」 それがなんであろうと。

「それがなんであろうと」 いい文句だ。これは使える。(p.47)
 「司令官のデスク」は、チェコスロバキアの小さな町ベーダに進駐してきたアメリカ軍少佐と、町の家具職人である私とのやりとりを描いた、あっと驚く結末の掌編。傲岸に無神経に傍若無人にふるまうアメリカ軍兵士に対して、恐怖を利用してなにかをさせる人間は、病的で、哀れで、痛ましいほど孤独であり、その無法さと無神経さの底には深刻な不安感がある、と見る作者の冷徹な視線が印象的です。家具職人の「わたしもベーダの住民を憎むことができます。もしここの住民が、明日からこの町を子供たちにとって住みよい場所に再建する仕事をはじめなければね」(p.258)という言葉も心に残ります。

 「バターより銃」は、ドイツ軍捕虜監視係の伍長のもと、ドレスデンの廃墟の修復に取り組む三人のアメリカ兵捕虜が、料理のレシピを交換しあって、うさばらしをするというユーモラスな小品。このクラインハンス老伍長がとてもいい味をだしていますね。任務をいいかげんにこなしながら、空腹の捕虜たちの郷土料理自慢に共感をもって加わってきます。「おまえたち、この戦争が終わったら、おれが何をするか知っているか? …牛の肩肉を三ポンド手に入れて、ベーコンのラードを塗りつける。つぎにニンニクと塩とコショウをすりこんで、白ワインと水といっしょに陶器の壺へ入れる…あとはタマネギとベイリーフと砂糖…それにコショウの実!…いいか、十日たったらできあがりだ!…ザウアーブラーテン!」 おいしい食べものについて語り合うことによって、敵と味方が一つに融けあう、まるで映画のワンシーンのように感動的です。地域や文化によって料理は千差万別ですが、美味しいものを食べたいという思いは人間にとって普遍的なものだと思い知らされました。ここで妙案を思いつきました。サミットでの豪華な晩餐会なぞやめて、"先進国"首脳を三日ほど断食させ、その後各人が自慢の郷土料理を自らつくってみんなで食べるという試みはいかが。人間の多様性と普遍性を心の底から痛感できると思うのですが。
 また「この老人は、ナチス・ドイツという砂漠のなかの同情と非能率のオアシスだった」(p.101)という言葉もいいですね。無慈悲・無関心と能率が人間社会を砂漠にしているという、他人事とは思えない真実を鋭くえぐりだしています。

 本書の白眉は「悲しみの叫びはすべての街路に」、連合軍のドレスデン空爆とその後の復旧作業の思い出を赤裸々に綴った秀逸なノンフィクションです。無差別爆撃の残虐さと非道さを、これほどリアルに描いた作品には今までお目にかかったことがありません。空襲の数日後に、連合軍がこんなビラを空からまいたそうです。「ドレスデンの人びとへ―われわれがやむをえずこの都市を爆撃したのは、ここの鉄道施設に大量の軍用列車の交通があったからです。爆弾がかならずしもつねに目標に命中しなかったことには、われわれも気づいています。軍事目標以外のものを破壊することは、意図しなかった、避けがたい戦争の宿命のひとつでした」(p.60) しかしヴォネガットの証言では、エルベ川にかかった鉄道用鉄橋のうちで、通行不能の被害を受けたものはひとつもなかったそうです。彼はあのビラはこう書かれるべきであったと、怒りと毒をこめながら述べています。「われわれは、あなたがたの都市の祝福された教会や、病院(※当時のドレスデンは、食料と病院の中心地)や、学校や、美術館や、劇場や、大学や、動物園や、集合住宅のすべてを破壊しましたが、正直いって細心の努力をしたわけではありません。それが戦争です(セ・ラ・ゲール)。申し訳ない。それに、ご存知かと思いますが、絨毯爆撃は最近の流行でして」(p.61) "流行"とは、ドイツによるゲルニカ爆撃を暗示しているのでしょうね。いずれにせよ、市民への無差別爆撃は神への冒涜だと静かな怒りをこめて糾弾するヴォネガット。彼の言です。
 生きながら火に焼かれたり、窒息したり、押しつぶされたりした人びと―老若男女の別なく、彼らはやみくもに殺された。わが国の掲げた戦争の大義がなんであれ、われわれも自己流のベルゼン収容所を作りだしたのだ。その方法は非個人的であっても、結果はおなじように残酷で無慈悲だった。残念ながら、それが吐き気のする事実だと思う。(p.59)

 ドレスデンの死は不必要であり、故意に仕組まれた残酷な悲劇だった。子供たちを殺すことは―"ドイツ野郎(ジェリー)"のガキどもであろうと、"ジャップ"のガキどもであろうと、将来のどんな敵国のガキどもであろうと―けっして正当化できない。
 いまわたしが述べたような非難への安易な答えは、あらゆる決まり文句のなかでも最も憎むべきものだ。"戦争の宿命"、そしてもうひとつは、"身から出た錆。やつらに理解できるのは力だけだ"。(p.61)
 パレスチナ・アラブ人のガキどもを殺戮しているイスラエル政府と軍の方々の耳に、彼の言葉は届くのでしょうか。そして世界の各地で子供たちを殺戮している方々の耳には… そして能率的に人を殺せる武器を大量につくり世界中にばら撒いて莫大な利潤を手にしている企業(もちろん日本企業も含めて)の方々の耳には…
 人間への絶望と希望、人間の愚かさ・醜さと素晴らしさを、上質のユーモアときつい毒とともに綴りつづけたカート・ヴォネガット。もう彼の作品が読めないのかと思うと無性に切なくなります。でも、おたがいに対してとびきり親切であろう、常に笑いとユーモアとジョークを忘れないようにしとう、という彼が残してくれたメッセージはしかと胸に受け取りました。最後にご子息マークの言葉を引用して筆をおきましょう。
 読書と創作は、それ自体が破壊活動的な作業といえる。このふたつが覆そうとしているのは、なにごとも現状維持であるべきで、あなたは孤独であり、これまであなたのような気持ちをいだいた人間はほかにだれもいない、という考え方だ。カート・ヴォネガットの作品を読むとき、人びとの頭に生まれる考えは、物事は自分がこれまで思っていたよりもずっと選りどり見どりなんだな、というもの。この世界は、読者がカートの罰当たりな本を読んだため、いくらか変化するだろう。それを想像してほしい。(p.11)

 本日の一枚は、十二年前にドレスデンを訪れた時に撮影した空襲の傷跡です。
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by sabasaba13 | 2010-01-29 06:09 | | Comments(0)
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