会津・喜多方編(21):東山温泉(09.8)

 途中にある愛宕神社に近藤勇の墓があるとのこと、別に新撰組フリークではありませんが、もののついで、ちょっと寄ってみましょう。ところがここの石段、石の大きさがばらばらで、昇降の歩幅やリズムをはなから無視しためちゃくちゃ上りにくいしろものです。「責任者出てこい、気をつけ、目をとじろ、歯をくいしばれ」と罵倒したくなりました。おまけに「愛宕様にお参りし自分の健康を知れ」だの「愛宕様に、お参りし、親のありがたさを知れ」だのという気の滅入るような高飛車な看板のおまけつき。ぜいぜいしながら十分ほど上ると神社本殿に到着、その右手の小道をすこし歩くと近藤勇のお墓がありました。解説によると、彼は戊辰戦争の際に千葉の流山で捕えられ処刑され、遺体は東京三鷹の竜源寺に埋葬され、首は京都三条大橋下流に晒されました。その後何者かがこの首を持ち去り、この地に埋めたと言われるそうです。そういえば、東京のJR板橋駅前に彼のお墓があったなあ。
c0051620_6311670.jpg

 そして会津武家屋敷に到着。こちらは江戸時代の会津藩家老西郷頼母の屋敷を中心に、旧中畑陣屋や数奇屋風茶室、藩米精米所などの歴史的建造物を展示する屋外博物館です。ざっと見て、出口へ行く動線が必ずお土産コーナーを通ることに憮然としながらふたたび自転車にまたがりました。
c0051620_6315337.jpg

 次なる物件は会津藩主松平家廟所、226年におよぶ会津藩の治世を行った城主家の墓群です。藩祖の保科正之だけは猪苗代土津神社に祀られていますが、二代正経以降、最後の九代藩主容保までの墓があります。「松平家御廟すぐ」という案内板があったので、ま、話の種だなと気軽な気持ちで歩きはじめたのですが、が、が、が、が、が、これがなかなか着きません。十数分ほど、長い石段、急な石段を上って、分散しているうちの一部を見ただけで撤退を決意。鬱蒼とした木立に囲まれた清冽な雰囲気はなかなかよかったのですけどね。入口に戻ってさきほどの案内板をよく見ると、上部に「ここから3代正容(まさかた)の墓所まで徒歩で15~20分かかります」と小さな小さなテプラが貼ってありました。これは…詐欺だ。そのそばにあった標語は「あなたもわたしも        はおこしません        にはあいません」という、まるで判じ物。擦れて読めないのですが、まさか「事故」という陳腐な答えではないですよね。みんなで面白い回答を考えて会津若松市役所に送りましょう。
c0051620_6322574.jpg

 ここから東山温泉まではだらだらとした上り坂です。ひいこら言いながらペダルをこいでようやく到着。東山温泉は1300年以上前に行基によって発見されたと言われ、上山温泉、湯野浜温泉と共に奥羽三楽郷の一つとして数えられているとのこと。竹久夢二や与謝野晶子、小原庄助、土方歳三など多くの有名人も訪れた温泉街ですね。お目当ては登録有形文化財の旅館、向龍(むかいたき)です。明治時代後期から大正時代初期に建てられた豪壮な建物が、周囲を圧していました。
c0051620_6325946.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_6332225.jpg

by sabasaba13 | 2010-06-04 06:34 | 東北 | Comments(0)
<< 会津・喜多方編(22):御薬園... 会津・喜多方編(20):飯盛山... >>